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植物迷宮の女帝《エンプレス》③

お待たせしました!

ご来店ありがとうございます!

先週は連休がありまして、そこで更新と下書き位終わる予定だったのですが、胃腸炎にかかってしまいダウン。貴重な連休を寝て過ごすことに。回復はしましたがその後休みがなく……でございました。


今は元気です。色々流行っているようですので、皆様もお気をつけくださいませ。


それでは本編をどうぞ!

 

「じゃあそろそろ行きますか~~。リンゴちゃん盾役お願いね」


「不本意だが仕方ない。ハイドライアードあたりがねらい目か?」


「うん~~。アルラウネの上位種もいいかも~~」


「了解だ」



 四階以降に出現するアルラウネ族はドライアード族と共生関係にあるらしく、どちらかが攻撃されているのを発見すると慌てて駆け付けてくる。種族を超えた絆を見ているようでちょっと熱いのだけど、モンスターなので退治する。ばしばし。人類恐るべし。


 リンゴさんを先頭に私たちはダンジョンの奥へと進んだ。モンスターが沸く部屋に入る時はリンゴさんが飛び込んでヘイトを引き受けてくれる。さっきまでとは段違いの戦いやすさだ。レナルド君の作るゾンビ達も<退去>を掛けられる可能性が少ないのでイキイキしている。


「レナルド君、この先にはね~~、四階のボスがいるよ~~」


「ボス?」


「うん~~。倒さなくても先には進めるんだけどね。珍しいモンスターだからちょっと覗いてみようか~~?」


「うん。見てみたい」


 四階の、五階に向かう道とはズレた所にアルラウネの変異種<フロラヴェルト>が住んでいる。扱い的には四階のボスということになるのかな? でも倒さなくても五階に進むことはできるし、表示がグレーなので固有名ではない。謎の立ち位置である。


「あれがボスなんですか?」


 部屋の入り口から身体に五色の花を纏う美しいモンスター<フロラヴェルト>を覗き見ながらレナルド君が言った。


「うんそうだよ~~」


「強い?」


「うん~~。このメンバーだとちょっと厳しいかな~~?」


「そっか~」


 むう。レナルド君が残念そうだぞ。しかしなあ。


 フロラヴェルトは五色の花をつけた特別なアルラウネだ。


 ベースの攻撃力が高く、範囲の広い棘の鞭はマヒや猛毒の状態異常を引き起こす。毒属性を中心とした強力な魔法も使ってくるし、ドライアードやアルラウネを呼び寄せて強化するのも厄介。


 五階に住むドライアードクイーンのアブダニティアさん程ではないにしても、初めから「フロラヴェルトを倒しに行くぞ!」という装備と気合無しでは戦いたくない相手だ。


 今盾役をしてくれているリンゴさんも、毒への耐性は強いけどそもそもが打たれ弱い。盾役させといてなんだけど、アサシンスタイルのリンゴさんは本来打たれるということを想定してないのだ。


 死角から強力な毒を打ち込んで相手が死ぬまで隠れているというのがリンゴさんの対モンスターの戦術。フロラヴェルトの取り巻きに一斉攻撃を受ければ無事では済まない。毒が効きにくい相手に私たちを守りながら戦うというのは正直しんどいだろう。


 盾を持っている私も他の人を守りながら戦えるほどでは決してない。

 ショウスケさんとはちがうのだ。ショウスケさんとは。


 炎属性の武器とかスキルを使える人がいるとだいぶ違うんだけどな。私が得意な雷属性は幅広い敵に有効なんだけどその分決め手に欠ける。ブンプクさん得意の氷属性も効きにくいし、リンゴさんについては言うまでもない。


 レナルド君のゾンビも集団退去をうけてしまう。召喚で出てくる高位アンデットなら退去に耐性はあるけど、やっぱり火力不足だ。


 無理かなと思っていたところにぴろりんと音がして個人チャットでメッセージが届いた。


『なんかお前ら面白そうなことやってねえかにゃ?』


 あっ!


