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真実は一つ?

ご来店ありがとうございます!

また風邪をひいてしまいました。今度はインフルエンザだそうです。

皆様もお気を付けくださいね。

 一人の時には占い屋さんをしながら師匠が来るのを待つのが日課になっていた。大分強くなったし一人で冒険に行くこともできるんだけど、でも占い屋さんもやっていて楽しいのだ。悩ましいね。


 師匠は知らない人にも平気で声を掛けるので知り合いが多い。ダンジョンの中で他のパーティーと出会っても獲物の取り合いとかにはならないでいつの間にか一緒に盛り上がってたりするのは感心する。私一人ではこうはいかない。


 実は隠れ人見知りである私は知らない人に自分から声を掛けたりはできない。一度お話したことがあると平気なんだけど。でも占い屋さんをやってると向こうから声を掛けて貰えるしそれが縁で知り合いが増えたりもする。


 冒険も楽しいけれど、占い屋さんをしたりチャットで世間話をしたりも楽しいものだ。



「あれ、コヒナさん? コレ何やってるの?」



 声を掛けてくれたのはクロウさんと言う方だった。フラウスさんとネロさんも一緒だ。クロウさんは男の人でフラウスさんとネロさんは女の人。三人ともクロウさんがマスターを務めるギルド「黒翼」に所属している。


 この人たちは私がこの世界に来たばかりの時にとてもお世話になった方々なのだけど、私のわがままで申し訳ない形でお別れしたという過去がある。


 その後、お互い拠点の町がマディアなので度々出会うこともあり、ちょっと気まずく思っていた。町に顔を出すのをためらっていた時期もあったのだ。


 思い切って師匠に相談した所、



「無理に合わせる必要もないけど、楽しい人と思ってもらった方が得だね。今度声かけてみようか。なんて人?」



 とずいぶん簡単に返された。



「クロウさんと言う方です」


「あー、見たことあるな。カラスとかいうギルドの人だよね?」


「黒翼です」


「そうそうそのギルド」



 師匠、雰囲気で覚えてるんだな。流石私の師匠だ。



「でも、こっちから声かけたりして嫌がられないでしょうか?」


「だいじょぶだいじょぶ。ネオデで一緒に遊ぼうって言って断られることなんかないから。案外向こうも同じように思ってるんじゃない?」



 師匠はその日のうちに、マディアの町でクロウさんを見つけて声を掛けてくれた。



「すいませーん。うちの新人なんですが、前に皆さんにお世話になったみたいで改めてお礼が言いたいと言ってましてー」



 師匠、コミュニケ―ションお化けだな。おかげで改めて非礼をお詫びすることが出来た。


 そうしたら向こうからもあの時は強引に連れまわして済まなかったと言って貰えた。一方的に私が悪いのに恐縮してしまった。


 でもそれからは町では気軽に挨拶できるようになったし、大分強くなった今ではギルドの人たちや猫さんがいないときに時々一緒に遊んで貰っているし、他の<黒翼>のメンバーにもお世話になっている。



「クロウさんこんにちは~。今日は占い屋さんをしているのです~」


「占い屋? ずいぶん変わったことしてるんだね。で、そのしゃべり方は何?」


「これは占いの為のキャラづくりです~」


「な、なるほど、徹底してるね」



 クロウさんはちょっと引き気味だ。うちではキャラづくり必須って感じだったのにな。しゃべり方とかみんな本気で考えてくれたし、誰も疑問を挟まなかった。やっぱりうちのギルド変なのかなあ。



「んじゃ、また暇な時には声かけて。占い頑張ってね」


「はい~。ありがとうございます~」



 クロウさんはそう言って立ち去ろうとしたのだけど、



「クロウ、折角だし見て貰ったらいい」



 一緒にいたネロさんと言う女性の魔術師の方がそう言った。



「ええ、占いだよ? ん~、んじゃまあ、折角だから見て貰ってくか」


「ありがとうございます~。何を見ましょうか~?」


「恋愛運で」



 答えたのはまたもネロさんだった。



「なんでだよ。多分なんも出ないぞ? あんまり興味もないし」


「まあまあ、こういうのはお約束だよ。見て貰ったら?」



 もう一人の連れのフラウスさん、こちらは女騎士さんだ。フラウスさんにもそう言われて、やれやれとクロウさんは折れた。



「んじゃ、話のタネにということで。恋愛運で」


「はーい、かしこまりました! では三枚のカードを使って見ていきますね~。少々お待ちください~」



 恋愛相談は占っている方も楽しいので大歓迎だ。




 一枚目


 <貨幣>(ペンタクル)の4 正位置。


 あれっ? 恋愛運なのに、1枚目に<貨幣>(ペンタクル)の4?


