魔術師対逆位置の悪魔
いらっしゃいませ!
ご来店ありがとうございます。
前回のお話。ダーニン一味がいなくなり、<なごみ家>は平穏を取り戻したのでした。
丁度この頃、女性がネットゲーム内の知り合いにリアルで会って乱暴されたというニュースが世間を騒がせていた。被害に遭った人のことは気の毒に思う。リアルで会うのを楽しみにしていたんだろうな、と想像すると苦しい位だ。
師匠から聞いたお金をだまし取られたって言う話はその後も度々話題になるし、占い屋さんでも相談を受けた。
仲良く遊ぶ間だった相手が急にログインできなくなると言い出して、理由を聞いても答えない。貴方にそんなこと言えない。貴方にそんな風に見られたくない。貴方に嫌われたくない。
なんとか宥めて聞き出してみれば理由は経済的なことで。ナントカコントカのためにいついつまでにどうしてもウン十万円が必要で、そのためには既に休みなく働いている所に更にナントカコントカのバイトを増やさなくてはいけなくて。
ごめん、忘れて、聞かなかったことにして。お金にだらしないなんて友達失格だよね?
何を言うんだ。そのくらいなら何とか出来る。心配するなよ、困った時こその友達だろう?
ありがとう、必ず返すと言ってお金を受け取ったその人は、もう半年もログインしてこない。
前に師匠から聞いたお話と全く同じ内容だ。誰かから聞いたなら何でそんなのに引っかかるんだろうなと思うような定番の詐欺。
きっと騙されたことには気が付いているんだと思う。でももしかしたら、占い師に聞けば、あの人の本当の気持ちが分かるかもしれない。返したくてもここに来られない理由があって、そのことであの人は苦しんでいて。真実はそちらかもしれない。
何より自分が疑ってしまえば二人の関係は崩れてしまう。
相談に来たお客さんからはそんな思いがにじみ出ていて、話を聞くのも、結果を伝えるのも辛かった。
でもタロットは時に残酷なほど正確に、物事の本質を見極めてしまう。一般に「占い師は自分のことを見ることはできない」と言われるのはこれが理由だ。誰かを途中に挟まなければ、本質を突きすぎたカードを解釈することはできない。
あの人が立ち直ってくれたらいい。次は本当の素敵な相手を見つけられたらいいと思う。
ニュースに出てくる以外にもそんな嫌な話がビュンビュン飛び交うものだから、世間ではネットゲームでの出会いはあまりいい印象で捉えられない。
でもそれでネットゲームで出会った人たちを信用してはならないと言う話になるのは納得がいかない。ネットにもリアルにも信用できない人がいるだけ。どっちでも簡単に信用しすぎてはいけないだけ。
これも師匠の受け売りだけど。
師匠からは色んなことを学んだ。ネット上の付き合いについてもしつこい位に教えられた。うるさいなあとは思いつつも用心くらいはする。
だから、世間を騒がせている嫌なニュースは、ちゃんと用心をしている私には無関係の話だ。
□□□
師匠は朝早い日と遅い日の差が激しい。次の日の朝が早い日はログインだけして落ちちゃったりもする。ログインだけでもするところは偉いと思う。
私も時々早く出勤しなくちゃいけない日もあるんだけどその差は師匠程じゃない。師匠のお仕事のことはよく知らないけど、体のことは心配。早く寝て欲しいけど遊んでも欲しい。悩ましい所だ。
ログインも遅い時にはとことん遅い。だから深夜の数時間はギルドの皆さんには悪いけれど、師匠を独り占めできる貴重な時間でもある。遅い時間だししょうがないよね。占い屋さんの後にログインしてくる師匠と二人きりでもやましいことなど何もない。
「師匠、今日は何しましょうか~?」
「おー、二人だし、コヒナさん強くなったし、どこでも付き合うよ。ソロ討伐とかやってみるかい?」
「そうですか? でも師匠がのんびりしたければご一緒しますよ~? このところ戦闘ばっかりだったでしょう~?」
「ん~、まあねえ。戦闘が嫌いってわけでもないんだけどね」
