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植物迷宮の女帝《エンプレス》④

いらっしゃいませ! ご来店ありがとうございます。

一話で終わるはずだった植物迷宮編、第四話でございます。

 普通の人と、自分との違いは何だろう。


 ついていい嘘と、ついてはいけない嘘の違いは何だろう。


 クラスメイトのヤヒロが宇宙人と会ったことがあると言うのは凄い事なのに、怜王が妖怪とあったことがあると言うのは嘘つきだ。


 二人きりになった時に「あげる」といってサナちゃんがくれた色付きの輪ゴムは、何故か怜王が盗んだことになっていた。サナちゃんが泣きながらそう言った。


 何が違うんだろう。


 レナルドこと加藤 怜王(かとう れお)はずっと普通になりたいと思っていた。


 そうすれば彼らのことが分かるはずだと思っていた。


 怜王から見た普通の人達は怜王の知らない何かで通じ合っているように見えていた。お互いに電波のようなものを出し合って、怜王に聞こえない会話をしているのだ。そうでもなければ怜王だけが彼らを理解できないことの説明がつかない。



 言われた通りにやっているのに自分だけができない。


 会話がかみ合わない。


 一生懸命やったことが裏目に出る。


 分からないなら聞いてね。そのくらい自分で考えてね。


 自分だけが何故か、やってはいけないことをする。


 自分のやったことだけが何故か、やってはいけない罪として問われる。



 みんなどこかで繋がっていてお互い理解しあっている。そのつながりからどうやら自分は外れているらしい。幼い頃の怜王から見た世界と言うのはそういう物だった。


 怜王は世界が恐ろしかった。


 恐ろしさから逃げ出すために今よりもっと幼かった怜王がとれた手段はそう多くはない。怜王は嘘をついた。自分も同じ存在だと、世界を騙そうとした。その嘘を自分でも信じようとした。


 だが世界から切り離された怜王が欺けるほど世界は甘くなかった。


 すぐに怜王には噓つきのレッテルが張られた。寓話に出てくるオオカミ少年そのままに。


 こうして「学校」あるいは「子供たち」と言う閉じた世界で起きる全ての嘘は、怜王一人に背負わされることになる。


 噓つきは誰からも信じられなくなる。そして世界からつまはじきにされる。物語のとおりだ。


 確かにこれは自分を守るために怜王が重ねた罪の代償だ。


 だけど。



「怜王君はとてもいいこでしたよ」


「今日は先に遊ぶ約束してたから」


「公平にくじ引きでチーム分けな」


「オレ達シンユウだよな」


「引っかかったな。ざまあみやがれ、この悪党め!」



 世界には嘘が溢れている。皆自分を守るために嘘をついている。だがどうやら世界にはついていい嘘とついてはいけない嘘があるらしい。


 その違いが怜王には、わからなかった。


「なぜ」


 世界に問うことは許されない。それ分からないことは自分が普通でないことを意味する。


 それは母を、苦しめる。


 怜王が成長し「子供」という枠から抜け出せた時には、今いる場所が全てではないと知ることになるだろう。取るに足りないことであった、あの頃の自分がいたから今の自分がいるのだ、と振り返るのかもしれない。


 自らこの疑問に折り合いをつけることもできるようになるのかもしれないし、あるいは人一倍心という物に敏感である彼ならば、やがて答えの一つに行き当たることもあるのかもしれない。


