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世界渡りの占い師は NPCなので世界を救わない  作者: 琴葉 刀火
第一章 世界渡りの占い師
30/122

吟遊詩人が見る夢 4

 ダージールの町に着くと、その報酬にとコヒナがカラムを占うことになった。

 最初は懐疑的というか、いっそ攻撃的ですらあったカラムだが占いが全部終わってみればなんと感動のあまり泣き出す始末だ。もともと涙もろいヤツではあるのだが。


 実際に泣いているところを見たことがあるわけではないが、感動することがあると黙りこくるので、そこにギンエイが「泣くなよ」と茶々を入れる。すぐに「泣いてなどいない!」と反論が返ってくるのだが、たまに返ってこない事がある。


 今日の様な時だ。もっとも今日はずいぶん長いが。武士の情けで茶々を入れるのは止めにしておく。


 メルロンの時にも当たっているような気がしたしカラムがこれだけ泣いているのだから、コヒナの占いと言うのはきっと当たるのだろう。


 自分のことを見て貰ったら、一体どんな結果が出るのだろうか。


 考えてみたがこれで「死神のカードが出ました」と言われたらショックだろう。今のところ引退する気はなくなってしまったが、ショック過ぎてまた引退したくなってしまうかもしれない。なるほどコヒナが怖がるわけだ。死神のカードと言うのは不吉なものかもしれない。


 見て貰いたいとは思うが<ギンエイ>が見て欲しいこと―今後ギンエイがエタリリ内で何をしていけばいいか―を<ウタイ>が聞くのも妙な気がしたし、カラムやメルロンのいる前で本気の相談をするのはどうにも恥ずかしい。近いうちに一人で来ようと決めた。


 幸いなことにコヒナはもう一月ほどこの世界に留まることにしたらしい。メルロンの問いにそう答えていた。来たばかりの町だし、新規のお客さんも多いはずだ。メルロンとしても事を急いだ甲斐があるというものだろう。



 ***



 こうして日を改めることにしたのだが、チャンスは中々巡ってこなかった。


 コヒナは夜にはかなりの割合でログインしている。だがコヒナが店を構えている場所はカラムがマスターを務めるギルド<マーソー団>のたまり場で、ギンエイのことを知っている者も多くあまり聞かれたくない。パーティーチャットでの内緒話での占いも受け付けているそうだが、それを頼むのはありていに言えば恥ずかしい。


 その日は運よくカラムがメンバーを引き連れて複数パーティーで挑むモンスターの攻略へと向かっていて留守だった。



「あの~、すいません。貴女が噂の占い師さんですか?」



 他に客がいなかったためコヒナは内職の裁縫に必死の様子だったが、声をかけるとびっくりしたようにぴょん、と椅子から飛び上がった。



「はい~、占い屋です~。何か見て行かれますか~?」



 実際に慌てたのか、仕草だけなのかは見ただけではわからないが、ギンエイの見立てでは一度本当に驚いた上でそれをわざわざ仕草で表現し直しているのではないかと思う。



「ゲームの中のことも占ってもらえるのですよね? 実は自分のプレイスタイルについてちょっと行き詰っていまして、この先どうしていったらいいかと」



 恥ずかしい相談内容だと思ってはいた。しかしいざ言葉にしてみればとんでもなく恥ずかしい内容だ。その上結構本気でここで何かの答えが貰えると期待してしまっている。



「ご自身の、プレイスタイルについてですね~?何か気になることがあればお先にお伺いします~。話しづらければ、先にカード開かせていただいて、結果に応じて改めてお伺いさせていただくこともできます。いかがいたしましょうか~?」



 自分から自分のことを話すというのはやはり抵抗がある。何も言わずにアドバイスがもらえるならばその方がいい。



「では先に占いをお願いします」


「はあい。では~。カードを三枚使いまして、見て行きますね~。少々お待ちくださいませ~」



 それまで会話に合わせてひょこひょこと動いていたコヒナがぴたと動きを止めた。ややうつむき加減となり顔からすう、と表情が消える。ただ占いをする為にアバターの操作を止め、キーボードから離れただけだ。だが占いの神託を受けるための集中(トランス)状態に入ったかのようにも見える。



