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孤独のギルドマスター《ハイエロファント・リバース》

いらっしゃいませ!

今回は早くかけたぞーと思っておりましたが、それでも一週間かかっているのですね。

お待ちいただき、ありがとうございます!

 ざーーーーーーーーー


 ざーーーーーーーーー



「何故あなたは他の子みたいにできないの」


「何故周りに迷惑を掛けているのがわからないの」


「何故あなたは駄目なの」


「何故あなたは嘘ばかりつくの」


「何故あなたが私の」



 ……違う、これじゃない。



 ざーーーーーーーーー


 ざーーーーーーーーー



 友達の家。みんなが中に入っていき、自分の目の前でぱたんとドアが閉じられた。


 遠足のバスの中、自分の隣の席は空っぽだった。


 給食の時間、自分以外は机をくっつけあって楽しそうにおしゃべりしながら食べていた。



 ざーーーーーーーーー


 ざーーーーーーーーー



「あ~、どこかの班。怜王を入れてやってくれないか」


「あの子嘘ばっかりつくから嫌い」


「駄目だっていってるでしょ」


「お願いだからついてこないで」



 ざーーーーーーーー


 ざーーーーーーーー


 ぶん。



「出かけてくるから、これ見ていい子にしていてね」



 ざーという音だけの、何の意味もなく灰色に蠢く画面。


 ぶん、と鈍く微かに機械が振動する音がして、そこに流れ出すのは何度も見たアニメ映画。


 主人公の少年がヒロインと出会って、二人で様々な困難を乗り越えていく。その過程で様々な人たちと知り合い、彼らの信頼と協力を得て巨大な敵を打ち倒す。


 ああ、君こそヒーローだ!


 かくて主人公は大勢の人々の祝福の中、ヒロインと結ばれるのだ。


 やがて映像が終わり、タイトル画面が表示される。バックは勇ましいテーマソングが流れている。


 曲が最後まで行きつくと数拍置いて再びテーマソングが流れ出す。


 繰り返し、繰り返し、テーマソングが流れる。


 繰り返し、繰り返し。


 やがて、それも止まる。


 ちゅん、と小さな音を立て、映像を流していた機械が停止する。



 ざーーーーーーーーーーーーーーーー


 ざーーーーーーーーーーーーーーーー


 ざーーーーーーーーーーーーーーーー


 ざーーーーーーーーーーーーーーーー



 波のような優しい音と意味を持たない画像が流れる。


 怜王はいい子で、母の帰りを待っている。



 ざーーーーーーーーーーーーーーーー


 ざーーーーーーーーーーーーー


 ざーーーーーーーー


 ざーーーーーー




 ■□■



 レナルドこと加藤 怜王(かとう れお)はかつてギルドのマスターであった。メンバーは最大時には三十人以上にもなった、ネオオデッセイではかなり大型のギルドだ。


 その頃はレナルドではなく、レオンという名前だった。


 ネオオデッセイと言うゲームは楽しかったが、ひとりではなく友達と一緒に遊べばもっと楽しいだろうと思った。しかしなかなか一緒に遊んでくれる人が見つからない。


 レオンはギルドを作ることにした。ギルドを作ればそのメンバーたちといつも一緒に遊ぶことが出来る。実にいい思い付きだ。


 レオンはメンバーを集めようと頑張った。あちこちの町の冒険者ギルドの前で、ギルドメンバーを募集する為に(チャット)を張り上げた。



「僕のギルドに入りたい人はいませんか」



 しかしいくら頑張っても、メンバーは一人も集まらなかった。


 周りには同じようにギルドの勧誘をする者達がいて、彼らの元には希望者が集まるというのに、なぜか自分の所には一人も来ない。


 ここはゲームの中だというのに、これではまるで



 ざーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



 隣で同じように勧誘していた者の所に入会希望者が来た。同じように並んで勧誘していたというのに、自分が選ばれなかった理由が分からない。



「何で僕のギルドに入らないんですか?」



 相手はレオンを見て「え」とつぶやいた後しばらく固まったが、やがて



「入るメリットがないから」



 と、答えた。そして隣にいた人が開いたゲートの中へと消えて行った。


 そうか、メリットか。それなら納得がいく。じゃあメリットを作ろう!


