世界を渡る占い師
ゲームの世界で占い師として生活する主人公のお話です。タロットを含め主人公が行う占いの方法、解釈には、多分に主人公の主観が入っており、その正当性を保証するものではありません。また、主人公の占いが当たるか当たらないか、それも保証できません。
中央都市ダージールの正門前の大きな広場では、冒険に出かけるためのパーティーを募集する声や消耗品を売る行商人の声が響く。誰が何を言っているのかログからはわからないくらいだ。
そこから少し離れて、NPCのお店が並ぶあたり。
人通りの邪魔にはならないように気を付けて、でもできるだけ正門から見えやすい位置に小さな机を置き、その両側に椅子を設置する。
トレードマークの羽飾りのついた緑の大きな魔法使い帽子、それに合わせた緑のドレス。耳にはちょっと大きすぎるくらいのリング状のピアス。ネックレスにも腕輪にも大きな宝石と細かな細工。
見た目は派手な服装だけれど、町ゆく冒険者たちのそれとは違い、システム上は何の効果もない。
机の脇には小さな看板。
「よろず、占い承ります」
コヒナの辻占い屋、ただいま開店である。
「お、コヒナさんじゃん。おひさし~」
設置が終わるとすぐに、ごつごつの筋肉にごつごつのブレストプレート、つるつるのスキンヘッドにごつごつの大戦斧を担いだ戦士さんが手を振ってくれた。
「カラムさん、お久しぶりです~」
カラムさんはすごくごつごつの身体をしているけれど、こう見えて人間族である。
「またしばらくこっちにいるのかい?」
「はい。またひと月分課金しましたので、しばらくこちらでお店出しています~」
「おお、フレンドに連絡しとくね。みんな喜ぶと思うよ」
「ありがとうございます~。助かります~」
常連のお客様はとてもありがたい。特に新しいお客様を紹介してくれる方には感謝いっぱいだ。
「んじゃせっかくだから、今日のおすすめの狩場を見てくれる?」
カラムさんはそう言って宝石を数個渡してくれた。
「いつもありがとうございます~」
換金所にもっていけば設定している見料の数倍の額になるだろう。上級の冒険者であるカラムさんにとっては10秒で稼げるお金であったとしても、とてもありがたく、嬉しい。こちらのロールプレイに合わせて宝石で支払ってくれるところも、なんというか、粋である。
「では、ワンカードで見てみますね~。少々お待ちください~」
私はリアルの方の身体をパソコンラックから机に椅子のキャスターを使ってきゅるっ、と移動した。ビロード製のマットを敷いた机の上の、78枚のタロットカードのデッキを手に取る。
デッキを机の中央に置き、両手を使って捏ねるように混ぜる。
満足するまでしっかりと混ぜたらカードをまとめ、少し左端に寄せる。おすすめの狩場を見るなら、ワンカードでの占いがいいだろう。心を落ち着けて、カラムさんの今日の幸運を祈りながら、右手で一番上のカードを本のページをめくるように開く。
出てきたのは<星>のカードだった。
「星のカードですね~。目的、目標を意味するカードです~」
「おおっ。よさげ?レア来ちゃうかこれ?」
星、という言葉の響きからだろう、カラムさんは嬉しそうだけれど、
「んん~、目標が叶う、というカードではないのです~。でもそうですね。目標に向かって進むことを後押ししてくれるカードです。あきらめかけてたことにもう一度向き合えたり、マンネリ化していたことがもう一度楽しくなったり。狩場でしたら、欲しいもの、ずっと欲しかったものを目指して場所を決めてみるのはいかがでしょう~」
「ほほう。なるほど…。ほほう、ほほう」
カラムさんはほほう、と続けた後、
「オッケー。久々にスライムのダンジョンに行ってくる!あそこの指輪が欲しくて良く籠ってたんだけど、全然出なくてさあ。ボスもめんどいし、他のドロップはしょぼいし。最近行ってなかったんだよね。でもなんか、ワクワクしてきた。ありがと~!」
カラムさんはオラワクワクしてきたぞ、と言ってポイともう一つ宝石を投げてくれた。キャッチしようとしてあわあわしているうちに、カラムさんはもう一度ありがと~、と叫ぶと移動魔法を唱えて飛んで行った。
カラムさんがいたところに向かって、頭を下げる。
「ありがとうございます。あなたの旅が幸多きものでありますように~」
ワクワクしてきた。楽しくなってきた。それは占い師などをやっている自分にとっては報酬の見料よりはるかにありがたいものだ。
占いの結果は、「目標を持って目的地を選ぼう」という内容。この世界のダンジョンというものにほとんど入ったことのない私には、カードを引いてみても、目的の場所を直接告げることはできない。また、カラムさんが目的の指輪を手に入れられるのかどうかもわからない。
でもそこに今日カラムさんが行って冒険することには何か意味がある。占いの結果はそれを示している。