 だが今の怜王にとっての学校は世界の全てだった。


「嘘つき」として孤独に生きる恐ろしい場所。


 それが怜王の世界の全てだった。


 だからコヒナと言う人に会った時これは運命だと思った。


 今までこんな風に優しくされたことがなかったから。今まで自分を理解してくれる人なんかいなかったから。


 嘘をついてでも手に入れなければいけない相手だと思った。


 それに自分は嘘をついてはいない。リオンが<なごみ家>に入り、リオンに誘われてレナルドが加入した。嘘ではない。


 いや、でもこれは。


 ざーーーーーー。


 後で話せばいい。まずはわかって貰わなければ。そのために、そのために。


 こうして怜王は嘘を重ねていく。それがどれだけ恐ろしいことなのかわかっていながら止められない。


 ただその日は。



「え? だって普通の人って、怖いでしょう~~?」


 コヒナと同じギルドに所属するブンプクという女侍風アバターに問われて、困ったように「レナルド」が答えた。


「はい……」


 ああ、また嘘をついてしまった。


 ほんとうは困ってなんかいなかった。怜王は嬉しかったのだ。


 怖いって、言っていいんだ。自分だけじゃないんだ。怜王は笑っていた。嬉しくてうれしくて。でもそれは許される嘘のような気がした。


「わかる~~。怖いよね~~」


 言いながらブンプクも画面の向こうできっと自分と同じように笑っているだろうから。


 レナルドは、怜王は、その日初めて「世界」とつながった。


 コヒナは「運命の人」ではなかった。ちょっと残念だが、それは仕方がないことだ。


 だって、運命の人がこんなにたくさんいるわけないもの。



「僕は間違いなく悪人だ。それもPKランキングに乗ってるくらいの極悪人だぞ」


「ちげーにゃ。猫が人間に変身してるんだにゃ」


「勘違い? してませんよ、全然。ただお話を聞きたいだけで」


「アンタ何のためにログインしたのよ」


「ちっ、お前もいたのかよ」



 今日会った人たちはみんな、嘘つきだった。


 運命の人には会えなかった。しかしぶん、と微かな音がして、レナルドの物語はその日確かに動き始めたのだ。


 ■■■



 新加入したレナルド君と共に、私たちはモグイのボス<アブダニティア>さんを討伐し意気揚々とギルド拠点である師匠のうちへと戻ってきたのであった。


「んじゃ、戦利品の仕分けだにゃあ」


 それぞれドロップしためぼしいものを一階にある大きな机の上に並べていく。


「レナルド、この杖はどうだ」


「わ、すごい」


 リンゴさんが示したのは炎属性の攻撃力がアップする長杖だった。魔法のことはからきしの私から見てもわかる、一級品のお宝だ。


「レナルド君良かったね~~」


「えっ、僕が貰っていいの?」


「当然だ。最功労者だからな」


「ありがとう!」


「こっちの腕輪(カフ)はどう? 強いし可愛いわよ」


「ええっ」


 一応、うちのギルドでは戦利品で欲しい物が被った時にはサイコロやじゃんけんなどで所有権を決めることになっている。なってはいるんだけど。


 長くこのゲームを続けてきた先輩たちは「自分の装備」を持っている。それより強いものがドロップすることはそうそうない。だから欲しいものと言うのもあまりないのだ。


 変わったスキル構成の人が多いので被ることが少ないと言うのもある。


 なので誰かにぴったりの戦利品が出た時にはみんな嬉しい。前にファス某からドロップした大盾がショウスケさんに採用された時はお祭りみたいな大騒ぎだった。装備の完成度はショウスケさんが一番高いからね。


 みんなでこれは使えない使えるでも可愛くないとわいわいレナルド君に似合う装備品をピックアップしていく。


 レナルド君は期間は長いみたいだけれど、多分ボスを倒したのは今日が初めてなんじゃないかな。スキルはともかく装備品は改良の余地がある。これからもっともっと強くなっていくんだろう。私も負けてられないな。


 レナルド君の新装備として採用になったのはリンゴさんが発見した炎の杖とハクイさんが発見した銀細工の長腕輪(カフ)の二つ。長腕輪(カフ)は腕の半分くらいを覆うタイプ。レナルド君の黒いローブからちらりと見える銀の装飾はなかなかよい。中二心をくすぐられる。


