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海龍戦隊カイリンジャー 《レッド、女幹部ひとりに敗れたり》

作者: E.C.ユーキ
掲載日:2023/02/21

 《女(おんな)幹部(かんぶ)マゾーナ》。悪辣(あくらつ)海賊(かいぞく)ポリューガイの紅一点(こういってん)。武勇(ぶゆう)でも賢才(けんさい)でもなく、その女体(にょたい)を使(つか)って幹部(かんぶ)に登(のぼ)り詰(つ)めた絶世(ぜっせい)の美女(びじょ)。単純(たんじゅん)な戦闘力(せんとうりょく)は、ポリューガイのどの怪人(かいじん)よりも劣(おと)っている――。

 そう、確(たし)かにそのはずだった。



 カイリンレッドは、マゾーナひとりに苦戦(くせん)していた。



 1対(たい)1の決闘(けっとう)、岩石(がんせき)海岸(かいがん)沿(ぞ)いの広場(ひろば)で、正義(せいぎ)の海戦士(かいせんし)・カイリンレッドは、悪辣(あくらつ)海賊(かいぞく)の女(おんな)幹部(かんぶ)・マゾーナひとりに苦戦(くせん)していた。マゾーナの華麗(かれい)な鞭(むち)さばき、蛇(へび)のようにうねりながら飛(と)んでくる鞭(むち)の前(まえ)で、レッドは守(まも)り固(かた)まるばかりだった。

 次々(つぎつぎ)と波打(なみう)っては迫(せま)りくるマゾーナの鞭(むち)を、レッドは愛用(あいよう)の剣(けん)・レッドサーベルを手(て)に防(ふせ)ぎ続(つづ)ける。しかし懸命(けんめい)な防御(ぼうぎょ)もむなしく――ついに片膝(かたひざ)を着(つ)いてしまった。うずくまり直撃(ちょくげき)を覚悟(かくご)するレッド、隙(すき)だらけの戦士(せんし)に飛(と)んできたのは、鞭(むち)ではなく、高(たか)らかに笑(わら)い下(お)ろす女声(じょせい)だった。



「オーホッホッホッ! どうしたのかしらカイリンレッド。守(まも)ってばかりでは勝(か)てなくてよ?」



 片膝(かたひざ)を着(つ)き、剣(けん)を杖(つえ)代(が)わりにして、カイリンレッドは肩(かた)で息(いき)をする。そのマスクのバイザーには、敵(てき)の姿(すがた)――片手(かたて)を悠々(ゆうゆう)と腰(こし)に当(あ)てて、不敵(ふてき)に微笑(ほほえ)むマゾーナの姿(すがた)が映(うつ)っていた。



 漆黒(しっこく)のマーメイドドレスをまとった、絶世(ぜっせい)の美女(びじょ)。

 見(み)かけ20代(だい)の美貌(びぼう)を、肉付(にくづ)いた女体(にょたい)をひけらかす。

 ふくよかな乳房(ちぶさ)、くびれた腰(こし)、丸(まる)みを帯(お)びたお尻(しり)。

 胸元(むなもと)は広(ひろ)く開(はだ)けて、スカートは片側(かたがわ)が深(ふか)く切(き)れて。

 あられもなく露出(ろしゅつ)した白(しろ)い肌(はだ)が、むちむちと覗(のぞ)く。

 豊(ゆた)かなふとももの先(さき)には、踵(かかと)10㎝超(ちょう)のハイヒール。

 靴(くつ)含(ふく)め190㎝超(ちょう)の長身(ちょうしん)が、すらりと高(たか)くそびえ立(た)つ。



 レッドは今(いま)一度(いちど)敵(てき)を分析(ぶんせき)するも、やはり苦戦(くせん)の原因(げんいん)が見(み)つからない。マゾーナの外観(がいかん)は戦闘(せんとう)向(む)きではない上(うえ)に、感(かん)じる戦闘力(せんとうりょく)もたいしたことはない。鞭(むち)さばきも強烈(きょうれつ)には違(ちが)いないが、事実(じじつ)として他(ほか)の怪人(かいじん)ほどの重(おも)みはなく、カイリンマスクのバイザーは鞭(むち)の動(うご)きを完全(かんぜん)にとらえていて、スローモーション同然(どうぜん)に見(み)えていた。どれだけレッドが分析(ぶんせき)しても、答(こた)えは決(き)まってひとつだった。

