【短編】私は異世界人の恋人と同棲しています
「遅いな……」
手元のスマートフォンの画面には、今まで観ていたアニメ映画のスタッフロールが、下から上へと流れていた。
ここに車を駐車して約一時間半。
待ち合わせの時間はとうに過ぎていた。
「もう……」
運転席に身を沈めながら、私は車を停めているコインパーキングの向かいに建つレストランに視線を移す。
大きな道路を挟んで建つお洒落な外装のレストランには、ここに車を駐車した時からひっきりなしに若い女性が出入りしていたのだった。
女性たちの目的は大きく分けて二つ。
一つは、純粋にレストランの美味しい料理を堪能しに来る客。
もう一つは、このレストランで働くイケメンウェイターを目当てに来る客。
地元のローカル紙で組まれた「会いに行けるイケメン男子特集」で紹介されてから、すっかりレストランの看板ウェイターとなった外国人男子。
私の同棲相手ーー。
「ジェダの奴……」
その時、スマートフォンがメッセージを受信した。
送り主の名前には、「ジェダイド」と表示されていた。
ジェダイドーージェダからのメッセージを慌てて開くと、私は表情筋が凍りつくのを感じたのだった。
「お客様がたくさん来て、仕事が長引きそう。ごめん。やっぱり先に帰ってて」
「……は?」
自然と声が漏れた。
急いで打ったのか、絵文字も顔文字もない文章に思考が停止した。
スマートフォンを助手席に置いたバックに放り投げると、座席に身を沈めたのだった。
「もう……!」
腕で顔を覆って、誰にも聞かれないのを良い事に嘆息する。
最近そればかりで、うんざりする。
「約束したのに……」
ジェダがこの世界で働き始めた時、二人でいくつか約束した。
その内の一つである「仕事が終わったら、必ず一緒に帰る」は、ここのところ果たされていない。
この約束があったから、直帰すれば近い自宅を、わざわざ遠回りしてまで、ジェダを迎えに来ているのに。
「はあ〜」
目元に力をいれなけば、悔しくて涙が出そうになる。
今までは、私が残業して、ジェダが会社の前でずっと待ってくれていたのにーー。
地方紙で特集を組まれて、ジェダ目当てのお客さんが増えてから、私たちの生活リズムが合わなくなった。
朝は私が起きる前にジェダは仕事に行って、私が寝た深夜遅くに帰って来る。
たまに休日が重なっても、私は趣味のアニメ鑑賞と小説の執筆をして、ジェダはどこかに出掛けていて、なかなか時間が合わない。
唯一、時間が合うのは休日の食事時だけ。
ただ、それもジェダと約束した「仕事が休みの日は、一緒に食事をする」があるからで。
私はエンジンをかけると、駐車場から車を出す。
駐車料金を支払い、駐車場を離れる前に、レストランに目をやる。
煌々と明かりが灯るレストランからは、ジェダを中心に盛り上がる女性客の声が聞こえてくる様な気さえした。
私は視線を外すと、自宅に向けて車を走らせたのだった。
「もう潮時なのかな……」
自宅のアパートに車を停めて、部屋に戻って来ると、適当に夕食を済ませて、たっぷりの入浴剤を入れたお風呂に入った。
胸元まで伸ばした髪が乾くまでの間、撮り溜めしていた今季放送中のアニメを観ていると、ふとジェダを思い出して胸が痛んだ。
ジェダと同棲を始めて、もうすぐ三年になろうとしている。
この世界に来たばかりの頃は何も知らず、何も出来なかったジェダも、今ではすっかりここでの生活に馴染んでいた。
車やテレビに驚き、電子レンジを壊し、店頭の人型ロボットを警戒していた。
あの頃のジェダはもう居ない。
それどころか、最近では買い与えたスマートフォンや、私が貸したパソコンを使いこなして、生まれついての日本人並に流暢に読み書きも出来るようになった。
ゴミ出しや買い出しも積極的にやってくれて、料理や掃除も私よりこなせるようになった。
もう、私なんて居なくていいみたい。
「そっか、それで急に働き始めたんだ」
テレビで流していたアニメは全く頭に入らないまま、気づけば一話終わっていた。