 <貨幣>(ペンタクル)の4には大事そうに両腕で<貨幣>(ペンタクル)を抱えこむ人物が描かれている。腕だけじゃなくて足の下にも<貨幣>(ペンタクル)をしっかりと抑え込んでいる。満足や安定を表すカードなのだけど。



「クロウさん、今恋人います? それかご結婚されてたり~」


「え、そうなの?」


「む。まあいても不思議はないか」



 フラウスさんとネロさんがそれぞれ感想を言う。



「いや、いないししてないけど」



 でも当のクロウさんから出たのは否定だった。



「そうなのですね~。少々お待ちくださいね~」



 ううん? だってこのカード……。


 いや、まずは三枚とも開いてからだな。



 二枚目 <聖杯>(カップ)のクイーン 逆位置。



 <聖杯>(カップ)は心。クイーンは女性。カップのクイーンは心豊かな優しい女性を示している。転じて愛情、感情の高まりを示すカードだ。でも今回は逆位置で出ているので、心が動かない、想いが通じないと言った解釈になる。



 三枚目、<貨幣>(ペンタクル)の2 正位置


 二枚の貨幣をもてあそぶ若者が描かれたカード。陽気、楽しみ、遊び感覚を示すカードで、恋愛運では通常は陽気で楽しいことが多い恋愛等を示す。



 一枚目には過去の経験や物事の原因などを示すカードが来る。恋愛運を見て欲しいと言った時に、一枚目に<貨幣>(ペンタクル)の4が正位置で来るのはおかしい。


 <貨幣>(ペンタクル)の4は今あるものが大事でそれを手に満足していることを示すカード。一枚目にこのカードが来る人が「恋愛運を見て欲しい」なんて言うだろうか? 相性占いならわかるんだけど。


 占いの前、クロウさんが言っていたことを思い出す。「多分なにも出ない。 あまり興味もない」これはもしかすると照れ隠しではなく本心なのではないだろうか。


 クロウさんにはもっと他に大事にしていることがあって、恋愛よりもそっちが楽しい。


 そう考えてみると、他の二枚も解きやすくなる気がする。



 改めてカードを眺めてみる。。



 三枚のカードが示すのは、どんなストーリーだろう?




「お待たせいたしました~。結果をお伝えします~」


「お、キタキタ。待ってました!」



 答えたのはフラウスさんだった。当のクロウさんははいよ、と軽く返事をするだけ。やっぱりさほど興味がないのかもしれない。



「一枚目に出ていますのは<貨幣>(ペンタクル)の4というカードです~。満足や安定を示すカードです。今お付き合いしている方はいらっしゃらないとのことなので、現状に満足している、もっと楽しいことがあって恋愛には興味がない、と言った意味になるのではないかと思います。如何でしょうか~?」


