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世界渡りの占い師は NPCなので世界を救わない  作者: 琴葉 刀火
第一章 世界渡りの占い師
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勇者見習いの少年、NPC占い師と出会う

 峰岸雅人は、子供のころは物語が好きだった。アニメも、少年漫画も、ファンタジー小説も、RPGゲームも大好きだった。


 世界にアクがあって、そこで勇者がアクを退治すると、世界に平和が訪れる。その単純な構造に胸を躍らせた。自分はいつか巨大なアクを倒す。そんなことを本気で信じていた頃もあった気もする。


 でも実際の自分を取り巻く世界では、平凡に大人たちが言うとおりに進んでいく以外に生きていく方法がない。息苦しくても、馬鹿馬鹿しくても、狂っているとしか思えなくても、この世界は平和なんだという。


 世界は狂っている。それを本気で主張すれば、狂っているのは自分だ。世界は平和らしいから。


 この世界に倒すべき魔王はいない。そう気づいてしまってからは物語フィクションはつまらなくなった。



 所詮物語は物語だ。



 大好きだった物語がつまらなくなると世界そのものも色あせた。そうして自分から楽しむということも次第にしなくなっていった。だから大人たちの言うとおりに学校に通い続け、無難な大学を出て無難に就職する頃には、雅人が物語というものから遠ざかって久しかった。


 そんな時、仕事先で偶然幼い頃の友人 川村進と再会した。


 進は当時一番一緒に遊んだ友人だった。雅人と進は好きなものが良く似ていた。昨日見たテレビの話、貸し借りした漫画の話。進とは何をしていても楽しかった。とりわけ一緒にゲームをするのは最高だった。ボードゲームでも、カードゲームでも、ビデオゲームでも。対戦プレイだろうが協力プレイだろうが関係なしに、まるで自分が二人いるみたいに、勝つのも負けるのも楽しかった。


 でもクラスが変わったりして、雅人がひねくれ始めた小学校高学年くらいには一緒に遊ぶこともなくなっていた。いや、もしかしたらそれは逆で、進と離れたことで世界はつまらなくなったのかもしれない。


 久しぶりに会った進はそのころのまま変わっていなかった。



「名前おんなじだからもしかしてと思ったんだけど、マサは大分変わったなあ」



 進は言う。進から見たらそうなのだろう。だが十年以上たっているのだ。変わっていない進の方がおかしいのだ。



「マサは休みの日とか何してる?もしかして今でもゲームとかやる?」



 ゲーム。はは、ゲームか。



「なんだよう。昔よくやったじゃんかよう。最近のゲームすげえんだぞ。なあ、一緒にやろうぜ。昔みたいにさ。明日休みだしよう。お前となら楽しいと思うんだよ」



 進は自分が今やっているゲームのことを語りだした。MMORPG。そこではプレイヤーが一つの世界を共有し、協力したり、競い合ったりしてゲームを楽しむのだという。



「初対面のやつとクエスト一緒にやったりしてよう。その後意気投合してつるむようになったりよう」



 ゲームの中で会話して、意気投合して。何を言っているんだこいつは。


 三年前にサービスが開始されてから、マサはずっとそのゲームにはまり続けているという。


 何をしているんだろうこいつは。他にやることがなかったんだろうか。



「同年代もいっぱいいるからよう。パソコンあるだろ、それでできるからよう」



 確かに同年代でもゲームに嵌っている人間はいるかもしれない。だがそれは進のようなちょっと変わった人種だろう。


 雅人にとって進との再会は、あまり嬉しいものではなかった。何でこいつは大人にならなかったんだろう。子供のころのままに笑う進は、見ていて腹立たしかった。


 尚もしつこく誘ってくる進に、気が向いたらな、とお決まりの断り文句を返し話を切り上げた。



 馬鹿馬鹿しい。



 その日の帰り道、電車の中でも、進のヘラヘラした顔が頭から離れなかった。


 何がゲームだ。あいつは解ってない。意味のないことをしたって仕方がない。


 ゲームなんかをやっている暇があったら、


 暇があったら。


 暇があったら、何をするんだろう。自分は何をしてきて、あいつは何をしてきて。


 その結果自分とあいつの何が違うんだろう。


 羨ましい。ちがう、そうじゃない。悔しい。それも違う。ただ、認めたくない。


 自宅アパートの最寄駅近くの電気屋。そのゲームコーナーには、進が語っていたゲームが並んでいた。手に取りかけて、熱いものに触ったようにすぐひっこめる。しばらくゲームをにらみつけた後