 ――こんなザコに苦戦(くせん)するなど、あり得(え)ない。

「なぁに? そんなにわたくしの身体(からだ)が気(き)になるの? おチビちゃん」

 その肢体(したい)をくねらせて挑発(ちょうはつ)するマゾーナの前(まえ)で、レッドはマスクの下(した)で歯(は)ぎしりをした。

 カイリンレッドは《海龍(かいりゅう)戦隊(せんたい)カイリンジャー》のリーダーであり、3人(にん)の隊員(たいいん)の中(なか)で唯一(ゆいいつ)の男性(だんせい)である。大学(だいがく)を浪人(ろうにん)中(ちゅう)の19歳(さい)で、身長(しんちょう)は168㎝のやせ型(がた)だ。かっこいい男(おとこ)ではないと自覚(じかく)している。しかし、これまでに多(おお)くの怪人(かいじん)を倒(たお)してきたエースであることに違(ちが)いはない。仲間(なかま)からならまだしも、悪人(あくにん)にチビ呼(よ)ばわりされるいわれはなかった。

 しかし、この戦況(せんきょう)をどうすれば――……。

「どうしたの? かかっていらっしゃい」

 レッドは剣(けん)を構(かま)えたまま固(かた)まってしまった。――もう技(わざ)がないのだ。今(いま)まで怪人(かいじん)を倒(たお)してきた技(わざ)、そのすべてが、変幻(へんげん)自在(じざい)の鞭(むち)でいなされてしまったのだ。打開策(だかいさく)をめぐらせるレッドに向(む)かって、マゾーナがにんまりと言葉(ことば)でなじる。

「あらあら。いつもの2人(ふたり)のお姉(ねえ)さんがいないと、何(なに)もできなくて?」

 マゾーナの言(い)う2人(ふたり)のお姉(ねえ)さんとは、カイリンブルーとカイリンイエローのことだろう。イエローは確(たし)かに最年長(さいねんちょう)、23歳(さい)のOLで、背(せ)もすらりと高(たか)く、クールなお姉(ねえ)さんという感(かん)じではあるが、ブルーは女子高生(じょしこうせい)だ。歳(とし)はレッドより2つも年下(としした)の17歳(さい)、背(せ)もレッドより少(すこ)しばかり高(たか)いだけで、お姉(ねえ)さんと呼(よ)ぶには程遠(ほどとお)い跳(は)ねっ返(かえ)り娘(むすめ)である。

 今(いま)は3人(にん)が個別(こべつ)任務(にんむ)中(ちゅう)で離(はな)ればなれだ。だからこそ個々(ここ)が、特(とく)にリーダーはしっかりしないといけない。決意(けつい)を固(かた)めるレッドには、マゾーナの挑発(ちょうはつ)は見(み)え透(す)いていても、聞(き)き捨(す)てるわけにはいかなかった。

 鞭(むち)の間合(まあ)いに居(い)てはされるがままだ。とにかく距離(きょり)を詰(つ)めなければ始(はじ)まらない。レッドは一番(いちばん)多(おお)く怪人(かいじん)を倒(たお)してきた技(わざ)を、今(いま)一度(いちど)、よりエネルギーを高(たか)めて繰(く)り出(だ)した。

 《火炎一突(かえんいっとつ)》。レッドが最(もっと)も得意(とくい)とする突進(とっしん)刺突(しとつ)技(わざ)だ。

 しかし――やはり通(つう)じない。逆(ぎゃく)に鞭(むち)で弾(はじ)き返(かえ)され、レッドの身体(からだ)はきりもみ回転(かいてん)しながら吹(ふ)き飛(と)んでいき、地面(じめん)に倒(たお)れた。

「だらしないわね。先代(せんだい)のカイリンレッドなら、こんな鞭(むち)なんてわけなかったわよ」

 マゾーナの言葉(ことば)にレッドは驚(おどろ)いた。先代(せんだい)のことはレッド自身(じしん)も又聞(またぎ)きでしか知(し)らされていないからだ。

 先代(せんだい)のカイリンレッドは、とても優秀(ゆうしゅう)な女(おんな)だったと聞(き)いている。まだブルーもイエローも存在(そんざい)しなかった頃(ころ)、たったひとりでポリューガイと互角(ごかく)以上(いじょう)に戦(たたか)っていたらしい。

 しかしそれを引(ひ)き合(あ)いに出(だ)されては、男(おとこ)として黙(だま)ってはおけない。レッドは全身(ぜんしん)の力(ちから)を振(ふ)り絞(しぼ)り、勢(いきお)いよく立(た)ち上(あ)がった。



