魔術師 運命の輪 月
いらっしゃいませ! ご来店ありがとうございます。
結婚式編の最終話となります。
今回のタイトルも前回同様お話のイメージで付けてみました。
長めになりましたが切りたくないので一話として投稿いたします。
それではどうぞ!
二次会は披露宴会場の近くのレストランを貸し切って行われた。敷地内は白い柵に囲まれていて庭にもベンチやテーブル席がある。日中はそちらでも食事ができるらしい。今日も庭に出てもいいらしいけど明かりはない。使うならご自由にと言ったところだろう。
「ブンプクさん、こっちのドレスも綺麗ですねー! あ、お色直しの時のドレスもとても綺麗でした!」
これだけは絶対伝えておかなくてはならない。お色直しの後はお話しできる時間が全然取れなかったのだ。二次会だって私たちでお二人を長時間独占するわけにもいかない。ここから参加する人たちもいるのだ。
二次会ではブンプクさんは青のイブニングドレス。
お色直しの時の水色も綺麗だったけど、こちらの藍に近い濃い青色も素敵だ。ブンプクさんはネオデの中でも青い服を着ているのでそちらに合わせたのだろう。あれはドレスじゃなくて和風の着物だけど。ショウスケさんは披露宴の時と同じ白のタキシード姿だ。
「ありがとうー。ショウスケが選んでくれたんだよー」
「そうなの? 凄く似合ってた。流石旦那さんね」
「あはは。ブンプクがお色直しはいらないと言い出したものですから」
「おお、ショウショウやりおる」
「ハクイちゃん、猫さんもありがとう。うん、着て良かったー」
私とハクイさんと猫さんとでどれが一番だったかの議論が交わされる。でもやっぱり最初の白かな、という結論になってしまった。判定に特別ボーナスが付くからね。
男性陣はとりあえずうんうんと頷いているけど、ちゃんと言葉に出して褒めたらどうなんだろうね。みんなショウスケさんを見習えばいい。
「お話し中申し訳ございません。新郎新婦をお借りしてもよろしいでしょうか」
遠慮がちに声をかけて来たのは二次会の司会の男の人だった。残念ながらまたここまでだな。司会の人もお疲れ様です。
仕方なく席に戻ろうとすると今度は知らない女の人が私たちに話しかけてきた。
「あの、披露宴で最後スピーチされてた方ですよね?」
正確には話しかけられたのは私たちではなく師匠。なので師匠を残して席に戻る。知らない人はスピーチ感動しましたとか佑川君と友達なんですかとかそんなことを師匠に聞いているようだ。
スケガワ君? ああ、ショウスケさんのことね。そりゃあ友達ですよ。お友達代表ですからね。あたりまえじゃん。
話しかけられた師匠はなんか鼻の下伸ばしてそれに答えている。まったくだらしない。
「こっひー、大丈夫か?」
師匠のだらしなさに呆れていると何故か猫さんが苦笑いしながら私の体調を聞いてきた。
「大丈夫です。何がですか?」
「いや、どんな答えだよ」
ヴァンクさんも何故か苦笑いしている。
「コヒナちゃん、凄い顔してるよ」
やだなハクイさん。そんなことないですよ。 師匠がもうちょっと何とかならないものかなって思っただけなんです。
暫くして「ああびっくりした」とか言いながらへらへらと師匠が戻ってきた。
「師匠、あの人と何話してたんですか?」
「ん~? ああ、ショウスケさんのこと。大学時代のお友達らしいよ。ショウスケさんの大学時代のお話してくれたんだけど、そちらはどんなお友達なんですかって聞かれて上手く答えられなくてさあ。じゃあ今度ゆっくり聞かせて欲しいから連絡先教えてって言われたんだけど」
「……」
「そう言われても困るよねえ。あんまりよく知らないんですごめんなさいって逃げてきちゃった。悪いことしちゃったね」
「いやどんな言い訳だよ」
ヴァンクさんがツッコミを入れた。ほんと、友人代表が新郎の事よく知らないんですってどんな言い訳だ。
「ナゴミヤ君、一応言っておくけど。それ狙われてるのよ」
「ん? いや、そういうんじゃないよ。ショウスケさんのお友達だし、悪い人じゃないよ」
ハクイさんの心配にも師匠はとんちんかんな答えを返す。自分を狙うのは悪い人だけだと思っているんだろう。
「駄目だコイツ」
「うん。ブンプク以上の逸材かもしれないね」
猫さんとリンゴさんもさじを投げた。
「え、なになに?」
「師匠は分かんなくていいです」
「えっ、コヒナさんなんで怒ってるの?」
「怒ってないです!」
別に怒ってはいない。心配してるだけだ。だって連絡先聞かれてるんだよ? 普通警戒しない? ネットでもリアルでもよく知らない人を簡単に信じてはいけないとか私に説教してたくせに。
「あっ、朝のアレ? さっきも言いかけたんだけどそういう意味じゃないんだよ」
朝のアレ? 何の話?
