ドラゴンスレイヤーの戴冠
いらっしゃいませ!
久々の占いパートです!
「占い? コヒナちゃんが占うの?」
占いができます、と言った私の言葉に白衣の天使のハクイさんがのっかって来てくれた。
「占いってどうやってみるの?誕生日とか?」
「タロットです!」
毒頭巾ちゃんことリンゴさんの質問に答えてみたはいいけど。
ん?
そういえば目の前に相手いないのにタロットってやっていいのかな。試したことないぞ。
ううん、でもアバターって自分の分身だからな。きっと大丈夫でしょう。
「タロットかあ。何が見れるのかな?」
聞いてくれたのはドラゴンスレイヤーで騎士のショウスケさんだ。
「なんでも! 恋愛運や相性なども見れますよ!」
どうですか、ヴァンクさんとハクイさん。お二人の相性、気になりませんか!
「ふうん。……じゃあ、みてもらおうかな」
意外にもそう言ってくれたのはメンバーの中で一番、というか唯一普通なショウスケさんだった。もしかしたら気を使ってくれたのかもしれない。なんかすいません。
「はい! 何を見ますか!」
「うん、その、折角だから恋愛運で」
「おっ」
「ええっ!?」
筋肉パンツのヴァンクさんと骨董屋さんのブンプクさんが驚きの声を上げる。
「うひゃあ。ショウスケ君、恋愛とか興味ないと思ってた~~!」
恋愛運と言うのは私としてもちょっと意外だ。無難に全体運で、とか言われるかと思っていたのに。
この場で聞いてくれると言うのは、恋愛に関して大きな悩みがあるのかもしれない。そういうことならこちらもやる気ばりばりだ。
「なんだ~~、お姉さんにも相談してよ~~」
「そうだぞ。もっと早く言えよ。よし任せろ。俺が何とかしてやんよ」
待って下さいブンプクさん、ヴァンクさん。それでは私の仕事が無くなってしまいます。ここは私に任せて戴いてですね。
「あんたらに恋愛相談してどーすんのよ」
いやハクイさん、私はそこまで言ってないですからね。
「ブンプクはともかく。ヴァンクは既婚者だからね。恋愛相談なら案外頼りになるんじゃない?」
「ええっ~~!? 私の恋愛ランキング、ヴァンク君以下~~!?」
リンゴさんの言葉にブンプクさんが嘆く。
「ブンプク、あんた恋愛とか興味ないでしょ」
「ある! あるよ!! 人の恋愛には~~!」
ハクイさんに対して相談役としての立場を主張するブンプクさんだけど、ううん、それはただの野次馬かな。
いや、そんなことより。
「あの、ヴァンクさんって結婚してるんですか?」
思わず聞いてしまった。私の聞き間違えでなければ、リンゴさんは確かに言った。ヴァンクさんは既婚者だと。
既婚者。だって、ヴァンクさんだよ? 既婚者!?
奥様、奥様、旦那さんがパンツ一丁ですよ!止めなくていいんですか!
「そんな驚くなよ。ショック受けるだろ」
あんまりショックでもなさそうなヴァンクさん。いえ、そうではなくて。いや、そうでないこともないんだけど。本当に?
「信じられないだろうけど、本当よ」
ハクイさんも肯定する。
「お前ほど信じられなくはねえよ」
「服着てから言いなさいよ!」
え、えええ。つまりハクイさんも結婚してるってこと?
そうか、そうなんだ。ハクイさんとヴァンクさんはただならぬ関係なのかと思ってた。
おかしいなあ。勘は鋭い方なんだけどなー。あっれぇええ~?
む、なんか今の師匠っぽかったな。毒されないように気を付けないと。
そもそもハクイさんとヴァンクさんの件も師匠が誤解を招くような言い方をしたのが良くない。全くもうしょうがないな師匠は。
そう言えばしょうがない人、しばらくしゃべってないな。寝てるのかな。まったくしょうがないなあ。
「占いの準備してきます!」
ギルドの方々にそう宣言してパソコンを離れる。
占いに使うタロットカードとマットは大事に本棚にしまってあった。実家から持ってきてはいたけれどこの部屋に引っ越してきてから使うのは初めてだ。
占いに使うマットはビロード製の大きなもので、カードが混ぜやすいお気に入り。でもこの部屋では大き過ぎて広げるところがないな。仕方がない。ベッドのクッションの上に広げることにしよう。
うむ久しぶり。大学の時からだから一、二年ぶりだろうか。
ちゃんとできるかな?
