第23話 ガドウィン家に普通の奴はいないのか!
「ただいま帰りましたであります!」
世の中って理不尽だな。オーグは屋敷の大きな扉を潜ってそう思った。
名門ガドウィン家、この国の七代貴族として知られ、現当主は国の軍務卿を務めるという。
そんな超エリートの家は、あまりにもバカでか過ぎて、宮殿かと見まごうものであった。
メルを出迎えたのは屋敷の使用人達は列を成し、一斉に頭を下げ、メルを出迎える。
「お、おいリン……ガドウィン家ってのはどんだけの力があるんだ?」
「外国と戦争になるとき、総指揮官を務めるくらいだしね」
武門の家柄とは聞いていたが、文字通り桁が違っていたのは衝撃だ。
弱小国の姫であるエルミアもこれを見たら呆然とするか、と思ったが。
「悪趣味だな、だがこれも文化の違いか」
「……案外平然としているのな?」
「当然だ。王族たるもの、弱みなど見せられん」
そういう意味では流石お姫様、カルチャーショックもなんのその。
逆にギクシャクしているオーグとは対象的か。オーグとて頭領としてのプライドはあるが、ここまで規模が違うと人は弱いものだ。
「よぉーメル! 帰ってきたか!」
入り口にいると、背の高い青年がやってきた。
メルに比べると少しチャラい、彼は次男だ。
「シルヴァン兄さん! 帰ってきたのでありますね!」
「おうよ! お前相変わらずちっこいなー!」
「小さくないであります!」と反論するもシルヴァンはメルの頭をワシャワシャ撫でる。
その様子をみれば、兄弟仲はとても良いと分かるだろう。
事実シルヴァンは家督を継ぐ権利のない次男、次男だから自由だが、奔放ではない。
彼はメルよりも忙しく、父親の手伝いで、国の外にいることが非常に多かった。
だからこそメルの喜びようは、オーグが見てきたものとは全く違うものだった。
いいもんだな、やっぱり家族は。とっくの昔に死別した両親、オーグは今更だがメルが愛されていることを喜んだ。
「んでだ、親父が言ってた魔女さんってのは? ああ、貴方ですね、麗しき森の乙女よ」
シルヴァンはエルミアの前にグイッと近寄ると、紳士的に腰を折った。
しかしエルミアは魔女ではないので、メルは慌てて訂正する。
「魔女殿はそっちじゃないであります!」
「え? 違う? じゃあこっちの銀髪の美女……え、こっちでもない……じゃあ?」
オーグは気まずくなりながら、なるべく笑顔で手を振った。
シルヴァンはポカーンとすると、メルを見る。
メルを見て、もう一度オーグを見ると、彼はなにか理解したようだ。
「まあメルだから年上に興味はねえか」
「し、シルヴァン兄さん、一言多いであります!」
「ハハハ! 悪い! 貴方が魔女殿ですね。俺はシルヴァン、どうかお見知りおきを」
シルヴァン、見ての通りチャラくて女好きな男は、ロリ巨乳は趣味の範囲外のようだが、それでもレディに対しての最大限の礼を払った。
「うぃ、魔女です……その、メルとは仲良くさせてもらってます、わ」
「魔女殿、それはこちらこそであります!」
ぎこちない笑顔、無理な演技が滲み出ていて、まるで大根役者の棒読み演技のようではないか。
だがここで下手は打てない、オーオーグは引き攣った笑顔でシルヴァンの心証を優先した。
シルヴァンという男、内心ではオーグもあまり気に入っていないが、これも自分の為の人付き合いだろう。
「まっ、俺としちゃやっぱりお付き合いしたいのは、こっちの美女方だけど」
「まぁウフフ」
「貴様強いのか?」
コールガは完全にシルヴァンの言葉を受け流している。軽薄そうな男は好まないという拒否するオーラを無言で発している。
エルミアはいつもどおり、とりあえず戦闘狂思考はやめろ。
「そりゃまあ? 俺だってガドウィン家の次男、腕っぷしには自信ありますよ?」
「ふっ、なら私を口説こうというなら、私よりも強くなければな?」
相変わらず戦闘狂の思考はよくわからない。
それよりもだ、これからいよいよメルの両親とご対面、オーグはガラにもなく緊張していた。
「ウオッホン!」
随分厳つい咳払いだった。
オーグ達は一斉奥からやってきた大男に注目した。
大男は全身が筋肉質で、カイゼル髭が特徴的なダンディズムの化身であった。
オーグが茫然自失していると、メルはすぐその男に挨拶した。
「お父上! 魔女殿をお連れしたであります!」
「うむ、ところでメルよ? パパに何か言うことはないかな? うん?」
