あの日見た雷《いかづち》
いらっしゃいませ!
本日は過去最年少のお客様がご来店です!
夕方の五時。ネットゲームの界隈が騒がしくなり始める時間。
ギンエイ座の座長さんも忙しいはずなのだけど、何故か隣にいて私と雑談を交わしている。
「公演は大丈夫なのですか~?」
ギンエイさんは前に同じように私とおしゃべりをしていたのをギンエイ座の副座長さんに見つかって散々怒られた後に引っ張られていったことがある。
「ほほ、問題ありませぬ。今日はワタクシがいなくても問題ない演目ですからな。それに二号機を残してきましたのでキティーに直接見つからない限りは怒られる心配もございませぬ」
やっぱ見つかったら怒られるんじゃないか。
それに二号機って。
ギンエイさんには同じギンエイと言う名前で別のアバターがいるらしい。ワタクシ二体までなら同時に動かせますぞ、と言っていた。二体動かすとなるとハードも二台必要だから多分冗談なんだろう。二体操作する意味が良くわからないし。でも何故かもしかしたら本当なのかも、とも思ってしまう。ギンエイさんはそんなちょっと不思議な雰囲気の人だ。
残念ながら二号機さんにはお会いしたことがない。二号機さんまで私とおしゃべりしてたら副座長のキティーさんは大変だろう。私も二人のギンエイさんの会話に入っていける自信無いし。
キティーさんは半巨人族の女性で、半巨人族の常で背がとても高い。モデルみたいな体系でいてお名前がキティーさんと可愛らしくそのギャップはなかなか良い。我儘ボディーを紺のスーツでびしっと固めたメガネの素敵な「超できる秘書」みたいな方だ。
実際に凄い方らしく、ギンエイ座には必要不可欠な存在だとか。アクターとしての人気も高いのだそうだ。
残念ながら私はギンエイ座に行ったことがない。
行ってみたくはあるけれど、私には占い師というお仕事があるからね。コヒナ二号機は無いので仕方がない。
「おお、ワーロー殿。丁度良かった。この方ですぞ。件の占い師は」
おしゃべりしていたギンエイさんはお友達に気が付いたらしく手を振って声を掛けた。
おや、私をお探しでしたか? ええと、ワーローさん?
ギンエイさんが手を振った先には人間族の…………?
人間族の職業不明の人がいた。
動きやすそうなシャツと厚手のズボンに、風と日光をさえぎるためのフード付きの外套。武器と言うには頼りない細くて長い杖。だけど魔法使いにも見えない。強いて言えば旅人、だろうか。
もっと率直に私が見た印象を口にするなら「愚者」。タロットカードの「愚者」だ。
お名前は正しくはワーローさんではなくワアロウさん。ダメですよー。素敵なお名前じゃないですか。ちゃんとしっかり正確に呼ばないと。ワアロウさんはギンエイさんに軽く頭を下げてから近づいてきたけれど、私に気が付いて足を止めた。
「わアロウさんとおっしゃるのですね~。何か御用でしたか~?」
ワアロウさんが止まったまましゃべらないので、飛び切りの笑顔でこちらから声をかけてみた。ギンエイさんが探してた、みたいな言い方をするからちょっと期待してしまったのだけれど、
「あ……いえ。大丈夫です」
そしてまたそのまま止まってしまった。
「わアロウさん~? 大丈夫ですか~?」
「あ、すいません。度々」
「何かございましたらお伺いしますよ~?」
こちらから水を向けてみたけれど、
「コヒナさんは、こうして占いするの楽しい……ですか?」
と、ワアロウさんはそれだけを聞いてきた。
「勿論です! とても楽しいですよ!」
ワアロウさんはそれだけを聞いてきたので、仕方なく私はまた飛び切りの笑顔でそれだけを返した。
「そっか。それは良かった」
ワアロウさんはまたそれだけを答えた。
「では、また」
それだけだった。
ざりっ
立ち去ろうとするワアロウさんの背中に
「わアロウさん~、私はあと五日間、この世界にいます~。夜は大体おりますので何かございましたら~」
と声をかけると、ワアロウさんは一度振り返って軽く手を上げてくれた。そしてそのままどこかへ飛んで行った。
「ふむ? ワーロー殿、ここには占い師もいるんだと言ったら会ってみたいと言ってたんですがな。てっきり見て欲しいことがあるのかと思ってたのですが」
「そうだったんですね~」
「もう解決したのでしょうかな。でもそういう雰囲気ではなかったな」
言いながらギンエイさんが首をひねる。
「コヒナ殿は……」