嫌いじゃないんだ。知らなかった。
師匠は新しい人たちにも人気がある。師匠と一緒だと自分が活躍できるので楽しいのだ。慣れてないボスでも倒せるし、自分が強くなった気がする。それはよくわかる。ものすごくよくわかる。師匠は人を喜ばせて喜ぶ人なので、師匠自身も楽しんでるんだろうとは思う。
でも師匠はのんびりも好きだからね。私だけはそれも知っているのだ。私といる時には師匠が本当にやりたいことをさせてあげたい。
貝殻とか木の実を拾ったり、薬草や珍しいお花を摘んだり、鹿やイノシシを狩ってご飯にしたり。それはそれで楽しい。ナンテー君に乗って師匠の後をついて行くのもいいし、ロッシー君に乗せてもらうのもまたいい。
「お散歩でもいいですよ~。師匠ののんびり異世界ライフに付き合えるのは私くらいですからね~」
「えええっ、これのんびり異世界ライフだったの?」
「違うんですか? じゃあなんなんです?」
「日銭を稼ぐための辛いぜ現世ライフ」
うわあ。
でももしかしたらNPCさんから見たらそうなのかな? 一生懸命貝殻を拾うのは大変なことなのかな? でもそれにしても酷い発言だ。辛いならやんなきゃいいのに。
「師匠、実はネオデ嫌いなんですか?」
「いや、好き////」
知ってるけどね。
「師匠はNPCですものね」
「うん。まあね」
何処かの異世界から見たら私たちの現実は楽しそうに見えるのかもしれない。命を落とす心配なく、お仕事してたらお金がもらえて、自分一人ならそれなりの生活ができて、明日も同じ日が続く事を信じられる。私たちの辛いぜ現世ライフはモンスターが蔓延る異世界から見たら天国なのかもしれない。
もし師匠が言うように現実世界が神様のやっているネットゲームなんだとしたら、神様からは私たちの現実はどんな風に見えているのかな。辛い現世ライフを無双して、神様は楽しいのかな。
「仕方ないですね。NPCの師匠は私が守ってあげます」
「えええ、それはさあー」
「いいじゃないですか~。NPCなら喜ぶとこですよ~?」
「えええ、そうかなあ。恐れ多くて縮こまっちゃうんじゃない?」
ほんとは師匠は私なんかよりずっと強い。私に守って貰わないといけないことなんてないし、何だったら私は足手まといなくらいだ。そんなことわかってるけど。私は勇者だからな。ロールプレイってやつだ。
「ギルド落ち着きましたけど、師匠は忙しくなっちゃいましたからね~。のんびりライフもできてないでしょう~?」
ダーニンさんとアレな仲間達がいなくなってギルドは平和になった。いろいろあったけど一安心と言ったところだろう。
「ううん。落ち着いたと言えば落ち着いたんだけどねえ」
まだ何かあるのかな? 師匠心配性だからな。
「ダーニンさんもいなくなったし、もう心配しなくてもいいんじゃ?」
「いやあ、そもそもダーニンさんそんな悪い人じゃないし。なんか変な感じするんだよなあ」
いや何言ってるの。ダーニンさんは悪い人だよ。言ってもこの人には通じないから言わないけどさ。
「なんか、というと~?」
「いやあ、なんかはなんかでさ……」
また要領を得ないことを言い出したぞ。心配性ひどいな。でもこれは師匠に恩を返す貴重なチャンスかもしれない。もやもやの解決はタロットの得意とするところだ。
「じゃあ私が占ってあげます~」
「えええ、占いで……。いや、そういうのもありなのかな?」
アリです。大アリ。ジャイアントアント。ジャイアントアントイーター。ジャイアンントアントライオン。
「所詮占いですから~。結果見てから考えたらいいと思います」
「なるほど。じゃあお願いしてみようかな」
「はあい。任せてください。じゃあ、ここに座ってくださいね~」
愛用の机と椅子をカバンから取り出して並べる。特に折り畳み式というわけでもない、師匠お手製の木の机と椅子が小さなバックからにょんにょん出てくるのはネオオデッセイの七不思議のひとつ。別に立ったままでもいいんだけど、占いは雰囲気も大事だからね。丁度服も占い屋さんのままだ。着替えなくてよかったな。
