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世界渡りの占い師は NPCなので世界を救わない  作者: 琴葉 刀火
第一章 世界渡りの占い師
23/122

妖狐貯古齢糖奇譚 クリティカル・アロウ

バレンタイン編です。バレンタインなので思い切り甘く仕上げました!

 公園の外灯の明かりの中、少女は、持っていた紙袋から豪華な包装がされた包みを取り出した。


 とても大事そうに捧げ持つと、自分の顔の前まで持って行く。そして何事か呟いて、包みにそっと口づけをした。


 その姿に暫し見とれる。


 ついつい子ども扱いしてしまうが、もう高校生なのだ。


 流石にそれを自分宛のものだと勘違いしたりはしない。この後本命の男に渡しに行くのだろう。あまり夜に出歩いて欲しくはないが、うるさく言うのもそろそろ考えなくてはいけないのかもしれない。何なら自分がそいつの家まで送って行こうか。


 そいつ、か。


 受け取る本命の男というやつは、一体はどんな奴なのだろう。話によれば年上で、ずいぶんモテる男なのだという。一度顔を見てみたいものだ。できる事なら俺が一度審査をしてやりたい。まさかこの子を傷つけたりはしないだろうな。


 もしそんなことをしたら許さない。この俺が絶対に許さない。



 ******



 吸血鬼軍研究施設内部。


 NPCの重要人物であり「人間」のトウイチを護衛しながら、「カラス天狗(女)」の羽丸と「ムカデ(男)」のセンピーは研究施設の奥深くへの潜入に成功する。


 そこで彼らの潜入を手引きした謎とされていた人物「ぬら爺」と、実に半年ぶりの再会を果たした。


「ほら、やっぱりぬら爺だったじゃん!」


 羽根丸が嬉しそうに言う。


「そうだな。羽丸の言う通りだったな。でも多分全プレイヤーがそう思ってたと思うぞ?」


「むうう」


 折角の名推理に茶々を入れられて、羽根丸は不満だ。確かにセンピーの言う通り、内通者がぬら爺だと予想したものは多いだろう。だが自分は単に「ぬら爺が裏切るわけがない」という固定観念からこの答えを出したのではなく、様々な伏線から推理し、この結論に至ったのであって、そのあたりがセンピーのいう「全プレイヤー」とは違うのだ。そこは評価して貰わないと困る。


 物語の当初から妖怪連合のカリスマリーダーとして、また羽根丸やセンピーの良きアドバイザーとして見守ってくれていた「ぬら爺」が、吸血鬼軍へと寝返ったという衝撃の事件から半年。


 寝返り事件が起きた時から、超人気NPCである「ぬら爺」が本当に寝返ったとは誰も思ってはいなかったというのはまあその通りだろう。言ってしまえばお約束通りのストーリーではある。だがそれはそれで楽しいものだ。


 多くのプレイヤー達の予想の通り、「ぬら爺」は内部から吸血鬼軍の崩壊を狙っていた。しかしその過程で、吸血鬼軍が古の大妖怪「大百足」の卵を孵化させ、魅了の能力を用いて使役しようとしていることを突き止めたのである。


 本来ならばもっと時間をかけて吸血鬼軍を弱体化させていく予定であった。だが事は急を要する。そのために妖怪連合の中でも腕利きの妖怪-すなわちプレイヤー達に連絡を取り、侵入を手引。大百足の卵の破壊を狙ったのである。


 大百足の卵が孵化してしまえばこれは一大事だ、とぬら爺は言うが、羽根丸にはそれがいまいち伝わらない。


「大百足って、センピーと一緒じゃないの?」


 相棒のセンピーの種族は「ムカデ」だ。確かにセンピーは強い。高い防御力でほとんどの攻撃を止めてくれるので自分はその後ろから矢を射かければよい。頼りになる相棒ではあるがいくらセンピーが強いと言ってもぬら爺が慌てて作戦を変更するような相手ではないだろう。


「いや、俺たち「ムカデ」はここで言う大百足の子孫扱いだな。元々の大百足は山を七巻半するくらいでかくて、龍神でも苦戦するレベルらしいぞ?」


「ふうん」


 センピーは物知りだ。それはまあセンピーなので仕方ない。しかし運営も、ストーリーに大百足の卵なんて言う話が出てくるのなら、先に言っておいてくれればいいと思う。そうしたらネットで予習できたのに。そうしたらもっと、センピーと話を合わせられたのに。