 しばらくしてコヒナが俯いていたくいっと顔をあげると、にこっと笑った。結果が出たようだ。



「お待たせしました~。お伝えさせていただきます~」


「はい、お願いします」


「一枚目過去の位置に出ているのは、≪皇帝(エンペラー)≫というカードの逆位置です。失われた名声、自信を示すカードです。お心当たりはありますか~?」



 正直、ぎょっとした。



「過去……、過去ですか……」



 考える振りをしたが思い当たることが多すぎる。それを聞いたコヒナは上手く伝えられていないと思ったようで更に言葉を重ねてきた。



「過去というか~、この問題の原因になっている部分かもしれません~」



 おいおい。



「なるほど確かに。思い当たる部分もあります」



 何が「思い当たる部分も」だ。うすら寒くなってくる。



「二枚目に出ていますのは~、≪(ワンド)の10、逆位置≫です~。このカードには重い荷物を運んで疲れてしまった人物が描かれています~。何か疲れてしまうようなことがあったのかもしれませんね~」


「ああ~、そうですねえ」



 まるでこちらのことをはじめから知っているような内容だ。もしかしたら、カラムやメルロンが自分のことを伝えたのではないかとも思った。だがそれにした所でだ。


 自分には自信なんかなくて、疲れ果ててしまっていたなんて、カラムやカガチにだって気が付かれていないはずなのだ。



「三枚目のカードは、≪隠者(ハーミット)≫というカード。自分の中にある答えを見つけるカードです。隠者は外側ではなくて内側、自分の内面の迷宮を探索する冒険者です~。ご自身にとって、何が本当に大事なことなのかを、考えてみるといいかもしれません~」


「本当に大事なこと、か……」



 言ってからふと、最近同じような言葉を聞いたのを思い出す。カラムの占いの最後に出ていたカード。≪吊られた男(ハングドマン)の逆位置≫だったか。その時もコヒナは同じようなことを言った。少々ニュアンスは違うが確か「大事なことに気が付けば望みは叶う」と。その上でカラムに自分からそこに思い至るように仕向けたのだ。


 同じだ、と言うことになる。


 あの時ギンエイにはカラムが自分の「本当に大事なこと」を見失っているのが見えていた。それについて忠告もした。だが自分の言葉は届かず、カラムをかえって意固地にさせるだけだった。


「答えは自分の中にある」なんて、言ってしまえばよくあるアドバイスだ。アドバイスと呼んでいいかどうかも怪しい。だがカラムの中には確かに答えがあった。だとすればあるのだろうか。自分の中にも答えが。