 炎の杖はねじくれた木のグラフィックで単体で見るとなんだか禍々しい感じだけど、こちらも死霊術を得意とするレナルド君には良く似合っていた。


「レナルド、また一段と可愛くなったじゃないか」


「リンゴさん、これはかっこいいじゃないですか」


 出来あがったレナルド君の新たな装いについてリンゴさんとショウスケさんが議論を交わす。まあ、どっちも似合ってるとしか言ってないんだけど。


「何を言っている。その二つが両立しないわけないだろう」


「そういうものですか?」


「当然だ」


 そ、そうかな。両立するかな。確かに今だけの事言うならレナルド君の装いはかっこかわいい感じだけど。


「レナルドの装備はベースが黒だからな。それはそれでいいんだが、赤や青にしてみるのもありだと思うぞ」


「ええ~、でも死霊術師だよ」


「そうか? 赤の死霊術師というのも悪くないだろう。ノクラトスだって赤のローブじゃないか」


「ノクラトス?」


「おっとしまった。それはまた次の機会の楽しみだったな」


「えええ、なんだろノクラトスって」


 ノクラトスさんはですねえ、昔々の死霊術師でですね。ハロスのダンジョンのボスなんですが実は……。


 なんてね。早く教えてあげたい。あのダンジョンでもレナルド君の魔法は大活躍するはずだ。ノクラトスさんvs レナルド君の新旧死霊術師の夢の対決だね。


「……リンゴさんがお父さんだったら良かったのに」


 ひとしきりリンゴさんに褒められた後、レナルド君がぽつりと言った。


 レナルド君のお父さんは厳しい人なのかな。


 だからなのかもしれない。レナルド君はブンプクさんの次位にリンゴさんに懐いていた。


 よしよし。レナルド君、私のことも遠慮なくコヒナお姉ちゃんって呼んでいいですからね。


「父親か。光栄だが僕には荷が重いな……。半人前すぎる」


 いやリンゴさん、そんなガチに捉えなくても。


「ええ~~、リンゴちゃんなら大丈夫だよ~~。だって私がお母さんになるんだよ~~?」


「何を言っている。ブンプクはいいお母さんになるだろう」


 リンゴさんはちょっと真面目過ぎる気がするなあ。でもそういえば彼女さんが出来たんだった。もしかしたらリンゴさんも何か選択を迫られてたりするのかな?何なら占いますよ。


「ふふ~~、ありがと。そうだ!ねえねえ、ショウスケ。レナルド君がね、私のことお母さんみたいだって言ってくれたんだよ~~!」


 ブンプクさんがお母さんでリンゴさんがお父さんかー。


 それは楽しそう……ん?