それは件の指輪なのかもしれないし、別のアイテムかもしれない。あるいは向かったスライムのダンジョンで起きる出来事や出会いが、カラムさんの今日やこの先に何かをもたらしてくれる、ということなのかもしれない。
願わくはその冒険が幸多き物でありますように。
「なに?占い屋さん?」
カラムさんとのやり取りを見ていたのだろう、興味を持ってくれた人がいたみたいだ。
レザーアーマーに小剣、軽装の戦士か盗賊といった風情の男性の冒険者さんが声を掛けてくれた。
「はい~。いらっしゃいませ~。何か見ていかれますか?」
冒険者さんに、とびきりの営業スマイルを向ける。
「何が見れるの?」
「タロットで見ますので、基本的には何でも~。今日、明日の運勢からお悩み相談、なんでも承ります~」
タロットは基本的には何でも見ることができる。ただ、これは個人的な感想だがあまり長い期間は見られないのと、お客様自身からかけ離れた誰かを見るとあまり当たらない。
「おいくら?」
「通常500ゴールド、占いの後、内容にご納得できたらのお支払いです~」
ゲームの世界だから、みんなその中でやりたいことがある。それはレベルを上げることだったり、欲しいアイテムを集めることだったり。
お友達とおしゃべりすることだったり。そこにいる時間はどの人にとてもとても大事な自分のための時間だ。
だから、思ったような内容ではなかった、と言われてしまったらお代はいただくわけにはいかない。納得してもらわなければ商売として成り立たないというところは、リアルの占い屋さんよりも厳しいかもしれない。
ゲームの中で占いをしているということを、ロールプレイとして楽しむカラムさんのような人はこの世界では例外中の例外だ。
まあそういった例外中の例外であるはずの多くの常連のお客様方に支えられて、このお店は成り立っているのだけど。
「んじゃあ、そうだな。全体の運勢とかでもいい?」
「全体運ですね~。畏まりました~。ではカードを3枚使ってちょっと前、現在、少し先の未来、といった形で運勢をみてみます~。少々、そうですね、5分程お時間いただきますが、よろしいでしょうか~」
運勢を見て行くにはスリーカードが便利だ。三枚のカードをならべてそれぞれ、過去や原因、現在の状況、占いの結果やアドバイス、のように役割を与えて物語を作っていく。
「えっ…。あ、はい、わかりました」
さっきまで軽い調子だった軽戦士さんが敬語になってしまった。カラムさんとのやり取りはさらっと終わってしまったので、時間がかかると聞いてちょっと引かれたのかもしれない。
ワンカードなら開いたカードを見ながらすぐに話し始められるので混ぜるくらいの時間しかかからないのだけれど、カードの枚数が増えるごとにかかる時間はぐんと大きくなっていく。ネットゲームのなかで見るにはワンカードかスリーカードが丁度いい。
「では、おかけになってお待ちください~」
断りを入れて、パソコンから離れる。
デッキを取り混ぜ合わせる。トランプみたいな切り方はしない。タロットは上下も大事なので、パン生地を捏ねるように、上下もまんべんなく混ぜ合わせる。満足するまで混ぜたらカードをそろえ、左から一枚ずつカードを並べ、開いていく。
出たカードは左から順番に
<カップのナイトの逆位置>、<ペンタクルの3の逆位置>、<魔術師の正位置>。
「お待たせいたしました~。結果です~」
カードを混ぜている間に離席をしてしまったり、画面から離れてしまう人もいるので、ちょっと待つ。すぐに返答があった
「はい。おねがいします」
「はあい。ええと、まず現在、自信喪失気味なのではないかと~」
「えっ」
ちょっと間があった後、軽戦士さんが発言する。多分、困惑なのかな、と思いつつ続ける。
「過去の位置に、伝えようとしたことがうまく伝わらないカードが出ています。誤解だったり、拒絶だったり。現在の位置には、思ったような成果が得られないで自信を無くしてしまうカード。もしかしたら、どなたか、身近な方と仲違いされたのかもしれませんね~」
「ええ……」
なんの「ええ」なのか、文字チャットからはわからない。賛同なのかもしれないし、ただの相槌かもしれない。(ええ、何言ってるんだろうこの人)という意味にもとれる。リアクションが分かりにくいと占い師としてはやりにくいのだが、そこに文句をつけるわけにはいかない。
「ですが、最後に出ているのは<魔術師>というカード。物事の始まりとか、始めるという意思を示すカードです。このカードが出ているということは、本来は自信家というか、しようと思ったことをしっかり行動に移せる方ではないかと思います。それが揺らいでいるように見えます~。過去に出ているのは心が通じなくなるカード、現在の位置には自分が小さく感じてしまうカード。なので、親しい方との行き違いが自信の不足につながっているのではないかと~」
