前夜祭 1
いらっしゃいませ!
ご来店ありがとうございます!
大分間が空いてしまいました。十二月は忙しいですねー。
十二月。
早いもので私が<ネオデ>の世界、<ユノ=バルサム>に来てから半年以上が過ぎていた。私もかなり強くなった。
一人でもレッサーデーモンやヤングドラゴン位なら倒せるし、師匠と二人ならこの辺は連続して狩るのに丁度手ごろな獲物だ。
ダンジョンによっては最下層までお供することもできる。もちろん一人でではなく、ギルドの方々や猫さんが一緒ならの話だけど、足を引っ張るだけの存在ではなくなってきている。
ギルド<なごみ屋>に所属するショウスケさんとブンプクさんのお二人は、私がギルドに来た日からおつきあいをしているので、こちらも半年を超えたことになる。
あの日の翌日に一応、と発表があった。
お二人としてはギルドのみんなには変に気を遣わず今まで通り接してというお話なのだけど、私としては初めて会ったその日に二人が付き合いだすと言うミラクルだったので今まで通りと言われても困ると言うか困らないと言うか。
他の方々も我が道を行く人たちなのでそんなに気を遣ったりはしていない。
なおお二人は半年がたった今もラブラブで、最近では金曜日や土曜日はかなりの頻度でショウスケさんはブンプクさんのおうちからログインしていたりする。
私的にはその都度確認してはうっへーいと騒ぎたいところなのだけど、ギルドの方々はみんな大人なので穏やかなものだ。なので私も騒ぐのはリアルの方の口だけにとどめておく。うっへ~い。
折角二人でいるのだからネオデにログインしなくても、とも思うけれどこれがショウスケさんとブンプクさんというお二人の在り方なんだろう。
言ってもログインしてない間はリアルでお二人で過ごしてるんだしね。うっへ~~い!
それにお二人が一緒にいてくれると賑やかになるし楽しい。戦力はかなり上がるし、ショウスケさんの剣の扱いは見ていてとても勉強になる。正しくは剣の使い方じゃなくて盾の使い方と言うべきか。守らなくてはいけないときには確実に守る。食らってはいけない攻撃を食らわない。これが大事。やっぱりドラゴンスレイヤーというのは伊達ではない。
他の人ももちろん強いし頼りになるし参考にもなるけれどやっぱり独特な戦い方をするのでそのままは真似できない。
我が師匠なんかその最たるものである。戦い方って言っていいかどうかわからないけど。
ただ、師匠の凄いところは全然強くないのにダンジョンの最下層であっても周りの足を引っ張るようなことはないということだ。それどころかパーティーは安定する。スキル構成がめちゃくちゃだから自分で戦うと言うことはできないけれど、これも強さの形の一つなんだということもわかってきた。ただ言っても師匠は喜ばないので言わない。
なので師匠が撤退と言った時は即座に撤退だ。そんなに焦らなくてもと思って遅れると大変なことになると言うのは半年の間に身をもって学んだ。
師匠の逃げ足は速い。自分でも逃げ足だったらユノ=バルスム随一だと珍しく自慢してたくらいだ。師匠スタイルでユノ=バルスムを生き抜くには必須のスキルなのだろう。一人だったら絶対死ぬ状況でも師匠の後をついて行けば逃げおおせるから不思議なものだ。
そんなわけで弟子の私も最近は引き際と逃げ足に関してはちょっとしたものである。
でも師匠、逃げる時わざわざ叫びながら逃げるんだよね。
わーとかあーとかタスケテーとか。
それ見てると結構余裕あるように見えるんだけど、師匠のたまわく、
「叫んでたら見かけた強い人が助けてくれるかもしれないじゃん」
実際に助けて貰ったこともあるので正しいんだろう。手を貸そうとすると狩りを邪魔したと嫌がられることも多いので、助ける方も助けていいかどうかわからないらしい。
それでも逃げられない、誰も助けてくれない時には師匠は潔くぎゃああああ~とか断末魔の叫びをあげながら殺される。
師匠が死んだら数秒後に私の番。師匠が死んでしまうような状況で私が生き残れるはずがないのだ。師匠にならって断末魔の叫び声をあげた後、二人仲良く幽霊になって蘇生してくれそうなNPCやプレイヤーさんを探して彷徨うことになる。
その師匠は最近いつにも増して走り回っている。師走とはよく言ったものだ。
これは別に何かから逃げているわけではなく、リアルのお仕事が忙しくてログイン時間が少ないのと、十二月にあるビックイベント、クリスマスの準備の為だ。
クリスマス周辺の期間に運営さん主体のイベントというのはあるらしいのだけど、師匠はそれよりも自分でやるお洋服屋さんの準備に忙しいのだ。マディアの目抜き通りに露店を出して、サンタクロースやトナカイといったクリスマスのコスプレ衣装を販売するのである。
流石師匠。やることが人と違う。痺れも憧れもしないけど感心はする。
師匠は十月のハロウィンの時も同じようなことをやっていた。
ミイラ男、吸血鬼、ゴーズト、魔女、黒猫娘。
それになんていうのかな、カボチャ頭の妖怪。妖怪? モンスター?
