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世界渡りの占い師は NPCなので世界を救わない  作者: 琴葉 刀火
第一章 世界渡りの占い師
3/122

占い師、勇者見習いの少年と出会う

 中央都市ダージール。


 規模としても集まるプレイヤーの多さでも、この世界一番の町だ。銀行や宿屋といったNPCの主要施設も纏まっていることから利便性が高く、パーティーの募集などもここで行われることが多い。


 町の周辺のモンスターはそれなりに強く、「レベル11の冒険者」の私は、多分町の外に出た瞬間に襲われて死んでしまう。この町に住む他のプレイヤーは皆少なくともレベル50以上。そうでなければたどり着くこともできない。ダージールはそういう場所だ。


 そもそも「レベル11の冒険者」といったけど、私は冒険者ではないのだ。


 二年前、この世界<エターナルリリックオンライン>、通称エタリリに来て、まず困ったのは「初期町」という設定だった。キャラクターたちは皆、それぞれの種族の初期町に生まれ、そこから各々、ストーリーに沿って冒険の旅に出ていく。それぞれが使命を持って旅立ち、やがて世界を救うことになる勇者たちだ。


 このため初期町にいるのは生まれてからリアルの日数でせいぜい数日の間だけ。皆すぐにレベルを上げ、ストーリーと謎を追って次の町に向かって行く。


 でも運営の意図に反して「モンスターと戦わない」「勇者じゃなくて占い師になる」と誓いを立てた偏屈なプレイヤーにとってはこれは大変に厄介なシステムだった。


 できるだけ占い師っぽくて神秘的に見える種族、という理由で選んだエルフ族の初期町、ホジチャの村。


 そこは控えめに言って激しい過疎化の影響を受けており、プレイヤーの姿は全くない。いるのは中に人間が入っていない、ゲーム上のプログラムで動く村人たち。すなわちNPCだけの村だ。プレイヤーがいないところでは、占い師に仕事はない。


 攻略サイトを調べたところ、ホジチャ村から少しは人がいるだろうセンチャの町まで行くには、最低レベル8は必要らしい。途中に初期イベントのボスなども出てくるのでストーリーを追っていれば問題なく進めるという。


 その後攻略サイトを回ったが、レベル1でセンチャの町に行く方法、というのはどこのサイトにも載っていなかった。こうなれば、自らトライ&エラーしかない。


 ホジチャ村は世界地図の北東の端に位置している。道なりに世界地図の中央、南西に向かえばセンチャがある。道は続いているのだ。モンスターに出会わないようにすすめば、きっとたどり着ける。逃げるのは得意だ。師匠ほどではないけれど。


 村長さんは村一番の魔法の使い手であるらしい私に、支度金と勇者見習い特典の「帰還石」というものをくれた。一度行ったことのある町までひとっとびで行けるという。大変貴重なものだと恩着せがましくおっしゃった。


 どうせ頂けるなら、大きな町まで行ける石が良かった。


 貰った石には行先に「ホジチャ村」とだけ書かれていた。貴重なものだということだが、ホジチャ村だけが記録されているということは帰還石はホジチャ村で産出しているのかもしれない。そんな貴重なものを産出してる割には寂れてるけど。村長さんが裏で何か悪いことでもしているのかもしれない.



「さあ行け、未来の勇者よ!」



 疑惑の村長さんはそう言って、私を送り出してくれた。やがては勇者誕生の村として看板を掲げ、村おこしをすることを夢見ているのかもしれない。そう考えるとどうにもいたたまれない気持ちになる。


 ごめんなさい村長さん。私は勇者にはなりません。でもこんな田舎はまっぴらなので、勇者になると嘘をついて、支度金と貴重で微妙な石を貰って村を出ていくのです。


 ホジチャの南門、門といっても長い棒が2本立ってるだけだが、そこかからまっすぐに南西を目指して、冒険をしたくない為の冒険が始まった。


 しかし田舎娘が上京を志したとて、世間の風が冷たいのは世の常だ。


 村を出てすぐは良かった。モンスターも弱い。レベル1でも多分倒せるのだろう。あたりまえだ。でも占い師はモンスター退治などしない。モンスターに遭ったらとりあえず逃げる。余裕があったらきゃあああ、と叫びながら逃げる。余裕がない時もできるだけ叫ぶ。これは以前にいた世界で師匠から学んだ逃げ方だ。


