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不死教団の法王 《ハイエロファント リバース》②

いらっしゃいませ!

師匠と二人で行くダンジョンハロス、攻略です!

 タロットカード大アルカナの五番目のカード、「法王」(ハイエロファント)は宗教の最高司祭であり、信仰と法を司るものとされる。


 ここから正位置の「法王」《ハイエロファント》が示すのは教育、道徳的な価値観、心の平和と安らぎ。高潔、誠実、他人とのかかわり方。法王のアルカナとの出会いはただ一人生きるのではなく、人として他者と関わりながら生きる術を与えてくれる。


 反対に逆位置の「法王」(ハイエロファント)が示すのは、無知、無教養、偏見、情報に振り回されること、一人よがり。


 それに、信仰の喪失。あるいは妄信、狂信。



 □■□



 崩れ、苔むしたダンジョン 不死王宮ハロスの入り口。


 ハロスのダンジョンはスケルタルロードと言うアンデットの王様によって作られた宮殿ということになっている。実際はスケルタルロードは奴隷頭みたいなものなんだけど。


 ダンジョンに入ると大きな通路を挟んで両脇に扉が並んでいる。石造りだが洞窟ではなく、人によって作られた建造物だ。その中をゾンビやスケルトンの大群が、どさどさ、かちゃかちゃと歩き回っている。


 しかし階層を下り地下三階まで来ると様相が一変する。


 大理石のような白くて大きな柱には一流の職人の手による見事な彫刻。柱の間には緋色の錦に金糸で刺繍がされたタペストリー。ダンジョンと言うよりまるで王宮の様。


 赤い絨毯の敷かれた通路を進んでいくと、それぞれ赤い鎧と青い鎧を着こんだ骸骨が二体、大きな斧槍(ハルバード)をクロスさせて道をふさいでいる。二体とも反対の手にはこれまた大きな鎧と同じ色の盾。


<ブルー・ガード>と<レッド・ガード>。


 この二体は私がネオオデッセイに来て初めて私が「倒した」モンスターだ。


 正しくは倒させてもらった、いやむしろ倒している所にいた、だろうか。その頃の私ではダメージなんか一つも与えられなかった。この二体は恐ろしく高い防御力を持つ。そのかわり回避率が低いのであの頃の私でも攻撃を当てることはできた。ダメージはゼロだけど。


 あの時ここに連れて来てくれたクロウさんたちには今でも時々お世話になっている。私とは合わなかったけど、みんな優しい人たちだった。自分達の楽しいを私にも分けようとしてくれた。


 でもさっきのレナルドさんはちょっと違う。私の楽しいを否定して、それどころか私の師匠を否定した。思い出してもざりざりする。できればもう会いたくない。


 ネットゲームにはそれぞれの楽しみ方がある。それを思い切り満喫するために、みんなこの世界にやってくるのだ。どうやら私の楽しみ方はややマニアックな部類に属するらしいということも最近はわかってきた。まわりにもっとアレな人たちがいるからわからなかったんだけど。私は師匠に、ギルド<なごみ家>に会えて、本当によかったんだな。


 二体のロイヤルガードに守られてその奥の玉座の間にいるのはスケルタルロード。


 贅沢な素材に緻密な刺繍が施されたロイヤルガーブに身で包んだスケルトンであり、このダンジョンを作ったとされる名もなき傀儡の王だ。


 強いことは強い。魔法も使うから二体のロイヤルガードよりも強いかもしれない。でもダンジョンのボスとしてはあまりにも貧弱だ。


 王様を倒して、あるいは避けて進んだ玉座の間の隣には、この死者の国で祭られていた神様の祭壇がある。神様の名前は記されていない。祭壇のある部屋は広いけれどもそれだけで、モンスターが出てくるわけでもない。


 この部屋からは細い通路が伸びており、その先に法王の部屋がある。法王様の部屋と言っても文字通りのただの部屋だ。法王様の為の宮殿があるわけでもない。それどころか法王様の部屋はさっきまでの豪華な作りが嘘のような質素な部屋だ。


