NPC
いらっしゃいませ。ご来店ありがとうございます。
本日もよろしくお願いいたします。
「ぐはあぁああああああああ!!!」
私の隣でヴァンクさんが断末魔の悲鳴を上げる。
私とヴァンクさんは黄金の竜<セルペンス>の吐く炎によって消し炭になった。
すぐさまハクイさんの魔法とスキルによって私とヴァンクさんは蘇生される。
ハクイさんの二人同時蘇生って意味あるんだな。
師匠とリンゴさんのサポートで荷物を回収した後、第二階層のゲート発動可能区域まで撤退。我々は無事ダンジョン<トイフェル>からの脱出を果たしたのであった。
ぶはああああ~~~、疲れたああ。何もしてないけど! 私何もしてないけど!
「ヴァンクさんすいませんでした」
「ん? 何がだ?」
「あの、ブレスに巻き込んでしまって」
ヴァンクさんの防御力は低い。だってパンツしか穿いてないし。だからセルペンスのブレスを受ければまあ死んでしまうと思う。
でも、それはブレスを受けてしまえばの話で。
私が迂闊に近づいたりしなければヴァンクさんがブレスを受けることは無かったはずだ。
ヴァンクさんは本来のスタイルでセルペンスを倒したことは無いと言うお話だったけれど、「初手のブレスを受けない」はドラゴン退治のセオリー。鎧を纏えばあの黄金竜を一人で退治できると言うヴァンクさんが、むざむざ初手のブレスを受けるわけはない。
「ああ、なんだそんなことか。ネオデは死んでなんぼよ。気にすんな」
「ありがとうございます」
ヴァンクさんは私が死ぬのを予見して一緒に死んでくれたんだろう。セルペンスにあう直前に宣言していた通りに、わざわざ断末魔まで上げて。
私が一人で死なないように、今日が楽しい思い出になるように。
もちろん<辻ヒーラー>ハクイさんや師匠、リンゴさんがサポートしてくれる前提ではあるだろうけど。
蘇生してくれたハクイさんも、声上げてる暇があったら逃げなさいよ、とヴァンクさんにぶつぶつ言っていたけれど、私たちが死んだ直後に詠唱・発動に時間のかかる蘇生魔法と蘇生スキルを同時に発動させたあたり、全部予測通りなんだろう。
死んでしまってごめんなさいとか、巻き込んでしまってごめんなさいなんていうべきではないんだろうな。
「皆さん、ありがとうございました。とても楽しかったです!」
「おう、面白かったなあ」
「また一緒に行こう。次はもう少し軽めで毒が効くやつがいいな」
「セルペンスにもいずれリベンジしないとね」
そうだ。最強は目にすることができたけど、倒すなんてのはずっと先の話だ。その前に倒さなくてはいけないモンスターはたくさんいる。とりあえずヤングドラゴンくらいは何とか出来るようにしないと。
「はい! 頑張って強くなります!」
大分遅い時間だったのでハクイさん、ヴァンクさん、リンゴさんはここでログアウトとなった。
私はこのところ遅い時間帯の勤務に当てられることが多いのでもう少し大丈夫。
帰り時間が遅くなるのはちょっと疲れるけれど、朝の満員電車に乗らなくてもいいのはありがたい。上京から二か月たった今でも満員電車は苦手だ。乗れなかった!っていうのは流石になくなったけど。
それにネットゲームをするには遅い時間の方が都合がいい。一人で稼ぎに出かけるのもいいし、実は師匠も結構遅くまでいることが多い。
この後も何処か行きたいと言えばたぶん連れて行ってくれるだろうけど、今日は聞いてみたいことが沢山あるのだ。竜を退治するにはどうすればいいか、次に私が戦うべきはどんな相手なのか。
スキルや装備のことも聞きたいけれどまず最初に。
「師匠、師匠。ヴァンクさんが裸パンツな理由って何なんですか?」
「えっ、裸パンツって何!?」
「ヴァンクさん裸パンツじゃないですか」
「いや、裸パンツって裸なのかパンツなのか……。まあいいかどっちでも」
そのとおり。裸パンツなのか筋肉パンツなのかその辺はどうでもいい。問題はなんでかということだ。理由なんかないんだろうなと思っていたけど、師匠は何か知っている様子だった。
「ううん、裸パンツの理由……? いや、理由なんかないんじゃない?」
ちょっと待てい。
「さっきヴァンクさんに、『お前が服を着ない本当の理由、俺はわかってるから』みたいなこと言ってたじゃないですか!」
「言ってないよ!? 何、そのセリフどこから出てきたの!?」
これは師匠得意のとぼけ癖だろうか。
「言ってたじゃないですか。ヴァンクさんが他のゲームで裸になって怒られた、って話してくれた時に」
それを聞くと師匠は頭に手を当てて悩むポーズで考え込んでから、ぽんと手を打った。何か思い出したらしい。しかし師匠、芸が細かいな。
「あー、なるほど。言ってないけど、コヒナさんが何のことを言ってるのかは分かった。それは意味が違うよ」
「と、いいますと?」
「俺が言ったのはね、ヴァンクが服を着ない理由を知ってるんじゃなくて、服を着たくない気持ちがわかるっていうことだね」
「えっ、師匠も服着たくないんですか!?」
リアルでは裸パンツでいるのが好きだとか?