 しばらく進むとだんだんとモンスターが強くなってきた。戦っていないのでどのくらい強くなっているのか定かではないが、一回に受けるダメージの量が違う。最初に出てきたスライムに噛まれた時には、これなら5回まではかまれても大丈夫と安心した。初期費用として村長から持たされたお金で買った薬草十二個を合わせると、なんと六十回噛まれても大丈夫。余裕かと思ったがこれは大きな計算違いだった。


 さっきオオカミのようなモンスターに噛まれた時はHPがいきなり半分になった。2回噛まれれば死ぬ。ならば1回噛まれたら薬草を食べなくてはいけない。ここに来るまでに7個薬草を使ってしまった。


 つまりあと5回噛まれたら死んでしまってホジチャの町に戻されてしまう。エタリリでは1人の時に死んでしまった場合、一定時間の間に誰かに蘇生してもらわないと、最後に立ち寄った町に戻されてしまうのだ。所持金が半分になってしまうというおまけもあるのだが、現在の所持金はほぼゼロなのでそこは気にしなくていい。ちなみにアイテムは持っていかれない。不思議なものだ。


 オオカミはダメージが高く危険度が高いモンスターではあるが、この先、もっと強いモンスターが出てこないとも限らない。


 例えば道のりの真ん中あたりに1体だけいる大きな鎌を持った幽霊みたいなモンスター。あれは関わってはいけないと私でも一目でわかる。


 動きも遅いしこちらからケンカを売らなければ戦闘にならない、「現在は勝てないタイプ」のモンスターだろう。もし突っ込んでいったら最大HPの10倍くらいのダメージ受ける、強敵とか死のチュートリアルみたいなモンスターだと思う。そうでなくてもあんな大きな鎌で切られたくはない。


 鎌幽霊は除外してもまだ道のりは半分。オオカミが最強だとは限らない。ここまで来て戻ってしまっては次には振出しから薬草5個で挑まなくてはならない。感覚が掴めるまで薬草を食べるべきではなかったと後悔した。何回か死んで戻されてを繰り返した上で、満を持して薬草を使って攻略に挑むべきだった。


 とりあえず薬草を使うのをやめる。その上で死んで、戻って、生き返ってを何度か繰り返したが、これまでのやり方で進めるのは道のりの三分の二までが限界のようだった。


 人口の砦みたいな施設があり中にはモンスターはいないのだが、その先には平原が広がっており、オオカミがうろうろしている。オオカミは攻撃力も高いが、さらに厄介なことには足が速いのだ。見つかったら簡単には逃げられない。


 つまりは、


 緊急スニークミッション発生!


 ここから先、一度もオオカミに見つからずに町までたどり着け!


 ということだ。


 だがふといいことを思いついた。オオカミに見つかってしまった場合は逃げられないが、他のモンスターなら、1回かじられたとしても逃げられる可能性がある。


 なのでオオカミ平原を大きく迂回し、平原の東にある森を進む。距離は伸びるがオオカミさえいなければ何とかなる。そして平原を迂回したら、あこがれの都、花の大都会センチャは目の前である。


 花の大都会は言い過ぎたかもしれない。二番目の町だし。


 手持ちの薬草は、さっき数を確認しようとしてうっかり食べてしまったのであと4個。


 絶望から一転。これなら行けそうな気がしてきた。


 オオカミ平原を東側に迂回し、森の中に入る。ギリギリだとオオカミの視線判定が通ってしまうのでちょっと奥。でも奥に行き過ぎると町が遠くなる。平原をうろつくオオカミを遠目に見ながら、森の中を進む。


 ふと、がさり、と後ろの茂みが動いた。


 しまった。オオカミばかり気にしていた。あたりまえだけど森の中にもモンスターはいる。一般的には森の中の方が多いかもしれない。


 茂みからズルッとはい出てきたモンスターを一目見て、血の気が引いた。芋虫だ。おっきな芋虫だ。うぞうぞうごいてる。足がいっぱいあって、口には牙がいっぱいあって、赤くて緑で黄色でぶよぶよの皮膚をしていて、よく見れば周りにはその芋虫が吐いた糸でがんじがらめになった何かの生き物がいる。


