不死教団の法王《ハイエロファント リバース》①
いらっしゃいませ! ご来店ありがとうございます。
タイトルにルビ振れないの悔しいですね! 心の眼でお願いします。
そのころギルドではログインできる時間が減ってしまう人が多くなっていた。
ゲームの中の私たちはモンスター退治がお仕事だからそればっかりやっていればいいのだけど、リアルの私たちはそうはいかない。世界の平和を守っているというのに酷い話だ。まあ中には羊の毛を刈ったり木の実を拾ったり野生動物を狩ったりして生計を立てている変な人もいるけれど、それはあくまで変人中の変人だ。
でももし正義の味方の変身ヒーローとかが本当にいたらその人もやっぱり普通にお仕事しているんだろうな。正義の味方じゃ食べてけないものね。世知辛い。
インしてる率が割と高いのは猫さん。猫さんは正式にはギルドのメンバーじゃないけれど、システム上そうじゃないだけでメンバーである。猫さんはマディアの町にいることが多い。会うと狩りに連れて行ってくれたり、師匠の昔話とかを教えてくれたり。これも中々に楽しい時間だ。
ハクイさんとヴァンクさんはどちらも一、二週に一度とかしか顔を見せなくなった。
「子供も手がかかるようになってきたからな。今までうちのに任せすぎてた分も親父やらないと」
とはヴァンクさんの言だ。
ハクイさんは逆に少しお子さんが大きくなって、今まで休んでいたお仕事を再開するとう事だった。結婚式の時に教えて貰ったけど、とても大変なお仕事をしているそうだ。
ブンプクさんとショウスケさんも結婚ほやほやでアレだし、リンゴさんは大きな仕事を任されることになったのと彼女さんができたとかでやっぱり忙しい。
それでもみんな時間を見つけてはネオデにやってくる。揃えばみんなでお出かけする。そんな時はやっぱりとても楽しい。
私はと言えばダンジョンの一番奥までもお供できるようになったし、一人で狩りをすることもできる。ちなみにボスを一人で倒したりはできない。あの辺を相手にするのにはステータスを超えたテクニックが必要になるのだ。精進精進。
それにボスまで行くとなるともう一つ大きな問題がある。単純にボスまでたどり着けないのだ。適当に奥まで行ってそこにいるモンスターを退治してみよう、ならいいんだけどさ。
師匠は相変わらず異世界スローライフを送っている。でも実は。これは猫さんから聞いた内緒の話なのだが、師匠は魔法でダメージを当てれるようにスキルを少し変えたそうだ。何で今更と聞いたら
「こっひーと一緒にダンジョン行きたいからだにゃ」
と教えてくれた。
……えっ。
えっ、そうなの? いやー、師匠、そうなんだー。うへへへへ。
「ぜってー俺から聞いたって言うなにゃ?」
「はい! 教えてくれてありがとうございます~!」
うへへへへ。そうなんだー。ふーん。リアルの顔が、にやけるにやける。
言われて注意してみてみると師匠の魔法は確かにちゃんとダメージが当たっていた。装備品を全部本気モードに変えた時よりもさらに。攻撃魔法を使う場面自体をあまり見られないのと、周りに魔法使い系の人がいないからそれがどのくらい凄いのかはよくわかんないけど。でも少なくとも昔自慢していた沼スライムを殺さない火球はもう出せないだろう。
その師匠はと言えば日によって遅くなることはあるもののほぼ毎日ログインしてくる。ので待ってれば大体会えるわけで、私にとってこれは嬉しいことだ。
その日も占い屋さんを出しながら師匠が帰って来るのを待っていた。猫さんも見当たらないし、お客さんもこないし暇だなーと思っていたら、私の前で一人のアバターが立ち止まった。レナルドさんと言う人だ。
レナルドさんは以前占い屋さんにお客さんとして来てくれたことがある。
「また占いしてますね。どうしてそんなことしてるんですか?」
レナルドさんは前にもこんなことを言っていたけど、意図が分からない。占い自体は納得してくれて、結構喜んでくれてた気がするんだけど。どうしてって聞かれてもなあ。
「レナルドさんこんにちは~。どうしてと言うか~。楽しくてやっています~」
でもレナルドさんは納得しなかったようだ。
「わざわざそんなことしなくても、もっと効率的なことがありますよ」
?