『インしてるやつ多いみたいだが何で俺に声かけねえんだにゃ。ギルドの拠点にもいねえし。いいのか? 拗ねるぞにゃ?』


「いま猫さんからメッセージ届きました! 来てくれそうです!」


「うちにもきた~~」


「こっちにもだ。誰か一人でいいだろうに……。僕から返事をしておく」


 ブンプクさんとリンゴさんの所にもメッセージが来ていたみたいだ。


「猫さん?」


 レナルド君が声上げた。


「猫さんってディアボに詳しいっていう人?」


「うん~~。猫さんはディアボのお話には詳しいけど人じゃないよ。猫さんはねえ、猫さんだよ。すっごく強いんだ~~」


「???」


 レナルド君はとうとう「え?」とも言わなくなってしまった。でも大事なことだからね。猫さんを人呼ばわりしたら大変なことになってしまう。こすられちゃうぞ。


 再び緑部屋まで引き返して待っていると猫さんがやってきた。当然ながら可愛い子猫の姿である。あのまんまここまで来るのはさぞしんどかったろう。


「おいーっす。こんなところで会うとは奇遇だにゃ。む? 誰だにゃ、おめーは」


 子猫姿の猫さんがふんふん、といぶかし気にレナルド君の周りをまわる。


「え、え?」


 ちなみに全然奇遇じゃないし、リンゴさんからのメッセージでレナルド君のことはとうに知っているはずである。


「レナルドさん、その猫さんは名無しさんと言う猫さんです。凄く強いんですよ」


「なんで猫なの?」


「まあその辺はおいおい~」


 話せば長いので。多分この後変身して戦うことになるし、猫さんの方にもレナルド君のことを紹介しないといけない。リンゴさんやブンプクさんから聞いてるんだろうけど、形式上ね。


「猫さん、レナルドさんはうちのギルドに新しく入った人です~」


「マジでか。レナどん、おめー、この変人集団ギルドでいいのかにゃ?」


 変人ギルドの準団員が何を言うんですか。


「変人集団なんかじゃないです。みんなとても優しいです」


 あっ、レナルド君が<なごみ家>を庇おうとしている! レナどんとかいきなりあだ名で呼ばれたことよりもそっちを優先している!なんか嬉しいね。でも心配しなくても大丈夫ですよ。変人集団なのは嘘じゃないし、それに。


「レナルドさん、猫さんの言うことはだいたいツンデレなので心配しなくていいですよ~」


「えっ」


「オイこっひー、おめー何言いだすんだにゃ」


「そうだぞレナルド。さっきメッセージ送った時にうちの新人がいる事は伝えてあるからな。ナナシはこう見えて非常に喜んでいるから安心していいぞ」


「えっ」


「猫さん、私にはレナルド君のスキル構成確認してたよ~~」


「えっ」


 おお、そうなんだ。レナルド君が活躍できるように考えて来てくれてるんだね。さすが猫さん。面倒見がいいなあ。


「ごりん、ブンブン、おめーらまで何言いだすんだにゃ」


 しゃああ、と猫さんが威嚇してきた。可愛い。そう言えば最初に会った時は猫さんのこともちょっと怖かったんだっけ。懐かしいね。


「ふん、まあいいにゃ。とりあえず腹ごしらえだにゃ。こっひー、焼けにゃ」


 ご指名ありがとうございます。猫さんがバックからにゅるんと遠近感と物理法則を無視して取り出したサンマのお化けみたいなお魚を受け取る。


「え、なにこれ!でっかい!」


 レナルド君がいい反応を見せる。


「グラデドラディシュちゅう魚だにゃ。塩焼きがうめえにゃ」


 グラデドラディシュは確かに大きいけど普通は八十センチくらい。でも例によって猫さんが持って来たのは規格外。二メートル近くあるんじゃないだろうか。全体としてはサンマだけどよく見たら牙とか凄い。あと口の先が黄色くて目が黒々しているので美味しいに違いない。


「これはまた豪勢なものを」


 リンゴさんも感心している。コンテストとかに出せばまた賞金が出るレベルなんだろう。


「たまたまさっき釣ったやつだにゃ」


 意訳:新人さんがいるって言うからとっておきのをもってきたにゃ。


「……小腹が減ったな。なにかつまみを取ってくる」


「僕もおかし持ってくる!」


 リンゴさんとレナルド君が離席。


「行ってらっしゃい~~。じゃあ、その間にピクニック準備だ~~」


 ブンプクさんは私が火を起こしている横に大きなピクニックシートを敷いた。さらにその上に人数分のランチョンマットを置き、色々な料理を並べていく。ブンプクさんのこの辺の手際とか、センスとかはちょっと真似できないなと思う。