ベッドに敷いたマットの上でカードを混ぜる。
ショウスケさんの恋愛運を見せて下さい。
一枚目、≪貨幣の騎士 正位置≫
貨幣の騎士は黒い馬に乗っている。
他の三枚の騎士のカードとは異なり、黒馬は全ての足を地に付けているのが特徴だ。これは正に地に足がついているという事を示す。ペンタクルのスートには地のエレメントと言う意味もある。
ナイトのカードは皆「行動力」や「積極性」を意味しており、もちろん貨幣の騎士も同じ。
ただし黒馬が四本の足を地面に付けていることから、貨幣の騎士は積極性と堅実性を兼ね備えた「守りの騎士」であるとされる。
守りの騎士と言っても他の騎士のカード同様「行動力」や「積極性」を意味するのは変わらない。守っているように見えるのは機を見ているから。
確実に機をとらえ、目標を達成する騎士。それが貨幣の騎士だ。恋愛運でも堅実的な恋愛を指すけれど、堅実すぎて進展しにくい、と捉える場合もある。
二枚目、≪棒のエース 逆位置≫
「恋愛運を見て欲しい」と言われてワンドのエースが逆位置で出てくるのは興味深い。
棒のスートは炎のエレメントを象徴し、情熱を意味する。エースはその原型であり情熱そのものだ。
逆位置ならば情熱に乏しいことを指すことになるわけで、恋愛運を見て欲しい人に情熱がないのは変な感じ。
友達に言われて付き合いで見てみたとかならわかるんだけどね。この場合は今は恋愛に興味がないんだ、という解釈になる。
でもショウスケさんは自分から恋愛運って言ったんだからそうじゃない。
となると、≪棒のエース 逆位置≫が示すのはショウスケさん自身ではない可能性がある。つまりお相手の気持ち。ショウスケさんが好きな人の気持ちだ。
ここまでの二枚から考えると、ショウスケさんは鈍かったり脈の乏しい相手に片思いをしているのかもしれない。
三枚目、≪皇帝 正位置≫
皇帝も騎士と同様「積極性」を示すカード。でも騎士の上に立つ皇帝が積極性で劣るわけがない。また皇帝は男の人の「男らしさ」や「決断力」を象徴するカードでもある。
この三枚をストーリーとして解釈すると、つまり。
鈍いお相手に対しては守りの騎士のままでいてはいけない。皇帝であれ、ということかな?
「結果が出ました!」
「お、戻ってきた」
ログを見ると急に動かなくなった私をみんな心配していたようだ。回線落ちちゃったんじゃないかとか、寝落ちじゃないかと言った議論の跡が見える。そうか、申し訳ないことをした。
「すいません! 時間かかっちゃいました!」
「あ、いやいや。なんでもなかったらいいんだ」
師匠も心配していたようだ。ありがとうございます。寝落ちしてるとか思ってごめんなさい。
さて。
普段はこの結果をカード見て貰いながら説明していくんだけど。
向こうからはカード見られないからなあ。言葉で説明するしかないか。意外と難しいな。
カードの解説の前にショウスケさんにちょっと確認を。完全にストーリーを読み違えていると恥ずかしいからね。
「ええと恋愛運と言うことですが、ショウスケさん好きな人がいますか?」
私の言葉にどよどよと沸くギルドメンバーの皆様。
「ええと、まあ、います」
どよどよどよ。
「相手の反応が乏しくて、想いを伝えるかどうか迷ってますか?」
「……すごいな。そうです」
どよどよどよどよ。
よし。この解釈で間違いなさそうだ。
「では結果です。一枚目ここは過去の出来事や、占いの結果の原因等を示しています。出ているカードは≪貨幣の騎士≫、正位置です」
おお、本格的~~とブンプクさんが驚いている。
ふっふっふ~、そうでしょう。私、本格的なんですよ。
「このカードは「守りの騎士」を示すカードです」
「うお、なんかそれショウスケっぽいぞ」
そうそう、ヴァンクさんの言う通り、私もそれ思いました。
プレートメイルでがっちり身を固め、最強の竜ナントカを含む全ての敵に対応できるというショウスケさんのプレイスタイルは、守りの騎士である≪貨幣の騎士≫よく似ている。
「堅実さを重んじるカードです。恋愛だとちょっと奥手かもしれません」
「ほう」
「wwwww」
「これは当たってそうだね」
