キャット・ザ・チャリオット 1
いらっしゃいませ!
久々、本編になります!
「師匠、新しいところに行きたいです!」
強引に自分の師匠にしたナゴミヤさんの家に上がり込むなり、私はそう言い放った。
「ええと、うん。行ったらいいと思うよ……?」
「し~しょう~~~! どっか連れてって下さいよ~~~!」
「ううん、でも戦闘要員がコヒナさん一人だとなかなかなあ」
「そこは師匠も戦って下さいよ!」
師匠はこの世界のことなら何でも知っているし、聞けば教えてくれる。なんだったら聞かなくてもずっとしゃべってるんだけれど、師匠自体はモンスターを倒すということをしない。
どこかに連れて行ってくれても大体私の後ろに隠れている。時々回復呪文を唱えながらスキルとか魔法とか、モンスターについてとかの蘊蓄を垂れている。
別にいいんだけど、弟子としては師匠のかっこいいところも見たくなるわけで、前にストレートに聞いてみたことがある。
「師匠は戦わないんですか?」
「戦わない。俺ほら、一般人だから。しがない仕立て屋だから。戦闘とかおっかない」
「なんでですか! 異世界から勇者として召喚されたんでしょう」
「されてない」
「言い訳子供か! ボナさんに申し訳ないとか思わないんですか」
「ボナさん? どなた?」
「とぼけるなっ!」
ボナさんは設定上、その身を扉に変えて私たちをこの世界に連れて来た人と言うことになっている。人かどうかは良く知らないけど。蘊蓄マスターの師匠が知らないわけはない。
「あ~、俺その人会ってないんだよね。お噂はかねがね」
「別の会社の知らない部署の人みたいな扱いしないで下さい。どうやってここに来たんですか」
「いや~、俺、仕事帰りにでっかい扉の中に入ってった人見て、つい」
一緒に入っちゃった、と。なるほど。
「つい、じゃないですよ。てへぺろ、でもないですよ」
自分の頭を叩いて舌を出して見せる師匠に細かくつっこみを入れる。その方が師匠が喜ぶのは良く知っている。
「本当に戦闘手段無いんですか?」
「炎属性なら自信あるぞ! 調子よかったら<火球>で沼スライム生き残るからな!」
どんな<火球>だ。
沼スライムは火属性にとても弱い。多分リアルの手持ち花火とかあれば倒せるんじゃないかな。しゅーって。
攻撃魔法は同じ魔法を五段階に調節できて、<火級>とだけ呼ぶと普通は第三段階を指す。第四段階は大なんちゃら、第四段階は極大かんちゃらだ。
第五段階を使えるのは魔術師の中でもかなり高レベル。第五段階使えるのにてんで威力がない師匠は高位の変人。
まあ、連れて行ってくれる所は私一人でもどうにかなる場所なので、師匠が戦わなくても困るということは無い。蘊蓄話も面白いしね。
同じ沼スライムを倒すにしても一撃で倒さないと剣が腐食するということを知ってるのと知っていないのでは全然違うし、そもそもスライムは全部腐食属性があると思っている人も多いんだそうだ。
ただのスライムは剣で切っても問題ないんだけどね。ふふん。
「冗談はさておき、剣のスキルはいくつくらいになった?」
「ちゃんと50超えましたよ!」
師匠は基本、私がやりたいと言ったことを出来るようにしてくれる。
剣で戦いたいと言えばその為に必要なスキルや成長方法、他のスキルとの併用のメリットやデメリットをわかりやすく教えてくれる。
また時々小さな宿題や目標を出してきて、達成した時にはご褒美をくれるのだ。
宿題は火ネズミを10匹倒してこようだったり、ナントカの町まで一人で行ってみようだったり様々だ。
ご褒美も色々で、集めてきた素材で何かを作ってくれることだったり、師匠がいないときに一人でも行ける狩場だったり、私でもテイムできる騎乗動物に会いに行くことだったり。
ご褒美はもちろん嬉しいけれど、宿題もやっておくと後でいいことがある。
流石は私が見込んだ師匠。強引に弟子にして貰った甲斐があるというものだ。
このところ宿題の他に「片手剣スキル50達成」というかなり大きめの目標があり、それが達成出来たら会ったことがないモンスターに会いにつれて行ってくれるという約束になっていたのだ。
「おや、それは頑張ったね。流石に旧墓地じゃ物足りないか」
「いえ、そういうわけでもないんですけど」
旧墓地と言うのはマディアの東、反対側が見えないような大きな湖<ノドス湖>の畔にある共同墓地のことだ。今はもう使われていないということで寂れまくり、墓地を覆う柵とかもぼろぼろだ。そこに現れる<スケルタルナイト>は討伐の稼ぎとしても剣の修行相手としてもちょうどいい。