 おにぎりにミートボール、きのこの串焼き、ポットに入ったお茶とジュース。デザートにクッキーが数種類。さすがブンプクお母さん。お魚焼くのが精いっぱいの私とはレベルが違うね。センスだけじゃなくてスキルも。おにぎり、実は何故か要求スキルが高いのだ。お米もレア度高いし。


 綺麗に並べられたお料理たちの真中にグラデドラディシュの丸焼きをどーんと置いて、ピクニック準備、完成!


「すごい!」


 戻ってきたレナルド君が歓声を上げた。


「ふふ~~、凄いでしょ~~。お魚はコヒナさんが焼いてくれて、他の料理は私が作ったんだよ~~」


「食べていいの?」


「もちろん~~~」


「やった!」


 レナルド君はそういうとまずおにぎりに手を付けた。まあ、そうだよね! わかってたけど!そりゃあブンプクさんが作ったものから食べたいよね!


 しかしお化けさんまの丸焼きの派手さをもってしてもかなわないかあ。


「おいしい!」


 おにぎりを食べたレナルド君が声を上げる。あら可愛い。勿論味なんかしないんだけど、その気持ちはよくわかる。


「こりゃあ食い切れねえにゃあ。もったいねえ」


「余ったの持ってっていいよ~~?」


「にゃあ、ここで食べたいというのが人情だろうにゃあ」


 うん、わかる。お魚は焼き立てが一番おいしい。おにぎりやクッキーはブンプクさんが前に作って準備してたものだけど、それだってここでみんなで食べるのがおいしいに決まっている。


 ……すこしスキル使ってお腹空かせて来ようかな?


 あっ、しまった! 猫さんが「人情」って言ってるのに!私としたことがついクッキーに夢中に!


 くっ、これは間に合わないか⁉


 しかし私の代わりを務めてくれた人がいた。


「猫なのに?」


 ツッコミを入れたのはなんとレナルド君だった。レナどんやりおる。


「レナどん、おめえいいやつだな!」


 猫さんは小さい手でぺしぺしとレナルド君を叩いた。


「猫さんもね。お魚ありがとう」


「おしおし、いっぱい食えにゃ」


 とはいえこの分量、五人で食べきれない。残念ながら残りはみんなで分けることになった。ソロ活動の時のお弁当だ。いつまでも食べ物が腐らないのはゲームのいい所だね。


「クッキー一個ここに置いて行っていい?」


 出発前にレナルド君がブンプクさんに聞いていた。どうしたんだろ。持ち物多すぎだったのかな? 私も良くそれで苦労した。師匠に持ってもらって「ずいぶん色々持ってるねえ」と感心されたものだ。レナルド君、何だったらコヒナお姉ちゃんが少し持ちますよ? そんなに余裕はないけど。


「いいよ~~。なんで~~?」


 ブンプクさんはなんで~~より先にいいよ~~が来るんだな。


「お姫様にもあげたい」


 あら可愛い。


 言いながらレナルド君は緑部屋の隅っこにクッキーを一枚お供えした。地面に放置したアイテムは一定時間ごとに行われる処理でランダムに消去される。だからクッキーもそのうち消えてしまうだろう。その前に通りかかった冒険者が持っていくかもしれない。どちらにせよ私たちにとってそれは「そういうこと」だ。田舎のお墓に添えた果物と一緒だね。


「んじゃ、そろそろ行くかにゃ。変・身!」


 掛け声とともに猫さんがにょにょにょ、と大きくなっていく。戦闘用の人間型猫耳美少女ロボットだ。いやロボット関係なかった。


「わ、猫さんも女の子なの?」


 おお、女の子。なんて便利な言葉だろう。猫だとも人間だとも言っていない。やるなレナどん。


「そだにゃ。メスの猫だにゃ」


「なんか、女の子ばっかりだ……。」


 あ、ほんとだ。


「僕は男だが」


「うん、知ってるけど……」


 リンゴさんの見た目は女の子である。しかも多分一番可愛い。リンゴさんの好みななんだろう。男の人が女の子アバター作る時って遠慮なく理想のタイプ作れるの、ちょっとズルい。