「馬鹿馬鹿しい」



 そうつぶやいて、電気屋を出た。


 家に帰り、テレビとパソコンを付ける。鍋に水を張って、そのままインスタントラーメンと卵を突っ込んで火をつけ、缶ビールを開ける。テレビもパソコンも、見たくない情報ばかりだ。



 それらを見ながら出来上がったラーメンを食べた。



 何も頭に入ってこず、今やっているゲームを楽しげに語る進の事ばかりが思い出された。


 翌朝、開店と同時に電気屋に入り、「エターナルリリック」を購入した。



 何がエターナルだ。馬鹿馬鹿しい。



 家に着くとすぐにインストールした。その間は暇なので携帯でエターナルリリックの情報を検索した。すると、パソコンとソフトのほかにコントローラー、パソコン用のゲームパッドというものが必要になるとわかった。



 ススムの奴、いい加減なこと言いやがって。



 再び電機屋まで出かけ、ゲームパッドを購入した。


 ほんの少しだけやってみて、やっぱりゲームなんてつまらないと進に言ってやる。自分はそのためにゲームを始める。そしてあの、昔のままの進を否定する。



 雅人は自分がその為にゲームを始めたと、まだ本気で信じていた。



 ゲームを始めると、初めに種族と職業を選ばされた。聞いたことのない種族ばかりだったので、なじみのあるエルフを選択した。エルフ族の見た目は自分のイメージする、子供のころにイメージしたエルフに近かった。


 その次に年齢、大まかな年代区分、少年、青年、大人を選ばされた。選んだ世代の中でも顔や体形が細かく調整できるようだ。大人のキャラクターでプレイするのはあまりにも恥ずかしかったので、子供キャラの、ほぼデフォルト通りで作成した。


 職業も様々で、どんなものなのかよくわからないものもあった。吟遊詩人くらいならなんとなくわかるが、探偵やアイドルとは何だ。一番無難そうな戦士職を選んだ。本当は弓使いなんていうのがあって、エルフらしくて少しだけ気になったのだが。



 キャラクターの外見、能力の設定が終了し、キャラクター作成の最後の項目。



「あなたの分身となり、エターナルリリックの世界を旅するこのキャラクターに、名前を付けてください」



 名前を付ける?



 名前なんて、どうやってつけるんだ。そんなこと考えたこともなかった。

 

 いや、ずっと昔に、そんなことを。


 思い出したのは、また進のことだった。



<メルロン>



 こうして、エルフの戦士メルロンの冒険は始まった。


 エターナルリリックの世界は、進が言っていたような自分と同じ様なプレイヤーがごろごろ、といった様相とはずいぶん違っていた。


 考えてみれば3年前に開始したゲームだ。今から始めるプレイヤーは少ないのかもしれない。古参のプレイヤーがスタート地点にいつまでもいるわけがない。少々拍子抜けしたが、まあ、どうでもいいことだ。


 NPCに言われたとおりに、言われたクエストをこなす。リアルと一緒だ。でも違うのはこのキャラクターには使命があって、やがて世界を変えられるということ。魔王がいて、アクがあって、世界が苦しめられている。魔王を、アクを倒せば世界が変わる。 自分には使命などないし、世界を変えたりできない。やっぱり、そんなメルロンが妬ましい。     


 この町で起きるクエストを一通りこなしたら、次の町へ向かう。


 次の町にはプレイヤーもそこそこいたが、みんな自分よりレベルが高く、装備も整っていた。なんとなく劣等感を感じる。プレイヤー同士の会話も聞こえたが、自分には関係のないことだった。


 最初の町と同じように、NPCに言われたクエストをこなす。レベルもそこそこ上がってきたが、この先に進むには足りないかもしれない。町の外で適当にモンスターを狩ってレベルを上げることにした。


