植物迷宮の女帝《エンプレス》
いらっしゃいませ!
ご来店ありがとうございます。
それと、お待ちいただきありがとうございます。
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主人公はいつも明るく元気でみんなの人気者。でもそんな彼女には秘密がある。
猫のような不思議な動物の力を借りて、彼女の長く美しい髪がさらに伸びて色を変える。爪や唇が鮮やかに彩られ、光と共に纏うのは華やかなドレスのようなコスチューム。秘められた力の為に狙われる親友を、悪の組織から……
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違うこれは嘘の記憶。だってこれは見てはいけないお話。
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ぶん。
主人公の少年がヒロインと出会って、二人で困難を乗り越えていく。その過程で様々な人たちと知り合い、彼らの信頼と協力を得て巨大な敵を打ち倒す。
ああ、君こそヒーローだ!
そう、これが僕の好きなお話。好きだから何度も繰り返してみたお話。
だから安心してね、お母さん。
僕は普通だよ。僕はちゃんとしているよ。
僕は普通で、ちゃんとしていて、クラスの人気者。いつも僕がクラスの中心。
今日は友達の家で遊んだよ。みんなと一緒に遊んで、ええと、かくれんぼをしたよ。僕は最後まで見つからなかったんだ。缶蹴りでも、水鉄砲でも、川に石を投げるのも、僕が一番強いんだ。
学校は楽しいよ。みんな僕の言うことを聞いてくれるし、先生も優しいよ。先生は怖いこともあるけれど、僕だけは怒られないんだ。すごいでしょう。
今日はね、テツ君が僕のしたことを自分がやったって嘘を言ってみんなに馬鹿にされていたよ。みんながテツ君のことを笑ってた。やっぱり嘘は悪いことだね。テツ君は悪いんだ。僕はいい子なのにね。
クラス委員長に選ばれたよ。学芸会の劇では主役をするんだ。遠足ではみんなが僕の隣になりたいって席を取り合いするんだよ。リクくんとヤッくんがそれで喧嘩しちゃったんだ。
僕はパソコンが得意だから、お小遣いで買ったパソコンのゲームを始めたよ。大人向けの難しいゲームなんだ。でも僕はパソコンが得意だし、周りのみんなよりも凄いからこのゲームを選んだよ。凄いでしょう。
ねえ、お母さん。
お母さんは僕を普通にするために、そいつのところに行くんでしょう?
僕をあいしているのに、そいつのせいで僕の所にいられないんでしょう?
お母さん、僕のために頑張ってくれてありがとう。僕をあいしてくれてありがとう。
大丈夫、僕は普通だよ。僕は爪を赤く塗ったりしないし、髪を色付きのゴムで止めたりしない。だってそんなの変だもんね。
だから、そんなやついらないよ。いなくても僕は普通だよ。
だからお願い。側にいてね、お母さん。
■□■
「リオンさんに誘われて<なごみ家>に入ることになりましたレナルドです。よろしくお願いします、コヒナさん」
師匠のおうちの二階にある私の部屋。そのだいじな場所に無断で入り込んでいたレナルドさんに、私はどう返していいかわからない。
レナルドさんが言う「リオンさん」は昨日<なごみ家>に加入した人だ。私がマディアの町で占いをしていた時に急に現れてギルドに入れてくれと言ってきた。ちょっと強引で私は戸惑ったけれど、でも初心者さんぽかったし、ギルドメンバーが増えるのは悪いことではないはずだ。何よりギルドマスターの師匠が納得して加入を承認した。
でも、入ってすぐに別の人をギルドに入れてしまうのはどうなんだろう。しかもよりによってレナルドさんを。
レナルドさんは前に散々師匠のことを悪く言っていた人で、私はできればもう会いたくないとまで思っていたくらいなのだ。そんな人が私の大事な場所に入り込んでいるという事態に、私は混乱と恐怖のバッドステータスを一度に受けたような気分だった。