ギンエイさんが何か言いかけた時、ワアロウさんと入れ替えにイケメルロン君がやってきた。
「コヒナさんこんにちは。今のは……?」
「わアロウさんですか? さあ~。何かお話があったようですが、今日は止めにしたようです~」
「そうでしたか。何だか、失礼なヤツでしたね」
おや、遠くから見てたのかな。いつも温厚なイケメルロン君が珍しい。でも失礼っていうこともないだろう。きっと何か事情があるのだ。ここはフォローしておこう。
「まあ、話しにくいことだったのかもしれないですし~。まだしばらくはここにおりますので、またの機会にお話できるかもしれません~」
そうだ。お話しできるチャンスはまだある。
「あっ、すいません。お客さんですもんね」
イケメルロン君がバツが悪そうに言った。
「ああ、メルロン君? 全然気が付いてないようだからお伝えさせていただくが、実はコヒナ殿のすぐ隣にワタクシもいるのですがな?」
隣にいたギンエイさんがおほん、うおっほんとわざとらしく咳ばらいをしながら言う。イケメルロン君ははあ、とため息をついた。
「こんにちは、ギンエイ先生」
「うむ、よろしい。はいこんにちは~」
にやにやと笑うギンエイさんを見てイケメルロン君はまたため息をついた。
イケメルロン君はいつの間にか弓使いに転職しており、武器もイケメルロン君の身長と同じくらいの大弓に変わっていた。理由を聞いてみたら本当は初めから弓使いをやってみたかったのだと恥ずかしそうに教えてくれた。そもそもがイケメルロン君だしな。金髪碧眼のエルフには弓が良く似合う。
ギンエイさんとイケメルロン君はお友達なのだそうだ。それもずいぶん前、私がこの町に着いてすぐの頃からだという。
イケメルロン君はギンエイさんをちょっと苦手としているようなのだけど、ギンエイさんはイケメルロン君のことが大好きで見つける度にちょっかいをかけている。
イケメルロン君の方も苦手とはいっても嫌いではないらしいし、ギンエイさんのことを「先生」と呼ぶ。弓の使い方をギンエイさんに習ったから先生なのだそうだ。きっとここにも私の知らないお話があるのだろうな。
「おや? メルロン君。後ろの方は弟さんですかな?」
「え?」
言われてイケメルロン君が振り返る。そこにはイケメルロン君とよく似たエルフの男の子がいた。身長はイケメルロン君よりも小さい。金髪でイケメルロン君より少し明るい青色の目。ふわふわの白いローブ。海外の絵本に出てくるエルフの様だ。
「こんにちは。うらないやさんですか」
おそらくチャットに慣れていないのだろう。エルフの少年マーク君が平仮名ばかりのちょっと奇妙な文章で話しかけてきた。
「おっと、お客さまでしたな。これはしつれいを。ささ、こちらへおかけください」
ずい、とギンエイさんが進み出て私の前のお客様席の椅子を引いてくれる。
「ありがとう、ございます」
マーク君がちょこん、と椅子に腰かけた。
こういうことは私がするべきなのだろうけど、ギンエイさんは凄く気の回る人で色々助けてもらってしまっている。しかも何かお礼を、と言うたびにいやいやこちらの方がお世話になってますのでと言われてしまうのだ。
お世話なんかした覚えもないのだけれど、そもそも私にできるお礼なんてそんなにないっていう噂もある。
イケメルロン君は普段はお客さんが来るとすぐ席を外すけれど、今日は珍しくちょっと離れたところでNPC裁縫屋さんの壁に寄りかかって立っていることにしたようだ。兄弟のようによく似たマーク君に興味を持ったのかもしれない。
「いらっしゃいませ~。何を見ましょうか~?」
「うんと、しょうらいのこと?」
ふむ。しょうらい。将来かあ。あまり得意じゃないんだよなあ。
「タロットだと、将来のこと、と言うような先のお話だとこう、もや~っとするんですが、それでもいいですか~?」
タロット占いは遠い未来を見るのが得意ではない。そもそもタロットカードという物が「出会う何か」を寓意化したものであるので、「将来」みたいな遠いところを見ようとすればそこまでにいろいろなものと出会うわけで。見てみられないことは無いのだけど、もや~っとするのだ。
「うん。だいじょうぶです」
「はあい。では占って見ますね~。カードを広げますので、少々お待ち下さいね~」
マーク君、きっと幼いお客さんなのだと思う。印象では過去最年少。小さい子から見たら占いなんてみんな一緒で「将来」を見るものなんだろう。さて、いいカードが出るといいな。