 机と椅子、簡易なベッド。沢山の本。それになぜか棺桶が一つ。宗教のトップと言うよりは研究者の部屋のようだ。長い年月の間に、棺桶以外はどれもが朽ちて崩れかかっている。机の上には日記が置かれているが、これも朽ちてしまっていて読むことはできない。ただ、表に書かれている法王様の名前だけはかろうじて読みとることが出来る。


 この部屋の主の名はノクラトス。今でいう所の死霊術師であり、死の軍勢を率いて世界を滅ぼそうとした張本人、とされる人。


 日記帳に触れた後に祭壇の間に戻ると一体のアンデットモンスターが現れる。


 そのアンデットモンスターの名が、ノクラトスだ。


 ネオデのサービス開始当初、このダンジョンのボスは長いことこのノクラトスさんだとされていたのだそうだ。真のボスは別にいて、ノクトラスさんが崇拝していた死霊術の神様ファスムヴィートという存在だった。発見された時には相当な話題になったらしいけど、それは師匠もまだゲームをやっていない頃の古いお話だ。なんだかその時代にネオデをしていた人たちが羨ましい。


 ノクラトスさんは今でいう死霊術師だけれど、そもそもネオオデッセイの死霊術というのはもともとは人を生き返らせようとする試みで、当時は死霊術ではなく別の名前で呼ばれていた。


 ネオデの世界<ユノ=バルスム>では時折、死者が蘇るという自然現象が起きる。


 でもその蘇り現象は不完全で、蘇ったものは初めは生前と同じように行動しようとするがやがて腐敗と共に記憶と理性をなくし、ゾンビになっていく。


 何らかの原因で人は稀によみがえる。だが、その現象が不完全であるために蘇生は失敗する。当時はそう考えられていた。


 この人の蘇生に関わると思われていた因子のことを現在のユノ=バルスムではファスムヴィートと呼んでいる。このファスムヴィートを意図的に使役する方法が死霊術であり、私たちプレイヤーが使うスキルとしての死霊術もこれに準ずる。


 死霊術の考え方では生き物の身体は「肉体」「魂」「命」の三つからできているとされる。ファス某はこのうちの命の粗悪な代用品だ。


 このファス某は当時は別の名前で、当時の人の生死を司る神様の名前で呼ばれていたらしい。マディアの中央図書館の文献からはその名前は失われてしまっている。


 当時の名前が何だったにせよ、つまるところファス某は悪い神様だった。神様と言うか生命によく似た別のエネルギー体みたいなもの。自分では何もできなくて、死んだ者の魂や体に宿って初めてこの世界に意味ある行動が出来るもの。


 スピリチュアルな寄生虫みたいな感じかな? それともスピリチュアルウイルス?


 ファス某は本来はとても弱い存在。生き物の、死体や魂がなければ活動できない。でも取り付かれた死体は見かけ上蘇り、生前の習慣や記憶に従い、行動する。


 この辺が昔はよく理解されていなかった。死霊術を正しく行使すれば人は生き返ると思われていたのだ。ゾンビやスケルトンになってしまい、段々と生前のことを忘れてしまうのは、死霊術が不完全だからだと。


 違った。完全に間違いだった。ファス某はただ自分の存在する場所が欲しかっただけの寄生虫に過ぎなかったのだ。


 それでも人が生き返ることは奇跡に見えた。人は寄生虫を神と崇めた。

 より完璧な死霊術が求められた。より強力なアンデットが作られた。


 ある町の書物によると、生前のノクトラスさんは真面目に人間が生き返る方法を探していて、そのために死霊術を勉強していた人だったそうだ。


 とてもまじめな人で、だから神に騙された。神は古い死霊術師の死体に取り付き、その記憶と知識を使ってノクラトスさんを欺いた。


『我は神より生命の神秘を授けられし者。対価として汝の全てを差し出すのなら、その秘奥に汝を誘おう』


 ノクラトスさんはそれに乗ってしまった。


 騙され、自らの体を寄生虫に差し出した<狂信者>ハイエロファント・リバース。自分の研究はやがて死者を蘇生するという幻に縋った哀れな研究者のなれの果て。



再生教団教主ハイレヴィヴィファカンス ノクラトス>



 その姿は一見すると赤いローブを纏った人間のようだ。時折、ノクラトスさんの動きに合わせてローブの中に肋骨あたりの骨がみえる。ノクラトスさんがいくら動いても他の部分は見えない。見えないローブに隠れているからじゃなくてもう朽ちてしまったのだ。顔は陰になって見えないけれど、きっとそこにも、もう何もないんだろう。それでもノクラトスさんはファス某の力で不条理に「生き」続ける。