 ぬら爺との再開の挨拶もそこそこに、羽丸とセンピーは「トウイチ」を護衛しつつさらに奥へと進んでいく。目的の場所は地下らしい。


 たどり着いた地下の大空洞。そこには正に孵化寸前の巨大な卵があった。真っ赤でどくんどくんと脈打っている。まるで巨大な心臓だ。卵がこれだけ大きいのなら、孵った大百足とやらが成長すれば山を巻いたりするのかもしれない。七巻半というのは少々やりすぎな気もするが。


 ぬら爺から指示されたのは、協力者である人間「トウイチ」をここまで連れてくること。ぬら爺曰く、トウイチの協力無くしてはこの卵の破壊は成し得ないとのことであった。


 トウイチが卵に狙いを定め、弓を構えようとした時、



「おっと、そこまでにしていただきましょうか」



 大空洞の入り口からテンプレートに従った悪役の声が響いた。


 四人が声のした方を見ると、そこにいたのは以前羽丸達に苦戦を強いた吸血鬼軍の幹部ヨハネ。そしてヨハネに従う十数人の下位吸血鬼がこちらに銃口を向けていた。


「こりゃあ参ったのう」


 ぬら爺はちっとも参っていなさそうな顔でほっほと笑う。その様子はただの好々爺にしか見えない。


「のう、ヨハネよ。お主(おんし)わしに付かんか。お主(おんし)はワシのことを嫌っておるようじゃがのう。ワシはお前を大層気に入っておる。どうじゃ、悪いようにはせぬぞ?」


 大ピンチのはずだがぬら爺からは一向にそんな雰囲気を感じない。


「黙れ、この薄汚い妖怪風情が!」


 ぬら爺の言葉にヨハネは激高した。そして声を荒げたことを恥じるように努めて穏やかな声でつづけた。


「ふん、寝返りの要求とは低俗な妖怪らしい考え方ですね。我らは誇り高き吸血鬼。王に逆らう者が現れることはありません。あなた達と一緒にされては困ります。命乞いにしてももう少し芸のあるところを見せていただきたい物ですね」



「どうしてもだめかのう」


 上目遣いにぬら爺が言う。おじいちゃんが孫に甘すぎるのを母親に怒られているような態度だ。


「くどい!」


 再び簡単にヨハネの冷静の仮面がはがされる。吸血鬼軍幹部でありかつて羽根丸達を窮地に追いやったヨハネと言えど、ぬら爺が相手では役者が違いすぎる。


「何故お前のようなものに我が王が気を許したのかわかりませんが、最早言い逃れはできないでしょう。人間は我らの糧となりますが、妖怪共は存在する必要がありません。この場で縊り殺してくれましょう」


「ワシは本当におおんしの力は高く評価しておるのじゃがのう……」


 残念そうにぬら爺が言う。もしかしたらヨハネを気に入っていたのは本当なのかもしれない。何しろこのヨハネという吸血鬼は、ぬら爺を前にしてこんな態度を取れるのだから。


「どうしても駄目とあれば仕方ないのう。よし。かかってこい、ひよっこ。相手をしてやるわい」


 一転してあからさまな挑発。しかも両手は袖の中にしまったまま。



「貴様ぁあああッ!かまわん、お前達、撃ち殺せ!」



 何度目かの激高をしたヨハネが部下に命令を下す。この人数から一斉に銃撃を受ければぬら爺と言えど無事では済まないだろう。だが、ヨハネ命令は実行されない。


「何をしている!早くこのじじいを撃ち殺せ!」


 しかし殺せと言われたぬら爺はのんきなものだ。


「のうヨハネ。お主(おんし)、何故お主(おんし)等の王がワシに気を許したかわからん、とそう言ったの?」


「何ッ!?」


「それはのう」


 画面に大写しにされるぬら爺の顔。たっぷりとタメを作った後に、いつもの優しいおじいちゃんとは全く違う「妖怪」の顔で、口の端を片側だけ、にいい、と釣りあげてぬら爺が笑った。



