フェイトフルナイト 1
いらっしゃいませ!
ご来店ありがとうございます。世の中は新年も開けて久しいですがネオデ世界はまだクリスマスです。どうか温かく見守ってやってください。
都会のクリスマスと言うのは凄いものだ。
漫画とかでクリスマスの独り身は辛いみたいなのは見ていたけど、そんな事もないだろうと思っていた。メディアの大げさな煽り文句でしょうって。
そんなこと、あった。
どこもかしこも電車の中までカップルだらけでしたよ! なんで? 何処から出てきたの?理論的におかしくない?
けしからんですな。あっちこっちでいちゃいちゃしおってからに。 まったくクリスマスを何だと思ってるんだ。
いや、じゃあ何なんだって聞かれたらよくわかんないんだけど。
例に遅い時間の帰り。クリスマスイブだというのにこの日は一日中パッとしない天気で、家に着いた時には冷たい雨になっていた。残念ながら雪にはならないギリギリの冷たい雨である。
リアルで過ごす恋人たちにはちょっと残念なクリスマスイブかもしれない。
しかし私のクリスマスは安泰である。なにせ自宅でぬくぬくしながらクリスマスを満喫できるのだからね。勝ち組。間違いない。
ネオデの世界、<ユノ=バルスム>での私たちの仕事はモンスター退治だ。
この世界は過去に何度も終焉の危機に晒されていて、その爪痕は各地にあるダンジョンとして今なお残っている。
ダンジョンやそこから漏れだしてきた世界に終焉をもたらす「悪」がモンスターであり、「悪」に対抗する勇者として私たちはこの世界に召喚された。だからモンスター退治こそ私たちが為すべき事なのだ。
なのだけど、実は勇者たちはそればっかりをやっているわけでもない。
クリスマスイブの今日この日。
<ユノ=バルスム>をクリスマスにするのは世界を救う勇者であると同時にこの世界の住人でもある私たちだ。私たちがクリスマスを思い切り楽しむことでこの世界はクリスマスとなる。
そんなわけで私はこの世界のクリスマスを満喫すべく、私よりも更に遅くにログインして来た師匠と一緒にマディアの町へと繰り出すのであった。
私と師匠がホームタウンとして利用しているマディアの町もすっかりクリスマスである。
見慣れたはずの冒険者ギルドの屋根の上にも雪が積もり、ギルド前の広場には色とりどりの飾り付けがされた大きなもみの木が設置されていた。運営さんありがとう。お疲れ様です。
「わー、凄い人出ですねー」
「おー、ネオデもまだまだ捨てたもんじゃないな。流石クリスマスだねえ」
世の中にあれだけカップルが溢れているのだからネットゲームをしている人は少ないんじゃないかと思ったけどそんなことは無かった。寧ろいつもより賑わっているくらいだ。
日用品や装備品を売る行商人さんもいつもより多いし、それに加えてクリスマスのごちそうを売っている人やオリジナルのラブソングを歌う吟遊詩人さんまでいる。
そんなプレイヤーさんの店を見て回るのもプレイヤーさんたち。恋人らしき二人組、お友達同士、ギルドメンバーで連れだって。
彼らもまた、この世界にクリスマスを作り出していく人たちだ。
「ネットゲームでできた繋がりも人間関係だからね。クリスマスを<ネオデ>の中で過ごしたいって人はいっぱいいるよ」
そう。師匠の言う通り。もみの木も、クリスマスの飾りも、私たちのこの身体でさえもデータに過ぎない。それでもアバターを介しての人間関係だけは何処までもリアルだ。
今日までに私は占い師としての準備を着々と進めてきた。
見た目はこのとおり師匠の力で占い師っぽくなって、問題だったしゃべり方についてもブンプクさんの真似をすることで落ち着いた。語尾を伸ばした感じにするのだ。
ゆっくりしゃべってるように見えて神秘的です~。
最初はブンプクさんみたいに「~~」と付けてみたのだけど、ヴァンクさんから「ブンプクが二人いるみたいで怖いからヤメレ」といわれて一個だけにした。確かにブンプクさんが二人いたら怖いね~~。
町に着くと早速師匠は仕立て屋さんの近くの通路脇でお店の準備を始めた。以前ハロウィンでお店を出したのと同じ場所だ。既にサンタさんの服を着てやる気十分である。
師匠は服屋さんなので荷物がいっぱい。それらは全部物理法則を無視して師匠の後ろでいい子にしているダチョウによく似た大型の騎乗生物ロッシー君に括りつけられたバックの中に入っている。
私は大して荷物もないのだけれど、師匠の真似をして私の愛……。愛ナントカコントカのナンテー君を連れて来ていた。
師匠が出すお店の真似をして看板と椅子を設置して。