師匠の向かいに座ると、リアルの私はパソコンラックを離れて机へと移動する。
心配性の師匠ごとについて、教えてください。
現れたのは、
一枚目、≪悪魔、逆位置≫。
二枚目、≪月、逆位置≫。
三枚目、≪死神、正位置≫。
一枚目、≪悪魔、逆位置≫。
≪悪魔≫には巨大な悪魔と鎖につながれた男女が描かれている。ただし繋がれていると言ってもその鎖はゆるゆる。その気になれば簡単に外せるだろう。でも二人はその選択をしない。
ここから悪魔の正位置が示すのは悪意や誘惑に身をゆだねる事、そしてそれに抗うことの難しさだ。悪魔の誘惑だと分かっていても振り切ることができない。悪いことだと分かっていてもやめられない。そんな状態を示す。
正位置を「目に見える悪意」と解くなら逆位置は「隠れた悪意」。無自覚な悪意や周到に隠された見えない敵からの攻撃を示すこともある。
二枚目、≪月、逆位置≫。
月は闇を払わない光。ここから正位置では「秘密」「不安」や「曖昧さ」を示すカードだ。逆位置では月の光から優しさや曖昧さが失われて強い光となる。ここから隠れていた物が現れる、嘘が明るみに出る、秘密が露見するといった意味にとることが出来る。
三枚目、≪死神、正位置≫。
死神はタロットの中で最も強く終わりを示すカード。終わるのが何なのかは、周りのカードをよく見ながら解釈する必要がある。
一枚目に悪魔の逆位置、二枚目に月の逆位置。
この二つが並んで出ているのなら、悪魔の逆位置を「隠された悪意」、月の逆位置を「悪意を暴く」「悪意が表に現れる」と解釈できる。もし悪魔のカードが二枚あったなら二枚目に来ているのは≪悪魔の正位置≫だったかもしれない。
となると三枚目のカードの「終わり」は何を意味するだろう。悪魔のカードが出ていると全体的にいい意味にならないことが多い。
となると、悪魔が現れた後に終わるものは……。
ざりっ。
うん、終わるのは悪魔だな。そう考えるのが妥当だ。一枚目が悪意。二枚目がその露見。三枚目は悪魔がいなくなってめでたしめでたし。これはそういうストーリー。
悪魔の逆位置はダーニンさんのことだろう。ダーニンさん、師匠よりも自分の方がギルドマスターに向いてると思ってたっぽいし。過去の位置に出てるしダーニンさんはもういない。安心だね。解決済み。
月の逆位置は、ええっと。この間のダーニンさんの暴走じゃないかな。で、三枚目の死神がダーニンさんがギルドを抜けることを指している。いいぞ。実にしっくり来る解釈だ。
死神が未来の位置に出ているのが気になると言えば気になるけど……、
ざりっ。
いや、所詮占いだしな。少し時期がずれることもあるでしょ。さあ、早く心配性の師匠を安心させてあげよう。
「結果が出ました~」
「おかえりー。なんだかいつもより時間かかったね」
「そうですか~?」
そんなこともないんじゃないかな。それより結果結果。大丈夫ですよって教えてあげないと。
「一枚目に出ているのは≪悪魔、逆位置≫のカードですー。このカードは隠された悪意を示すカードです~」
「えええ、そうなの? うわあマジか……やっぱりそうなのかなあ」
お、師匠も思い当たったみたいだ。これはダーニンさんのことだよね。
「二枚目が≪月、逆位置≫。このカードは秘密が露見する、正体を現すと言った解釈ができます。一枚目と合わせると、隠された悪意が表面に出てくることを意味するのではないかと思います~」
「悪魔顕現ってこと? 二枚目って現在を示すんだよね? やだなあ」
悪魔顕現か。上手いことを言う。でもこれももう終わったことですからね。大丈夫ですよ。
「三枚目に出ているのは≪死神、正位置≫です~」
「えええっ、⁉ 」
師匠のびっくり癖健在。気持ちはわかる。インパクト強いからね。
「大丈夫ですよ~。≪死神≫が出たからって死んだりしませんから~」