ああ、アレかあ。すっかり忘れてた。でもいいや。それの事にしておこう。そもそも別に怒ってるわけじゃないけど。
「じゃあ、メッセージアプリの連絡先教えてくれたら許してあげます」
「ええっ。なんで連絡先?」
「駄目ですか?」
「いや別に駄目ってことないけど。え、ほんとに?」
師匠は困惑しつつも携帯端末を取り出して連絡先を交換してくれた。
ギルドの他の方々が何やらにやにやしている。猫さんなんかははっきりとやれやれと口にした。
だって、全然知らない初対面の人だって師匠の連絡先聞こうとしたのだから、弟子の私が連絡先知っててもいいと思うんだよ。
でもなんか恥ずかしいって言うか。あんまり師匠の方見たくなくてつい端末を無意味に弄ってしまう。登録した「麻倉和矢」という名前の横に意味もなく(師匠)と注釈を付けてみたり。そうだ、せっかくだからメッセージ届いた時の音楽も変えておくか。どれにしようかな。
登録されている着信音を人差し指で送っていくと、「ファンファーレ」と言うのが出てきた。試しに流してみると
ぱぱぱぱーん!
ラッパの音が鳴った。周りがにぎやかだからそんなに響かなかったけど結構大きな音だ。うはは。いいな、これにしよう。
「師匠から連絡が来たら今の音がなる設定にしておきました。メッセージ下さいね」
「ええっ!? それ、びくってならない?」
「なりませんよ。師匠じゃあるまいし」
師匠リアルでもえええってやるんだよな。ネットの中でもそうだけど驚きすぎ。今日一日ずっと驚いてるんじゃないだろうか。いつもパソコンの前でも「ええっ」って驚いてるんだろうな。
「すいません、麻倉さんはどちらの方ですか」
声をかけて来たのはさっきの二次会の司会の人だった。
「次の余興のクイズの確認をしたくて」
アサクラさん? 誰?
「あ、すいません。俺です」
答えたのは師匠だった。そういえば師匠は麻倉さんなのか。苗字までは覚えてなかった。下の名前は和矢さんだったからすぐ覚えられたんだけど。だってナゴミヤさんって和矢さんの別読みだし。
師匠二次会でも何かやるのかな?