なんだろうわざわざって。
「いえ~。私はこれが楽しくてやっていますので~」
「ああ、お金が欲しいんですか? じゃああげます」
そういうとレナルドさんは私の占い用の机の上にじゃらんと金貨を置いた。
ううん。
レナルドさんが置いた金額は1000ゴールドちょっと。占いの料金の倍だけど、狩りをすれば私でも数分あれば稼げる……ってそうじゃない。
「すいません、受け取れませんのでしまって頂けますか?」
「いえ、あげますのでどうぞ」
いやいや。話通じないなこの人。私は占い師だ。物乞いじゃない。……いやそれもちがうな。
物乞いのロールプレイをしている人に会ったことがある。面白い人でPKに身ぐるみをはがされた話をしてくれた。殺されたくないから自分から脱いだのに殺されたのだそうだ。そんなわけで何日も何も食べていない。何でもいいから恵んでくれと言うのでおやつ用に持っていたパンをあげたら、ありがとうこれでしのげると大げさに喜んでくれた。久しぶりの食事を慌てて食べるものだからのどに詰まらせたりして。あぶないので持っていたワインもあげたらそちらも喜んで飲み干すものだから、飲みすぎて数日ぶりの食事がアレなことになってしまった。もったいない、もったいないって言いながら。
その後ご希望だったので占いをしたら普通にお代をくれた。楽しかった、頑張ってねと言って。占いの見料は500ゴールド。私があげたパンが100個買えてしまう金額。
多分だけど、物乞いのロールプレイをしていた人もこれは嬉しくないんじゃないだろうか。そんなことないかな。お話上手な人だったし、あの人とか師匠とかなら上手に振舞えるのかもしれない。でも、私はダメだなあ。どう返していいかわからない。返事に困っているとレナルドさんはさらに言葉を続けた。
「そんなにお金が欲しいなら、モンスターを退治するといいですよ。できないなら僕がしてあげます。ちゃんとお金もあげますので、そうすればもうそんなことしなくて済みますよ」
「いえ~。モンスターなら自分で倒せますので。お気遣いなく~」
さっきからそんなこと、そんなことって。喜んでくれる人もいるんだけどなあ。この人には私はどんな風に見えているんだろうか。
「ただいまあ」
丁度そこに師匠が帰ってきた。
「おっとごめん、お客さんだったね」
ちがいます。
「大丈夫です~。師匠、おかえりなさい~。お疲れさまでした。今日はどうしましょう。ダンジョン行きますか? それとも貝殻とか、あ、栄養剤探しに行きますか?」
栄養剤はこの間教えて貰ったガーデニングの材料。植物のダンジョン<モグイ>の比較的浅い階層に落ちていて、その周辺のモンスターが持っていることもある。師匠の家は屋上が家庭菜園になっていて野菜なんかを作っている。私も少しスペースを貰ってそこで観葉植物を育てているのだ。栄養剤をいっぱい与えると食虫植物になったり巨大な実がなったりして面白い。
「栄養剤……。家の中に魔界植物が大量に繁殖してきたのは若干気になるところだけど。そうだね。染料も欲しいし、モグイ行こうか」
お、師匠も乗り気だぞ。モンスター倒すのもいいけど、二人でならのんびりおしゃべりしながらガーデニングするのもいい。だって屋上の菜園で二人でガーデニングなんてなんだか……。
まった、今のなし。なし! やばい。これはやばい!
「コヒナさん何してるの?」
師匠が聞いてくるけど、何って言われましても。
変なことを考えてしまったのを打ち消そうとぐるぐる回っているだけですが?
「何でもないです!」
うわあ。何考えてるんだ私。そもそも一緒のうちに住んでるんだからそんなのいつものことで……。
……えっ。
何で私師匠のうちに住んでるの!? それって、それってどうなの!?
「あの、コヒナさんや? 大丈夫かい?」
「はい。大丈夫です」
「そ、それならいいんだけど」
師匠は困惑した様子だ。無理もないだろう。恥ずかしくなってしまった私の代わりにコヒナさんが師匠の周りをぐるぐる走り回っているんだから。すいませんほんとに何でもないんです。いや何でもないこともないんですが。
「じゃあ、今日はモグイで」
言いかけたその時、横から声が入った。
「僕ならそんなとこよりもっと効率的に稼げるところに案内できますよ」
レナルドさんだった。あ、この人まだいたんだ。レナルドさんは私と師匠の間に入り、師匠の方を向いて言った。
「あなたがコヒナさんの師匠なんですか?」
なんだ、何が始まるんだ。とりあえずそこどいてくれないかな。
「あ、ハイ。すいません、一応」
師匠なんで謝ったし。一応とか言うなし。
「コヒナさん、初めてまだ一年くらいだそうじゃないですか。何故何も教えてあげないんですか? コヒナさんここでずっと占いなんかしてたんですよ」
師匠が、何も教えてくれない?
