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<月:逆位置>《ムーンライト・リベレーション》

いらっしゃいませ!

ご来店ありがとうございます!

前回までのお話。コヒナさんの帽子が行方不明になりました。

マッキーさんが帽子を盗んだ犯人はレナルドさんだと断言したのでした。

 <月>(ムーン)のカードは「秘密」や「嘘」を暗示する。

 月の明かりが全てをあからさまにせず、優しく曖昧なままに包むからだ。


 だけど時にはそのさやかな光が、真っ暗な闇に潜んでいた怪物を浮かび上がらせることもある。


 優しい月とはまた別の、嘘を、秘密を怪物を、つまびらかに暴く強い光。


 タロットでは月の持つそんな一面を<月の逆位置>と表現する。



 □□□



「コヒナさんの帽子を盗ったのは……レナルドさん、貴方ですよね?」


「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい」


 みんなの前でマッキーさんに指をさされたレナルド君の様子は犯人そのものだ。でもそれは違う。レナルド君じゃない。


「それは違うんじゃないかと~」


「レナルドではないだろう」


「それは無理があるんじゃない?」


「レナルド君じゃないよ~~?」


 私だけではない。レナルド君のごめんなさいに被せるように、いくつもの否定の声が上がった。レナルド君なわけがないのは旧メンバーならよく知っている。


 レナルド君は私の部屋には絶対入らない。むしろ入ることに恐怖すら感じているみたいでおいでって誘ってもかたくなに来ないくらいだ。一番大きい食虫植物を見せて自慢しようと思ったのだけど。あの時は仕方なく鉢植えを外に持ち出して見せてあげたんだっけ。



「皆さん、レナルドさんを信じたいという気持ちは私も一緒です。でもレナルドさんがコヒナさんに気があるのは明らかですし、現にコヒナさんの帽子は無くなってるわけですから……」


 マッキーさんに言われてレナルド君はまたごめんなさいを始めてしまった。可愛そうに。


 大体レナルド君が私のことを好きって言うのからしてマッキーさんの勘違いだ。レナルド君が好きなのはブンプクさんだよ。それこそ見てれば明らかだ。


 さっきまで寂しいながらも楽しかったお別れ会は、またダーニンさんの時のような嫌な雰囲気へと変わっていく。ヴァンクさんやハクイさんとはもうすぐ会えなくなっちゃうのに。


 あの人に乗せられるんじゃなかった。私の帽子の事なんか黙っていればよかった。わかっていたことなのに。後悔がざりざりと大きくなっていく。


「残念ですが、本人もこう言っています」


 マッキーさんにはレナルド君のごめんなさいが「盗んだのは僕ですごめんなさい」に聞こえるんだろう。顔が見えず声も聞こえないチャットは誤解を招きやすい。私も何も知らなければきっとそう聞こえてしまうのかもしれない。


「あー、マッキーさん。それ意味が違うんだよ。ええと? 」


「前にお部屋に入ったのごめんなさい~~と、盗ったのはレナルド君じゃないよ~~って。あともう一つはね~~」


「あ、最後のは俺もわかる。ブンプクさんありがと。そうそう、マッキーさん。そういう意味なんだよ。ね? レナルドさん」


 師匠がそう言うと、レナルド君はやっとごめんなさいをやめた。


 現実の世界でしゃべる時だって、思っていることを言葉に変えて口に出すことは難しい。本当に伝えたい時ほど言いたいことと言わなくちゃいけないことが一度に出ようとして喧嘩するからだ。チャットになればなおさら。私ならどうしていいか分からずに黙り込んでしまう所。レナルド君のごめんなさいはそれと同じだ。


 自分じゃない、信じて欲しい、だけど自分が疑われる理由もわかる。否定したいけど否定する術がない。だけど違う、自分じゃない。だからどうか追い出さないで―そういう意味だ。


