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陰謀の牢獄  Part2

そう言った重要人物の極め付けが、ここ最上階特別牢獄に収監中の囚人、シンタルスス・プラコドンタ・マルディール“殿下”と言う訳である。このシンタルスス、十五年前のクーデターで殺された国王ケラト・ディアトリマ・バリオニクス・マルディール二世の弟であり、謀反の首謀者でもあった。ここサウロロフスでは十五年前に国を治めていた国王が殺され、六年前に再び政変が起こって国家体制が転覆し、当時の権力者たちが挙って血の粛清に遭ったのだが、先の騒動の首謀者であったシンタルススだけは王族と言う身分を鑑みて罪一等を減じ、死罪を免れてこの監獄に収容されたのであった。とは言え、この刑務所は王朝時代から王族や貴族専用の監獄であった為、最初から貴賓待遇の牢屋に不備は無く、ある意味でシンタルススはこの獄に入るべくして入った、本来何者を置いても入牢すべき第一等の有資格者とも言えるかもしれない。



「殿下に置かれましては本日もご機嫌麗しゅう、この大統領アルバート・パラスクス、誠に祝着の至りかと存じます__」


なんとまあ、抜け抜けとあざといイヤミを吐くものであった。その、露骨に意地の悪い言辞に、流石に頬を引きつらせたシンタルスス“殿下”がちらりとパラスクスの方を一瞥したが、すぐに元の方角を向いた。


「半年もの間ご無沙汰した非礼は何卒殿下の度量をもってご容赦の程を。何せ大統領と申します職務も中々忙しいもので御座いまして、ついつい疎遠と成りました事、この通り重ねてお詫びいたします」


鉄格子の外から余裕に満ちた辞令を口にする、パラスクスの究極の慇懃無礼ぶりにシンタルススのハラワタは煮え繰り返って爆発寸前であった。


「つきましてはこのパラスクス、煩瑣な公務の合い間を縫ってこうして御奉伺に赴きました次第、どうか御気分の方を__」



「消え失せろ!」


ついにシンタルススの怒りが爆発した。


「貴様のそのにやけた面を見ていると吐き気がする。とっとと俺の前から消えてなくなれ!」


「おやおや」

パラスクスは心底申し訳無さそうな苦笑いを見せると、両手を広げて肩を竦めて見せた。


「パラスクス、貴様、何時までも思い通りに事が運ぶと思ったら大間違いだぞ。民の者がこの先ずっと、貴様なぞを主と仰ぐなどと分不相応な了見はさっさと捨てる事だな」


「主とは__」


判らぬお人だ、と言わんばかりの表情で檻の中のシンタルススを冷ややかに見返すパラスクスであった。

「このパラスクス、自らの分限は充分に心得ております。私は国民投票によって選出された大統領。人々の声を代弁して公務を果たす者、言わば奉仕者で御座います。身の程は充分に弁えておりますゆえ、主などと国民を見下すような大それた事はとてもとても__」


前時代の遺物のようなシンタルススを見詰める大統領の眼差しは、冷ややかで無慈悲だった。



「さっさと俺をここから出した方が身の為だぞ。そうすれば命だけは助けてやる」

「国民がそのように望んだとあらば、わたくしはそれに謹んで従うまで」

「く__」


怒りに強張った肩をガックリと落したシンタルススは、身を震わせて悔悟した。

「貴様などの口車に乗った俺が馬鹿だった」

誠にご尤も、と無言で呟いたパラスクスがシンタルススを小馬鹿にしたような微笑を浮かべた。


「あのマストドンのブタ野郎にしろ、貴様にしろ、どいつもこいつもこの俺を担ぎ出して利用する事しか考えておらん下種野郎ばかりだ__」

「これは手厳しい」


余りに未練がましいシンタルススの愚痴に、堪らなくなったのか、とうとうパラスクスは笑い声を洩らした。シンタルススが感情でギラギラした目付きでパラスクスを睨み付けた。


「確かに言われる通り、このパラスクス、些かの異議も有りませぬ。しかし殿下、お言葉では御座いますが、それはお互い様ではありませぬか。ご自分からして実の兄君を手に掛けた逆臣と組んで、民人を苦しめた不義の暗君であると言う事をお忘れなく」