厳つい顔、声まで野太く、そのアクの濃さはオーグを軽く超越していた。
絶対にこんなおっさんになりたくはないという、男にしかわからない濃ゆいマンダムな空気はそこに滞留している。
しかしメルにとってはお父上、メルは極めて笑顔でそんなムサ男に抱きついた。
「ただいまであります!」
「おおおおおーヨシヨシヨシ! メルたんは可愛いでちゅねー! ヨシヨシヨシ!」
「もうくすぐったいでありますーっ! 子供じゃないでありますから!」
は? 思わずオーグの顔が凍りついた。
どこぞの森の妖精さんを思わせる偉丈夫は速攻で破顔するとメルの頭を激しく撫でた。狂ってやがる。
もはやオーグは緊張よりもむしろその顔は冷めきっており三白眼、思わず言ってはいけない言葉を口にしてしまう。
「うわキモォ……なにあれ、犯罪くさぁい」
「―――む?」
やっちまった! オーグは赤面して凍りつく。
やっちまったやっちまったやっちまったやっちまったやっちまったやっちまった!
オーグは秒速で化けの皮が剥がれ、もはやしどろもどろだった。
エルミアはそんな様を見て「やっちまったなー」と大喜びしてやがったが、オーグはぐぬぬと握り拳を震わせて耐える。
「君がメルたんの言っていた魔女君だね?」
「実の子供にたんと付けるのやめろ! その野太い声でやるのは犯罪臭が凄いんだよ!」
もはやどうにでもなーれとオーグは自暴自棄にツッコんだ。
リンは顔には出さないが、大失敗と首を振り、コールガは嘘はつけない性分も素敵ですよ、とにこやかだ。コイツはオタクに優しいギャルか。
「むう……ハッキリ言われると少し傷付くぞ」
「あらあら〜? 凹んじゃったぁ? 凹んじゃったのぉ貴方〜?」
気が付かなかったが、大男の側にメルと大して変わらない身長の女性が立っていた。
綺麗な金髪で、背の小さな奥さんは大男もの優しく背中を叩いた。
「母上! ただいまであります!」
「あらあらメルちゃん。お帰りなさぁい、昨日も会ったけれどね〜?」
「一日も会えないなんてパパ耐えられない!」
「……やっぱり犯罪臭しかしねぇなぁ」
オーグは呆れた。まるで大人と子供のような夫婦だ。
それも大人が子供で、子供が大人だ。
一周回ってメルが一番普通に見えてくる。実に不思議である。
「ウオッホン! 我輩はヴァサラガ・ガドウィン! ガドウィン家当主であるッ!」
「同じくその妻〜、マーガレットよぉ。よろしくねぇお嬢様方〜」
ヴァサラガは逞しい上腕二頭筋で腕を組み威厳たっぷり、母親のマーガレットは逆にほんわかゆるーい笑顔で手を振った。
オーグはこの凸凹夫婦を見てメルを見る。メルの満面の笑顔が親子関係を如実に証明している。
本当に馬鹿みたいに仲良いんだな。
フッと思わずオーグは微笑する。なんだか自分が猫被るのが変に思えた。
だからこそオーグは変な演技はやめて、いつもの調子で挨拶した。
「俺様は魔女! メルの仲間で頭領だ!」
あえてオーグは胸を張ると腕を組んで、いつものようにご両親に自己紹介を返した。
マーガレットは頬に手を当てると「まあ〜勇ましいのねぇ」と呟き、ヴァサラガは丸太のように太い両腕をオーグと同じように組むと「うむ」と厳かに頷く。
その厳つい双眸はオーグの翠星石の瞳を覗き込んだ。
その気になれば目でも殺せる。そんな重圧がヴァサラガにはある。
しかしヴァサラガがオーグに見たものは――ヴァサラガは突然大笑いした。
「ワッハッハ! なるほど聞きしに勝る! これがメルたんの魔女君か!」
「良い子そうねぇ、ちょっと悪そうだけど〜」
「そんなことはないです母上! 魔女殿は本当はとても心優しい方でありますよ」
ちょい悪と言えばその通り、マーガレットの慧眼も並ではない。
ともかくヴァサラガはこのメスガキエルフを認めたのだ。
もしもメルたんを誑かす悪い魔女なら、その場で叩き斬るつもりだったが、逆に自分が上でメルが下と堂々公言したのは大きかった。
「だがしかし! メルたんはまだやらんぞ! ワシの目が黒い内は! 絶対になぁ!」
「も、もうお父上! 私は清く正しくお付き合いしているであります!」
メルは顔を赤くすると、ポカポカとヴァサラガの腹を――身長が届かないのだ――叩く。
メルもオーグを意識していない訳ではない、けれど今は戦友として。
オーグもまさか、こんな甘ちゃんに異性と意識する訳は……。
(あれ? なんで俺様メルを意識してんだ?)