「マスター、そこはレナルド君にしっかり自分の口から言わせるべきかと」


 レナルド君の「ごめんなさい」を通訳した師匠にショウスケさんが控えめに指摘した。


「あ、そっか。ごめんごめん。レナルドさんどうかな。コヒナさんの帽子、盗んだ?」


「ううん。盗んでない。僕じゃない。ごめんなさい」


 レナルド君が今度ははっきりとそれを言葉にした。よしよし、えらいえらい。最後のごめんなさいはまあ、ご愛敬かな。


「堂々としていろレナルド。やっていないだけでいい。自分が悪くなければ謝罪は不要だ」


 おっと。リンゴお兄ちゃん……お姉ちゃん? は厳しいね。うん。でもやっぱりその方がいいと思う。


「えっ、でもナゴミヤさんは……」


 あー。師匠すぐ謝るもんな。レナルド君の教育上宜しくないよね。改めて貰わないと。


「あれは悪い見本だ。マスターはいい奴だがそこは真似してはいけない」


「えっ」


「あー。なんかごめんねえ」


 悪い見本だって言われてるのに何でそこで謝るかなこの人は。


「ちょっと黙っていろマスター。そういう所だぞ。マッキー、今聞いた通りだ。レナルドはやっていない。そうだな? レナルド」


「うん。僕じゃない。コヒナさんのことは好きだけど、僕は盗ってない」


 お、おっとっと。


 そういう意味じゃないんだってのはわかってるんだけど、お姉ちゃんとしてだってのは十分わかってるんだけど。うへへ、なんか照れちゃうな。なんかすいませんねこの緊張時に。


「そうだよね~~。好きでも帽子盗ったりしないよね~~?」


「うん。盗らない。それにナゴミヤさんに絶対勝てないし」


 わああああ、何言いだすのレナルド君⁉


 嘘でしょ。私そんなにわかりやすい? レナルド君にもバレちゃうくらい⁉


「そうだね~~。ナゴミヤ君は手ごわいね~~」


 いやいやいや。ブンプクさんまで何を言い出すのだ。そんなこと言われたらいくら鈍感な師匠にだってバレちゃうんじゃない?


「えっ、なんで俺?」


 あ、バレなかった。こんにゃろう。


「何でもないです!」


「えっ、なんでコヒナさん怒ってるの?」


「怒ってないです!」


 リアルじゃなくてよかった。多分私今顔真っ赤だもん。


「待って下さい!」


 マッキーさんが大きく声を上げた。なんかすいませんねこの緊張時になんか大事な時に。でももういいんじゃないかな。レナルド君は違うって言ってるし、そもそも私がレナルド君が盗ったとは露とも思ってないし。


「気持ちはわかりますが根拠がありません。この際はっきりさせましょう。レナルドさんは以前コヒナさんの部屋に侵入した前科があるんですよね? そのせいで部屋に鍵を付けることになったって」


「そりゃレナルドがコヒナの部屋を知らなかった時の話だろう」


 ぼそっと、今日の主役の一人のヴァンクさんが言う。


「でもそれもレナルドさん本人の主張ですよね?」


 なんとなくわかってくる。今のマッキーさんはきっと、師匠にギルドマスターの座を譲れと迫ったダーニンさんと一緒なのだ。


 マッキーさんからしてみれば、この根拠のないレナルド君への信頼の方が不思議にみえるだろう。もしかしたら自分が不当に貶められてる、誰も自分の言うことを聞いてくれないなんておかしい、理不尽だ。そんな風に感じているかもしれない。


 実際否定の声が上がったのはレナルド君と一緒にある程度の時間を過ごしてきた旧メンバーからだけ。新メンバーからは何も上がらない。どう反応していいかわかんないというのがほとんどなんだろうけど、マッキーさんの言葉に同意しているような感じもある。


「わかった、マッキー。根拠があればいいんだな? レナルドがコヒナの帽子を持っていないことをはっきりと示せば納得するんだな?」


 リンゴさんがマッキーさんと何も言わない新メンバーを見渡しながら不愉快そうに言った。


「え、ええ。それは、まあ……」


 マッキーさんが頷く。でもネオオデッセイと言うゲームの中で、所持品の全てを確認する手段はない。持っていることはアイテムを見せることで確認できるけど、持ってないことを示すというのは難しいんじゃないだろうか。


「レナルド。僕はお前を信じている。だがこの中にはそう思ってない奴もいるようだ。だから僕は全員にわかる形で示そうと思う。レナルドは僕を信じられるか?」


「うん、信じられる。ありがとうリンゴさん」


 リンゴさんに即答すると、レナルド君はしゃらん、と杖を振るった。その身体を黒く蠢く光が包んでいく。


 あれは、「再生」の魔法?


「……いい子だ。マスター、ドロップシステムの変更を頼む」


「はいよ。お手柔らかにねえ」


 !