「違うよ!?」
違うのか。
でも服を着たくない気持ちがわかるって言ったらそう思われても仕方ないと思いますよ。それに大学の時も飲み会で服脱いじゃう先輩とかいたので理解はあるつもりです。
師匠はまた悩みポーズになると、うーんとうなってからゆっくり話し出した。
「ネットゲームのアバターって凄く自分なんだよ。なんて言うんだろうな。この世界に長いこといるとさ、できていくんだ、自分っていうものが。自分のプレイスタイルが自分でも抗いがたいものになってくんだよね。アイデンティティーっていうのかな」
ふむ?
急にまじめな話を始めるものだから頭がついて行かない。
「つまりずっと裸でいると裸でいたくなってくると言うことですか?」
「うん。まあ、裸もそうだけど。<辻ヒーラー>、<骨董屋>、<ドラゴンスレイヤー>みたいな誰かがつけた名前もそうだし、<狂戦士><毒使い>みたいな自分のプレイスタイルに自分で付けた名前もだけど、意外と自分を縛るんだよね。此処にいる間はそうありたいって思うようになるんだ」
わかるようなわかんないような。
「わかりやすい例だと、魔法使いだった人は他のゲームに行っても魔法使いでありたくなる。そこが魔法使いという物が存在しない世界だったとしても、それに似たものとして自分を定義したくなる。特にヴァンクみたいな変わったプレイをしてると、他の自分の姿をイメージしづらいんじゃないかな」
わかりやすいようなわかりにくいような。
「あー、伝わんないよなあ。続けてたらわかってくるよ。てかかなり暑苦しいこと語ったな。ごめん流して」
ヴァルキリーコヒナが楽しいけれど魔法使いや魔物使いにもなってみたい私にはまだ理解できないお話なのかもしれない。
しかし師匠がこの世界のお話とかシステムの事じゃなくて師匠自身が思ってることをこんなに長く話してくれたのは初めてじゃないだろうか。
「師匠もそうなんですか?」
「うん?」
「師匠も、NPCでいたいからNPCなんですか?」
自己紹介の時も言ってたし、前にも聞いたことがある。冒険に出かけないときはNPCみたいな恰好してるし。
「あー、きっとそうなんだろうな。いたいって言うか、いやうん。きっとそうなんだと思う」
「それは何故ですか?」
師匠にはヴァンクさんが裸パンツでいたい気持ちはわかってもその理由はわからない。でもこの質問には答えられるはずだ。
きっと私はこの日、少しおかしかったんだと思う。普段聞かないようなことを聞いたし、普段言わないようなことを言った。セルペンスに会って興奮していたのもそうだけど、ショウスケさんとブンプクさんの二人のことがあってちょっと浮かれてたのかもしれない。
そして、それにしっかり答えてくれた師匠も、もしかしたらそうだったのかもしれない。
「ううん、これもうまく言えないんだけどさ。俺はリアルって神様がやってるネットゲームだと思ってるんだよね」
「リアルがネットゲーム、ですか? このネオデみたいな?」
「うん。そうそう」
神様がやってるゲーム。神様が私たちを動かしてるってことかな。
「私がお仕事から帰って来て、ログインしてコヒナさんになるみたいな感じで、神様がログインして私になってるってことでしょうか?」
私たちは神様がこの世界で過ごす為のアバターで、もしリアルで死んじゃったりしたら、神様の世界で目を覚まして「お疲れ様」って言われるみたいな。
何かの漫画で見た気がする。その感覚はわかる。この世界は私たちの為に誰かが作ったものかも、と言う想像は私もしたことがある。
「いや、そうじゃなくって。神様が動かしてるプレイヤーってのは俺達とは別にちゃんといてさ」
師匠はちょっと間をおいてから言った。
「俺達はNPCなんだよ」
……。
私たちはこの世界のNPC。
それは私がさっき考えたことと、似ているようで全く逆のことだ。私たちが生きるこの世界は神様が楽しむためのもので、私たちの為に作られたものではない。
……だから、私たちは。
わかる気がした。凄くわかる気がして、何だか少し怖いような気持になった。
「あ~、また変なこと言っちゃったなあ。忘れて忘れて」
私が黙ってしまったのを師匠は何か勘違いしたみたいだ。
「それが師匠がネオデでNPCをしてる理由なんですか?」
師匠はまたううん、とうなってから答えてくれた。
