超番外 占い師と屍を従える王 2
ダージールからリザードマン三つ目の町の<テキル>に抜けるダンジョン、<後悔の洞窟>。
今回の旅の最初にして最大の難関だ。
「死んじゃったらごめんなさい~」
「あはは。いえこちらこそ。万が一のことがあったら、大人しくダージールからやり直しましょう」
「ありがとうございます~」
ううむ、流石イケメルロン君だなあ。気が楽になったよ。
でもやっぱり何回かは死んじゃうと思うし、蘇生薬を十個ばかりイケメルロンさんにお渡しした。
いらないと言われたけれど、今の私にはこれくらいの余裕はあるのだ。イケメルロン君への護衛代とすれば安いもんである。私の心苦しさを紛らわせるためになんとか貰って頂いた。
以前に同程度の難易度のダンジョンを超えた時は一番レベルが高かったのがゴウさんと言う騎士さんの70。それにレベル50前後の人が4人とレベル1の私と言うパーティー構成だった。
あの時はボスを倒さなくてはいけないという縛りがあったのと、何より最後に出てきた強敵のせいで大変な苦戦を強いられた。
今のイケメルロン君のレベルは80越え。あの時のゴウさんよりも高い。
メルロンさんの使う弓は攻撃力が高くて射程も長いというシステム上強力な武器なのだけれど、扱いが難しいので今一つ人気がない。敵に接近されればなにもできないし、タイミングとか照準がそれると全然ダメージが当たらなくなるらしい。<エタリリ>の中では他の武器に比べてちょっとマニアックな仕様と言える。
逆に言えば弓を扱える人は強い。この辺りが「弓使いはズルい」などというよくわからない文句が出る要因なのだろう。
この難しい弓の扱いをイケメルロン君はギンエイさんから学んだらしく、それでギンエイさんのことを「ギンエイ先生」と呼ぶ。
ギンエイさんの戦いは見たことがないけれど、凄い人だったというだけのことはあって、その弟子のイケメルロン君の腕前もやはり凄いものだった。
敵モンスターが、見える前に消える。
通常よりも遠くが見えるのは弓使いのスキルらしい。だから私の目に入る前に危険なモンスターは狙撃されていく。
凄い数の敵がいるところでは、凄い数の矢をいっぺんに放って敵を一掃していく。
まあそれで全部の敵を倒しているとMPも大変なので、あくまで危険な敵や、数が多い時だけ。
それ以外は基本、モンスターを避けて走る、走る。
イケメルロン君も走る。
なんだか私といるといつも走ってますね、イケメルロン君。
全部私のせいなんだけどさ!
「きゃあぁあああ~、きゃあああ~!」
イケメルロン君のお陰で余裕があるので逃げる時の悲鳴もちゃんとそれっぽくあげられる。
「うおお~~~」
イケメルロン君も同じように叫びながら後を追いかけてくる。
あはははは。
似合わないなあ。
だって、私が出会う前に危険なモンスターは仕留められているんだから。
この世界に来て最初の冒険、ホジチャの町からセンチャの町への、イケメルロン君と一緒の旅を思い出す。
きっとイケメルロン君もそうなんだろうと思う。
イケメルロン君はすごく強くなった。
変わっていないのは私だけだ。これは正しいことなのかな。
そもそも私の目的は、強くなることでも、世界を救うことでもなくて。
「コヒナさん、出口です!」
「おお~!」
早い早い。
一年以上前。
丸二日掛けて攻略できず、あきらめかけたのと同難易度のダンジョンを、私とメルロンさんは一時間足らずで駆け抜けた。
「大分遅くなってしまいましたね。ここからは明日の方がいいでしょうか」
テキルの町。
完全夜型の私としてはまだ遅いという時間ではなかったが、イケメルロン君をそれに巻き込むわけにもいかない。どのみちこの先も結構長いしね。
翌日の集合時間を決めて今日はお開きにしようということになった。
「お世話になりました~」
「いえいえ。こちらこそ楽しかったです」
ううん、そうかなあ。本当かなあ。
私ばっかり得をしている気がするよ。
***
「おお~、賑わってますね~!」
テキルの町からウィスクの町へは難なく抜けられた。
この辺りのモンスターなら相当かじられなければ死んだりはしない。武器も防具もないので戦って勝つのは無理だけど。
リザードマン族二番目の町<ウィスク>は予想外に人の多い町だった。中央都市ダージールほどではないにしても、エルフ族二番目の町<センチャ>よりはるかに多い。