「ワシが、ぬらりひょんだからじゃよ」



 ぬら爺の言葉とともに、ヨハネの連れて来た十数人の下位吸血鬼の全員が、その銃口をヨハネへと向けた。


「なっ!?馬鹿な、お前たち!?」


 吸血鬼達の誇る王への忠誠と言えど、ぬら爺の妖力の前には形無しだったようだ。なんと施設内の吸血鬼の三分の一は既にぬら爺の支配下にあるという状況だった。


 そんなぬら爺の支配を受け付けなかったというだけあって、ヨハネはたしかに強敵であった。自分で連れて来た下位吸血鬼十数人と羽根丸達を相手に逃げおおせたのだから。


 ヨハネを撃退した後、羽根丸とセンピーが連れて来た人間「トウイチ」が、計画通り担いできた大弓で大百足の卵を打ち抜き、破壊した。


 こうして吸血鬼軍の企みは阻止されたのである。


 めでたしめでたし。





「あ~、ぬら爺やっぱかっこよかったね~」


 先日配信されたばかりの「八百万妖跳梁奇譚」のストーリーの新章をクリアし、天狗の里に戻ってきた羽根丸はご機嫌であったが


「そうか、羽根丸はカレセンか」


 というセンピーの言葉に顔を顰めた。


「いや、ぬら爺は枯れてないでしょ」


 そういうとセンピーはあははと笑った。からかわれただけだ。いつも通りだ。


「まあ、年上が好きなのは認めるけどね」


 軽く、本当に軽く反撃。


「へええ、そうなんだ。意外だなあ」


 だがセンピーには全く通じない。わかっていたことだ。この攻撃が効くような相手なら苦労はしない。何しろ貴方が好きだと言葉で伝えたことだってあるのだから。


「お、あれ見て。占い師さんがいるぞ」


 センピーが指を指す。


「占い師さん?」


 鬼六大橋の袂に、何やらお店を出しているプレイヤーがいる。


「知らない?狐の占い師さん。時々いるんだよ。ちょっと前にギルドの人と一緒に来てさ。なんかみんなで恋愛運見てもらう流れになった」


 センピーは聞き捨てならないことを言う。


「ふうん」


 ここは努めて冷静に、気のない返事を返す。


「それで、当たってた?」


 当たり障りのない質問。誰との恋愛運を見てもらったか等と聞けるわけがない。センピーにその気がなくても、ギルドの人の中にはセンピーとの相性を見てもらいたい人だっているのだ。


「いやあ、さっぱり。身近にあなたを好きな人がいますよ、とか言われたんだけど」


 あはは、とまたセンピーが笑う。


 それは何とも、優秀な占い師さんだ。一緒に聞いていたギルドの人達の中にもそんな人がいることを、このムカデは気付いてもいないだろう。


「でも結構面白いんだよ。他の人は当たってたらしいよ。それになんか、耳を触るといいことがあるんだって」


「ふうん」


 本当ならば是非触らせて欲しいものだ。この鈍感なムカデに、今年こそ想いを伝えられるかもしれない。


 羽根丸は「年上」が好きなのではない。羽根丸が好きになった人がたまたま年上だっただけだ。カラス天狗の羽根丸こと藤原 香純が思いを寄せる相手は、八年も前からずっと変わらず、三つ年上の従兄、ムカデのセンピーこと出倉 歩武だ。




 香純の母はと歩武の母の姉に当たる。歩武の両親は仕事が忙しいということで、歩武は以前はよく香純の家に来ていた。


 初めて歩武に好きだと伝えたのはもうずいぶん前。小学二年生のバレンタインの時だった。ちゃんと気持ちを込めて言ったし、義理ではない特別なチョコレートも贈った。歩武は喜んでくれたけれど、でもそれだけだった。


 それから毎年バレンタインの日が来る度に、チョコレートと共に好きだと伝えている。歩武は毎回喜んでくれる。いやあ、ありがとう。香純からもらえなかったら母ちゃんからのだけになるところだった、等と。だがそんなところで喜んで欲しいわけではないのだ。


 今年だってとびっきりのを用意してある。


 家はそう遠くない。本当は届けに行きたいところだが、渡すというと毎回歩武はじゃあこれから取りに行く、と言って向こうから来てくれてしまう。危ないからと気を使ってくれるのは嬉しい所だが、取りに来させるということがこのチョコレートが本命なのだと思ってもらえない理由の一つではないかと思っている。


 それに毎回お母さんが歩武に、「今年は彼女からは貰ったの?」と聞くのも取りに来てほしくない理由の一つだ。彼女いないっす、と言う歩武のお決まりの返事に、お母さんは香純の気持ちを知っているくせに「あらあら、早く作らないとねえ」などと返すのだ。


 去年、歩武が大学生になってからは歩武が家に来る機会はとても少なくなってしまった。「やおちょう」の中ですらなかなか会えない。


 お互い受験だとか学校の行事だとかで中々予定は合わないし、大学生ともなれば歩武も香純にかまっている時間はないのかもしれない。


 ゲームの中のギルドもそれぞれ別の所に入っているし、遊ぶ時間も基本的にまちまちだ。



 でも二人の間には一つの約束があった。



「やおちょうの新ストーリーが出た時には二人で一緒に進める」



 それは香純にとって、とても大事な約束だった。




 *******




 本日はバレンタインデーと言うことで。


 世の中に美しいチョコレートが溢れかえる日である。

 バレンタインデーまでの数日間は、誰かに送るという大義名分のもとに、いくらチョコレートを買っても許される。素晴らしい。


 子供の頃のバレンタインデーは、お父さんと年の離れた二人のお兄ちゃんの分、計三つおいしそうなチョコレートを選び、それを渡すと皆がそれぞれ半分ずつくれるという大変素敵なイベントであった。