でもそこまでやって急に怖くなってしまった。
「師匠、ほんとに私なんかが占い師やっていいのでしょうか。免許とか持ってないんですけど」
「えっ、占い師って免許あるの?」
「いえ、どうでしょう。わかんないです」
どうしよう。これが分かんない時点で結構な問題じゃなかろうか。
「だいじょぶじゃない? 」
「でも外れたら怒られませんか?」
占いをする人と占い師は違う。考えてみれば今までは知っている人しか見たことがなかった。今日見る人は知らない人、初めて会う人だ。しかも占いをしてお金を頂くのだ。
「んー、怒られないとは思うけど。まあいろんな人がいるからなあ」
「そうですよね……」
占い師さんなのだから占いをしてお金を貰おうと思っている。そういうロールプレイがしたい。もちろん占い師として占い自体はしっかりやる。でも外れる事、私が読み違えることはきっとある。
占い自体が思ったものと違うという人だっているだろう。ゲームの中の仮想のお金とは言え皆この世界で頑張って時間を使って稼いだお金だ。納得いかないと言われたらどうしよう。
いや、そもそも占いなんてちゃんとやっていても文句を言われることだってあるかもしれない。
金額は負担のかからないように安めの価格に設定したし、師匠達のアドバイスに従って後払い制を導入することにした。でも。
うー、どうしよう。想像しだしたら嫌なことばかり浮かんでくる。やめちゃおっかな……。
「師匠、今日はやっぱり師匠のお洋服屋さんのお手伝いじゃダメでしょうか」
「んん? 構わないけど、どうしたの?」
「いえ、あのその……」
ううん。占い屋さんも怖いけど、あれだけ師匠と皆さんに手伝ってもらって準備して、やっぱりやめますも同じくらい怖い。
「あー。まあ、最初はね。無理しなくても」
師匠が言いかけたその時。
「ほう、占い師さんか。面白そうじゃないか。見て貰えるかな?」
そう声を掛けられた。
「hhy、はい!」
うわあ、めちゃくちゃ噛んだ。これじゃ師匠みたいだ。どうしよう凄い恥ずかしい。
『落ち着いて。お客さんからはしっかり占い師に見えてるってことだよ』
師匠から入ったメッセージにはっとする。そうだ。この人は私を占い師だと思って声を掛けてくれたのだ。きっと設置した看板を見てくれたのだろう。
「だいじょぶかい? 見て貰えるのかな?」
声を掛けてくれたのはアプリコットさんと言うオレンジ色のドレスを着た女の人だった。
「見ます!大丈夫です!」
「そう? なんだか緊張しているように見えるけど大丈夫かい?」
「大丈夫です!」
「そうかい? じゃあ私はどうすればいいかな?」
ああ、いけない。さんざん練習して来たしゃべり方が吹っ飛んでしまっている。
ええと、ええと、
『落ち着いて。だいじょぶだよ。ほらちゃんと待っててくれてるから』
師匠からのメッセージで気が付く。私が一人で焦っているだけだ。アプリコットさんは私を急かすことなく、次の言葉を待ってくれている。
すー、はー。
リアルの身体で深呼吸。おちついて、おちついて。ちゃんと練習も準備もしてきたのだ。
「大変失礼いたしました~。では、こちらにおかけ下さい~」
「はいよ。ところで見料はいかほどかな?」
見料なんて言葉知っているということはアプリコットさんは占いに詳しいのだろうか。ちょっと怖い気もするけれど、占いを楽しいと思ってくれる人である可能性も高い。
「500ゴールドになります。占いの後内容にご納得いただけたらのお支払いです~」
「ずいぶん安いな。それに納得出来たらとは良心的だね。よし。よろしくお願いします」
アプリコットさんはゆっくりと順番にまるで私を促すように話を続けてくれる。きっと師匠と同じようにお店なんかのロールプレイに慣れた人なのだろう。こちらが初心者なのにも気が付いているのかもしれない。そう思うとちょっと落ち着いてきた。
「ありがとうございます~。ではまずご説明します~。タロットでの占いです。何か気になることがあれば具体的なアドバイスもできます~。特になければ全体運と言う形で見ることもできます~。如何しましょうか~?」
「ふむ、タロットか。面白そうだね。じゃあ……そうだな。このところ何だか周りが急に色気づいてしまってね。自分だけ何もなくて肩身が狭いんだ」
「なるほど~。周りの方のことはおめでたいと申しますか~」
「ううん、そうだね。まあめでたいかな。そう言うの興味ないような奴らばかりだったんだけどなあ。なにせ周りは変人だらけでね。まさか一番まともなボクが取り残されるとは思っても見なかったんだ」
何だか聞いたことがあるような話だ。どこでもあるんだなこういうの。