「リンゴさん。それはどういうことでしょうか?」


「ん、何がだ? ……ってちょっと待て! ショウスケ、お前何かとんでもない勘違いをしてないか⁉」


「してませんよ、全然。ただお話を聞きたいだけで」


「怖い、怖いぞショウスケ。 僕も今初めて聞いたんだ。誤解だ。ちょっと落ち着け。冷静になれ!」


「誤解? 僕が一体どんな誤解をしているって言うんですか? 僕は初めから落ち着いてますし冷静ですよ?」


 お、おおお。ショウスケさんにこんな一面が。リンゴさんには悪いけど怖いから気が付かなかったことにしよう。


 さてと。


 私に会う装備品は出てるかな~? レナルド君用のばっかり探してたからなー。


「コヒナちゃん、炎属性の剣、いいの出てたわよ」


「ホントですかっ」


 やった~~! 待望の炎剣! おったから~、おったから~♪


「お~っす。なんだ今日は賑わってんな」


 分配が終わったあたりでもう一人ログインしてきた。裸パンツの筋肉マン。ヴァンクさんだ。


「ヴァンクさん~、お久しぶりです。お帰りなさい~」


「ああヴァンクか……。ずいぶん遅いじゃないか」


「顔見せだけな。十分くらいで落ちる。ん、リンゴ、なんかお前疲れてるか? リアルでなんかあったか?」


「いやなんでもない。そう言うのじゃないから安心してくれ」


 リンゴさんはやっとショウスケさんの誤解が溶けたようでへとへとになっていた。お疲れ様です。誰も悪いことしていなくても悲劇って起きるんだと学びました。


「そうか? ならいいが」


 ヴァンクさんも優しいからなあ。本気で心配してるんだろう。


「十分で落ちるって、あんた何のためにログインしたのよ」


「なんだ、お前もいたのかよ」


 すぐ落ちると言っているヴァンクさんにハクイさんが突っかかる。ああっ、再びギルドが険悪(笑)な雰囲気に。短い時間でも会えて良かったですねえ。


「は~~い。二人ともストップ~~。~~。レナルド君、この二人、喧嘩してるわけじゃないから安心してね~~」


「えっ、違うの?」


 そうなんです。違うんですよレナルド君。この二人は凄く仲がいいのです。


「レナルドにはまだ早えにゃ。まあそのうち分かるにゃ」


「ナナシ、お前適当なこと言ってんなよ」


 ヴァンクさんは一応反論するけれど、初対面のレナルド君の前で喧嘩するのは控えることにしたようだ。


「ヴァンク君、こちらレナルド君だよ。昨日ギルドに入ったんだって~~」


「そうか、俺はヴァンクだ。ギルドメンバーだがインは減っていてな。あんまり会うことは無いかもしれんがよろしく。何か質問はあるか?」


 ムキムキ筋肉のポーズを決めながらパンツ一丁のヴァンクさんが言った。質問してくれと言わんばかりだな。


「こんにちは。レナルドです。質問はないけど……」


「ないけどなんだ? ん?」


 ……。


 いつものヴァンクさんなんだけど。レナルド君は男の子なんだし、気にしなくてもいいんだけど。なんでかこう、止めないといけない気になってくる。


「ええと、その恰好は……」


「ん? 格好? 俺の格好に何か変なところでもあるのか?」


 はい。あります。むしろ変じゃない所がない。恰好に相当するパーツが一つしかない。


「ううん。変じゃない、けど」


 いや変だよ。あと一言一言発言するたびにポーズ変えるのやめて貰っていいですかヴァンクさん。


「けど、なんだ?」


 ちょっと間を開けてから、ぽつりとレナルド君が言った。


「えっと、なんか、恥ずかしい」


「…………」


 その時、奇跡が起きた。


 言われたヴァンクさんがごぞごぞ、と身動きをして。


「嘘……」


「えっ、ヴァンク君~~?」


「にゃにゃ、マジデか」


「こんな日が来るなんて。ネットゲームは奥が深いですね……」


 皆それぞれ驚きの言葉を口にする。私はもうぽかんとリアルに口を開けたまま言葉が出てこない。


「……お前らいちいち大げさなんだよ」


 そういうヴァンクさんはなんと、パンツの上にズボンを履いていたのだった。


「いや、え? どうしたのヴァンク。熱でもあるの?」


「おい、ガチの心配してんじゃねえぞハクイ」


 いや。だってねえ。ヴァンクさんがズボンを履いたのだ。例え履いたズボンがハーフタイプで、上半身は相変わらず裸だったとしてもこれは奇跡としか言いようがない。


「ヴァンク。いったいどういう風の吹き回しだ。お前はズボンを履いたら死ぬんじゃなかったのか?」


「俺も知らねえ設定もってくんじゃねえよリンゴ。……別になんでもないんだけどよ。……うちにもガキがいるからよ」


「なるほど。そう言うこと……なのか? 」


 リンゴさんのわかったようなわかんないような微妙な反応はこの場の全員の気持ちの代弁だろう。あとなんでみんなレナルド君が子供だってわかるの?


「いずれにしてもレナルド、お前は凄い奴だ。これは今日一の成果だぞ。偉業と言っても差し支えない」


「え? え?」


 再びリンゴさんに褒められてレナルド君は困惑した様子。だけどリンゴさんが言っていることは正しい。レナルド君は実にとんでもないことをやって退けたのである。これはもう英雄レベルの偉業と言って差し支えない。