 芋虫は私を見ると上半身を持ち上げた。たくさんの足がその上半身で動いていて、さらによく見れば森の中は同じタイプのモンスターがいっぱいで



 「きゃああああああああああああああああ!!」



 リアルの方で悲鳴を上げると森を飛び出した。赤い芋虫は足は遅いらしく、すぐに振り切れた。でももちろん、森から飛び出したレベル1の占い師(見習い)は平原に住む狼に食べられてしまいましたとさ。


 ただ、オオカミに食べられた時にはちゃんとキャラクターの方で悲鳴を上げたのは我ながら誇ってもいいと思う。


 マイナス点としては女の子の叫び声としては色気が足りなかったかもしれない。次回気を付けます。


 ホジチャ村の村長さんのお宅で蘇生を受ける。



 「行き倒れになっていたお前を旅の行商人さんが助けて送ってくれたのじゃ。次は気をつけてな。さあ行け、未来の勇者よ!」



 村長さんはさっきと変わらない激をくれた。気楽なものでだ。それにしても行商人さん。何度もすいません。凄い腕前ですね。その人が勇者やったらいいんじゃないだろうか。できれば私の帰還石持って行って、センチャの町を記録してきてくれないかな。私、ちゃんと待ってるよ。多分その方が速いし。


 さすがに少々くたびれてきた。それにまだ鳥肌がたってる。


 なんなのあの芋虫。


 割とモンスターもデフォルメなデザインが多いのに、なんであれだけリアルなの。わしゃわしゃの足とか、ぶよぶよの皮膚感とか…ダメ、思い出したらダメ。ほらまた鳥肌。あそこに暫く自分の死体が残るとか考えたくもない。同人誌とか18禁ゲームの世界でなくて本当によかった。


 森の中を抜けていく案は却下。ならばどうにかしてあのオオカミ平原を越えるしかない。オオカミ平原までノーミスでたどり着いたとして、残ってる薬草はあと



 おおっと



 もぐもぐ。



 あと3個。さすがに3個は心もとない。何らかの不慮の事故で減る可能性もあるし。


 村の道具屋に行ってみる。薬草は1個8ゴールド。所持金は1ゴールド。何回も死んでこれ以上半分にしようのない1ゴールド。ほかに売れるような持ち物はない。


 いや、ちょっと待った。初期装備の魔法の杖。どうせ魔法は使わないのだ。お店のお爺さん、これを買い取ってもらえませんでしょうか。


 勇者になるために貰った支度金を使い果たし、持たせてくれた杖をその村の道具屋で売り払うことに若干心が痛まないでもなかったが、背に腹は代えられない。


 だが悲しいかな。魔法の杖は買取価格4ゴールドだそうです。合計5ゴールド。じゃあこの靴も売ります。靴は2ゴールドだそうです。ああ、それでも1円足りない。


 あとは、今着ているこの初期装備のシャツを売るしかない。試しに聞いてみたところ4ゴールドで買ってくれるという。女の子の脱ぎたてのシャツですよ、もう少し何とかなりませんか。


 ただ今の発言に不適切な表現があったことをお詫びいたします。


 しかしここでシャツを売るかどうか、これは割と究極の選択ではないだろうか。


 シャツを売らずに薬草を手に入れるには、村を出てすぐのあたりでモンスターを退治するしかない。そうすればゴールドと経験値が手に入る。少しの間頑張っていれば、薬草代は貯められるだろうし、レベルが上がれば芋虫の森は論外としてもオオカミ平原を抜けるのは幾分楽になるだろう。


 でもそれをしてしまうと、私は勇者に近づいてしまう。


 かたやシャツを売った場合。勇者に近づくことはないけれど、人として大事なところから遠ざかってしまうような気がする。どっちが一般人の占い師として正しい道だろう。


 ……シャツだけならセーフだろうか。下は死守すれば、何とか人としての尊厳は保たれるだろうか。


 いや冷静になろう。その考え方は危険だ。ギャンブル中毒症の人の考え方だ。最終的には下も無くなる人の考え方だ。


 そうだ。私は占い師ではないか。こんな時こそ占いで決めればいい。


 一般に「占い師は自分のことは見られない」と言うが、実はあれはウソである。見られることと、見てもしょうがないことがあるのだ。


 心を落ち着け、「アドバイスを下さい」と念じて、カードを1枚開く。


 開かれたカードは<ワンドの8、正位置>。棒が8本、それだけが描かれたカード。どこからか助けがもたらされる暗示。


 さて。言っていることはわかる。が、実際の行動はどうしていいものかわからない。見てもしょうがない、というのはこういうところである。人の運勢をみてアドバイスするならできるけれど、今まさに究極の選択を迫られている私には、いまひとつご利益の乏しいアドバイスだった。