続きを再生すると、膝を抱えてじっと画面を見つめる。
一緒に暮らし始めて一年が過ぎた頃、突然、ジェダは「仕事をしたいんだ」と言い出した。
どうしても、まとまったお金が欲しいのだと。
手始めに工事現場の日雇いから始めて、コンビニ、スーパー、ファミリーレストラン、遊園地とあちこちで働いた。
数ヶ月からは今のレストランで働き始めて、そこでたまたま、お店の常連客である地方紙の記者の目に留まった。
その地方紙で、イケメン男子特集をするからジェダを載せたいと頼まれて、ジェダも店の売り上げに貢献出来るならと承諾した。
その結果、ジェダはレストランの看板ウェイターとなって、今の関係になったのだった。
(きっと、この家を出て行きたいんだ。それで急に働きだして……)
まとまったお金が欲しいと言った時、「私が出そうか?」と提案した。
そうしたら、ジェダは丁重に断ってきた。「コトから借りたら意味がないから」と。
ジェダが欲しいという、まとまったお金。
それはこのアパートを出て、一人暮らしをしていく為の資金なのだろう。
(出会ったばかりの頃は、ワンコの様に懐いてくれたのに……)
どこに行くにもついて来て、なんでも聞いてきて、見るもの聞くもの触れるもの、何もかもに興味津々だった。
子犬みたいだった彼も、いつの間にか成犬に成長していた。
それが嬉しいような、悲しいような。
自分を置いて、どんどん先に行かれてしまった様な、そんな寂しい気持ち。
(駄目だ。悪い想像ばかりしちゃう。もう寝よう)
スマートフォンの画面を見ると、とうに日付は変わっていた。
テレビを消すと自室に戻る。十一月に入ってから、暖房がない自室は急激に寒くなった。上着を着ないで起きていると、風邪を引いてしまいそうだった。
私はベットに入ると、すぐに眠りについたのだった。
次に目を覚ますと、すでに外は明るくなっていた。
休日をいい事に寝過ぎたかと、枕元の目覚まし時計を確認するが、まだまだ朝の時間帯だった。
私は起き上がると、大きな欠伸をした。
(昨日より頭もスッキリしてるし、今日なら書けそう)
ベット近くのテーブルの上には、パソコンと付箋が沢山貼られたキャンパスノートが置かれている。
私が趣味で書いているオリジナル小説の執筆に使用しているパソコンと、物語のネタをまとめたノート。
最近は思うような文章が書けなくて、そのままになっていた。
でも、今日なら続きを書ける様な気がする。
(朝ご飯を食べたら書こう)
スマートフォンを持って部屋を出ようとすると、扉を少し開けたところで、真っ白な毛糸玉が落ちているのに気付く。
「小雪」
扉の音に驚いたのか、真っ白な毛糸玉ーーの様に見えた、この部屋のもうひとりの住民である白毛の猫は、テレビの前まで逃げて行ったのだった。
「昨日から姿が見えないと思ったら……。今までどこにいたの?」
「俺の部屋に居たよ」
隣から聞こえてきた人気男性声優並の美声に心臓が飛び上がりそうになる。私は慌てて振り返ったのだった。
「正確には、俺の布団で寝てたんだけど」
仙斎茶という黒に近い茶色に染めた今風の短髪に、少し長めの前髪。
垂れ目気味の焦茶色の瞳の青年は、可愛らしい熊のイラストが書かれたエプロン姿で、そこに居たのだった。
「ジェダ……」
「おはよう、コト。今週はずっと会えなくてごめんね」
待ち合わせに来なかった同棲相手は、申し訳なさそうな顔をして謝ってきたのだった。
「いつ帰って来たの? 私が寝る時は、まだ帰って来ていなかったよね?」
「明け方近くかな。最後に入店したお客様が、なかなか帰ってくれなくて……。
そこから片付けと今日の分の仕込みをしていたら、電車の終電にも間に合わなかった。それで、始発まで店長の家に泊らせて貰ったんだ」
「タクシーを呼ばなかったの?」
「タクシー? ああ、バスみたいにお金を払うと乗せてくれる車だっけ。そうか、タクシーで帰ってくれば良かったのか……」
頭を掻くジェダに何と返そうか考えていると、小雪が小さく鳴いた。