「あ~、そうだな。そう言うのは確かに今はいいかな。なんかごめんな?つまんない結果で」



 ちょっと申し訳なさげにクロウさんが答えた。


 クロウさんはきっと本当に興味がないんだろう。フラウスさんとネロさん、それにギルドの方々への話題提供がメインなんだろう。


 クロウさんは仲間の人たちが面白がっているのなら、興味がなくても話題を提供するのは苦にならないのかもしれない。



「二枚目のカードは<聖杯>(カップ)のクイーン、逆位置です~」


「あ、さっきので終わりじゃないんだ」


「三枚で見るって、コヒナさん最初に言った」


「そうだっけ?」



 クロウさんさてはほんとに興味ないな。恋愛にも占いにも。お付き合いありがとうございます。そしてネロさんは割と興味津々ですね。今後とも是非ご贔屓に。



<聖杯>(カップ)のクイーンは愛情、感情の高まりを示すカードですが、逆位置で出ているので、心が動かない、想いが通じないと言った解釈になります~」


「あ~、当たってるわ。ほんとつまらなくてゴメンな?」



 クロウさんはすまなそうにする。なんだか私にも責任があるような気がしてきてしまう。当たってるのにねえ。



「三枚目のカードは<貨幣>(ペンタクル)の2 正位置です~。二枚の貨幣をもてあそぶ若者が描かれています~。陽気、楽しみ、遊び感覚を示すカードです~。一枚目、二枚目を見るに、今は他に楽しいことがあって、恋愛に目を向けてる暇がないという意味ではないかと思います~」



 <貨幣>(ペンタクル)の2は陽気な恋愛、遊び半分の恋愛も示すカードではあるけれど、楽しいことがあってそっちに夢中、他のことが目に入らない、そんなことも示すカードだ。



「そうだな。仕事も忙しいし、ネオデも忙しいしなあ」



 そこでネオデ出てくるんだ。


 なるほどなあ。クロウさんにとって大事なのはネオデで遊ぶことと、一緒に遊ぶ仲間たちなのだろう。だから来たばかりの私に声を掛けてくれたのだし、一緒に楽しめるようにと気を使ってくれたのだ。



「むう、つまらん。だがネオデで忙しいなら仕方ない。許してやる」



 ネロさんがうんうんと頷く。



「そうか、ありがとう。ってなんで上からなんだよ。気になるなら自分で見て貰えばいいだろ」


「クロウがやって怖くなさそうなら見て貰おうと思った。マスターはギルドの為に体を張るべき」


「なんでだよ!」



 なんでだよ、とか言っておきながら実際にはやってしまうあたり、クロウさんの人徳がしのばれる。メンバーからも慕われているのだろう。


 もし一番最初に会ったのがうちの師匠じゃなくてクロウさんたちだったなら、私もそっちに一緒にいたのかもしれない。そしてきっと、楽しくゲームをしていたのだろう。


 要は出会い方とタイミングなのだ。タロットカードのアルカナのように。




「結果をまとめてみますと、ご本人はあまり恋愛に興味がない、と言う結果ですね~。でもクロウさんの周りにはクロウさんのことを気にしている人がいるかもです~」



 おお、とネロさんとフラウスさんが異口同音に声を発した。



「え、そうなの?」



 お、今度はクロウさんもちょっと気になるようだ。



「二枚目のカード、<聖杯>(カップ)のクイーン、逆位置ですが、クイーンは女性を示します。。先ほどは思いが通じないと解釈しましたが、クロウさんの周りにいる、想いが通じないで困っている方と解釈することもできます~。でもいたとしても、三枚目の結果を見るにその方の思いは報われなさそうですね~」


「クロウ、罪な男」



 ふう、とため息をつきながらネロさんが首を振る。



「いや、ねーよ。周りに女の子いないし。ガチで全然」


「女の子とは限らないかもですよ~?」



「マジかよそれなら心当たりあるわ、っていやいや」


「!!」



 フラウスさんが頭の上にビックリマークのエフェクトを出す。



「恋愛に興味がないって、そういう!?」


「何処に反応してんだよ!」



 クロウさんも中々ノリのいい人だ。


 カードの暗示通りならば女の子なんだろうけど、そうとは限らない。心が乙女の可能性もあるからね。逆位置で出てるし。逆位置のクイーンは男の娘と解釈することもできるだろう。