 なるほど、それなら確かにレナルド君の無実を証明できる。できるけど……。リンゴさんがやろうとしていることは本来は凄くすごく、恐ろしいことだ。


『コヒナさん、念のためブンプクさんの側にいてくれるかな。ショウスケさんがいるから滅多なことは起こんないと思うけど』


 やっと事態を飲み込んだ私に師匠からの個人チャット(内緒話)が届いた。


『わかりました!』


 ブンプクさんは時々とんでもないものを持ち歩いている。そのまま対人エリアに行くことは無いので殺されて盗られたりはしないけど、ギルド内のシステムを変更した時におかしなことを考える人がいないとも限らない。


『それと……。クラウンさんから目を離さないで』


『はい! 大丈夫です!』


 ずーっと、「なんか変な感じ」としか言わなかった師匠が初めて、その人の名前を口にした。


 クラウンさん。


 さっき私に占い師の格好をしないのかと言って、帽子がなくなっていることを気づかせた人。誰かに盗られたんじゃないか、なんて言い出した人。おサトさんの言葉を捻じ曲げて私に伝えた人で、きっと、マッキーさんやダーニンさんにも同じように何かを吹き込んだ人。


 タロットカードが示した<逆位置の悪魔>。


 System : Caution ‼ ギルドマスターにより、ギルド内のドロップシステムが変更されました。ギルド内での戦闘で死亡した場合、死亡者は装備品を一点、ランダムでドロップします。


 警告音と共にシステムメッセージが表示される。


「さて。行くぞ、レナルド」


「うん。お願いします」


 レナルド君がすっと目を閉じて、その胸にリンゴさんが刃を突き立てる。


 そして、とても優しい殺戮劇が始まった。


 ≪死に至る毒≫(デッドリーポイズン)


 自然界には存在しない、いくつもの毒を混ぜて作られるこの世界で最も恐ろしい毒が、みるみるうちにレナルド君のHPを奪っていく。その間にもリンゴさんは手を休めず、短剣を振るい続けてレナルド君のHPをさらに削る。レナルド君に掛けられた疑いを一刻も早く晴らすために。


 終わりはすぐに来た。


 断末魔をあげてレナルド君は崩れ落ちる。しかし直後、レナルド君を包む黒い光がもぞもぞと動き、レナルド君を強引に蘇生する。死霊術の最上位魔法、≪再生≫の発動だ。


「まずは炎の長杖」


 リンゴさんがレナルド君からドロップした装備品をみんなに見えるように掲げて見せた。


 すぐさま生き返ったばかりのレナルド君に毒の刃が突き立てられる。再びレナルド君の断末魔がスピーカーを通じて、この光景を見ているプレイヤー達の部屋の空気を震わせる。


「銀細工の長腕輪(カフ)。ハクイ、頼む」


「はいはい」


 再生の魔法は通常の蘇生の魔法よりずっと多くのMPと触媒を使う。そんなに何度も使える魔法じゃない。この後の蘇生は今日の主役の一人、ハクイさんに任された。


「黒のローブ。ふむ。改めてみるとかなりいい品だな」


 何度も何度も、ハクイさんが蘇生するたびにリンゴさんはレナルド君を殺す。それはとても凄惨でとても美しい光景だった。


「ん、これは。暗視の花飾りじゃないか。まだ持っていたのか。この間もっといいのが出ただろう?」


「うん。でもリンゴさんに貰ったやつだから」


「……そうか」


 会話しながらもリンゴさんは手を緩めない。何度も何度も、レナルド君を殺す。


「もういいよ、十分だよ。やめてあげようよ……」


 凄惨な光景に呟いたのは新メンバーの一人、めりちょさんだ。だけど途中でやめてしまったら無実の証明にはならない。全員の前でレナルド君の潔白を示すために、リンゴさんはレナルド君を殺す。