 ……こうなったら、奥義(おうぎ)を出(だ)すしかない。



 これまでに幾度(いくど)も勝負(しょうぶ)を繰(く)り返(かえ)してきた、ポリューガイの首領(しゅりょう)、ヤツとの最終(さいしゅう)決戦(けっせん)のためにとっておいた奥義(おうぎ)を使(つか)わざるを得(え)ない。

 レッドは剣(けん)を持(も)たない手(て)にエネルギーを集中(しゅうちゅう)させた。続(つづ)けて脚(あし)を開(ひら)いて深(ふか)く腰(こし)を落(お)とし、エネルギーを鞘(さや)に見立(みた)てて剣(けん)を納(おさ)め、腰(こし)に据(す)える。構(かま)えるレッドの周(まわ)りには炎(ほのお)が立(た)ち込(こ)め、やがて爆炎(ばくえん)が渦巻(うずま)き始(はじ)めた。その様子(ようす)をマゾーナは自(みずか)らの髪(かみ)をいじりながら「ふーん」と感心(かんしん)するように目(め)を細(ほそ)めて見(み)ている。そして――

 《爆龍一刀閃《ばくりゅういっとうせん》》。カイリンレッドは奥義(おうぎ)の居合(いあい)を放(はな)った。

 爆炎(ばくえん)とともに超速(ちょうそく)突進(とっしん)し、抜剣(ばっけん)。鼻(はな)をくすぐる女(おんな)の甘(あま)い香(かお)りに、マゾーナとの距離(きょり)を詰(つ)め、初(はじ)めて密着(みっちゃく)できたことを確信(かくしん)する。そして炎(ほのお)の刃(やいば)がマゾーナのか細(ぼそ)い胴(どう)を一刀両断(いっとうりょうだん)した――はずだった。

 ――剣(けん)が、抜(ぬ)けていない。

 レッドが自(みずか)らの手元(てもと)を見(み)ると、剣(けん)を持(も)った手(て)が――しなやかな白(しろ)い手(て)に、ぐっとつかまれていた。奥義(おうぎ)を放(はな)つ直前(ちょくぜん)、マゾーナが一歩(いっぽ)踏(ふ)み込(こ)んできて、手首(てくび)をつかんできたのだ。

 言葉(ことば)を失(うしな)うレッドに、マゾーナは身体(からだ)をさらに密着(みっちゃく)させながら語(かた)りかける。

「なかなかよくできてたわよ。でもね、今(いま)の技(わざ)は――」

 マゾーナの顔(かお)が近(ちか)づいてくる。固(かた)まるレッドのマスク越(ご)しに、耳元(みみもと)に真(ま)っ赤(か)な唇(くちびる)があてられる。



「――先代(せんだい)のカイリンレッドが、一番(いちばん)得意(とくい)だった技(わざ)なの」



 次(つぎ)の瞬間(しゅんかん)、マゾーナの足(あし)がレッドの開(ひら)いたままの股間(こかん)を蹴(け)り上(あ)げた。レッドは痛(いた)みを通(とお)り越(こ)して全身(ぜんしん)が硬直(こうちょく)し、マゾーナの足元(あしもと)に倒(たお)れ、うめき、悶(もだ)え、転(ころ)げまわった。そんなレッドを、マゾーナは前(まえ)かがみになって上(うえ)からのぞき込(こ)む。

「うふふ、ごめんあそばせ。でも無防備(むぼうび)すぎるわよ? 男(おとこ)の子(こ)って大変(たいへん)ね。こんな弱点(じゃくてん)をぶら下(さ)げてなきゃならないんだもの」

 手(て)の甲(こう)を口(くち)にあてて笑(わら)うマゾーナに見下(みお)ろされながら、レッドは剣(けん)を杖(つえ)代(が)わりにして、なんとか立(た)ち上(あ)がった。

「さすが男(おとこ)の子(こ)ね。でも――そんな状態(じょうたい)で、まだ戦(たたか)うつもり?」

 脚(あし)の震(ふる)えなど関係(かんけい)ない。正義(せいぎ)の戦士(せんし)がこんなことであきらめてはならない。レッドは再(ふたた)びマゾーナに斬(き)りかかった。しかし――やはり剣(けん)を振(ふ)る前(まえ)に、手首(てくび)をつかまれた。