 レオンはさらに頑張った。一生懸命頑張った。他のギルドにはないメリットを打ち出せば、きっとギルド加入者が沢山やって来て楽しくなるに違いない。



「僕のギルドの加入者には毎日1万ゴールドを支給します。入りたい人はいませんか」



 暫くして加入希望者が現れた。イケニエと言う名前の男だ。怜王は画面の前で小躍りしたいような気分になった。これからレオンとギルドメンバーたちとの物語が幕を開けるのだ。


 しかしイケニエはレオンからその日の支給分の1万ゴールドを受け取ると、すぐにログアウトしてしまった。


 翌日以降も少しずつギルドのメンバーは増えていった。


 そして皆ログインするとレオンの所にやって来て、ゴールドを受け取るとすぐにログアウトしていった。



「あ、俺一週間来なかったから7万ね」



 メンバーはさらに増えた。毎日20万ゴールド以上の出費となれば流石に稼ぐのは容易ではない。



「今後支給金額は5千ゴールドにします」



 ギルドメンバーは一様に舌打ちしながらゴールドを受け取り、すぐにログアウトしていった。


 以降もギルドのメンバーは増えて行った。5000ゴールドでも厳しい。しかしここまで頑張ったのだ。きっとみんなわかってくれるだろう。



「今後支給金は終了します」


「はあ? ふざっけんなよ。ログインすんのもめんどいんだよ。もういいや。退会退会」



 ギルドメンバーは皆その場でギルドを脱退してしまった。それでも何人かは残っている。これはレオンが頑張った成果だろう。



「俺、一月こなかったから30万ね」



 もう支給金は中止したと言ったがそのギルドメンバーは納得しなかった。



「ああ? 聞いてねえよ。詐欺かよ。運営に言いつけんぞ」



 こうしてレオンは借金を背負った。



「お前さあ、ネオデの匿名掲示板知ってる?」



 ある日、ギルドメンバーのイケニエが言った。イケニエは最初にギルドに加入した男で、金を受け取ったらすぐにログアウトする者達とは違い、時々レオンと話をしてくれる。それは短い時間だがレオンはイケニエが来るのを楽しみにしていた。




 レオンが知らないと答えると、イケニエは一つのウェブサイトのアドレスを示した。



「ここ、見てみ」



 それはとあるネット上の匿名掲示板のアドレスだった。



 ********



 ネオデで毎日何もしないで稼ぐ方法。レオンってヤツのギルド、加入すると毎日1万くれるんだってwwwwwww


 勧誘必死過ぎwwwww


 斬新ワラタ


 クッソわらた


 きも


 キモイ


 俺加入しよう


 マジかよ


 ←サブでキャラ作って


 いじめwwwwwww


 通報しました!


 レオン通報しました!


 ログインボーナスwwwwwwwwww


 一万の為にログインすんのめんどい


 一万の為にログインすんのキモイ


 でも5キャラだと5万


 ←鬼


 ←鬼wwwwwwww


 キモイから行きたくない


 ←我慢しろよwww5万だぞ


 1万でログインってwww普通に稼いだ方ラクじゃんww


 キャラ作るのめんどくさいけど、5万っていう誘惑に負けてみるかwww自己嫌悪だわ


 毎日コツコツ


 別に毎日ログインしなくてもいんじゃね? 週一くらいで7万まとめて貰えば


 そのてがあったか


 ←天才


 レオンのギルドに入ると、キモいオーラが全身から発せられそうwww


 キャラ作って、ギルド入って、キャラけして、


 錬金術


 レオン錬金


 キモオーラか5万か悩む


 いや1万でログインするくらいなら、道端で拾った小銭を拾う方がマシだろwwwクソ無駄な手間だわ


 ←キモオーラもついてくるよ!