「では、恋愛運を見てみましょうか~?」
「いや、恋愛運自体はあまり興味が……。そうだな。じゃあ、この先何かいいことがないか見てくれないかな」
「はあい、かしこまりました~。ではタロットを広げますのでしばらくお待ちください~」
アプリコットさんにそう断りを入れて画面から離れる。
パソコンラックから椅子のキャリーを使って、すぐ左隣にあるタロットカードとクロスのおかれた机に移動する。
すーはー。また昇ってきた緊張感を深呼吸でいなす。
でも、リラックスしてるだけじゃだめだ。集中、集中。なにしろこれは占い師としての初仕事。
カードをぐるぐると両手で混ぜていく。
アプリコットさんのこの先に起きる「いいこと」を見せて下さい。
満足するまで混ぜたら、ゆっくりと揃え一枚ずつ開いていく。
出たカードは
1枚目 正義 正位置
2枚目 貨幣の5 正位置
3枚目 聖杯の2 正位置
1枚目 正義 正位置
右手に剣、左手に秤を持った女神さまの描かれたカード。
正義は正義だ。正しいこと、公平さ、バランス。このカード自体を悪い意味に解釈することは殆どないだろう。でも他のカードの並び方によってはそうとも限らない。
2枚目 貨幣の5 正位置
雪の中を急ぎ歩く二人の人物が描かれている。どちらもボロボロの服を着ていて寒そうに見える。その上一人は怪我までしている。
貧困や不安定な生活、ストレスが多い等、苦しい日々を暗示するカードになる。
3枚目 聖杯の2
聖杯を持って向かい合う男女が描かれているカード。片方の手はそれぞれカップを持っているのだけど、もう片方の手は仲良くお互いの手を握り合っている。2枚目とはうって変わって明るいイメージのカードだ。
聖杯の2は良い出会いや新しい関係を示す。絵柄からは恋愛関係を想像しがちだがそればかりでもない。お仕事や趣味でのパートナーとの出会いや信頼できる関係の構築も意味する。
それぞれのカードを考察した後、改めて三枚のカードを眺める。三枚のカードはお互いに意味を補強して絡み合い、物語を作っているのだ。
さて、この三枚のカードはどんなストーリーを示しているのだろう?
頭の中で三枚のカードがぐるぐると回る。物語のイメージはできるのだけど、言葉にするのは意外と難しい。
悩みつつもパソコンラックに戻ると私の周りに人だかりができていた。
わあ、なんだこれ。
「ふむ、結構時間がかかるものなのだな」
「まあまあ、もう少々お待ちを。リアルでタロットで占っているからね。アプリみたいにぽんとはいかないさ。でもその分しっかり自分向けのお話をしてくれるのでね」
「なんと、リアルでカードを広げているのか。それなら時間がかかるのも仕方ない。期待しつつ大人しく待つとしようか」
お客さんであるアプリコットさんとうちの師匠が何やら会話しておりその内容を聞いた人たちが何だなんだと集まっているようだった。あちこちで「占いだってー」みたいな会話が聞こえてくる。
わあ師匠、宣伝してくれてるのかもですがやり過ぎです。また緊張してきてしまうじゃないですか。この大勢のギャラリーの中で「全然当たってないんだけど」なんて言われたらきついぞ。
タロットカード自体は外れないと思っているけれど、読むのは私であって私が間違えることは、まああるのだ。
お友達を占って見た時も、後になってからカードの示した物語の意味に気づくということはあった。そこで改めて説明するのも何だか言い訳がましい。
まあ伝えても怪訝な顔されるだけだけどね。あんまり覚えてない人が多いよ。折角当たったのになあ。いや当たってないのか。後付けの占いなんてね。
でもそんなときは大体私が相手に対して先入観を持っているのだ。カードを広げる前からチカちゃんだったらこんな占い結果だろう、みたいな。その先入観に合わせてカードを解釈するのは失敗の元だ。
先入観は持たない。でも主観、インスピレーションは大事にする。自分で物語を描きながらお話を聞きちょっとずつカードの意味を理解していく。
お話が具体的ならカードの意味は鮮明になっていく。逆に詳しくお話したくないお客様にはカードのイメージを伝え、一緒にカードの意味を考えていく。
そうすればそうそう見当違いの解釈にはならないはずだ。
「お待たせいたしました~。結果をお伝えしますね~」
「お、よろしくお願いします」
机を挟んで向かいに座ったアプリコットさんが頭を下げた。周りの見物のお客さんたちもざわざわしだす。「おーい、占い始まったぞー」なんて知り合いを呼ぶ声も聞こえる。
ざわざわざわ。
駄目だめ。集中!