 ――先(さき)ほど組(く)み合(あ)ったときと同(おな)じ体勢(たいせい)だ。反射的(はんしゃてき)にレッドは脚(あし)を閉(と)じた。すると――

「だーめっ」

 お茶目(ちゃめ)な声(こえ)とともに、マゾーナの膝(ひざ)がレッドの腹(はら)にめり込(こ)んだ。

「ふふっ、ちゃんとお勉強(べんきょう)できるのね。偉(えら)いわ。でも、今度(こんど)はお腹(なか)がお留守(るす)になっちゃったわね」

 再(ふたた)び地面(じめん)に転(ころ)がるレッド、五臓(ごぞう)を揺(ゆ)さぶられる痛(いた)みの中(なか)、重大(じゅうだい)なことに気(き)が付(つ)いた。

 ――剣(けん)がないのだ。

 怪人(かいじん)たちを両断(りょうだん)してきた無敵(むてき)の剣(けん)が 手(て)の中(なか)にないのだ。辺(あた)りを見回(みまわ)してもどこにも落(お)ちていない。どこにいったんだ。レッドが夢中(むちゅう)であちこちを見回(みまわ)していると、ほどなくして見(み)つかった。――最悪(さいあく)の形(かたち)で。

「ふーん……これが今(いま)のレッドサーベルなのね」

 正義(せいぎ)の海戦士(かいせんし)・カイリンレッドの剣(けん)を、悪辣(あくらつ)海賊(かいぞく)の女(おんな)幹部(かんぶ)・マゾーナが手(て)に取(と)り、剣身(けんしん)や柄(え)の隅々(すみずみ)までを眺(なが)めている。仲間(なかま)のブルーやイエローにすら持(も)たせたことのない剣(けん)である。動(うご)けないはずのレッドの身体(からだ)に、熱(あつ)く燃(も)える力(ちから)が湧(わ)いた。



『か、返(かえ)せ……! 剣(けん)を返(かえ)せ……!』



 レッドは剣(けん)を目(め)がけて飛(と)びかかり、手(て)を伸(の)ばした。しかしあと少(すこ)しのところで遠(とお)ざかってしまう。マゾーナが高(たか)く手(て)を掲(かか)げて、剣(けん)を遠(とお)ざけたのだ。

「だめよ。これはもうわたくしのものなの」

 190㎝超(ちょう)の女(おんな)が、168㎝の男(おとこ)の前(まえ)にそびえ立(た)つ。しかしレッドはあきらめない。『返(かえ)せ! 返(かえ)せ……!』と何度(なんど)も飛(と)び上(あ)がる。ビルをも飛(と)び越(こ)える勢(いきお)いで地(ち)を蹴(け)ったはずだが、実際(じっさい)にはうさぎのように、ぴょんぴょんとしか跳(と)べていない。なりふり構(かま)っている余裕(よゆう)など、もはやなかった。

「そんなにこれが大事(だいじ)なの? こんなもので、本当(ほんとう)に世界(せかい)を守(まも)れるとでも思(おも)っていて?」

 長身(ちょうしん)のマゾーナが長(なが)い手(て)を上(うえ)に掲(かか)げれば、今(いま)のレッドにとっては遥(はる)か上空(じょうくう)も同然(どうぜん)だった。しかしそれでもあきらめめるわけにはいかない。あの剣(けん)こそが、無敵(むてき)のカイリンレッドの象徴(しょうちょう)なのだから。

「うふふ、そんなに大事(だいじ)なものなのね。……いいわよ。返(かえ)してあげる」

 ぴょんぴょんと跳(は)ね続(つづ)けるレッドを、マゾーナは右(みぎ)に左(ひだり)に剣(けん)を遠(とお)ざけて振(ふ)り回(まわ)しながら、いじわるな笑(え)みを浮(う)かべた。

「ほーら! 取(と)ってらっしゃい」

 マゾーナは剣(けん)を放(ほう)り投(な)げた。くるくると回転(かいてん)しながら飛(と)んでいく剣(けん)を、レッドはすぐさま追(お)いかけ、そして地(ち)に落(お)ちて転(ころ)がった剣(けん)に全身(ぜんしん)で飛(と)びついた。ようやく取(と)り戻(もど)したレッドサーベル、しかし感傷(かんしょう)に浸(ひた)っているときではない。レッドは立(た)ち上(あ)がり、剣先(けんさき)を敵(てき)に向(む)けた。……震(ふる)えが止(と)まらない剣先(けんさき)を。