「カードの暗示は以上になります。気になったカードや暗示があれば教えて下さい~。その他にも思い当たることや確認したいことがありましたらお伺いします~」



 コヒナがそういいながら首をかしげて見せた。


 泣き出したカラムを思い出す。自分の中に答えがあってそれにたどり着けるなら、聞いてみたいと思った。その思いが、自分のことを語る恥ずかしさを上回った。



「ちょっと長くなるのですが、お話しても?」



 こうしてギンエイは<詩集め>の仲間にもしたことのない自分語りを始めたのだった。



 ***



「コヒナさんは、ギンエイ、つまり私のことを何処かで聞いたことはありますか?」


「すいません~。存じておりません~」



 コヒナはそう言ってとても済まなそうな顔をした。そういうつもりではなかったのだが、これはこれで面白い反応だ。



「吟遊詩人の職でボス攻略の動画を上げたりしてるんですよ」


「吟遊詩人さんですか~。おお、お名前検索してみましたらいっぱい出てきました~。凄いですね~。エタリリ最強!って書いてあります~」


「あはは、お恥ずかしい」



 本当に恥ずかしい話だ。コヒナは好意的な記事を選んで上げてくれたようだが、検索結果には良くないことも色々書いてあるに違いない。



「動画もたくさん出てきますね~。ご自身でアップされてるんですか?」


「そうですね、以前は色々と上げていました」


「最近はあまり?」


「そうですね。いろいろと時間がなかったり。あとは…ちょっと疲れちゃったり」


「なるほど~。現在の位置≪棒の10、逆位置≫、重荷に疲れてしまう暗示。ここにつながっていくのですね~。ですと~、ギンエイさんが運んでいる重荷というのは、先に出ている≪皇帝≫のカード、<エタリリ最強の称号>ということでしょうか~?」


「ああ、あはは。本当にわかるんですね。まあ、そんな風に言ってくれた人もいたというだけで、自分で名乗ったことはないんです。元々、最強なんてガラじゃないんですよ。動画のアップを始めたのも、こんなやり方もあるよ、なんて紹介するのが楽しくてやってただけなんです。一人でやったわけじゃないし。でも、「最強」なんて言われてしまうとつい、そんな気になってしまったのも本当ですね」



「では何故嫌になってしまったのでしょう~?」



 首をかしげながらコヒナが言う。するりと心の中に入ってこられたよう。だが不快ではない。自分が自分の中から答えを探し出す方法の手ほどきを受けているような、そんな感覚。



「「最強」と呼ばれるのが嫌になったんじゃないですね。「最強」から転落した、みたいな見方をされたくなかったんです」 


「誰かに嫌なことを言われたということですか~?ネット上の中傷とか~」


「いえ。ああ、でもそうなのかなあ。中傷自体は元々あってそんなに気にしてたつもりもなかったんですが。ログインする時間が減った時期がありまして。その時にステータスの維持とか厳しくなって、なんだか面倒くさくなって」


「なるほど~。それですと最後の一枚の≪隠者≫は、≪皇帝≫であること以外に何か、本当にギンエイさんが求めていることがあるということになりますね~」


「ああ~。ん~。本当に大事なこと、求めていることか~。なんだろうなあ。どんなことか、とかわかりますか?」



 自分のやりたいことを聞かれているのに、どんなことかわかりますかとはひどい話だ。だがコヒナは特にそれを問題にすることもなく占いを続けた。



「では~、アドバイスとしてもう1枚、開いてみますね~。よろしいでしょうか~」


「はい、お願いします」



 コヒナはまた俯いてすう、と表情を無くした後今度はすぐに戻ってきた。



「出ているのは、≪聖杯の騎士(カップのナイト)≫ですね~。心を通わせる、人同士をつなぐ、といった意味のカードです~。皇帝が戦闘のことを指していたので、それ以外の方法がいいと思います~」


「戦闘以外で、人を繋ぐ……。何すればいいんだろ」



 中々に難しいことを言われた。モンスターとの闘いがゲームの本質である以上、戦闘をしないというのは考えにくい。しかしそれでも考えてしまう。そこに答えがあるのだと思ってしまう。カラムではないが所詮は「占い」だというのに随分と期待しているものだ。



「占い師、とか~」



 確かにコヒナのしていることはそれに近い。戦い以外のやり方で人同士をつなぐ。コヒナがカラムにやったように。面白そうなことを見るとつい応援したくなってしまう自分には合っているような気もする。



「あははは、いいですね、コヒナさんは弟子とってますか?」


「あうう、すいません~、何も出てこなくて~。お力になれず申し訳ありません~」



 割と本気で言ったのだがコヒナはしょげてしまった。



「いえいえ、そんなことは。本当にね、すっきりしました。勝手に独り相撲取っていただけみたいな気もしてきましたし」



 占い師は面白そうだが、この町に占い師が二人いてはコヒナの商売を邪魔することにもなりかねない。これで<エタリリ>にコヒナがやって来る頻度が減ることにでもなったら流石にメルロンにも申し訳ない。