ふとメルが傅いてオーグの手を優しく取った時の事を思い出した。
あの時はパニックになって、逃げてしまったけれど冷静になればそれだけ意識していたということ。
それを思い出すとオーグは耳まで赤くして沈黙してしまった。
「お頭……っ」
それが面白くないのはリンだった。
リンも立場は弁えている。子分とはそういうものだ。
でもお頭がメルに取られるかも知れないと敏感になると、ギュッと唇を噛んだ。
「まぁ入り口で長話はお客さんも疲れちゃうでしょ〜? 続きはぁお食事と一緒にしましょ〜?」
マーガレットはそう提案すると、ヴァサラガも「うむ、それが良い」と賛成した。
疲れているという程オーグ達はやわではないが、ここは素直に従う方が良さそうだ。
「客室へ案内せよ」
「「「はっ、畏まりました」」」
当主の一声に、沈黙待機していた使用人達が一斉に動き出す。
メルはオーグが移動する前に彼女の下に向かった。
「魔女殿、改めてありがとうございますであります」
「両親に会ったこと? お前も面子がある以上それは必要だろう?」
「それもでありますが、魔女殿が私を仲間と言ってくれたところ」
「ん、あぁ……俺様からすればメルも子分だからな」
オーグはそれっきり彼女を待つ使用人を放っておく訳にもいかないので、使用人に付いていった。
メルは僅かに微笑むと、ギュッと手を握りこんで独り言ちる。
「光栄であります。私はまだまだひよっこでありますから」
メルにはある悩みがあった。
それは誰も彼とパーティを組みたがらないという問題だった。
若干十四歳のメル、装備こそ立派でもその実力はオーグに駄目だしされる程未熟。
しかしそれならば初心者冒険者同士で組めば良いのではないか、と思われるが現実はそう簡単ではない。
彼メルにとって、ガドウィン家の名は重く、もしもメルに怪我をさせたら、ガドウィン家にどんな酷い目にあわされるかと恐れて、誰もメルとパーティを組んでくれなかった。
いわば彼はコブである。目立ったコブを叩けば痛いだろう。
初心者も熟練者も、そんなリスクの大きな人物とパーティを組むのは嫌なのだ。
だからこそメルは打算でオーグに接触した。
彼女もまた誰もパーティを組みたがらない、素行に問題があり過ぎた。なにか悪い組織と組んでいる等、彼女に対する風評被害は留まるところを知らない。
いざ会ってみれば、確かに女性としては問題があり過ぎる方だったが、一緒に冒険すればやっぱり上級冒険者だ。
最小で最低の労力だけで魔物を倒し、機敏に指示を放ち、あのウッドスパイダーに襲われた時は、彼女がいなければ死んでいただろう。
その後も彼女は一度だってメルの冒険の誘いを断らなかったし、彼女はメルを特別扱いなんてしなかった。
それがどれほどメルの心を救ったのだろう。
メルにとって彼女は大きな器だ。未熟者のメルを優しく抱擁してくれる大きな器。
「僕魔女殿に相応しい立派な男になります……だからその時は」
メルは頬をちょっぴり赤くすると、その後は口にしなかった。
今は半人前だが、経験を積めばきっと魔女殿を支えられる。
その時メルはきっと、男になるのだろう。




