桁違い
カイトの視点に戻ります。
「何が最強だクソガキ。痛い目見ないうちにさっさと消えろ」
フィリスはその男の声に怯えるように、身を縮こまらせて目を伏せる。
「エラッソス侯爵家お抱えの、Aランク冒険者のスタークよ。いくらカイトが強くてもスタークには勝てない。だから逃げて」
「じゃあさ、俺が勝ったらフィリスは俺の恋人になって」
「私だって好きでもない奴と結婚させられるよりも、カイトの恋人になった方がいいよ。でもダメなの! 父に歯向かえば殺されるわ」
「よし、言質取ったからな! やる気出てきたー」
「カイト! お願いだから逃げて!!」
フィリスは涙を浮かべて叫ぶ。あーあ、女の子を泣かせてしまった。さっさとスタークとやらを倒して、フィリスの涙を拭いてあげないとな。
ノエル、あいつのレベルはいくつだ?
「92だよ」
ならアイギスの盾は有効だ。勝てるな?
「勝てるには勝てる。けど」
ノエルにしては珍しく歯切れが悪い。でも勝てるなら問題ない。
スタークは俺に鋭い眼光を向ける。今までにない強烈な威圧感に全身に鳥肌が立った。ただ向き合っているだけで押しつぶされそうな程の重圧を感じる。なるほど。確かに今までの相手とはまるで違うようだな。
俺が剣を構えるとスタークの姿が消えた。
「後ろにいるよ。右に跳んでダッシュして」
ノエルの指示に従い跳ぶ。直後、俺のいたところが轟音と共に抉れる。剣の一振りでこのありさまとは。
「ぼーっとするな、ホーリーレイを言霊なしで三発打ってバックステップ」
ノエルの声にはいつになく緊迫感がある。それほど強い相手なのだろう。俺はすぐさま指示通りに魔法を放つが、スタークは光の矢を容易く避け迫ってくる。
俺が後ろに跳んだ刹那、目の前を鋭い斬撃が横切る。続けてノエルが指示を出す。
「モーション小さく心臓めがけ素早く突いて。反撃を食らうから踏ん張れ」
瞬時に指示通り動くが、スタークは俺の突きを最小の動きで躱したかと思うと、俺の横っ腹に向けて斬りつける。速すぎて回避なんかできたもんじゃない。
スタークの攻撃をもろに食らった俺は、咄嗟に剣を地面に突き刺して、吹っ飛ばされないようにこらえる。アイギスの盾が無ければ俺の体は上下で半分こになってた。
これで決まると思っていたのか、必要以上に剣を大振りしたスタークは動きが止まった。その顔は驚いてるようだった。
「今だよ。可能な限り斬りまくって。基礎能力に差があるから簡単には死なない、全力でやって」
剣を振り切って硬直しているスタークに剣を振り下ろすと、ようやく俺の剣はスタークを捕らえる。
連続で剣を振り斬撃を浴びせ続けるが、どれだけ斬ってもかすり傷がいい所だ。いったいどんな体しているんだ?
「下がって、魔法が来るよ」
ノエルの指示と同時に悪寒が走る。俺はバックステップでスタークから距離を取った。
「食らってもいいから避けられるだけ避けて」
氷の刃が勢いよくいくつも飛んできた。必死で避けるも命中してしまい、氷塊に閉じ込められて動けなくなった。
「強烈な一撃が来るよ。ダメージは無いけど、痛いだろうから気絶しないように頑張れ」
ノエルの警告が聞こえたかと思うと、スタークは氷漬けの俺に向かって剣を一閃。
「貴様には過ぎた技だ。ありがたく喰らえ。蒼天崩斬衝!」
放たれた衝撃波は地を走って氷塊ごと俺を飲み込む。全身にあり得ないほどの痛みが走り、氷と一緒に体中がバラバラに砕けたかと錯覚するほどだった。
「カイト! 起きろ!!」
しまった、意識が飛んでいたか。俺は抉れた地面の中央で横たわっていた。すぐに起き上がってスタークを確認すると、大技を使用した反動か息をあげている。
「今すぐ全力の一撃をくらわせて」
ノエルの指示が聞こえるものの、体が思うように動かない。怪我はしていないはずだが、全身が痛みで軋んでいる。
速く動かなければ、と考えると俺の身体が光りに覆われた。これはさっきのマユが使っていた高速移動魔法と同じだ。一度見ただけで出来るようになるとはさすがチートスキル。
その状態で跳び上がって上空からスタークに突進。高速移動の勢いを乗せて剣を振り下ろす。
スタークは驚きの表情で迎え撃とうとするも、俺の斬撃の方がわずかに早く届き、もろに食らったスタークは地面にめり込んだ。
「剣に魔法を込めて斬って」
どうやるんだ?