 速報:レオン5000


 マジかよレオン詐欺かよ


 信じてたのになー。レオン信じてたのになー。


 通報しました。


 通報?だれ?


 ←レオン


 レオンwwwwww


 レオン通報wwwwwww


 まあ、詐欺だしなあ。


 引っかかるやつwwwwww


 俺引っかかった。半月前に入ったのに10万しかもらえなかった。


 wwwww通報だなwwww


 半月で10万は通報ww。


 おいおまいらレオンにここ教えてきた


 ちょ、おま


 やさしい


 愛だろ、愛


 やべえ、ずらかれ


 やめろよ、可哀そうだろ俺達が


 wwwwwww


 いえ~ぃレオン君見てる~???



 ********



 イケニエがこの掲示板のアドレスを教えたのは勿論親切からではない。むしろ逆。それは自分たちと違う物を嗤い者にするための、嗜虐に満ちた公開処刑。


 レオンには何が起こっているのかわからなかった。ただ、世界が自分に悪意を向けているのだけはわかった。自分はこんなに頑張っているのに。


 このアバターはもう駄目だ。得体のしれない悪意のせいで駄目になってしまった。駄目なものは破棄しなくてはいけない。


 こうして、レオンというアバターの存在はユノ=バルスムから消えた。



 ちゅん。



 ざーーーーーーーーーーーーーーーーーー



 ぶん。



 そして、レナルドと言うアバターがユノ=バルスムに生まれた。



 □■□



 レナルドは駄目なレオンと同じ過ちはしなかった。ひとりでモンスターを倒し、ひとりで暮らした。


 レオンだったころの知識を生かし、レナルドは急速にステータスを伸ばしていった。死霊術を中心にスキルをくみ上げたレナルドは一人でもほとんどのモンスターを倒すことが出来た。もちろん一人で戦うようには設定されていない、ダンジョンのボスモンスターに戦いを挑むような愚かな真似はしなかったが。


 たまにパーティーを組むことはある。偶然町で出会った者、偶然ダンジョンで出会った者。でも、同じ相手と再び冒険をすることは無かった。同じ相手に誘われることは無かったし、向こうがこちらの誘いに乗ることもなかった。レナルドにはその理由が分からなかった。一生懸命考えたがわからなかった。


 ただ、何かとても悪いものがいて自分を邪魔している。それだけははっきりとわかっていた。


 こうしてネオデの中でも誰ともかかわらずに過ごしていたレナルドは、ある時不思議な人物に出会うことになる。


 マディアの町の仕立て屋の前に並べられた、小さな机と二脚の椅子。

 緑のマギハットに緑のドレス。じゃらじゃらと付けたアクセサリー。


 机の横に置かれた看板には 「よろず、占い承ります」 の文字。


 その人の名は<コヒナ>と言った。


 見料は500ゴールドと書かれている。500ゴールドと言えばダンジョンの中階層でも十分程度で稼げてしまう金額だ。この人はモンスターの倒し方を知らないのだろうか。もしそうなら教えてあげないといけない。それが親切というものだろう。


 立ち止まって看板を見ていると向こうの方から話しかけてきた。



「いらっしゃいませ~。何か見ていかれますか?」



 コヒナはにっこりと微笑んだ。レナルドを、怜王を見て微笑んだ。



「あなたはお金が欲しいんですか?」


「へっ? ええと~。そうですね~。占いが終わってからご納得いただけたらのお支払いですが、やっぱりいただけたほうが嬉しいですね~。ご希望でしたらどうぞおかけください~」