そう思いながら開いた一枚目のカード。
≪塔≫:正位置
「バベルの塔」だとも言われる高い塔に稲妻が落とされ、塔が破壊される様子が描かれている。
タロットカードの中でも最も不吉とされる一枚。衝撃、破滅、事故等を暗示し、いい意味に解釈するのは難しい。そのせいか占いをしていて≪塔≫が出てくることはあまりない。78枚のカードの中からランダムで引くので確率は変わらないはずなのだけど、何故か実際に目にすることは少ない。それでも勿論出る時には出る。
ううん、塔かあ。
不吉な占いなんかできるだけ伝えたくない。
一枚目の位置に出ているのがまだマシと言えるか。しかしこの後のカードによってはそうとも言い切れない。
二枚目、≪棒の従者≫:正位置。
好奇心、冒険心、情熱を持った子供。
三枚目、≪星≫:正位置
高い目標、あこがれ、希望。芸術の才能などを意味することもある。悪い意味に捉えることは少ないカードだ。
さて、この三枚のカードの示すストーリーは。
やっぱりモヤっとするんだよな。
「お待たせしました~」
「お、うらないが終わったようですな。マークどの、ありがとうございました。またぜひお話を聞かせてくださいませ」
「うん」
待っている間ギンエイさんが何やらマーク君とお話してくれていたらしい。ありがたいことだ。
カードの暗示を伝えていくわけだけど、一枚目のカードが塔。あまりショックにならないように伝えなくてはならない。
「一枚目に出ているのは≪塔≫というカードです~」
「それなに?」
えっ、それ? それってどれ?
マーク君の言葉にうろたえていると、ギンエイさんが助け舟を出してくれた。
「マークどの、「塔」は「とう」と読みます。昔からある高いたてもののことで、ここダージールの町ですと、あちら。お城のとなりにあるあれですな。あの高いのが塔です」
「へえ~」
ギンエイさんがダージールにあるお城の塔を指さすのを、マーク君が感心して見ている。
おお、おおおう。
そうだよ、読めないよ。フリガナなんて無いんだし。塔なんて何年生で習うんだろう。<エタリリ>の対象年齢はネットゲームとしてはかなり低く設定されていたはずだ。マーク君が小学校の中学年くらいだとすると、読める漢字はかなり制限されるのではないだろうか。
読み方だけじゃない。城とか塔とか砦とか、区別つくようになったのいつの話だろう。小さい頃はなんか一緒くたにして大きな建物だと思ってた。
ギンエイさん凄いな。座長さんだし歌うし気が付くし、凄い人だとは思っていたけど、改めて感心する。
占いをしている間のログを見ても、マーク君とのやり取りが全く途切れる事なく続いている。一言目で躓いてしまった私とは雲泥の差だ。これは見習わないといけない。
「この「とう」のカードにはとうに稲妻が、ええと、イナヅマがおちて「とう」がこわされる絵がえがかれています」
「イナヅマ?」
「イナヅマとはかみなりのことですな」
「かみなり! かみなりでとうがこわれてるんですか」
「そうですね~。このカードはマークさんのかこにあったできごとをしめしています~」
ギンエイさんの真似をしてみたけれど、平仮名でしゃべるのが精いっぱい。占い師は小難しい言葉を小難しく並べるのが仕事なので、わかりやすくというのは難しい。
「むかしかみなりにあったっていうこと?」
「そうですね~。マークさんが昔、かみなりににた何かにあったということですね~」
さて、塔の暗示をどう伝えようか、と思ったのだけれど
「あなた、すごい」
マーク君はそう言った。
アバターはなんの動きも見せないけれど、何やらきらきらとした尊敬の眼差しを感じるような気がする。マーク君は雷に何か特別な思い入れがあるのかもしれない。それも、きっと悪い印象じゃない。ならば「塔」はマーク君の思う「カミナリ」の暗示である可能性が高い。
それならこの三枚のストーリーは凄く解きやすくなる。
「二まいめのカードは≪ワンドのペイジ≫というカードです。ワンドと言うのはぼう、ええと、ふりまわしたりする「ぼうきれ」ですね。ペイジは「子ども」をしめすカードです。このカードはマークさんががんばり屋さんであることをしめしています」
「えー、そんなことないよー」
マーク君は椅子から降りたりまた座ったりともぞもぞと動き出した。
ふむ、これはマーク君、褒められて照れているのかな?