 ネオデでは死霊術で自分をアンデットにしてしまった者をリッチーと呼ぶ。死霊術のスキルにはちゃんと自分をリッチーにする術が存在する。体と魂の一部にファス某を住み着かせ、その恩恵により唯人には耐えられない魔力を扱うというものだ。


 リッチーはモンスターとしても存在している。まだネオデを始めたばかりの頃はマディアの近くのお墓に沸くリッチーは強敵であり、また同時にマジックアイテムをドロップするよい獲物だった。リッチーの皆様、当時は大変お世話になりました。


 ノクラトスさんはそんなリッチーの大親分みたいな人だ。でも同じ死霊術の研究者でも、ノクラトスさんとマディアのお墓にいるリッチーとは大学教授と大学生、下手したら高校生とか中学生くらいの差がありかなりの強敵だ。様々な属性の魔法をまんべんなく、しかも人には扱えないレベル6という高ランクでがんがん撃って来る。効果範囲も広くて避けるのも大変。さらには様々なアンデットを際限なく召喚してくるのだ。


 スケルタルロードがボスではないことにはすぐに気が付いても、ノクラトスさんをこのダンジョンのボスだと思ってしまうのは納得がいく。


 実際私もそうだった。始めてノクラトスさんを倒した時、ボス討伐成功~!とはしゃいでいた私をギルドのみんながにやにやと眺めていたのは忘れない。そもそも師匠がわざと私がそう思い込むように情報を小出しにしてきたのがいけない。いや、いけないことは無い。師匠はいつも私が一番楽しめるようにと気を配ってくれるのだ。


 実はノクラトスさんはボスじゃない。この物語には続きがある。そう言われれば驚きつつもやっぱりわくわくしてしまう。


 死者の王国を陰で操っていた死霊教団の大神官は、勇者の手により見事討伐されたのでした。めでたしめでたし。


 しかしその大神官を倒すと、さっきのノクラトスさんの部屋に小さな異変が起きる。


 部屋の中に何故かおかれていた棺桶。ノクラトスさん討伐の前は調べてみても「棺桶」としか表示されなかったのだが、改めて見てみると名前が「古びた棺桶」に変わっている。不審に思ってさらに調べると壊れてしまい、「朽ちた棺桶」へと変わる。


 その部屋の中で唯一新しかった棺桶が、ノクラトスさんが倒れると何故か他の家具と同じように朽ちてしまうのだ。そして朽ちた棺桶の周辺を調べるとその向こうの壁にスイッチを発見できる。スイッチを押すと「近くで何かが動く大きな音がする」というシステムメッセージがでて、祭壇のあった部屋にさらに地下深くへと続く階段が現れるのだ。


 狭くて長い階段を抜けると、そこには巨大な地下空洞。


 ノクラトスさんは死んでも尚、強力なアンデットを作り続けた。自ら不死の存在となり、死者を蘇生するという夢を永遠に追い求めることができる彼は、もしかしたら幸せだったのかもしれない。


 でもその結果がこれなのは如何なものだろう。ノクラトスさんは本当に自分で望んでこれを作っていたのだろうか。


 ファス某なる神だか寄生虫だかの力でノクラトスさんは不死になった。だからとても長い時間を掛けて人を生き返らせる方法を探すことが出来るようになった。でも、そもそも生前のノクラトスさんはなぜそんなにも頑張って死者を生き返らせようとしていたのだろうか。