「座ってもいいんですか?」


「もちろんです~」



 なんて優しい人なんだろう。こんな笑顔を向けられたのは初めてではないだろうか



「何を見ましょうか~?」


「ええと」


「何を占いましょうか~?」


「ええと」


「では、こちらで勝手にカード広げて見させていただきますが、宜しいですか~?」


「はい」


「はあい、承りました~。では、これから占いに入ります。その間ちょっと動かなくなりますがそのままお待ちくださいね~」


「はい」



 言葉通りコヒナは動かなくなった。待つのは得意だ。レナルドは動かなくなったコヒナをずっと見つめていた。まったく苦痛には感じなかった。



「お待たせしました~。では占いの結果をお伝えしますね~」


「はい」


「1枚目、ここに来るカードは過去のあなたを指します~。


 出ているカードは≪(ソード)の6 正位置≫。このカードには船に乗って今いる場所から去っていく人物が描かれています~。


 このカードには行き止まりや諦め、失意、ゼロからのやり直しと言った意味があります~。なにか辛いことがあって、諦めなくてはいけないことがあったのかも。お心当たりはありますか~?」



 レオンだった時のことを言い当てられ、レナルドは驚いた。



「はい、あります」



「はあい。では次のカードですね~。二枚目に出ているカードは≪聖杯(カップ)のエース、逆位置≫。


 このカードはあなたの現在を表します。≪聖杯(カップ)のエース≫に描かれているのは清らかな水が湧き出る聖杯。


 水はあなたの心を示しています~。正位置では素晴らしい出会いや心が通じ合うと言った意味を持ちますが、逆位置では水がこぼれてしまった状態。虚しさ、寂しさ、孤独を示します~。こちらはお心当たりありますでしょうか~?」



「はい、あります」



 レナルドは興奮していた。自分がずっと感じていたことが言葉にされていく。何も言っていないのにどんどんと言い当てられていく。この人は僕を理解してくれる。なんて心地がいいのだろう。レナルドにとってそれは初めての体験だった。


 ああ、この人だったんだ。僕の運命の人は。間違いない。だってこんなこと今まで一度もなかったもの。僕を理解してくれる人なんて、今まで一人もいなかったもの。



「三枚目に出ているカードは≪法王(ハイエロファント) 逆位置≫


 このカードが意味するのはあなたが



 ざーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 ざーーーーーーーーーーーーーーーーーー



 していただくことで、運命は変わっていくかもしれません。今抱えているつらい気持ちも消えてしまうと思いますよ~」



「運命がかわるんですね。楽しみです」


「そうですね~。すいません、失礼なこと言ってしまって~。頑張ってくださいね~」


「はい、頑張ります」



 レナルドは生まれ変わったような気分だった。全部あのコヒナと言う人のお陰だ。コヒナは言ってくれた。運命は変わっていき、今までの嫌な気持ちも消えてしまうと。


 ぶぅんと微かな音がして、見たこともない新しい物語が始まるような気分。もちろんその物語の主人公はレナルドだ。


 いつかこんな日が来ると信じていた。やっとこの日が来た。きっとコヒナも同じ気持ちだろう。だってこんなに親切にしてくれたもの。


 しかし気になることもある。



「あなたは何でこんなことをしているんですか。もっと簡単に稼げるのに」


「そうなんですね~」


「モンスターを倒すとお金が手に入るんです。僕はずっとネオデにいるので何でも知ってるんです」


「それは凄いですね~。私はネオデに来てまだ一年なんですよ~」


「ああ、そうなんですね。それでこんなことを」



 やはり、とレナルドは納得した。



「丁度良かった。僕はギルドを作ろうとしていたのです。コヒナさんを入れてあげます。お金の稼ぎ方も教えてあげます」



 しかしコヒナの答えは予想外のものだった。



「あ、大丈夫です~。私には師匠がいまして、その方から色々教わっているので~」


「え、そうなんですか?」


「えへへ~、そうなんです~。師匠は



 ざーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 ざーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