司会の人に連れていかれた師匠はショウスケさんとブンプクさんも交えてお話している。
「ナゴミヤ君よく働くねえ」
「二人の共通の知り合いと言うと限られてるだろうからな」
短い確認の後、師匠は司会の人からマイクを受け取ると新郎新婦の席の横で話し出した。
「皆様ご歓談中の所失礼いたします。こちらにご注目下さい。これより新郎新婦クイズを始めさせて頂きます!」
おお~、ぱちぱちぱち。
師匠の説明によると新郎新婦クイズというものは、新郎新婦自身に二人にまつわるクイズを出すというなかなかに面白恥ずかしい余興のようだ。いいぞ師匠。どんどんやれ。
「では第一問。お二人同時にお答えいただきます。お二人が出会った場所は何処ですか?」
ショウスケさんとブンプクさんは各々手渡されたホワイトボードに答えを書いていく。
「さあ、お二人ともお書き頂けましたね。揃わなかったら大変ですよー。ではご一緒にどうぞ!」
二人が一斉にホワイトボードを裏返すと書かれていたのは何と違う答え。
「おおっと、これはいきなり大波乱の予感!? 大丈夫なのかーーーーっ!?」
絶叫する師匠。くすくすと会場から笑いが漏れる。でもこれは大丈夫。私たちにはわかる。というか絶叫している師匠が一番よくわかっている。
ショウスケさんの書いた答えは『ネオオデッセイの中』。
ブンプクさんの書いた答えは『第二博物館』。
「新郎の章彦さん、こっ、これは大丈夫なんでしょうか?」
わざとらしく焦る師匠に笑いながらショウスケさんが答えた
「大丈夫です。私たちが初めて会った場所はネットゲームの中だったんです。私の回答の『ネオオデッセイ』はゲームの名前で妻の回答の『第二博物館』はその中にある妻の家です」
わ、ショウスケさんそれ言っちゃうんだ。
会場もちょっとざわざわしてるけど、ギルドの皆さんも私同様目を丸くしている。披露宴の挨拶でも師匠は出会いはゲームの中だって言うのは避けてた。別に悪いことじゃないんだけど、やっぱり変に思う人もいるんじゃないかって思ってしまうのだ。
そっかあ。言っちゃうんだ、ショウスケさん。でもそうだよね。ネットゲームでの出会いがおかしいことじゃないなんて、私なんかよりショウスケさんの方がずっとよく知ってるもんね。
「なんだか嬉しいわね」
「……そうだにゃ」
うん。そうですね。なんだか凄くすごく嬉しい。あとショウスケさんさらっと妻って言ってたね。いや、100%正しい呼び方なんだけど。うっへ~い。
「なるほど、そう言うことだったのですね。いやあ、しょっぱなから大変な質問をしてしまったかと。あーびっくりした。では気を取り直して、第二問。これは新郎の章彦さんへの問題です。新婦は新郎のことを普段何と呼んでいるでしょうか!」
「ショウスケ!」
答えたのはブンプクさんだった。
「スト―ップ! 新婦の文音さん、これは新郎への問題ですよ!」
ブンプクさんがきょとんとして、会場に笑いが起きる。
「はい。ショウスケって呼ばれてますね」
ショウスケさんも笑いながら答えた。
「はい。ありがとうございます。本来はここで新婦から照れながらの答えを発表頂くのですが、今文音さんが言っちゃいましたのでね。正解、と言うことに致しますね」
また会場にどっと笑いが起きた。
「では次、新婦の文音さんに問題です! 普段新郎は新婦のことを何と呼んでいますか?」
おお、いいぞ師匠。それが是非聞きたかったんだ。ブンプクさんはショウスケさんの方を見て自分の顔を指さして何か確認していた。多分私が答えていいんだよね? とか聞いてるんだと思う。
「ブンプク!」
ショウスケさんが頷いたのを見てブンプクさんが大きな声で元気に答えた
「ブンプク、ですか?」
「うん」
「ブンプクと言うのはどこから来たのでしょう?」
聞かれたブンプクさんはまたきょとんとしてショウスケさんの方を見た。何を聞かれているかわかってない顔だ。
「僕のショウスケも妻のブンプクも、どちらも僕たちがあったゲームの世界でのアバターの名前です」
「なるほど!出会った時のままお互いを呼び合っているわけですね。素晴らしい!」
師匠が会場に向かって拍手して、会場からもそれに倣うように拍手が起きる。