「……あきらめないのね。うふふ、いいのよ。お姉(ねえ)さんはね、聞(き)き分(わ)けの悪(わる)い子(こ)が大好(だいす)きなの」

 大上段(だいじょうだん)に鞭(むち)を構(かま)え上(あ)げるマゾーナ、レッドはそれを見(み)ただけだというのに、さらに震(ふる)えが強(つよ)くなってしまう。こんなことではいけないと、レッドは心(こころ)の中(なか)で繰(く)り返(かえ)し鼓舞(こぶ)した。

 逃(に)げるわけにはいかない。このままではイエローにもブルーにも向(む)ける顔(かお)がない。自分(じぶん)は《海龍(かいりゅう)戦隊(せんたい)カイリンジャー》のリーダーなんだ。だからどんな時(とき)でも、どんな相手(あいて)でも、悪(あく)には立(た)ち向(む)かわなくてはいけないんだ――。

 そう、例(たと)え勝負(しょうぶ)は決(けっ)していても。




「さあ――おしおきの時間(じかん)よ」




 鞭(むち)の嵐(あらし)が、一方的(いっぽうてき)な蹂躙(じゅうりん)が始(はじ)まった。

 女(おんな)幹部(かんぶ)マゾーナの操(あやつ)る鞭(むち)が、カイリンレッドを乱(みだ)れ打(う)つ。鞭(むち)の間合(まあ)いから詰(つ)められず、逃(のが)れられず、ただその場(ば)にとどまって、剣(けん)を盾(たて)にしてひたすら耐(た)え続(つづ)ける。やはり鞭(むち)のスピードは、たいしたことはない。カイリンマスクのバイザーは完全(かんぜん)に鞭(むち)の挙動(きょどう)をとらえ、今(いま)もスローモーションのように見(み)えている。なのに――身体(からだ)が動(うご)かない。脚(あし)も腕(うで)も震(ふる)えるばかりで、言(い)うことを聞(き)かない。あれだけして取(と)り戻(もど)した剣(けん)も、マゾーナが操(あやつ)る鞭(むち)の嵐(あらし)の前(まえ)に、とうとう落(お)としてしまった。

「オーホッホッホッ! ほらほら。踊(おど)りなさい。歌(うた)いなさい」

 丸腰(まるごし)のカイリンレッドを、鞭(むち)は逃(に)がさない。背中(せなか)を丸(まる)めて、両腕(りょううで)を固(かた)めて懸命(けんめい)に守(まも)るも、鞭(むち)はするりと抜(ぬ)けてくる。腹(はら)を打(う)たれ、背中(せなか)を打(う)たれ、尻(しり)を打(う)たれ、やがてくるくると回(まわ)されていく。鞭(むち)に踊(おど)らされる。打(う)たれる度(たび)にはしる激痛(げきつう)に、思(おも)わず漏(も)れかける声(こえ)を必死(ひっし)に押(お)し殺(ころ)す。剣(けん)もなくなり、奥義(おうぎ)もなくなり、もうレッドにできることは何(なに)もない。ただ鞭(むち)に踊(おど)らされながら、敵(てき)を眺(なが)めているしかなかった。

 鞭(むち)を振(ふ)るう度(たび)に跳(は)ねて弾(はず)む、大(おお)きな乳(ちち)を見(み)ているしかなかった。



 百千(ひゃくせん)の鞭(むち)の嵐(あらし)がようやく止(や)む。

 カイリンスーツは完全(かんぜん)にパワーダウンし、実質的(じっしつてき)にも戦闘(せんとう)継続(けいぞく)は困難(こんなん)となってしまった。レッドが力(ちから)なく両膝(りょうひざ)を着(つ)き、倒(たお)れ伏(ふ)すその直前(ちょくぜん)――片腕(かたうで)を鞭(むち)の先端(せんたん)に絡(から)めとられ、勢(いきお)いよく引(ひ)っ張(ぱ)られる。レッドはまるでコマのようにくるくると回(まわ)され、直立(ちょくりつ)の姿勢(しせい)で鞭(むち)に身体(からだ)を巻(ま)かれながら、マゾーナへと引(ひ)き寄(よ)せられていった。

「つかまえたわ」

 レッドは、やわらかな女体(にょたい)に受(う)け止(と)められた。

 直立(ちょくりつ)の姿勢(しせい)で鞭(むち)にぐるぐる巻(ま)きにされたまま、レッドはマゾーナの長身(ちょうしん)に向(む)かい合(あ)う形(かたち)で密着(みっちゃく)させられた。マスクのバイザーの下半分(したはんぶん)に乳房(ちぶさ)が張(は)りつく中(なか)、レッドは必死(ひっし)に抵抗(ていこう)する。しかし鞭(むち)は隙間(すきま)なくレッドの身体(からだ)を締(し)めていて、びくともしない。それでもあばれるレッドを、マゾーナは首(くび)をかしげて見下(みお)ろしながら、笑顔(えがお)で語(かた)りかけた。