 町の近くの平原では、手ごろなオオカミ型のモンスター、ブルウルが際限なく湧く。片手でゲームパッドを操作しながらレベルを上げた。途中からはだるくなってきたので、パソコンを床に下ろして寝たまま操作した。十字キーを操作してエンカウントの音がしたら、決定ボタン。画面を見ていなくても、レベルが上がった今はそれで十分だ。まかり間違ってリーパー種のモンスターに突っ込んだりしない限りは。


 フィールドには時々、「リーパー種」と言われる大きな鎌を持ったモンスターがいる。


 初めの町のクエストで、鎌を持ったモンスターには触れてはならん、というようなことをさんざん言われた。ストーリー上重要な存在で、ずっと先に進んでレベルを上げてから挑む相手らしい。道からずっと離れた所にいるので、わざわざ突っ込んでいかなければ戦いにはならないし、なったとしてもまあ、町で生き返って、また同じことを繰り返すだけだ。


 ぜんぜん楽しくなかった。期待など全然していなかったから想像の通りではある。これならつまらないネットニュースでも見ていた方がましかもしれない。いや、それはないか。一緒だ、一緒。


 ふと、パソコンから聞きなれない音がした。起き上がって画面を見てみると、離れたところでプレイヤーが死んでいた。今の音はプレイヤーキャラクターが死んだときの効果音だったらしい。自分のレベルでは蘇生などできないので、それを遠巻きに見ながらレベル上げを続けた。そのプレイヤーはしばらく死体状態でフィールドにいた後、どこかの町に転送されていった。


 多分最初の町だろう。二番目の町に向かう途中にレベルが足りずに死んでしまったのだと思われる。もしかしたら自分が画面を見ないでプレイしている間に、モンスターを押し付けてしまったのかもしれない。そうだったとしたら申し訳ないが、それもまたどうでもいいことだ。


 とはいえ同じことがあったら流石にマナー違反だ。しばらくは画面を見ながら操作することにした。そのままレベル上げをしていると、さっきのプレイヤーがまたやってきた。そして同じようにブルウルの餌食になり、しばらくすると、また転送されていった。


 何度も同じことが繰り返された。自分のレベルは十分になっていたが、そのプレイヤーが気になってそのままブルウル狩りを続けた。


 何回目かの時、そのプレイヤーは、平原を横切るのをやめ、森の中を通ることを選択したようだった。


 いい方法かもしれない。森の中には足の遅いモンスターしかいない。いやそれ以前に普通にゲームを進めていればこう何度も死んだりはしないと思うのだが。


 なんとなく近くで見てみたくなって寄ってみると、森の半ばのあたりから突然さっきのプレイヤーが飛び出してきて、そのままブルウルの群れの中に突っ込んでいった。



「あああああああ~~~~~~~」



 そのプレイヤーはわざわざ文字チャットで断末魔の悲鳴を上げると、さっきと同じように死んで町に転送されていった。



「……」



 なにをしているのだろう。とても気になってしまった。とりあえず、あのプレイヤーがいるであろう最初の町へ、自分も行ってみることにした。


 帰還石を使って戻り町の中を探すと、道具屋にさっきのプレイヤーがいた。女の子だ。杖を持っているから魔法使いなのだろう。何か買おうとしているのだろうか。


 ところが予想外なことに、そのプレイヤーは持っていた自分の杖を売ってしまった。この町には初期装備のより強い装備は置いていなかったはずだ。どういうつもりだろうと思ってみていたが、しばらく迷った後、今度は靴を脱いで売ってしまった。初期装備の靴なんて文字通り二束三文だ。そしてこれより上の装備というのは、次の町に行かないと手に入らない。


 杖と靴を売ってしまった魔法使いは、さらに迷っているようだった。積極的に人と関わるのはなんだか気が引けたが、このままだととんでもないことになりそうな気がして、思わず声を掛けた。