「ほお。ナゴミーの癖に上手いもんだな」
猫さんが感心したように言った。これは猫さんとしては最上級の褒め言葉じゃないだろうか。きっと心の中の独り言チャットではべた褒めしてるに違いない。
まあ、そうですね。上手だと思う。でもな、あんまり上手でも心配だよ。師匠危なっかしいからな。また誰かに声かけられるかもしれない。
「カズヤこういうの好きだからな。昔からよく頼まれてたよ」
リアルの師匠を知っているヴァンクさんが懐かしそうに言った。どんなことがあったんだろう。ヴァンクさんからも師匠の事もっと教えて欲しいな。
新郎新婦クイズはこの後新婦の好きな食べ物や新郎の好きなスポーツは何ですか?といった当たり障りのない質問から段々と嬉しはずかし系の質問へと変わってくる。いいぞ師匠どんどんやれ。うっへ~い。
ちなみに新郎の好きな食べ物を聞かれたブンプクさんはショウスケさんに何が好きなの?と聞いて師匠に怒られていた。
「では、お二人がおつきあいを始めたきっかけは! さあ、これは合わないと大変ですよ!」
師匠は煽るけど、さっき言っちゃってるからなあ。ずばりネオデだよね。だけどお二人の書いた答えは私の予想とは違っていた。
『占い』
『コヒナさんの占い』
「ほう、占いがきっかけなのですね。これはどういう?」
「これもゲームの中でですね。友達に占いが得意な人がいまして。その人に恋愛運を見て貰って、それがきっかけで付き合い始めたんです」
マイクを向けられたショウスケさんが会場にいる人たちに説明する。
うわわわわ。
師匠の挨拶の中にも登場させてもらったけど、主役のお二人から会場の皆様にご紹介というのはひときわ照れますな。披露宴の時にもコヒナさんのお陰とか直接言って頂けたけど、それとはまた別のこそばゆさ。
「コヒナの占いは当たるのも確かだが、なんつうかスッキリするんだよな。もう一人の自分から思ってたこと教えられたみたいな」
うおう。
ヴァンクさんが嬉しいことを言ってくれた。そ、そうですか? それほどでも、えー、でもそうなんですか? いやー、まいっちゃうな。
「ソレな。実はそう思ってたんだよみたいなのを言葉にしてもらった感じ。納得させられるよな」
猫さんも同意してくれた。いやー、そうなんですか? まいっちゃうなこれ。顔緩む緩む。
「そうね。ヴァンクにしてはいいことを言うじゃない」
「一言多いんだよお前は」
「ふむ。確かにヴァンクにしてはいいことを言うが……。僕としてはずっと誰かに言って欲しかったことを言って貰ったという感じかな。まあそれに気づかされたという意味ではヴァンクの言う通りか」
「ソレもソレな!」
リンゴさんも嬉しいことを言ってくれた。ええ~そうですか? まったくもう、皆さん褒めすぎですよ。
結構前だけどギルドイベントで皆さんを占わせてもらったことがあるのだ。あの時も楽しかったな。
ん? あれ?
「リンゴさんを見たことありましたっけ?」
確かギルドイベントの時はリンゴさんは都合がつかなくて不参加だったような気が。
「ん? ああ、言ってなかったな。クリスマスにやった占い屋に最初に来たアプリコットという可愛い女性客を覚えているか? あれは僕だ」
えっ。えっ?
リンゴさんはわりと衝撃的なことをさらりと言ってのけた。
最初のお客さんのことは良く覚えている。正直言うと名前は憶えてなかったけど。土壇場で怖気づいて占い屋さんやっぱりやめると師匠に訴えていた私だったが、お客さんが向こうから声をかけてくれて、わたわたしているのを辛抱強く待ってくれて。お陰で占い屋さんが出来るようになったのだ。
「すいません、全然気が付きませんでした。あの時はありがとうございました」
「いや、ありがとうはこちらのセリフだ。ヴァンクじゃないがとてもスッキリしたさ」
リンゴさんはそう言いながらちょっと照れたように目をそらした。
「では次の質問。一緒にお答えください。ズバリ、初めてキスしたのはいつですか?」
新郎新婦クイズはさらに核心へと迫っていく。お二人の出した答えは。
『付き合った日』
『占いの後』
うひゃあ。あの後? あの後ってことだよね? うっへ~~い!
