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ジャスティス・キューティー 1

いらっしゃいませ!

ご来店ありがとうございます!

間もなく二月ですね。ネオデ世界はまだクリスマスです!

 親譲りのこの性格で子供の頃から損ばかりしている。


 そのこと自体はいい。


 構わない。損をするなら自分がいい。



 クリスマスイブの日。


 林田 正雪(はやしだ まさゆき)は自分の仕事を後に回して面倒な要件を三つほど片付けた。


 出来る事なら早めに帰って後輩のデビューを応援したいものだが、さて間に合うかどうか。


 幼い頃には悪いことをすれば(バチ)が当たると教わったが実際にはそんなことは無い。せめて悪人が死後に落ちるという地獄なんてものが本当に存在するのならいいのだが、それだって怪しいものだ。


 大人になってそんなことは理解した。まあだからと言って手を染める気にはならないが。



 だってそれは美しくない。



 雪の降る夜に生まれた自分に、清く正しく美しく、真っ白に生きて欲しいという願いを込めて両親はこの名を付けたのだという。


 正しくありたいとは思う。だが世界はそんな風にできていない。



 万引きしてきたという漫画本を読ませてやるというのを断ったらクラスで浮いた。


 いじめられっ子を庇ったら次のターゲットは自分になった。


 自分を殴れば見逃してやるとそそのかされた元いじめられっこはこぶしを握って自分に向ってきた。



 同じようなことを何度も繰り返した。



 でもそれは我慢できた。大したことではない。



 恐ろしいのは自分に良くしてくれたものが嫌な思いをすることだ。



 正雪自信を屈服させることが出来ないと知ればやつらは正雪の側にいるものを攻撃した。




 それは、堪えた。




 間違っていると感じても世界と折り合いをつけて行かなくてはならない。できるだけ目立たぬように生きていくしかない。そうしなければ優しいものが傷つくのだ。




「坂月さんこれ、あとでチェックを頼む」



 正雪は分厚い書類の束をどさりと同僚の坂月 双葉のデスクに置いた。



「えっ、あ、はい!」



 一瞬遅れて双葉が返事をする。



「早めに目を通してくれ」



 声のトーンを下げて突き放すように言い放つ。向かいの席では他の女性社員たちがこちらを見てこそこそと何か話している。大体内容は想像がつく。一瞥してやると慌てて目をそらした。無理もない。正雪の目つきは鋭い。人相が悪いと言って差し支えないだろう。



 会社と言う世界において仕事が出来るものは優れている。そこは間違いない。


 だがそれとは別に、できると見せかけることに長けた者がいる。


 仕事をしている振りが上手く、嫌なことは巧みに別の者に押し付ける。狙うのは頼みやすい者、断れない者、文句を言わない者。




 町を出たあの子や、この坂月双葉のような者だ。




 案の定終業時間になっても正雪の仕事は終わらなかった。要領のいい者達はとっくに帰ってしまっている。自分で選択したことだ。致し方ない。急いで帰ってもやることと言えばネットゲームくらいなのだが今日は少々特別な日だ。早く帰りたければ仕事を終わらせるしかない。


 ある種達観したような気持で仕事を続ける正雪の所に坂月がやってきた。先ほど渡したファイルを手にしている。



「林田さん、あの、この書類……」



「まだ残っていたのか。何か不備があったか?」



 出来るだけ冷たく聞こえるように対応する。どこで誰が見ていて、何が双葉の不利に働くかわからない。



「いえ、その」


「問題がないのなら早く上がるといい。もう終業時間は過ぎているんだ。無駄に残っているのは会社の不利益になる」


「……」



 正雪は自分が周りからどんなふうに見えるかよくわかっている。ただでさえとっつきにくい自分にこんな言い方をされれば大抵の女性社員は何も言い返せなくなるものだ。双葉のような気の弱い人間ならなおさらだろう。