 この日にチョコレートを好きな人に送り、同時に思いを告げる、という文化もある。


 個人的には自分で食べたいが、それはそれとして素敵な習慣だとは思う。そう言った特別な日を設定することで勇気を出す人だっているのだから。


 一方義理チョコと言うものもあると聞くがこれはあまり良い習慣だとは思えない。いっぱい買ったチョコレートたちが手元に三つ四つしか残らないというのは想像しただけで寂しいものだ。


 勿論いただける分にはありがたくいただく。


 先日は日ごろお世話になっている先輩から、どういう理由でだかわからないがお世話になったからとマカロンの詰め合わせを頂いた。お世話になっているのはこちらの方であり、貰った時には鉄の意志力でいただく理由がない旨を伝えたが、バレンタインの義理チョコみたいなものだからと渡された。お返しもいらないのだという。困ってしまったが結局誘惑に勝てず頂いてしまった。とてもおいしかったです。ハッピーバレンタイン。


 ここ数日は≪八百万妖跳梁奇譚オンライン≫の中でも、いつもの緑の巫女さん服とマギハットと言ういでたちに加えて、格好だけながらショートボウと小さな白い羽をつけてみた。キューピットさんである。お祭りごとに合わせた服装をすることでお客さんに興味を持ってもらえるかもしれない。声を掛けてもらえる確率も上がる。


 先日もこの羽と弓のお陰で声を掛けてくれた方がいたが、面白がってギルドのメンバーを次々呼んでくれて、ギルドのみんなで恋愛運を見て行くというイベントが発生。結果として大口収入となった。めちゃくちゃ耳触られたけど。


 身近な人の恋愛事情と言うのは聴いていて楽しい話題だ。「占いだから」と言う理由で気になる人の情報を手に入れたり、自分の情報を発信したり。ぜひ大いに私を利用していただきたい。耳じゃなくて、占いの方。


 バレンタイン当日の今日は恋愛相談だって多いことだろう。キューピットさんに相談したら何かご利益がありそう、と思って貰えればお客様も増える。


 キューピットさんの格好に効果があるのかないのかは判定のしようがないけれど、占い師が縁起を担ぐのはいいことだろう。おまじないみたいなもんである。


 実は私はおまじないと言う物にはあまり明るくない。


 占い師であって呪い師ではないのだからして、明るくなくてもいいのだ、と開き直ってしまって果たしていいのかどうか。


 例えば、貴方不幸になりますよ。このツボ買ってください。


 と言うのも占い師としては問題ありだと思うが


 貴方不幸になりますよ、それじゃそう言うことで。


 と言うのもまた問題だ。悪い占い結果が出たとして、何とかアドバイスができればいいのだけれど、タロットではそれが出来ない時だってある。


 アドバイスにもう一枚、もう一枚と何枚開いても、現状は動かないを意味するカードが続くことだってあるのだ。タロットのようなランダムに並べた何かから意味を得ようとする「ぼく」と言うタイプの占いではこの問題は常について回る。


 仮にどうやっても解決できない問題を抱えている人がいたとして、その問題はどうやっても解決できないわけで。


 その人をタロットで見た時には「どうやっても解決できない」と出る。それがタロットで言う「占いが当たった」ということだ。占いをしたこちらの方としても、そんなの当ててどうするんだ、と思う。


 ただ、私の占いはせいぜい数か月先までしか見ることができない。それは救いだ。良くない占いの結果が出てもし当たっていたとしても、その数か月先はまだわからないのだから。


 私の帽子や耳に本当にご利益があるのなら良いのだけれど、残念ながら現実は非情である。ツボひとつで運気を変えられる占いやおまじないがあると言うのなら、羨ましいことだ。



 さてこのゲーム、「八百万妖跳梁奇譚」通称「やおちょう」にはつい最近新ストーリーが加えられたそうな。


 ストーリー自体は、世界の運命を掛けて戦う妖怪たちとは違って、妖怪ではあるものの一介の占い師でしかない私には縁のないお話である。知っていた方がお客さんとの話も盛り上がるとは思うのだけれどね。ストーリーを小説にしたと様なものがあると良いな。暇なときに見るには最高の読みものだろう。世界情勢を本や新聞で読みながらお客さんを待つというのは、なかなかにこの世界のNPCと言う感じがして憧れる。