「ええっと、何をしてるんですか?」


「わあああ!?」



 その女魔法使いは、さっきブルウルに殺された時と同じように、大げさな驚きの声を上げた。



「すいません。さっきから何回も死んで戻ってきてますよね?何してるのかな、と気になってしまって」


「ああ~、お騒がせしてすいません~。隣の町まで行きたいのですが、なかなかたどり着けないのです~」



 魔法使いの名前はコヒナ。コヒナは、キャラ付けなのか何なのか、何だか間延びしたしゃべり方をする人だった。レベルは1。外に出て周りの敵を数匹倒すだけでもレベル2にはなるので、恐らく全く戦闘をせずに2番目の町を目指していたのだろう。そう考えるとあそこまでたどり着けたというのは、もしかしたら凄いことかもしれない。



「でも、レベル1ですよね?レベル上げてからじゃないと、あそこは厳しいかなと思うのですが……。もし良かったら、レベル上げ手伝いましょうか?」



 声を掛けてみようと思ったのは不思議なことだったが、自分と同じく今始めたであろうこのプレイヤーが一体何をしているのか、気になってしかたなかった。進が昨日、気があった人とその場でパーティーを組んで、なんて話していたのも、もしかしたら理由の一つだったのかもしれない。


 この提案はコヒナにも渡りに船だろうと思ったが、意外にも断られた。



「とてもありがたいのですが、訳あってモンスターを退治することはできないのです~」



 コヒナはそういうと、すいません、と頭を下げた。倒せない相手に突っ込んでいく割には、キャラクターの動かし方がうまい人だった。アクションとセリフがぴったり連動していて、アニメか何かのキャラが動いているように見える。そして、チャットが恐ろしく速かった。


 だが言っていることは意味不明だ。モンスターを退治できない、とはなんだろう。宗教上の理由とかだろうか。そうだとするとさすがにゲームを続けるのは無理がありそうだが。



「もしよかったら、その訳というのを聞かせてもらえませんか?」



 断られたのだから、そうですか、失礼しました、とでも言って立ち去ればいいのに。この時の自分は多分何かに憑りつかれていたのだと思う。



 コヒナはいろいろなゲームを回ってゲームの中で占い師をしているのだという。エターナルリリックには初めて来たのだが、最初の町には人がいないので次の町に行きたい、だが自分は占い師なので戦闘はしない、できない、やりたくない。簡単に言えばそういうことだった。


 戦うのはNGだけど薬草を使うのは良しということで、装備を売って薬草を手に入れようとしていたらしい。


 ロールプレイというものだろう。多分変わった人なのだろうと思ってはいたが予想以上だった。ただ、それを嫌だとか気持ち悪いとかは思わなかった。酔狂なことだとは思うが、この酔狂を、ちょっと助けてあげたくなってしまった。



「コヒナさんは、センチャの町で占い師をしたい、そういうことですよね?」


「そうです~」


「わかりました。では僕が、あなたをセンチャの町まで護衛します」


「ふへっ?」



 本当に驚いたらしくて、チャットとリアクションがずれた。この変なプレイヤー、自称占い師が驚くのは、見ていて面白かった。



「それなら問題はないですよね。旅をする占い師さんを護衛する。なかなかに燃えるクエストです」


「しかしあの、私にはお支払いできるお代が、ええと7円しかありません」



 7円。円て。多分7ゴールドの事だろう。



「いえ、お代は結構ですよ」



 7ゴールドを貰っても仕方ががないし、用心棒代を請求できる相手だとは初めから思っていない。



「では、せめてこちらの」



 そこまで言うとコヒナはいきなり薬草を食べ始めた。多分渡そうとして間違って使用してしまったのだと思う。得意不得意が極端に極端な人だ。


 暫くもぐもぐと薬草を噛んだ後、



「しかしそれではあまりにも申し訳ないです」



 何もなかったように話を続けた。



「コヒナさんは占い師さんで、だから戦えない。そういうのは勇者がやることだから。そうですよね?」


「…ハイ」


「じゃあ、勇者見習いの僕が、戦う力を持たない占い師さんの旅を護衛する。丁度行き先が一緒だから、お代は結構ですよ。これは勇者としてアリ、ですよね?」



 コヒナはむむむむ、とうなっていたが、



「ではお代として、町に着いた時に、一度占っていただく、というのはどうでしょう」



 と提案してみると、護衛につくことを了承してくれた。ロールプレイというものを大切にしている人なら、これはきっと断られないだろうと思ったのだ。


 護衛する方法としては、二つ方法がある。システム上の「パーティー」を組んで進む方法と、パーティーは組まず別々に行動しながら護衛する方法だ。


 エターナルリリックでは敵シンボルがマップ上に表示され、それに接触すると戦闘が始まる。パーティーの誰かが敵シンボルに接触して戦闘が始まると、パーティーを組んでいるメンバーが全員その先頭に参加する。そのためパーティーを組んでできるだけ固まって行動する方が圧倒的に護衛しやすい。 