そんなハロウィンに因んだモンスターたちになれる仮装師匠を露店で売ったのである。
黒猫娘の服は猫さんがなにやらぶつぶつ文句付けていたけど買っていた。そして着ながら尚もぶつぶつ文句を付けていた。例のアレである。ちなみに大変よく似合っていた。師匠は「気に入って貰えて何より」等と言って猫さんを怒らせていた。例のアレである。
悪魔の服は普通に可愛かったので私も一着買った。蝙蝠の羽が生えた悪魔娘。露出少々低めのテレジアさんだ。ハロウィンの日以外で着られないのがちょっと残念。
テレジアさんのまんまの格好はプレイヤーの服では再現できない。ちょっと町を歩いてはいけないレベルだからね。NPCのガードさんに捕まってしまう。いや捕まんないかな。パンツ一丁で歩いてても平気なんだからな。
師匠は部分的に肌色に染めた服を使えば完全再現できると言っていた。実験したんだろう。師匠はテレジアさん大好きだからな。ムッツリスケベだし。
ネオデは過疎化が進んでいるとハクイさんは言っていたけれど、それは過去の全盛期に比べればと言うことで、全盛期を知らない私には過疎には見えない。マディアの町や効率の良い狩りスポット等、場所によっては結構人が多い。
ハロウィンの師匠の服屋さんもそこそこ繁盛していた。ただ繁盛と言っても利益はない。ただの服だからね。防御力その他のステータスのついた服とは違って高い値段は着けられない。一着一着作って染めての手間は結構なもので、その辺を考慮すると売れれば売れるほど大赤字だ。
まあ師匠が好きでやってることなので特に問題はない。
私も日頃の感謝を込めてちょっとお洋服を作るお手伝いをした。師匠がぽんぽんと作る服を言われた通りに染めていく役だ。気分は工場制手工業。世界史の授業で習った奴。学校の勉強はどこで役に立つかわからないね。
こうして出来上がったものを着てみるとそれなりにお化けに見えるところがまた師匠の凄いところだ。服のグラフィックの種類もそんなにあるわけじゃないのにね。
バケツのようなクローズヘルメットをオレンジに塗ったものだって二百歩譲って想像力で補完すればカボチャに見えなくもない。
カボチャ頭はともかく、他のモンスターはなかなかのものである。流石師匠!と褒めると嬉しそうにふんぞり返っていた。流石師匠、ちょろい。
同じことをクリスマスにもやる。ただし、ハロウィンに比べて手間は数倍に跳ね上がるのだという。
というのも、ネオデではお洋服は染物屋さんで染料を買ってくれば自由に染められるのだけど、普通じゃない色が何種類かあるのだ。道具屋さんの染料に比べてツーランクくらい鮮やかな赤とか、グレーっぽくない漆黒、輝くような真っ白、さらには金色、銀色。
これらの色の染料は<クリーピーダイ>、通称<ダイ>というプラント型のモンスターが持っている。
ダイというのは染料の事なので、クリーピーダイは這い回る染料とか気味悪い染料みたいな意味だと思うんだけど、なんとも人間目線のネーミングだ。でも動物の名前ってリアルでもそういうとこあるよね。
クリーピーダイは落とす染料の色をした花を付けているのだけど、何色のダイが沸くかはランダムなので赤が欲しいと言うときには赤が出るまで延々とダイを狩り続けるのだ。
そしてこの赤をクリスマスには大量に消費するのである。
師匠どや顔で曰く「まさに染めるのが大変」。
多分去年とかに思いついていつか言ってやろうと楽しみにしてたんだろう。でもこれって伏字にしないといけないのかなあ。
道具屋さんの染料でも少々発色は悪いものの赤く染めることはできる。コスプレ衣装なんだしそれで十分じゃないかと思うのだが師匠的にはクリスマスの赤はこれじゃない、と言うことになる。
まあ変なこだわりは師匠の師匠たる所以なので仕方がない。
そんなわけで師匠はこのところマディアの湿地帯でダイ集めをしているのだ。
植物モンスターのいっぱいいるダンジョン<モグイ>まで行けば効率のいいクリーピーダイの沸きポイントがあるんだけど、他の強力なモンスターも流れてくるモグイで狩りをするのは師匠には無理だ。なので広い湿地帯をロッシー君に乗りながら走り回ってダイを狩って歩くことになる。
