陰謀の牢獄 Part1
「これは大統領閣下」
「うむ__」
かねての通達通り、時刻丁度に所長に伴われて姿を現したサウロロフス共和国大統領、アルバート・パラスクスに、看守は威儀を正して最敬礼を見せると、大統領は鷹揚に頷いた。
「殿下のご機嫌は如何かな?」
「は、いつもの通り__」
看守にも他に言いようが無かった。
「そうか」
大統領は鼻から抜けるような才走った顔に、皮肉な苦笑いを見せて短く答えた。
「まあ、仕方ないか、このような、一年中変り映えのしない場所ではご気分の方も変りようが無いと見える。くれぐれも粗相の無いよう丁重に扱うようにな」
螺旋回廊状の石段を大統領以下、護衛、所長などの面々が、雁首そろえて登って来る複数の足音が、石塔の内部に反響して雑然とした音を響かせていた。分厚い南京錠を解いて鉄扉を開き、大統領が姿を現すと特等牢獄の看守が背筋を伸ばして敬礼を見せた。
鉄格子の向うの、独房としては広すぎるスペースに並べられた場違いなインテリアに身を沈めた、見るからに筋っこい、鋭く脂っこい目付きの人物。
「殿下」
殿下と呼ばれた男は大統領パラスクスの呼びかけを無視して豪勢なソファに腰を降ろしたまま返事もしない。
サウロロフス共和国政治犯収容施設、セマノン特別監獄。
このサウロロフスと言う国は十五年前の政変以来、権力闘争が絶えず、旧マルディール王家の時代に使われていた監獄の一つを改造し、こうした政治犯専用の刑務所を用意したのであった。このセマノンは首都シネムールから程近く、目立たない場所に位置している為に政府からは監視がし易く、余り民衆の目に触れさせたくない政治色の強い囚人を収容するにもってこいの場所と言えるだろう。それだけに一般監獄のように収容人数は多くない。そればかりか、普通の刑務所のような懲罰処遇、所謂懲役はないが、看守の数は収容人数にそぐわぬほどに多かった。政治犯だけに重要人物が多く、いつ何時外部から脱獄の手引きが有るか油断ならないためであった。