「ギルドの中にいたりして」



 さらなる可能性を提示してきたのはネロさんだった。



「いや、ギルドの中って。え、これゲームの中の話なの?」



 ええ、どうだろう。私に聞かれても困るんだけど、そう言っても通じないよなあ。



「さあ~? どっちだと思いますか~?」


「いや、ネットゲームの中で恋愛ってあり得ないだろ。顔もわからないのに会ったこともない人に恋愛感情を抱くのはおかしい。それは本物じゃない。恋愛ごっこだ」


「堅いなあ。ごっこでもいいじゃん。ネオデのなかでも付き合ってる人いるよ。ゲームなんだし、この世界限定ってことで付き合ってみるのもありじゃない?」



 フラウスさんはネット恋愛肯定派のようだ。しかも結構フランク。



「いや、それはダメだと思う。恋愛問題で壊れたギルドいっぱいあるし」


「まあ、それはたしかに」



 ネロさんがうんうんと頷く。



 ギルドに入って早々に衝撃的な場面に出会ってしまったのでつい忘れがちだけど、クロウさんの考え方の方が一般的なのかもしれない。



「俺はそう言うのはダメだな。ネットゲームはそう言うの気にしないで遊べるところがいいんだ」



 クロウさんの返事に、フラウスさんはまた「堅いねえ」と返した。



 どうなんだろうなあ。クロウさんの言ってることは正しいと思うけど、全面的な賛成もしかねる。だってねえ。



「まあ、占いですので、当たっているとは限りませんし、参考程度に思っていただければ~」


「それ占い師が言っちゃっていいの!?」


「占いは外れることもあるからいいんですよ~」


「なるほど……。って、なんか上手くごまかされた気もするなあ」



 む、クロウさん鋭い。



 私は当たってるんじゃないかって気がするけどね。



 例えばクロウさんの恋愛を見て欲しいと提案したネロさん。ネット恋愛にフランクな考え方を持つフラウスさん。あるいは三人の共通の知り合いの誰か。


 そうじゃないのかもしれない。全然関係ない誰かかもしれない。あるいはそんな人はいなくて、ただクロウさんが恋愛に興味がないことを示しているだけかもしれない。


 私たちはアバターを通じて会話している。アバターは私たちが自ら選択しない限り表情を変えたりしない。


 いま、誰がどんなことを感じて本当はどんな表情をしているのか。それは結局わからないのだ。



「面白かったよ。ありがとう。また寄らせて貰うね」


「はい~、ぜひまたお越し下さい~」



 恋愛ごっこか。ごっこ遊びならそれはそれで楽しいのかもしれないけれど、何かの拍子にどちらか本気になってしまうかもしれない。


 それは落としどころのない苦しい恋の始まりだ。


 相手にも中身の人間がいるのだ。ゲームの世界ではあるけれど、恋愛シュミレーションゲームとは違う。


 難しいな。


 でもこれはネットゲームの中で占い師をやろうとしたら、避けては通れない問題かもしれないぞ。




 クロウさんたちが去っていき、丁度入れ替わりで師匠が帰って来た。



『ただいま~』


『おかえりなさい~。今日も遅かったですね。お疲れ様です~』



 今日インしてたのは私だけだ。ギルドチャットに返事を返しすと、お店を占めて師匠の家へと飛んだ。



「ふあああ、コヒナさんおはよう~」


「おはようございます。今日も遅かったですね~。お疲れ様です~」



 このところ師匠は以前にも増して帰りが遅い。お仕事が忙しくてお疲れらしい。リアルでしているであろうあくびをこっちでも再現してくる。



「仕事もそうだけど、今朝変な夢、繰り返で見ちゃってさ~。上手く寝付けなかったんだよね」



 私は先日タロット以外にも何かできることがないかと思って夢占いの勉強を始めたところだ。だけど今の所よくわかってない。夢を解釈するというのはわかるとしても、そこから占いに、未来を見ることにに繋げるというのがいまいちピンとこないのである。


 前に師匠にもこのお話をしたのでネタを持ってきてくれたのだろう。ありがたく練習させていただくことにする。



「どんな夢ですか~?」



「車で職場に向かってるんだけど、急がなきゃいけないのに道が穴だらけな夢。んで俺、すごい焦っちゃってるの。ああ夢か、って起きるんだけど、気が付いたらまた同じ夢見てるんだよね」



 ふむふむ。人の夢の解釈は難しいけれど、これなら解ける気がするぞ。



「師匠、夢は願望を現すんです~」


「ええっ、俺、穴ぼこの道見て焦りたいと思ってるってこと!?」



 そうじゃないです。それどんな願望だ。



「いえ~。多分疲れていてお仕事に行きたくない夢だと思います~。お仕事にはいかなくてはいけないけれど、穴が開いていて行くことが出来ない。つまり仕事に向かうのを邪魔されたいんだと思います~。当たっているかはわかんないので話半分に聞いてくださいね~」