 不死になったノクラトスさんがこれを作っていたのか、それともこれを作っていたのはもうノクラトスさんではない何者かなのか。


 リッチーの人格は生前のそれか、否か。この質問には誰も答えられない。


 地下の大空洞の中央に鎮座するのは死者の体から作り上げた巨大で醜悪な肉塊。ノクラトスさんが死して尚生涯をささげた不死と言う概念の終着点。


 それは生と死を侮辱する寄生虫の群れの巣窟。死体で作られた蟲塚。


 穴だらけの体はある部分は腐敗で膨らみ、ある部分は骨がむき出し。肉と骨を冒涜的に繋げて作られた体はかろうじて人型にも見え、それがかえっておぞましい。


 全ての生きる物の敵。全ての生命を消し去り、命に取って代わろうとした命に似たエネルギー体(ファスム・ヴィータ)が哀れなリッチー達に作らせた、全ての生命を消し去るためのゴーレム(フィグラ)。かつてこの世界に訪れたいくつもの世界の終わりの一つ。



<フィグラ・ファスムヴィート>



 これがハロスのダンジョンの本当のボスだ。


 私の得意とする雷撃属性の攻撃はフィグラ・ファスムヴィートには効きにくい。有効である炎や聖属性の剣も持っていない。こんな時 改めて全ての敵を同じスキル、同じ装備で倒したというショウスケさんの凄さが分かる。私一人ではまだまだ到底倒せない。でも師匠と二人なら倒すことが出来る。一人で戦うのと二人で戦うのは全然違うのだ。


 師匠の魔法で私の剣が燃え上がる。回復も気にしなくていいしフィ……。フィ? あれ、ファ? ファファ某? いやファファ某なんて可愛い感じじゃないな。寧ろブワブワ某。


 ブワブワの体から剥がれて別個に活動しだす大量のゾンビやスケルトン、うぞうぞ動く屍肉塊(ブロブ)などの低級アンデットは、ノクラトスさんの時と同様本気モードの師匠の炎の壁と火球の魔法が焼き払ってくれる。


 私は大きなダメージを連続して受けないように気を付けることと、ボワボワにダメージを与えることに集中すればいい。あれブワブワだっけ? まあどっちでもいいか。


 厄介なのはブワブワのHPが三分の一を切った時に召喚してくる死霊術師の神官、リッチーやハイリッチーたち。流石にこれを無視するわけにもいかない。もう一対一では後れを取ることは無い相手だけど、三対四体の同時出現は危険だ。現れたら早めに処理しなくてはならない。


 そしてさらに四分の一を切った時に召喚しだすのはなんと<ブルーガード>に<レッドガード>、そして<スケルタルロード>のスケルタル御三家。さっきまで傀儡とはいえ王様だったスケルタルロードをしもべ扱いだ。流石悪い神様。やることが汚い。


 このスケルタル御三家は強いけどブルーとレッドは魔法を使わないのでちゃんと対処すればそれほど怖くはない。


 優先順位はエンシェントリッチーやハイリッチーとスケルタルロード。少し下がってリッチーとブルーとレッド。それからボワボワ。


 師匠は私のことをしっかり見ていてくれるので剣から炎が無くなるということは無い。別に攻撃力アップの魔法もかかっているので普通の低級リッチーなんかほとんど一撃。これは快感。癖になりそう。ヴァンクさんの気持ちがよくわかる。


 しかし、これを一人でかあ。炎か聖属性の武器がないと無理じゃないかなあ。でもただ属性が付いてるだけじゃ話にならない。いくら苦手属性とはいえそれなら今愛用してる剣の方が強いくらい。でもショウスケさんの剣も無属性だし……。そりゃ私の剣とは大分差があるけど、ショウスケブレードを持っていたとしてもやっぱりなあ。しかもこのボワボワと戦うにはその前にノクラトスさんを倒す必要がある。


 ……無理じゃない?


 歴に差があると言っても私ももう一年以上やってるわけで。ショウスケさんがボスのソロ討伐に成功したのっていつごろからなんだろ。


 一瞬考え事をしていたところにリッチーたちの冷気弾の魔法が飛んできた。びしびしと連続して受けてしまう。駄目だめ、集中。


 やっぱり重要なのは盾の使い方なんだろう。ショウスケさんはダメージを受けない。受けないことは無いんだろうけど、私には受けてないように見える。今度会えたら聞いてみたいなあ。でもブンプクさんとの邪魔にならないようにしないと。


 いつかソロでの攻略をするためという名目できたのだから、ソロで倒すときの動きを意識しながら……。でも今日は師匠と二人での討伐を楽しみたいというのもある。だってこんなんデートみたいなもんですよ。


 なんつってね、なんつってね。うへへへへ。


 あっ。


 びしびし。


 あぶない。冷気弾で私のHPが大きく削れる。これも師匠の魔法のお陰で抵抗が上がってるから何とかなってるんだよね。強いぞボワボワ。ちょっと敵も多くなってきた。師匠が一緒だとは言えしっかり頑張らないと。



「コヒナさん大丈夫?」


「すいませんちょっと油断しました!」


「OK~。んじゃ僕ももう少し働くかあ」



 師匠はそう言うとしゃらん、と杖を振った。


 おや? 師匠の様子が?



