とある盗賊団の顛末
薄暗い洞窟の中、蛮族達が洞窟へと踏み込んできた冒険者達を取り囲んだ。
蛮族達の格好は皆見窄らしいもので、大凡文明人の香りさえしない。
されどその蛮族達を侮ってはいけない。
まるで統一感の無い装備、一見すればゴブリンの一団かと見まごう集団ではあるが、彼らの悪名は留まることを知らない。
「盗賊団龍のキバ! 観念するんだな!」
冒険者の中で最も勇ましい戦士は、大剣を構えて言った。
蛮族――龍のキバは肥沃で緑溢れるアルバシア地方を荒らし回る恐るべき盗賊団だ。
やってきた罪状は数知れず、それ故に彼らはお尋ね者になったのだ。
冒険者の装備は一目見ても素晴らしい。
美しい光沢を放つ鎧、はためく深紅の外套。
後ろには魔法使いもいるのか、群青色のローブを被った魔法使いは杖を握り込む。
「グワッハッハッハ!」
そんな緊迫した状況で、厳つい笑い声が洞窟内に木霊した。
冒険者一行は、ダンジョンの奥にある石造りの玉座に注目した。
玉座からゆっくり立ち上がったのは、天井に頭が付く程の大男だった。
圧倒的な威圧感、大剣を構えた冒険者が思わず怯む程。
「言ってくれるじゃねえか、ガキが!」
大男は冒険者達を見下し、圧倒的な余裕で立ちふさがった。
龍のキバ団の頭領、オーグはゆらりと側に置いてあった戦鎚を握ると、臨戦態勢に入った。
「ひ、人攫いに、物資の横流し! 貴様に掛けられた賞金は俺達が頂くぞ!」
負けじと冒険者も吼える。
大剣を振り回し、果敢にもオーグへと斬りかかった。
だが、オーグは一見野蛮(実際に野蛮だが)であるが、その実冷静に冒険者を見極めていた。
雑魚だな。辟易するほど幾らでも見てきた凡骨だ。
自分こそいずれドラゴンさえも倒すのだと、驕り疑わない現実を見ていないアマチュア達。
オーグはそんな冒険者に呆れてさえいた。
「ふん!」
オーグは得物を横からスイングする!
オーグの戦鎚は大き過ぎて天井に閊えるのだ。
だがそれを考慮していない冒険者はどうか?
戦士が剣を振り回す度に、洞窟内を削り、火花が散る。
そして大きく振りかぶった時、剣は天井を叩いた!
「なっ!?」
致命的な失敗! 戦士は我が身を疑った。
「馬鹿め!」
その隙を逃すほど蛮族のお頭は甘くはない。
戦鎚はホームランでも打つかのように戦士の身体をくの字に折り曲げた!
凄まじい轟音を上げて、戦鎚が戦士を弾き飛ばす!
ズガァァァン!
爆発でも起きたかのような衝撃が洞窟内を揺らす。
戦士は洞窟の壁に激突し、ピクリとも動かないのだ。
「ヒッ!? そんな一撃で……?」
その光景を間近に見た一人は顔を青ざめさせた。
冷徹鋭利な魔法使いは咄嗟に状況判断をする。
「撤退だ! 援護するから彼を!」
魔法使いは咄嗟に魔法を練り上げる。
だが不意にそんな魔法使いの腕に小刀がグサリと突き刺さった。
「あぐ! なにが?」
冷静な魔法使いも予想外には脆いものだ。
小刀を投げたのは鼻から下を布で隠した浅黒い肌の少女だった。
蛮族と侮ったツケはこうして彼らに因果応報を与える。
「野郎ども! 身ぐるみ剥がして、そいつら外に放り出せ!」
オーグの号令を機に、取り囲んでいた蛮族達は冒険者達へと一斉に群がった。
まぁ中には怯えまくって参加しない者や、先程の少女は疲れるからイヤとでも言うようにそっぽを向いて参加していないのだが。
「ヒッ!? ち、近づくなケダモノ!」
「お願い神様! 命だけは!?」
冒険者達の悲鳴を聞いてオーグは気分高揚し、高笑いを上げた。
これは彼ら龍のキバにとって、ありふれた日常だった。
§
身ぐるみ剥がされた冒険者達は洞窟の外に放り出されると、尻尾を巻いて逃げ出した。
彼らは生きている事に感謝するだろうか? いやきっとしないだろう。
戦利品を得たオーグは再び玉座に座ると、宴会を始める。
悪鬼のような存在の彼らも、宴には盛り上がるものだ。
「それにしても今回の冒険者は雑魚かったっすねー」