「なるほど、そっちが願望になるのか。でもそれなら素直にさぼって休んでる夢にしてくれたらいいのにねえ」



 全くその通りだと思う。夢の解釈は難しい。ストレートに見たいものを見せてくれるなんてことは無いのだ。


 これだってこのところ師匠がお仕事でお疲れだったのを知っているから出てくる解釈だ。そしてこんな風に夢の解釈を「当たっている」と言って貰ったとしてもそれは占いではない。


 ただの夢の解釈だ。


 まあ、「疲れているから休め」というアドバイスと解釈することはできるかな?



「無理しないで、今日はお休みになりますか?」



 師匠と遊んで貰えないのは残念だが身体を壊されるのは困る。この先には大事な予定も控えているのだ。



「んにゃ、お仕事終わったら元気だからだいじょぶ。明日遅いし。でもハードなとこじゃない方がありがたい、かな?」



 師匠がこんなことを言うのはめずらしい。本当に大分お疲れのようだ。



「大丈夫ですか? お休みになった方がいいのでは」


「ん~、多分今寝ても寝られないんだよね。少しネオデやって頭ほぐさないと」


「じゃあ、羊さんの毛を狩りながらお話しましょう~。私が護衛してあげます~」


「え、それは助かるけど。いいの?」


「はい~。聞いて欲しいお話もありますし~。それで眠れそうになったらお休みになってください~」


「ん、そっか。じゃあありがたく」



 ロッシー君の背中に乗せて貰って羊さんの群を探す。私のナンテーくんは今日はお留守番だ。ロッシー君の操作を師匠に任せながら、私は今日浮かんだ疑問を師匠にぶつけてみる。


 占い師なので相談の内容や占いの結果は他人に言ってはいけない。たとえそれがオープンチャットで冗談交じりに話された内容でも。


 だから、私は自分が疑問に思ったことだけを言葉にした。



「師匠は、ゲーム内での恋愛はどう思いますか?」


「どうというと?」


「ネオデの中で好きな人ができたとします。その好きは本物でしょうか?顔も知らない人に惹かれるのは、恋愛じゃなくて恋愛ごっこなんでしょうか?」


「難しいね。ダイレクトに答えを返すなら、『その人達次第』なんだろうけど」



 それはまあ、その通りだろう。


 師匠は丘の上にある大きな木の下でロッシー君を止めると、いつものようにその場で二人分の椅子を作ってくれた。ありがたく座らせていただく。眼下には雄大な湖が見える。ノドス湖だ。先日あそこに住んでいるヒドラにソロで挑み、手痛い敗北を喫した。いつかリベンジしなくてはならない。



「前提もいろいろだからねえ。まずネットの中、ゲームの中で完結するかどうかと言うのがあるよね。お互いがネットだけの関係と言う認識でいたら、少なくとも二人の間では問題ないよね?」


「うーん、はい」



 ちょっと納得がいかない部分もある。もしその片方、あるいは両方にリアルのパートナーがいたなら、それは浮気だと思うからだ。ゲームだと言っても携帯端末でやる恋愛シュミレーションと同じと言うわけにはいかない。


 でも、当の二人の間でと限定するなら、不服ながら問題はない。



「じゃあ、色んなゲームをやっていて、それぞれのゲームに恋人がいる人がいたとして、それはどう思う?」


「むむむ」



 どうなんだろう。先の例に従えば問題なし、とすべきな気もするけど。感覚的になんか嫌だな。そもそも感覚で行ったらさっきのも良しとはしたくないけど。



「あるいは、ネオデだけをやっていて、でもキャラが五人いて……」



 うわあ。



「師匠、よくそんなこと思いつきますね。密かに愛人とか作ってるんですか?」


「なんでだよっ! たとえ話だよ、たとえ話!」



 たとえ話にしても酷い。まあ、師匠にはそんなことできないだろうけどさ。



「そうなってくると、恋愛と呼んでいいのかどうか怪しいですね」


「相手の方もそれを承知で付き合ってるとしたら?」


「むむう」



 さすがに恋愛とは認めたくないなあ。でもその人たちにそれは恋愛ごっこですよ!なんて言っても仕方ないのは私にもわかる。その人たちに自覚があるにしてもないにしても不毛な論争だ。