「心を繋ぐ何か、考えてみます。他の何かできそうなことでも」



 占い師がいるのだ。ならば他のファンタジー系の職業をやってみるのも面白そうだ。戦士や騎士はどう考えても戦うことになるだろう。魔法使い、も難しいか。


 神官。いっそ自分で適当な神様をでっちあげて教祖にでもなるか。できそうな気もするがあまり面白そうではないな。本当に神託を受けるかお金が欲しいかのどちらかでなければやるべきではないだろう。


 あとは吟遊詩人か。折角ついて回ったことだし勇者メルロンの詩でも歌うか。メルロンは嫌がるだろうがこれは面白そうだな。



「それこそ、吟遊詩人とか……あれ?」



 あれ。


 面白いんじゃないか? 吟遊詩人。


 この世界はたくさんの「主人公」で溢れている。つい応援したくなってしまうような「主人公たちの物語」が溢れている。その中には「主人公」だけが独占してしまうのがもったいないような、面白い話が沢山あるんじゃないか?それをもし、自分が歌にして人に知らしめるなんてことができたら。


 凄いことになるんじゃないか?



「コヒナさんありがとう。すっごい面白いこと思いつきました!今手持ちこれしかないのですが、お礼は改めて。すいません、これにて失礼します。ほんとにありがとうございます!」



 思いつくと止まらなかった。


 とりあえず持っていた現金を全てコヒナに押し付け、挨拶もそこそこにゲームの中の自宅へと帰る。アバターである<ギンエイ>を机に向かわせて放置するとパソコンのメモソフトを立ち上げて思いついたことを書き殴っていく。


 居ても立ってもいられない気分。ちょうど<詩集め>の結成を思いついた時のような。


<詩集め>の目標である「できないことをできることに引きずり落とす」。あれも相当に凄いことだった。そうすれば誰もが特別になれる。心に劣等感を抱えた、自分によく似た誰かだって主人公になれる。だから<詩集め>は凄かったのだ。


 そうだ。自分は主人公になりたかった。ずっとずっとそうだった。誰かに言って欲しかった。お前は凄いと。何より思いたかった。僕は凄いと。特別であると。



 誰もがきっと自分と同じように、「特別」でありたい。



 ならば一番凄いのは「誰かを特別にしてしまうこと」。死神を前にコヒナが自分たちに向って叫んだ言葉のように。



 この物語は素晴らしいと、主人公自身に示すこと。



 数多の勇者の冒険を取り上げて、それが特別なことだと世に知らしめる。これは凄いことに違いない。



 そんな凄いことが本当にできるだろうか。



 ああ、できる。勿論だとも。



 誰よりも主人公を称え、妬み、そうありたいと願った自分なら。



 カラムと初めて出会った時のこと。攻略動画にはない白蛇姫の勇姿。勇者メルロンの恋の行方や死神退治。自分の見て来ただけでも語りつくせない物語の数々。



 ああ、これだからネットゲームはやめられないんだ。



 こんな出会いがあるから。こんな物語があちこちに転がっているから。



 明日からは、今からは。



 自分がそれを世に知らしめるのだ。



 吟遊詩人である、この僕が。




 ***




 思いつくままに物語()を書いた。



 そしていくつか形になったものができる頃には数日が立っていた。



 最初に作った詩は「勇者メルロンと占い師」と言う題名だったのだが、試しにメルロンに聞かせて見た所、それを人前で歌ったら迷惑行為として通報すると本気で怒られたのでやめておくことにした。


 まあ、怒るだろうなと思って先に聞かせたのだが。思った以上にいい詩に仕上がったのでメルロンを茶化すのにしか使えなかったのは少々残念だ。


 次にカラムに、コヒナと会った時の話を歌ってもいいかと聞いてみた。はじめは胡散臭いものを見るような目でこっちを見てきたが、実際に作った詩を聞かせて見ると黙ってしまった。つい先日、カラムがギルドのメンバーから<白霊金剛の大戦斧>をプレゼントされた時の話が出てくるので思い出して多分また泣いていたのだろう。