「これからは同じギルドのメンバーですね。僕が色々教えてあげますので安心してくださいね」
此処には私しかいないから私に話しているのだろう。でも内容が意味不明だし、その上レナルドさんは私とは反対の方向、つまり壁を向いたまま話しているのだ。得体のしれない怖さがそこにはあった。
「え、ええと、レナルドさんは何故ここに……」
「ですから、リオンさんにさそわれて」
そうではない。聞きたいのはそこではない。何故うちのギルドに。だってあれだけ師匠のことを悪く言っていたくせに。
それに私ははっきりと言ったのだ。師匠のことを悪く言うあなたとお話したく無いと。リオンさんに誘われたと言っても、私や師匠のいるギルドだと知らずに来たわけではないだろう。なぜわざわざ嫌っている私たちのギルドに来るのだ。
目の前にいる人が何を考えているのかわからない。
「とりあえず外に出てくれませんか」
「そうですね。ここではゲートの魔法も使えませんし」
何を勘違いしたのかレナルドさんはそう言って私の部屋を出ていく。そのことに私は少しだけ安堵した。
「じゃあ、行きましょうか。僕が色々教えてあげます」
庭に出るとレオンさんはそう言って杖を振った。ぶーん、と音がして、空中に光るオレンジ色の四角形が現れる。ゲートの魔法だ。私はどうしていいかわからずにそのゲートを見つめていた。
「どうしました? コヒナさん、入ってください」
レナルドさんはまた明後日の方を向いたまま話しかけてくるが、私の方はバッドステータスのせいで言葉が浮かばない。目の前にいる人に言葉が届く気がしない。レナルドさんが怖い。レナルドさんに、そこに入りたくない、あなたが怖いと言うのが、怖い。
すぅんと小さな音を立ててゲートの魔法は消えてしまった。レナルドさんは何も言わない。私も何も言えない。
せっかく一日お仕事を頑張ってここに来たのに。大切で楽しい時間が始まるはずだったのに。そう思いはじめると沈黙によって心がざりざりと音を立てて削られていくのを感じる。
でも耐え難い静けさは、姿のない人の緊張感のない声で破られた。
『ただいまあ~~。だれかいるかな~~?』
ギルドチャットのウインドウに響いたのはブンプクさんの声だった。私は心の底からほっとしてそれに返事を返す。
『ブンプクさん、おかえりなさい』
『おお~~、コヒナちゃんだ。お久しぶり~~。今何してるの~~?』
『えっと、今はその』
今度は逆に伝えたいことが多すぎて返事に困る。目の前でずっと沈黙しているレナルドさんにもギルドチャットは聞こえているのだ。迂闊なことは言えない。
『んん~? どこ? ナゴミヤ君のおうち?』
『はい、そうなんですが』
『わかった~~。とりあえずそっちに行くね~~』
『はい』
よかった。ブンプクさんが来てくれる。妊娠中のブンプクさんのことも困らせてしまうかもしれないけれど、でも問題はギルド全体にも及びかねない。私一人ではどうすることもできないのだ。せめて一緒に悩んでくれる人が欲しい。
しゅんという音と共に転移魔法でブンプクさんが現れた。
「あらためてコヒナちゃんお久しぶり~~」
桜色の着物に袴姿。異常事態の中でいつも通りのブンプクさんの姿に安堵する。なんだか金縛りが溶けたような気持だ。
「お久しぶりですブンプクさん。お加減はどうですか?」
「全然元気~。ショウスケは心配して動くなって言うんだけどね~、ってあれ~~、どなた~~?」
ブンプクさんは私の後ろにいるレナルドさんに気が付いた。
「ええと、新しくギルドに入った人なんですが……」
「えええっ、そうなんだ。レナルド君だね。よろしくね~~。ねえねえなんでうちに来たの? やっぱりナゴミヤ君?」
事情を知らないブンプクさんは普通にレナルドさんを受け入れてしまっている。違うと説明したいが私にも何が何だか、何が違うのかわからない。