 しかし実際にはそんな本はない。あたりまえだ。ネタバレもいい所だ。


 そんなわけでNPCの占い師たる私には何の関係もなさそうな新ストーリーの追加ではあるが。


 実は一つ大きなメリットがある。人が多いのだ。


 システムアップデートやストーリーの追加されると、しばらくの間はログインする人数が増える。そうなると当占い店へのお客さんも増えるわけだ。


 私が占い屋さんを出す天狗の里も、今日はいつもより人が多い。

 なのでストーリーの追加はNPCを目指す私としても大歓迎なのである。


 ご来店の二人連れのお客さんもやはりストーリーの帰りのようだった。一緒にストーリーを進める相棒がいるというのは凄く楽しいに違いない。


 お客様の種族はムカデ(男)さんとカラス天狗(女)さんと言う面白い取り合わせだった。


 何が面白いのかと言えば、この世界のカラス天狗さんは弓を得意としている。そして伝説に出てくる大百足は、確か弓で退治されたはずだ。


 大蛇だったか龍神だったかの依頼を受けた偉いお侍さんが、巨大な百足の化け物の討伐に向かう。お侍さんは弓で戦うけれど、古今東西のお約束で巨大な虫の甲殻は堅いのだ。中々矢が刺さらない。そこでお侍さんは「南無八幡大菩薩、この矢に加護を与え給え」と神様に祈りを捧げて、自分の唾を付けた矢を放った。この人間の唾こそが大百足にとっての弱点だったということで、見事お侍さんは大百足討伐を果たしたのである。


 この伝説のせいなのか「やおちょう」の中でも百足さんは防御力が高い種族なのだそうだ。亀とか貝の様な防御特化の妖怪を除けばナンバーワンらしい。


 伝説を踏まえるとムカデさんとカラス天狗さんの取り合わせは敵同士みたいなものだ。しかしながら百足さんが前衛で攻撃をひきつけ、その後ろからカラス天狗さんが弓で打つというのはパーティーの戦術としてはなかなか理に適っている。


 尚、名前が怖いムカデさんも「やおちょう」の法則に則ってイケメンである。具体的にはバイクに乗った硬いスーツ風の改造人間が、ヘルメットを外したらイケメンだった、みたいな容姿だ。ムカデっぽい部分と言えば辛うじて、ベルト部分に百足みたいなのが巻き付いている。


 足が多い生き物が苦手な私でも見た目的には嫌いではない。名前だけでちょっと怯んでしまう所はあるが。



 カラス天狗さんの方はカラス天狗と言うよりは黒スズメ天狗じゃないだろうかと言った見た目だ。エンゼルとかキューピットと言ったものの羽を黒くした感じの、小さい系美少女だ。尚服はちゃんと天狗っぽいのを着ている。武器は弓と言うことで、そのあたりもキューピットさんっぽい。


 名前の響きのせいか、ムカデさんの人口はその高い能力に反して少なく、ほとんど見かけない。先日ギルド一団が団体のお客様としてお見えになった時に一人見て、珍しいなと思ったところだ。というか、あの時の方と同じ方ではないだろうか。


 メモ帳を開いて確認する。人の名前を覚えるのが苦手な私は、簡単な顧客名簿のようなものを作っている。「先日お伺いした件で進展がありまして~」とか言われて、どの件でしたっけ、とは言いづらい。はいはい、あの件ですねとか言いながらわたわたとメモ帳を見るのだ。これは向こうからリアルの私が見えないネットゲームの占い師と言うものの、大きなメリットと言えるだろう。


 お名前はセンピーさん。センチピードのセンピーさんだ。センチピードは英語のムカデのことだけど、この語源はラテン語のcenti=100とped=足を組み合わせたものなのだそうで、ムカデを百足と書くのは東洋でも西洋でも変わらない。だからムカデの特徴はやっぱりあの足なのだと思うけれど、やおちょうのセンチピードさんはうじゃうじゃ足があったりしないのは正に運営さんの英断と言えるだろう。だって足の話だけで鳥肌立ってきたし。


 ムカデのセンピーさん。やっぱりあの時と同じ方だ。占いの結果は、「身近に貴方の事を好きな人がいますよ。でもなかなか気が付かないみたいですねえ」みたいな内容だった。他人ごとではないので占いの内容はよく覚えている。ムカデさんはぜんぜんわかんね~、いないと思うけどなあ、みたいなことを言っていたが、周りの反応を見ていて今ここにいるんじゃないだろうか、等と余計なことを考えてしまった。