しかし湿地帯とは言え沼スライムを殺さないファイアーボールを放つ師匠が一人でどうやって狩りをするのか。
実は師匠の連れているジャイアントナントカコントカのロッシー君はかなり強いのだ。魔法には弱いらしいけど、攻撃力だけなら今の私と同じくらい。
ロッシー君の足すっごいもんね。ダイやゴブリン程度なら何体いても文字通り蹴散らしてしまう。
私が初めて師匠に会った時、ロッシー君を連れて来た師匠が心配していたのはマスターである師匠やサブマスター登録された私にゴブリンの矢が当たり、怒ったロッシー君がゴブリン達を皆殺しにしてしまうことだったのだという。
師匠の攻撃力が弱いのは結局本当だったけど、あの時点でゴブリンを倒すことは容易だったのだ。
じゃあなんでしなかったのか、何が悪いのかと言うと、なんか恥ずかしいとかそんな感じだそうだ。そういうのは俺のキャラじゃないしもにょもにょもにょ。
RPGゲームでゴブリン退治が「なんか恥ずかしい」ってどういうことだと思うけど、師匠はNPCになりたいと変人なのでしかたない。
もともと指輪を全部外せばゴブリンやクリーピーダイは余裕なんだけど、それは言わない約束だ。
でもクリーピーダイ狩りでロッシー君使うのはありなんだよね。同じじゃないんですか、と聞いたけど師匠的には全然違うとのことだ。何が違うんだろうね。
まあ師匠のような変人の考えてることを私のような一般人が理解できるわけはない。
こうして十二月の師匠は染料集めのために走り回っているのだけど。
何を隠そう、染料集めなら今や中級戦士である私はお手伝いとして大変役に立つのである。
師匠は気にしないで好きなことやってていいんだよ等と言っていたけど、貯まりに貯まった日頃の借りを返す大チャンスを逃す手はない。
それに師匠はリアル幸運値が低いと言うか残念と言うか面白い人なので、何故かダイの中でもレアリティーの高いはずの金だの銀だのばかりを引き当ててきて、肝心の赤がなかなか出ないのだ。私のリアル幸運値は高いのでこの辺りもポイントが高いと思う。
尚十二月にはクリスマス当日とは別に、二十二日に<ナゴミ屋>&<わくわく動物園>の合同クリスマス会がある。
クリスマス当日はご家庭もある人もいるし、リアル事情もあるし。若いお二人は若いお二人で忙しいのでギルドでの活動はない。そこでみんなが集まれる日ということで二十二日が<なごみ屋>と<わくわく動物園>の合同クリスマスの日として決まったのだ。
ワクワク動物園は猫さんの所属するギルドだ。でも現在活動しているメンバーは猫さんだけなのだそうだ。
猫さんはほぼ<なごみ家>のメンバーだけど、でもシステム上の正式なメンバーではない。
「オレが抜けると動物園が無くなるからにゃあ」
猫さんは<わくわく動物園>のメンバーが返ってきた時の為にギルドを守っているのだそうだ。長いネオデ生活の中で、師匠たちと同じように猫さんにも色々なことがあったんだろう。私もネオデを続けて半年になる。その感覚もわかるようになってきた気がする。
私のお仕事も最近はやっぱり忙しい。疲れて帰ってくるのは誰もいない部屋。でも。
パソコンを付けてログインして、ギルドチャットに話しかける。
「ただいまーです」
「お、コヒナさんおかえりー」
「おかえり」の数は日によってまちまち。みんな忙しいのだ。その理由は様々。リアルの用事だったり、強敵と戦っていて手が離せないからだったり。
「ただいまー」
「おかえりなさいー」
ただいまの数も日によってまちまち。こちらもお返事が返せるとは限らない。なにせ悪魔や竜といったモンスターたちがわんさかといる世界なのだ。
「お、今日は割と人数そろったね。猫さんもいるみたいだし、どこか行こうか」
「はい!」
こうして十二月は、ネオオデッセイの世界でも慌ただしく過ぎていく。
お読みいただき、ありがとうございました。
次回はさほどお待たせしないはず、はず。
寒くなってまいりました。皆様もお忙しいなかと思います。どうぞお風邪などひかれませぬよう。
また見に来ていただけたらとても嬉しいです。