 しかし店先で唸っていてもお話は進まない。とりあえずシャ



 「ええっと、何をしてるんですか?」


 

 後ろから声を掛けられた。



 「わあああ!?」



 思わずリアルで叫んだ。



 「わああああ!?」



 そのあとでゲームの中でも叫んだ。


 私の後ろには、同じエルフ族の少年が立っていた。



 「おどろかせてしまってごめんなさい。ええと、さっきから何回も死んで戻ってきてますよね?何してるのかな~、と気になって」



 しばらく前から見られていたらしい。危なかった。NPCの爺さん婆さんばかりだと油断していた。まさか同期の若者がいるとは。もうちょっと遅かったら。ほんと危なかった。


 声を掛けてくれたのはメルロン君という金髪碧眼の少年エルフだった。なかなか良い趣味をしている。ホジチャ村のお店には売っていない鎖帷子と金属製の剣と盾で武装していた。レベルは12。冒険者としては駆け出しながらこの辺りでは敵なしなのではないかと思われる。



 「自分からブルウルの群れに突っ込んでいって、びっくりしたけど、わざわざ叫び声上げたりリアクション取ったり。実は余裕あるのかと思いきやすぐに死んじゃうし、一体何しているのか気になってしまって」


 

 変なことをしている人が気になって声を掛ける、ちょっと将来が心配な少年である。将来悪い女に引っかかったりしないだろうか。

 


 「その~、隣の町まで行きたいのですが、なかなかたどり着けないのです~」


 「えっと、でも、レベル1ですよね?レベル上げてからじゃないと、あそこは厳しいかなと思うのですが…。もし良かったら、レベル上げ手伝いましょうか?」

 


メルロン君はとても親切な人のようだった。なので、お断りするのは大変心苦しい。


 

 「ありがとうございます。とてもありがたいのですが、訳あってモンスターを退治することはできないのです~」


 「???」



 メルロン君は頭の上にいくつもの「?」を出して見せた。


 まあ、そうだと思う。


 

 「もしよかったら、その訳というのを聞かせてもらえませんか?」

 


 せっかく声を掛けてもらったのだ。ここで話をしないというのも感じが悪い。私はメルロン君に、これまでの顛末を語った。

 


 「そんなわけで、シャツを売るかどうか、迷っていたところです~」



 「……」



 あ、メルロン君引いてる。占い師の私はそういうところ敏感だからね。ちゃんとわかる。



 「やっぱり、モンスター倒したくないとか、レベル上げたくないとか、変な人に見えますよね~」


 「いやその、そこは理解できなくもないのですが」



 理解できるんだ。凄いな、メルロン君。私は自分でもちょっとどうかなと思ってるんだけど。



 「コヒナさんは、センチャの町で占い師をしたい、そういうことですよね?」


 「そうです~」


 「ええと、余計なお世話かもしれないですが、その時シャツがないと困るんじゃないかな~、とか思うのですが…」

 

 「はっ!?」



 そうだった。いくらここがNPCお爺さんお婆さんばかりだといっても、それはホジチャ村だけの話。頑張って頑張ってたどり着けたとして、下着姿で街に入って、そこでさらにお店を開くなど言語道断である。これはまさに盲点だった。



 「それと、お話を聞いた限りの感想ですが、薬草が一個増えても結果は変わらないんじゃないかと思うんですが……」


 

 「はっ!?」


 

 言われてみれば確かに。そこもまさに盲点だった。ブルなんとかオオカミに見つかったらほぼ逃げられないのだから、薬草があっても寿命が1ターン延びるだけで生存率は変わらない。私の話だけで、これだけ正確な考察を繰り出すとは。メルロン君凄い。きっと歴戦の猛者か、生まれついての天才軍師に違いない。

 