「そうだ。小雪の餌……」
「それは俺がやっておいた。 今は俺たちの朝食を作っていたところ」
「明け方に帰って来たんでしょう? まだ寝足りないんじゃない?」
「店長の家で寝たから大丈夫。それに、あっちの世界じゃ、仕事で寝れない日もあったから」
「そう……」
「それより、顔を洗って着替えておいで。もう少しで朝食が出来るから」
ジェダの言葉に甘えて、洗面所で顔を洗うと、一度部屋に戻って、部屋着に着替える。
着替え終わった頃には、テーブルには朝食が並び、サラダを狙う小雪をジェダが追い払っていたのだった。
「お待たせ」
「じゃあ冷めない内に食べようか。今、コーヒーを淹れてくる」
コーヒーを淹れにジェダが台所に向かうと、小雪はまたテレビの前に戻って、真っ白な毛玉の様になっていた。
小雪は元々野良猫だったが、越して来たばかりの私が遊び相手になっている内に、いつの間にか我が家の住民となっていた猫だった。
後から住み始めたジェダにも可愛がられて、今ではすっかり家猫と化していた。
「そういえば」
二人分のコーヒーを淹れて戻って来たジェダは、思い出した様に話しかけてくる。
「今年は行かないの? その、なんだっけ……あの本や絵を売るイベント……」
「コミケ?」
「そう、それ。今年は行かないの? その日は休みを取ったけど……」
「うん。今年は行かない。申し込まなかった。だって、どうせ売れないから……」
「コト……」
エプロンを外して向かいに座ったジェダは、心配そうに見つめてくる。
「きっと、私には文才はないんだと思う。だって、私が書いた本は売れないから。ネットで書いている作品も全然読まれないし……」
「そんな事は……」
「もうその話は終わり。朝ご飯、食べちゃおう?」
なんでもない様に話すと、私は「いただきます」と両手を合わせて、ジェダが作ってくれた朝食を食べ始める。
スクランブルエッグはふわふわで、スープはほどよい塩加減で美味しかった。
「美味しいね」
「うん……」
本当の事を言っただけなのに、そんな困った顔をしないで欲しい。
ジェダが作ってくれた朝食が美味しいのも、私が書いた作品が不人気なのも、全て本当の事なのだから……。
コミケ。通称・コミックマーケットと呼ばれる同人誌の即売会イベント。
ジェダと出会ったのは、三年前に開催されたコミケの会場だった。
その日、私は学生時代からの同人仲間である友人と共同でブースを出していた。
小説家になるのが夢だったけれども、売れる作品が書けなくて、燻っていた頃。
息抜きに書いた人気アニメの二次創作を売っていると、その会場に迷い込んでいた騎士服の青年に飲み物を溢してしまった。
その相手が、ジェダであった。
異世界からやって来たというジェダを、半信半疑で自宅に住まわせている内に、いつの間にか三年近くが過ぎてしまった。
最初は元の世界に帰るまでのつもりが、帰る方法が見つからないまま今に至っており、その間にジェダもすっかりこの世界での生活に馴染んでしまった。
ジェダと同棲している事は、アパートの大家さんや両親、一部の友人を始めとする人たちには話しており、最初こそ突然の同棲に驚かれ、心配もされたが、最近では三年近くも住んでいて、恋人関係じゃない事に不思議な顔をされる。
ジェダと私は、一時的に同棲しているだけの友人関係であって、恋人関係ではない。
ーーいや、違う。恋人関係になれない。
いつの日か元の世界に帰るジェダと、今以上の関係にはなれない。
そうしなければ、別れ難くなってしまうからーー。
「ジェダ。今日は仕事?」
「休み。でも、少し出掛けてくる」
食後に二杯目のコーヒーを飲みながら、皿を洗うジェダに声を掛ける。
「そっか……。私は部屋で執筆してるね」
「わかった。そうだ、これ返すね」
タオルで手を拭きながら、ジェダはさっき外したエプロンのポケットから、何かを取り出す。
テーブルの上に置かれたそれは、何かのデザインを象った指輪であった。
「あ〜! 失くしたと思ってた指輪!」
