傷ついた騎士
今回は恋愛占いです。恋愛占いは占いの花形です。
雑誌やテレビ、ネットの星占いでも、一番気になるのが恋愛運です。
※主人公が行う占いは主にタロットです。タロットを含め主人公が行う占いの方法、解釈には、多分に主人公の主観が入っており、その正当性を保証するものではありません。
また、主人公の占いが当たるか当たらないか、それも保証できません
<死神>というカードがある
鎌を持った骸骨の意匠は有名だ。英語だとそのまんま「DEATH」。
名前が名前なので、あまりいい印象を持たれないカードだ。
<死神>は死だけではなく「終わり」を表すカード。
色々なことの終わり、例えば困った人との関わりの終わりなども意味する。だから私は日本の縁切り神社みたいなところには死神と同じような鎌をもった神様が住んでると思っている。
あくまで個人の感想です。
他にも再起するために見切りをつけるとか、愁いを断ち切って進む、といった前向きな終わりも意味していて決して悪い意味ばかりではない。
このようにカードの解釈は様々で、一見不吉に見えても悪い意味に取らない場合もある。それでも占いをしていて、お客さんがカードを見た時に不吉さを感じた時には、きっといい意味ではない。ゲーム内でタロットを扱うにあたって、今私の手元に出ているカードをお客さんに見せられないのは難点だ。カードを見た時にそれがどのように見えるかは、占いの解釈上とても大切なのだ。
たとえば<剣の3>のカード。
<剣の3>というカードだから、剣が3本描かれている。そしてこの3本の剣の全てが、中央に描かれた大きなハートに突き刺さっているというモチーフだ。
占いの結果に<剣の3>が出るような人は、このカードを見た瞬間に、とっても苦しそうな顔をする。カードに描かれたハートが何を意味しているのか、占い師よりも自分の方がはっきりわかるから。
夜の十時。普段ならばプレイヤーさんたちでごった返すはずの時間。広場はそれなりに冒険者さんたちで賑わっているけれど。
でも、そこからちょっと離れたところ。NPCのお店が立ち並ぶあたり。
いつもなら会話を楽しむプレイヤーさんたちが冗談を飛ばしあっているこの辺りは、今日は人通りもまばらで、コヒナの占い屋さんでは閑古鳥が鳴いている。
なんでも人気のソーシャルゲームだか、別のネットゲームだかでイベントが行われていて、プレイヤーさんたちがみんなそちらに引っ張られているらしい。フィクションの世界にあっても時間と人材は有限です。世知辛いね。
占いのい店を出す私の隣には筋肉ごつごつ戦士のカラムさんが立っているけれど、ここ一時間ばかり動きがない。誰もいなくて暇すぎて寝おちしてしまったのかもしれない。
私が来た時には既にこの状態だったのでもっと長い間立ちっぱなしなのだと思う。こういう状態を、ネットゲームでは中身が入っていないと言う。
夜の仲間が多い時間帯にログインしたまま寝落ちしたりするとスクショを取られてSNSに寝顔をさらされたりするので大変だけれど、今日はそんな心配もないだろう。でもリアルの方の体に良くないと思うのでやめた方がいいですよ。ちゃんと布団で寝てください
私もあまりにも暇だったので、増えてきた閑古鳥の名前でも考えようと手近にあった広辞苑を手に取ったらカラムさんが動き出した。
「おー、コヒナさんだ。おはよう」
「おはようございます~」
やっぱり寝てたんだ。寝ぐせついてますよ。
「コヒナさん見つけたら聞こうと思ってたんだ。実はタロットの本買ったんだよ」
「ほほう!」
カラムさんは筋肉ごつごつ、頭つるつるの男性キャラだけれど、割と乙女なところもあって、これまでも時々タロットのお話を聞いてくれていた。お友達がタロット始めたというのはうれしいことです。これはとても貴重なことですよ?タロットが趣味ですとか言うと変人扱いされることの方が多いのです。
「んで、本見てもよくわかんないんだけどさ。コヒナさんも時々言ってるけど、「逆位置」ってそもそも何?」
よくぞ聞いてくれました。ではお話しましょう。
「逆位置というのは、カードを並べた時に絵柄が逆さまに出ることです。この時はカード本来の意味が失われ、正しく力を持たなくなります。正しいカードの意味が足りないという解釈もできますが、長所があだになる、とか、行き過ぎ、みたいな解釈になることもあります。なので正位置だったらどういう意味か、を考えた上でその意味を逆転させたり減少させたり考えてみたりするとわかりやすいかもしれません。例えば魔術師のカードを「始まり」と解釈したときその逆位置は」