「母なる混沌より分かれし最初の一柱、心猛き我が盟友イグニス・フィエリの名において命じる。炎よ、創世の灯よ。生まれ我が元に集いて柱となり、全ての不浄を焼き尽くせ!マギア イグニス・コルムナ!」


 詠唱長い! んで、その魔法イグニス・コルムナじゃないですよ。ただの「炎の柱」ですよ。


 イグニスコルムナは師匠の好きな漫画に出てくる炎の大魔法。お兄ちゃん達が買ったものが家に置いてあるので私も読んだことがある。ネオデの魔法にチャットで詠唱しなければならないというシステムはない。これは師匠の趣味だ。あるいは師匠の病気だ。


 とはいえ。炎の柱はかなり上級の魔法。モーションも長いし取得するのも大変だしで魔法使いの間では下位互換の火球の方が好んで使われる。だけどちゃんと上手に使えばごらんのとおり。


 師匠が生み出した渦巻く炎の柱はハイリッチーに激突し、派手な爆炎のエフェクトをまき散らす。召喚されたばかりのハイリッチーと周辺のゾンビ達がその一撃で葬られる。うおお、すごい。


 ……これが……魔法か……! とか言いたくなる!



「師匠、凄いです! どうしたんですか!?」


「あ~。うん。その、ちょっと炎の……。これだけね、上げてきた」



 なんかもごもごしたチャットが返ってきた。多分照れてるんだと思う。詠唱してるくせに。恥ずかしいポイントが意味不明だな。でもこれだけモーションの長い魔法を阻害されずにきっちり発動させて、しかもやたら長い詠唱まで打ち込んで。やっぱうちの師匠すごいんじゃないかな。凄さの方向性はアレだけど。


「回復もあるしMP凄く食うから連発はできないからね~。メインはコヒナさんでよろしくね」


 言いながらもつづけさま、今度は詠唱なしで唱えられた炎の柱がエンシェントリッチーのHPを大きく削る。よし、今だ!


 選んだスキルはライトニングスラッシュ。でも師匠の魔法のお陰で偽フレイムストライク。


 私の追撃でエンシェントリッチーも消滅する。



「おおお、やるねえ。流石」



 言いながら師匠は私の武器を包む炎の魔法を追加継続してくれる。



「本体、叩きます!」


「よし、周りは任せて!」



 一人では全く勝てる気がしないボワボワも、師匠と一緒なら話は別。膨大なHPも師匠と私の合わせ技、偽フレイムストライクでガンガン削れていく。まさに共同作業! なんつってね。


 うへへへへ。


 あっ。


 びしっ、びしっ。


 こうして巨大な不死兵器はやがて派手なエフェクトをまき散らして消えて行った。



「よっしゃ! 全然危なげなかったね。ソロも行けるんじゃない?」


「ありがとうございます! ううん、ソロは……行けるんですかね~?」



 ほんとは危なげあったと思うけど、気づかなかったというよりノーカン扱いにしてくれたのだろう。



「めぼしいものは拾ったかい? 転移禁止が作動する前にずらかるぞ!」


「OKです!」



 ボスを倒すと一定時間転移禁止が解ける。その間にゲートや転移の魔法で脱出しないとかなり前の転移可能区域まで戻らなくてはいけない羽目になる。無事におうちに帰るまでがボス攻略です。しかしいつもながら師匠、火事場泥棒みたいな言い草だな。