 ギルド拠点でみんなでやいのやいのしていると、そのちょうど真ん中に突如人影が現れた。


 全くもう。いつも最後に来るんだから。


「ただいまあ~。うわあっ、なんかいっぱいいる!」


 その人はただいまを言ってからわざわざチャットで驚いて見せる。いつも通りのマイペースムーブ。遅いですよ師匠。みんな待ってたんですからね。


「お帰りなさい師匠~! お仕事お疲れ様です~」


「ナゴミヤか。お疲れさん」


「ナゴミヤ君おかえり~~」


「お帰りなさいナゴミヤ君。相変わらず遅いのね」


「遅いぞマスター」


「マスター、お帰りなさい」


「なごみーてめえ今何時だと思ってんだにゃ」


 大体最後に来る、家主にしてギルドマスタの我が師匠である。


「ただいまただいまただいまあー。あれえ、もしかして今日全員いる? 凄いなあ。もっと早く帰って来るんだった……ってうわあ、誰っ!?」


 師匠はレナルド君に気づくと大げさに驚きの声をあげた。いや、他の人はみんな初対面ですが、師匠は前に会ってますよ。


「師匠、レナルドさんは昨日加入したリオンさんに誘われて来たんだそうです」


「あ、そうなの? ああ、そう言うことかあ。初めまして。ギルドマスターのナゴミヤです。よろしくお願いします」


 いやいやいや。レナルド君も困ってるでしょう。さっきから一言もしゃべってないじゃないですか。


「師匠師匠、初めましてじゃないです。この間、ほら二人でハロスに行った日に」


「え? あれ、そうだっけ。あーハロス……? えーとはいはい。あ~~。すいません」


 忘れてるな完全に。ごまかすのか諦めるのかどっちかにしてよ。


「んじゃ今日はみんなでレナルドさんと遊べた感じ?」


「うん~~。みんなでモグイのボス倒してきたよ。レナルド君強かったんだ~~」


「いいなあ。それなら大体わかってると思うけど、レナルドさん、うち変な人ばっかりなんで、合わないと思ったらいつでも抜けていいですからね」


 またそんなこと言って。レナルド君も困って……。


 あれ? レナルド君?


 レナルド君は動かない。さっきまであんなにはしゃいでいたのに。そういえばしばらく何もしゃべっていなかった気が。あれ、いつからだ?