「お、おう」
おっと。カラムさん引いてますね。私もログ見てちょっと引いています。危ない危ない。せっかくのタロットフレンドが離れて行ってしまうところだ。
「カードの<偽物>と考えるとわかりやすいかもしれませんね。<悪い魔術師>、みたいに」
「なるほど、偽物ね。逆位置だとやっぱりだいたい悪い意味になるのかな?」
「ん~。そうですねえ。積極的にいい意味にはならないですかね~。「何事もなくてよかった」みたいな解釈が多いでしょうか」
とはいえタロットは解釈次第だ。よい意味を持つカードの逆が悪い意味だと限ったものでもない。
「例えば<女教皇>のカード。女性の中の控えめな部分とか、良識的で思慮深い女性とかを意味します。逆位置だといい意味には解釈しづらいですが、こちらの逆位置を特殊な方程式を使って詩的に解釈しますと」
「しますと?」
「<ツンデレ>になります」
「なるほど、嫌いじゃない」
「同様に、<女帝>のカード。地位も名誉もあり美しい、仕事もできて同性からの人気も高い、女性の中の女性を表すカードです。この逆位置を同様の方程式で解釈しますと」
「しますと?」
「<悪役令嬢>です」
「大好きだ!」
そうでしょう。私も大好きです。カラムさんと私はイエーィと言いながらハイタッチを決めた。
「ずいぶん楽しそうだね。何の話してんの?」
いつの間にかすぐそばに人が立っていた。声を掛けてくれたのはドワーフ族のお姉さんだった。
エタリリのドワーフ族は、男性だと子どもタイプのキャラにしない限り髭が生えていて、この髭の色や形が他の種族でいうところの髪形と同じくらいバリエーションがある。女性キャラだと人間族の子供キャラと似ているけれど、顔つきはおとなっぽい。そして胸とお尻がお見事だ。
顔つきも体つきもキャラクター作成の時に色々と弄れるのだけれど、ほかの種族に似せることはできても何処かしら違いがあって、種族の判別に迷うことはない。運営さんのこだわりが感じられる。
ちなみに我らエルフ族は体全体が華奢な造り。儚げな印象は占い師っぽくて気に入っているけれど、胸の起伏も他のどの種族よりもささやかだ。キャラクターのエディットで最大に調節して調節してもドワーフ族の最小よりつつましい。
…最大にはしなかったけど。
そういうところで争うのはほら、下らないじゃないと私は思うのです。
なお女性プレイヤー(主にエルフ族)の熱い要望に応えて、課金アイテムでは補正下着も売っている。使うとどの種族でも限界値を越えていろいろな部位が弄れる。
でも、種族の限界値を越えて胸が大きかったら、あいつ補正下着だ、ってなるので、補正下着としてはどうなんだろうね。
声を掛けてくれたドワーフのお姉さんはお見事な体にぴちっとした金属鎧の騎士スタイル。そこからこれも金属に覆われた細い手足が伸びていて、日曜の朝のアニメのヒロインみたいだ。
「なに?占い屋さん?へえ、面白そう!」
おお、お客様だ。いまの会話を聞かれたろうか。占いの信憑性が下がるようなこと言ってないだろうか。慌ててログを確認する。うん、大丈夫だ。おかしなことは言っていない。
ただ、カラムさんとのおしゃべりで口調が素になっていたのは良くない。
師匠やギルドの方々に「占いの内容はともかくコヒナさんの話し方だと、雰囲気がアレだから」「そうだね、当たってても当たってる気がしないね」と心配していただいて、みんなで悩んだ末に語尾に「~」を付けて雰囲気で誤魔化そうということにしたのだ。
これなら~、神秘的な雰囲気になること請け合いです~。
「へいらっしゃい、占い屋だよっ!なんでもみるよっ!」
やめてくださいカラムさん。占いには雰囲気が重要でして。
「お、占い屋さん威勢いいねえ。丁度気になってる頃があってさ、見てくれる?」
「おう、姉さん美人だね!サービスしちゃうぜ!今日はサンマが安いと出てるね!」
やめてくださいカラムさん。それは占い屋さんではなくて商売上手の魚屋さんです。
「やだもう美人なんて、お上手な占い屋さんだね、んじゃそれを三尾」
お姉さんが乗ってきた。家族設定まで組み込んで。すごいなこの人。師匠が喜びそうな人材だ。
「わりわり。占い屋さんは俺じゃなくてこっちのコヒナさんね」
「うん、そうだろうね」
私は何屋さんにするか迷っているうちに会話が普通テンションになってしまい、若干残念。ここから八百屋を始めても多分うけないのでちゃんとお仕事をすることにする。
「いらっしゃいませ~。何を見ましょうか~?」
「えとね、ズバリ、恋愛運!」