 そうか。この人も色々大変な思いをしているのだ。その師匠という奴のせいでレナルドのギルドに来ることが出来ないのだ。そいつに騙されてこんなことをしているのだ。


 僕と一緒だ。なんて可愛そうなんだろう。



「わかりました。また来ます」


「はい~。ご来店ありがとうございました~。またお越し下さい~」



 コヒナはそう言ってまたにっこりと、怜王に向けて笑ってくれた。


 しかし、次に会った時はコヒナの様子は変わってしまっていた。まるで怜王の言うことを信じない、他の人たちと同じように。



「レナルドさん。私のことはどう言われても構いませんが、師匠の事を悪く言うのは止めて貰えませんか。これ以上は迷惑行為として通報します」



 また師匠だ。師匠と言うのはレナルドとコヒナの会話にいきなり入り込んできた失礼な奴で、名前を<ナゴミヤ>と言った。きっとコヒナはナゴミヤに何か悪いことを吹き込まれたのだろう。


 コヒナを騙し悲しい思いをさせているナゴミヤ。


 コヒナの師匠がこんな奴でいいはずがない。こいつはコヒナの師匠にふさわしくない。


 コヒナの隣にいるべきは自分だ。コヒナもそれを望んでいる。



「コヒナさん、あなたはコイツに騙されているんですよ。一度僕と一緒に来ればわかります」



 しかしコヒナはそれに答えずに転移魔法で飛んで行ってしまった。


 その後しばらくして、再びマディアの町でコヒナを見付けることが出来た。



「コヒナさん、こんにちは」



 前回と同様、コヒナの対応は素っ気ないものだった。



「すいません、あなたとお話することはありません」


「あなたは騙されているんです。それをわかって欲しいだけなんです」


「騙されてなんかいません。何も知らないのに酷いこと言わないでください」



 コヒナはそう言うと、机と椅子をしまって転移魔法で飛んで行ってしまった。


 話を聞いてもらわなければ理解して貰うこともできない。しかし自分たちは運命の糸で繋がれているのだ。今までのように簡単にあきらめてしまうわけにはいかない。コヒナを悪者の手から救い出さなくてはならない。それはレナルドに与えられた使命(クエスト)だ。


 なにか、何か方法は。話を聞いてもらう方法は。



 ざーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー




 そうか、わかったぞ。


 やっぱり僕たちはそういう運命だったんだ。


 嫌な思いをしたことも、全部この時の為にあったんだ。全ての経験は無駄にならない。いまその全てが報われる。



 ぶん。



 ■□■



「えええ、うちのギルドにですか~?」


「はい、是非入れて下さい」



 こんなことってあるんだろうか。まったくネットゲームの毎日は常に新しい驚きに溢れている。


 私がいつものようにマディアの町で占い屋さんをしていたところ、なんと<なごみ家>に入れてくれと言い出した人が現れたのである。リオンさんと言う人だ。


 しかし何でうちなんだろう。物好きな人もいるものだ。



「でもうちのギルド、変な人多いですよ~。多いというか、変な人ばっかりです~」


「やっぱり。大変なんですね」



 リオンさんは何か変人で苦労したことがあるんだろうか。どこにでもあるんだなこういう話。



「いえ~。大変ではないんですが~。でもなんでうちなのです?」


「ええと……。メリットがあるからです」


「はあ~」



 メリット? なんの?


 そりゃあ楽しいけどさあ。でも最近みんなログインしてこないし、変人ばっかりだし。ギルドマスターなんかよわよわ大変人のNPCだ。メリットなんてあるのかなあ。


 戸惑っているとぴろんと音がしてシステムウインドウが開いた。



<system: ≪リオン≫がギルド≪なごみ家≫への加入を申請しています。承認しますか?>



 うおう、リオンさんぐいぐい来るな。ちょっと怖いぞ。大体そんなこと私に言われても困る。



「私はギルドマスターではないので、マスターに伝えて貰えますか~?」


「マスターでなくても加入の承認はできますよ」


「そうではなくて~」



 確かに加入を認める権限はシステム上ギルドメンバー全員にあるけれど、だからといって新人の私が勝手に決めていい話ではない。



「すいません~。私ではわからないので~。ギルドマスタ~もそろそろ来ると思うんですが~」



 リオンさんはもしかして初心者さんなんだろうか。初期装備っぽいし、チャットにも慣れてない感じがする。私より歴が浅い人って見たことないけれど、もしそうだとしたら私にも後輩ができることになる。私も先輩たちには散々お世話になって来たし、その恩は後輩に返すべきだろう。