 ただ一つそれには問題があって、パーティーを組んでしまうと、モンスターを倒した時の経験値がパーティー全体で分散されるということである。



「確認なのですが、パーティーを組むと、僕が倒した分の経験値がコヒナさんにも加算されます。レベルが上がってしまうかもしれませんが、それは大丈夫ですか?」


「はい。私自身が戦わなくてよいなら~」



 心配していたがあっさり受け入れられた。レベル上げはしたくないけれど、レベルが上がってしまうのは別にいい、ということらしい。



「了解です。でもまあ、できるだけ避けていきましょうか」



 コヒナのプレイヤースキルは、実は決して低くなかった。モンスターの索敵範囲などはほぼ完璧に把握している。色々なゲームを渡り歩いているというから、ほかのゲームではもしかしたらやりこんでいるものもあるのかもしれない。


 足音のせいで歩いているときと走っているときは一部のモンスターの索敵範囲が変わることを教えると、なるほどなるほどと非常に感心していた。



「あの、念のためにお伺いしますが、チャットでしゃべっていると襲われやすくなる、といったことはないでしょうか~?」



 それはない。それはないはずだけど、試したこともないのでわからない。



「ふむ、では実験ですね」



 コヒナはそういうとブルウルの索敵範囲のギリギリから、ブルウルに向かって



「おおおい、ブル何とかオオカミさん、聞っこえますか~~~~~」



 と叫んだ。一瞬思わず身構えたけれど、チャットがモンスターに影響するわけはない。



「むう、これはきっと、多分足音と人間の声の周波数が違うせいですね~」



 コヒナは適当な理由をつけて納得していた。たぶん違うと思うけれど、具体的にどう違うのかわからないし、他に納得させられる理由も思いつかなかったので曖昧に相槌を打っておいた。


 レベル12になって、防具も二番目の町で一番いいものを買ったので、フィールド上の敵からはほとんどダメージを受けない。たまにブルウルがしてくる強攻撃の時だけ、少しHPが減る程度だ。戦士職なので回復魔法は使えないが、常備している薬草を使えばたどり着くまでにHPがなくなるという心配はまずない。


 数発連続でダメージを受けたが、面倒で回復していなかったら、戦闘中にコヒナが自分に向けて突っ込んできた。



「勇者様、これを!」



 思い付きで勇者に薬草を食べさせるシーンを演出しようとしたのだろう。その拍子にブルウルに噛みつかれてHPが半分なくなっていた。



「コヒナさん、薬草は薬草→誰に?→対象、で離れていてもHPの回復ができますよ。あと、自分で使っても動くと直ぐエフェクト消えますから、行儀よくモグモグしなくても大丈夫ですよ」



 ブルウルのダメージを回復するために薬草を飲み込もうと一生懸命に口を動かしている(ようにみえる)コヒナに伝えてみた。


 コヒナさんは予想通り、もぐもぐのエフェクトがしっかり収まってから、



「遠くまで届くとか、この世界の薬草は魔法の産物なんですね~」



 と言った。


 確かに薬草を使って傷が治るのは、魔法的な効果なのかもしれない。そもそも薬草を食べて傷が治るというのは深く考えると変な話だ。きっと魔法の草なのだろう。


 砦までは順調にたどり着いた。ここまではコヒナが一人でもたどり着けたところだ。ここから先は、ブルウルが際限なくポップする平原だ。見通しが良いためブルウルの索敵範囲が広くなり、またブルウルの敵シンボルは移動速度が速いため、通り抜けるにはどうやってもエンカウントを免れない。