「近くに<予言者の隠遁所>の他にもダンジョンがあって、鉱石が採れるかららしいですよ」
おのぼりさんよろしく町の様子を見て回る私にイケメルロン君が教えてくれる。
「ここでお店出したらお客さん来てくれるでしょうか~?」
「どうでしょう。新規の人はいるでしょうが、ダージールに行けば会える、と言うのもメリットが高そうです」
「確かに~」
新規顧客ゲットは魅力だが、イケメルロン君の言うことはごもっともだ。それに、ダージールの方が可能性高そうだしな。
「あ、じゃあ僕念の為一回潜ってきますので、折角ですしその間お店出して待っててもらえますか。上位のリーパー種沸いてないかだけ確認してすぐ戻りますので」
「え、それは流石に申し訳……うむう~」
申し訳ない、とは思うが。ほんとにリーパー種がいたら私は足手まといだ。それもかなり厄介なタイプの。
ここは大人しくイケメルロン君の提案に乗るのが正しい。
「大丈夫ですよ。そんなにかからないと思います。じゃあ、ちょっと行ってきますね」
「ううう、いつもすいません~」
「あはは。こんなの、ずいぶん久しぶりじゃないですか」
それでは行ってきます、とイケメルロン君はダンジョンへと向かっていった。
確かに久しぶりなのだが、そういう意味じゃない。一方的にお世話になるのが申し訳ないのだ。
占い以外で私ができることと言うとお裁縫くらいなんだけど、私が作れる装備品と言えば見た目だけで防具的な意味はほとんどない。
「知り合いからもらったけど実際には使えないしょぼい装備」って、扱いに困るからね!。なんといっても捨てずらい。製作者の名前も入るし。結婚式で貰う新郎新婦の写真入りのお皿みたいな感じ。貰ったことないけど。
師匠がお祭りの時に作っていたなんとかサンタなんとかポリスとか、アニメキャラのコスプレ服みたいのなら作れるんだけどな。コヒナコスプレセットとか……。
…………。
イケメルロン君には似合いそうだな。イケメルロンちゃん。着てくれるかな? 頼んだら困りながらも最終的には着てくれそうな……。
………………。
待った、困らせてどうする。危ないところだった。今考えているのはお礼だ。
新しくお料理のスキルでも習おうかな。
エタリリは戦闘コンテンツが多いので生産形のスキルは戦闘のための「職業」と別にいくつか習得できる。
この世界のお料理にはバフ効果があって高価なものも多い。これなら邪魔にもならないし、占いのおまけにお菓子を添えるのもいいかも。
よし、早速試してみよう。
善は急げとNPCのお店でお肉とバーベキューセットを買ってきた。くるくる回してお肉を焼くやつだ。
占い屋さんの看板、椅子、机をセッティングし、その横でお肉を焼くことにした。
イケメルロン君が返ってくるのと、占い屋さんのお客さんを待ちながら、レッツ、クッキング!
エタリリのお料理はミニゲームみたいになっていて、てんてれてんてれと言う音に合わせてタイミングよく肉を火から上げなくてはならない。
失敗するととても残念なことになる。
十個買ってきたお肉のうちの二個がいい感じに焼けた。
八個は失敗、と言うことだ。スキルが低いのだから仕方ないのだけど、なんか悔しい。それに食べ物を無駄にしてしまったという罪悪感があってお裁縫よりも失敗した時の精神的ダメージが大きい。
こうやってお料理を何度も作っていくことでスキルは上がっていくのだけど。
八個のお肉。その尊い犠牲に報いるにはやっぱり一流の料理人になるしかないのだろうか。
しかし、それまでに一体どのくらいのお肉に犠牲を強いることになるのか。考えただけで胸が痛む。
それに、お裁縫と違って椅子に座ったままできないのが困りものだ。
占い屋さんの持ち場とバーベキューセットの間を行ったり来たり。
何屋かわかんないなこれ。お肉下さいって言われたらどうしよう。
……あげるしかないかな。
「コヒナさん、いま戻りました」
お、イケメルロン君が返ってきたぞ。
「お帰りなさい〜! い……メルロンさん~」
「……ええと、これは?」
イケメルロン君は困惑しながら私の周りを見やる。
おおっと。
お店の横に広げたバーベキューセットを見られてしまったぞ。イケメルロン君が来る前には片づけておこうと思っていたのに、つい夢中でお肉を焼いてしまった。
