第12話 ドレス姿はどんな姿?
付き合いきれない。サラダを小さく摘みながら、即興寸劇を行う二人からはそっぽを向くリン。
約束通り一切れを頂くメルは、パクリと食べると思わず悶絶、彼でも初めて食べたその味は絶賛なのだろう。
「美味しいであります! これは『コートレット』でありますか? それにしては厚み、食感ともに何か違うような?」
コートレット、別名カツレツ。
それはトンカツが最も近いだろう。
だが貴族の三男坊でさえ体験した事のないこの料理は、ベンが独自に研究して完成させたカツサンドだ。
オーグがエルフにあるまじき酒と肉を愛する舌を考慮したベンは、肉から特別なルートを使って仕入れ、付け合せの野菜もまた、甘みのありオーグの舌に合う物を厳選。
彼の生真面目で勤勉な性格が生んだカツサンドは想像以上の人気を博したのだ。
「はむはむ。これは何度でも食べたくなるぞー」
「同感であります。次は私も頼もうかな?」
馬の合う二人、リンはそっと水の入ったグラスを口に傾け、流し目で見る。
嫉妬する程、親分と子分の関係がしっくりきて、それでいてメルがよく懐く。
悪い子ではない。きっと裏表もなく人間としてよく出来ている。
オーグもあんなに楽しそうなんだ。それは嬉しい。
無気力なオーグは見ていて辛かったから、余計にそう思う。
馬鹿で豪快で、なんでも筋肉に任せて解決するお頭はもういないけど、オーグを明るくしたのは間違いなくメル。
悔しいけれど、それは口にしない。
リンはクールに、けれど時々猫のような気まぐれさでデレるだけだ。
「まいうーまいうー、げふ、お腹いっぱい」
食べ始めて数分、更に盛られたカツサンド三枚を食べたオーグの手が止まる。
残り半分が食べきれない、予想外の少食っぷりにメルはツッコんだ。
「早いであります! 意外と少食?」
「昔は大きな塊肉を完食出来たのに、今はこれ一切れ」
「え? 突っ込むべきでありますか? これ?」
「お頭、どうするの?」
「うー、残すなんて主義に反するぜ」
盗賊の流儀はお残しは厳禁。それはいつも満腹になるまで食べられるとは限らないアウトローの生活において、その食事に感謝を尽くさなければいけないのだ。
もし感謝を忘れれば、二度と満腹になる幸福は味わえないだろう。
オーグの食への敬意は、ある意味で信仰地味ていた。
「あのー、ウエイターさん!」
メルは金髪ウエイトレスを呼ぶ。
すると、パタパタと駆けて金髪ウエイトレスはやってきた。
「なにかありました?」
「このサンド、持ち帰りは可能でありますか?」
「持ち帰り? えと店長に聞いてみます!」
女ウエイトレスは直ぐに店長の下に向かった。
「店長、あのエルフのお嬢さんにお出ししたサンドウィッチですけど、お持ち帰りしたいそうですよ?」
「えっ? ちょっと多かったかな?」
「あのエルフのお嬢さん、身体も小さいしエルフなのに肉食だから、きっと胃が受け付けないとか?」
「まぁかなり変なエルフだからな。あの人……なーんか頭領に似ているし」
「頭領?」
金髪ウエイトレスは首を傾げると、ベンは慌てて棚から包装用の紙を取り出した。
万が一でも龍のキバの構成員等と知られれば幻滅されるだけでは済まないだろう。
もしも通報されれば、店も人生もお終いだ。それだけは絶対にゴメンだった。
「この紙で包んであげて」
「はい、畏まりました店長」
それを受け取ると金髪ウエイトレスはまたパタパタと元気良く駆けていく。
ベンはホッとすると同時に、そんな頑張り屋な彼女にどこか愛情を抱いているようだ。
勿論決して表には出さない。これは墓まで持っていく感情だ。
「お待たせしました。これでサンドウィッチを包みますね?」
「かたじけないであります」
「いえいえ。美味しそうに食べる笑顔で充分ですから」
そう言って笑顔でウエイトレスは残したカツサンドを包んだ。
メスガキエルフは「こんな筈はないのにー?」とお腹を抑えて不思議そうにしている。
エルフの肉体になってからというもの、嫌に疲れやすいし少食になった。
冷静に考えれば生前と体格が違い過ぎるのだから当然だが、馬鹿だからまだ気付いていないようだ。
徐々に女の身体にも慣れてきたというのに、まだまだ男としての習慣が抜けていないのだろう。
「大体なあ、胸はデカイ方が良いって言うけど、デカ過ぎは問題だよな……全然足元見えないしさ?」
そう言って、胸を左右に掻き分けるオーグ、メルは顔を真っ赤にした。