 改めてみてみると、すごい数だった。



「こんなにいっぱいいるなんて、餌が豊富なんでしょうか~」


「冒険者じゃないですか?コヒナさんをいっぱい食べてるんじゃないですかね」



 コヒナはその解釈が気に入ったようで、安くておいしいコヒナご飯~と歌なんだかなんだかを始めた。



「安くておいしいって…。女の子がケダモノ相手に自分を安売りはいかんですよ」



 そういうと、ツボにはまったようで「あははははははは」とチャットと仕草で笑いながらバシバシと自分を叩いた後、



「い…、メルロンさん、うまい。10コヒナポイントあげます」



 と言われた。溜まったら何があるのか聞いてみたが、10億ポイント貯めるとこれがすごいんです、とだけ言われて具体的な内容は教えてくれなかった。


 コヒナは時々なんの脈絡もなく「い」と発言する。なにかのマクロなのだろうが、キャラクターを生きてるみたいに操作するこの人がする操作ミスとしてはちぐはぐだ。



「では、いきましょうか。南西の崖沿いを突っ切ります。エンカウントしちゃった場合はすぐに僕の後ろに入ってブルウルから距離を取ってください。そのまま離脱できるようなら離脱を。崖沿いにまっすぐ逃げて、町の中に駆け込む。これで行きましょう」



 予想通り、コヒナの逃げ方は上手だった。少しモンスターをひきつけてやると、残りの索敵範囲を器用に避けて進んでいく。ひきつけたモンスターと戦闘になっても、そのまま離脱。そして次のモンスターの索敵範囲のギリギリで自分を待っている。システム上のレベルは1だが、プレイヤーレベルはずいぶんと久しぶりにゲームというものに触れている自分などよりはるかに上だ。


 こうしてコヒナは一発のダメージも受けずに平原を抜けることができた。自分のHPは半分近くまで減っていたが、ここから先はモンスターのポップも少ない。少々寂しいが、護衛はここで終わりだ。



「やったーーーーー」



 コヒナがチャットで叫ぶ。自分もつられて声を上げようとした瞬間、



「イケメルロンさん、後ろ!」



 コヒナさんの叫び声の直後に、エンカウント音が響いた。


 ブルウルだと思って振り返ったが、相手を見て愕然とした。敵はどこからか流れてきたリーパー種だった。町の入口の真ん前にいていいモンスターではない。だがその考察は、今はどうでもいい。 


 リーパー種は足が遅い。離脱すればすぐに逃げ切れる。だが、その前にどうしても一撃食らってしまう。今の半分近くまで減ったHPでは、それを受け止めるのは絶対に不可能だった。


 クエスト失敗、か。


 いや、そうでもないか。このままコヒナが逃げて町に入ることができたら、このクエストは成功だ。自分はここで死んでもすぐに2番目の町で復活できる。中での再会は容易だろう。


 

 でも、悔しい……な。もう少しで一緒に達成できたのに。


 

 ダメと分かっていても、馬鹿馬鹿しいと思いながらも、何とか逃げられないか足掻いてみる。


 だが、逃げる自分の背中に、死神の鎌は振り下ろされた。


 半分以上あったHPは、一瞬で無くなって


 何故か残りHP3で、踏みとどまった。そんなはずはないのに。絶対に即死するダメージを受けたはずなのに。


 システムログをみて理解する。戦闘に入る直前、コヒナが自分に魔法の草、薬草を使っていた。


 画面はHPの残りが極わずかであることを示す真っ赤、だが逃げ出すことは可能だ。


 離脱後すぐに町の門へ向かう。

 先行していたコヒナは自分が逃げ切ったことを確認すると、



「わあああああああああ!!!!」



 と声を上げながら町の中に駆け込んでいく。



「うおおおおおおおおお!!!」



 その真似をして、叫び声をあげながら、自分も町の門へと逃げ込んだ。



「やったあ!!やりました!ありがとうございます!センチャの町、到着~~!」



 言いながらコヒナがくるくると回った。そうだった。この町はセンチャというのだ。「二番目の町」ではない。そんな名前の町なんてない。センチャの町に、到着したのだ。




 くっ、くくっ。は、ははは、あはははは。




 画面の前で、自分が笑っていた。

 それを、キーボードで打ち込む



「あはははははは。やりましたね!」



 コヒナがそうするように、画面のこっちで、自分が笑っていると伝えるために。



「い…、メルロンさん、本当にありがとうございました。お陰で何とかやって行けそうです~」



 また「い」が出た。操作ミスではなく、多分だが自分の名前を呼ぶときに、誰かと混同しているようだ。別のゲームで一緒に遊んだ誰かなのかもしれない。そういえばリーパー種とエンカウントした時に、何だか変な呼ばれ方をした気がする。