 師匠だったらどんなアバター作るかな。見てみたいな……って待てよ。ひょっとしなくてもテレジアさんみたいなのだろうか。やっぱ見なくていいや。


「なんだ、レナルド。女の子ばっかりだと緊張するか?」


「ううん、僕は男だから頑張らないとって思ったの」


 あら可愛い。


「やった~~。守ってね~~、レナルド君~~!」


「うん!」


「おいレナどん、言っとくがオレはつええぞ?」


「でも猫さんも女の子だし」


「っ。ほっほ~~う。言うじゃねえかレナどん。んじゃ、お手並み拝見だにゃあ」


 ツンデレ発動だ。これは、猫さんもちょっと照れているな。


「……。まあ、僕もそう言うのは嫌いじゃない。初見では辛い相手だが、気合い入れて行こうか」


「はい!」


 元気にリンゴさんに返事をすると、レナルド君は持っていた杖を大きく振った。レナルドさんの身体が一瞬黒い光に包まれる。


「レナルド、今のは<転生>か?」


「そうです」


<転生>は死んでも一度だけ蘇ることが出来るという死霊術の中でも最高クラスの魔法だ。取得は大変らしいけど効果は絶大。チート魔法じゃないかと思ってしまう。


「ほー。死霊術かなり極めてるにゃあ。レナどん、リッチー化はできるにゃ?」


「はい、できます。でもHP低いからあんまり長い間はできない」


「おっしゃおっしゃ。任せれ。今日はおもいっきり撃たせてやるにゃ」


 猫さんが不敵に笑った。


 ■□■


 フロラヴェルトの部屋に入ると護衛していた大勢の植物モンスターが一斉に私たちに襲い掛かってきた。でも、端から猫さんの爪と牙が凄い早さで引き裂いていく。


「猫さん凄い……」


 いや~、すごいね。私たちも頑張るけどとてもじゃないけど追いつかない。どんどん植物モンスターの死体が積み重なっていく。


「レナどん、ゾンビ作れにゃ」


「え、でも退去されちゃうよ。召喚で強いの呼ばないと」


「いいから作れにゃ。無駄にはしねえにゃ」


「うん、わかった」


 猫さんの指示に従ってレナルド君がモンスターの死体をゾンビに変える。ゾンビ君たちは退去の魔法に耐性がないのでドライアードやアルラウネに触られればすぐ消えてしまうはずだ。でもそうはならない。


「退去はさせねえにゃ。もったいねえ。その前に」


 ごおう、声を上げると猫さんの身体が赤い光のエフェクトを放ち始める。ヴァンクさんも使う≪狂戦士化≫(バーサーク)のスキルの発動だ。


「オレが食うんだにゃ」


 そう言うと猫さんはレナルドさんが作った味方のゾンビを攻撃して一撃で葬った。結果、≪狂戦士化≫(バーサーク)の使用で減少した猫さんのMPが回復する。猫さん得意の<吸精爪>(マインドスティール)だ。


 狂戦士化のスキルを使用すると徐々にHPが減少する。そして現在のHPの「低さ」に応じて攻撃力と俊敏性が上昇する。つまり十分にその効果を発揮するにはHPを低い状態で維持する必要がある。非常に使い勝手の悪いスキルだといえるだろう。


 でも猫さんはこの<狂戦士化>のスキルの効果を完全に使いこなす。


 猫さんの戦闘スタイルは<吸命爪>(ライフスティール)<吸精爪>(マインドスティール)を交互に使うというもの。この二つのスキルでHPを低い状態で維持する。


 いつでも食べられて、攻撃してこなくて、しかも一撃で倒せるゾンビは猫さんにとってのごちそうだ。ゾンビを食い散らかして貯まったMPはアルラウネやドライアードの上位種を攻撃する大技に使うことが出来るし、相手の大技の前にはHPを最大値まで回復することも出来る。


 扱いが難しいけれど使いこなせば一対多の戦いが基本となるネオオデッセイの世界では本当に最強なのかもしれない。ゾンビを食べて攻撃力とスピードを増して暴れまわる猫さんは台風か何かみたいだ。