いいですね、恋愛。恋愛運こそは占いの花形。占い業界には恋愛を制する者は占いを制するという言葉があるとかないとか。
ないかもしれないけど、占い師をやっていて一番多い相談内容なのは確かだ。占っていて楽しい内容でもある。
「はあい、恋愛運ですね~」
「おねがいしま~っす! んで? 何したらいい? 生年月日とか言った方がいいの?」
タロット占いなので生年月日とか名前とかを聞くことは基本的にない。というかネットゲームのオープンチャットで生年月日とかは言わない方がいいと思う。
「そうですね~。基本的にはこちらでタロット広げてみますので、お待ちいただくだけで大丈夫です~。もし特に気になっていることがあれば、教えていただければお伝えできる内容も具体的になります~」
「んとね~。職場でね、コーハイからコクられちゃってね~。ッキャ~!でもね~。年下だからどーしよっかってね~」
お姉さんはくねくねと身体をくねらせた。可愛い。
「では~、その方との今後、と言った形で占ってみましょうか~?」
「ん~。いや、待って、普通に恋愛運で!他にもなんかあるかもしんないし!」
ある意味非常にポジティブな発言だ。告白したという後輩君が少々気の毒だ。
恋愛。私が思うに、恋愛というのは生命力そのもので、恋をしているときには体にパワーというか生命力というか、そういう物が溢れている。
だから、恋をすると、美しくなる。
そんな時には自分の魅力が信じられるし、周りから見ても魅力的になる。恋愛運が好調な、所謂モテ期なんて言うのは、まさにそういった時期なのだと思っている。
「はあい。では、恋愛運として、カード3枚、開いてみてみますね~」
だから、このパワフルな、自分の魅力を信じ切ったようなお姉さんの恋愛運は、きっと好調に違いない。そう思っていた。
1枚目、過去の位置に出たカードは、<剣の3、正位置>
ハートに3本の剣が付きたてられた意匠のカード。恋愛運では大きく二つの意味を持つ。
一つはハートを貫かれるような痛みを伴う恋。もう一つは、失恋。どちらにしても過去を表す位置に出ていれば、さしたる違いはないかもしれない。恋愛にまつわる過去のつらい経験を暗示する。
2枚目、<聖杯の5、正位置>
倒れて、こぼれてしまった杯を、もう戻らないと嘆く人物の描かれたカード。
そして、3枚目、<剣の4、正位置>
戦いを終え、つかの間の休息のために眠りにつく騎士のカード。
タロット占いをやっていて、これは当たっているなと感じる瞬間がある。3枚のカード並びから無理なくストーリーがイメージできる時だ。
私がこの三枚からイメージしたストーリーはあまりにも鮮明で、そのストーリー通りだとするなら、にへっへ、というドワーフのお姉さんの魅力的な笑顔は外側だけのものということになる。
急に、アバターの向こうでお姉さんが苦痛を必死に耐えているように見えてくる。せめてこの中の1枚でも逆位置で出ていたら、頑張ってと言えるのだけど。
こんな占い、外れていればいいのに。
「結果が出ました~」
「おお~、待ってました!」
お姉さんは、やんややんや、という感じで迎えてくれたけど、
「多分、今は恋をしない方がいいです~」
悩んだ末、私はそう切り出した。
「…ふうん。それはなぜ?」
お姉さんは、真顔になって聞いてきた。これは、当たっているな、と思わずにはいられなかった。
「今は、恋をしようとしても、できないと思います~」
「…うん」
お姉さんはその返事だけで続きを促した。
「過去の位置に出ているカードは、<剣の3>というカード。これは、真っ赤なハートに3本の剣が付きたてられたカードです。過去の、ほろ苦さではなく、激しい痛みを伴う失恋を指すカード。傷はまだ癒えておらず、痛み続け、迂闊に触れれば傷口が開きます」
「うん」
「2枚目のカードは<聖杯の5>。失われたものを嘆くカード。過去に大事なものを無くした悲しみから、抜け出せないでいる暗示」
「…うん」
「3枚目のカードは、<剣の4、正位置>。眠りにつく戦士のカード。戦い、疲れた戦士が、次の戦いに赴くためにひと時休息するカードです。これは、癒えぬ傷を治すために、まだ休息が必要なことを指していると思います」
つまり、ドワーフのお姉さんは、過去に幸福な恋愛をし、それを失い、今尚激しく傷ついている。
そういう結果になる。
いつもなら暗示のまとめをお伝えするのだけれど、今回はできなかった。これ以上言葉にすれば血の滲む傷口に触れかねない。
「そっか~」
お姉さんは考え込むように少し間を開けた後
