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ダーニンの乱②

いらっしゃいませ!

ご来店ありがとうございます。

前回のお話。

ダーニンさんにナゴミヤさんを侮辱されたリンゴさんは怒り心頭。でも何故かリンゴさんがナゴミヤさんに襲い掛かりました!

 私の隣から消えた直後、師匠の背後に現れたリンゴさんは短刀を一閃。放たれたのは弱らせ捉える毒ウイークニングポイズン。背後からなら相手の抵抗値に関わらず確実にレベル2の毒を打ち込むことが出来るスキルだ。


 師匠はあわてて短距離転移(テレポート)で距離を取るけれど、リンゴさんは跳躍(リープ)のスキルで追いすがる。師匠は再びテレポート。


 連続テレポートで逃げる師匠をリンゴさんはダガーで追撃。魔法の発動の阻害を試みる。でもテレポートの魔法は発動時間が短い。さらに師匠の魔法はてんで威力がないかわりに凄く速い。テレポートの魔法はしっかり発動し、再び開いた距離をまたリンゴさんがリープで詰める。


 念のため断わっておくとリンゴさんがダーニンさんの手先になって師匠をギルドマスターから降ろそうとしているわけではない。その逆だ。


「……こりゃあ壮観じゃ」


 オンジさんが呟いた。


「ったく、リンゴのヤツ。熱くなっちまって」


「こんなに激しいのは久しぶりね。どっちも本気みたい」


 ヴァンクさんとハクイさんにとっては見慣れた光景らしい。でも私は始めて見た。リンゴさんが師匠をライバル視してるっていうのは聞いていた。昔々に師匠がPKのリンゴさんから逃げおおせたのが二人が仲良くなったきっかけだって。


 聞いた時はしょうがないな師匠は逃げてばっかりで、くらいに思っていた。そのころは師匠のこともネオデの事もよくわかっていなかったのだ。


 リンゴさんは勿論だけど——師匠ってこんなに凄かったんだ。


 リンゴさんはダーニンさんとその取り巻きに師匠の「強さ」を見せつけているのだ。事実、今目の前で起こっている戦いは私がネオデの中で見てきたどんなモンスターとの闘いよりも激しかった。


 師匠が中級以上の魔法を発動させる時間はリンゴさんが与えてくれない。だけどリンゴさんも追加の毒を与えることが出来ないでいる。短剣で魔法の阻害をするのが精いっぱいだ。最初に弱らせ捉える毒ウイークニングポイズンのスキルを選択したのだって、もっと上位のスキルである死の恐怖を覚える毒(フィアポイズン)癒えず心蝕む毒(カースポイズン)ではスキル後の硬直の間に師匠に逃げられてしまうからだ。


 長距離転移(トラベル)を発動させて町まで逃げ切れば師匠の勝ち。その前に毒の効果で師匠のHPが無くなるか、短刀や追加の毒でHPを削り切ればばリンゴさんの勝ち。


 狩るものと逃げるもの。「闘争」(Fight)(vs)「逃走」(Flight)


 ある意味原始的な二人の戦いに、その場にいたみんな魅了されていた。


 リンゴさんに対人の心構えを聞いたことがある。一番大事なことは「PKと戦ってはならない」だ。対人と対モンスターは全然違う。アバターのスキル構成以上にプレイヤーに要求されるスキルが違うのだ。


 どんなに強いモンスターも私たちの動きを予測することはできない。どんなに強いモンスターも私たちを騙したりはしない。だけど対人ではそこがメインになる。


 慣れていない人ではPKには絶対に勝てない。


 刻一刻と変わっていく状況。いくつもの選択肢の中から一瞬の間に最適解を選ばないといけない。でも対人戦を得意とする人は相手に不自由な選択を迫ることに長けている。自分が最適と思って選んだ解答は、相手によって巧みに選ばされた答えなのだ。