「凄い、猫さんすごい!」


 それを見たレナルド君もはしゃいでいる。


「レナどん、どんどんいけにゃ」


「うん!」


 レナルド君が作ったゾンビを猫さんが食い散らかす。そこには猫さんが食べ残したゾンビの死体が残る。結果、リアルではありえない現象が起きる。


 ゾンビのリサイクル。


 レナルド君の魔法で、猫さんに食い散らかされたゾンビの死体が再び動き出すのだ。味方だから頼もしいけど、モンスターの側からしたらたまんないだろうな。ゾンビ映画かよ!ってなってると思う。


「猫さんとゾンビって相性いいねえ~~」


「うむ。僕らはやることがないな。せいぜいレナルドを守るとしよう」


 猫さん以外は皆自分を回復するためのスキルを何らかの形で所持している。他人にも使うことが出来るが回復量はとても低くなる。他人の回復には別のスキルが必要なのだ。でもブンプクさん、リンゴさん、それに私の三人がかりならそれなり。師匠一人分かハクイさん三分の一人分くらいにはなる。


「おし、雑魚は払ったにゃ。レナルド、ヤレ」


「うん!」


 レナルド君が杖を掲げた。


 おおおおおん。


 不吉な音を立ててレナルド君の姿が変わっていく。肌が生気のない灰色になり、目に異様な光が宿る。そして、どこからともなく発生した黒い靄がレナルド君の身体全体を覆っていく。


 勿論ただの靄ではない。あの靄には名前がある。


 あれは命によく似たはかない存在。死体に取り付いて操るだけの、自分だけでは存在することもできないか弱い存在。


 かつては奇跡とも神とも崇められ、世界の終わりを引き起こしすらした恐ろしい存在。


 その靄の名は、ファス……。


 ……ファスなんとか、という。


 レナルド君が使ったのは自らに大量のファス某を寄生させ、リッチーへと変化させる<死霊術>の奥義<偽命の秘法>。


 昔々に不死王宮ハロスのノクラトスさんが騙されて使い、リッチーになってしまった術とは似て非なるものだ。そもそもの目的が違う。


≪偽命の秘法≫は不死を目的としたものではない。レベル6という人の枠を超えた強力な魔法を行使するための手段なのだ。


 ノクラトスさんの失敗のあと、長い時間をかけて人はファス某を研究してきた。その成果である現代死霊術の奥義はファス某を一時的にだが完全に支配下に置く。体にファス某を寄生させつつも乗っ取られてしまうことは無い。生きている間に術を解き身体からファス某を追い出せば、再び元の人間の姿に戻ることが可能なのだ。


 かつてのノクラトスさんの失敗は世界を終わらせかけたけど、人はその失敗を糧にして成長した。


 そして今。死霊術は勇者の力の一つとして世界を守っているというわけだ。


 人類恐るべし、だね。


 リッチー化すると詠唱速度や魔力といった魔術系のステータスが著しく上昇する。その上レベル6という超々高威力での行使が可能になる。


 凄いけどもちろんいいことばかりじゃない。デメリットは狂戦士化と同じHPの時間ごとの減少と、自分で回復が出来なくなること。


 魔法と死霊術の両方を高いレベルで取得しているレナルド君の最大HPは低い。複数の系統の魔法を取得するとどうしてもそうなってしまう。


 だから本来長時間のリッチー化はできないんだけど、今は私たちがいるからね。


 やっちゃえ、レナルド君!


 孤立したフロラヴェルト目掛けてリッチーになったレナルド君の<火球>が飛ぶ。


 ぼーーーーん。


 わっは。


 レナルド君の放つレベル6の<火球>の魔法はとんでもない威力。本気モードの師匠のレベル5のなんちゃってイグニス・コルムナよりもずっと上。ヴァンクさんの一撃よりすごいかもしれない。


 そしてリッチー化の凄いところはMPの回復力も上がっていることだ。


 つまりは。


 ぼーん、ぼーん、ぼーーーーん!!