「ええと、リオンというひとに誘われて」
「リオン? リオンって誰~~?」
「リオンさんは昨日ギルドに入った人なんですが」
「ええ~~っ、じゃあ昨日二人も来たの? すごいねナゴミヤ君は~~」
師匠が勧誘したり承認したわけではないのだけど。ブンプクさんのなかではどんどん話が進んでいく。
「で、そのリオン君はどこ~~?」
「あの、今日は見えてないみたいです」
「そうなんだ~。じゃあリオン君と会うのも楽しみだね~~。とりあえずレナルド君よろしくね。あ、歓迎会は? 昨日やったのかな?出遅れちゃったかな~~? 」
「昨日は私と師匠しかいなかったので」
ブンプクさんが嬉しそうにしてるから思わず答えてしまったけれど、私もレナルドさんがギルドに来たと知ったのはつい先ほどの話だ。
「そうなんだ。じゃあまた日を改めてだね。ナゴミヤ君に任せておけば大丈夫でしょう~~。ナゴミヤ君は遅いだろうし、じゃあとりあえず三人でどこか行こうか~~? レナルド君はどんなスキル? 歴はどのくらい? 普段どこで遊ぶことが多いの?」
「え。僕は、ええと」
お、おお……。レナルドさんが困惑している。さすがブンプクさんだ。頼もしい。
「ああ~~、ごめんねえ~~。わたし距離感とかわかんないからさ~~。慣れてね~~? 」
慣れてねて。強いなブンプクさん。レナルドさんのことが怖くないのだろうか。
「ええと、僕はずっとやっているのでモンスター退治は得意です」
「あ~~! レナルド君、アバター同士でお話する時にはアバターを離してる人の方に向けるんだよ~~!」
「え」
突然話が飛ぶ。レナルドさんもついていけないようだ。
たしかにレナルドさんがずっと同じ方向を向いたままお話をするのは見ていて凄く不安な感じがするのだけど、とてもそれを指摘する気にはならない。
「でもチャットは見えるんだしどっちでもいいんじゃ」
そう言いながらもレナルドさんはアバターをブンプクさんの方に向けた。
「ね! そう思うよね! わかる~~~。どっち向いてても同じように聞こえるのにね~~~。変だよね。私もハクイちゃんに言われて初めて知ったんだ~」
「ハクイちゃん?」
「あ、ハクイちゃんって言うのはね、ギルドのメンバーだよ。回復専門の人でね、ゴーレムのスキル以外で戦えない人なんだ~」
「え」
「ね~~、変だよね~~」
「ハクイちゃんというひとは変な人なんですか?」
「うん~~。あ、変だけど優しいんだよ。いっぱい色んなこと教えてくれたんだ」
「変なのに優しい?」
「うん~~。すっごく優しいよ~~。大好きなんだ~~」
「え、でも変な人なんですよね?」
「うん、そうだよ?」
すごい。ブンプクさんすごい。なんだかレナルドさんが怖くなくなってきた。師匠の悪口を言ったことは許せないし、お部屋に勝手に入っていた気持ち悪さはぬぐい切れないけれど、ブンプクさんに圧倒されているのを見ると、むしろ何だか普通の人っぽい。
「ナゴミヤ君に聞いたと思うけど、うちのギルドは変な人ばっかりだよ~~。安心してね」
「え、変な人ばっかりなんですか?」
「うん~~。だから怖くないんだ~~」
「え?」
「え? だって普通の人って、怖いでしょう~~?」
言われてレナルドさんは固まってしまった。返事が思いつかないらしい。
「あれ? コヒナちゃん、私また変なこと言った~~?」
「ええと、多分言ってないと思います」
変なことは言っている。でもブンプクさんの言っていることの意味は分かる。だから変なことを言っているのではないとわかるし、共感もできる。でも私にはわかるけど、正直初対面のレナルドさんにはわからないと思う。
「そっか~~。ならいいや~~。何の話だっけ。そうだ、ダンジョンどこ行こうかって言ってたんだね~~」
ええと、そうでしたっけ? 大分話が巻き戻ってる気もするけれど、いやもとに戻ったんだからいいのかな?