「なんつ~か。もぞもぞするにゃ」
みんなの嬉しいような気まずい様な照れたような気持を猫さんが代弁した。
リンゴさんなんか真っ赤なリンゴさんになっている。見た目クール系のイケメンなのに意外とこういう話弱いのかな。ちょっとかわいい。
「では占いがあって、お付き合いが始まって、その日に早速キスと言うわけですね?」
師匠はわざわざ言葉にして確認を取って、会場からの笑いや優しい野次がお二人を囃し立てる。私の隣でもヴァンクさんがぴゅーっと大きな音で指笛を吹いた。
「そうです」
マイクを向けられたショウスケさんが照れながらそう答えた。お二人を囃す声が大きくなる。続けて新婦側からも確認を取るべく師匠はブンプクさんにマイクを向ける。
「文音さん、それでお間違いないですか?」
「うん、コヒナさんの占い。あの人―!」
ブンプクさんは嬉しそうににっこり笑って私をしっかり指さして、会場の視線が私に集まった。
■□■
余興の新郎新婦クイズが終わって、もどってきた師匠はめでたいめでたいと言いながらお酒を飲んでいる。大役を終えて気が緩んだのかもしれない。
そんな師匠を時々横目に見ながら私は目の前のお客様と広げたカードに集中する。
クイズの後知らない人が私の所に「占いするんですか?」とやって来て、つい「見ましょうか?」と答えてしまった。
一人お客さんが来ると気になる人が後に続いて来てくれるのはネオデの中と一緒だ。
でもこうして久しぶりに直接顔を合わせてやってみるとネット越しとは大分情報量が違うんだなと気が付く。
リアルでは何と言ってもカードの絵柄を紹介しなくていいのが楽ちん。
ネオデでやる時は向こうからはカードが見えない。何が描かれているかはこちらで説明するのだけど絵柄全部を説明するなんてできない。どうしても絵柄の中の伝えたい部分のモチーフだけの説明になってしまう。でも描かれた絵の中で注目する場所やカードから感じることも人によって違うのだ。
リアルでは相手の表情の変化からそれを感じ取ることが出来る。気になったらこちらから聞いてみることもできる。
また普通は口でしゃべるよりもチャットの方が時間がかかるものだ。チャットでは聞きたいのに聞けない、タイミングが分からない、上手く伝えられないと言うのが多いかもしれない。気を付けよう。
でも私はチャットの方がやりやすいかもしれない。
まずログが残っている。お話してくれた内容を文字で確認できるというのは大きい。
またチャットでの発言はエンターキーを推す前なら取り消すことが出来る。リアルではカードの示すストーリーを考えている間につい漏らしてしまうあー、とか、うーんとかのつい出てしまう意味のない言葉もカットできる。
それに見た目と雰囲気問題。
ネット上だと向こうからは私は見えないので、なんかすごい人なんじゃないかみたいな誤解をしてくれることがある。まさか私の正体が妖怪見させろ魔人だとは気が付くまい。
マギハットに師匠の作ってくれたドレスの組み合わせの効果も高い。
今日はドレスだし新郎新婦のお墨付きでもあるので、霊験あらたかだと思うけど。パーティーグッズの魔女の帽子とか買ってきたらよかったかな?
六人見た所で次の余興が始まるとのことでとりあえずそこまで。
ビンゴゲームらしい。まだ見て欲しそうにしている人はいたのだけど、向こうも気を使って離れてくれた。占いをするのは好きだし、見て欲しいと思ってくれる人がいるなんて嬉しいことだけど、やっぱり疲れはする。多分MPとかからっぽだと思う。ここが<イブリズ>のダンジョンなら大変なことになってますよ。
お酒が進んでいた師匠は真っ赤な顔で背もたれに寄りかかっていた。師匠もMP切れかな。がんばったもんね。お疲れさま。師匠のビンゴ券は私が預かって確認している。私のカードは既に三つほど穴が開いたけど師匠の方は一つも開かない。すごいな、師匠過ぎる。
「飲みすぎたみたいだな。ちょっと休ませてくる」
自分のビンゴカードを隣のリンゴさんに預けると、とうとう机に突っ伏してしまった師匠に肩を貸して立たせながらヴァンクさんが言った。外にあるベンチに寝かせるつもりなのだろう。
「あ、私も行きます!」
私も自分と師匠のカードをリンゴさんに押し付けてヴァンクさんに続いた。