 「重ねての確認ですが、モンスターを倒してレベル上げて、お金を稼ぐ、というのは嫌なのですよね?」


 「……ハイ」



 この面倒な話を真面目に聞いてくれてるメルロン君。


 外見が子供キャラだから心の中でずっと君づけで呼んでいるけれど、それが申し訳なくなるようなイケメン振りである。


 敬意をこめて、これからはイケメルロン君と呼ばせて貰おう。

 

 イケメルロン君にはとてもとても申し訳ないけれど、モンスターを退治してお金を稼いだり、自分を鍛えたり、それは嫌なのだ。それは勇者、あるいは、やがて勇者になる者の仕事だ。ファンタジー世界だから、モンスターを倒せる占い師がいてもおかしくないのかもしれないが、私がなりたい占い師は、そういうものじゃないのだ。

 

 私がなりたいのは、冒険者が出かける前や冒険から帰ってきた後に、声を掛けて話を聞いていく、そんな占い師。あるいは森の中の小さな家に住んでいて、訪れた人にささやかな助言を送る占い師。


 自分の占いを聞いた勇者が、やがて世界を救う。そんな可能性を夢見る、世界の傍観者にして真にその世界に生きる者。言わば、NPC。


 何故そんなものになりたいのか、と言われたら「なりたいと思ったから」としか答えようがない。理解してもらえるとも思っていない。して欲しいとも思わない。


 それはゲームの中で私が演じるロールプレイに過ぎない。だけど自分に課したロールプレイを捨ててしまうくらいなら、ネットゲームなんてやらない方がマシなのである。



 「わかりました」



 さすがのイケメルロン君も愛想が尽きたのだろう。そろそろお話もおしまいだ。イケメルロン君は山へ魔物の討伐に、コヒナさんはセンチャの町へ向けて、あらためてトライ&エラーに。



 「では僕が、あなたをセンチャの町まで護衛します」



 「ふへっ?」



 リアルで変な声がでた。

 そのあと、できるだけ忠実に、



 「ふへっ?」



 と、キーボードで打ち込んだ。



 そうだった。ネットゲームの中には、ごく稀に良くいるのだ。私みたいな変人の奇行に付き合ってくれるお人よしが。



 「それなら問題はないですよね。旅をする占い師さんを護衛する。なかなかに燃えるクエストです」


 イケメルロン君がそのイケメン振りを十二分に発揮してくる。さすがイケメルロン君の名は伊達じゃない。



 「しかしあの、私にはお支払いできるお代が、ええと7円しかありません。」



 あとは、シャツと、ズボン。いや、これはなくなってしまうと町に着いた後でつんじゃうのだった。そうだ、護衛してくれるなら、このなけなしの薬草は差し上げてもいい。



 「せめてこちらの」



 おおっと


 もぐもぐ。



 「シャツを売ってまで手に入れようとしていた薬草を、何故突然食べはじめたのかわからないですけれど、お代は結構ですよ」



 ごくん。口に物を入れたまましゃべってはいけません。


 

「しかしそれではあまりにも」


 

「コヒナさんは占い師さんだから戦えない。そういうのは勇者がやることだから。そうですよね?」



 「…ハイ」



 「じゃあ、コヒナさんの言葉を借りれば、いずれ勇者となる僕が、戦う力を持たない占い師さんの旅を護衛する。丁度行き先が一緒だから、お代は結構ですよ。これは勇者としてアリ、ですよね?」


 

 なんだろう、このイケメン。もしかしたらイケメルロン君じゃないかしら。


 

 「そうですね、どうしてもというのなら、町に着いたとき一度占っていただくというのはどうでしょう」

 


 こっちが乗りやすくなるような条件まで出してくる。これはもう、イケメルロン君に違いない。降参するしかなかった。



 「わかりました。道中、どうぞよろしくお願いします」



「確認なのですが、パーティーを組むと、僕が倒した分の経験値がコヒナさんにも加算されます。レベルが上がってしまうかもしれませんが、それは大丈夫ですか?」



「はい。私自身が戦わなくてよいなら~」



 勝手に上がっちゃう分には気にならない。要は自分の心の問題なのだ。



「了解です。でもまあ、できるだけ避けていきましょうか。僕の後をついてきてください」



 不思議なことにイケメルロン君の後をついていくとモンスターと衝突しない。イケメルロン君の歩き方がうまいのか、私の歩き方がアレなのか。

 