「理由って言うとおかしいけどね。さっきの例で言うと、リアルでNPCをやりすぎてここでもNPCになっちゃう感じ? NPCの店員さんとか、めっちゃ親近感沸く」
師匠はまた冗談めかして言ったけれど、私はいつも同じ道を通って通勤する自分と、いつも同じところにいるNPCの店員さんを重ねてしまってちょっとだけ心がざりっとなった。
「自分でも変な考え方だとは思うよ。ネオデでは間違いなく主人公なわけだから思い切り主人公すればいいんだけどね。うちのメンバーみたいに」
そう言われてみると、<なごみ屋>のメンバーはみんな変人だけれど、すごく主人公してるのかもしれない。
「俺、主人公の隣にいる重要な脇役に憧れてるんだよね。NPCから脇役に昇格するの。主人公の所に『て~へんだ~! て~へんだ~!』って物語のきっかけを持ってくるみたいな。リアルだと脇役にもなれないからさ」
師匠の変な行動の意味が分かったような気がした。
「師匠はネオデが大好きなんですね」
ネオデは私や他の人にとっては主人公になれる場所。でもこの人にとっては、主人公の近くにいられる場所。
「うん、まあね。俺くらいこの世界を楽しんでるやつはそうはいないと思うよ」
自分のことをNPCだなんていう人は、そう言って誇らしげに胸を張って見せた。
「コヒナさんはこの世界が楽しいかい」
「はい! もちろんです! 師匠のお陰です!」
「うん、それ、嬉しくなっちゃうからほどほどにしといて。調子に乗ってしまう」
きっと本当に嬉しいんだろうな。
「皆さんそうなんじゃないですか? 猫さんも、<なごみ屋>の方々も師匠のこと大好きじゃないですか」
「やめてやめて。駄目駄目。喜んじゃうから ////」
師匠はまたマイブームらしいへんな顔文字? を出して伸ばした手をぶんぶんと振って見せる。芸が細かい。
「みんな自分の世界を持ってる人たちだからね。俺に付き合ってくれてるだけさ」
「そんなこともないと思いますけど」
自分の世界を持ってる人たちが師匠に付き合うのは、師匠がその人の世界を大事にするからだろう。
「今日のショウスケさんとブンプクさんの事だって、師匠がこのギルド作ったからこそじゃないですか。二人ので会うきっかけを作ったのは師匠ってことでしょう?」
「いや、俺がギルド作ったってわけじゃないからね。ギルドできた時とりあえずリーダー、ナゴミヤでいいか~ってなっただけで。今日の事ならコヒナさんのほうがよっぽど凄いでしょ。大当たりだったもんね。俺もうどうなるのかってドキドキもんだったよ」
師匠は自分だけショウスケさんの気持ち知ってたんだもんね。そう言えば占いの間師匠全然しゃべんなかったっけ。
当たったのは嬉しいけど。でもなあ。
師匠のしたことと比べることはできないと思う。
「あれは占いですからね。私が何かしたというわけではないですから」
「ん? どういうこと?」
「占いですから、してもしなくても変わんないですよ」
「だって現にコヒナさんの占いがあったから二人の仲が進んだわけじゃない?」
「違いますよ。占いなんかしなくったってこうなりましたよ。偶々そのタイミングで占っただけです。後押し程度にはなったかもしれませんけど、いずれ占いなんかしなくたってお二人は結ばれたはずです」
だって占いだもの。
皆ほんとうは気が付いていることを言葉にしただけ。
だから占いをしてみると、皆口をそろえて言うのだ。
「すごい、当たってる!」って。
気づいてないなら 誰も「当たってる」なんて言うはずない。
「そうかなあ。俺としてはちょっと怖いくらいだったんだけどなあ。当たったのもそうだけど、コヒナさんが占うの見てたらなんか運命の分かれ道に立ち会ってる感じしたもん」
これはさっきの逆襲なんだろうか。照れてなどやるものか。絶対 //// なんて打たない。
「凄いと言われるのは嬉しいのでどんどん誉めて下さい。でも二人が会ったこの場所を作った師匠の方がやっぱりすごいですよ」
「そうかな。それは……。嬉しい……かな。ちょっと怖い気もするけど。幸せになって欲しいね」
「こんなお話ってホントにあるんですね。ネットゲームで知り合ってそこから恋が始まるとか、凄い話じゃないですか?」