「あはは~~」
あちこちから肯定の声が上がる。ショウスケさん自身は「そんなこともないんだけど」と不服そうだ。奥手というのはちょっと言い方を間違ったかもしれない。奥手なのではなく奥手に見えるだけだ。
「二枚目のカードはワンドのエース、逆位置です。ワンドのエースは情熱を示すカードです。逆位置では情熱がない事を意味します。これはお相手の方を指しているのではないかと。つまり、お相手の方は恋愛に全然興味を示さないか、あるいはすごく鈍い方です」
「……。当たりです」
今度はショウスケさんもはっきりと認めた。またわらわらと騒がしくなる。
「おいおい当たってんのかよ」
「ヴァンク、ちょっと静かにして」
などと言うやり取りがヴァンクさんとハクイさんの間で交わされている。
「三枚目、ここには占いの結果やアドバイスが来ます。出ているのは「皇帝」のカードです。タロットカードの中で最も強く「男性」を意味するカードです。性別ではなく、男の人の性質という意味の「男性」ですね。積極性や決断力を意味するカードです」
「……つまり、相手にされてないぞ、しっかりしろ、みたいな意味でしょうか」
当のショウスケさんからはネガティブな発想が出てくる。それはショウスケさんが常々感じていることなんだろう。でもちょっと違うと思う。相手にされていない場合に皇帝なんか出てこない。だって皇帝だよ。男の中の男だよ。
「ショウスケさんが相手にされてないというより、自分がショウスケさんの恋愛対象になるとは思っていないだと思います!」
「……その二つは同じ、じゃないんだね」
「はい。お相手の方はなかなかに難しい方。堅実性ではその方の気持ちを恋愛に移行することは難しいでしょう。でも、三枚目に皇帝が出ているということは大いに脈ありです。その方、実は引っ張られたいタイプかもしれません」
「そうなのかな。もう少し強引に行った方がいい、ってこと?」
「そうかも!」
皇帝の暗示。鈍い相手に対しては守りの騎士のままでいてはいけない。積極的で時に強引な皇帝であれ、と言う解釈は正しいと思う。
「ほんとかな。でも当たってたしなあ。なんか乗せられた気分だけど。でもお陰でちょっと勇気出たかも」
お、ショウスケさんもその気になったようだ。
「頑張ってみます。ありがとうコヒナさん」
「はい! ファイトです!」
うふふふ~。これ切っ掛けにショウスケさんの恋が実ったりしたら嬉しいなあ。
「ショウスケ、上手くいったら教えろよ」
「私にも教えてください!」
ヴァンクさんに私も乗っかっておく。
「うんまあ、うまくいったらね」
「きっとうまく行きます! 良い結果ですよこれ! 最後皇帝ですからね。おみくじで行ったら大吉くらい!」
「大吉かあ。それは頑張らないとな」
うんうん。吉報お待ちしておりますよ。
「いや~、いいね~~。若いもんはいいね~~。ショウスケ君に彼女か~~。これからは気軽に遊びに行けなくなるね~~」
ブンプクさんは何だかとても楽しそうでテンションが高い。
「でもさ、相手の子ってそんな難しい感じなの? ショウスケ君みたいな男の子に告白とかされちゃったら、断られる子いなくない~~?」
「男の子……」
言われたショウスケさんは不満な様子。
皇帝のカードが出てるのに「男の子」はないよなあと私も思う。相手にされてないんじゃないかって悩んでたショウスケさんにそんなこと言っちゃいけないですよ。
「ショウスケさん、ショウスケさん、大丈夫です。最後の皇帝は男らしさを象徴するカードです。皇帝ですからね。もうナンバーワンです。一番いい男ですよ!」
「おお、ショウスケはいい男だぞ。どら紹介しろ。俺がその子に一言言ってやる」
「あんたが出たら上手く行くものもぶち壊れるでしょ。でもそうね。ここに連れてこれるならショウスケのいいとこその子に色々教えてあげられるんだけどね。ちょっと会ってみたいし」
ヴァンクさんとハクイさんの既婚組からもお墨付きだ。人望あるなあショウスケさん。
「みなさん、ありがとう。確かにすごく鈍い人なんだ。でもがんばってみるよ」
そうです、その意気ですよ、ショウスケさん!