 やがてその時はやってきた。


「ノードロップだ。レナルドは一切の装備品を持っていない。コヒナの帽子を盗ったのはレナルドではない」


 レナルド君は全ての装備品をリンゴさんに奪われた状態。ということはレナルド君は当然何も身に着けていないわけで。


「ヴァンクさんと同じになっちゃった」


 最後の蘇生を終えて、レナルド君がえへへ、と笑った。


 ……。


 なんか、なんていうか、背徳感。ごめんね、ごめんねレナルド君。


「おう、レナルド似合ってんぞ」


 さっきまで半ズボンだけは履いていたヴァンクさんはいつの間にかいつも通りのパンツ一丁になっていて、レナルド君の隣に行って筋肉ポーズを決める。


「ありがとう。ヴァンクさんも似合ってるよ」


「だろ?」


 ヴァンクさんの真似をしてレナルド君も筋肉ポーズを決めた。


「よしなさい。リンゴちゃん早く服返してあげて。レナルド君ヴァンクに付き合うことないんだからね」


「うん。ハクイさんもありがとう」


「どういたしまして」


 リンゴさんから渡された服をレナルド君が身に着けていく。ほう。一安心。


「さてこれでレナルドの無実は証明されたな。念のため動画も取ってある。要望があればギルドのSNSにでもあげておくが?」


 確かに証明された。でもそれでもマッキーさんは納得しなかった。


「しかしリンゴさん。盗った後に何処かに置いた可能性はありますよね? 例えば冒険者ギルドに預けたとか」


 その様子はまるで、何とかしてレナルド君を悪者にしているように見える。


「……なんだと。マッキー、何かどうしてもレナルドを犯人にしたい理由でもあるのか?」


「そうではなくて! レナルドさんはレオンという名前で以前ギルドマスターをしていた時に!」


 え、レナルド君ギルドマスターだったの? 凄くない?


「そうか。……お前なんだな?」


 リンゴさんとマッキーさんの間に剣呑な空気が満ちる。同じだ。今のマッキーさんはこの間のダーニンさんと全く同じだ。


 しかし次の瞬間。マッキーさんの姿が描き消えた。師匠の姿隠しの魔法だ。


「マスター、どういうつもりだ?」


「ストーップ。リンゴさん、違うよ。マッキーさんじゃない」


「なんだと。それだと、他に誰かいるという意味に聞こえるぞ」


「うん、そうそう。えっとね、さっきマッキーさんが言いかけてた話。丁度俺もしようと思ってたんだ。マッキーさん、ありがと」


「え? いえ、あ、はい」


 お礼を言われて返事をしたせいで姿隠しの魔法が解けて、マッキーさんの姿が再び現れた。出てきたマッキーさんに師匠が続ける。


「ごめんねえマッキーさん。俺がもっと早くお話してたらこんなことにならなかったのに。レナルドさんもごめんね。ああ、またダーニンさんに怒られちゃうなあ」


 ダーニンさんのアレは怒られたとかそういうレベルじゃないと思うけど。こういう所が師匠のいい所であり悪い所だ。


「えとね、レナルドさんがギルドマスターだったって話、他にも知ってる人いると思うんだ」


 えっ、そうなの?


 レナルド君他の人には教えてたのか。でも私には教えてくれなかったんだな。コヒナお姉ちゃんちょっとショック。


「でね、その時に入隊してくれたらお金をあげるって言ってメンバーを勧誘したって。これも知ってる人結構いるんだよね?」


 え、えええ。お友達欲しかったのかな。でも駄目だよレナルド君。


 あ、そう言えば私にもお金押し付けようとしてたことあったっけ。あの頃レナルド君の事怖い人だと思ってたんだよな。


「レナルド、お前そんなことをしていたのか?」


「ごめんなさい」


 リンゴさんに言われてレナルド君はしょげてしまう。


「いや、謝ることではないんだが……」


「え~~、リンゴちゃん的にも駄目なの~~? なんで~~? 」


「いや、駄目というか。それでは人は集まらないだろう?」


 ブンプクさん的にはアリらしい。私としてはそれはちょっとなあ。リンゴさんに一票。同じような議論があちこちで起きている。人が入らないとか、来ても辞めちゃうよねとか、貰えるのいくらなんだろうとか、がやがやといろんな意見が聞こえるけど、基本的にはみんな否定的。


 でも決定的に酷いことを言う人はいない。否定的ではあるけど、同情的でもある。きっとさっきの殺戮劇のせいだろう。


「そうそう、みんな色々な意見があると思うけど。別に迷惑かけてるわけじゃないよね。それにネットゲームやってたらみんな、なんかかんかやらかしたことあるんじゃない?」


 師匠の言葉にみんなお互いに顔を見合わせる。言われてみればそれぞれ思う所があるらしい。


 私もある。やらかしたことをあげて見ればキリがない。スキルも装備もなしにゴブリンさんたちに挑んでみたり、藁や石ころを大事に集めたり。


 この世界のことを教えてくれた人たちを置き去りにして、逃げ出してしまったことだってある。アレは思い返しても恥ずかしい。


 知らなかったと言えばそれまで。レナルド君だって、知らなかっただけだ


「俺は馬鹿だからねえ。いっぱいやらかして来たよ。例えば……。ああ、やめとこっかこの話は。なんか落ち込んできた」


 なんだ、何やらかしたんだ師匠。是非聞きたい。ヴァンクさんや猫さんなら知っているかな?