「おう、頼む」
「おい。二人ともちょっと待て。どれが誰のだ」
合計四枚のカードを持つことになったリンゴさんにヴァンクさんは「適当でいいよ」と言ったけど、リンゴさんは万年筆を取り出して生真面目にビンゴカードに名前を書き込んでいた。リンゴさんが書き込んでいたのも、もちろんアバターの名前だ。
□■□
レストランの庭は思ったよりも暗くなかった。
ヴァンクさんは師匠をベンチに寝かせた。レストランからも庭の入り口からも少し陰になっていて見えにくい場所だ。結婚式の二次会で使われるレストランなので、そう言った用途にも配慮しているのかもしれない。
私は師匠が寝ているベンチの横にかがんで顔を覗き込んでみた。既にすうすうと寝息を立てている。うん。お酒臭い。ほんと仕方のない人だな。
「こいつ、倒れるような飲み方するような奴じゃなかったんだがなあ」
「そうなんですか?」
「おう。俺の方がよくぶっ倒れてた。そういやあんときは世話になったか」
ヴァンクさんより師匠の方がちょっと背が高いけど、師匠はひょろんでヴァンクさんは服の上から見ても相当なマッソーだ。アバターの方のヴァンクさん程ではないにしても。ヴァンクさんが潰れたのを介抱したんだとしたらかなり大変だったろう。
「変わってないようでも色々あるもんだな。まあお互い様か」
「師匠とはどういうお友達だったんですか?」
「あー、大学のサークル棟で部室が隣でな。先輩同士が仲良かったから合同で飲み会とかよくあったんだ。そこでネオデの話が出たのが始まりだ。そこからはつるんでずいぶん馬鹿なことしたもんだ」
大学生の時は私も馬鹿なことしたし、今思えばよく無事だったなと思うようなこともあった。反省もしたし、あの頃よりはそれなりに成長したんじゃないかとは思う。
でもヴァンクさんの言う「馬鹿なこと」にはもっと違う意味も含まれているような気がして。
もし師匠とヴァンクさんと師匠が過ごした時間に私も一緒にいたら、どんなふうになるんだろう。
いや、どんな風にもならないかな。
そこは私が入り込めない、入っちゃいけない場所なのかもしれない。ちょっと寂しいね。そういえば中学生くらいの時にはよくこんなこと考えたっけ。まあでも私は女の子でよかったんだろうな。
ふふふ。
やっぱりネオデ、男の子キャラで始めればよかったかな?
そしたら今日、私を見た師匠はなんて言ったかな? もっともっとびっくりしたかな?
がちゃん、と音がした。レストランの入り口から誰かがこちらに向かって歩いてくる。
「ここにいたか。ヴァンク、君のカードがリーチだ」
出てきたのはリンゴさんだった。
「お、サンキュー。コヒナこいつ少しの間任せていいか?」
「はい。大丈夫です」
ヴァンクさんとリンゴさんがレストランの中に入って、私と師匠が残された。
師匠の寝ている頭側に少しスペースがあったのでそこに腰かけることにする。かがんでるのも疲れるからね。ちなみに膝枕とかはしてやらない。そんな義理もないしドレスを汚されたりしたら大変だ。
もぞもぞ、と師匠が何かを言った。
「何ですか? 師匠」
「コヒナさんだ」
薄く目を開けて師匠がこっちを見ていた。起きてたのか師匠。はいそうですよ。師匠の弟子のコヒナですよ。
「コヒナさんは凄いねえ」
多分そう言ってるんだと思うけど、ろれつが大分妖しい。
「でもね俺も凄いんだよ。俺があの二人を会わせたんだ」
「それは凄いですね」
「凄いなあ。めでたい、めでたいなあ」
うんうん、師匠は凄いよ。えらいえらい。
「コヒナさんは凄い、コヒナさんは凄い。凄かった。ありがとう。ありがとう」
泣いてるみたいな声で言うと満足したようで、師匠はまたすうすう寝息を立て始めた。
レストランの中はとても賑やかだったけど外は静かなものだ。寝息が聞こえるくらい。
ベンチの背もたれに体を預けて空を見上げると、建物の間から月が見えた。まん丸だ。
そういえばなんとかムーンだって言ってたっけ。だから外灯なくても明るいんだな。
「ほら、月が綺麗ですよ、師匠」
いつから始まるんだろう。
何時から始まっていたんだろう。
今朝、初めてリアルで顔を合わせた時?
一緒に冒険をしている間のどこか?
会えなかったお盆休みから?
