第32話 グレンデル討伐戦
「オオオオオオオ!」
「ちぃ! なんだあの化け物! 魔物なのか?」
「ま、まさかグレンデルでは?」
メルはその巨人にピンと来たらしい。
グレンデル、古に伝わる巨人の怪物で、その力は凄まじく、堅牢な城塞すらグレンデルの前では無意味とさえ言われる怪物だ。
グレンデルは両手両足を振り回すと、周囲が崩れ落ちた。
凄まじい膂力だ。オーグがアレを食らえば一撃でバラバラ死体だろう。
「弱点は!」
「わかりません! 情報不足であります!」
メルは迷わず先頭に立った。
グレンデルは魔物大辞典でさえ、滅多に出会えないレアな魔物として紹介している。
首を落とせば死ぬことは分かっているが、逆に言えばその程度しかわからない。
兎に角危険な相手に違いはない。
オーグは撤退も考慮したが、すぐに不可能だと判断した。
「とりあえず牽制!」
リンは山猫のように素早く短剣を数本投げつけた。
グレンデルは回避もせず、短剣は額、胸、ふとももに突き刺さる。
それでもお構いなしで狂乱するグレンデルは、一気に突撃してきた。
「ガアアアアアアア!」
「く! こっちであります!」
メルは両手で剣を構える。グレンデルは真っ向からメルに拳を振り下ろした。
「くうぅぅぅぅ!」
メルは剣を盾にして受け止めるが、彼の身体は吹き飛ばされた。
なんという馬鹿力、剣が折れなかった方が不思議な位の一撃だった。
メルでなければ即死だったろう。
「はあぁぁぁ!」
コールガは氷の槍を両手に持つと、グレンデルの後ろから槍を突き立てた。
グレンデルはその一撃に絶叫する。
「コオオオオオオオ!!」
咆哮だ。凄まじい爆音に一行は吹き飛ばされた。
もはや声さえ攻城兵器のようでこの怪物はどうすれば止まるのか誰にも分からない。
「くそ! デカいサルの癖に!」
オーグは魔力を練ると、周囲を逆巻く風が起きる。
杖に集める全魔力、彼女は詠唱した。
「フレイムボール!」
巨大な火炎玉は杖から飛び出し、グレンデルを襲う。
ドッパァァァン! 爆発が起きるとグレンデルは火達磨になった。
「ウオオオ! オオオオオオオ!?」
「効いているであります?」
グレンデルはその場でじたばたと暴れた、必死に鎮火するように。
効いているが致命傷ではない。
オーグはMPを出し惜しみしたと舌打ちした。
本気なら炭化できた。それが出来なかったのは無意識での力の温存だった。
「これなら!」
リンはすかさず飛びかかる!
狙うはグレンデルの頚椎、リンは短刀を握り、振り抜いた!
だがリンは直後に目を見開く、グレンデルの首は―――硬い!
「斬れ……きゃあ!」
リンは暴れるグレンデルの振る腕の一撃が直撃し吹き飛ばされた。
その一撃は駄々っ子のように振り回しただけだったが、リンは体をくの字に曲げて地面をバウンドした。
「リンーッ!」
「任せてくださいませ!」
すかさずコールガがリンの下に向かう。
リンは腹を抑えて、立つことが出来なかった。
口から血がこぼれており、顔布を汚していた。
「癒やせ……清浄……命の輝き!」
治癒の紋章魔法、リンの周囲を複数の単眼が周り、命の力を分け与える。
即効性はないが、リンの身体は少しだけ楽になった。
リンは腹部を手で抑えると、ゆっくり立ち上がる。
「ぐるるるるる……!」
リンは猫のように唸ると、前かがみになった。
グレンデルは火を消すと、その身体は所々炭化している。
炎は効く、それが分かった。
だが同時に首が硬いというのも新発見だ。
リン程度の攻撃力では切り落とせない。
出来るとしたら……オーグはメルを見る。
「メル、お前の攻撃、届くか?」
「ちょっと身長が足らんであります」
「援護はする、お前が頼みだ!」
「そう言われて奮起せぬなど、男らしくありませんな!」
メルは魔女殿に頼られると、嬉しくて奮起する。
こんな強敵を相手にして、出し惜しみはしていられない。
「グオオオオオ!」
グレンデルは更に怒りを上げて、オーグに襲いかかった。
「さ、せるかぁ!」
しかし山猫の俊敏さを誇るリンはそれを絶対に許さない。
リンは今度は首ではなく、足首を狙って一閃!
グレンデルのアキレス腱を切り裂くと、グレンデルは前のめりに転倒した。
メルはすかさず剣を両手に持ち、吶喊する!
「オオオオオ!」
グレンデルはそれをさすまいとメルに手を伸ばした。
掴まれれば凄まじい握力で圧殺されかねない。
だがオーグはすぐにそんなメルを援護する。
「行けメル! ウインドバースト!」
メルの体が浮かび上がる。
オーグは風の魔法でメルを跳ばせたのだ。
大ジャンプするメルは、白銀剣を大きく振り上げた。
「一撃必殺でありますーっ!!」
渾身の力で振り下ろされる白銀剣、うなじから白銀剣が食い込む!
「とりゃあぁぁぁ!」
メルは声を張り上げ、剣を強く押し込む。
グレンデルの首が……………落ちた!
グレンデルは首が落とされると、ズドンと倒れて動かなくなった。
恐ろしい怪物だったが、一行はなんとか勝利を手にした。
「やった、やったでありますー! 私の力がグレンデルに通じたでありますー!」
メルは感極まってその場で飛び上がった。
お父上でさえきっと討伐したことがないであろう大物に、メルは舞い上がる。
だが、オーグはそんなメルを後ろから頭を杖で叩いた。
兜がぐわんと揺れると、真顔でオーグに振り返る。
「あのなぁ? 目的忘れんなよ?」
「はっ、そうだったであります! つい嬉しくて失念していたであります」
目的は戦闘じゃない。あくまでエルミアの救出だ。
このグレンデルがたまたまここにいたのか、それとも守衛として配置されていたのか、それはまだ分からないが、目的は何一つ変わらない。
「リン、身体は?」
「ちょっと辛い、でもすぐ治ると思う」
遅効性であるがコールガの紋章魔法はリンを治癒している。
オーグも思ったよりもMPを消費してしまった。
休憩したいところだが、そんな暇はあるのだろうか。
「はぁ……休めるだけ休めお前ら」
「うん……流石に動くのはキツイし」
リンは腰を降ろすと、戦場をよく知るコールガも無言で従った。
まだ感極まるメルは興奮でウズウズしているが、オーグには従った。
「にしたって、広大な城だな」
「たしか戦の為に建造されたと聞きますし、地下も迷宮のようでありますな」
迷宮か、強大な魔物潜む迷宮に挑む冒険者たち。オーグたちはさながらお宝を求めてやってきた命知らずどもか。
オーグはボロボロの天井を見上げながら、自分たちが危険な冒険をしていると思った。
だがエルミアが取り返せない以上、彼女はどんな狡猾な罠が待っていようと足を止めるつもりはない。
罠があれば、その罠を踏み潰す。そんな覚悟が彼女にはある。
エルミアがそんなに大切か? 命よりも大切か?
オーグははっきりノーと言うだろうが、だが意志で感情をコントロールできないのもオーグという人間だ。
エルミアはオーグが手に入れた戦利品であり、所有権はオーグにあると憚らない。
傲慢で強欲でさえあるオーグにとって、エルミアを失うことは、自身の半分を失うことを意味している。