「三人ならモグイのダンジョンはどうかな~~?」
「モグイ?」
「うん~。植物のダンジョンのモグイ~~。あれ? レナルド君、モグイあんまりいかない?」
モグイは植物のモンスターが蔓延るダンジョンで、私は染料を取るために師匠のお供で良くいく。浅い階層ならたまにしか迷わずに探索できるくらいなじみの深いダンジョンだ。でもレナルドさんにとってはそうでもないようだ。染料とか栄養剤以外は奥のほうまで行かないと良いものが出ないダンジョンなので避ける人はいるだろう。
「行きます。知ってます」
「そっか~~。じゃあ決まりだね~~。れっつご~~」
決まってしまったらしい。正直レナルドさんと行動したくはないけれど、私は行きませんとはちょっと言い出せない雰囲気だ。
「じゃあ、ゲートの魔法ないし、各自転移魔法で飛んで合流しよう~~」
「僕はゲートの魔法が使えます」
「おお~、レナルド君すごい~~。じゃあお願い~~」
「ええと、でもモグイにはいけないです」
うん? ゲートの魔法が使えるならモグイにいけないということは無いはずだけど。もしかしてレナルドさん、モグイに行ったことない?
「そうなんだ~~。じゃあ、みんなで歩いて行こうか~~」
レナルドさんは明らかに変なことを言っているのだけど、ブンプクさんはそこに疑問を持つでもないようだ。
「じゃあ~~、私が運転するね~~。えい~~!」
ブンプクさんがそう言うとぽん、と音がして私たちの前に豪華な馬車が現れた。
「えっ」
またレナルドさんは固まってしまった。これは無理もないかもしれない。なにせ現れた馬車は外装は純白、車体には鮮やかな彫刻で美しい花や葉の模様が緻密に描かれているというシロモノ。これだけでも王様でも乗ってるんじゃないかという贅沢な作りだけど、おまけに4頭の黒麒麟に引かれている。
バイコーンは魔物使いさんたちが使役するモンスターの中でもかなり上位の存在だ。捕獲するのにも相当な腕が必要。それが四頭。流石にダンジョンには入れないけどフィールド上では敵なし。
これは≪骨董屋≫ブンプクさんの所持する激レアアイテムの一つ。なんとギルドメンバー全員でも一緒に乗れてしまう豪華絢爛魔法の馬車。ネオデ黎明期に実装された今は手に入れることが出来ない本物のお宝だ。町の中で展開しようものならたちまち人だかりができてしまう。
「は~~い、二人とも乗って~~」
そう言われてもレナルドさんも気が引けるのもわかる。
「レナルド君、隣乗る~~? 御者台、見晴らしいいよ~~」
「え、いいんですか?」
「うん~~、どうぞどうぞ~~」
む、御者台いいな。でも私はこの間乗せて貰ったし今日は我慢だ。室内も豪華だしね。この空間独り占めは贅沢の極みだ。この馬車は凄いアイテムなのだけど、普段はゲートの魔法で移動するからほとんど活躍の機会がない。勿体ないことだと思う。
「じゃあコヒナちゃん、モグイのダンジョンのお話してね~~?」
「私がですか?」
「うん~~。だってナゴミヤ君いないし~~」
なるほど。ならば確かに弟子の私の仕事ですね。
多分レナルドさんはモグイに行ったことがない。なんで秘密にしてるのかはわかんないけど。きっとモグイのお話は知らないだろう。
そもそもダンジョン形成などのネオデの世界の神話は、興味がない人にとっては全然興味がないものらしく、知らない人の方が圧倒的に多い。ゲームのには知らなくても困らないしね。私の場合師匠が変人なので私も詳しくなってしまったというだけのことだ。
レナルドさんのことは正直好きではないけれど、モグイまでの長い道中、ほかにすることもないし、師匠の代わりをやれと言われたなら仕方がない。
私だけ馬車の中だけど、不思議パワーで御者台まで声が聞こえてしまうのは不思議なものだ。これも数えきれないくらいあるネオデの七不思議のひとつだろう。
「ダンジョン≪モグイ≫は植物系モンスターのダンジョンです」