「えええ、でも縁起悪くない? ≪死神≫なんて……」
ビビりすぎだよ師匠。悪魔の時もそうだけど、ネガティブ過ぎじゃないかな。悪い結果なんてそうそう出るわけないじゃん。
「≪死神≫は色んなことの終わりを意味するカードなので悪いことばかりじゃないんですよ~」
「ううん。何が終わるのかなあ」
「悪魔じゃないですか? 」
「悪魔かあ。≪悪魔≫は逆位置だと隠れた悪意なんだよね?」
「そうですね~」
ううん、といつもの腕組みポーズになる師匠。
「占いって怖いね。やっぱりそうなのかな、とか考えちゃう」
「そうなのかな、といいますと~?」
むうまだ不安なのか。悪魔はもう死んだんですよ、師匠。
「ううん、ううん。ごめんよ。これは口にしちゃいけないと思うんだ。違ってたら大変だから。やっぱり話聞きにいかないと駄目かな。駄目だよな。ああ、嫌がられるだろうなあ……」
またそんな言い方して。気になるなあ。
「んで最後は死神かあ。悪いことが終わるって言う暗示だといいねえ」
「ええ~、そういう暗示ですよ~。だってダーニンさんもいなくなりましたしピッタリじゃないですか」
「えっ、何でダーニンさん?」
何を驚いているやら。今その話してたんじゃん。
「一枚目に出てる悪魔って、ダーニンさんの事じゃないですか~?」
「えええ、その発想はなかったなあ。ダーニンさん悪い人じゃないでしょ。むしろ悪意とかとは無縁の人じゃない?」
はあっ?
「悪い人ですよ! 何言ってるんですか。師匠のことあんな風に言って!」
あっ、つい言っちゃった。さっきは我慢できたのに。師匠人の悪口好きじゃないんだよね。
でも師匠の事弱いとか、無意味とか。……思い出したらまたむかむかしてきちゃった。ほんといなくなってくれて良かったよ。
「ごめんごめん。ありがと、コヒナさん」
お礼言われることでもないんだけど。私は勝手に怒ってるだけだし。師匠のそういうとこも好きだし。
「たださあ。ダーニンさんは凄く一生懸命なだけだったと思うんだよなあ。俺も猫さんのことがあったからついキツい言い方しちゃったし。町とかダンジョンとかで会ってたら普通に仲良くなれたと思うんだ。こんな結果になっちゃって残念だよね」
どこまでお人よしなんだこの人。頭のネジ何本か飛んでるんじゃないだろうか。しかたないなあ。私が押さえておいてあげないとね。
「合わなくってギルド抜けるならしょうがないと思うんだけど。ダーニンさん以外もさ。おサトさんとか最初のうち結構楽しんでくれてた気がするんだけど。なんでこうなっちゃったかなあって」
「ええ~、そうですか?」
おサトさんかあ。あんまりあの人の名前出して欲しくないなあ。
「あれ、おサトさん苦手だった?」
「苦手って言うか、だっておサトさんって、私が師匠のおうちに部屋持ってるのズルいって言った人ですよね?」
「あー、あったねえそんなこと」
「そんな風に言われたらやっぱり好きにはなれないって言うか……」
師匠の中ではあまり大したことない話だったのだろうか。私はすっごく嫌だったんだけどなあ。折角楽しもうってここにきてるのにわざわざ不愉快になるようなこと言って。もういなくなった人だし気にしないようにするけどさあ。
「え、あれ? なんか変だぞコヒナさん」
「変って、何がですか~?」
「いや……。あ、呼び出し。ちょっとごめんね」
「えっ?」
師匠はいきなり話を切り上げると転移魔法を唱えてどこかに飛び立った。取り残された私はあっけにとられてぽかんと口を開けるしかない。可愛い弟子を差し置いて呼び出しに応じるとは相手は一体誰だろう。しかもこんな時間に。
もやもやしているとぴろん、と音がして個人チャットが入った。送り主は師匠。おサトさんの悪口を言ったから置いてかれたんじゃないんだとちょっと安心する。
『コヒナさん、転移魔法で<ジャンブ>の町に飛んで』
ん? なになに、どういうこと? 誰かと一緒なのかな?