「三まいめのカードは≪星≫です。空の、おほしさまのほしですね~。このカードはマークさんがすごく大きなゆめをもっていることをしめしています~」
「おー。かないますか?」
≪星≫を「望みのものが手に入る」と解くのは難しい。≪星≫は目標、希望、目指す場所。
手に入ることではなく、手に入れたいと思うことを意味する。
遠くにあって手に入れるのは難しい。それでも諦めることができない。そんな憧れを指すカードだ。
でも今回見ているのは「将来」。
この「星」はマーク君の夢そのものだ。
「マークさんはかみなりがすきなんですか?」
「うん。だいすき」
「ですと、かみなりはマークさんが大きなゆめをもったきっかけではないでしょうか~」
≪塔≫が持つ意味の一つに「衝撃」という物がある。普通は良い意味では解釈しないけれど、例えば「電撃が走ったような一目ぼれ」なども塔の持つ側面の一つ。他にも≪星≫と同様に「目標」と捉える場合もある。悪い意味だけのカードと言うのは無いのだ。
「すごい。なんでわかるの?」
不思議そうにマーク君が言う。どうやら当たっていたようだ。
「ふふふ~。占い師ですからね~。わかりますよ~」
最初は塔に不吉なものを感じていたなどと伝える必要もない。タロットの図柄が意味するものは多岐にわたる。タロット自体が完全に未来を示していたとしても、それを解くのはただの人間である占い師。中には完全に暗示を読み解けるような本物もいるのかもしれないけれど、それはもう予言者とか超能力者の一種だろう。
私のようなただの占い師が本人より深く暗示を解けるなどというのは思い上がりだと思う。
「とても大きなゆめなので、かなえるのはかんたんではない、と思います。ほしのカードはとても高いもくひょう。凄く大きなゆめ。でもマークさんが今と同じように歩きつづければ、きっとたどりつけるでしょう~」
二枚目の≪棒の従者≫がそれを示している。
「おー。やったー。ありがとうございました」
マーク君はお礼を言うと後ろも見ずにてこてこと走っていった。
その背中を三人で見送る。
「ギンエイさん、色々とありがとうございました。それにしても凄いですね~。もしかして先生とかなんですか?」
イケメルロン君にも先生って呼ばれてたしな。
「いやいやいや。とんでもない。ワタクシに学校の先生など勤まりはしませんよ。古い友人にも一人おりますがな。奇特な奴だと思っております。たまたま、劇団の方でお子様向けの出し物を企画している所だったもので。本日マーク殿とお話できたのは大変な幸運。いやあ、実に勉強になりましたなあ」
なるほど、流石は座長さんだ。キティーさんへの告げ口は控えることにしよう。
「しかし将来。将来ですか。いやスバラシイ。ほほほ。あの少年の大きな夢というのは、一体どんなものなのでしょうなあ」
ギンエイさんは吟遊詩人だ。それも、この世界で実際に会った出来事を物語として歌う吟遊詩人。劇団まで作って、そのくせ劇団を飛び出してきて路上で物語を歌い、副座長さんに怒られているような人。困ったものだね。
そんなギンエイさんだから、マーク君の物語にも思いを馳せているのだろう。
「どうですかな、メルロン君。あの子が夢を叶えるかどうか、賭けをしませんかな」
「それどうやって成否判断するんですか。だいたい賭けになんかならないでしょう」
壁にもたれたままイケメルロン君が返す。
「ほほ、まあ、そうですかな」
うん。まあ。そうでしょうな、この面子では。オッズも予想も関係ない。賭けという物は、逆に張る相手がいないと成立しないのだ。
ギンエイさんではないけれど、マーク君の夢は、どんな夢なんだろうな。
大きな夢には困難がつきもの。それでも夢を叶える人はいる。
きっとマーク君みたいな人なのだろう。
最後に出たのは星のカード。
願いが叶うと言うよりは、高い目標を示すカード。
でも当然ながら、願いが叶わないことを示すカードではない。
確かに今は届かない。届くわけがない。
彼はまだ子供なのだ。
二枚目のカード、<棒の従者>。
棒は「情熱」を示すスート。従者はまだ幼い少年。
つまり<棒の従者>は情熱ある少年を指す。
塔のカードを夢への出発点にしてしまうような、情熱に溢れる少年。
やがて時と出会いが彼を育てたのなら。
その手は星にだって、届くのかもしれない。
お読みいただき、ありがとうございました!
カクヨムさんには後書きってないんですよね。割と好きなんですが。
そんなわけでなろうさんだけのオマケ
作者による妄想小話
「ええと、ラーメン大盛、ギョーザとチャーハンのセットね。それと……」
「はい」
「野菜タンメン、レディースセット、油少な目、麺固め、ミニ杏仁豆腐で!」
次回はマーク君視点のお話になります。
また見に来ていただけたらとても嬉しいです。