それとも今この瞬間からだろうか。
いやもしかしたら初めてネオデであって、ロッシー君の背中に乗せてもらった時から。
でも、でももしかしたら、もっともっとずっとずっと前。
一人暮らしを始めたのも、ネオデを始めたのも、そのずっと前からの私の全部がこの人と今日会う為だったんじゃないかって。
きっと月のせいなんだろう。困ったものだね。
そろそろこの気持ちに名前を付けようと思う。
師匠が男の人で良かったという気持ち。
師匠がもっとかっこ良く振舞えばいいのにという気持ち。
師匠が褒められるとと嬉しくなって、知らない人が師匠に近づくともやもやする気持ち。
師匠のことをもっと知りたいと思う気持ち。
自分が女の子で良かったなと思う気持ち。
この気持ちをそう呼ぶための理由を探す、その気持ち。
惹かれたり惹いたり。それを何と呼ぶのかはわからない。そこになんと名前を付けるかはその人次第。それぞれ好きな名前で呼べばいい。
私の師匠はそんな風に言っていた。
だから。
この気持ちを他の人が何と呼ぶのか私は知らない。でも私はこの気持ちに「恋」と名前を付けることにした。
しかしそうなると一つ問題がある。私の横で酔っぱらってひっくり返っている人が私の好きな人なんだということになってしまう。
うわあ、そうなんだ。
知らなかった。私、男の人の趣味悪かったんだなあ。
イケメンお兄ちゃんズに囲まれて育ってきたというのに、なんだかお兄ちゃん達に申し訳ない。むしろその反動なのかな?
よっぱらって、ネクタイをだらしなくゆるめて、よだれまで垂らしてひっくり返っている姿なんて見たら百年の恋も冷めそうだけど、困ったことに始まったばかりの私の恋は冷めるということを知らない。
さらに困ったことにはどう見ても酷い格好のはずの師匠は凄く嬉しそうな顔で寝ていて、その上月明りに青く黄色く照らされているものだから、この人のことが好きな私にはとても綺麗に見えてしまうのだ。
私が困っていると師匠がまた何かもじょもじょと言った。何を言っているのかさっぱりわからない。
聞き取ろうと顔を近づけてみるとやっぱりお酒臭かった。
しかしこんなに顔近づけても寝てるなんて、ちょっと無防備すぎるんじゃないだろうか。駄目じゃないですか師匠。初対面の人を簡単に信用しちゃいけないんですよ? 師匠を狙ってる人かもしれないんですからね。
知らない人を簡単に信じちゃいけないとか騙されそうとか人の事散々言っておいて、この体たらく。
これはお仕置きが必要だな。
…………。
でもまあ、おでこで勘弁してやるか。お酒臭いし。
タロットの月は妖しのカード。さやかなれども暴かぬ光。
嘘か誠か、その光はほんの少し、狂気を後押しするんだとか。
月の光に後押しされて、月の光に守られて。
この日私は罪を犯した。
ふむ。おでこって意外とうぶ毛あるんだな。くすぐったくて、そしてちょっとつめたくてあったかい。
顔を離すときにまた師匠が何かもじょもじょ言っていたけど、やっぱり全く聞き取れなかった。
師匠はそのあと二次会が終わる直前、ギルドのみんなが心配して迎えに来てくれた時にやっと目を覚ました。
まったく。主役まで捜索隊に駆り出すとは本当に仕方のない人だ。
それから私とみんなと自分の状況を見比べて何があったのか呑み込めなかったらしく「ごめん、俺なにかした?」と見当違いのことを謝っていた。
仕方のない人は謝りながらぽりぽりとおでこを掻いていた。多分気づいてはいないはずだけど、一応ごまかしておくか。念の為だ。
「私は何もされてませんよ。師匠、夢でも見たんじゃないですか?」
お読みいただきありがとうございます!
タロット語り
タイトルについている「運命の輪」のカードは良くも悪くも変わっていく運命を示します。周りのカードで大きく意味が変わってくるカードです。
タロットモチーフの物語としては使いやすいカードなのですが、「世界渡りの占い師は世界を救わない」の中ではあまり登場する機会がないかもしれません。それは作中でのこのアルカナの役割をコヒナさんに委ねてるせいなのです。
それでは、次回も張り切ってまいります!
また見に来ていただけたらとても嬉しいです!




