斧戦士コヒナ 2
いらっしゃいませ!
昨日の続きになります。
崩れ、苔むしたダンジョンの入り口。
その異様に圧倒される間もなく、当たり前のように入っていくクロウさんたちの後を追いかける。
おおっと、兜、兜。
歩きながら貰った兜を被る。
真っ暗だ。
文字通りの。
自分とパーティーメンバーのステータスしか見えない。
もしかして兜逆に被ったかな?
おろおろしているとぴょいんと音がして画面が明るくなった。誰かが明かりの魔法をかけてくれたらしい。
『ありがとうございます』
誰かはログを見ればわかるのだろうけれど、みんな走り出したので確認する暇がない。
ダンジョン内部には大きな通路を挟んで両脇に扉が並んでいる。石造りだが洞窟ではなく、人によって作られた建造物だ。
うわ、今なんかいた。
骸骨みたいなの。スケルトン? ゾンビっぽいのもいる。
よく見ればところどころ崩れた壁に仕切られた向こう側、ゾンビとスケルトンの大群が見える。何のつもりなのか部屋の中を規則的にかちゃかちゃ、あるいはどさどさと歩き回っている。もし気が付かれたら一斉に襲い掛かってくることは間違いない。
パーティーは大量のアンデットモンスターを無視してどんどん奥へと進んでいく。もうここから帰れと言われても帰ることはできない。
方向音痴だからね!
取り残されたらコヒナゾンビかコヒナスケルトンになって一緒に彷徨うしかない。選べるならスケルトンがいいなあ。お手入れが楽そう。
奥にはさらに地下へと降りる階段。パーティーは迷うことなく何処ぞを目指して進んでいく。
地下二階。
同じく石づくりの通路。でも石の素材が違うようだ。滑らかになったというか、豪華になったというか。
ひゅーぃいー、と叫び声のような音がしてパーティーの目の前に幽霊型のモンスターが現れる。
レイスだ!
初めての戦闘!
になるかと思ったけどみんな無視して脇をすり抜けていく。
な、なんかごめんね、レイスさん。
私もそのままレイスさんの横を通り抜ける。後ろからレイスさんのひゅーぃいーという寂しそうな声が聞こえた。
他にも見た目はゾンビに似ているけど緑色に発光していて明らかに上位種のアンデットとか、凄い早さで動き回るゴーストみたいなのとかもいたのだけれど、みんな無視して私たちはダンジョンのさらに奥深くへと進んで行った。
地下三階
今までの人工ではあるけれど石むき出しの壁や床とは様子が一変。
壁も床も白いタイルに覆われた場所に出た。
大理石のような白くて大きな柱には彫刻が施されており、それぞれの柱の間に赤地に金の刺繍がされたタペストリーが掛けられている。
ダンジョンというより王宮のようだ。
ええ……。
これもしかして、アンデットの王様みたいなのいる場所じゃないの?
私、ここ来ていのかなあ。始めたの昨日だよ? なんか場違いじゃない? ドレスコードとか平気かな。
赤い絨毯の敷かれた通路をさらに奥へと進んでいくと、前方にそれぞれ赤い鎧と青い鎧を着こんだ骸骨が二体、大きな斧槍をクロスさせてとおせんぼしていた。二体とも反対の手にはこれまた大きな鎧と同じ色の盾。
すごい堅そうなのがびしびしと伝わってくる。
とおせんぼしている二体の骸骨の名前は<ブルー・ガード>、<レッド・ガード>。
ほら、明らかに近衛兵じゃん。
やっぱ奥に王様いるじゃん!
二体のガード骸骨の手前でパーティーの皆さんはやっと止まった。
「んじゃ、コヒナさんここにいてね」
「はい」
クロウさんに言われた通りの場所に立つ。ネロさんから色々な魔法が飛んできて私は強化されたようだった。いっぱいバフがかかっているが何が何だかわからない。
なんだ、何が始まるんだ。
まさかアレと戦えっていうんじゃないだろうな?
「コヒナさんはそこで立って、ただ攻撃してればいいから」
え、何? どういうこと?