「剣を握り締めて神聖魔法を放出して。ひとまずはそれでいい」
剣を握り締めて神聖魔法を放出……。剣がうっすら光り出す。そのまま剣を振り下ろすと、閃光の伴った斬撃がスタークを弾き飛ばした。スタークの技ほどでは無いが地面は抉れている。
眩暈がして足元がふらつく。MPを大きく消費したみたいだ。
もう起き上がってくるなよ……。
しかし、スタークは起き上がった。服はぼろぼろになり出血しながらも瞳の闘志は薄れていない。
「この俺の攻撃が直撃しても無傷……、強力な防御系のレアスキル持ちなのか? 面倒だな……。攻撃力もかなり高い。Bランク上位、あるいはAランクになりたて……か。だが魔法で氷漬けにはなったな。魔法は効くのか……」
スタークは俺を見ながらブツブツと呟いている。俺を値踏みしているのか。
「確かにお前は強かったよ。だが相手が悪かったな、次で終わりだ」
スタークはそう言って言霊の詠唱をはじめた。周囲に青みを帯びた魔力が渦巻いている。
「強力な魔法が来るよ! 神聖魔法リフレクトで反射して!」
そんなの出来ないよ! と俺がまごついているとノエルは危機感のある声で俺を急かす。
「魔法を反射する壁をイメージして神聖魔法を発動して! 早く!」
ゲームでもたまにお世話になるあの魔法か。俺はイメージし神聖魔法を発動すると、前方に光る壁が出現した。
直後、青白い閃光が俺の作り出した光の壁にぶつかると、反射されてスタークに襲い掛かった。スタークがそれに対処できずに命中すると、見上げる程の高さの氷山が出来上がった。
スタークは氷漬けになって動かない。……勝ったのか?
「スタークはしばらくあの氷から出てこれないからカイトの勝ちだよ」
これでも死んでないの?
「死んでない。Aランク以上はBランク以下とは強さの桁が違うよ。今回はギリギリ勝てたけど、次は負ける。さっさとフィリスを連れて立ち去ろう」
アイギスの盾があっても負けるの?
「殺されなくても、氷漬けにされて動けなくなったところで、マユとクレアを傷つけられたら負けでしょ?」
ノエルの言う通りだ。マユとクレアを傷つけられたら悔やんでも悔やみきれない。
目に涙を浮かべてへたり込んでいるフィリスに近寄り、マジックバッグからハンカチを取り出して差し出す。
「さ、俺達と一緒に行こう」
「そんなにボロボロになって……。私といるとまたこんな目に合うよ」
「何度でも勝つよ。それに服はボロボロになったけど体は無傷だよ」
「何で私の為にそこまで……」
「フィリスの事が好きだって言ってるでしょ」
「二人も恋人いるくせに」
「俺の夢がハーレムなのも言ったよ」
「カイトは、ばかなんだね」
「マユにも言われた」
「分かったよ。スタークに勝てたらカイトの恋人になるって約束したものね」
フィリスと笑い合っていると、頭痛と眩暈が酷くなっていく。ノエル、なんだよこれ……。
「急激にMPを限界まで消費した反動だよ。気を失う前にマユにアーリキタの街の宿屋まで移動するように頼んで」
「マユ、悪い、アーリキタの街、宿屋まで、頼む」
何とか言い切ると、俺はその場に崩れ落ちた。