「ええと、これは大したものではないです~。お気になさらずに~」
「あ~、そ、そうですか」
そそくさとバーベキューセットを片付ける私に何かを察したらしくイケメルロン君はそれ以上追求しないでくれた。ありがとうございます。お心遣い、感謝します。
「ええと、それで、お客さんを連れてきましたよ」
おおう。お客様まで連れてきていただいて。お客様は神様です。連れて来てくれるイケメルロン君も神様です。
あっ、お客さんにバーベキューセット見られなかったかな。占いには雰囲気も重要だ。当たらなそう、と思われたら来てもらえないからねえ。ううん、となると、やっぱり隣で肉焼くのはまずいかな。
「ホントですか〜。ありがとうございます〜」
メルロンさんのつれて来てくれたお客さんはリザードマン族の魔術師さんだった。
お名前は<medaka14>さん。リザードマン族自体選ぶ人の数が少ないし、特性としては守備力が高い種族なので前衛の職を選ぶ人が多く、魔術師と言うのはさらに珍しい。何かの漫画とかのキャラクターをイメージしたこだわりキャラなのかもしれない。となると14はなんて読むのかな。フォーティーンだろうか。
「はじめまして〜。えっと、“メdaka14”さんと仰るんでしょうか〜?」
あう。普段アルファベットなんて打たないから。
「失礼を~。medaka14 sannですね~」
おお、今度は「さん」がローマ字になったぞ。嚙みすぎ。師匠じゃないんだから。
「……あ、いえ、“14”は不要です。メダカと呼んで下さい」
medaka14さんが見かねてそう言ってくれた。違うんですよ。たまたまなんです。いつもはこんなに残念な感じじゃないんです。
「度々すいません~。ではメダカさんとお呼びさせていただきますね〜」
めだかさんのつるんとした細身の顔はトカゲと言うよりも蛇にみえる。もしかしたらワースネークの魔術師のイメージなのかな。
蛇と言うのは世界中の物語で悪役を務めさせられている。人の先祖に当たる原始哺乳類が爬虫類にいじめられたので本能的に恐怖を感じるのだ、なんていう話を聞いたこともある。
脱皮するせいか不死の象徴としても有名で、色々な神話に蛇が人から不死を奪ったというお話が出てくる。ここでも悪役だ。
アダムとイブが楽園から追い出される原因になったのも蛇だしね。
もちろん好きな人は好きだろう。ペットとしても人気だし、私も好きだ。よく見たら可愛い顔してる。人肌のあったかいのが好きでくっついてくるんだって。下のお兄ちゃんが小さなシマヘビを捕まえて来たことがあって私は飼いたいと言ったけど、お母様の大反対にあって元の場所に返してきたなんて思い出もある。
<蛇の魔術師>なんて、凄く神秘的なアバターだ。
初期装備のままだけれど、素朴な杖とローブ姿はアバターとよくマッチしている。これも敢えてかもしれない。
蛇みたいなリザードマン族の魔術師さん。でも名前はメダカさん。おさかな。なんか面白い。
「コヒナさん。実は……」
耳打ちするみたいに顔を寄せて、イケメルロン君が個人用のチャットで話しかけてきた。これは「個人チャットでお話していますよ」ということの周りへのアピールだ。
オープンチャットでは話しずらいことを話していますが、悪口とかではないですよ。
ふむ、メダカさん、何か訳アリかな?
『この方、どうも<隠遁所>で初心者狩りにあったらしくて』
『初心者狩り、ですか~? ギルドの勧誘とか~?』
エタリリもリリースから四年以上経っているから、今から始めたりする人は貴重だ。ギルドの無茶な勧誘で嫌な思いする人もいるのだと聞いたことがある。
マンネリ化したギルドに新人さんが入ると盛り上がるからね。
極端なのだと入んないと後悔するぞ、みたいに言われたという人もいる。悪い宗教団体じゃないんだから、と思うけど誘ってる方は真剣に親切でやってると思ってるから質が悪い。これも宗教の勧誘みたいだ。
無茶なギルド勧誘も結構迷惑な話だけれど、イケメルロン君のお話、メダカさんが体験したという「初心者狩り」は私の想像をはるかに超えた不快なものだった。
『メダカさん、ダンジョン内に、身動きできない状態で放置されていました』
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