 ボワボワは倒した。ノクラトスさんもちゃんと体は土に、魂は天に返してあげた。


 でもゲームだからボワボワもノクラトスさんもすぐに復活する。だけど、どこかに、ノクラトスさんが救われる世界があるのだといいな。



 おうちに帰って来て、持ち帰ったマジックアイテムの選別。この時間が一番楽しい。いや、一番ってこともないか。う~ん。でもやっぱ一番。いや、甲乙つけがたい楽しさ。


 ダンジョンボスだけあって戦利品もたくさん。早速持ち帰ってきた剣たちを見比べていく。現コヒナソードより強そうなものは……。


 ううむう。私の装備も大分整ってきて今以上と言うとなかなか手に入りにくい。



「お、この盾はいいんじゃない? 炎ガード高いしベースの防御力もかなりだよ」



 おお、剣ばっかりみてた。どれどれ。


 師匠が言う盾はたしかにお宝レベルの性能だ。ちょっと重いと言えば重いけど能力と差し引きすれば十分に許容範囲だろう。



「おお、これは凄いですね! 貰ってもいいですか?」


「もちろんもちろん」



 わーい。おったから~。


 これでドラゴンなんかとの戦闘はずいぶん楽になるはずだ。ドラゴン、ドラゴンかあ。レッドドラゴンみたいに炎対策をしていけばいいという相手には確かに有効なんだろうけどなあ。



「師匠、ショウスケさんって同じ装備で全部のボス、ソロで倒したんですよね?」


「そうそう。迷宮ボスだけじゃなくてフィールドにいるヤツもね」


「ほんとにそんなことできるんでしょうか」



 そこなのだ。対モンスター戦ではやっぱりショウスケさんが最強。身近にいる最強スタイルと言うのは気になるし、参考にしたくなる。



「いやあ、普通はできないよね。でもショウスケさんがやったのは本当だよ」


「う~ん。私もできますかね」


「そうだねえぶっちゃけていうと~」



 ごくり。



「難しいかな」


「がーん」



 やっぱりかあ。師匠は基本私に優しいので、師匠が言う難しいは「まず無理」という意味だ。



「コヒナさんは凄くゲーム上手だと思う。先読み得意だし、集中力凄いし。特に攻勢の時の追撃はびっくりするくらい」



 おお? 凄く褒められたぞ。流石師匠、弟子の事わかってる。フォローだとしても嬉しい。



「ありがとうございます! でも、じゃあなんで難しいんですか?」


「いやあ、一瞬の集中力とか判断は凄いんだけどさ。長続きしない……よね?」


「が~~~ん」



 おおう。流石師匠。弟子のことよくわかってる。



「ショウスケさんのやり方だと、ボス一体倒すのに凄く時間かかるからね。その間集中力切らさないのは難しいと思うよ」


「なるほど~」



 ショウスケさんの戦い方はいわば全てに備える戦い方だ。その防御力は正に鉄壁。でも何かを上げれば何かを下げなくてはいけないのがゲームのステータスというものだ。そう言えばパーティーで行動するときはショウスケさんに守ってもらいながら他のメンバーが攻撃するということが多い。今のステータスを比べたら攻撃力だけなら私の方が高いかもしれない。


 あくまでステータスだけね?


「それと、周りのインパクトとショウスケさんのマイルド口調でわかりづらいけど、ショウスケさんのやってることってけっこーなレベルの変人だからね? 」


「えっ、そうなんですか?」


「だってロキテイシュバラ倒すのに三時間とかかかるんだよ?」


「三時間! 」



 長っ。それは確かに集中力続かない。そうかあ。ショウスケさんもやっぱり「なごみ家」の人だったかあ。



「で、そのロキ何とかというのは何でしたっけ」


「テモジャのことだよ!」



 なんだあテモジャかあ。えっ。



「えええ、テモジャに三時間ですか!」



 テモジャのいる月光洞では何もしなくてもMPががんがん減っていく。その上MPがゼロになればアバターは狂気に取り付かれてプレイヤーの操作を受け付けなくなってしまう。長引くほど不利なのだ。あそこで三時間戦っていたらMPがいくらあっても足りない。だからいったん離脱して月の光が届かない場所で休みMPを回復させることになる。でもテモジャは回復力も強いから長く休むとせっかく与えたダメージがなかったことになってしまう。