「あの!」



 しかし声を大きくした双葉に驚いて正雪は顔を上げた。



「いつもありがとうございます! この書類も私の仕事だったのに」


「……君の仕事ではないだろう。この課に回された仕事だ」



 正雪が先回りして片づけた案件はそもそもが彼女に振られたものではない。この課に回された後、別の人物に振られた仕事だ。


 あれこれと理由を付けて押し付けられた仕事を彼女は断ることができない。


 嫌な顔をしないという理由でただでさえ上司から面倒な仕事を振られている双葉に、さらに自分の仕事を押し付けようとする者たちは狡猾だ。


 彼女たちは現場を見ていない上司からはよく気が付き仕事ができるという評価を受け、徒党を組んで生贄を選ぶ。


 気が付いていても正雪には何もできない。声を上げても何も変わらない。そこには女性同士の複雑な人間関係が絡み、自分が関わればかえって双葉の立場を悪くする。




「……すいません、ありがとうございます」


「礼を言われるようなことじゃない」



 何もできない自分に礼など言わないで欲しい。


 周りに気づかれぬように双葉の負担を減らすのが自分にできる精一杯だ。それだって役に立っているかどうか怪しいものだが。



「仕事が終わったのなら早く帰れ。このところずっと残業だろう」


「でも、代わってくれた林田さんが残っているのに申し訳ないです」


「……君が気にすることじゃない」



 これは親切ではない。贖罪だ。だが自身が優しい彼女には正雪の贖罪も優しさと映ってしまうのだろう。


 自分はそんな人間ではない。これは贖罪。あの時何もできなかったこと、今なお何もできずにいることへの代償行為に過ぎない。そもそも双葉に押し付けられた仕事の一つ二つを片付けた所で何が変わるわけでもないのだ。彼女たちの要求に際限などないのだから。



「あ、あの、林田さんは今日はこの後、何かご予定は……」


「友人と会う予定だが。まだ何かあるのか?」


「あ、いえ。すいません。そうですよね。そりゃそうですよね。あはは、あはは。何でもないんです」



 まさかまだ自分の知らないところで負担を強いられているのかと焦ったがそうではなかったらしい。ふう、と安堵のため息が出た。


 双葉は正雪から大量の仕事を押し付けられている。そんな状況を演出する茶番に多少でも効果があるなら幸いだ。多少でも双葉に押し付けられる仕事が減ればいい。



「お邪魔してごめんなさい。ではお言葉に甘えてお先に上がらせていただきます。彼女さんにも時間をとらせてしまってすいませんでしたとお伝えください。良いクリスマスを」


「……ありがとう。良いクリスマスを」



 そうだった。今日はクリスマスイブだったな。それで祭り好きの友人が張り切っているのだった。会う予定なのは彼女等ではなく友人とその弟子なのだが、わざわざ訂正するような内容でもあるまい。



 自分の仕事が片付くとかなり時間がたっていたが、もともと友人達のログインは遅い。問題ないだろう。クリスマスと言うこともあり飲食店はどこもいっぱいだった。腹も空いていたが夕食は家に帰るまでおあずけと言うことにしよう。



 外は既に雨が降り始めていた。この後段々と強くなるらしい。会社近くのコンビニエンスストアで傘を買い、駅へと向かう。


 帰りの電車は長蛇の列だった、


 ドアが開いた瞬間に、横から入り込んだものが乗客数に比べてあまりに少ない座席を占拠した。


 電車を乗り継ぎ最寄り駅に到着。ここから家までは歩いて15分程。


 駅前のケーキ屋でもクリスマスのセールをやっていた。店の外でアルバイトだろう店員が声を上げている。アーケードがあるとはいえこの寒空の下大変なことだ。この町にクリスマスを作っているのは彼らだろう。


 二つ目のコンビニに寄り、夕飯を物色する。一応「炭火焼き」とかかれた鶏肉の入った弁当を選択し、ちょっと迷ったが一緒にプリンを買うことにした。プラスチックの白い容に入った手ごろな大きさのものをよく見ずに手に取った。これくらいがちょうどいい。そもそも自分の為と言うより今日を楽しもうとする友人と後輩に敬意を払ったものだ。


 彼らがいなければ今日が何の日かを気にすることもなかっただろう。たとえ世の中の風景がいつもと違っていたとしても。



 レジに並んだが脇から割って入った者がいた。



 大したことではない。声を上げれば学生アルバイトであろう店員に迷惑がかかる。


 クリスマスの夜に勤務する彼はシフトを押し付けられたのかもしれない。あるいは仲間の為に自分からシフトを入れたのかもしれない。優しい者が割を食うのは嫌だ。


 袋に弁当を詰めてくれた店員にありがとうと声をかけ外に出たが、傘立てに置いた傘が無くなっていた。


 良く似た別のビニールが置いてあるが、店内には他に数人の客がいる。



 誰かが自分の元の間違えて持って行ったのかもしれない。だが。



 ふうとため息をつく横を別の客が通っていく。


 コンビニの出口で手に持ったままの傘をばさばさと振るとそれを差して出て行った。彼に悪気はあるまい。傘立てに傘をおいて入れば盗難の可能性がある。盗まれないよう持って店内に入るのは冴えたやり方。


 その程度の認識だろう。


 傘から落ちた雫が床を濡らして滑りやすくなること、事故が起きた時には店が責任を問われる可能性があることなど考えもしまい。濡れた床を拭くのはさっきプリンをレジ打ちしてくれた店員だ。