また夜間に極稀に現れる中級アンデット<リッチ>は現在の私が一人で相手にできるギリギリの相手だ。他の下級アンデットの数が多ければ撤退しなくてはいけないくらいに強い。
だからそれはそれで楽しいんだけど、同じ旧墓地のお掃除でも一緒に遊ぶ人がいると段違いに楽しいのだ。例え師匠が「ゴースト怖い」とか言いながら後ろから回復魔法掛けてくれるだけだったとしても。
「じゃあ、そうだな。手持ちの魔法耐性のある防具見せてくれるかい」
「はい! とってきます!」
「あとこの間倒した火ネズミの皮も持ってきてね」
「はい!」
転移用のアイテムを使って町に戻り、魔法に対して体制のついたアイテムを一切合切持ってくる。スケルタルナイトやリッチからのドロップ品だ。何がいいものかいまいちわからないのでとりあえず全部保管してある。
「持ってきました!」
師匠の家に戻ると床にもってきたものをごたごたと並べていく。
「おおう、これまた凄い量だ……」
師匠は引き気味の感想を漏らしながらもごたごたの中身を確認してくれた。すいませんお手数おかけしますね。
「お、この指輪いいな。プレートは重すぎるか。ガントレットならいけるかな? 胴部分はさすがに変えられないか、ううん、これとこれと……。駄目、美しくない」
ぶつぶつ言いながら私の戦利品を分別していく。
「色は……白かな。よし。今の装備の一部、これに変えてみて」
「ありがとうございます!」
わーい。わくわく。
師匠は服のセンスはいいからな。
今の装備はジャイアントリザードの皮で師匠が作ってくれた堅革鎧一式。軽装戦士コヒナだ。魔法はかかっていないけれどNPCのお店で売っている革鎧とは段違いの性能。物理ダメージだけを考えれば並みの魔法の鎧よりも強いくらい。でも残念ながら物理的な防御力のみで魔法や属性攻撃には弱いのである。
これがお墓に出てくるリッチに苦戦する理由にもなるのだけど、一部を手に入れた属性防御の高い別の装備に変えると、その分物理攻撃への耐性が減ることになって悩ましい。
それと、やっぱり見た目の問題ってあるのだ。特に頭の装備。バケツみたいな兜とかはやっぱりちょっと。いや、あれが駄目と言うわけではなくてね。人が被ってる分にはいいんだけど。
隣の部屋で貰った装備品を身に着けてみる。
おおお、高性能。物理耐性は若干下がるものの、全体的に耐性が確保されている。炎耐性はやや低めだが致し方ない。
しかしそれよりなにより素晴らしいのは見た目。全身革鎧から一部を金属の物に交換。上はソフトタイプのレザーアーマーに、上から白い金属の胸当て。額宛てと十字の入った盾も白で揃えてある。
身に着けた私は神話のバルキリーさながら。バルキリーコヒナの誕生である。
「できました! どうですか!?」
「おお~、いいねいいね。流石、俺」
私を褒めろ!
失礼。
流石師匠ではあるんだけど。その通りなんだけど!
「しかし、今回はこれだけではないんだなー。鎧の上からこれ付けてみてね」
そう言って師匠が渡してきたのは<火ネズミのケープ>というアイテムだった。集めた火ネズミの皮から作ってくれたのだろう。名前の通り火属性にボーナスが付く優秀な仕様。言われた通り鎧の上から羽織ってみると。
「イーッツパーフェクト! 流石俺!」
「うおおおお、流石師匠!」
「ふはははは。そうだろうそうだろう! もっと褒めろ~~~!」
「天才! よっ、師匠!」
「まあな! まあな!」
神話の戦士から一気に冒険者風に。おしゃれかつ実用的な雰囲気がいい。
長めの、上半身全体を覆うタイプの真っ赤なケープは白い胸当てとお互いを引き立てあう。革製だから形がしっかりしてるんだよね。カジュアルなコートみたいだ。脛あて部分も白い金属なんだけれどこれがヒール付きのブーツみたい。かかとなんかないけどね。アバターは足が長くてヒールいらず。何とかリアルに持ってけないもんかね。足だけでも。
火ネズミのケープはかっこかわいいながらも非常に高い炎耐性を持っていてこれだけで炎耐性が一番高くなってしまった。
「レジストの魔法掛ければしばらくはいけると思う。中級以上のマジックアイテムが集まるまではこれで。前の物理耐性のセットとうまく使い分けてね」
使い分けか。ううん、でもなあ。あっちも良かったけど、このセットやっぱ可愛いからな。こっちメインで
「使い分けてね?」
「ハイ」
なんでわかったんだ。師匠エスパーかな。
「思った以上に耐性確保できたな。じゃあ今日は、魔族が住んでいるダンジョンに行ってみよう」
「はい!」
魔族かあ。どんなのだろう?