 そしてたまにエンカウントがあっても、メルロン君がモンスターを私のところに寄せ付けない。ほとんどダメージを受けないし、ある程度受けるといつの間にか回復をしている。戦士さんらしいので多分薬草で回復しているのだと思うけど、もぐもぐしているとろは見てないし。

 

 それでもちょっとはHPが減ることもあって、そんな時には護衛してもらっている戦闘力ゼロの占い師もお役に立ちたくなったりする。


 「勇者さま、これを!」とか言って薬草を食べさせようとしたのだけど、近づいたらいきなりこっちに嚙みついてきたブルなんとかオオカミに噛まれて自分で食べることになった。


 お、ちゃんとHPが減った時に使えた。これは価値ある消費です。

 

 あとから教えてもらったのだけれど、薬草というものは手渡しして食べてもらうのではなく、使うのコマンドから他の人のHPを回復させるという魔法もびっくりの使い方ができるらしい。自分で使うときにも食べる仕草はするけれど、その後動いたり別のコマンドを入れると直ぐに飲み込んじゃうのだそうだ。勇者は忙しいからね。食べる時も急かされるんだ。大変だね。


 途中にある砦まではあっという間だった。


 問題はここから。広大なるブル何とかオオカミ平原を突っ切らなくてはいけない。


 たくさんのブルなんとかオオカミ、ううんそろそろ面倒くさいな、ブルでいいですかね。ブルがうろうろしているのが砦からもよく見える。


 あんなにうろうろしていたら草食動物も寄ってこないんじゃないかしら。それとも他にいい餌があるのかしら。


 

 「コヒナさんをいっぱい食べてるんじゃないですかね」



 なるほど。何回も食べられては戻ってくるもんね。実に経済的。コヒナ一人でブル一家一か月の食糧に。昔話もびっくりの不思議な不思議なコヒナのご飯。お求めはコヒナ印のお店で。

 


 「ううん、さすがに数が多いですね。これは森の中を進んだ方がいいかな」


 

 イケメルロン君が恐ろしい提案をしてくるので、裾をつかんでぶんぶんと首を振った。もう一度あそこに行くとか冗談ではない。

 

 「となると、突っ切るしかないですね。南西の崖沿いを行きましょう。エンカウントしちゃった場合はすぐに僕の後ろに入ってブルウルから距離を取ってください。そのまま離脱できるようなら離脱を。崖沿いにまっすぐ逃げて、町の中に駆け込む。これで行きましょう」


 

 「了解です、隊長殿」


 

 「コヒナさんが隊員なら戦っていただきますが」


 

 「了解です。勇者様」

 


 かくして、ブル平原縦断ウルトラ大作戦がスタートした。


 崖側に私、その斜め前、ブル側にイケメルロン君。崖に沿って全速力でダッシュ。気が付いたブルたちが一斉に襲い掛かってくる。


 真ん中ほどまで進んだ所で追いつかれる。

 

 エンカウントする直前、イケメルロン君が急ターンで戻ってきて、まっすぐ走り続ける私とすれ違う。追ってきたブルたちがイケメルロン君に殺到した。レベル12のメルロン君でもこれだけの数が相手では嵩むとキツイかもしれない。私がブルたちの索敵範囲を離れるとイケメルロン君も離脱する。

 

 イケメルロン君だけなら離脱は容易い。その時にはほかのブルたちが私を狙って集まってきている。

 そこで、一瞬だけ足を止める。そのすきにイケメルロン君は私を追い抜いて前に出る。構えた盾に再びブルの牙が殺到し、私はその横をすり抜ける。それを繰り返すこと3回。私たちはブル平原を抜けた!