何しろ占い師として初めてのお客様だ。大切にしなくては。占いはタロットを開いて終わりではない。占い師がお客様に伝えて初めて意味を持つのだ。
「一枚目のカード、ここは過去や問題の原因を表すカードが来ます~。出ましたのは正義と言うカード。右手に剣、左手に秤を持った女神さまが描かれています~」
ギルドの人たちを画面越しに占わせて貰って、向こうからはカードが見えないことに気づかされた。カードに何が書かれているのかを伝えるのは大事なことだ。そこから反応を引き出せることもある。それはタロットを正しく解釈するのに役に立つ。
「お、何だか良さそうなカードが出たじゃないか」
アプリコットさんは嬉しそうだ。つまりはアプリコットさんの正義のイメージは良いのだろう。
人によっては正義と言う言葉にいい印象を持たないこともある。正義と言う言葉によって傷つけられたことのある人達等はその例になるかもしれない。また正義と言う言葉を軽んじる人だっているだろう。
まあそんな人の時には1枚目に正義が出たりはしないだろうけどね。出るとしたら逆位置になるはずだ。
「このカードはそのまま正義を指します~。ここに出ているのはアプリコットさんは正義を大事にする人であることを指しています~」
「うん。まあ当たっているかな。でも大抵の人はそうなんじゃないかな?」
「そうですね~。そうかもしれません~」
そうかもしれない。でも、1枚目に正義が来る人は、アプリコットさんの言う「大抵の人」よりも正義を大事にしている人だと思う。
「2枚目は現在の状態を示します~。出ているのは貨幣の5 正位置。雪の中を歩く二人の人物が描かれたカードです~。どちらも粗末な服を着ていて寒そうに見えます~」
「あー、それが現在なのかい? だったら大当たりだ。雪じゃなくて雨だったけどね。帰ってくるときにちょうど降り出してね。おまけにコンビニで傘を盗られちゃったものだからびしょ濡れになってしまったんだ。ひどい目に遭ったよ」
大当たりだ、のあたりで見ている人達からおお、と歓声が上がる。ううん、確かに当たっているけど、きっとそう言う意味じゃないんだよなあ。
「なんと~。それは災難でしたね~。ひどいことをする人がいるものです~」
私が帰って来るときにも今にも降り出しそうだった。アプリコットさんが何処に住んでいるのかわからないけれど、今日は雨の所が多いのだろう。この寒さで雨に濡れてしまったら風邪をひいてしまいそうだ。
「まあ、間違って持って行ったのかもしれないけどね。ぼ……。私の傘は無くなっていたのだけど、傘立てに似たような傘が残っていた。あんなに寒いなら私も間違えた振りをして持って帰ってきてしまえば良かったよ」
アプリコットさんはそんなことを言う。占いを見ているお客さんたちからもそうだそうだと声が上がった。寒かっただろうなあ、可愛そうにとアプリコットさんを心配する声も上がる。
酷いことをするやつがいるものだ。ビニールがさなんてたいして違わないんだから持ってきちゃえばよかったのに。
でも。
「でも、それはアプリコットさんにはできないのではないですか~?」
「……できない? 何故だい?」
私の問いにちょっと間を開けてアプリコットさんが聞いてきた。聞かれたなら根拠を伝えなくてなくてはいけない。多分ご自身が一番わかっていると思うのだけどね。
「1枚目に正義のカードが出ています~」
「…………」
根拠を伝える私にアプリコットさんは沈黙で答えた。
お読みいただきありがとうございました!
嬉しいお話がありましたのでこの場をお借りしてお伝えさせていただきます。
倉名まささんの書かれているお話
「ココハ魔導学士のかえりみち」
https://ncode.syosetu.com/n6435fq/
大変読みやすくて描写が綺麗で、主人公のココハさんがなんだかとても親近感のわく方で私の大好きなお話なのですが、こちらの番外編「ココハとコヒナ」になんと緑の帽子を被った不思議な占い師さんが登場します!
倉名まささんからお話を頂き、是非書いてくださいと私からもお願いした形になります。
倉名さんは風景が頭に浮かぶような素敵な文章を書かれる方でして、コヒナさんも何だか美人さんになっております。おひょー////
是非お読みになってみて下さい―。
さて世界渡りの占い師の続きのお話ですが、明日公開させていただきます!
書いてましたら長くなってしまい二つに分けただけなのですけどね。
珍しくお待たせすることなくお届けできます。
見に来ていただけたらとても嬉しいです