言われた通りにジャンブの町に飛ぶと師匠がいた。一人だ。
「ほい、じゃあつぎはこっち」
なんだなんだ。言われるままに師匠が作った魔法のゲートに入る。
「暑っ⁉」
っていうか熱っ。じりじりとHPが削れる。
ゲートの先は火の海だった。正確には溶岩の海。え、なにここ<竜巣>トイフェルじゃないの? しかもダメージ受けてるってことは第二階層。
「よし、ここなら安心」
なにがなんだかわからない。転移魔法とゲートを乗り継いで、なんでわざわざこんなとこに。
「安心なことないですよ。ダメージ受けちゃってます」
「あ、わりわり」
師匠が掛けてくれた魔法の効果でダメージが減少する。受けるには受けるけど放っておいても気にならないくらいになった。
「師匠、突然どうしたんですか~?」
「いやあ、こんな時間だし大丈夫だと思うんだけどね。ちょっと心配事があってさ。家の周りだと盗み聞きされてるかもしれないから」
心配事? 盗み聞き?
「なんですかそれ。家の周りに誰か隠れてるってことですか?」
心配性もここまで来ると私の方が心配になってくる。街中ではそんなこともあるかもしれないけどさ。マディアの町なんか見える人より潜伏してる人の方が多いって言う都市伝説もあるくらいだ。
「今いるかどうかはわかんないけどさ。ほら、さっきの占いの悪魔のこともあるし」
占い? 悪魔? 何の話?
「個人チャットで話してもいいんだけどいきなり黙り込むのも怪しまれるし。ホラ、ここなら潜伏スキル使えないからさ」
確かにトイフェルではずっと隠れてはいられない。何らかの手段で回復しないと死んじゃうし、アクティブな行動をとれば潜伏は解けてしまう。
「でね、本題ね。なんか変だよ。さっきの話、誰から聞いた?」
変? さっきの話? なんだっけ。あ、おサトさんのことか。あの話を聞いたのは確か……。
「誰って、師匠からでは?」
そうだよ。師匠がデレデレしながらうちに住みたいっていう人がいるとか言い出したんじゃん。思い出したらむかむかしてきちゃった。
「いや、俺じゃない。俺がその話しようとしたらコヒナさん急にドラゴン狩りに行きたいって言い出したじゃない」
……?
あれ、そうだったっけ?
でもそう言えば。
私が師匠の家の中に自分の部屋を持っているのがズルいって、おサトさんが言っていたって。
そう聞いたのは師匠からおサトさんのお話を聞く前だ。
おサトさんって言う人が、私が師匠のおうちにお部屋を持っているのがズルいと文句を付けてたって、そう教えて貰った。でも師匠は「あそこは俺の家だから」って断わってたから安心していいよ、って言ってたって。
それを聞いて私はつい喜んでしまった。教えてくれた人に、照れ隠しに「安心ってなんですか~」って返した記憶がある。
なのにその翌日、師匠が「昨日うちに住みたいって人がいっぱい来ちゃってさー」なんてデレデレしながら言い出したから、私はむっとして話を遮ってしまったのだ。
「それにその話、多分ちょっと違うよ」
「え?」
「おサトさんがズルいって言ったのは本当だけど、あの時はおサトさんがコヒナさんいいなあ、ズルい、私も部屋が欲しいって言いだして。そしたら他の人も自分も自分もって言い出して、それは部屋が足りないよっていう話だったんだけど」
え? あれ? それだけ?