「ねえ、今(いま)どんなお顔(かお)をしているの?」

 マゾーナはにんまりと笑(わら)いながら、両手(りょうて)をカイリンレッドのマスクへと伸(の)ばしてきた。

『やめろ! やめろ!』

 ぐるぐる巻(ま)きのレッドには、何(なに)もできない。外(はず)されていくマスクの中(なか)に、ただ震(ふる)えた叫(さけ)びがむなしく響(ひび)くだけだった。

「うふふ。やっぱり、そういうお顔(かお)をしてたのね」

 とうとうカイリンマスクを外(はず)され、捨(す)てられてしまう。見(み)られたくないものが見(み)られてしまう。マゾーナはレッドの素顔(すがお)を、今(いま)の表情(ひょうじょう)を、興味津々(きょうみしんしん)と観察(かんさつ)していた。ひとしきり観察(かんさつ)を終(お)えると、レッドは――身体(からだ)が浮(う)き、足(あし)が地(ち)を離(はな)れる感覚(かんかく)を覚(おぼ)えた。

 ――マゾーナに抱(だ)き上(あ)げられたのだ。

 マゾーナは、ぐるぐる巻(ま)きにした鞭(むち)の一端(いったん)である柄(え)と、もう一端(いったん)である鞭(むち)先(さき)を左右(さゆう)の手(て)で持(も)ち、横(よこ)へと広(ひろ)げるように引(ひ)っ張(ぱ)った。するとレッドの身体(からだ)はぎゅうぎゅうに締(し)めつけられるとともに、足(あし)が浮(う)き上(あ)がった。ハイヒールを含(ふく)めて190㎝超(ちょう)の女(おんな)に抱(かか)え上(あ)げられたら、168㎝の男(おとこ)は足(あし)を着(つ)けない。身体(からだ)と身体(からだ)はより密着(みっちゃく)し、レッドの顔(かお)はちょうど――ふくよかな乳房(ちぶさ)に埋(う)もれてしまった。

 ひと玉(たま)がレッドの頭(あたま)ほどの大(おお)きさの乳房(ちぶさ)の間(あいだ)で、頬(ほお)をはさまれ、もみくちゃにされる。人肌(ひとはだ)に温(あたた)かな体温(たいおん)、より濃(こ)く甘(あま)い女(おんな)の香(かお)り、やわらかな牢(ろう)を堪能(たんのう)させられるレッドの耳(みみ)に――ばちばちと、不吉(ふきつ)な音(おと)が届(とど)いた。

 マゾーナが、両手(りょうて)に閃光(せんこう)をくすぶらせている。

 バチバチと、まるで嵐(あらし)の前(まえ)とばかりに。



「――覚悟(かくご)はよろしくて?」



 無慈悲(むじひ)な電撃(でんげき)が解(と)き放(はな)たれた。

 《おしおき》はまだ終(お)わらない。マゾーナの両手(りょうて)から放(はな)たれる、熱(あつ)く、鋭(するど)く、痺(しび)れる電撃(でんげき)が、カイリンレッドを激(はげ)しく責(せ)め立(た)てる。鞭(むち)で全身(ぜんしん)を隙間(すきま)なく締(し)めあげられ、抱(かか)え上(あ)げられ、足(あし)が浮(う)き、マスクまではがれて逃(に)げ場(ば)のないレッドに、さらに高圧(こうあつ)の電流(でんりゅう)が追(お)い打(う)ちをかける。激(はげ)しく飛(と)び散(ち)る火花(ひばな)の中(なか)で、マゾーナは笑顔(えがお)を崩(くず)さず平気(へいき)な様子(ようす)だが、レッドにはひとたまりもない。ぎゅうぎゅうに締(し)め上(あ)げる鞭(むち)が、バチバチと痛(いた)めつける電撃(でんげき)が、カイリンレッドが積(つ)み上(あ)げてきた《絶対(ぜったい)無敵(むてき)》を、またひとつ、またひとつと、引(ひ)きはがしていく。もう……押(お)し込(こ)んではおけない。ここまでずっと必死(ひっし)に蓋(ふた)をしてきたものが、マゾーナの手(て)によって、ついに――暴(あば)かれてしまった。