 センチャの町の正門は目の前



 「やったああーーー」



 歓声を上げて門に駆け込もうとして、後ろを振り返って、びっくりした。


 あとから追いかけてくるイケメルロン君の後ろに死のチュートリアル、大鎌を持った幽霊みたいなモンスターが迫っていた。


 

 「イケメルロンさん、後ろ!」



 イケメルロン君も気づく。レベル12のイケメルロン君でも多分アレの相手はできない。全速力で逃げるしかない。二人ともダッシュで街の中に駆け込む。


 

 「わああああああああああああああ」


 

 逃げながら私が叫ぶと


 

 「うおおおおおおおおおおお」


 

 イケメルロン君も叫んだ。ちょっと師匠と旅をした時のことを思い出した。


 二人で大声で叫びながら、センチャの門の中に飛び込んだ。 


 かくして私たちはセンチャの町にたどり着いた。



 「ついたああああああ!センチャだああああああ!人だ、人がいるぞおおおお!!」



 感極まって私は叫んだのだけれど、護衛してくれた勇者様には恥ずかしいと不評だった。


 しかし、町には明らかにNPCとは違う動きをする人々。イケメルロン君以外では初めてのプレイヤー達だ。テンションも上がろうというものである。


 エルフ族領土にある町だからやっぱりほとんどはエルフ族だけれど、人間族の人はそれなりに多いし、中にはエタリリのオリジナルであろう名前のわからない種族もいる。そしてみんな、なんというか、おしゃれだ。NPCのお店で売っているようなのっぺりした服装ではない。あれはどうやって手に入れるのだろう。


 ふと自分の姿を見ると、初期装備そのまま。さっきまで何も感じなかったけれど、これはちょっと、んんんん。しかもその上裸足。でもシャツを着ているのでギリギリセーフです。これもみなイケメン勇者イケメルロン君のおかげです。



 「い…メルロンさん、本当にありがとうございました。ここなら何とかやって行けそうです~」



 「いえいえ。とんでもない」



 「では、お約束の報酬、というのも申し訳ないのですが~」



 ほんとに、これだけのことをしてもらって報酬が占いというのも申し訳ないけれど、また報酬の内容を蒸し返すのは、勇者イケメルロン君に失礼だ。



 「お、占いですね。ではお願いします」



 「はあい。何を見ましょうか~」



 「ん~、じゃあ、そうだなあ…。今後の僕のゲームの行方、というのはどうでしょうか」



 イケメルロン君もまだゲームを始めて間もないはずだ。今日ここで見るのにふさわしい内容かもしれない。



 「かしこまりました~。では、カード混ぜるので、ちょっとだけ待ってくださいね~」



 せめてイケメルロン君の前途に祝福があるといい。そう思いながらカードを3枚開く。

出たカードは


 1枚目、<愚者、逆位置> 

 旅の準備不足や躓きを示すカード。

 んん、ちょっと意外。ノリノリの人かなと思っていた。


 2枚目、<運命の車輪正位置>

 運命が大きく変わることを示すカード。


 3枚目、<ワンドのペイジ、正位置>

 情熱に満ち溢れる子供のカード。


 これは、冒険の始まりとしては、中々に。


 

 「メルロンさんは、エタリリ始めたのはいつからですか?」



 「今日ですね。コヒナさんと会うちょっと前です」



 むう、今日初めてあれほどの強さとは。恐るべしイケメルロン君。



 「オンラインゲームはエタリリが初めてですか?」



 「そうですね~。へえ~。そういうのも占いでわかるのですか?」



 「いえ、そうではなくて~。これは確認というか」

 


 伝え方が難しい。恩人であるイケメルロン君に失礼にとられる言い方はしたくないのだけど、占い師としてカードの暗示を曲げて伝えることもできない。



 「このゲームの、メルロンさんのこれから、でしたよね」



 迷った末、一番ストレートに表現した。



 「メルロンさんは、本当はこのゲーム、あまりやりたくなかったんじゃないでしょうか~」



 「えっ」


 

 「3枚のうち、1枚目のカード、ここは「過去」を表す場所で、過去の出来事や現在の状態を作っている原因といったものが来ます。


 ここに「愚者」の逆位置が出ています。「愚者」は正位置ならまさに旅立ちのカードです。この場合、前途は多難かもしれませんが、これから起こることに胸を躍らせ希望に満ちた状態です。


 しかし逆位置に出ているということは準備不足や様々な原因で「出発しない」ことを示しています。この後に出ているカードと合わせてみると、「気が進まない」、というのが一番しっくりきます」



 「なるほど…。でもそれだと、「やりたくなかった」よりも何かの原因で今までできなくて、今日やっとこれた、みたいな解釈にはならないの?」



 イケメルロン君は、そんなことはないとは言わずに他の解釈を求めた。やりたくなかったというのを認めながら、それを否定しているように思えた。



 「そうですね、そういう風に取れなくもないですね~。ううん、でも違う。違うと思います。うまく言えないんですけど、その時には愚者じゃない似たような意味を持つ別のカードが出てくると思います~。それと、後に出ているカードにも気持ちとか情熱といった内容が含まれますので~」