デーモンスレイヤーコヒナが誕生する日も近いのかもしれない。
ノドス湖の北側にあるダンジョン、<ディアボ>
マディアから行くときには大きく北側に迂回するルートをとる。ノドス湖の西には大きな湿地帯があり、中央には大型のヒドラがいるのだそうだ。なんと低級のドラゴンよりも強いのだと言う。
「それもいつか倒したいです」
「そうだね。いつかやってみよう」
フィールド上に見慣れないモンスターがいた。羽が生えている、いかにも悪魔っぽいやつ。
「<インプ>だな。<ディアボ>から出てくるんだ」
インプ以外にもうねうねした虫の<デモンワーム>、うねうねした草の<マントラップ>などが出てくるようになってきた。この辺は確かに見たことないモンスターだけれど、できれば戦いたくない。
モンスターだけじゃなくて、植生っていうのかな? それおかしくなってきた。 生えてる草が変な色していたり、見たことがない形だったり。
「その紫の草は一応注意ね。踏むと低レベルの毒を受けるよ」
段々と、変な植物が増えていって、「そこ」にたどり着くころには、変な植物の方が当たり前になる。
ダンジョン <ディアボ>への大きな扉は、まさに異界への入り口だった。
昔々、その昔。まだ世界が不安定で、善性の化身であるボナさんが自我を持つよりもさらに昔のこと。
事の始まりは、良くある話。
男に捨てられた女が世界を恨んだ。
「こんな世界、滅んでしまえばいい」
商人から全財産をはたいて買った胡散臭い悪魔召喚の書物と、それに記された出鱈目な魔法の儀式。
何処の世界にもある、滑稽な日常の風景。
だけど、その本の中には一ページだけ、「本物」が混ざっていた。
一時の愚かな感情ではあったかもしれないが、女の思いだけは「本物」だった。
結果、世界の壁に大きな穴が開き、異世界より大量の悪魔たちが流れ込んだのだという。過去何度か訪れたという、この世界の滅びの危機だ。
ダンジョン<ディアボ>の真の姿は、当時の勇者たちによって作られた多重封印結界。
その最奥には、この世界で言うところの<ボナ>に匹敵するような存在がいて、再び愚かな人間が封印を解くのを待っているのだと言う。
「そんなわけで封印の隙間から漏れ出した異世界の空気のせいで、<ディアボ>入り口はこんな感じなんだ」
異様の中心の、複雑な幾何学模様のかかれた巨大な扉の前で師匠はいつもの解説を終えた。
「ダンジョンだからね。今日は俺もちゃんと戦う」
さらに、予想外の展開。
「えっ!? 師匠戦えたんですかっ!?」
「うん。ふはははは。我に施されし十の封印、その二つ迄を解放しよう」
「突っ込んでいいかどうかわかんないので具体的にお願いします!」
「あ、はい。他のスキルが上がる代わりに魔法を弱体化させる指輪、全部の指に付けてるのね。それを二個外すの」
はい?
「なんでそんなの付けてるんですかっ!?」
「なんで、ってこれ付けてたら釣りもできるしテイムもできるしお肉だって焼けるんだぞ! 俺がお肉焼けなくなってもいいのか!」
「それは困ります!」
「そーだろう? まあそういうことだ」
実際は言うほどは困んないと思う。乗っといてなんだけど。
この世界での食事はしないといけないけれど質によっての変化はない、くらいの扱い。だからみんなパンとかをお店で買って持ち歩く。少しスキルを上げれば焼き魚や焼き肉を作ることができるので入れてる人は稀にいるらしい。
私のご飯のメインは私が捕ってきたお肉を師匠が焼いたものだ。
「師匠、もしかして指輪全部外したらめちゃくちゃ強い、とか?」
「まあな! ダメージ換算で、並の魔術師の半分くらいはいけると思う」
「わー、すごーい」
大体期待通りの返事だった。
「ま、今日は第二封印までだな。多分今のコヒナさんと同じくらいの強さだと思う」
………………もう。
結局はそうなのだ。全部が全部。私の師匠はこういう人なのだ。私の強さに合わせて、私が思い切り楽しめるように。
「この世界では俺が強い必要はないんだ。強い人はいっぱいいるからね。コヒナさんにもすぐ抜かれちゃうと思うよ」
「それは無いと思います」
「いやあ、すぐだって、すぐ。一年もすれば立派な戦士になってると思うよ」
スキルやステータスは追いつくかもしれないけれど。
「それは無いと思います」
「そうでもないんだけどなあ」
「そう言うことじゃないんですよー!」
「ん?」
我ながら良い師匠を選んだものだと思う。ちょっと、申し訳ない位にいい師匠だ。
ありがとうございました!
前回の特別企画に登場した<ヨミ>さんですが、プロットの段階では実は女の子でした。
ところが女の子バージョンのヨミさんは作者の意図を無視して動き回り、収拾がつかなくなってしまい、仕方なく男の子として書き直した、という経緯があります。
この女の子バージョンを別のお話として先ほどアップしてきました。
本編とは関係のないお遊びではございますが、もし気になるという方がいらっしゃったら是非。
次回はディアボの中に入ってまいります。
また見に来ていただけたらとても嬉しいです。