 高威力の火球が連続して放たれる。凄い。フロラヴェルトのHPが目に見えて減っていく。


「ルドぼん、時々ゾンビも作ってくれにゃ」


「はい!」


 突然付けられた新たなあだ名にもひるむことなく、ルドぼんは次々と火球を放つ。


 レベル6の火球がフロラヴェルトのHPを凄い勢いで削っていく。新たに駆けつけた周りのモンスターの掃討は猫さんの仕事。どんどん減っていくレナルド君のHPの回復は私とブンプクさんとリンゴさんの仕事だ。


 強敵フロラヴェルトが倒れるまで、さほど時間はかからなかった。


 □■□


「やるね~~、レナルド君」


「あんなに魔法撃ったの初めて。みんな助けてくれたから」


「レナルドが活躍したのは間違いないだろう。こちらも楽をさせて貰った」


「うん。リンゴさん、ありがと」


「さて、この後はどうするかにゃあ。クイーンはこの面子じゃ厳しいかにゃ」


「クイーンって、五階のボス?」


 来るまでに<モグイ>のダンジョン成立のお話をしているので、ボスであるドライアードの女王アブダニティアさんのことはレナルド君も知っている。


「そうです。お話に出てきたドライアードの女王ですね~」


「そうなんだ……」


 レナルド君行ってみたいのかな? でもなあ。あの女王様強いからなあ。多分迷宮のボスの中でも上から三番目。女王様の上にいる二体はボスの中でもまた別格だし。


「何とかならないですかね~」


「全滅覚悟なら行くのも悪くないが。しかしレナルドは初見だろう? 勝たせたいじゃないか」


 リンゴさんの意見にはもちろん全面賛成だ。でも連れて行ってあげたいのも事実。


「レナどんはどうだ? 行ってみたいかにゃ?」


「うん」


「死ぬぞにゃ。下手したら全滅だにゃ」


「う~ん」


「まあ、それでも行きたいか、ってことだな。どうするレナルド」


 猫さんが脅してリンゴさんが助け舟を出す。どっちが楽しいかはレナルド君に決めて貰わないとね。


「じゃあ、行ってみたい、です」


「OKだにゃ」


「なら少し対策を練るか」


 この面子なら普通に戦えば全滅はまずないと思う。でもレナルド君が活躍できないとか、死んだまんま眺めてるだけとかになっちゃうくらいなら全滅した方がマシ。そんな風に考えるのがこの人たちだ。だって見てるだけのゲームなんてね。


「ねえねえ、もうすぐショウスケが帰って来ると思うんだけど~~」


 なんですとっ。


「ショウスケさん来るんですか?」


 ショウスケさんの顔は長いこと見ていない。凄く忙しいんだと思ってた。でもそうか、それはブンプクさんも一緒か。ブンプクさんがこれたということは。


「うん~~。やっといろいろ片付いたからね~~。この先もちょくちょく顔出せると思うよ~~」


「やった!」


「ショウスケが来るならいける……か?」


 ショウスケさんが来れば守ってもらいながら回復できる。比較的攻撃力が高いブンプクさんにも雑魚モンスターの攻撃に回って貰えばなんとかなるかもしれない。


「ショウスケさんてギルドの人?」


「そうだよ~~。ショウスケは私の旦那さんだよ~~」


「えっ。そうなんだ……」


 お、レナルド君ショックかな?


「ショウスケさんってつよい?」


「うん、強いよ~~。私の10倍くらい~~」


「えっ、10倍?」


 ブンプクさんの10倍強いかどうかは定かじゃないけど、ショウスケさんが強いのは間違いない。大変わかりやすい指標もある。


「ショウスケさんはさっきのフロラヴェルトを一人で倒せる人です」


「ええっ⁉」


「さらに、この下にいるクイーンも一人で倒せます」


「ショウスケさん、すげ~~~~」


「レナどんレナどん、一応言っとくと、俺もできるにゃ」


「マジで⁉ 猫さんもスゲエ~~~」


 うちのギルドだとソロ討伐は猫さんとショウスケさんだけかな? 確かヴァンクさんとリンゴさんは女王アブダニティアさんのソロ討伐はしてなかったはず。二人とも最古竜セルペンスは倒しているとのことなので、相性というのもあるのだろう。


 このことは逆説的にどちらも倒せる猫さんとショウスケさんが如何に凄いかということを示している。猫さんとショウスケさんの戦闘スタイルは全然違う。でもどっちも対モンスター戦において最強だ。


 どっちが強いかを比べることはできない。もし二人が戦ったとしてもそれを決めることはできない。戦って一番強い人が最強だというならそれは間違いなくリンゴさんだ。あ、禁じ手を含めればブンプクさんかも⁉


 ううん、みんなすごいな。私も何かの最強になりたいなあ。


「あ、帰ってきた~~。お帰りショウスケ~~」


 ブンプクさんブンプクさん、それはチャットじゃなくて口でショウスケさんに言ってください。でももしかしてショウスケさん今画面見てるのかな?