「うん。まあ、色々あるよね。ネットの中でも、リアルでもさ」


「合コンで手品したりな」


「ええっ⁉ それはいいじゃん!」


 いいと思います。そのせいで合コンが失敗したんだとすればなおさらいいと思います。


「ああほら、ヴァンクのせいでまた脱線しちゃった」


 コホン、とわざとらしくチャットで咳払いをしてから師匠は話を続けた。


「たださ、リンゴさんも言ってたけど、いい悪いは別としてそれで人は集まらないと思う。でも、実際は結構な人数が集まったんだよね? レナルドさん」


「うん。三十人くらい」


 えっ、すご。今の<なごみ家>より大人数ってことだ。やるじゃんレナルド君。


「おー、三十人はすごいね」


 師匠も感心している。いくら位渡してたんだろ。凄くお金はかかりそうだけど、人数集めるって言うだけならもしかしてアリなのかな?


「凄くないんだ。一人で複数キャラ作ってお金だけ貰って行く人がいっぱいいました」


 えええっ、なにそれ!


 そう思ったのは私だけではない。


「酷い!」


 叫んだのはめりちょさんだ。それに同調する声があちこちから上がる。レナルド君がギルドマスターだったことを知っていた人たちもこのことは知らなかったみたいだ。


「酷いね。そんな奴がいるなんて。しかも一人じゃないんだ?」


「うん。掲示板に曝されちゃって、いっぱい来た」


「……なんだと。レナルド、それは本当か?」


 うわあ。リンゴさんが怒ってる。怖い。


 だけど怒ってるのはリンゴさんだけじゃない。私も怒ってるし、ここにいる十九人のうちの「ほとんど」が怒っていると思う。


「そっか。災難だったねえ」


「ううん、僕が馬鹿だったんです」


「いや、ほんと酷い奴に目を付けられたと思うよ。大変だったね。あ、そうそう。不思議って言えばさ。マッキーさんは何でその話知ってるの?」


「……え?」


 急に話を振られて、ずっとバツが悪そうに黙っていたマッキーさんが戸惑う。


「レナルドさん、誰かに話した?」


「ううん。ブンプクさんとナゴミヤさんだけ」


 そっか。レナルド君は私だけに教えてくれなかったんじゃなくて、誰にも言ってなかったんだ。お姉ちゃんちょっと安心。そうだよね。ギルドマスターだったって言うだけならともかく、失敗談なんてわざわざ言って回りたくない。


「俺もブンプクさんも誰にもそんな話してない。今日が初めて。なのになんで、レナルドさんがレオンさん、だっけ? その人だっていう話が広まったんだろうね」


 ざわざわが大きくなっていく。師匠得意の長話が、結論へと近づいていく。


「ね? おかしいよね? レナルドさんがレオンさんだって、知ってた人がいるってことだよね?」


 それはそうだ。レオンさんのことを知らなければレオンさんとレナルド君が同じだなんて話をすることはできない。


「しかもわざわざそんな話広めるって、どんな人かなってずっと考えてたんだ。もしかしたら、その人複数キャラ作ってレナルドさんにお金たかってた人と同じ人じゃないかなあって思ったんだよね」


 可能性は高い。というか。それしか考えられない。これは私が考えていることなんだろうか、それとも。師匠にそう考えるように誘導されたんだろうか。


 いずれにしても、だ。


「で、マッキーさん。何でそれ知ってるの?」


「……それは……」


「あともう一つ、レナルドさん、ギルドに入ったのはうちで二つ目だよね?」


「うん。自分で作ったギルドとここだけ」


 レナルド君は師匠の言葉を肯定する。えっ、とマッキーさんが小さく声を上げた。


「そうなんだって。だから、別のギルドでトラブルがあって追放されたって話聞かされた人、それ全部出鱈目だよ」


「……」



 マッキーさんは黙ってしまった。きっと何かレナルド君についてよくない話を聞いていたんだろう。私がおサトさんを嫌な人だと思って見ていたのと同じように。


 例えば誰かの物を盗ってギルドを追放されたことがある、とか。


「あ、違うよ。マッキーさんのことは疑ってないからね。ギルドの為にって、いつも頑張ってくれてたの知ってるし。勧誘してくれた人のことも全部覚えてたもんね。凄いと思う。おかげでギルドから抜けちゃった人にも全員話聞けたし。ありがとね」