 だから、回復量よりちょっとだけ高いダメージを繰り返し与え続けるのだ。うっかりしたらダメージがゼロになっちゃうから最初からやり直し。そんなこんなを三時間。ふえええ、考えただけで気が遠くなる。



「それは確かに無理かもです~」


「でしょ~? 間違いなくすごいんだけどね。ショウスケさんはそれが好きでやってるだけさ。コヒナさんはコヒナさんで、自分の楽しいことをしたらいいよ」



 そっか、そりゃそうだ。ショウスケさんはその道のプロだ。それが楽しくてそのためにネオデをやってきたんだ。まあ、途中でもっと大事なものに出会ったりもしたわけだけど。


 ううん。私の一番楽しいは何かな。


 みんなでボスの討伐に行くのは勿論すごく楽しい。占い屋さんも楽しいし、師匠とお散歩も捨てがたい。ボス討伐と同じくらい楽しい。同じくらい大事だ。どれも全部楽しみたい。欲張りだね私は。お、そういえば。



「師匠、スキル構成変えたんですか?」


「あ~、うん。気が付いた? ちょっとだけ、ね……」


「そりゃ気が付きますよ~」



 断じて猫さんから前情報を貰っていたからじゃないです。なんでですか~?って聞きたいけど、我慢我慢。



「じゃあ、お魚焼けなくなっちゃうんですか?」



 それなら私が焼いてあげますよ~。なんつってね。



「いや、そこはまだいける。釣りと木工はできなくなっちゃった」


「そうなんですね~」


「木工はテーブルとイスは持ち歩いてるし。釣りはまあ、コヒナさんに釣って貰えばいいかなって」



 !?


 くっ、不意打ち! 確かに釣りスキル上げてるけど!



 そ、そそそそそ


「そうなんですね~。じゃあ釣りは任せてください~。お魚焼くのもやりますよ~」


「ほんと? んじゃ、料理も下げちゃおうかなあ」


「はい! 任せてください!」




 これは責任重大だぞ。明日からの二人のご飯は私にかかっている!



「んじゃ、そろそろ寝とくかあ」


「は~い。今日も楽しかったです。ありがとうございました、師匠!」


「うん。俺も楽しかった。それじゃあ、おやすみ」


「おやすみなさい~」



 また遅くまで遊んでしまった。早く寝ないと。


 師匠、俺も楽しかった、だって。ふふふ。楽しいこと、やりたい事たくさん。嫌なことを思い出してる暇なんてない。明日は一体何が起きるだろう。


 そんなことを考えながらベットに入って目をつむる。おやすみなさい、師匠。



 このころの私は師匠のことが大好きだけど、だからといって現状以上は望んでいなかった。多分よくわかってなかったんだと思う。よくわかってなくて、でも楽しくて、ずっと変わらずにこんな日が続いていくんだと思っていた。


 リアルには理不尽なことが多くて大変だけれど、おうちに帰ってくればネオデがある。ネオデの中は楽しいことだらけで、楽しいことをしながらマディアの町で待っていれば師匠がやってくる。それが当たり前だと思っていた。


 何も望んでいなかった代わりに、何もわかっていなかった。


 ネオオデッセイはゲームの世界。そこで起きることは勿論全部フィクション。でもその中で起きる人間関係はどこまでもリアルで、


 だから、楽しいことばかりのはずなんてないのに。


お読みいただきありがとうございました!

私の書いてるプロット、モンスターの名前とか書いてないんですよ。設定は作ってるんですが。その時いいの思いつくんじゃないかなって。思いつくわけなくてだから土壇場で名前うんうん考えるんですが(まあそれも楽しいんですが)、数百文字も行かないうちに主人公が台無しにしちゃうんですよね。覚えやすくていいですけど。

最近AIさんにモンスターの絵をかいてもらうことを覚えました。もっと伝わりやすくモンスターの事伝えたいなと思いまして。

挿絵をここに乗せるかどうかは凄く迷っています。イメージって人それぞれですからね。邪魔になる人もいるかもですし。

とりあえずノクラトスさんとフィグラファスムヴィート(ボワボワ)はツイッターに乗っけてみました。宜しければご覧ください。

@Touka_Kotonoha



次回も張り切ってまいります!また見に来ていただけたらとても嬉しいです!


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