「ショウスケさん、お帰りなさい~」


 アバターを画面の正面に向けて手を振ってみる。届くかな?


「ただいまですーだって~~」


 ブンプクさんが通訳してくれた。ショウスケさんお疲れさまでした。


「すぐログインするって~~」


「ダイジョブなのかにゃ? ショウスケちゃんと飯食ったか?」


「うん~~。今日は外で食べてきたから~~。さっきモグイにいるってメッセージで伝えてたんだ~。レナルド君のことも~~」


 結構前から準備は整っていたらしい。さすがブンプクさん抜け目ない。


「じゃあ、ショウスケが来るまで作戦会議だにゃあ。大まかなところはさっきと同じで。だけど魔法使うやつが増えるにゃあ。ブンプクも攻撃に回らねえとにゃ」


「わかった~~」


 レナルド君が効果力の魔法を連発するとなればレナルド君が集める恨み(ヘイト)も凄い。みんなでレナルド君を狙ってくることになるだろう。


 猫さんとブンプクさんがうち漏らしたモンスターの処理とレナルド君の回復が私とリンゴさんのお仕事だ。


「僕ら二人で回復か。なかなか厳しいな」


 リンゴさんがぼやく。ショウスケさんがいるからレナルド君がモンスターから受けるダメージは減るんだけど、リッチー化のHP減少って思ったよりも厳しいんだよね。他者回復スキルのない私たちだと三人がかりでやっと拮抗する感じだった。


「僕リッチー化やめる?」


「それは悪手だろう。あの火力は惜しい」


 レナルド君を活躍させてあげたいというのもあるけれど、リンゴさんが言うようにパーティーの最大火力を使わないというのは何より純粋に勿体ない。


「ううむ。ホントはこっひーにも攻撃に回って欲しいくらいなんだがにゃあ。レナどんにはクイーンだけじゃなくて取り巻きのつええのも撃って貰うか。とにかく派手なのが出てきたら狙えにゃ」


「わかりました!」


 レナルド君は元気にそう答えた。


 ショウスケさんが来れば難易度がくんと下がるのは間違いない。


 でも何回かは死なせちゃうかもだし、私も死んじゃうだろう。そうなった時のリカバリーが一番大変なんだよね。私とブンプクさんも蘇生はできるけど成功率低いんだよ。レナルド君にもお願いすることになるかなあ。レナルド君の負担も中々大きいな。


 ぴろりん。


 システム音がしてギルドチャットにメッセージが届いた。ショウスケさん来たかなと思ったけど、メッセージは別の人からの物だった。


『ただいま~。何だか今日はインしてる人多いわねえ。みんな何処にいるの?』


 あっ!


『ハクイさん! すぐにモグイの五階に来てください!』


『ハクイいい所に。早く来い。モグイの五階だ』


『やった~~! ハクイちゃんだ~~!』


『こんにちは』


『えっ何⁉ っていうか最後の誰⁉』


 話せば長くなるんですが、それはハクイさんがこちらに向かっている間にお話します。


「猫さん、ハクイさんが来ました!」


「マジデか! 勝ったな」


 猫さんの言う通り、私たちに負ける要素は一切無くなった。


 ハクイさんは治療と蘇生の専門家。大ダメージを受けようが死のうが毒にまみれようが、どんな状態になっても一瞬でパーティーを立て直してしまう。だってあの人、三人同時に蘇生できるんだよ?


 女王様が気の毒なくらいだよ。


お読み頂きありがとうございます!

レナルド君編、とっくに終わっている予定だったのですが、諸事情によりもう少し続きます。


また見に来ていただけたらとても嬉しいです!

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