第18話 オーグの悔しさ、その涙
――数時間後、人身売買ブローカーのアジトには憲兵達が一斉に押し寄せてきた。
しかしそんなアジトで彼らが見たものは部屋を埋め尽くすタラの群れだった。
なにがあったのか、様々な憶測が兵士達に飛び交うが、ただ今兵士達に共通で襲いかかったのは、強烈な磯臭さに、タラの腐敗臭だ。
ともかく事件は無事に終わった。
救出されたオーグは宿に帰ると、彼女の目の前に山猫のような少女が頭上から降り立った。
「あ……リン?」
「お頭、探した……どこにいたの?」
リンは不安そうに胸を押さえながら、その顔は今にも泣きそうだった。
きっといつまでも帰らないオーグに不安が募り、いても立っても居られなかったのだろう。
上から降りてきたのも、必死になって屋根伝いにオーグを探していた証拠だ。
疲れた……オーグはげんなり息を吐く。今日は色々あり過ぎてもう何も考えたくない。
「……はぁ、そういや腹減ったなぁ」
「カツサンドならあるけど、食べる?」
なんとリンはカツサンドの包みを持っていた。
恐らくお腹を空かしていると予測していたリンは包みを開くとオーグに差し出す。
オーグは目を輝かせると子供のように掻っ攫い、そのままカツサンドにかぶりつくとオーグは至福の顔を浮かべた。
「うんめえぇぇ、生きてて良かったぁ」
「それお頭が言うと自虐ネタ? 本当無事で良かった」
無事で良かった。リンの安堵した顔を見ると、ふとオーグはコールガを思い起こす。
どうしても、これだけはどうしてもリンに聞きたかった。
「なあリン、どうしてそんなに心配してくれるんだ?」
「どうしてって……お頭を助けるのも子分の務め、なんでしょ?」
それはオーグの掟だった。
オーグは子分の為に、子分はオーグの為に。
それを聞いてオーグは汚れた手をペロペロ舐めて暗い顔をした。
「お頭、口汚れてる。取ってあげる」
ふふ、と子供をあやす母親のように優しく微笑むと、持っていたハンカチでオーグの小さなお口を拭き取った。
「ん……リン、俺様はお頭か?」
「なにを当たり前でしょ」
リンは疑ってなどいない。
確かにこの少女はエルフだが、その中身がオーグなのは明白なのだ。
けれど付き合いが長いからかリンはオーグの様子に気がついた。
「なにか……あったの?」
「別になーんにも、たださ、俺様は助けられる価値なんてあんのかね?」
コールガが何故オーグを助けたのか?
彼女は少なくともリンのように、子分だからなんて理由もなかった。
ただ人攫いからたまたま助けただけなのに……。
「悔しいの?」
「え?」
「手、震えてる」
オーグの癖だった。悔しい時に手が震える。
そう、オーグの悪い所は、自分の事に鈍感なことだ。
自分勝手で、わがままで短気で粗暴。
なのにちょっぴり情けなくて、そして仲間のことになるとカッとなる。
そんな彼女だからこそ悔しかったのだ。
もっと強くあれば、今回のような危険はなかった。
更にもっと強ければ、あの暗殺者にやられることもなかった。
悔しい……オーグは悔しさのあまり泣いてしまった。
「ひっぐ、悔しいよ……だってアタシ弱いから」
「だから仲間がいる。私がいて、メルがいて、ベンもいる」
リンは慰めるようにオーグを抱擁した。
オーグはリンよりも小さな自分が嫌に思えた。
更にリンに甘えていることにも。
仲間がオーグを助けている。
でもその価値はどこにある?
強くなりたい。この悔しさをバネにして、彼女はただ泣いた。