「掃除機をかけてたら見つけたんだ。コトに返そうと思っていたんだけど、なかなかタイミングが合わなくて……」
ジェダが返してくれたのは、とあるアニメキャラクターをイメージして作られた指輪であった。
キャラクターをイメージしたデザインが彫られた銀の指輪は、私のお気に入りアクセサリーであり、数ヶ月前に失くしたと思って落胆していた。
「見つけてくれたんだ。ありがとう」
「うん……どういたしまして」
感謝しただけなのに、何故かジェダは困った顔をした。
とりあえず、指輪を左手の薬指にはめると「あのさ」と話しかけられる。
「コトが落ち着く場所ってどこ?」
「落ち着く場所……? 自宅かな。こことか」
テーブルをトントンと指すと、ジェダは何か覚悟を決めたような顔をした。
「コミケの日。もし何も予定がなかったら、俺に時間をくれる?」
「うん。特に予定はないからいいけど……」
コミケの日は今週末。
今年はブース参加も、一般参加もする予定が無かったから、その日は特に何もなかった。
「どこか出掛けるの? 車出そうか?」
「ううん。話しがあるだけだから、ここで大丈夫。……今のでわかったから」
「そう?」
そのまま、ジェダは部屋に戻ると、しばらくして「夕方には戻る」と言って、どこかに出掛けて行った。
「話しがあるって、何を言われるんだろう。やっぱり、ここを出たいとか? それに今のでわかったって何なんだと思う、小雪?」
振り返ると、テレビの前に真っ白な毛玉は無くなり、代わりに台所からガサガソと物音が聞こえてきた。
「小雪?」
台所を見に行くと、そこには戸棚に隠していた猫用おやつを取り出す白猫の姿があった。
「もう、小雪ダメだって!」
小雪が散らかした戸棚に仕舞っていた食材や猫用おやつを片付けている内に、さっきのジェダの言葉が私の頭からすっかり忘れられていたのだった。
ジェダと約束の日。
夕食を済ませて、テレビで撮り溜めしていたアニメを観ていると、ジェダが隣に座ってきた。
「コト。話があるんだ」
「何?」
テレビの音量を低くすると、ジェダに向き直る。
いつになく、緊張の様子を見せるジェダに私まで緊張してくる。
「実は……今、働いているレストランで、正社員にならないかと言われて」
「そっか」
「正社員になれば、給料も上がって、事務仕事もさせてもらえる。今以上に忙しくなるけど、それでもよければって。
この間、店長の家に泊まった時に提案されたんだ」
改めて言われなくてもわかっている。
ジェダの答えは、いつだって「いいえ」だ。
これまでも、ジェダはあちこちでアルバイトをする度に、正社員の話をもらっていた。
けれども、ジェダはいつか元の世界に帰る身であり、そもそもこの世界での身分証が存在しない。
正社員になれば手続きの過程で、ジェダの身分証がない事がバレてしまうだろう。
それもあって、これまでジェダは正社員の話を断り続けてきた。
断る度にそこで働き辛くなって、いつも辞めざるを得なくなった。
「それで、何て返事をしたの?」
「その話を受けますって。昨日、言ってきた」
「えっ!?」
どうせ断ったのだろうと、リモコンに手を伸ばしたところで、意外な回答に驚愕して隣を振り向く。
「急にどうしたの? だって、今までは正社員の話を断ってきたじゃない!? いつか元の世界に帰るからって……」
「これまではね。でも、今はそうじゃないから……。好きな人が出来たんだ」
「好きな人? そうなんだ……」
私は何を落胆しているんだろう。
三年も暮らしていれば、ジェダにも好きな人が出来てもおかしくない。
私たちは一時的に同棲をしているだけ。いつか、ジェダはここを出て行く。
わかっていた事なのに……。
「それで、急に働き始めたんだね」
「この世界に来てから、その人に頼ってばかりだった。そろそろ、頼ってばかりいないで、自力するべきだと思ったんだ。プレゼントしたい物もあったから」
「そっか。想いが伝わるといいね」
「ありがとう。コトには最初に話しておきたくて。それで、ここからが本題」