途中のリアクションがなかったため、結果までを一息に伝えてしまった。
またちょっと間が開く。失礼な発言と取られたのではないか心配になる。
「あの、これ、リアルのことなんですか?」
再び口を開いた軽戦士さんはすっかり敬語になってしまった。
「どちらのことを、聞かれましたか~?」
初めてのお客様は結果の後でリアルの話かゲームの中限定なのかと確認されることが多い。恋愛占いなどは特にそうだ。よい結果が出た後に、ゲームの中限定の占いだと寂しい、と思うのは理解できる。
ゲームの中のことか、リアルの事か。特にご指定がなければこちらから占の前に確認することはしないようにしている。タロットで見た時には自分の一番の心配事が占いの結果として現れてくることが多いので、確認せずに結果をお伝えした方が気になっていることが伝わりやすい。
「え、ええと…考えなかった。ううん…両方…?」
「では、多分両方だと思います~。全体運ですので~」
「リアルのことの可能性もある?」
「そうですね~。全体運という形で見た時には、心配事があったなら、そこに対するアドバイスが出てくることは多いです~。リアルでお悩みのことがあるなら、そうかもしれません~」
「……」
思い当たる節があるようで、軽戦士さんは黙ってしまった。でも、占いの結果は、悪い内容じゃないのだ。
「でも、あまりこの状態は続かないと思います~。魔術師はやるべきことを成すカード。自信家の側面を持ったカードでもあります。もし今自信を無くされているようでも、すぐに取り戻せると思いますよ~」
「そ、そうですか」
軽戦士さんは、もう一度そうですか、とつぶやいた。
「占いは以上になりますが、何か、聞いてみたいことはありますか~?」
占いが終わった後は、できればスッキリして帰っていただきたい。せっかく来ていただいて逆にもやもやした気持ちを抱えてのお帰りというのは申し訳ない。三枚のカードから見られる結果は以上ではあるが、気になっていることがあれば、追加でカードを開いて見ることもできる。
「あ、あの、心が通じなくなっているって、どういうことでしょうか。嫌な思いさせたとか、その、嫌われたとか、その、あと…仲直りする方法とか…」
やはり、リアルで思い当たる節があったらしい。
「では~。カードもう1枚開いて、アドバイスとして見てみます。よろしいですか~?」
断りを入れ、再び画面から離れる。さっき開いた3枚の隣に、もう1枚カードを開いて並べた。
<ワンドの8、正位置>
このカードはワンド、つまり棒だけが8本表示されており、ほかの人物やアイテムなどが描かれていない。ここから転じて、自分にできることはないけれど、予期せぬ方向からの助力で事態が好転することを指すカードだ。
「うん、特に何もしなくてもいいと思います。すぐ知らせが届きそうなので、待っていていただければいいかと~」
「…そうなんだ。わかりました。ありがとうございます」
「はあい。ありがとうございます~。ご参考になれば幸いです~」
「はい。参考になりました」
軽戦士さんは立ち上がり、頭を下げた。私も椅子から立ち、お辞儀をする。
「ありがとうございました。あなたの旅が、幸多き物でありますように~」
軽戦士さんはまた軽く頭を下げた後、立ち去りかけて慌てて戻ってきた。
「すいません、お代!500ゴールドでしたね?」
「あ、そうです~。ありがとうございます~」
500ゴールドの取引を終えて軽戦士さんは立ち去った。全部で十五分くらい。この世界でゴールドを稼ごうと思えば、十五分あれば低レベルの冒険者でも5000ゴールドは堅いだろう。でもそれは、冒険者さんのお話。私は占い師。冒険者ではないのだ。
軽戦士さんが本当に大切な人と仲互いしていたのか、そのせいで自信を失って苦しんでいたのか、結局のところはわからない。仮に苦しんでいたとしてもその苦しさがどのくらいのものなのか、リアルの話なのか、ゲームの世界での話なのか、それもわからない。
もし当たっていたのなら、「自信を取り戻すきっかけになる知らせ」というのが早く来ることを祈るのみだ。せめて占いをして少しでも心が軽くなったなら嬉しいと思う。
気が付くと軽戦士さんとのやり取りを聞いて興味を持ってくれたらしいお客様が数人列を作っていた。
「すいません、おまたせしました~。お先にお待ちの方からお伺いします~」
おかげさまで、今日は忙しくなりそうだった。
読んでいただき、ありがとうございます。
面白いと思っていただけたら、とてもうれしいです。
次回のお話では
ちょっと間章をはさみまして、
そのあとはコヒナさんの主観の世界となります。少しタッチが変わりますが、
お付き合いいただければ幸いです。