 ひっかからない、ひっかかる、ひっかかったと見せかける。手の内を知り尽くした二人の戦いは読み合い、化かし合いだ。


 師匠のランダムに見えて規則的な動き、からの規則を裏切る位置へのテレポート。そこで初めて今までの動きの意味を知らされる。連続テレポート自体が師匠の誘導。


 私などでは何度もその姿を見失ってしまうけれど、リンゴさんはそれに再び食らいつく。二人の戦いはさらに激しさを増していく。


 ぱ、ぱん、と合間に放たれる師匠の雷魔法。当然リンゴさんにはダメージなんか当たらない。

 追加効果での遅延(ディレイ)が発動するわけでもない。アバターへの影響はゼロ。


「ヴァンクさんや、マスターの雷はなんですじゃ?」


「ありゃ目くらましだな。リンゴの眼を焼いてんだ」


「ほ、ほっほーう!」


 司会のオンジさん、解説のヴァンクさんありがとうございます。


 雷魔法を受けた時に起きる画面のフラッシュ。それはリンゴさんではなく、リンゴさんの後ろでリンゴさんを操っている人への攻撃。


 雷魔法の効果は一瞬。だけど激しい戦いの中ではとても貴重な一瞬。少しずつ二人の差が広がっていく。長距離転移の発動時間を確保できる距離まであと少し。


「今はどっちが優勢ですじゃ?」


「ナゴミヤ、かな。一発でも入れば逆転だけどよ」


「ふむふむ」


「……どうかしら。ナゴミヤ君のHP、そろそろまずいわよ」


 解説補助のハクイさん、ありがとうございます。


 師匠はどこかで単独長距離転移(トラベル)を発動しなくてはならない。タイムリミットである師匠のHPが無くなるまでの時間は恐らく残り一分もない。いくら師匠の魔法が速いと言ってもその時には大きな隙が出来てしまう。リンゴさんも師匠もそれは互いに百も承知。


 ぱん。


 一撃の雷の後、師匠がしゃらしゃらと杖を振る。詠唱が長い。今の雷は詠唱時間をごまかすための目くらましか。短距離転移(テレポート)の魔法ではない。単独長距離転移(トラベル)の発動だ。リンゴさんが突っ込んでくる。見破られた。こちらも跳躍(リープ)のスキルではない。一気に距離を詰めて懐に入り刺突を繰り出す短剣スキル、疾風突(ハヤテ)


 でもこれは、師匠の方が一瞬早い、か? 雷撃魔法のあと次もテレポートと読み違えたリンゴさん痛恨のミス?


 しゃらしゃら。


 あ、あれ?


 師匠がまだ杖を振っている。魔法が完成していない。単独長距離転移(トラベル)の魔法じゃない! もっと上位の魔法。


 なんの魔法かわからない。でもそれが何であれ完成の前にリンゴさんの疾風突がHP残り僅かな師匠を貫いてしまう。この勝負、リンゴさんの勝ちだ。


 でもそこで、びたり、とリンゴさんが動きを止めた。スキルキャンセルだ。


 同時に師匠が唱えていた魔法が完成する。ぶうん、と音がして空中に現れる光るオレンジ色の四角形。あれは(ゲート)の魔法? 師匠は同時にゲートの中へと消えて行った。


 勝負あり。逃げ切った師匠の勝ち。


 でも今の何?


 何で(ゲート)? なんでスキルキャンセル?


 大人数を一気に別の場所に運ぶゲートの魔法はトラベルより長い詠唱時間を必要とする。なんで師匠はゲートを使ったんだろう。なんでリンゴさんは攻撃を止めたんだろう?


「ヴァンクさんや、最後のはどういうことですじゃ?」


「いや、俺にもわかんね」


「頼りないわね」


「お前はわかんのかよ」


「わかんないから解説して欲しかったにきまってるでしょ」


 解説のヴァンクさんにも解説補助のハクイさんにもわからないなら、当のリンゴさんに解説してもらうしかないわけだけど。


「ああ、くそ。あああああくそう。ナゴミヤ、ナゴミヤああああ! ああ、もうちょっとだった。惜しかった、惜しかったぞナゴミヤ! 」


 そのリンゴさんは叫び声をあげている。よっぽど悔しかったのだろうか。いつもマスターって呼ぶのにね。


「リンゴちゃん、ちょっと何があったのか解説してくれる?」


「ああ、もちろんだ。マスターの奴、僕を殺そうとしやがった!」


 え、なに?


 殺す? ゲートの魔法で? どういうこと?