「この例はそれこそ恋愛ごっこなんだろうけどね。でもさあ。遊びのつもりで本気になっちゃうのって、リアルでもよく聞く話じゃない?」


「むう。確かに」



 実感としては「知らんけど」なんだけどよく聞く話と言えばその通りだ。本気になってしまった方は自分だけを見て欲しくなる。




「次ね。リアルに発展する場合」


「はい」


「まず、これがいきなりノーにならないのは共通認識でいいよね?」


「はい。勿論です」



 人によってはこれがいきなりノーになる人もいるだろう。気持ちもわかる。でも私たちにはゲームから始まった恋愛で結ばれようとしている共通の友人がいる。



「じゃあ、ネットで出会った人に恋をしました。リアルで会ってみたら思ったような人ではなかったので冷めてしまいました。これは、本当の恋ではなかったからなのかな?」



 ううん?



「どういう意味でしょう?」


「付き合ってみたら思ったような人じゃなかったとか、素敵な人だったのに結婚したら問題点があったとかも良くある話じゃない? 百年の恋も冷めるなんていうじゃない。その時もそれまでの気持ちとかも嘘になるのかな」



「……」



「一緒じゃない? きっかけは何でもさ。リアルでもネットでも、よくわかってない人のことを好きになって、よくわかって来て嫌いになったり、逆に好きになったり。ブレーキばかりとも限らないかもよ。会ってみたら理想の相手だったりするかもだし。これは恋愛です、これはごっこです、とこっちがわけるのは難しいような気がするなあ」



 なるほど。ネットだからじゃなくて、リアルだからじゃなくて、ただ相手を知らないから。ただ相手を知ったから。




「惹かれたり惹いたりして、それを何て呼ぶのかはわかんないけどさ。そこになんて名前を付けるかはその人次第でないかな。それぞれ好きな名前で呼べばいいと思うよ」



 感心しながらログを読み直す。いいこと言うじゃないか師匠。ネット恋愛の相談を受ける時も説得力のある答えを返せそうな気がする。



 そうだ。出会ったことで嫌いになることばかりじゃない。



 気になっていた人と実際に会って、更に惹かれて、惹かれあって。その例を私は、私たちは良く知っている。


 ショウスケさんとブンプクさんの結婚式は後一か月ほどに迫っていた。お二人はその準備で忙しいらしくなかなかログインしてこない。


 なんと、その披露宴に私も招待されているのだ。リアルでお葉書を頂いて、出席でちゃんと出席で返事を書いた。ネットで調べたので「寿」の文字で「御」を消すとこまでバッチリだ。身内以外の結婚式に出席するのは初めてで、とても楽しみである。


 結構大きなお式になるらしいのだけど、新婦側—ブンプクさん側の友人として<なごみ家>のメンバーと猫さんが参加する。ブンプクさん側になるのは双方の友人の数のバランスをとる為らしい。


 お二人の晴れ姿を見るのは勿論楽しみだけど、他の方と会えるのも楽しみだ。




「…………。にょーん!」




 突然師匠が椅子を降りると右手を斜め上、左手を斜め下にして膝を付くいつもの変なポーズを決めた。


 はいはい。沈黙が流れてふと素に戻って恥ずかしくなっちゃったんですね。



「もう。素直に感心してたのに台無しです!」


「え、マジで? じゃあ今の無し!」


「手遅れです!」



 素直に褒めると師匠は照れてしまうからね。このくらいでいいのである。



「まあそれぞれとは言っても、中にはネット内で恋人になって、お金で苦労しているなんて話持ちかけるのもいるから、それは論外ね?」


「そんな人いるんですか?」



 びっくりだ。それを出だす方も、それに乗っちゃう方も。



「嘘みたいでしょ。いるんだなこれが。ネットの中であった人に、貴方にあって初めて私は真実の愛を知った、みたいなことを言われてね。でも今の恋人と別れることが出来ない。それにはお金が必要だ、なんてね。お金を貰ったらもちろん消えちゃうんだけど。20万円盗られたって話聞いたなあ」