 でもなあ。うちのギルドちょっと変だからなあ。こうしてみると私がギルドに入りたいと言った時に師匠が渋っていた理由がよくわかる。まあ何事も出会いだ。もしかしたらこの人だって私みたいに<なごみ家>の一員として楽しくやっていけるかもしれない。


 ギルドに人が増えるのはいいことに違いないだろう。そのはずだ。


 でもなんだろうなこの感覚。なんだか変な感じ。なんとなく素直に喜べないような。断る理由を探してしまっているような、不安な感覚。


 ははあ。これはもしかして、師匠の弟子が私だけじゃなくなるんじゃないかという心配かな。あ~、そうかも。ありそう。


 ようはアレだ。いわゆる一つのやきもちというやつだ。


 実際はそんなこともないんだけど、周りから見るとやきもち焼きに見えるらしい。高校の時にも友達に言われたことがある。でもあの時は私の下のお兄ちゃんのこと、私の友達がふざけて私の真似して「お兄ちゃん」って呼んだのがいけない。だってお兄ちゃんだよ? 知らない人とか彼氏とかじゃないんだよ?それはもやもやもしようってもんだよ。


 ……うん、自覚もあるな。成長したというべきか成長してないというべきか。困ったものだ。


 ギルドで小姑みたいにならないようにしないとな。まあこの人のアバターは男性だし、ネオデに女の子少ないって言うし大丈夫でしょう。


 ……っていやいやそうじゃない。後輩が女の子でもちゃんと優しくしないと。だいたいアバターからリアルの性別なんてわかんないわけだから、いや待てよ、そうするとこの人の性別もわからなく


 いやいや、そうじゃない。落ち着け私。


 …………。ふう。


 ……………………。



 あっ。



「すいません、黙り込んでしまって~。ちょっと考え事をしていました~」


「いえ、大丈夫です」



 長いこと無言でリオンさんを放置してしまった。しかしログを確認してもリオンさんもずっと無言だったようでほっとする。もしかしたらリンゴさんが時々やっているみたいに携帯アプリでゲームとかしながらチャットしているのかもしれない。


 向こうも返事以外の会話してないわけだし。


 だとするとこっちから無意味な会話を持ちかける必要もないかな。このまま師匠を待つことにしよう。しかし毎度遅いなうちの師匠は。


 あとリオンさんできればもう少しズレてくれないかな。そこにいるとお客様が声かけずらいんだよなあ。


 ……おっと、いかんいかん。心は清らかに保たないと。



「ただいまあ」



 やっと師匠が帰ってきた。



「おかえりなさい~、師匠お疲れ様です~」


「おい~っす、コヒナさんただいまあ、って失礼、お客さんだったね」



 いえ違います



「師匠、この方がギルドに入りたいと」


「えええっ!? ギルドって、 うちのギルドに!?」



 何処のギルドの話だと思ったんだ。あ~、でも猫さんのギルドの<動物園>に入りたいから仲介してくれないか、とかならありうるな。むしろ<なごみ家>に入りたいよりよっぽどありうる。


 そこから後輩になるかもしれないリオンさんの自己紹介が始まるだろうと思っていたけど、リオンさんのアバターは私の方を向いたまま動かない。あのう、ギルドマスター来ましたよ?