鉄格子の向うから余裕の反論を返してくるパラスクスを、シンタルススはギリギリと歯を噛締めながら睨み付けていた。

「そのような悪人の周りには、相応のロクデナシばかりが集まって来るもので御座いますからな。類は友を呼ぶと申しますか、あなたのように欲に目の眩んだお偉方は、私にしてもマストドンにしても、腹に企みを抱え込んだ人間にとっては最も担ぎ出し易いタイプなのですよ。全ては身から出た錆び、因果応報と思し召し下さいまし」

嘲笑に耐えられなくなったシンタルススは、とうとう鉄格子を掴んで震えながら憎き叛臣を睨み付けていた。


「おのれ、無礼者め!」

「私とあなた様は似た者同士、どちらにしろ変り映えせぬものと心得ておりますよ」

「身の程知らずめ、弁えろ!」

王族の自分と卑賤の身を比べる無礼にシンタルススが怒声を張り上げた。

「ただ、わたくしは民の心が判ると申しますか、己の欲するままに遠慮無く振舞われる殿下と違って、人々の声に耳を傾けるという事を忘れないだけで御座いますよ」

「隷民に媚びて己の地位を保つとは、所詮貴様は人の上に立つ器ではない、ただの虫ケラだ!」

「お言葉の通りに御座います」


如何に罵ろうと柳に風と受け流すパラスクスに、シンタルススの憎しみは止まる所を知らない。



「憶えておれよ、パラスクス。今に必ず天罰が下る。その時が来てから後悔しても手遅れだぞ!」


「天罰、ですか__」

その滑稽な表現にパラスクスが胸に手を当てて静かに叩頭した。

「今の殿下と同じように、で御座いますか」


冷ややかに言い捨てるとパラスクスが頭を上げて小さく皮肉な愛想笑いを見せた。



ここサウロロフス共和国は、十五年前のクーデターによって政権が交替し、更にその九年後にもう一度政変が起こって今は民選大統領による民主政治という建前となっている。

このセマノンに無期禁固刑を受刑中の重要政治犯、シンタルスス・プラコドンタ・マルディールは、最初のクーデター計画の首謀者であった。その前から国王派と、譜代の重臣マストドンを中心としたシンタルスス派の間では角逐が繰り返され、いつ政変が起こるかと国民も息を潜めて注視していたのだが、遂にその火の手が上がったのが十五年前。その際に国王ケラト・ディアトリマ・バリオニクス・マルディール二世は王妃ともども謀叛人の手にかかり、幼き王女レジェナ姫だけが近衛隊長トイデスにより救い出され、難を逃れたのであった。そして九年の月日が流れて再び政変が勃発し、現在のサウロロフス共和国が誕生したと言う訳である。

十五年前の叛乱は権力闘争によるクーデターだったが、六年前の政変はより市民の参加が濃厚な革命に近い形であった。

十五年前のクーデターの事実上の首謀者であったマストドンは元々サウロロフス王家の重臣でもあり王家とは縁付きの譜代でもあった為、国王の弟であったシンタルススを担ぎ出し、国の政体そのものを変えずに運営しようとしたのである。しかし、病的なまでに権勢欲が強いシンタルススはマストドンとは事有るごとに対立し、クーデター成功後の二人の関係は極めて険悪であった。傀儡政権による事実上の王国支配を目論んでいたマストドンは彼に極度の警戒心を抱き、遂にシンタルススを王位に就けなかったのである。シンタルススはマストドンを恨み、側近などにも声を荒げてあのブタ野郎、などと罵ったりもした。

そこに目を付けたパラスクスがシンタルススを抱き込んで再び政変を起こしたと言う訳であったが、意外や革命が成就するや彼は態度を豹変させたのであった。否、革命行動の最中からシンタルススには常に不安が付きまとっていた。パラスクスが推し進める政治工作は常に民衆の支持を基盤にした行動であったし、その疑念は片時も頭を離れなかったのである。しかし、幾ら何でもこの自分を悪く扱う事は有るまい、等と高を括っていた。否、マストドンに対する怨念がシンタルススの目を曇らせ、付きまとう不安から、はっきりいえば現実から目を反らさせたのであった。民衆を先導するパラスクスは事有るごとに「民の為、人々の為」などと口にし、シンタルススを不安に陥れた。かくして苦労の甲斐有って遂に大願成就して革命が成功したはいいが、パラスクスが大逆罪で憎きマストドンを詰問した際にはその口上として、


「畏れ多くも国王陛下を手に掛けた大罪人__」


高らかに弾劾状を読み上げ、その罪状を問われてシンタルススも捕らえられてとうとうこの時、彼は騙された事を痛感したのであった。


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