 

「そっかー。んん-、わかりました。降参です。当たりです」


 

 やった、私の勝ちだ!とはならない。当たり、って言ってもらえると嬉しいけれど、そんなところ暴いて降参させてもどうしようもない。やっぱり、やりたくなかったなんて言われたくないのだろう。



 「でも僕は」


 

 何か言おうとしたメルロンさんをさえぎって、占いの残りを伝える。



 「ああ~、ちがうのです~。過去のところはそのように出ていますけど、占いの結果は逆です。メルロンさんの冒険のこれからは、希望に満ち溢れています~」



 <愚者の逆位置>が出ているのは、過去の位置。未来の位置にあるのは、<ワンドのペイジ>。情熱をもって進む少年を意味するカード。


 

 「それはまた…極端な……」

 


 「まさにその通りかと思います。2枚目に出ているのは「運命の車輪」。今ご自身でおっしゃったように、極端な運命の変化を示すカード、自分に依らない原因で運命が大きく変わるカードです。


 

 そして3枚目、未来を示す位置には情熱や冒険心、好奇心を持った子供のカード。


  

 この2枚のカードが意味するのは、何か予期しない出来事や出会いによって価値観が変わり、情熱が芽生える、楽しくなる、といったところだと思います。



 全体としては、あまりやりたくなかったゲームだけれども、やってみると興味を惹かれることや人と出会って楽しくなってしまう、といった結果になります。よい出会いがあると思いますよ~」


 

 「あははははははは」

 


 イケメルロン君が笑う。



 「わかった。参った、参りました。もう勘弁してください」



 やった、勝った!いや、そうじゃなくて。



 オンラインゲームが楽しいかそうでないかは、結局のところ出会いとかその後のつながりとかそういったものが大きい。だから今日からゲームを始めるには最高の占い結果だと思うのだけど。うまく伝わってないのだろうか。



 「むう、ご納得ではない様子。良い結果だと思うのですが~。なにか気になることがありますか~?」



 「いや、大丈夫です。納得です。いい結果ですね。確かに」



 それならいいけど。占いのあとにはすっきりしていただきたいものです。恩人ならばなおさら。



 「では、僕はこれで」



 「はい~。お世話になりました。道中お気をつけて~」



 「とても、楽しかったです。コヒナさんも頑張ってくださいね」



 イケメルロン君は次の目的地に向かって旅立っていった。この後リアルの友達とゲームの中で会うらしい。一緒に遊んでくれるリアルの友達がいるというのはいいことです。

 

 こうして私は、このセンチャの町でお店を出すことになった。まだネットゲームにに慣れていないプレイヤーさんが多いこの町でのNPC家業は、大変なことも、楽しいことも、たくさんあった。 


 プレイヤーさんたちももちろんお金にも時間にも余裕がないから、代金は控えめ控えめ設定。それでもちょっとずつお金を貯めながら、占い師っぽく見えるように服やアクセサリーをそろえていった。いつかなんとかして大都会に出ることを夢見て。


 そうしてしばらくして。


 もう見習いとは呼べなくなったイケメルロン君が、たくさんの友達を連れて迎えに来てくれて、その友達みんなで私を護衛してくれて、中央都市ダージールまでの大冒険をすることになるのだけど。


 それはもう少し先のお話です。


読んでいただき、ありがとうございました。

次のお話はイケメルロン君視点のお話となります。

明後日くらいの投稿を予定しています。

また見に来ていただけると嬉しいです。

貴方の旅が、幸多き物でありますように。

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― 新着の感想 ―
[良い点] インベントリ開ける度に薬草食べるな(笑) 食べる度にわろてまう☆
[良い点] ストイックに占い師を貫いているところ。 チャットログとか、狩り場に篭るなど、ネトゲあるあるな設定。 [一言] ツイッターから来ました。ネトゲでいっさいレベルを上げずに占い師をやる……かなり…
[良い点] こういう着眼点で書かれるってのも面白く斬新でいいですね! 主人公の操作に慣れてない点がツボる(笑)!
感想一覧
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