 鈍いのだか、鈍いふりを装っているのかわからないけれど、占いの結果からすれば多分前者だろう。


 どなたか知らないが思いを寄せている方も大変だなあと思っていたのだけれど、となると今お隣にいるカラス天狗さんとはどのような関係なのだろうか。


 いや、いかんいかん。占い師たるもの、占いをする時は先入観なしで臨まなくてはなるまい。


 ムカデさんとカラス天狗さんが連れ立っていらした瞬間に、私は一瞬にしてこれだけのことを考えた。ふむ、我ながら凄まじい情報処理能力だな。


「いらっしゃいませ~。何を見て行かれますか~?」


「ホラ、羽丸、見て貰えよ~」


 ムカデさんがカラス天狗さんを促す。カラス天狗さんはそれじゃあせっかくだから、と設置してある椅子に座った。


「じゃあ、恋愛運を見てください」


「はあい、恋愛運ですね~。特に気になることがあれば~」


「……好きな人がいるのですが、全く相手にしてもらえなくて」


「なるほど~」


 ほうほう、なるほど。これは全集中力を駆使して先入観なしで見なくてはいけない案件だな。


「おお、まじか~。羽根丸好きな奴いるのか~」


 となりでムカデさんが囃す。

 ……うん。先入観はいかんよ、先入観は。


「……どうしたら思いが通じるか、って見れますか?」


「かしこまりました~。その方に思いを伝える方法ですね~。少々お待ちくださいませ~」



 カードを混ぜる。先入観なしで混ぜる。



 カラス天狗さんがムカデさん、じゃなかった。思いを寄せている方に、思いを伝える方法を教えて下さい。先入観なしでお願いします。




 一枚目:≪聖杯(カップ)騎士(ナイト) 逆位置≫

 思いが伝わらないこと、告白の不成功を示すカード。


 二枚目:≪(ワンド)の5 正位置≫

 五人の棒を持った人物が争いあう様子を描いたカード。恋愛ではライバルの登場を意味する。


 三枚目:≪戦車(チャリオット) 正位置≫

 日本語では征服者、とも呼ばれる。王様が乗った戦車を、二頭のライオンが引くという勇ましい絵柄だ。古来戦車は一台で戦況をひっくり返す無敵の兵器。すなわち≪戦車≫は、勝負ごとについては無敵を示すカード。勝負時、強さ、勝利を示す。行動すべきは今であることを示す。



 この三枚のカードが示すのは。



 ふむ。戦車か。他のライバルさんには申し訳ないですが。ここは、カラス天狗さん、頑張り時なんじゃないでしょうか。



「おまたせいたしました~。まず先にお伺いします~。ひょっとして~ですが、同じ方に長い間思いを寄せているとか~?」


「そうです。そういうのもわかるんですか?」


「はい~。一枚目、過去の位置に、聖杯の騎士、と言うカードが逆位置で出ています。これは思いが上手く伝わらないカードです。もしかしたら、一度思いを伝えているのではないかと思うのですが~」


「そうです」


「なるほど~。なかなかに手ごわい相手の様ですね~。二枚目のカードは棒の五、棒を持った五人の人物が争うカード。これは、ライバルがいるかもしれません~」


「当たりです」


「ええ~、まじか、羽根丸の好きな人ってそんなモテモテなやつなの?」


 ムカデさんが茶々を入れてくる。


「もう。センピーちょっと黙っててよ」


 そーだそーだ、ちょっと黙っててよこの鈍感!カラス天狗さんに怒られて、ムカデさんはうへへ、と笑う。ほんと、そーゆー所だからな!


 こっち側で私がどんな顔をしていてもアバターには反映されないというのはネット占いのメリットである。


「でも、ご安心ください~。三枚目のカードは≪戦車≫。勝利を示すカードです~。強気で行くのがいいと思います~」


「ほんとですか?」


 カラス天狗さんは嬉しそうに言う。


「良かったじゃん! 頑張れよ~」


 言われたカラス天狗さんはイラっとしたらしく弓に矢をつがえると、ムカデさん目掛けてひょう、ひょうっと撃った。そうだそうだ、やってしまえ!