 師匠はダーニンさんを含めてギルドを抜けてしまった人全員にお話を聞きに行った。その時にマッキーさんの記憶はとても頼りになったのだという。


 私はほんとはギルドの人数が増えるのがちょっと嫌だった。だからマッキーさんのこともあまりよく思っていなかった。


 でも。


 ハクイさんとヴァンクさんはもうすぐいなくなる。リンゴさんもインが減っているし、ブンプクさんとショウスケさんもどうなるかわからない。マッキーさんがいなかったら<なごみ家>は無くなっちゃってたかもしれない。


 マッキーさんのしたことはとても凄いことだったのだ。


 ただそれを誰かが台無しにしてしまっただけで。


「お願い。教えてマッキーさん。今までずっと。もしかしたら今も。マッキーさんに個人チャットでおかしなこと吹き込んでいるのは、一体誰かな?」


 この世界では内緒話ができる。個人チャットのやり取りで、あるいはパーティーチャットのやり取りで。そこにかくれてこそこそと、レナルド君を悪者にしようしている人。


 ダーニンさんの一件で、自分のせいでギルドが傾いたとしょげていたマッキーさんに、悪いのはレナルド君だと吹き込んだ人がいる。


 それは今も続いていて。


 例えばレナルド君を今排除しなければ、ギルドは崩れてしまうぞ。お前はそれでいいのか? だからマッキーさんは頑張って。


 他の人も同じ。同じように個人チャットで耳打ちされて、レナルド君を疑った。だけどそれを全部明らかにしてしまえば逆に、耳打ちした人への不信感に変わる。


 みんな動かない。アバターを動かすことはしない。だけどその後ろにいるプレイヤーの視線は、きっと一人に集中してる。その人—クラウンさんに。




「くだらね。つきあってらんね」





 長い沈黙の後、捨て台詞を残してクラウンさんが転移魔法を発動させた。


 だけど当然、その魔法が完成することは無い。


「まあ、そう焦るな」


 この世界でも屈指の殺人者、リンゴさんが獲物を逃がす筈がない。


「何だったら全員やっても良かったんだが、手間が省けた」


 全員やってもって、全員殺ってもってコト? わあリンゴさんってば過激。私も入ってるのかな?


「安心しろクラウン。そう時間はかからない。今から僕がお前の無実を証明してやるよ」


 弱らせ捉える毒ウイークニングポイズンから死に至る毒(デッドリーポイズン)への流れるような連続攻撃。


 クラウンさんは実にあっけなく崩れ落ちる。


「随分と安物の革鎧だ。まるで捨てアバターにでも着せとくような、な。潜伏には便利そうだが」


 言いながらリンゴさんがクラウンさんからドロップしたであろう革鎧を投げ捨てる。


 それで終わりではもちろんない。


「ハクイ!」


「はいはい」


 ハクイさんの蘇生魔法で生き返されたクラウンさんに再び放たれる必殺の毒。


「武器も必要最低限。スキル構成もお粗末だ。明らかな急造アバターだな。シナリオが三流なら役者も三流。もう少し小道具にも気を遣ったらどうだ?」


 言いながらリンゴさんは一本の手斧を地面へと投げ捨てた。その間にハクイさんの魔法がクラウンさんを蘇生する。そしてまた殺戮。


 盾、皮の籠手、黒い革靴。リンゴさんの言う通り、確認してみれば見た目だけの低級装備の数々。


「お、よかったなあクラウン。これでおしまいだ。コヒナ、間違いはないか?」


 リンゴさんがみんなにも見えるようにと叩く掲げた帽子は間違いなく私のお宝だった。


「そうです! この帽子です!」


「ありがと、リンゴさん。さてクラウンさん、そう言えばさっき『誰かに盗られたんじゃない』って言いだしたのもクラウンさんだったね。何か言うことある?」


 強引に生き返らされたクラウンさんに師匠が問いかける。みんな固唾を飲んでその光景を見ていた。


 暫く黙っていたクラウンさんは、やがて顔を上げて言葉を発した。




「うっざ、キモ。お前らヒトモドキが何必死になってんだたかがゲームでよwww」




 タロットカードに示された逆位置の悪魔がついに、その正体を現した。


お読みいただきありがとうございました!

今回のサブタイトルは月の力を借りて魔物の正体を暴く魔法、というイメージでつけてみました。

まだ私の頭の中ににしかない別の世界に登場する魔法です。


次回も張り切ってまいります。また見に来ていただけたら、とても嬉しいです。

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