 辺(あた)りに初(はじ)めて、カイリンレッドの悲鳴(ひめい)が響(ひび)き渡(わた)った。

 その瞬間(しゅんかん)、マゾーナは表情(ひょうじょう)を変(か)えた。今(いま)までの不敵(ふてき)な笑(え)みが、さらにいじわるに、けれども――まるで赤子(あかご)に向(む)けるような満面(まんめん)の笑(え)みへと変(か)わったのだ。その顔(かお)が今度(こんど)はレッドを、内側(うちがわ)から壊(こわ)す。外(そと)からは鞭(むち)の締(し)め付(つ)けと電撃(でんげき)、中(なか)からは庇護(ひご)的(てき)な笑顔(えがお)と、レッドの崩壊(ほうかい)は止(と)まらない。

 そして――最後(さいご)の砦(とりで)も、いよいよ決壊(けっかい)する。

「あらあら、涙(なみだ)が止(と)まらないのね」

 レッドはマゾーナが何(なに)を言(い)っているかわからなかった。しかしレッドが『ちがう! ちがうっ!』と否定(ひてい)する間(あいだ)にも、視界(しかい)の滲(にじ)みが止(と)まらない。

「いいわよ。わたくしの胸(むね)に、ぜんぶ流(なが)しておしまいなさい」

 甘(あま)く優(やさ)しい誘(さそ)いが、弱(よわ)り切(き)ったレッドに染(し)み込(こ)んでくる。カイリンジャーのリーダーとして保(たも)ってきた心(こころ)が、最大(さいだい)の危機(きき)にさらされる。

「大丈夫(だいじょうぶ)よ。泣(な)き方(かた)を忘(わす)れてしまっていても大丈夫(だいじょうぶ)。お姉(ねえ)さんが思(おも)い出(だ)させてあげるからね。……こんな風(ふう)にっ!」

 電撃(でんげき)が、一気(いっき)に二段(にだん)も三段(だん)も強(つよ)くなる。

 この瞬間(しゅんかん)、カイリンレッドは陥落(かんらく)した。今(いま)まで抑(おさ)えていたものが、身(み)を裂(さ)く電撃(でんげき)によって引(ひ)きずり出(だ)される。涙(なみだ)となって、叫(さけ)びとなって、隠(かく)していたものが次々(つぎつぎ)と揺(ゆ)さぶり出(だ)される。転(ころ)がり始(はじ)めたら止(と)まらない。崩壊(ほうかい)はさらに深(ふか)くへと加速(かそく)していく。

「あははっ! お上手(じょうず)よ。でも、もっと……もっとよ。あなたの本当(ほんとう)の声(こえ)を聞(き)かせて……!」

 もうレッドには止(と)められない。強(つよ)さを増(ま)していく電撃(でんげき)の中(なか)で、なにもかもをリードされるがままに、本能(ほんのう)のままに、心(こころ)の底(そこ)からあふれ出(で)る声(こえ)を、衝動(しょうどう)を、女体(にょたい)にぶつけ、まき散(ち)らす。浮(う)いたままの足(あし)をばたつかせ、身体(からだ)を海老(えび)反(そ)らせ、どれだけあばれ狂(くる)っても、マゾーナは凶悪(きょうあく)な抱擁(ほうよう)を解(と)かない。女体(にょたい)に、乳房(ちぶさ)にぷにぷにと抑(おさ)え込(こ)まれ、抱(だ)きとめられてしまう。何(なに)をしても、何(なに)も変(か)わらない。変(か)えられない。だからレッドは――鞭(むち)の締(し)めつけと電撃(でんげき)を素直(すなお)に享受(きょうじゅ)しながら、あるがままにしているしかなかった。

 泣(な)き喚(わめ)き、マゾーナにおしおきされているしかなかった。



 どれくらいの時(とき)が経(た)ったのだろうか。レッドの足(あし)が久方(ひさかた)ぶりに地(ち)に下(お)ろされた。

 ――レッドはもう、ぐちゃぐちゃだった。カイリンスーツからは煙(けむり)が立(た)ち込(こ)め、あちこちが黒(くろ)く焦(こ)げ上(あ)がり、何(なに)よりもひどいのは顔(かお)だった。涙(なみだ)はもちろん、よだれも鼻水(はなみず)も垂(た)れ流(なが)したままで、目(め)も虚(うつ)ろである。今(いま)なお直立(ちょくりつ)の姿勢(しせい)のまま、鞭(むち)でぎゅうぎゅうに締(し)めつけられ、時折(ときおり)ぴくぴくと身体(からだ)を震(ふる)わすばかりだった。《絶対(ぜったい)無敵(むてき)》の面影(おもかげ)は、もう欠片(かけら)も残(のこ)っていなかった。