「ん? レナルド、どうした?」


「レナルド君~~?」


 皆、レナルド君の様子がおかしいのに気が付いたみたいだ。


 やがてレナルド君は一言呟いた。


「ごめんなさい」


「え?」


 師匠が聞き返す。


「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい」


「え、何? どしたの?」


「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい」


 師匠の問いには答えずレナルド君はごめんなさいを繰り返す。


 急にどうしちゃったんだろう。なんだか、今日会った直後の、壁に向かって話し続ける「レナルドさん」を思い出した。


「え、えええ。いや、だいじょぶですよ。その、合わなかったのかな? うち変人ばっかりだから、無理しないで抜けたいと思ったらいつでもぬけて貰って」


「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい」


 師匠が必死になだめようとするけれど、レナルド君はより一層ひどくごめんなさいを繰り返すばかり。


「ああ~~、違うよナゴミヤ君~~。レナルド君大丈夫~~。ナゴミヤ君は優しいよ~~」


 ブンプクさんの言葉に、レナルド君のごめんなさいの連発が止まった。でもまだ動かないままだ。


「どゆこと?ブンプクさん」


「んとね、レナルド君は悪いことして、それでナゴミヤ君が怒ってるの」


「ええっ? 俺が怒ってるの? なんで?」


「さあ~~?」


 ブンプクさんの言うことは全然わからない。でもうちのギルドにはブンプクさんのスペシャリスト、ショウスケさんがいるからね。


「マスター。ブンプクが言うには、レナルドさんはマスターが怒っていると思っているそうです。多分前に会った時に何かあったんじゃないかって」


「え、何かって何?」


「わかんない~~。でね、レナルド君はね、怒ったナゴミヤ君にギルドから出て行けって言われてると思ってるの」


「え、えええ? 何で?」


 師匠は本気でわからないらしい。だけど私には心当たりがある。


『師匠師匠、レナルドさん、マディアの町で師匠にいろいろ言ってきた人です。でも』


 レナルドさんに悪気はなかったんです、と個人チャットで打ち込みかけて手が止まる。あの時のレナルドさん(・・)を思い出したからだ。


 ―あなたはギルドマスター失格です。あなたは彼女に迷惑を掛けている。なぜそれが分からないんですか?—


 悪気がなかったはきっと嘘だ。それは私の願望だ。多分レナルド君は子供なんだろう。何らかの勘違いはあったんだろう。でも、あの時のレナルド君には悪気があった。


 レナルド君はいい子で、優しくて、何かの勘違いで師匠の悪口を言った。


 これだって私の願望や思い込みかもしれない。あの時のレナルドさんが本当のレナルドさんで、今日のレナルド君はレナルドさんの演技なのかもしれない。


 どっちが本当なのかなんてわからない。どっちも間違っている可能性だってある。


 私も今日のレナルド君の方を信じたい。だけどもしそれが間違いだったら。


 私が言葉を続けられなくなっていると、師匠はそれで私の伝えたいことは終わったと思ったようだ。


『あっ、あ~~~、あの時の人かあ。なるほど、そう言うことかあ。完全に理解した』


 ほんとかいな。


「よくわかんないけど、ブンプクさんが言うならそうなのかな? ごめんねえ。レナルドさんそんなつもりじゃなかったんだよ」


「ね~~? レナルド君、今日楽しかったんだよね~~? だから追い出されたくなかったんだよね~~?」


 ブンプクさんの言葉に少し時間を空けて。


「うん……。はい」


 レナルド君が動かないまま返事をした。


 そっか。そんなに楽しかったんだ。それは良かったな。私も楽しかった。やっぱりレナルド君はレナルド君なのかな。でもブンプクさんがこなかったらどうなってたか。


 あまり想像したくないな。


「あー、そういう風に聞こえたのか。ごめんねレナルドさん。俺は怒ってないし追い出しもしないよ。変人ばかりのちょっと変わったギルドだけど、今後ともよろしくね」


 師匠の言葉に少し時間を空けて。


「ごめんなさい、よろしくお願いします」


 しっかりとアバターを師匠の方に向けて、レナルド君が答えた。


「わりい、なんか盛り上がってるとこすまんけど。もう落ちるわ」


 そう言ったのはヴァンクさんだった。予定の十分はもうとっくに過ぎている。きっと言い出せなかったんだろう。意外と気を使う人なのだ。実に意外だけど。


「そっか。またね、ヴァンク。……ってうわあ⁉ ヴァンク、なんでズボン履いてんの⁉」


「だからいちいち大げさなんだよ。その下りはさっきもやったんだよ」


「だってヴァンクってズボン履いたら死ぬんじゃなかったの⁉」


「お前かその設定作ったの!」


 wwwww。


 師匠とヴァンクさんのやり取りを聞いてみんな笑う。レナルド君も笑う。みんなのwwwという文字が画面を埋め尽くす。まさに大草原。


「僕ももう寝ないと」


「そうだね~~。もう遅いもんね~~。おやすみ、レナルド君~~」


「うん。おやすみなさい」


 皆口々に新しいメンバーにお休みの挨拶をいう。レナルド君は一人一人の方を向きながらお休みを返していく。最後にレナルド君は師匠の方を向いて言った。


「すごくたのしかったです。ごめんなさい。また明日きてもいいですか」


「もちろん! 俺はイン遅いからなかなか遊べないかもだけど、よろしくね」


「まあ最近はみんなイン率低いからな。僕もいない日の方が多いが、まあそのうちにな」


「あ、私とショウスケはいるよ~~。明日もよろしくね~~」


 師匠に続けて今日長い時間をレナルド君と一緒に過ごしたリンゴさんとブンプクさんが答える。


 一番長い時間を過ごした私からもちゃんと言っておかないとね。


「レナルドさん今日はありがとうございました~。楽しかったです!」


「僕も楽しかったです。みんなありがとうございました」


 アバターからは相手がどんな人なのかはわからない。結局推測するしかないのだ。ただそれはアバターだからわからないのだと言い切ってしまうのも間違いだ。今お仕事でリアルで顔を合わせる人たちより、一度しか会ったことがない<なごみ家>の人たちの方が絶対によく理解できているし、私のことも理解してくれている。