「あらあら、駄目よエルフのお嬢さん」
「子供扱いは……て、子供か俺様は」
金髪ウエイトレスは優しく宥めると、オーグは後ろ髪を掻いた。
実際は充分おっさんなのだが、周りは当然子供扱いしてくる。
真相を知っているのはリンだけで、後は子供扱いしないのは同じ子供のメル位だ。
子供扱いは嫌だが、それを指摘すれば余計子供と思われる。
逆に子供扱いされた方がお得な場合もあるのだから、得を享受する方が遥かに良いか。
「それじゃ、ごゆっくり」
金髪ウエイトレスはまた忙しく駆け出す。
まるで独楽鼠だな。オーグはそんな感想を抱いた。
メルは「コホン」と咳打つと、そんな羞恥心の欠けたオーグに注意した。
「魔女殿はもう少し淑女としての自覚を持ってほしいであります」
「淑女って、面倒くせー」
「そうであります! いっそのことダンスパーティに出席してみては!?」
名案だ。そんな顔でメルは手を叩くが、オーグは全く乗り気ではない。
見たこともないような三白眼で、メルを見下した。
「ダンスパーティとか興味ない。つーかそんな貴族の遊びごめんだね」
「そうね。お頭には全く似合わない」
珍しくリンが口を挟んだ。
しかしメルは折れない。くわっと目を見開くと力説する。
「いいえ! 魔女殿は社交界でもきっと輝く! ドレスを纏えば、きっと花園から迷い込んだ妖精のように美しく咲きほこるであります!」
当然中身がおっさんだと知らないからこそ確信するメルだが、オーグの表情は芳しくない。
ドレスなんて着たこともなく、まして着たいとも思わない。
それにダンスなんてもってのほかだ、趣味に合わない。
宴は大好きだが、格式張った貴族社会はごめんである。
だが、別の視点から唐突にリンが食いついた。
彼女は顎に手を当てると、ドレスアップしたオーグを妄想する。
「……良い。遥かに良い」
「は? リン?」
「お頭のドレス姿……見たい」
「でしょう! そうでしょう! きっと真紅のドレスが似合うであります」
「あえて純白も捨てがたい。素材が良いから少しの化粧でも充分なはず」
「専門のスタイリストの意見も聞きたいでありますな!」
なんだかオーグのドレス姿で仲の悪い二人が意気投合し始めた。
けれどだ、なんかこのまま放っておくと、大変な事にならないか?
オーグの顔は段々と青ざめていた。
「ねぇお頭、社交界デビューしよう」
「ねぇ、じゃなーい!」
ドン! テーブルを思わず叩いてオーグは全力で反論する。
何故リンがこんなに乗り気なのか知らないが、ヒラヒラのドレスなんてまっぴらごめんだ!
「おいリンよ、だったらお前が行け」
「お頭見たいの? アタシのドレス姿?」
「うっ」思わず仰け反り、リンのドレス姿を妄想してみる。
リンに合うのは白、いや褐色肌には蒼の方が似合うか?
普段とは違い、綺麗に正装して綺麗な化粧、思わず想像するとオーグは顔を真っ赤にして首を振った。
「だ、駄目だ駄目だ駄目だ! まだリンには早い!」
「そんな事はないであります。リン殿も立派なレディ、そうだ! 二人一緒にはどうでありますか!?」
何故かやたら粘るメル、そもそもこんな話題を振った張本人はどうだというのか。
リンのドレス姿は見たいのが本音だが、破壊力が高過ぎて正面から見れる自信がない。
娼婦や奴隷の女を抱いた事もあるオーグだが、ここに来て親馬鹿が決まった瞬間だった。
「おいメル、言い出しっぺのお前はどうなんだ? 女に無責任過ぎるんじゃないの?」
「おっと、これは失敬であります。どうかお許しを」
そう言うが早いかメルは、丁寧に頭を垂らし、そして椅子から降りて膝を折った。
オーグがポカンと間抜け顔を晒す中、メルはそんな彼女の手を優しく取る。
「どうかこの私に、貴方のエスコートをさせて下さいませ、であります」
「…………」
「魔女殿?」
メルは顔を上げる。オーグの顔を見るとその顔は真っ赤に上気していた。
「ば、バッキャロー!!!!」
「うぐ!」
凄まじい大絶叫。オーグは恥ずかしさのあまりメルを殴り倒し、そのまま逃げ出した。
「痛た……行っちゃったであります」
顔面を涙目で抑えるメル。鼻をやったのか何度も痛そうに擦っていた。
そんなメルを見て、リンは呆れた声で言う。
「貴方って、肝心な所で空気が読めないのね」
「はぇ? 空気でありますか?」
人間誰しも欠陥がある。
リンは改めてそう思うのだった。