 ふう。



 再びため息を吐き出すと、傘を持たぬまま外に出た。



 家までは十五分程度。大した距離ではない。それほど濡れもしないはずだ。


 だが、この日の雨はやけに冷たく感じた。




 正しいとは何だ。




 万引きを自慢していたやつは今は役所で公務員として働いている。


 お小遣いを貯めていくのを楽しみにしていた本屋は潰れた。


 庇ってくれたあの子は町を出て、今はどこでどうしているかもわからない。




 なにが『正雪』。自分なんかに何ができる。




 ああ、寒いな。


 短い距離の間に雨は強くなっていき、服の中にも浸透してきた。


 むき出しの手がかじかむ。




 損をするなら自分がいい。


 損をするのは自分でいい。


 自分より優しい人が辛い思いをする世界は耐え難い。



 狡い者達は同時に巧妙で、こちらを加害者に仕立て上げる手腕に長けている。



 世界のルールを逆手にとって大きな声を上げ、被害者のごとく振舞う加害者にはうんざりだ。だがそれを断罪する術は現実にはない。


 暴き騒いでも何も起きない。周りを疲弊させ加害者の逆恨みを買うのがせいぜいだ。


 法に訴えるには時間と金がかかり、そこで勝利を手にしても元を取ることさえできない。



 結局泣き寝入りするしかない。


 それは自分には変えることのできない現実の「ルール」だ。




 ああくそ。寒いな。




 家に着くとすぐに風呂に湯を入れた。暖房をつけて、電気ポットで湯を沸かす。


 スーツを脱いでハンガーにかけている間に湯が沸く。


 濡れた服を脱いで白湯(さゆ)をそのまま飲んでいると部屋の温度が上がっていき、やがて風呂の湯も貯まる。


 温かい。この温かさは人の優しさが作り出したものだ。今もこの暖かさを守っている者がいて、それで世界は成り立っている。



 熱めに入れた風呂で身体を温めた後、買ってきた弁当を電子レンジで温めて食べた。



 今日のことが色々と頭をよぎるがとりあえずはここまでにしよう。折角帰ってきたのだ。遅くなってしまったが後輩の応援に行かなくては。



 買ってきたプリンを後回しにして冷蔵庫にしまうと、正雪はゲームソフト<ネオオデッセイ>を立ち上げた。



 ネットゲームはいい。



 その世界では、自分の正しさを主張することが許されている。


 正しくあろうとすることが許されている。



<ネオオデッセイ>ではエリアや条件は限定されるものの、暴力で人を断罪すること、純然たる加害者であることが許される。



 人を殺すことが許される。勿論それだけの力があればだが。



 正雪のアバターは毒を使う。



<ネオオデッセイ>のシステムでは毒はモンスターを倒すのには効率が悪く、アバターの構成スキルとして選択する者は少ない。毒が全く効かないモンスターだって存在する。



 だが毒は「人」(プレイヤー)を殺すには適している。



<ネオオデッセイ>では友に無礼を働く者に、有無を言わせぬ制裁を加えることが「ルール」によって許されている。



 それはリアルでは決して許されない「美しさ」だ。




「毒」は美しい。




 毒を持つ生き物は鮮やかな体色を持つ者が多い。


 美しい警戒色の身体で自分に害を成せば命を奪うと主張し、それでも攻撃してくるのであればその恐るべき力を容赦なく振るう。


 不思議なことに毒を持つ生物には驚くほど美味な物が存在する。毒がなければ瞬時に食らいつくされ世界から失われてしまうに違いない。


 彼らはその価値のある身体を毒で守っているのだ。


 毒を持っていても食われれば死ぬ。


 しかし同種が生き残り、その遺志を継ぐ。やがて捕食者たちの間には、あの美しい生き物に手を出してはならぬという認識が根付く。




 正雪のアバターは毒を使う。




 愛らしい見た目とは裏腹の、モンスターではなくプレイヤーを殺すことを目的としたスキル構成。




 この僕を、食えるものなら食って見ろ。




 正雪のアバター<リンゴ>は真っ赤な頭巾に身を包み、自分が「毒」であると主張する。




 友と後輩の応援に駆け付けるため、いつものように毒使いの<リンゴ>としてネオオデッセイにログインしようとして。



 正雪はふと、悪戯心を起こした。


お読みいただきありがとうございました!

次回はクリスマス終えられるといいのですが。


ブクマ、評価、誤字報告、いいね

大変励みになっております。

今後も張り切ってまいります!また見に来ていただけたらとても嬉しいです!

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