クロウさんが赤ガイコツと戦闘を始めた。フラウスさんが同じように青ガイコツと戦いを始める。
どうしていいかわからない私はそれをぼけーっと見つめる。
そこでやっと誰が誰だか認識できてきた。最初に声をかけてくれたクロウさん、それに青ガイコツと戦っているフラウスさんが戦士系のスキル。二人とも私と同じ片手斧と盾持ち。
ネロさんが回復系の魔法を使う人で、時折戦士さんたちに回復魔法らしきをかけている。
私含めて四人だ。
なんかもっといっぱいいるような気がしていた。初めからパーティーに四人しか表示されてないのにね。だって色々いっぺんに起こりすぎなんだもん。
そのうち弱ってきた赤ガイコツをつれてクロウさんが私の所に来た。
「んじゃ、コヒナさん横から叩いて」
お、おう。
言われた通りにクロウさんしか見えていない様子の赤ガイコツを横から攻撃してみる。
ぺしっ、ぺしっ。
当たるには当たるがダメージはゼロだ。
しかし。
さっきNPCさんから取得したスキルがみょんみょんと上りはじめた。各ステータスも一緒に上がっていく。
おお、これはすごい。なるほど、効率のいい成長ということか。
しばらくぺしぺししていると赤ガイコツは無念そうな叫び声をあげつつ倒れた。
ううん、なんか、ごめんね。
私が倒したわけじゃないけども。
「死体調べてお金拾っといてね」
クロウさんに言われた通りに赤ガイコツの死体を調べると1000ゴールド近い大金と色々なアイテムが表示される。
「このスクロールというのはなんでしょう?」
「ああ、全部ゴミだから気にしなくていいよ。金だけ取っておけば」
そっか、全部ゴミか。
クロウさんがそういうので他のものは気にしないことにして、言われた通りお金だけを拾う。
その後はフラウスさんが弱った青ガイコツを連れて来てくれた。私はそれを同じように横から叩く。
そのうちに次の赤ガイコツが沸いてきて、クロウさんがそちらに向かう。
その後、クロウさんとフラウスさんが代わるがわるに弱った赤ガイコツと青ガイコツを一匹ずつ私の所まで引っ張って来て、私はそれを横から叩き、ガイコツが倒れるとお金を取った。
時々ハルバードの大振りでダメージを受けるけれど、着せられた強力な魔法のかかった金属鎧とたくさんのバフのお陰でほとんどダメージを受けない。
そして少しだけ受けたダメージは、ネロさんが回復してくれる。至れり尽くせりだな。
どんどんスキルとステータスが上がっていく。
すごいな。
―すごいけど。
「このガイコツって、ゴブリンと比べたらどのくらい強いのでしょう?」
「え、ゴブリン?」
クロウさんが驚いたようだ。
「ゴブリンは雑魚でしょ。その斧なら一振りで倒せるんじゃないかな」
「そうなんですね」
そっか。一振りで倒せちゃうのか。凄いな、この斧。
お金もすぐに重量オーバーで持てなくなって他の方が代わりに持ってくれた。
何匹もの骸骨を倒す中で、ガイコツの死体の中に一本の剣を見つけた。片手用のロングソード。柄に青い宝石のはめ込まれた綺麗な剣で色々な魔法がかかっていた。だけど、見比べるまでもなく今私が振るっている斧の方が強い。
―この綺麗な剣は、ゴミだ。
「斧、いくつくらいになった?」
クロウさんに聞かれてスキルを確認する。
「28です」
他の関連スキルも軒並み20以上に上がっている。
「よし。じゃあ、そろそろ撤収するか!」
クロウさんがそう言うやいなやネロさんがゲートを作って、私たちはそれを通って町へと帰還した。
町の冒険者ギルド前の広場。
手に入れたゴールドは皆さんにとってははした金だということで、全部持って行けと言われたのだけれど、合計4万ゴールド以上の大金を受け取るわけにもいかない。
なんとか断って四分の一、何もしてないのでその半分、ということで5千ゴールドを私の取り分としてもらった。今日の戦闘で筋力のステータスも大きく伸びたとはいえ、5千ゴールドは私の持てるぎりぎりの重量だ。