「ちょっと。周りにもわかりやすく説明してくれる?」


「ああ。くそう。あいつ、挑発してきやがって。ああ、乗ればよかった。ああくそ。乗らなくてよかった。こんな、こんな方法があるのか。手が震えてる。こんなのいつ以来だ。くそう、ナゴミヤめ!」


 ぶつぶつと戦いの感想を語るリンゴさん。まったく要領を得ない。ていうかちょっと怖い。


「わかったから早く」


「ああすまない。さっきマスターが出したゲートが<ジャンブ>の町に通じている、と言えばわかるか?」


 ジャンブ? ジャンブってフリギダス島にあるジャンブの町? それがどうして……


 ……あっ!


<ジャンブ>はフリギダス島にある小さな町。普段は全然意識しないけど、そういえばこの町には一つ大きな特徴がある。


<ジャンブ>の町は平和を重んじる町。ここにPKは立ち入ることが出来ない。立ち入ろうものならシステム上の衛兵(ガード)が現れて即座にPKを殺してしまう。


 もしリンゴさんが最後の一撃を放っていたら。


 師匠は多分その一撃で死んでいた。でも同時にリンゴさんはゲートに突っ込んでしまうことになって!


「ああ、もうちょっとだった。やっぱりアイツなんだ。アイツが僕を殺すんだ」


 うわあ。リンゴさん負けて悔しがってたんじゃないんだ。発言がヤンデレそのものになってる。


 そこに師匠が戻ってきた。


「ただいまあ。残念。引っかかってくれなかったかー」


「お帰りなさい師匠。遅かったですね」


「うん。解毒間に合わなくて向こうで死んじゃった。これはリンゴさんの勝ちだね」


 師匠、NPCさんに蘇生して貰ってきたんだね。お疲れさま。


「何を言うマスター。惜しかった、ほんとに惜しかったんだぞ。もう一回だ。もう一回やろう。な? な?」


「いやいやいや。一回こっきりだよ。ネタバレしちゃったからねー」


「そんなこと言うなよ。ヤッパリお前なんだ。頼む、僕を殺してくれ」


「無理だよう!」


 凄くレベルの高い勝負だったけど、それだけに二度目はない。同じ手は二度と通じないだろう。リンゴさん、いつか師匠に殺してもらえるといいですねえ。


 これだけの戦いを見せられば誰でも納得しそうなものだけど、それでも通じない人には通じないものらしい。


「いやwww何の茶番だよwwww逃げ回ってただけwじゃんwww」


 逃げ回ってただけ!


 ダーニンさんはそろそろ浮いてるのが自分だって気が付くべきじゃないかな。


「せっかく人がいい気分でいるというのに。わかったダーニン。お前にもわかりやすく説明してやる。わかってないのはお前と、後は誰だ? 周りにいる六人でいいのか?」


 リンゴさんがダーニンさんに短剣の切っ先を突きつけた。まあ、そうだよね。それが一番わかりやすいよね。


「じゃあ始めようか。マスターに変わって負けた僕が相手をしてやろう。そこの七人、まとめてかかってこい」


「え、負けたの俺だよ?」


 師匠、今余計なこと言わないで下さい。


「黙っていろマスター。話がややこしくなる。どうした、来ないのか? それならこちらから行くが」


「いやwwwwあんたPKでしょwwwチートwwじゃんwwソレは無いわwww」


 ダーニンさんはアサシンスタイルのリンゴさんが今から攻撃すると宣言してることの意味が分かってるんだろうか。


「……。なるほど。僕がPKで、対人用のスキル構成だからズルいとそういうわけだな? 七体一でも」


「挑発wwwwww乗んねえwwwよwwwwwwwww」


「ここまで話が通じないとは思わなかったぞ。僕の対人用のスキル構成はずるくて、マスターの非戦闘型のスキル構成は弱いと。お前の主張はそういうことだな? だから強くてズルくない自分が一番凄いと」