「えええ。それ、訴えたりできないんですか?」


「できるのかもしれないけどね。裁判とかするには時間もお金が掛かるしね。でも一番大きいのは、騙された方が騙されたと思ってないことだろうね」



 お金盗られて相手が消えちゃっても後もまだ信じてるってこと?そんなことあるのかな。



「何故でしょう?」


「多分、嘘だと決めちゃいたくないんだと思う。もしかしたら、自分は真実の愛を試されているんじゃないかって、ずっと信じていたいんじゃないかな」



 訴えたりしたら、お金よりももっと大事なものを失ってしまうから。でもそれははじめから幻。からっぽの宝箱。


 ざりざりする。せっかくリアルのしがらみから解放される場所なのに、そんな話があるんだ。



「ひどい話ですね」


「コヒナさんも変な人に騙されないようにね? ネットでもリアルでも、簡単に人を信じちゃいけないよ?」


「大丈夫ですよ!」



 全くもう、子ども扱いしてからに。前にもこんなこと言われたなあ。




「これは抜きにしても恋愛がネットからリアルに発展するのは難しいよね。極端な話性別だってわかんないわけだし。俺達も今回あってみたら思っていた性別と違うなんてことも」


「でもリンゴさんは別として、ショウスケさんとブンプクさんは確定じゃないですか」



 お二人に関してはリアルのお名前も把握しているので間違いない。リンゴさんは逆の意味で確定。



「さすがにヴァンクさんとハクイさんはそのままでしょうし、わからないのは猫さんくらいですね」


「猫さんか。ううん? あんまり考えたことなかったなあ。そう言えばどっちだろう」



 考えたことないというのは正解かもしれない。べつに猫さんが男の人でも女の人でも困ることは無い。猫さんは猫さんだ。リアルで会ってもへー、そうだったんだと思うだけだ。



「私は猫さんは女の人だと思います」



 おっと失言。コレ猫さんに聞かれたらまずいぞ。こすられてしまう。訂正、女の猫さん。



「そうかなあ。普通に男だと思うけどなあ。尚特に根拠はない」



 普通にってなんだ。




「でもお話してればだいたいわかりますよー」



「そうかなあ。どうだろう。俺もこう見えて実は中身超絶美少女だからね」



「あははははは」



 気が付くともう大分遅い時間。きょうはここまでと言うことになった。


 羊さん探しを手伝うなんて言っておいて、結局長話に付き合ってもらってしまった。申し訳ない。


 ログアウトして寝る準備を始めた。



 結婚式が楽しみだ。みんなと会える。師匠にも会える。着ていくのはコヒナさんと同じ色のドレス。みんな、私だと気づいてくれるだろうか。


 猫さんは男の人かな。女の人かな。師匠と私で意見が割れたのでどっちだったとしても喜びそうだ。もし女の人だったら猫さんはきっと言うんだ。「おめーは見る目がねえんだにゃ!」って。そしたら一緒になって師匠を攻撃してやろう。


 ふふふ。



 師匠、どんな顔してるんだろな? そういやさっき超絶美少女っていってたっけ。ぶははは。


 超絶美少女って。


 実は女の子、とかならともかく―




 …………。




 えっ?



 あれ? えっ、嘘。


 ちょっと待って。それは困る。


 いや、別に困んないか。でも……。



 もし本当だったらどうしよう。




 冗談だよね? 師匠、男の人だよね?


お読みいただきありがとうございました!


味覚障害が出ました。インフルエンザでも出るんですねー。全部味が薄い感じ、特に酸味がよくわからなくて苦みは強く感じます。折角なので色々試したいのですが、何分体が動かないので家にあるもので試すしかありません。残念です。


とはいえ快方に向かっております。心配かけておりましたらすいません。


そんなわけで次回も張り切ってまいります。


また見に来ていただけたらとても嬉しいです。

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