「そーだね。私まだ悲しいんだね」
と言った。
「…しばらくは、ゆっくり休んでいただいた方がいいかと思います~」
これが今できる精一杯のアドバイスだ。
「ねえ、占い師さんさ、私まだ悲しんでいてもいいと思う?」
難しい質問だ。
「よく言うじゃない。恋を忘れるには新しい恋って。いつまでも過去にしがみついてちゃいけないって。自分でもそう思うんだ。だから、頑張ってみたんだよ。でもまだ、休んでていいのかなあ。頑張らなくてもいいのかなあ」
その質問に直接答えることはできない。
「ハートに剣が刺さったカード、<剣の3>は正位置で出ています。これは剣が抜かれず刺さったままであることを意味しています。ハートに傷を負ったまま恋をするのは、足が折れている人が何故歩けないのか不思議に思っているのと一緒です~」
「そうかあ。足が折れてたら歩けないよね。なるほどねえ。だから「出来ない」なんだね。うん、そうだね。それなら私に恋は出来ないね」
できない、というのはお姉さんにとってとても納得のいく言葉だったらしい。
よほどしっくり来たのか、お姉さんは私の言葉を繰り返した。
「ねえ占い師さん、いつかはこの傷、治るのかな。その、普通に笑ったり、恋したり、できるようになるかな」
また、難しいことを聞かれた。
「私の、タロットの占いはあまり長い時間を見るようにはできていません~。だから、占いとしてお伝えすることはできませんが~。傷はいずれ癒えるものだと聞きます。だからそれまで、ゆっくりお休みください。いずれ来る新しい恋のために、心の傷を癒し、力を溜めて下さい~。3枚目のカードは、いずれ再び戦地に赴くために、体を休める騎士のカードです~」
「ふふ、戦地か。なるほどね。そっか。ありがとうね」
いずれ再びね、と女騎士スタイルのお姉さんが言う。
「ねえ、占い師さんはいつもここにいるの?」
「ログインしていればおります~、でも一月くらいで別のゲームに移動します~。またしばらくすると戻ってくると思いますが~」
「そっか~。じゃあ今日会えたのはラッキーだったんだね。じゃあもしまた逢えたらさ。その時にはまた、見てもらえる?」
「もちろん、喜んで!私の占いは、長くても2,3か月程度の間しか見ることができません。なのでもしまたお見かけの際には、ぜひお声がけください~。また違ったお話をお伝えできると思います~」
その時にはお姉さんの傷は癒えているだろうか。また素敵な恋をできるようになっているだろうか。
「またお会いできるのを楽しみにしております~」
「うん、ありがとうー」
ドワーフのお姉さんはそういうとどこかに飛んで行った。お姉さんがいなくなった後、占いの間一言もしゃべらなかったカラムさんが口を開いた。
「ねえ、コヒナさん。あの人に何があったのかはわからないけど、あの人が本当にまた恋ができるようになると思う?」
「そこは間違いないです」
お姉さんの傷が癒えるのは、何時になるかわからないけれど。
「断定だね。珍しい。それは占いの結果から?」
「いえ」
占いに出ていたのは、今は休めというアドバイスまで。根拠は別にある。占いなんかよりずっと確かな根拠だ。
「カラムさんは、あの方がどんな方に見えました?」
「うん、楽しいおねーちゃんだと思ったよ。しゃべってても面白かったし。こっちでもリアルでも友達多そうだなと思った」
「私も、魅力的な方だと思いました」
で、あるならば。
「あの方は傷を負っています。でも、傷を負っていても魅力的な方です。傷が癒えた時、本来の輝きを取り戻した時、あの方が恋をしないなんてことを、世界が許さないでしょう」
恋愛をするための力は、生命力そのもの。そしてその人の魅力そのものだ。本来の魅力を取り戻した彼女が恋をせずにいるなんて言うことを、周りが許すはずがない。
おおっと。
力説したら、うっかり話し方が素に戻っていたのに気が付く。あぶないあぶない。
「コヒナさんいいこと言うね」
私の意見にカラムさんも同意した。
「うん。私も、そう思うよ」
ごつごつ戦士のカラムさんも、うっかり素に戻って、一人称を間違えた。
https://twitter.com/Touka_Kotonoha/status/1445075835203981313?s=20
↑作中のソードの3のカードです。
次話は眠りにつく騎士。ドワーフのお姉さんから見たお話となります。
2,3日中の投稿となるかと思います。
またご来店いただければ幸いです。
それでは、皆様の旅が幸多き物でありますように。




