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赤を君に贈る  作者: 菜々
出会い
2/3

君の目に映るもの


───────放課後。




 「屈曲先生、明日の授業の手伝いに来ました。」




 驚いた。そこには花金さんと桃井さんがいたのだ。授業では国語係になんて興味が無さそうにしていた彼女たちがまさか来るなんて。それにしても綺麗な二人が並ぶと辛気臭い職員室も映えるものだ。



 「国語係はあなた達になったのね。一年間よろしくね。」



 咄嗟に驚きを隠していつもの笑顔に変える。でも優秀な彼女たちが国語係ならば、何ら問題なく授業を進めていけると素直に嬉しく思った。

 


 「先生、まずは何をしたらいいですか?」



 「そうね、国語準備室で明日使用するプリントの準備を手伝ってもらっていいかしら。後で私も行くからこのコピー用紙を準備室まで運んでくれる?」



 「分かりました。では、先に行って待ってます。」



 「ありがとね。すぐ行くから。」



 そして二人は職員室を出た。



 何だろう、この違和感。彼女は一言もしゃべらず、私と会話をしていたのはずっと桃井さんだった。彼女はあまり喋らないタイプなのかもしれない。いや、でも以前廊下で見かけた時は、他の先生と仲良さげに話していた。





 私と花金さんはほぼ初対面だから─────。


 


そう自分に言い聞かせて職員室を後にした。




 「お待たせ。」




 国語準備室へ行くと二人が楽しそうに話をしていた。

 そう、その笑顔なのだ。彼女が友人や他の先生に向ける目。しかし、私が準備室に入った途端それは消えた。



 「遅くなってごめんね。じゃあまずこれを25枚印刷してもらってもいいかしら。その後はパソコンに入ってるデータをクラスの人数分印刷してくれる?」



 「分かりました。」



 やはり答えるのは桃井さん。私は彼女に何かしたのだろうか。



 「そう言えば、どうして二人は国語科になってくれたの?」



 ふと疑問に思ったことを聞いてみる。



 「えっと、それは……。」



 桃井さんが少し気まずそうに視線を彼女へ移した。しかし、彼女は何も答えない。なんなのだろう、苛立ちが増す。そんなに私と話したくないのだろうか。

 



 「国語係になったのは、七竈先生に国語係にはなりたくないと言ったからです。」




彼女が口を開いた。




驚いて言葉が出なかった。





 「ちょっと鳳花!違うんですよ先生。実は…」






コンコン──────






 「おーい桃井いるかー?今週末の試合のことで少し話したいんだが」



 「はいー!今行きますー!屈曲先生ごめんなさい……。少しだけ抜けてもいいですか?」



 「ええ、もちろん。桃井さん女子バスケ部のキャプテンだものね。忙しいだろうけど頑張ってね。」



 「はい。じゃあまた後で来ます。」






─────────シーン。






 桃井さんがいなくなって気まずい雰囲気が流れる。気まずいと言っても私がそう思っているだけで、彼女は何も感じていないのかもしれないが。

 正直今ここでどうして国語係になりたくなかったのか聞く勇気が無い。やはり嫌われているのだろうか。




 「先生。さっきの話の続きですが、私たちが国語係になったのは私が国語が苦手だからです。国語が苦手だから国語係になりたくないと七竈先生に伝えたんです。」





 そう言って彼女は私を見ながら微笑んだ。





 違う、それじゃない。






 私へ向けられたその微笑みは何かが違う。その目に私は映っていない。わざと映らないようにしているかのような。




 「そっか。じゃあ受験に向けて苦手も克服しなきゃね。花金さんも分からないことがあったら何でも聞いてね。」




 聞けなかった。その怒りを含んだような微笑みをどうして私へ向けるの?あなたの目には何が映っているの?

 聞けるわけがない。今日初めて話したような教師に、そんな事を言われて頭がおかしいと思われるかもしれない。ありきたりな言葉を返して作業に戻った。




──────────。





どのくらい時間が経ったのだろう。狭い倉庫のような空間に紙をめくる音だけが響く。




 「屈曲先生、さっき何でも聞いてって言いましたよね」




 彼女が口を開いた。





 「ん?えぇ。」





 「先生は、何がしたいんですか?」





 突然の質問に思考が止まる。私を見る彼女の目は鋭く、その中にも少し悲しみを含んでいるように感じられた。

何がしたいのかと言われても何が何だか分からない。


ただ彼女が求めているのは回答ではなく正解なのだということは理解できた。




 「えっと、それはどういうことかな?」



 何とか絞り出した言葉がそれだった。




 「いえ、もういいです。お腹が痛いので帰ります。ごめんなさい。」



 「ちょっと!待って!」




 間違えた。彼女の欲しい答えは違うのだ。あやふやに質問を流そうとした私に、彼女は軽蔑のような目を向けてその場を立ち去った。

途端に後悔と羞恥心に苛まれた私は、彼女を追いかけることは出来なかった。正解を答えようとしなかった私には、その資格が無いと思ったからだ。





1人呆然と立ちつくす。




どのくらい時間が経ったのだろう。





ガラガラッ─────。




 「先生、戻りました。あれ?鳳花はどこに行ったんですか?」




 「えっと…花金さんは腹痛で先に帰ったわ。明日の準備ははほとんど終わったから、桃井さんも帰っていいわよ。付き合わせちゃってごめんね。」



 「えっ!そうなんですね。よくお腹痛くなるんですあの子。鳳花には私から連絡してみますね。」



 「そうなのですね……。ありがとう。」



 「じゃあ先生、失礼します。」



 「さようなら。気を付けて帰るのよ。」



 私に気を遣ってくれたのだろう。本当によくお腹が痛くなるのなら、このどうしようもない感情もすぐ晴れるに違いない。

でもずっと曇ったままなのは、あの時私へ向けられた目が忘れられないからだ。

 私はしばらくその場を動けずにいた。




 午前中に降っていた雨は、更に強さを増していた。

しかし、花奈はそれに気づく余裕さえなかった。


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