「いやあ、それはコヒナさんが好きでやってることなので」
「何故そうやって人を騙すんですか? 彼女がかわいそうじゃないですか。一人で街中にほおっておいて」
私がかわいそう?
「あ~、申し訳ない。でも騙してはいないですよ」
「騙してるじゃないですか!」
この人は、レナルドさんは一体何に怒っているんだろう。
前にレナルドさんの占いをした時に、雑談としてまだ始めて一年だという話をした。その時レナルドさんにじゃあいろいろ教えてあげるからうちのギルドにおいでと言われたのだ。私には師匠がいて、その人のギルドに入っているから大丈夫です、としっかりはっきり答えたんだけど
「あなたがコヒナさんのギルドのマスターなんですか?」
「あ、ハイそうです。一応」
だから師匠、一応って言うなし。
「あなたはギルドマスター失格です。あなたは彼女に迷惑を掛けている。なぜそれが分からないんですか?」
……。
ここにヴァンクさんとか、リンゴさんとか猫さんとかがいてくれたら上手に言い返して追っ払ってくれたんだろうけど、師匠は「ああ~、その通りですね~」等と言ってへらへらしている。
私は。私はどうすればいいんだろう。
「何もしないくせに、師匠なんて呼ばせてるんですか?」
……。ざりっ。
かちゃかちゃかちゃ。
削除、削除、削除。
手が震えて文字が上手く打てない。なんて言ったらいいのかわからない。上手く言葉が作れない。どうしても感情的な言葉が出てきてしまう。そんなの口に出すのも怖いし、言いたくない。でも、何か言わないと師匠への悪口が続いてしまう。
削除、削除、かちゃかちゃかちゃ。
「レナルドさん。私のことはどう言われても構いませんが、師匠の事を悪く言うのは止めて貰えませんか。これ以上は迷惑行為として通報します」
やっと出て来た言葉は、でもレナルドさんには届かない。
「コヒナさん、あなたはコイツに騙されているんですよ。一度僕と一緒に来ればわかります」
ざりざりざりっ。何だこの人。何だこの人。何だこの人!
「師匠、おうちに行きましょう~。先に行ってますね!」
そう言い残して単独長距離転移用のアイテムを使う。ばびゅん。
もう。転移アイテムの費用だって馬鹿にならないんだぞ!
いつもなら二人で何処かに行くときには師匠がゲートを開けてくれる。そこに入るのが当たり前だったし、それが好きだった。その扉はいつも楽しい場所に通じているから。だけどここでゲートを出してしまったらこの人が付いてきかねない。
あそこは、師匠の家は、とても大事な場所なのだ。
もう、もう! なんだあの人!
ざしゅざしゅざしゅ。
おうちについた私は早速近くに生えている大きな木に剣を叩きつけた。ざしゅんざしゅんと効果音が入る。剣の耐久が落ちてしまうのでそんなことしてはいけないんだけど、手近にモンスターがいなかったので仕方がない。
師匠もすぐ後から飛んできてくれた。
「改めてただいまあ。コヒナさん、それ何してるの?」
「八つ当たりです!」
「お、おう。ほどほどにね」
いつもと同じようなやりとり。その後少し間を開けて、師匠は言った。
「ごめんよ。もう少し早く来れたらよかったねえ」
「師匠が謝ることないです。こちらこそすいません、お疲れの所巻き込んでしまって」
「いやいや、それこそコヒナさんが謝ることじゃないんじゃない?」
「でも、私がもっとうまくあしらえてれば」
「いやいや。まあ、これでも師匠だし。それは気にしないで」
……。
////
ざしゅん、ざしゅん。
「ほらほら、剣が痛むからそのへんで」
いえ。これはさっきとは違う理由なので気にしないで下さい。
「もう、何なんだろうあの人! ずっと『そんなことやめろ』とか言って」
師匠が嬉しいことを言ってくれたせいで八つ当たりしたいような気持はもうないのだけど、照れ隠しに怒ってみることにした。
「それは災難だったねえ」
「そうなんですよ~! それに師匠のことまで悪く言って」
「ん~、でも俺のことは割とあの人の言う通りだからねえ」
もう、またそんなこと言って。
「何がですか、一つも合ってないです!」
また別の気持ちが湧き上がってくる。このところどうにも感情のアップダウンが激しい。困ったものだね。八つ当たりで木を叩く剣に、正しくはその動作を指示する、キーを操作する指に力が入る。ざしゅん、ざしゅん。
「まあまあ、落ち着いて」
「私は嫌です」
「いやあ、でもさ~」