私はモグイのダンジョンが出来た経緯についてレナルドさんにお話を始めた。
師匠のおうちのあるマディアから南東の方角、街道をずーっとすすんだところにあるプストニの砂漠。そこをさらに南西に進むと、砂漠の中に突然鬱蒼とした森が現れる。
オアシスではない。むしろ逆。モグイのダンジョンがプストニ砂漠ができた原因なのだ。
<モグイ>のボスはドライアドクイーンのアブダニティアさんという方。
ネオデにおいてドライアドという種族はモンスターとして登場する。見た目はみんな女性の美人さん。でも美しい見た目とは裏腹の、人間の男を誘惑して森に誘い養分として吸収してしまう恐ろしいモンスター。
でも昔々。ドライアドの中に一人だけちょっとかわった子がいて、その子は人間の少年に本当に恋をしてしまう。少年の方も美しいドライアドの少女に惹かれていく。
そもそも男の人って人外美人大好きだからね。ドライアド以外にもセイレーンとかローレライとか似たような話がいっぱい出てくる。日本の雪女とかなんとか女房もその類だろう。おっと、脱線。
二人は惹かれあっていくのだけど、少女はドライアドの女王の娘。少年はプストニ王国の王子。よりにもよって、である。結ばれるわけはない。種族を超えたロミジュリだ。でも二人はあきらめなかった。やがて成長し大人になった二人は互いの国を捨ててどこか遠くで暮らすことを決める。
駆け落ちした二人が幸せに暮らせたら良かったのだけど、世界はそれを許さなかった。他の人間の眼にはドライアドは危険なモンスターであり、王子はそれにたぶらかされた犠牲者にしか見えなかったのだ。二人は途中で捉えられ、少女を守ろうとして少年は死んでしまう。そして死体に縋り泣き崩れる少女も同じように殺された。
王族である少年はドライアドの少女に殺された。そういうことにしよう。二人を殺した者達はそう示し合わせた。いや元々そうする予定だったのかもしれない。魔物にたぶらかされた王子は初めから人知れず殺される予定だったのかもしれない————
「ええっ」
話を聞いていたレナルドさんが突然声を上げた。そしてレナルドさんは御者台からおっこちた。
え、何? なんで落ちたの?
ブンプクさんがあわてて馬車を止めてレナルドさんを拾いに戻る。
「レナルド君、急にどうしたの~~?」
「話をするときは相手の方にアバターを向けないと駄目なんです」
……えっ。
それもしかしてさっきブンプクさんに言われたお話? この人、私に話しかけるために馬車の上で向き変えようとしたの? そ、そりゃあ落ちるよ。そりゃあ落ちるんだけど。
なんか、なんかレナルド君素直だな。変は変なんだけど、ちょっと印象が変わってしまいそうだ。いや、許してないけど。だって師匠の悪口言ったし。私の部屋に勝手に入ったし。
「ああ~~、ごめんね~~。向けないときは向かなくていいんだよ~~」
レナルドさんを御者台に引っ張り上げながらブンプクさんが言った。
「えっ」
「わかる~~~。じゃあ初めから向き変えなくてもいいじゃん、ってなるよね。難しいよね~~」
「はい……」
そ、そうかな? 難しいかな? ブンプクさんとレナルドさんは分かり合ってるようだから、私の方がおかしいのかな???
「で、レナルド君はコヒナちゃんに何を言おうと思ったの~~?」
再び馬車を走らせながらブンプクさんがレナルドさんに聞いた。
「ええと、酷いことするなって。嘘をつくのはいけないことなんです」
「ね~~。酷いよね~~。せっかく違う生き物同士愛し合えたのにね~~」
「はい……」
レナルドさんは本当にショックを受けているみたいだ。
……。
ううん。ううううううん!
いやだめ、許さない。師匠の悪口を言ったんだから許さない。でももう入らないって約束するならお部屋に勝手に入ったことは許してやってもいい。
あとレナルドさんとブンプクさんの会話が若干噛み合ってないように見えるの気になるんだけど。二人の間では会話成立してるんだからまあいいのかな!