「そうwwwじゃんwwwww話通じないのオマエらだよwwwwww」


 ううん。


 レナルド君の時のこともあるからできるだけ偏見は持ちたくないんだけど、そろそろいいかな。あなた、イタい人でしょ。


「では他のメンバー、そうだな。そこにいる半裸の男などはどうだ? お前とヴァンクが戦って勝った方がギルドマスターを選ぶと言うのは?」


「おいリンゴ……」


 ヴァンクさんが困ったような声を上げた。いや、だいじょぶだよ。ヴァンクさんが負ける要素ないもん。


「いやwwwwwwそいつ運任せの一発屋じゃんwwwwそれでたまたま勝ったらこっちの負けとかwwwwないわwwwwww」


 だあああああ。どうすれば納得するんだ。


 でもダーニンさんの一言はどうやら別の人の逆鱗に触れたようだった。


「あら聞き間違いかしら。今、ヴァンクの事を運任せの一発屋って言った?」


「<辻ヒーラー>wwwwwwソイツの肩持つのwwwww何でwwwwwww」


「肩もつとかではないのだけど。ヴァンクは一発屋では無いわ。ただの事実よ」


「あんたwwwwソイツいてww迷惑してるんじゃないのwwwww」


 えええ。


 ダーニンさん、もしかして二人がほんとに仲が悪いと思ってる? あのやり取り本気にしてるの⁉


 うわあ、うわあああああ、共感性羞恥!


「ええと。とにかく」


 ほら、ハクイさんも困ってるじゃん!


「取り消してもらえるかしら。不愉快だわ」


「いやwww一発屋なのは事実だしwwwwwてかアンタwもwwそっちなのwww」


 何をどうしたら事実だってことになるのかわかんないけど。それをダーニンさんと言い争うのは不毛なんだろうな。


「じゃああなたたち七人でヴァンクと戦って見なさいな。それならよくわかるでしょう? もちろん勝った方がギルドマスターを決める。それで構わないわ」


「おい、ハクイ……」


 またヴァンクさんが困った声を出す。


「あらヴァンク、不満?」


「あたりまえだ。七対一で勝てるわけねえだろ。リンゴじゃあるまいし」


「じゃあ言い出しっぺの私がヴァンクにつくわね。七対二よ。ヴァンクも私もPKではないし、これなら文句ないでしょう? ダーニンさん?」


「おいおい……」


 あー。そういう。


 この状況は流石に有利と判断したのかダーニンさんも納得した。


「wwwwwいいwwよwwwwww後でナシとか言うなよwwwww」


「決まりね。ナゴミヤ君もそれでいいわよね」


「ええええっ、確認してもらえると思わなかった! 別にいいけど!」


 ギルドマスターは師匠なのにみんなで無視して話進めるもんだからちょっと拗ねてるのかな。隣いって慰めてあげようっと。


『師匠師匠、大丈夫ですよ。ヴァンクさん勝ちますから』


『いやあ、それは心配してないんだけどさあ……なんか申し訳ないっていうか』


『みんな師匠にギルドマスターでいて欲しいんですよ』


 個人チャットで内緒話だ。作戦がバレるといけないからね。


「では僭越ながらワシが審判を務めさせていただきますじゃ」


 オンジさんが審判役を買って出てくれた。


「あー、それがいいかな。オンジさんありがとねえ。あと、別に興味ない人は好きなことしに行ってね。突き合わせてごめんねえ」


「証人減らすなよwwww逃げかよwwww」


「えええ、だってそれはさあ……。なんかもう、ごめんね皆さん」


 師匠が謝ることではないんだけど。大変だねギルドマスター。ダーニンさんに勤まるとは到底思えないよ。


「スキルや呪文の発動は始めの合図の後。アイテムの使用は自由。その他の制限はなし。勝敗の条件は互いを全滅させた方が勝ち、でよろしいですじゃ? 」


「いいwwwwよwwww」


「構わないわ。ほらヴァンク。やるわよ」


「ったく。大人げないんだよオマエは」


 ぶつぶつ言いながらもヴァンクさんが位置についた。



 オンジさんを挟んで二組が向き合う。


 七体二。


 普通はヴァンクさんとハクイさんに勝ち目なんかない。ダーニンさんたちもそう考えていると思う。でも実はこの二人は特別。


 リンゴさんがヴァンクさんの名前を出したのは初めからこの展開に持っていくため。PKの口車に乗るなんて甘い。甘すぎるねダーニンさん。リンゴさん一人の方がまだ可能性あったくらいだよ。後でナシって言うなよはこっちのセリフだ。


 リンゴさんもハクイさんも師匠をギルドマスターから降ろす気なんてさらさらない。


 対人戦ではリンゴさんの戦闘力は「チートクラス」。


 でも、ヴァンクさんとハクイさんのペアは、本物の「チート」だ。



お読みいただきありがとうございます。

次話はハクイさんとヴァンクさんのかっこいい所。張り切って執筆中でございます。

また見に来ていただけたらとても嬉しいです!

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