「あーん? それは違うだろうが、俺様が強過ぎるんだよ! ガッハッハ!」
ひょうきん者の軽口に、オーグはその頭を軽く小突く。
実際には冒険者の質が低かったのは事実だ。
だがオーグはその巨躯が示す通りの膂力がある。
余程の達人でもなければ、地の利もあってオーグに勝つのは難しいだろう。
かつて周辺地域を荒らし回り、近隣にあるエルフ族の国に貢ぎ物を捧げさせる事で和睦を築いた実績さえ持つオーグは、ケチな山賊を名の知れた大組織にした手腕は相当だろう。
「ギャハハ! アイツらの装備売ったら、酒買えるっすかねー!」
「かー! ケチ臭ぇ! 酒なんて幾らでも手に入るだろうが! もっとでけぇもんにしろ!」
「でけーもんってなんすか? ボス?」
「揃いも揃って馬鹿ばっかだな……おい山猫、教えてやれ!」
呼ばれたのはあの口元を隠す少女だ。
元々の名前は知らない孤児であった為、オーグは本人の身の熟しから山猫からリンと名付けた。
リンは無口な少女だが、僅かに黙考すると。
「馬鹿につける薬、かしら?」
「馬鹿につける薬〜? 薬は苦いから嫌っすよー!」
「訂正、頭が良くなる薬の方が良いかも」
「馬鹿につける薬はねえか」
盗賊達の低知能に呆れて首を振るリン。彼女は興味なさげに食べ物の方へと向かった。
「全くどいつもこいつも馬鹿ばかりだ」
「そういう親分だって、数字数えられないじゃないっすかー」
オーグは三つより先を数えることが出来ない。
それは馬鹿だからというより、面倒だと思うからだ。
しかしそれを指摘されるとオーグは顔を真っ赤にして怒った。
「お前らと一緒にすんなー!」
オーグの怒号に蜘蛛の子を散らすように退散する馬鹿な子分達。
ゆっくり玉座に座り直すと、オーグはそんな和気藹々と宴会を楽しむ子分達を見た。
馬鹿でどうしようもなくて、外では爪弾きにされるしかなかった奴ら。
オーグが纏めなければ、きっと皆どこかで死んでいたであろう。
「ふん、まぁ馬鹿でも俺様の子分だ」
オーグは非常に欲深い男だ。
手に入れたいと思ったものは執念深く追いかけ、そして手に入れた物は大切にする。
彼にとって龍のキバは家であり、家族なのだろう。
「ん……そういや」
ふと、オーグは手元を見た。
オーグの太い指に不釣り合いな指輪がはめられている。
いずれもなんらかの戦利品であり、所以や曰くもなにも知らない品だったが、不意に人差し指にはめられた赤い宝石に目を奪われた。
血のように赤黒いその宝石が一体なんなのかさえオーグは知らないが、不思議とその時赤黒い宝石に意識が向いたのだ。
「隙だらけだな」
「ッ! かは!」
オーグは目を疑った。
己の心臓に突き立てられた剣、そして目の前にいた男。
暗殺者? オーグはいつから龍のキバにその男が紛れていたのか分からない。
ただ、彼は憤怒の顔を浮かべて震えた。
「て、メェ!」
「まだ喋れるのか? 大した生命力だ」
盗族の格好をした暗殺者は、冷酷にオーグを見下ろした。
オーグは暗殺者に手を伸ばすが――届かない。
グラリと、オーグの視界は回転する。
オーグが玉座からずり落ちると、事態に気付いた子分達が一斉に暗殺者に向いた。
(お、前ら……に、げろ)
オーグは意識朦朧する中、子分の無事を望んだ。
ここまで潜入をした暗殺者の実力を侮ってはいけない。
まして子分達はあの雑魚の冒険者よりも雑魚のどうしようもないバカ達なのだから。
『――けて。――けてよ』
不意に、オーグは謎の女の声を聞いた。
――けて? 意味がわからない。
オーグの生気が失われていく中、不意にあの赤黒い宝石に少女のような姿が映っていた。
意識はそこまでだ、オーグは死にたくなかった。
けれどこれは因果応報なのだろう。
彼がこの世界ではありふれた悪党に過ぎず、これも神様の描く顛末なのだとしたら。
「ザッケンナコラー!!」
オーグは叫んだ、この世の理不尽に怒り狂うように。
けれど彼の声は甲高かった。