ジェダは背中に手を回して、何かを取り出そうとしている間に、私はテレビを消してしまう。
「コト」
次に振り返ると、ジェダの手の中には小さな小箱があったのだった。
「俺がいた世界では、好きな相手と家紋が刻印されたイヤリングを交換するんだ。
でも、この世界では仕事によっては、イヤリングをつけられないだろう」
ジェダが働くレストランでは、アクセサリー類の着用が禁止されていたはずだ。
私の職場もーー。
「そうだね」
「だから、代わりのものを用意したんだ。その為に働いて、ずっとお金を貯めていた。
それでようやく買えたんだ」
ジェダが小箱を開けると、中には銀色のストレートリングが入っていた。
「指輪?」
「琴美」
急に名前を呼ばれて、私は指輪に向けていた目をジェダの顔に向ける。
「俺と恋人になって欲しい」
数秒間、思考が停止した。
ようやく出て来たのは、「えっ……」という言葉だった。
「どうして。私?」
「この世界に始めて来た時、琴美に声を掛けられてすっごく嬉しかった。救われた気持ちになったんだ。
あの時の俺は行く当てもなくて、途方に暮れていたから……」
私がジェダに話しかけた時、彼はコミケ会場側のベンチに座って俯いていた。
飲み物を溢した際に、クリーニング代は要らないと言われていたので、代わりに近くの駅まで乗せて行くと提案した時に、言われたのだった。
この世界の人間じゃないから、家も、行く当てもないと。
それで、うちに来るように勧めたのだった。
「一人暮らしの女性が、見知らぬ男を自宅に招き入れる事が、どれだけ危険な行為なのか知ってる。
そんな危険を冒してくれたコトの為に。
この世界の事を何もわからない俺に、沢山色んな事を教えてくれたコトの為に。
何かしてあげたいと思うようになった」
「そんな大した事じゃ……」
「コト、どうして、最近、小説を書かないの? 俺がいるから書けないの?」
「そうじゃないよ。私には小説家の才能がなかっただけで……」
「どうして? 俺はコトが書く小説をずっと楽しみにしている。
コトが書く小説を一日でも早く読んでみたくて、この世界の文字を覚えた。
今だって、コトの小説が好きで、続きが楽しみで、気がつけばスマホばかり見て、更新をずっと待ってる」
「そうだったの……?」
誰も読んでいないと思っていた。
流行りの作品が書けなくて、人気が出るのは後から発表される作品ばかり。
だから、私には文才が無いと思っていた。
それで、子供の頃から夢だった小説家の夢を諦めたのに。
「俺はコトが小説に書くようなカッコいい騎士じゃない。それでもコトの夢の為なら、なんだって手伝う」
「元の世界には……?」
「帰らない。あっちの世界にはコトがいないから。もし、帰る事になっても必ず連れて行くから」
心が震えた。両目に涙が溜まって、頬を流れて行った。
私はジェダの両手を取ると、「ありがとう」と指輪を受け取った。
「私も、ジェダが好き……」
「これからも一緒にいるから」
指輪を左手の薬指にはめてもらいながら、失くしたと思っていた指輪は、ジェダが指のサイズを測る為に借りていた事、貯金は指輪を買う為の資金だったと教えてもらう。
「でもさ、恋人になるだけなら指輪はいらないよ。これじゃあ、まるで結婚を前提に付き合ってって、言ってるみたい」
「そうなの? でも、それでもいいよ」
「えっ……」
「結婚を前提の恋人でもいい。俺の気持ちは本気だから」
なんでもないように話すジェダに、私は笑みを浮かべる。
「ジェダの国、なんて名前だっけ?」
「アマルフィア王国?」
「そう。ジェダを主人公にアマルフィア王国の物語を書いてもいい?」
「いいよ。騎士としては、何もしてないけど」
「大丈夫。私がかっこよく書くから」
「楽しみにしてるね」
「ずっと触れてみたかった」というジェダに抱きしめられて、また涙が溢れる。
私のうちには異世界人がいます。改め、私のうちには異世界人の恋人がいます。
ーー絶賛、同棲中。