第25話 お食事会で
食堂は客を入れる迎賓室だった。
賓客を招き入れる部屋の為か、そこは特に贅をこさえ、非常に上等な調度品が並んでいた。
どれ一つとっても、そこに不完全な物など存在しない。すべて鑑定書付きの一級品の調度品たちに、思わず元盗賊のオーグも「うわ」と声が出る程だ。
そんな一行を出迎えたのは逆三角マッチョでスーツがはち切れそうな当主だった。
「やあ皆様、どうぞ席へお座りを」
カイゼル髭のマッチョダンディ、ヴァサラガは最も奥の席に座り、にこやかに招く。
笑った所であの暑苦しさはちっとも改善しないし、むしろ不気味なのだが。
オーグは苦笑いを浮かべていると、この家の清涼剤メルが笑顔でオーグを呼んだ。
「魔女殿、どうぞこちらの席へ」
メルが案内したのは上座、立場的には分かっているが、出来れば遠慮したい位置だった。
席は横長の食卓の両脇に配置され、オーグの席はヴァサラガのすぐ近くなのだ。
「堅苦しいことはいらん、無礼講だ」
「ふむ、ならばお言葉に甘えよう」
エルミアは流石というか堂々としている。
続いてコールガも平然と着席し、何考えているか分からないリンが一番離れた場所だ。
オーグは観念して着席した。しかし一人見当たらないことに気付くと尋ねた。
「うん? あのシルヴァンとやらが見当たらないが」
「あー、シルヴァン兄さんも誘ったでありますが……」
メルの困った顔、シルヴァンは食事会には参加せず、あの後すぐに出かけたそうだ。
女好きのする軽薄そうな男だったから、きっとエルミアやコールガがいるならむしろ飛び込んでくるかと思ったオーグは肩透かしをくらった。
メルからすれば兄弟とは中々一緒に食事する機会もなく、その顔は寂しそうだが、シルヴァンという男は何を考えている?
兄弟仲はとても良さそうなのだが、ヴァサラガとはそうでもないのか?
メルの身内のことなどオーグに分かる訳もないが、シルヴァンにも何かを事情があるのかも知れない。
気にしても仕方がないと、主人のヴァサラガは片手をそっと上げた。
「それでは食事を彼女らに」
「はいはーい。おまたせ〜」
ヴァサラガが手を叩くと、部屋の奥からワゴンを押してくる女性が入ってきた。
だが、まさかのマーガレットに、オーグたちは驚く。
ヴァサラガはそんなマーガレットについて嬉しそうに説明する。
「マーガレットは料理上手でな。何を作らせても美味いんだぞ」
「私も母上の料理大好きであります!」
「あらあら〜、嬉しいわねぇ。張り切った甲斐があるわ〜」
のほほんとした口調のマーガレットは、言葉とは裏腹に動きは機敏で、彼女はテキパキと料理を並べていく。
「先ずは前菜よぉ、楽しんでいってねぇ?」
そう言って並べられたのはヒヨコ豆のスープだろうか。
マーガレットは笑顔でスキップするように部屋を出ていく。次の料理の準備だろう。
「料理人じゃなくて、奥方がするのね……」
「特別な日だけだがな。妻は元々料理好きだし、そこは安心してほしい」
「それよりっ、食べていいのかっ?」
「構わんよ」
「やったぁ!」
意外とがっつくエルミアは早速スプーンを使ってスープを啜る。
姫様の癖に食い意地が張ったもので、流石にメルも苦笑いだった。
コールガは、エルミアほどは慌てない。ただ彼女は独特の祈りを捧げる。
「父祖海神よ、命召します、棒げられた命に感謝と哀悼を」
ベルナ族の風習なのか、最後に空を指で切ると、食事を始めた。
リンとオーグはそのままだ。無作法と言われても、作法を学ぶ機会などなかったのだから。
「おっ、確かに美味しい」
スープは優しい味で、粗く濾された豆の食感も良く、オーグは笑顔を綻ばせた。
それに誰よりも喜んだのはメルだ。メルにはやはりオーグが特別な女性なのだろう。
「ところで魔女君、君はメルたんをどう思っているのかね?」
「ぶっ、いきなり何聞いてんだこのおっさん!」
思わずスープを吹いてしまった。
慌てて待機していた使用人がテーブルを拭き、オーグは冷静になる。
このおっさん大真面目にプライベートな話をぶっこんできやがった。
「で? どうなのかね魔女君?」
「メルは大切な仲間だ………これじゃダメか?」
「好きなのかね?」
「な―――!」
オーグは顔を赤くした。相当溺愛する息子に関するのだから、親としては当然の気持ちだが。
「ち、父上魔女殿に何ということを――」
「……好きだぜ、ああ」
メルは慌てて制止しようとした。けれどそれより早くオーグが答える。
ガタン。リンが驚きのあまりテーブルを揺らしたが、それよりも顔を真っ赤にして硬直したメルの方が問題だ。
そしてこのヴァサラガ、鋭い眼光でオーグを直視すると、真偽を確かめようとした。
「す、好きっていっても仲間としてだぜ? お、俺様だって選ぶ権利が……あぅ」
顔を真っ赤にして言っても説得力がないぞオーグ。
彼女は段々頭が混乱してきた。ぐわんぐわんと『好き』『嫌い』という言葉が交錯する。
メルが好きなのか? 好きだよ仲間だからな。
けれどそれが混じりっけのない好きなのかはわからない。
異性として好きか? その答えをオーグは持ち合わせていないのだ。
オーグは恋をしたことがなかった。
真面目に恋愛をしたことがなかった。
まして男を好きになったことなどあるはずもない。
なら……どうしてこんな胸がドキドキするのだろう。
オーグは恥ずかしさでしおらしくなり、いつもの尊大な態度が出てないのはどうしてだろう?
その答え………知りたいけれど、知るのが怖い。
知ってしまえば、オーグの人格は音を立てて崩壊するんじゃないか。
「ふむ、少し性急過ぎたか。すまないね魔女君」
「……うぅ」
「非礼を詫びよう。もしよろしければ今日はこの家に一泊したまえ」
「はいはーい、次は主菜の登場よ〜」
粗方前菜が食べ終わると、続いてマーガレットがワゴンを押してくる。
次に並べられたのは新鮮な採れたて野菜を盛り付けたサラダだ。
「うむ、皿を下げてくれたまえ」
使用人達は一斉に息のあった動きで使い終わった皿を回収する。
オーグは顔面真っ赤で何も見えていなかった。
恥ずかしさでスープの味もまったく分からず、その後出される主菜やその後の料理もだ。
だが同様に胸をドキドキさせたのはオーグだけじゃない、メルもだった。
(うぅ凄く恥ずかしいであります。あの魔女殿にす、好きって……! ま、まだ未熟者なのに!)
だが浮かれる少年があれば、凄まじい殺気を放つ少女もいる。
リンはオーグとメルを見て、メルに強い殺気を放った。
鈍感なメルは頬をニヤつかせてまったく気づかない。
だがリンの中には嫉妬の炎が燃え盛っていた。
(お頭は渡さない……!)