 黙っている間に、これはとてもいい話だと思うしギルドの勧誘にも役立つ。コヒナの占い屋の宣伝にもなるのではないか等と吹き込んだ所、なんだかんだでOKが出た。吹き込んだでは言い方は悪いが、吹き込んだ内容は全部本当のことだ。問題はないだろう。


 この詩を歌うにあたってはもう一人の登場人物でもあり、恩人でもあるコヒナに了承を得るべきだろう。その前に占いの代金を用意しなくては。とりあえず手持ちの現金を押し付けてきたが、あれだけでは到底こちらの気が収まらない。


 しかし何を渡したものか。現金と言うのも味気ない。できれば何か高価なアイテムでも贈りたいものだが、冒険者が好むようなもので喜んでもらえるかどうか。占い師に何を贈れば喜ばれるのかなど想像がつかない。


 一緒にいた間だと<安らぎのピアス>を付けた時には随分と喜んでいた。しかしあれは相当気に入っていたようだし、他のピアスを送っても仕方がない。別のアクセサリーはどうだろうと思ったが、これも難しい。


 コヒナの小さい顔と体にはどう見ても大きすぎる<安らぎのピアス>をあれほど気に入っていたコヒナのセンスもちょっと特殊な気もするし、何より「アクセサリーをデザインで選ぶ」おまけにそれを「人にプレゼントする」等、リアルでもやったことがない。相手が選んでくれるなら楽なのだが。


 他に何かないだろうか。


 そういえばメルロンと話していた時、染料の話が出ていた。確か「何とかグリーン」。これはギンエイが覚えていないのではなくて、会話の中でコヒナが「何とかグリーン」と言ったのだ。


<エタリリ>では少々の裁縫スキルがあれば素材から染料を作ることができる。コヒナは服と帽子を自分で作ったと言っていた。ならば染料の素材となる花束等は良いプレゼントになるのではないだろうか。


 しかし。



「何とかグリーンね……」



 10種類以上もあるグリーンの中からどうやって探したものか。花束くらい全色揃えて持って行ってもいいのだが、どうせなら欲しがっているものを一発で当てて見せたい。


 何か方法はないだろうか。高価だという話は出ていたが、それでもいくつも候補がある。


 ふと、最初にメルロンと会った時に聞いた話を思い出した。


 コヒナは<エタリリ>だけではなく他のゲームでも占い師として行動しているのだと。ならば、もしかすると。



「占い師 コヒナ」と入力し、検索。


 思った通りだ。


 他のゲームの世界のことを綴った個人のブログ。「占い師さんにお会いしました!せっかくなので見て貰いました!」


 そんな見出しと共にブログの主人公の隣で今と同じようににこにこと笑う「占い師」。


 大きな緑のマギハットとドレスを纏ったコヒナがいた。


 同様にいくつかのネットゲーム内でコヒナを見つけた。じゃらじゃらといくつもつけたアクセサリーはゲームごとに違う。だが皆同じように緑のマギハットとドレスを着ていた。


 その傾向から<エタリリ>内で似た色を探す。青みがかった明るい緑色。光が当たった部分が白い光沢を放つ。<珠緑色(パールグリーン)>か<霜緑色(フロストグリーン)>が近いか。


 だがどちらだろう。この二つはよく似た色で、光の当たる部分のツヤの出方が違うくらい。それにゲームによってコヒナが着ている服にも若干色味に違いがあり、正直どちらとも取れる。手がかりの一つである「高価」という情報にも両方当てはまってしまう。


 迷いながら検索画像を眺めていたギンエイだったが、そのうち一枚の画像に目が留まった。


<コヒナさん、占い師デビュー!>というタイトルがつけられた個人ブログの中で、数人のアバターと共にコヒナが写っていた。ゲームの名前は<ネオオデッセイ>。ギンエイも名前くらいは知っている、ネットゲームとしてはかなりのロングセラーとなるゲームだ。