 しかし、街の中なのでダメージは発生しない。ムカデさんの防御力の前では、街の外でも通じないかもしれないけれど。こんこんという頼りない音を立ててムカデさんのプロテクターにはじかれた後、空中に溶けるように消えてしまった。


「全体としては以上になりますが~、気になることはありますか~?」


「すいません、あるんですけどセンピーがうるさいので、個人チャットで続きいいですか?」


 そうですね。それがいいと思いますよ。


「はい~、承ります~」


 カラス天狗さんからくる個人チャットの申請を受け入れる。これで私とカラス天狗さんのお話はムカデさんには聞こえない。


「なんだよ~。別に俺が聞いててもいいじゃんか、別に~」


 カラス天狗さんはムカデさんを無視して話始める。


「で、私の好きな人なんですが」


 はい。どきどき。


「実は、後ろのセンピーなんです」


 ですよねっ! よしこれで先入観なく続けられるぞ。


「小さいころからずっと一緒で、しかも向こうが年上なので、全然相手にされないんです。好きだとはっきり伝えたこともあるんです。強気でと言われても通じる気がしなくて……」


 なるほど、リアルでもお知り合いなのだな。ムカデさん本来の鈍さに加えて、「幼馴染で年下」という強力なデバフを受けているカラス天狗さんの攻撃は、さぞ通りにくいことだろう。


「確かに手ごわそうな方ですものね~」


 アハハ、とカラス天狗さんは力なく笑った。


「さっき出てきた、ライバルと言うのも気になるんですけど」


「ああ~。それは、大丈夫かと~。ライバルはいますが、戦車が出ていますので、負けはないかと思います~。ただ、戦車のカードは即時行動を示唆するカードでもありますので~。早く動かないとまずいかもしれません~。ライバルを示すカードが出ているのは、そう言うことかと思います~」


「急げ、と言うことですか?」



「そうですね~。最後に出ている戦車は無敵を表すカード。恋愛においても同様です~。今が頑張り時かと~。きっといいことがあると思います」


「いつまで大丈夫なんでしょう」


「むうう、難しいですね~。今すぐ、と言うわけでもないと思うのですが~。早いうちがいいかと思います~」


「なるほど。うう、頑張ります。実はこの後、チョコレートを渡すんです。でもそれも毎年のことなので、本気にしてもらえるかどうか不安で」


「それは、確かに心配ですね~……」


 好きだと言葉にしても通じないというのは流石に同情する。それよりも強気の責めなんてあるんだろうか。



「あの、センピーが言っていたのですが、占い師さんの耳って、触るといいことがあるんですか?」


「へっ」


 最近コレ多くなってきたな。さっきは耳代とか言って占いしないで帰ってった人もいたぞ。


「良かったら触らせていただけたらと」


「ど、どうなんでしょう。多分無いと思うんですが~。誰かが面白がって広めた噂だと思います~」


 期待に応えられない申し訳なさでつい多分とか言ってしまった。無い。効果とか無い。


「そうなんですか……」


 残念そうなカラス天狗さん。何でここで私が後ろめたい思いをせねばならんのだろう。ほんと誰なんだ、こんな噂広めているのは。


「そのう、一応触っときますか?」


「いいんですかっ!?」


「あ、う、は、ハイ」


 食い気味に喜ばれてちょっと引く。いいんだけど、ううん。一応触りやすいように頭を下げてみる。


「ありがとうございます!」


 そう言ってカラス天狗さんは嬉しそうに私の耳を触った。


「ふぎゅわ」


 ううん。多分効果はないのだけれど、これも一種のおまじないみたいなものか。戦車は無敵のカードだけれど、同時に強気が吉、と言う意味もある。おまじないで強気になれるなら、効果はあるのかもしれない。


 カラス天狗さんが私の耳を触るのを見て、ムカデさんは「良かったなあ羽根丸」などとお兄さんムーブをかましている。カラス天狗さんはこんなにも頑張っているのに。


 このおまじないで強気になって、カラス天狗さんの攻撃力が上がるといいのだけど。


 おまじない。ふむ。攻撃力を上げるおまじないか。


 おまじないと言う物には決して明るくない私だが、そう言えばこの件に関して良く効きそうなおまじないを知っている。少なくとも私の耳などよりよほど効果があるだろう。


 頭を上げて、カラス天狗さんを見る。必死に触っていたカラス天狗さんが慌てて手を放した。



「あの~、つかぬ事をお伺いしますが~」


「はい?」



「羽丸さんは、大百足退治のお話を知っていますか~?」






 占い師に見てもらった後、羽根丸こと藤原香純は、ログアウトの前に、センピーこと歩武にチョコレートを渡すので取りに来て欲しいと告げた。歩武は毎年サンキューなどと言っていたが、今年は毎年と同じようにはいかない。こちらには占い師さんから授けてもらった秘策があるのだから。