「私は嫌です!」
私は嫌だ。とても嫌だ。画面越しでは、顔の見えない文字だけでは、私がどんな気持ちでこの言葉を使っているのかきっと伝わらない。でもだからと言ってコヒナさんに今の私と同じ表情をさせるのも何だか違う。
アバターは、コヒナさんは、小さなことで勝手に泣いてしまう私なんかと違って、私が泣くことを選ばない限り泣いたりしない。私が伝えたいのは私の気持ちであって、私が泣いていることじゃない。
この世界では気持ちを伝えるには、文字にして打ち込むしかないのだ。
「師匠、私は嫌です。師匠が悪く言われるのは嫌だし、それに師匠が納得してるのも嫌です。スキルとかどうでもいいんです。私は師匠について色んな所に連れてってもらうのが好きです。凄く楽しいんです」
「そっか。うん、ごめんよ。ありがとう」
この人、ほんとにわかってるんだろうか。
「そこで謝らないで下さいよ~」
「えええ、んじゃどうしたらいいの」
聞くなし。
「じゃあ偉そうにして下さい」
「えぇえええ」
「なんか師匠っぽい感じでお願いします」
「ハードル高いな」
自分から聞いてきたくせにリクエストに文句付けないで欲しい。
「コヒナよ、言いたい奴には言わせておけば良いではないか。それで何かが変わるわけでもない。それよりもなんか楽しいことしようぜ!」
「はい! そうしましょう!」
セリフの前半と後半でキャラがブレてるけど気にしてはいけない。実際さっきまでのざりざりは跡形もなく、綺麗さっぱり消えてしまった。たったこれだけのことで。
困ったことにこのところ、どうにも気持ちのアップダウンが激しい。そこに気が付くたびに自分の気持ちを再認識する。
私やっぱりこの人が好きだ。
「じゃあ、モグイに行きましょうか~」
「ううん、それもいいんだけど。今日はスッキリするためにちょっと頑張って何処かのボスでも行っちゃおうか」
おおお、やった! 師匠がやる気だ!
「はい!」
「二人だとどこがいいかな。ソロは何処も未経験だっけ?」
「そうですね。やっぱり敷居が高いというか~」
「そうかなあ。ロキテイシュバラあたりならコヒナさんなら行けると思うけどな」
「ロキ……それなんでしたっけ」
「ボスだよ!? <月光洞>の!」
月光洞と言うと……。あああ、あいつかあ。
「なんだテモジャの事ですか~」
「てもじゃ?」
「テモジャはテモジャだけなら勝てると思うんですが、テモジャまで行くのが大変じゃないですか」
私も大分強くなった。ボスの中でも最弱とされるテモジャなら多分一人でも勝てる。しかし一つ大きな問題がある。私一人ではテモジャの所までたどり着けないのだ。だってあのダンジョン同じような部屋ばっかりなんだもん。さらに月光洞では迷っている間にMPが減っていき、MPが空っぽになればアバターが操作を受け付けなくなってしまう。なんて恐ろしいダンジョンだろう。
「そうだねえ。ドロップがさほどおいしいわけでもないし、あそこの雑魚倒すのめんどくさいし。んでさらっと話し続けてるけどテモジャって何?」
師匠は何だか細かいところが気になるようだけど話の本筋ではないので気にしなくていいと思う。
「雑魚モンスターもそうなんですが、一人だと迷っちゃってボスまで行けないんですよね~」
「あ~」
師匠がさもありなんと納得する。
ダンジョン内の転移で行けるところから適当に進んで、そこにいた相手を倒して転移アイテムで帰って来る。それが私のソロの時のスタイル。毎回違うモンスターと戦えて新鮮。転移禁止区域と転移アイテムを盗んでいくスナッチャー等のモンスターが一番の脅威。
スナッチャーはともかく転移禁止区域は入んなければすむのだけど、それができるくらいなら方向音痴とは言わない。
「俺が送ってってもいいんだけど、でもボスまで一人で行って無事帰還するまでがソロ討伐だからね。んじゃいずれのソロ討伐に向けてルートが簡単なところに通ってみようか。ボス自体はちょっと手ごわいけど、ハロスとかどうかな」
「はい! そうしましょう!」
不死王宮ハロスはアンデットモンスター達が作り上げたダンジョン。広くて構造自体はかなり複雑だけど、ボスへと通じる道は広いので迷ったりはしない。
……かもしれない。
お読みいただきありがとうございました!
次回はダンジョンハロスの攻略になります。
ちゃんとボスまでたどり着けるんでしょうか。
また見に来ていただけましたらとても嬉しいです!