 占い師デビューと言うなら、コヒナが占い師を始めたのはこの時である可能性が高い。さらに画像の中ではコヒナは耳に大きなリング状のピアスを付けていた。


 エルフとしても小柄である彼女にはどう見ても大きすぎる<安らぎのピアス>を付けて、コヒナはとても喜んでいた。


 その理由がこの時身に着けていたものと似ているからと言うことならば、彼女が求めているのはこの画像の中の帽子とドレスの緑色。少しだけ青みがかった、若葉のような明るい緑。その表面には霜を思わせる光沢。<ネオオデッセイ>の中で何という色なのかは知らないが、<エターナルリリック>での<霜緑色(フロストグリーン)>に間違いないだろう。



 すぐにフロストグリーンローズを手に入れ、花束にした。



 当たっていたらいいのだが。


 喜んでくれるといいのだが。




 ***



「コヒナ殿!やあやあ、お会いしたかったですぞ!ワタクシ、コヒナ殿のおかげで目覚めたのです!吟遊詩人、これこそがワタクシの生きる道!」



 吟遊詩人としてのキャラ付けの為の我ながら珍妙な口調。これはコヒナ占い師として使う間延びした口調を真似たものだ。



 「ワタクシ、コヒナ殿を見習って、吟遊詩人としてやっていくことにしたのでございますよ」



 ひとつ詩を歌った後、コヒナの元に戻って告げた。最初の「公演」は是非コヒナの前でやりたかったのだ。おかげで楽しくて仕方ないのだと伝えたかった。コヒナが別の世界への旅に出る前に来られてよかった。



「凄いものですね……。ちょっと言葉が出てきません~。あんなに人が集まって、みんながギンエイさんの歌を聞いて。本物の吟遊詩人さんみたいでした~」



 コヒナは感心したように言う。



「ほほほ、これは嬉しいお言葉。ありがとうございまする」



 本物の吟遊詩人みたいだ等、素直に嬉しくなってしまう。全くこの人は人をその気にさせるのが上手い。



「でもカラムさんはこのことご存じなんですか~?」


「無論知っておりますな。しかしもう一人の許可はまだとっておりませんでしたな」


「名前も出てきていませんし~。チョイ役ですから、私の事はお気になさらず~」



 ギンエイとしてはコヒナの扱いは主役であるカラムと同格の配役—むしろコヒナメインのつもりだったのだが。



「おおう、チョイ役ではないと思いますがな。お気になさらぬのはありがたいが、それではワタクシの気も済みませぬ。先日の御礼も十分にできておりませんしな」



 果たして、気に入ってもらえるだろうか。


 期待と不安の中、ギンエイは花束を取り出した。



「うちの庭で今朝方花をつけましてな。これは贈り物には丁度いいと摘んでまいりました次第でして。フロストグリーンローズと言う花にございます」



 欲しがっていたのはこの色でしょう!とは言えない。コヒナと共に冒険したことのない<ギンエイ>はコヒナが染料を欲していることを知らない。まあ、この理屈では<ウタイ>も知らないが。コヒナから見れば染料の話を知っているのはメルロン一人のはずだ。



「これはもしかして…大変に高価なものなのでは~」



 高価なので受け取れない、等と言われては困ってしまう。



「何、頂いた物への御礼としては見劣りするくらいでして。お納めいただければ幸いでございます」



「でも私は~、高価なものをいただいても、使うことができないのです~」


「いやいや、コヒナ殿。「使う」ものではありませぬぞ。この花は染料の原料でございます」


「えっ、この花がですか? 帽子とかを、この花の色に染められると?」



 コヒナがそう言った時、ギンエイ―英司は思わずリアルでガッツポーズをとり、慌てて握った手を元に戻した。誰も見ていないというのに気恥しい。


 染料の作り方を教えると、コヒナはすぐに帽子をフロストグリーンに染めた。そしてそれを被り、嬉しそうにくるくると回りだした。



「ありがとうございます~。これは綺麗ですね~。ドレス染めるのも楽しみです。お裁縫も頑張らないとですね~」



 そういいながらコヒナはNPC商店街の通りでくるくると踊っていた。



 ***


 こうしてギンエイは吟遊詩人となった。


 最初はカラムをはじめトラブルが起きなさそうな知り合いから「物語を買う」と言うスタイルでやっていったのだが、それでも全く関係のない人物から「他人の話をしてお金を稼ぐなんて」といった中傷を受けたりもした。