 きっとこの先、レナルド君のことももっとわかっていくんだろう。


「あっ、レナルドさんちょっとまって!」


 師匠が叫ぶ。ログアウト直前だったレナルド君が師匠の方を見た。


「忘れるところだった! レナルドさん、ギルド<なごみ家>へ、ようこそ!」


 レナルド君はにっこり笑って手を振ると、ログアウトしていった。



 □□□


 翌日。


 ネオオデッセイにログインしたレナルドはすぐにプロフィール画面を開いて確認し、安堵のため息を漏らした。


 レナルド:所属ギルド<なごみ家>


 ああ、よかった。夢じゃなかった。以前に一度入れて貰った時のようにギルドを追放されてもいない。


 だがレナルド以外はまだ誰もログインしていないようだ。ブンプクと言う人は今日もログインできると言っていた。ならばいまのうちに一人でできることを済ませておこう。


 昨日はとても楽しかった。レナルドの活躍をみんな褒めてくれた。もっと強くなったら、もっと褒めて貰えるだろうか。もっと楽しくなるだろうか。


 そう言えば、この<レナルド>の前に使っていた<レオン>の持っているアイテムや装備品の中に使えるものはなかっただろうか。ほとんどのものは処分したりレナルドに引き継いだりしたはずだが、もしかしたら何か残っていたかもしれない。


 嫌な思いをして以来、二度と操作するつもりのなかったアバターであったが今日のレナルドは無敵だ。過去の嫌な思い出など全く気にならなかった。


 数か月ぶりで<レオン>としてログインした。思った通り有用そうなものは残ってなかった。それでも死霊術の触媒などの消耗品や金貨をかき集めて持ってきたポーチにしまう。多少の足しにはなるかもしれない。


 マディアの町にある宿屋の裏、木の根元にポーチを隠す。宿屋で<レオン>からログアウトし、<レナルド>へと変わった。これでもう<レオン>になることは二度とないだろう。あとで<レオン>は消してしまおう。


 レナルドはすぐに裏の木まで戻り、隠していたポーチを引っ張り出す。よかった、誰にも取られていない。大した額ではないが、これからの新しい生活にお金なんかいくらあっても困らない。


 さっそく一人で狩りに行きお金を稼ごう。そうして待っていれば誰かがログインしてくる。今日も昨日のように楽しくなるはずだ。何処にしようかな。


 レナルドは期待に胸を膨らませ、転移魔法で飛び立っていった。


 ■■■


 この世界でそれなりの時間を過ごしてきたレナルドは、フィールド上に置いたものが誰かの手により持ち去られる危険性については理解していた。<レオン>が持っていたものが高価なものであれば、人通りのある街中での受け渡しなどしなかっただろう。


 ただ、幼い彼にはまだ知らないことがあった。


 かつてそれに曝されていながらも、彼はその本質を知らなかった。


 ——悪意。


 この世界には、ただただ自分と違う物を傷つけ、貶め、晒し上げることを快楽を感じるもの達がいる。


<レオン>としてログインした時から、レオンは潜伏スキルを持つアバターにずっと後を付けられていた。そのアバターに<レオン>が隠したものを<レナルド>が手にするところを見られていた。


 見ていたアバターの名は<イケニエ>。


 かつて<レオン>が作ったギルドに一番最初に加入した人物である。


<イケニエ>を操るプレイヤーはレオンを見つけた時に心底嬉しいと感じた。かつて彼はもっともっと遊べるはずだったおもちゃを、つい我慢できなくて壊してしまったのだ。あの時はとても楽しかったが、同時にとてももったいないことをした。


 だがそのおもちゃはまた戻ってきた。


 しかも名前と姿を変えて、新しい旅を始めようとしている。


 ああ、どうしてやろう。あいつでどんなふうに遊ぼう。今度はもっと長く遊ばなくては。簡単に壊してしまわないよう十分に気を付けなくては。そして最後には前以上の絶望を。アバターを変えようとも人と違うお前には居場所などないと思い知らせるのだ。


 潜伏スキルを使用したまま、<レナルド>のプロフィールを確認する。



 レナルド:所属ギルド<なごみ家>



「<なごみ家>、ね……」



 そのギルドの名前はマディアの町で何度か見たことがある。さて。


 イケニエは心の底から嬉しくて仕方がなかった。


お読みいただきありがとうございました。

これは内緒なんですが、このお話を書くにあたり「全部読んだらタロット占いができる入門書を目指そう」などということを考えておりました。この意味で言うと一章は入門編、二章は応用編です。たとえばレナルド君に示された占い。皆さまでしたらどんな風に解釈されるでしょうか。

そんなことを考えるととても楽しくなります。

また不穏な終わり方をしてしまいました。できるだけ早く次回のお話をお届けできるよう頑張ります。また見に来ていただけたらとても嬉しいです。

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