福試しのプリンおとし
誰もいない休日の昼間。
冷蔵庫から取り出した、『福』と黒字で一文字描かれ、黒丸で囲われたフタのついた、プリン色のパッケージのカッププリン。掌に収まるサイズの、小さめなサイズのプリンだ。
密かに用意し、予め、冷蔵庫の奥底に隠していたものだ。
そのプリンは、そこに記された文字をもじってか、福試しプリンだとか言われている。別にフタをめくった裏に吉とか凶とか描かれている訳ではない。プリンの生地にもそんな刻印は存在しないし、底のカラメルも、そんな刻印なんてない、月並みな見掛けのものだ。パッケージを空にした底にもそういった刻印は無い。
けど、そのプリンは福試しプリンだなんて呼ばれている。
どうしてかって?
俺は蓋をめくった。
ぷつぷつと孔が見える、ちゃんとしたプリンだ。寒天で固めたなんちゃってプリンとは違う、本格派だ。
焼きプリンでもないし、クリームっぽいプリンでもない、逆に今となっては珍しい、普通のプリンだ。そう。手作り風の、プリンらしいプリンだ。
俺は手をのばす。
指先でつかんで、引っ張り上げたのは、つまようじ。
これが肝。由来と呼び名の変遷を遡るなら、福試しのプリンおとし。そう誰かがやり始めて、広まったのが始まりらしい。
そんな正式なやり方に俺は沿っている。
もっと、細く長いものを使った方が確実だからだ。成功確率が違ってくる。ここでいう成功とは、理想に近い形で上手くいく、ということだ。
何が上手くいくかって? それこそが、この福試しの本質だ。何を以て、良い、悪い、とするのか。
こうするのさ。
淵の、プリン生地と容器の境界に沿って、ぐにゅっ、と突き刺す。そして、慎重に。ゆっくりと、ゆっくりと、境界を裂くように一周、なぞらせるのだ。
そして、ここも大事。ゆっくりと、慎重に、引き抜く。生地を傷つけないように。
かすかに、カラメル混じりな断片がくっついてきていた。狙い通り、底まで届いていたという証だ。
皿を取り出す。出来をよりよく見るために、透明ガラスの皿を選んだ。
息をのむ。ごくん、と。運否が決まる。これによって。
プリンを持って、一気に、皿へと、プリン地の面を更に向けて、たたきつける寸前のような勢いで置きにいった。
ガッ。
プリンが弾ける音はしなかった。多分成功、といえよう。成功……だよね? 成功……しておいて欲しい。
すっ、コンコンッ!
優しく持ち上げ、皿の淵に容器をこつこつと当てた。
そして――トッ、プルンッ!
どうだ……!
あっ……。
淵から数センチ、ぷるん、と崩れた。けれども、崩壊はそれで止まった。
おおっ!
『吉』、だこれは。正確には、中吉から小吉の間くらい。
全部崩れたなら、『凶』
半分以上崩れたなら、『小吉』
ちょっとでも崩れたなら、『中吉』
理想通り上手くいったなら、『大吉』
まずまず、といったところだろうか。
唯の願掛けのつもりだったが、思ったよりも手間だし、ただ籤を引くよりもずっとずっと緊張した。自分の手で結果が決まる感が強いのが原因だろうか。
まあ、少しは後押しになった。
彼女を明日、デートに誘う。藁にも縋りたかった気持ちだったが、成程、願掛けというのは意外と効くものだ。妹よ、感謝するよ。
「い~よ別に。お兄。どう? 彼女さん、ちゃんと誘えそう?」
我が自慢の妹がにまぁと笑いながら、足をバタバタさせて、冷蔵庫の傍の机の椅子にいた。
いつの間に、と思ったが、まあいい。それだけ私はこの願掛けに集中できていたのだということだから。
私の買ったプリンを食べながら。このプリン、3個1パックで売られていたのだから。さて。だが、果たして。この願掛けは、本当に元から存在しているものなのだろうか? それとも、我が自慢の妹のプリン食べたさからきた優しい作り話だったのだろうか?
まあ、どっちでもいい。
「ああ。ちょっと出てくる。直接言うに限るからな。何せ、付き合ってから初めてのデートの誘いをするのだから」
足取りはとても軽かった。迷いなんてもうないからだ。我ながら単純だと思いながら。
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