「いえいえ。僕も楽しかったです」



 楽しかった。嘘じゃない。子供のころススムと遊んだ時のように、楽しかった。



「では、お約束の報酬、というのも申し訳ないのですが~。何を見ましょうか~?」


「ん~、じゃあ、そうだなあ…。今後の僕のゲームの行方、というのはどうでしょうか」



 欲張ってしまったんだと思う。もしかしたら、自分はまた物語を楽しめるのかも、なんて。馬鹿馬鹿しいことを考えてしまった。占い結果もきっといいもので。そう思ってしまった。


 だから、コヒナが占いの結果の一言目を聞いて、勝手に裏切られたような気分になった。



「メルロンさんは、本当はこのゲーム、やりたくなかったんじゃないでしょうか~」


「えっ」


「過去を表す場所に、「愚者」の逆位置が出ています。「愚者」は正位置ならまさに旅立ちのカードです。これが逆位置に出ているということは準備不足や様々な原因で「出発しない」ことを示しています。気が進まない、というのが一番しっくりくるのです」


「なるほど…。でもそれだと、「やりたくなかった」よりも何かの原因で今までできなくて、今日やっとこれた、みたいな解釈にはならないの?」



 思わず反論してしまった。コヒナの、言うとおりだったのに。自分で避けてきたのに。自分で物語から遠ざかっていたのに。



「ううん、違うと思います。うまくいえないんですけど、後に出ているカードにも気持ちとか情熱といった内容が含まれますので~、ご自身の気持ちによるところが大きいと思います~」


「そっかー。んん-、わかりました。そうですね。当たりです」



 その通りではあるのだけれども。この人に「でも、楽しくなかったんでしょ?」と言われてしまったような気がして。それは違うと説明したくて。



「でも、僕は」


「ああ~、ちがうのです~。過去の位置はそのように出ていますけど、占いの結果は逆です。メルロンさんの冒険のこれからは、希望に満ち溢れています~」


「えっ」


「2枚目に出ているのは「運命の車輪」。運命の変化を示すカード、運命が大きく変わるカードです。そして3枚目には情熱や冒険心、好奇心を持った子供のカード。この2枚のカードの意味するところは、何か予期しない出来事や出会いによって価値観が変わり、情熱が芽生える、楽しくなる、といったところだと思います~」



 納得した。なるほど、運命の車輪か。コヒナさんに自分から声を掛けた時、いや、もしかしたら昨日ススムに会った時から感じていた、何かが変わる予感の正体が分かった気がした。


 また顔が笑ってしまっていることに気づく。笑顔を作るんじゃなくて、自分から笑うなんて。いつから笑ってなかったのだろう。いや、自分が笑ってないことにも気付かなくなったのは、何時からだったろう。



「全体としては、あまりやりたくなかったゲームだけれども、やってみると中で興味を惹かれることや人と出会って楽しくなってしまう、といった結果になります。よい出会いがあると思いますよ~」



 嬉しい。いや、恥ずかしい。だって、それではあまりにも、当たりすぎている。



「わかった。参った、参りました。もう勘弁してください」



 そう言ったら、コヒナは占いの結果に不満があると思ったようだ。さらに詳細を伝えようと言葉を重ねる。



「いや、大丈夫です。納得です。いい結果ですね。確かに」



 これ以上は恥ずかしくて聞いていられない。ああ、楽しかった、本当に楽しんだのだ、と実感する。



「では、僕は行きます。この後友達と約束があるので」


「はあい。頑張ってくださいね~」



 コヒナは、ここで占い屋さんを始めるという。たしかにホジチャ村に比べれば、人通りは多いかもしれないが、この先の大きな町まで行けばさらに人は多くなる。


 それはコヒナにとってもいいことだろう。



「コヒナさん、もしよかったら」



 もしよかったら、この先も一緒に。


 言いかけてやめる。それは言ってはならない。この人は旅の占い師。勇者見習いの自分と一緒に旅をすることはできない。



「もし、僕がダージールの町にたどり着いて、十分にレベルを上げて。その時まだ、コヒナさんがこの町で占い師を続けていたら、また護衛させてもらえませんか?今度は、ダージールの町まで」