大分話が違わないか?
おサトさんは私が師匠の家に住んでいるのが気に食わないって騒いだんじゃ、ない?
おサトさんはもうギルドにいない。直接何かをしたわけじゃないけど、この話を「知って」からおサトさんがいなくなるまで、私はおサトさんを、嫌な人として見てしまっていた。
「ご免なさい、師匠、私……」
「いや丁度良かった。それなんだよ。ずっともやもやしてるの。コヒナさん、その話、誰から聞いた?」
「え?」
「なんかさ、そういうもやもやした話が多いんだよ。変な感じなんだ。誰から聞いたか覚えてないかな?」
おサトさんの話以外にも同じようなことがあった?
つまり私は勘違いしたんじゃなくて、勘違いさせられた?
おサトさんのせいで私が持ってしまった嫌な感覚。楽しいはずの世界で持たなくてはいけなくなった嫌な気持ち。
でもそれは誰かに書き換えられた物語だった?
何でそんなことを……。
嫌な気持ちが膨らむ。
心の奥の大事な部分を直接汚されたような不快感がざりざりと音を立て、恐怖にも似た大きな感情に育っていく。
「ええと、あれは……」
思い出そうと視線をめぐらせると、さっき占いをしたまま隣の机に置きっぱなしになっているカードが目に入った。
並べられた三枚のカード。その一枚目は過去、あるいは問題の原因を示している。
そこに出ているのは≪悪魔、逆位置≫。
≪悪魔、逆位置≫が暗示するのは、「隠された悪意」。
□□□
ナゴミヤは<アウグリウム>の町を訪れていた。そこに目的の人物を発見する。良かった。マッキーに聞いた通りだ。ここで会えなければダンジョンを回って探さなくてはいけない所だった。
「おおい、ダーニンさーん」
「ウザww」
声をかけると相手は露骨に嫌そうな態度を取った。予想通りだ。ナゴミヤとしても申し訳ないとは思う。
「なにwwまだ何かあんのwww」
「いやあ、ごめんね。どうしても聞きたいことあってさー」
「ほんと何なのオマエwww」
それでもこちらの呼びかけに応じるあたり、やはりダーニンは生真面目な人物なのだろう。
「ダーニンさんさ、ヴァンクとハクイさんが仲悪いって思ってたんだよね?」
「マジウザwwwwだったら何なんだよwww」
「それ、誰から聞いた?」
「ハアw?」
「他にもいるんだ。同じように思ってた人。ヴァンクがいるからハクイさんはログインしないんだって」
「だからw何wwww」
「いやね、あの二人見てたら普通そんなこと思わないんだよ。前もって勘違いしてない限りはさ」
「……何言ってんのwオマエwww」
ダーニンには思い込みが激しい所がある。そこは否めない。だが責任感が強く、自分がいる場所を守ろうとする気持ちが強い。困っている人がいると聞けば、ダーニンはそれを何とかしようとする。
「それとさ、ダーニンさん、レナルドさんと仲悪いって言うか、レナルドさんのこと好きじゃないでしょ」
「……いやwwwだってアイツwwww」
「うん、それそれ。俺さ、知ってたんだよ。レナルドさん本人から相談されたからさ」
「ハア?www知っててほっといたのかよwww何考えてんのwww」
「いやあ、別に問題ないと思ったからねえ。それにもしかしたら俺が知ってる話と、ダーニンさんが知ってる話、少し違うかもしれないね」
「……w」
「それよりさ。レナルドさんがそのこと話したのは俺だけなんだ。ダーニンさん、何処で知ったの?」
「あ?」
「もしかして誰かから聞かなかった?」
「……」
ダーニンが黙り込む。責めるつもりはないが聞くことは聞かなくてはならない。
「もしかして、ヴァンク達の事話してた人と一緒だったりしない?」