 家まで行くと歩武は言ったが、それは断固として断り、家の近くの公園で待ち合わせということにした。


 歩武のことだ。すぐに出ないと先に公園に着かれてしまう。


 もう夜だ。外は寒い。急いでコートにマフラー。手袋も付ける。


 そして大事なチョコレートが紙袋の中に入っていることを確認した。


 手作りではない。デパートで買った高級品だ。しっかりとリボンのかかった豪華な包装。子供っぽいと思われるのだけは避けたい。


「こんな時間にどうしたの」


 玄関まで行くと、お母さんがびっくりした様子で話しかけてきた。


「公園! 歩武兄にチョコレート渡してくる! 」


「ええ、ちょっと、歩武君ならうちに来てもらえば」


「すぐ戻るから!」


 母親の制止を振り切って家を飛び出した。



 遊具等はなく、ただ外灯とベンチがあるだけの、家の近くの小さな公園。


 ベンチに紙袋を置き、チョコレートを紙袋から取り出す。


 これはいつもとは違う、特別なチョコレート。


 いや、今からこれが、特別なチョコレートになる。


 スマホを取り出して、さっき撮ったばかりのゲーム画面の写真を表示させる。そこに、占い師さんの教えてくれたおまじないが書いてある。


 三回読んで、覚える。間違えてはいけない。



 あの人の鈍感を貫いて、どうか届いて私の気持ち。



 チョコレートを両手に持って、額のあたりまで持ち上げる。


 おまじないの言葉をゆっくりと、口に出して唱える。



「ナムハチマンダイボサツ。このチョコレートに、加護を与えて下さい」



 それから占い師さんが教えてくれた古い伝説に従って、リボンのかかった包装紙に、そっと口づけをした。




 おまじないの儀式を終えてすぐ、歩武がやってきた。


「はい、これ。チョコレート」


 おまじないの掛かったチョコレートを渡すと、何故か歩武はケラケラと笑った。


「おいおい、こっちじゃないだろう」


 そう言ってチョコレートを返そうとする。


「こっちじゃないって、何言ってるの。一つしか持ってきてないよ」


 もう一度、チョコレートを渡す。


「えっ? 一つしか、って、いやだってお前、これは……これはお前。え?」


 受け取った歩武は明らかに様子がいつもと違う。歩武の、あの歩武の顔が赤い。


 これが特別なチョコレートの効果なのか。もしかしたら効果があったのか。


 ハチマンダイボサツの加護なのか、それとも狐の耳のお陰か。




 今なら、確かに届く気がする。


 おろおろと、面白い位に狼狽する歩武の顔をしっかりと見上げて、香純は八年前と同じ言葉を伝えた。



「大好きだよ、歩武お兄ちゃん」




妖狐貯古齢糖奇譚 クリティカル・アロウでございました。いかがだったでしょうか。


狐の加護:ステータス「強気」付与→攻撃力上昇

八幡大菩薩の加護:ステータス「強気」付与→攻撃力上昇

???:自身のバッドステータス「幼馴染」「年下」の解除→特性「妹みたいな女の子」の効果反転

    対象の「鈍感」を解除→防御力大幅低下

    自身に「ムカデ特攻」を付与

    自身のクリティカル率を大幅アップ、自身のクリティカル威力を大幅アップ


みたいな感じでしょうか。当たれば骨も残りませんね。じゃあ作者権限で必中もつけましょう。長きにわたってカラス天狗さんを苦しめてきた報いです。骨の髄まで惚れてしまうがいい。


さて、この度、なろうさんにいいね機能が付きました。こちらからはいいねをいただいたのがどなたからなのかわかりません。数だけが分かる仕様です。また作者以外には数もわからず、作品の評価などにも関わらないもの、のようでございます。


私、とーかとしましてはこれは大変うれしい仕様です。一度しか付けられない評価やブクマとは違い、ここまで読んでいただいた方に、このお話が面白かった、気に入ったと教えていただけるツールになるのではないかと期待しています。


自分の考える面白いものを、と思っておりますが、処女作と言うこともございまして、ここまで読んでいただいた方に面白いと思っていただけているか、不安との闘いの日々でございます。正直怖いです。


気に入っていただけたお話御座いましたら、是非いいねにて教えて下さい。そう言ったお話を作ろうと思います。大変励みにもなります。ブレブレの方向性にも何らかのまとまりが出てくるかもしれません。何より、これでよかったと安心します。どうかよろしくお願いいたします。




次回まではリアル都合で少々間が空いてしまいそうです。


お待たせすることになるかとは思いますが、また見に来ていただけたらとても嬉しいです。


※2/7追記

いいね、評価に反映される部分もあるそうです。確認不足でした。申し訳ございません。

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