「それは~、とてもありがたいですが~。とても大変だと思いますよ~?」



 その通り。きっと大変だろう。今回のクエストとは、比べ物にならないほど。自分一人では、無理かもしれない。



「何か、いい方法を考えますよ」



 誰か、付き合ってくれそうな人を探して一緒にやるのもいい。そのアテも、ないわけじゃない。



「その時が来たら、またよろしくお願いします。では、これで。コヒナさんも頑張ってくださいね」


「はあい。ありがとうございました。い…メルロンさんの旅が、幸多き物でありますように~」



 コヒナはアニメのキャラクターみたいに、ペコっとお辞儀してからにっこり笑った。




 コヒナと別れてすぐ、ススムに電話を掛けた。



「よお、エタリリ始めたよ」


「マジか。いやぁ、やってくれると思ってたよ。種族は?今どの辺?」


「まだ始めたばっかりだよ。エルフで、2番目の…センチャっていう町。これから次の町に向かうとこ」


「お、なんか手伝う?」


「ん~、こっちから連絡しといて申し訳ないけど、まだいいかな。しばらくは一緒に遊べないけど、待っててくれ。そのうち追いつくから」



 手伝ってもらって手っ取り早く進めるのもいいかなとも思うけど、今はもう少し、ゲームと物語そのものを楽しんでみたい気持ちだった。



「なんだよぉ、やっぱマサはマサだなあ。こないだあった時はほんと別人かと思ったんだけどなあ。大分ハマってんじゃないかよぉ」


「ハマってるって、そんなんじゃないよ。馬鹿馬鹿しい」



 恥ずかしくなってついむきになって言い返してしまった。しまったと思ったが、ススムは大声で笑った。



「懐かしいなあ、それ」


「それってなんだよ」


「それって、それだよ。その馬鹿馬鹿しいっていうの」


「あん?」


「デルタブルーだろう。デルタレンジャーの。マサ、良く真似してたよなあ」


「……そうだったか?」



 よく覚えていない。でもススムがそう言うなら、そういう事もあったのかもしれない。



「なあススム、しばらく先の話なんだけど。手伝って欲しいことがあるんだ」


「お、クエストか?いいぜ。どんなやつだ?」


「クエスト…。そうだな、クエストだ。NPCの占い師を、ダージールまで送り届けるっていうクエストなんだけど」



 わざと伝わらないように言ってみる。ススムにも、こんな出会いがあったんだろうか。今度会った時にはススムが通ってきた物語も聞いてみたい。



「そんなクエストあったか?誰のクエストだよ」



 進はきっと、どのNPCから受ける、という意味で誰のといったんだろうけど。


 変な聞き方をしてくるからつい。



「誰の物語(クエスト)ってお前、」


 

 それにとんでもなく恥ずかしい言葉を返しそうになって。




 「馬鹿馬鹿しいこと、言ってるんじゃねえ」


 「なんだよそれぇ」



 電話の向こうで、ススムが笑った。


 自分もそれにつられて笑った。声を出して、思い切り笑った。


予定より遅くなってしまいました。申し訳ございません。

次回の更新は「リアル都合」により、2週間後を予定しています

時系列が1話の時に戻りまして、コヒナさんがダージールで恋愛の相談を受けます。

また見に来ていただけれると、とてもうれしいです。

では、皆様の旅が幸多き物でありますように。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 雅人さんおかえり沼への巻 「い」はチャットが速い弊害だったww ロールプレイに付き合ってくれる人はいい人が多い説。 コヒナさんの純粋なこだわりは清涼剤にもなりうる……ええ話や……
[良い点] 主人公のコヒナさんが面白いキャラだと思いました。 わざわざ悲鳴をキーボードで打つとか…… 占いをした後、占いされた側からのお話もあって占われた内容がどういったものだったのか実感できます。…
2021/09/17 16:12 退会済み
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