「どういうw意味wwww」
「うん。多分想像してる通り。ぶっちゃけていうとさ。俺、疑ってるんだよねえその人の事。他にも似たような話があってさあ。知ってるかな。ショウスケさんとブンプクさんって、夫婦なんだよ。俺二人の結婚式に立ち会ったから間違いない」
「ハア?wwww何ソレwwwwww」
「ね? やっぱり何か変な噂聞いてるでしょ?おかしいよね?」
「オマエさあwwwなんで今になってwwww」
生真面目なダーニンから見れば、問題だらけのギルドで何もしないギルドマスターのナゴミヤはひどく歯がゆい存在に思えたことだろう。
あるいは、ナゴミヤについても何か「思い込み」があったか。いずれにしてもあの時はこちらの話に聞く耳を持たなかった。しかし時間を置いた今なら、これからする話に聞くだけの価値があると判断してくれるはずだ。
「ごめんねえ。どうにも確証が持てないって言うか意味が分かんないって言うかでさ」
「オマエw考えてんならwwもっとww考えてるような顔してろよwww」
「考えてるような顔って……。難しいこと言うなあ」
「そうじゃwwwねえよwwwww」
「大して考えてるわけでもないけどさ。でもギルドマスターだからねえ。だれかにこんな面倒押し付ける訳にもいかないからさあ」
「wwwオマエwwマジムカつくwwww」
皮肉に取られただろうか。だがこれは本心だ。もっとも旧メンバーは納得しないかもしれないが。いずれにしても今の状態で誰かにギルドマスターを変わって貰うことはできない。
「でさあ、大したことないなりに色々考えた結果、もしかしたら『誰か』がわざと嫌な噂広めてるんじゃないかなって思ったんだよね。色んな人の。何のつもりか知らないけどさ」
占い師の言葉を借りるなら、今の<なごみ家>の中には<悪魔>が隠れている。ナゴミヤはそのことを半ば確信していた。
「ww『誰か』wwwwww」
当たりだ。ダーニンは<悪魔>に心当たりがある。
「教えてくれないかな。それと他にもギルドメンバーの悪い噂、知ってたら。迷惑かけないしちゃんと自分で確認するからさ」
ダーニンの心当たりがコヒナに誤った情報を吹き込んだ人物と同じなら、黒はほぼ確定だ。できればもっとしっかりとした確証が欲しくはあるが、たとえなくとも最終手段を躊躇うつもりはない。
「その前に聞くけどさあwww オマエ、コヒナちゃんに上納金払わせてるってホントwww?」
「上納金! そんな話になってたの⁉」
なるほど。それはダーニンが腹を立てるわけだ。生真面目なこの男なら何が何でもナゴミヤをギルドから排除しようとするだろう。
「それはないなあ。いやあ、あの子には色々と迷惑かけてるとは思うけどさあ」
「だろうwwwwwねwwwwww」
これはダーニンなりの誠意だろう。今までのダーニンが知っている情報より、ナゴミヤの言い分の方が正しいと判断したという意思表示。
「いいwwよwww教えるw何する気か知らんけどwオマエwヘマすんなよwwwww」
お読みいただきありがとうございました。
最新話を更新すると見に来てくれる人がいると言うのはとても心強いです。
先日、連続してご評価していただけたおかげで週間ランキングにも顔を出すことが出来、更に読みに来てくれる方が増える結果になりました。嬉しくて踊っています。でも緊張もしています。ここまで読み続けていただいてる皆様をがっかりさせることのないよう精進いたします。
第二章のクライマックスに向けて、もう少々お付き合いください。
また見に来ていただけたらとても嬉しいです。