金貨って重いんだね。
「コヒナさん、楽しかったー?」
クロウさんが聞いてくる。
「はい。おかげでスキル、沢山上がりました。すっかりお世話になってしまいました」
「いやいや、気にしないで! 俺も初めの頃先輩たちには世話になったから」
クロウさんがそう言って、他の人たちも満足そうに同意した。
クロウさんの言う通りなんだろう。この人たちはみんな、凄く優しい人たちだ。間違いない。何も知らない私を楽しませようと手を尽くしてくれた。先輩から受けた恩を新人の私に返してくれているのだろう。
もし、昨日、一番先にクロウさんに会っていたら、私も心からそう思っていたかもしれない。
「コヒナさん、よかったらうちのギルドに来ないかい。色々教えてあげる。メンバーも多いし、楽しいよ」
クロウさんが言ってくれた丁度その時、広場の前の大通りを、大きな生き物が横切った。
「今のは」
「あー、珍しいね。ジャイアントストラケルタ。騎乗スキルと獣使いのスキルどっちも必要で使う人あまりいないんだよ」
「そうなんですね。可愛いのに」
「んー、便利と言えば便利だけど、獣使いスキル上げるならもっと強いペットいるし、全部中途半端な」
説明してくれるクロウさんにはとても申し訳ないけれど、それ以上聞きたくない、と思ってしまった。あの子、ジャイアントナントカコントカじゃないよ。
ロッシー君、って言うんだ。
「すいません、今の方、知り合いでして!」
クロウさんの言葉をさえぎるように言う。
「あ、そうなの? ゴメン」
「すいません、見失うといけないので、行きます。今日は本当にお世話になりました!」
大変人通りの多い、町の広場の真ん中ではございますが、緊急事態につき失礼。
べーん。
私はもらった装備を全部脱ぐ。
「これ、ありがとうございました!」
あげると言われた装備一式を、半ば強引にクロウさんに押し付ける。
それからなんの効果もない、ただの羊毛でできた「自分の服」を身に着け、もう一度、親切にしてくれた皆さんにお礼を言う。
「本当にお世話になりました! ありがとうございました!」
勢い良く頭を下げて、さっきの大きな生き物のあとを追いかける。
お世話になった皆さんがぽかんと口を開けて見ているのを背中に感じる。とても優しい人たちだった。
でも、あれは冒険じゃない。
昨日は一匹もモンスターを退治しなかった。羊さんの毛を刈ってゴブリンから逃げただけ。でも心躍る冒険だった。ゲームから離れてお仕事をしている時にも、時々にやけてしまうほどの。
だから、
この世界のことを教わるのなら、あの人がいい。
思い切り走りながら、裁縫屋さんの前、ロッシー君から降りる人影にむかって呼びかける。
NPCの様な生活感丸出しの服装の、とても冒険者には見えない人。
でもたった一日、数時間で私にこの世界の「冒険」をさせてくれた人。
「ナゴミヤさん!」
「え、うわ、何、何⁉」
今日はゴブリンは連れていないというのに、ナゴミヤさんは初めて会った時と同じような反応をした。
「ナゴミヤさん!」
「は、はい!」
これが冒険なんだと私に教えてくれた。
ナゴミヤさんには、責任を取ってもらわなければいけない。
何故か気を付けの姿勢になっているナゴミヤさんにそのことを伝える。
「私の師匠に、なって下さい!」
ありがとうございました!
実は作者胃腸炎を患いまして、前二日ほど寝込み、今日やっと起きられるようになった次第でして、今回もそうですがまた次回の更新にはお時間いただくことになると思います。すいません。
次回は特別編として、エタリリの世界に特別なお客様をお招きします。お客様は特別ですが、コヒナさんをはじめうちの子たちは平常運転でございます。
のでいつも通りのエタリリの面々を見るつもりでお越しください。
また見に来ていただけたらとても嬉しいです。