「うんうん、ショウスケ君なら行ける。絶対行ける。お姉さんも保証する。行っちゃえ行っちゃえ~~」
ひゅうひゅう、とブンプクさんがテンション高くけしかける。この人は何だか面白がってるだけの気もするな。
「お姉さんって言っても二歳しか違わないでしょう。それに保証するって……。ブンプク。自分が何言ってるのかわかってるのかな」
「わかってるわかってる。コヒナちゃんの言う通りだよ~~。ショウスケ君少し大人しく見えるとこあるから、ちょっと強引に来られたらその子もギャップでクラっとくるって~~」
うっへ~い~~、と尚もテンションの高いブンプクさんだったんだけど。
「…………そうかい? それなら安心だよ、ブンプク」
……あ。
ぞくっ。
寒気みたいな緊張感。厳かな雰囲気。
画面越しに世界の空気が変わったのがわかる。
そうか、そうだったんだ。
流石は堅実なる≪貨幣の騎士≫。
もしかしたら恋愛相談も作戦の一部だったのかな? 流石にそれはないか。でも鈍い人へのアピールの一つになるかもくらいは考えてたんじゃないかな。
―鈍い相手に対しては守りの騎士のままでいてはいけない。時に強引な皇帝であれ―
三枚のカードをアドバイスだという私の解釈は間違っていたわけではない。
でも正しい解釈はきっとこういう物語。
―守りの騎士は愛すべき人の言葉を受け、その人を手に入れるべく皇帝となる―
貨幣の騎士は堅実にして迅速。奥手に見えるのは待っているから。いざ機が訪れたなら決してそれを逃がしたりしない。
ブンプクさんは自分で言ったのだ。絶対行ける。保証する。断れる人なんていないって。
ブンプクさんの不用意な言葉が場を聖堂に変えた。
そこで執り行われるのは、≪貨幣の騎士≫の戴冠式。
これより先、騎士は皇帝となる。
皇帝は時の最高権力者。その言は絶対。何人たりとも断ること能わず。
あ~あ、やっちゃいましたね、ブンプクさん。アウトです。もう逃げられないですよ。だって皇帝陛下ですからね。
さっきまであんなに賑やかだったのに、誰も茶化さない。それどころか誰も口を開かない。この場が聖堂になったことにみんな気が付いたんだろう。
師匠なんか占いの間ひとっこともしゃべんなかったからね。寝落ちじゃなかったんだ。きっと初めから知ってたんだな。教えてくれればいいのに。
まだ気が付いてないのは一人だけ。
その人は「ワンドの逆位置」のカードが示す人。
人の恋愛は面白がるくせに、自分の恋愛に全然興味がなくて、自分に向けられる感情にすごく鈍い人。ショウスケさんが思いを寄せる、とても手ごわい「お相手の方」。
誕生したばかりの皇帝は、その性質である「積極性と決断」を果たすべく、まっすぐ一人だけを見て言葉を紡ぐ。鈍いその人に否応なく気づかせ、自分のものにするために。
「ブンプク。貴方のことが好きです。どうか僕と付き合って下さい」
黒馬の皇帝の言葉にしばらく遅れて。
「………… へっ?」
騎士の恋物語を遠くから眺めているつもりだった骨董屋の娘は、とても間の抜けた声を上げた。
お読みいただきありがとうございます。
「ドラゴンスレイヤーの戴冠」でした!
昔読んだ怪盗がでてくるお話で、日常パートが続いた時に作者さんが「そろそろちゃんと盗みにいかないと」と焦っていたのを思い出します。日常パートも好きだった私はそんなの気にしなくていいのに、と思いながら読んでたんですが。
ちょっと気持ちがわかると言うか、納得する今日この頃。
皆様はいかがでしょうか。
二章は日常パートが多くなりますが、そこも楽しんでいただけたらとても嬉しいです。