 マゾーナはそんなレッドを、ぎゅうと乳房(ちぶさ)の間(あいだ)に押(お)しつけ、両手(りょうて)でレッドの頭(あたま)を抱(かか)えながら、うっとりと見下(みお)ろしていた。

「これでわかったでしょう? あなたは絶対(ぜったい)に、わたくしには勝(か)てないの。なぜなら、あなたが男(おとこ)だから。わたくしが女(おんな)だから。どれだけ腕(うで)の力(ちから)が強(つよ)くたって、どれだけ頭(あたま)が賢(かしこ)くたって、男(おとこ)は女(おんな)の魅力(みりょく)の前(まえ)では無力(むりょく)なの。だから絶対(ぜったい)に、負(ま)かされちゃうの。――今(いま)のあなたみたいにね」

 何(なに)を言(い)うでもなく乳房(ちぶさ)に顔(かお)を埋(うず)めるばかりのレッドを、マゾーナは優(やさ)しく髪(かみ)を撫(な)でた。涙(なみだ)も枯(か)れたのに泣(な)き続(つづ)けるレッドの頭(あたま)を、優(やさ)しく撫(な)で続(つづ)けた。

 ようやくレッドが落(お)ち着(つ)いてくると、マゾーナは「さて、そろそろ――」と切(き)り出(だ)した。



「――よい子(こ)は、おねんねの時間(じかん)よ」



 次(つぎ)の瞬間(しゅんかん)、レッドはマゾーナに首(くび)をくくられ、つま先立(さきだ)ちにされた。

 依然(いぜん)としてレッドの身体(からだ)をぐるぐる巻(ま)きにしたままの鞭(むち)、マゾーナはその柄(え)側(がわ)の余(あま)りをレッドの首(くび)にひと回(まわ)りさせ、握(にぎ)りしめた手(て)を横(よこ)に広(ひろ)げたのだ。レッドは首(くび)を圧迫(あっぱく)されたまま、身体(からだ)は上(うえ)へと引(ひ)っ張(ぱ)られ、つま先立(さきだ)ちを強(し)いられる。乳房(ちぶさ)に両頬(りょうほお)をはさまれながら、まるで金魚(きんぎょ)のように上(うえ)を向(む)いて口(くち)をぱくぱくさせて、か細(ぼそ)い息(いき)を懸命(けんめい)につなぐ。そんなレッドにマゾーナは、優(やさ)しく語(かた)りかけた。

「もう二度(ど)と、女(おんな)に逆(さか)らってはだめよ。生(う)まれ変(か)わっても、その次(つぎ)に生(う)まれ変(か)わっても。その次(つぎ)も、そのまた次(つぎ)も。男(おとこ)に生(う)まれた以上(いじょう)は、女(おんな)に一生(いっしょう)をささげるのよ。いいわね?」

 レッドにはもう、マゾーナが何(なに)を言(い)っているかわからなかった。しかしレッドの首(くび)は、勝手(かって)に縦(たて)に頷(うなず)いていた。そんなレッドを絞(し)め上(あ)げ、見下(みお)ろしながら、マゾーナは優(やさ)しく微笑(ほほえ)んだ。




「――おやすみなさい」




 レッドの足(あし)が、ふわりと浮(う)き上(あ)がる。

 どれだけ足(あし)をばたつかせても届(とど)かない。

 地(ち)にも海(うみ)にも、もうどこにも、届(とど)かない。

 いつまでも、宙(ちゅう)ぶらりんにされたまま――。



 まぶたの裏(うら)の仲間(なかま)の顔(かお)が、遠(とお)くへ消(き)えていく。

 違(ちが)う女(おんな)の、優(やさ)しい笑顔(えがお)に描(えが)き変(か)わっていく。

 柔(やわ)らかな乳房(ちぶさ)に両頬(りょうほお)をはさまれながら。

 女(おんな)の甘(あま)い香(かお)りに全身(ぜんしん)を包(つつ)まれながら。 

 絶対(ぜったい)無敵(むてき)のカイリンレッドは――。

 初(はじ)めての敗北(はいぼく)に沈(しず)んでいった。



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