「じゃあコヒナちゃん、続きをお願いね~」
「は~い」
でもだいじょぶかな。この続き話しても。レナルドさん、ドライアド族擁護の過激派になったりしないだろうか。なんだか心配になりつつも私はお話を再開した。
ドライアドの姫と人間の王子の二人は人の手で殺されてしまった。
居合わせた全員が口を合わせれば万事丸く収まるはず。だけどそれを聞いている者がいた。
二人の駆け落ちを知りながら、それを見送ることを選んだドライアドの女王アブダニティアである。
異変は直ちに現れた。一帯はアブダニティアの根の上だったのだ。
そもそもブストニ王国ができるはるか以前、この辺りはドライアド族の領地だった。そのころの人間は弱く、森は豊かではあったが同時に人にとって恐ろしい場所だった。
人はドライアド族に縋って生きていて、ドライアド族はその見返りとして生贄を得ていた。生き物の心を食べるドライアドにとって、動物とは違う人の精神はいわばごちそう、最上の供物であり、また恐るべき森の脅威から守ってくれるドライアド族は人間にとってまごうことなき神だった。
でも人間はだんだんと力を付けて行って自分達だけで生きていけるようになり、やがて神様のことを忘れてしまった。ドライアド族は神からモンスターへと零落した。
ドライアド族とその女王アブダニティアは人間を咎めることをしなかった。住処を人に譲り得体のしれないモンスターとして生きていくことを選んだ。
最初は生贄としてではあったけれど、人と交わる長い年月の中で彼女たちは彼女たちなりに人を愛するようになっていたのだ。それは多分人間の愛の形と一緒ではないんだろうけど。
でも彼女たちの中に人と同じ方法で愛し合うことを求める者が現れるくらいに。長い時を生きてきた女王自らが娘の幸せの形としてそれを理解するくらいに。彼女たちは人を愛していた。
でもその結果、自分の根の届くところでみすみす娘を死なせてしまった女王の悲しみと怒りは深かった。
彼女は再び神となる。しかし人の守り神ではない。全ての人類を滅ぼす怒れる神≪ドライアードクイーン アブダニティア≫となったのだ。
突如地面に大きな穴が開き、二人を殺害した者達は直ちに飲み込まれた。異変はさらに拡大する。
ドライアド族の住処である≪モグイ≫の森を中心に、一切の植物の恵みがない砂漠が出現した。砂漠は恐ろしい早さで広がり、ブストニ王国は瞬く間に滅んでしまう。それでもなお、砂漠の広がりは収まらなかった。
これがダンジョン≪モグイ≫の伝説。この世界に訪れた一番最初の世界の終わり。
「女王かわいそう……」
私のお話が終わるとレナルドさんがぽつりと言った。
むう。
「うん~~。ダンジョンのお話はみんな悲しいけど、このお話が一番悲しいと思う~~」
「えっ。他のダンジョンにもお話があるんですか」
「うん~。あるよ~~?」
「ディアボにも?」
「うん~~。ディアボの話ならナゴミヤ君か猫さんが詳しいよ~~」
「猫さん?」
「猫さんはねえ~~猫さんだよ~~。あっ、着いちゃった~~。はーい、みんな降りて~。猫さんとディアボのお話は今度ね~?」
「えっ、はい……」
おや。レナルドさんちょっと残念そうだ。ディアボの話、興味あるのかな? それとも馬車が気に入っちゃって降りたくないのかな?
砂漠の中にある大森林。その中央の地面は崩れて大きな穴が開いている。穴の周りは様々な花が咲き乱れ、美しいんだけど何処か不気味でもある。ダンジョン<モグイ>の入り口だ。
「じゃあ~、三人で行ける所まで行ってみよう~~」
お読みいただきありがとうございました!
もっとキリのいい所までお話進められたらよかったのですが、文字数が多くなってしまったので一度ここまで公開させていただきました。次回はモグイ攻略編、なのかな? また見に来ていただけたらとても嬉しいです!