「ええと、こちらリオンさん?」


「そうなんですが……離席中でしょうか」



 やっぱり放置しすぎたのがいけなかったのだろうかと心配になったがリオンさんはすぐに動き出した。



「ええと、うちに入りたいんですか?」


「はい」


「ええ、初期装備? ……あれえ、前に何処かでお会いしませんでしたっけ?」


「いえ」


「そう? もしかしてリンゴさん絡みの人?」


「リンゴさん?」


「ああ~、違ったか。いや、それはそれで逆に歓迎なんですけど。でも正直うちのギルドは止めた方がいいと思いますよ」



 やっぱりそうますよね。でもなんだリンゴさん絡みって。



「ちょっと変人ぞろいで、しかも今凄くログイン率低いし。人数増えるのは嬉しいんですけど。でもうちみんなほんとに」


「さっきコヒナさんから聞きました」


「あ、そうなの?」



 はいそうなんです。変人ばっかりですって言いました。



「でもほんとに何でうち…… 。あっ、そっちか! なるほど、失礼しました!」



 師匠は何やら急に納得した様子だ。



「そう言うことなら。じゃあとりあえず仮入隊ってことでいいですかね。合わないと思ったらいつでも抜けて大丈夫ですからね」



 師匠の予防線。私も散々張られたやつ。あの時の師匠の気持ちはよくわかる。うちのギルドは凄く変。


<system: ≪リオン≫がギルド≪なごみ家≫に加入しました>


 こうして私には後輩が出来た。師匠がOKだというなら私に是非はない。でも一応、一番弟子は私だからね! そこははっきりさせておかないと。


 とりあえずリオンさんがギルドの拠点を見たいということでと言うことで師匠の家にご案内することになった。


 でもそこまでで、リオンさんはもうログアウトしなくてはいけない時間だとのことだった。まあ師匠帰って来るの遅いからね。



「じゃあ、また明日以降よろしくお願いします」


「よろしくお願いしますね~、リオンさん~」


「はい、よろしくお願いします、コヒナさん」



 ■□■




 その翌日。


 早めに帰ってこれた私はるんるん気分でネオデにログインした。


 今日は誰がいるかな? 何して遊ぼうかな?


 そう言えば昨日は新人さんが入ったんだっけ。今日はいるかな?


 インするのは昨日落ちた場所。おやすみなさいと師匠に言って入った、師匠の家にある私の部屋。他のギルドメンバーも立ち入らない、師匠が私に使っていいよと言ってくれた大切な場所。ここに入るのは私だけ。家主の師匠だって私がいないときに入ってきたりはしない。


 なのに。



「おかえりなさい、コヒナさん」



 私がログインするより前に、私の部屋に、私以外の人がいた。



 ぞわり。全身に走る怖気と混乱。あたりまえの安全な日常が、いきなりあやふやなで危険なものに変わっていく恐怖。


 なんで、なんで。


 なんでこの部屋に私以外の人がいるの。


 いたのが昨日加入したリオンさんだったならわかる。ギルドメンバーだし、ここが私の部屋だなんて話はしていない。


 他のギルドのメンバーだったならわかる。何か私に用事があってきたのかもしれないし、私以外が入らないというのはみんなが気を使ってくれているだけで、システム上の制限ではないのだから。


 でもこれはおかしい。ありえない。


 何でこの人が私の部屋にいるの?


 そんなはずはない。この人はギルドメンバーではない。システム上あり得ない。この家には猫さんみたいな例外を除き、ギルドメンバー以外入ることはできない。そのはずなのに。


 あなたに話すことは無いと言ったのに。


 師匠のことを悪く言うあなたと話したくないと、ちゃんとそう伝えたのに。


 いくつものありえないを超えて、そこにいた人は私を見て言った。



「リオンさんに誘われて<なごみ家>に入ることになりましたレナルドです。よろしくお願いします、コヒナさん」


お読みいただきありがとうございましたー。

しかし嫌なお話は書き手としてもMPけずられますね。これも実際に書いてみるまではわからなかったことです。妖狐シリーズも書きたいお話が沢山あるのですが、まずは本編しっかりと進めてまいります。

また見に来ていただけたらとても嬉しいです!

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