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赤を君に贈る  作者: 菜々
出会い
1/3

既視感


いつもあなたを見ていた。新しく踏み込んだ土俵で、熱に浮かされていたのだ。築き上げた地位、友情、恋、全てが幻であったならば────。



 平成二十五年度、及川高校入学式。



 「次に新入生代表挨拶、花金鳳花」


 「はい」



 ぼんやりとだが、今でもふと思い出す。中学を卒業したばかりとは思えない大人びた容姿と振舞い。だけど少し緊張したような、恥じらいを隠すような表情を浮かべる君を、私は拍手で迎えた。


 この高校に赴任して二年目の春を迎えたその日、君を見つけたその日から、もう既に私の中には君が居たのかもしれない。





 それから二年後の春─── 。





 「今日から三年S組で国語の担当をする屈曲花奈(まがり はな)です。皆さんにとって今年は受験の年でもあるので頑張りましょうね。」


 S組とは、2学年修了時に成績優秀者である上位15名を集めた、言わば選抜組なのである。

そこには花金鳳花の姿もあった。



 「まずは自己紹介からしましょう。最後の1年間、皆で楽しく過ごせるようにね。」



 「まがっちゃーん、もう他の教科でも自己紹介したからよくない?」


 「おいバカ、自己紹介で授業の時間潰せるだろ」


 「確かに自己紹介で授業終わるから楽だよな。ラッキーラッキー」



 「こーら。自己紹介は先生が皆のこと知るためでもあるの。はい、じゃあ青葉君から。」




 順々に自己紹介をしていく生徒達。ある程度この自己紹介で生徒の性格やヒエラルキーを理解するのだ。この子はクラスのリーダー的存在、あの子は遠慮がちなタイプというように。



 「次は、えーっと花金さんかな。」



 「はい。花金鳳花(はながね おうか)です。女子バスケ部のマネージャーをしています。よろしくお願いします。」



 彼女は話し終えるとすぐに窓の外へ目を向けていた。私の事なんてどうでもいいでしょと言っているような目。私はこの目を知っている。嫌な目だ。


 それから全員の自己紹介が終わり、次は先生への質問コーナーへと移った。



 「まがっちゃんって彼氏いますか?」


 「残念ながら、いませんよ。」


 「俺が彼氏っていうのはどうですかー?」


 「ふふっ、私は年上が好きだからごめんね」


 「花奈先生いくつなんですか?」


 「本来女性に歳を聞くのは失礼ですからね。二十六歳ですよ。」



 生徒から飛び交う数々の質問に答えながら、一向に私に興味を示さない彼女に少しの苛立ちと興味を覚えた。

時折、後ろの子に話し掛けられ楽しそうに話している。確か桃井椿さんだったか、同じバスケ部の────。



 「残り10分なので今日はもうこれで終わりにしたいと思います。最後に国語係にお願いなんだけど、放課後に明日授業で使うプリントの準備を手伝って欲しいのよね。担任の先生からは昼休みには教科係を決めると聞いているので国語係になった人はよろしくね。」



はいはい、俺やる。私も国語係しようかなあ。国語係楽そうだしね。お前まがっちゃんに近づけるチャンスじゃん、俺と一緒にやろうよ。ほんと男子って馬鹿だよねー。は?お前だってイケメン先生の教科係やりたいって言ってたじゃねーか────。



 思い思いに生徒たちが話す中、ふと私に向けられたある視線に気づく。和やかだった心が一瞬凍りつくような。いや、気のせいか。



 「はいはい。じゃあこれで授業は終わるからね。これから1年間よろしくお願いします。」



 教室を出て五歩、深い深呼吸を一つ。“いい先生”へのまずまずの第一歩。久しぶりにニコニコしすぎて表情筋が疲労困憊だ。

 途中で三年S組の担任、七竈悟(ななかまどさとる)先生と偶然会ったのでそのまま一緒に職員室へ向かった。



 「今七竈先生のクラスの授業してきましたよ。いい子ばかりですね。」



 「ははっ、そうですかね。S組はあのバスケ組がいるので安心なんです。特に花金さんは成績トップで生徒会もしてるし、去年もクラスをまとめてくれてたんですよ。しっかりしてて誰にでも優しいから生徒からも先生からも信頼されてるんです。」



 文武両道に生徒会、おまけにあの容姿。完璧少女かよ、とツッコミを入れたくなる程だ。



 「そうだったんですね。私、あの子たちの学年とはこれまであまり関わりがなかったから、少し緊張してたんです。でも、それなら安心ですね。ふふっ、受験に向けてビシバシいこうと思います。」



 「はい。よろしくお願いしますね。クラスの子も屈曲先生が国語の担当で嬉しがってましたよ。美人で授業がおもしろいからサイコーって。今年のセンター試験の国語は屈曲先生に懸かってますからねー。」



 「もう〜七竈先生ったらプレッシャーかけないで下さいよ。三年生の担当するの初めてなんですから。しかもS組ですよ。これでセンター試験失敗なんてことになってクビ宣告されたらどうするんですか。」



 「ははっ、そりゃ大変だ。まあでも僕にも手伝えることがあれば相談して下さい。いつでも相談に乗りますから。屈曲先生の大先輩なんでね。」



 「ありがとうございます。二歳しか変わりませんけど大大大先輩の七竈先生を頼りに頑張りたいと思います。」



 「言うようになりましたね〜。でも本当に何かあったら相談に乗りますのでいつでも声掛けてくださいね。では僕は体育教官室に行くので、また。」



 そういうと七竈先生は去っていった。七竈先生は体育の教鞭を取っており、部活はサッカーの顧問をしている。

現在二十八歳で彼女はいない。好きな女性のタイプは明るく元気な人らしく、髪はショートヘアーが好みとか。一部の生徒からはイケメン先生、略して"イケT"と呼ばれており、非常に生徒との距離が近い。生徒達の間でよく話題に上がるので、自然と彼の情報が耳に入ってくるのだ。



 一段落する間もなく次の授業へ行く準備をする。




 今日は雨か───。





 ふと窓の向こうを見ながらあの目に映る景色を想像してみた。

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