 だが以前のように中傷に心が揺らぐことはない。


 確かに自分は人の話をして誰かの物語で日銭を稼いでいる。吟遊詩人とはそういう物だ。


 開き直っているのとはちょっと違う。全く痛痒を感じないのだ。不思議ではあるが理由としては思い当たることもある。



 それはギンエイ自身が、自分がやっていることを「凄いこと」だと思っているから。



「その物語は素晴らしい」と称えることの凄さを知っているから。



 主人公を見る度に感じてきた事。



 応援したくなる。助けたくなる。そんな気持ちと、微かな嫉妬。



 吟遊詩人はその全てだ。<ギンエイ>は初めから「吟遊詩人」になるためにこの世界に生まれたのではないかと思う程に。



 こんなにも自分が吟遊詩人になりたかったなんて、知らなかった。



 コヒナの言う「自分の内側の迷宮」に隠されていた宝物。



 それは―そういうことだったとさ。




 楽しいと思えばやる気も出るもので、続けているうちにファンが増えた。物語を買い取って歌っていたはずが、いつの間にか逆にお金をもらって物語を歌うという妙なことになっていた。


 さらには弟子入りを希望する者や賛同者が増えて行き、<エタリリ>と言う世界の中に劇場<ギンエイ座>が誕生した。座長はギンエイだがこの劇場には漫才やコントを行う者やなんとアイドルまでいる。そこで新たに生じるのはこれまた素晴らしい物語たち。そして座長である自分はその物語を歌うのだ。



 ある時、<ギンエイ座>の広報としているブログに一件

のコメントが付いた。



『なんか凄いことしてる人いるなって思ったら、先生じゃん!相変わらず面白いことしてるね!』



 ふふ、と笑いが声に出る。いつもとは違う口調でコメントを返す。



『凄いだろう? 子供が見られるようになったら連れてくるといい。お子様向けのコンテンツも始めたからね』



 あれから二年。カガチの娘だってもう二歳だ。この夢は、もしかしたら叶うのかもしれない。




 <吟遊詩人>である<ギンエイ>には夢がある。




 それは、カガチの娘に母の物語を伝えること。


 最強と言われた白騎士の物語を、吟遊詩人である自分がその娘の前で歌うこと。




 それはきっととても、とても凄いことだ。


お読みいただきありがとうございました!


これでダージール到着までのお話は本当におしまいとなります。



こぼれ話

ギンエイさんは男の人ですがホルモンの関係で、若い頃は女の子みたいな顔をしていました。要は凄いイケメンなのですが、本人にとってそれはコンプレックスだったようです。ラスメイトが寄ってたかって女装させようとしたのですが、頑としてしませんでした。もったいないですね。


現在のギンエイさんは30代後半ですが、同じ理由で20代と言っても通用する顔をしています。ただしこれも本人にとってはコンプレックスです。お仕事ができて責任感が強いので上司からも部下からも信頼が厚いのですが、自分ではそれは当たり前のことで凄いことだと思っていないようです。もったいないですね。


次回はダージール着後の、コヒナさんの日常となる予定です。


また見に来ていただけたらとても嬉しいです。

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― 新着の感想 ―
[良い点] キャラクターが、生き生きしていて、それぞれの視点で描かれる物語に引き込まれます。ギンエイさんかっこいいですね! [一言] 忙しくてなかなか読みにこれませんでしたが、久しぶりに来て一気に読み…
[良い点] ギンエイ先生の話は良かった! あの不思議な喋り方、コヒナさんの服に色が着いた部分との繋がりが素晴らしい!
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