「まあ、今回は確かにね。二人は付き合いも長いし。でも犯罪もあるからね。良く知らない人を簡単に信じてはいけないよ」
「やっぱりあるんですか? よくニュースでは聞きますが」
「うん。いや冗談抜きにね。ネットゲームで知りあった人にお金貸してその後音信不通って話、経験者から直に聞いたこともあるからね。コヒナさん、変な人に騙されないでよ」
また師匠の過保護癖が出た。師匠は私を一体何だと思ってるんだ。
「大丈夫ですよ。それとも私が簡単に騙されそうに見えるんですか」
「…………」
「なんか言って下さいよ!」
失礼な。こう見えて自立して一人暮らししてる大人の女なんですよ。ほやほやですけど。
「ネットだから危ないってもんでもないんだろうけどね」
さらっと話そらしたな師匠。
「良く知らない人を簡単に信じちゃいけない、だね。リアルでもネットでも変わらないか」
なるほど。それはその通りだ。
ネットで知り合った人を信じて犯罪に巻き込まれた人だって、相手のことを良く知らないとは思ってなかったんだろうし、リアルの古くからの友人に騙されて借金を背負わされたなんて話もよく聞く。
でもブンプクさんの家にアレが出た時にはブンプクさんは来てくれるって言うショウスケさんのことを信用した。緊急事態とはいえなかなか勇気のいる決断だろう。結果的には大正解だったわけだけど。
良く知らない人と良く知ってる人の差ってなんだろうな。
リアルで知ってる人でも会社の人をおうちに入れるのは抵抗がある。というか無理だ。二か月位の付き合いはあると言っても良く知ってるとは言えない。
逆にネットの知り合い。一か月位の付き合いになる師匠だったらどうだろう。
私が師匠のことを良く知っているのかどうか、それはわかんないけど。
でもなんとなく師匠なら平気な気がするな。今日は少し師匠の事知れたような気もするし。
「師匠師匠、師匠はうちにアレが出たら助けに来てくれますか?」
試しに聞いてみたら師匠は右手を斜め上、左手を斜め下にして膝を付く変なポーズを決めながらびしっと答えた。
「絶対に嫌だ!」
ひどい。
断るにしても何かもっともらしい理由をつけるべきじゃないだろうか。私が傷ついたらどうするんだ。
というかそのポーズもなんなんだ。師匠のことだから漫画か何かの決めポーズなんだろうけど。
「そこは行くよ、って言って下さいよ。私取って食ったりしませんよ?」
「いや、そう言うんじゃなくて……って何、取って食うって!?」
もののはずみです。深い意味はないので流してください。
「じゃあなんで来てくれないんですか!」
「だって……。俺、ゴキブリ怖いもん」
……。
師匠は変なポーズのまま情けないことを言った。
そっかー、怖いかー。
それなら仕方ないな。
「師匠師匠、もし師匠のおうちにアレが出たら呼んで下さい。助けに行ってあげます」
「うん、ありがとう。助かる」
師匠は変なポーズのままぺこっと頭を下げた。
何か釈然としないが物はあるが、とりあえず信用はされているようだった。
お読みいただきありがとうございます。
////などの顔文字、縦書きで読まれている方には見にくいですよね。すいません。
私自身縦書の方が文章読みやすいのですが、チャットでの会話の雰囲気を盛り込みたくて使っております。お手数ではございますが想像で補完していただけると幸いです。
こぼれ話
漫画の「魔法騎士マーク」は、現在のリアル世界よりもずっと文明が進み、それが滅んだあとの世界が舞台となっています。
一万年くらい前、人は人より優れた人工知能を開発し、人類の管理を任せました。その後数百年後にAIが人類の為に作ったAI超える存在(仮に超AI)の判断によって、人は文明を手放すことになりました。
デストピアではなく、人全体がそう願い、超AIがそれを叶えた形です。
この超AIには、この世界の神話に出てくる神様の名前が付けられていました。超AIは現在、人類に干渉することを避けています。しかし人類の守護者であることをやめたわけではありません。
もし人類に危機が迫れば、力を貸してくれます。
例えば魔王、例えば神
マークの冒険は、マーク達がそんな超AI達の協力を取り付ける旅の物語です。
いつか書いてみたいですね
後書き長くなりました!
次回も張り切ってまいります。
また見に来ていただけたらとても嬉しいです。




