童話の世界の小さな悪魔
深い深い森の奥、大きな大きな沼の中に三頭の怪獣が住んでいました。
そして、その沼の近くには、それはそれは気味の悪いお城がありました。
そこには、つい最近、両親を亡くした子供が二人、乳母と一緒に暮らしていました。
兄のウィルは十歳で、弟のギルは九歳。それはもうかわいらしい兄弟です。二人ともくるくる巻き毛の金髪で、青い目をしています。
さて、沼に住んでいる三頭の怪獣のうちの一頭は大亀で、二頭は大カメレオンの格好をしているということです。
というのも、この怪獣を見た者は必ず異常な死を遂げるので、本当のところはどういう姿をしているのかわからなかったのです。
実を申しますと、ウィルとギルの両親もこの三頭の怪物を目撃したために死んだのでした。
森の外れには村があり、そこの子供たちはよくこの森で遊んでいました。ですが、本当は森の中で遊ぶことは禁止されていたのです。それでも子供たちはまったく頓着することはありませんでした。
そんな中にレスターという十歳になる男の子がいました。彼も森で遊ぶのが大好きな子でした。
ある日、村の子供たち数人は沼の近くまで遊びに行ったところ、そこにウィルとギルが沼に入って遊んでいるのを見つけました。
「あっ! 怪物の館のウィルとギルだ」
子供たちは大声で叫びながら沼に走り寄りました。
二人が怯えた顔で水からあがると、子供たちは口々にはやし立てます。
「やーい、やーい! 弱虫ギルに頭のおかしいウィルやーい!!」
「やめろよっ!」
遅れてやってきたレスターが怒鳴って、兄弟の前に立ちました。そして、毅然とした態度で言います。
「弱い者いじめはいけないって先生も言ってただろ」
「…………」
決まりの悪そうな顔をして、子供たちはどこかへ走って行ってしまいました。
それをため息をついて見送るレスター。
「ごめんよ。ウィルにギル」
二人はビクビクした顔でレスターをみつめていました。
レスターは苦笑すると、
「そんなに怖がらなくてもいいよ。ね、僕たち友達にならないか?」
「………」
「………」
二人はパッと顔を輝かせ、にこっと笑った。
思わずレスターも笑い返す。
そのとき───
「ぼっちゃまぁ───。ウィルぼっちゃま、ギルぼっちゃまぁ───」
乳母の声だ。二人を呼びにきたのだ。
レスターは名残惜しそうに兄弟を見つめた。
「また、来るよ」
そうして、彼は森の外へと向かって走って行った。手を振りつつ。
それを、二人の兄弟は手をちぎれるくらいに振って見送った。
しかし、数日後、村の子供が森に行ったまま帰ってこなくなるという事件が起きました。
村では、沼の主である三頭の怪物が、子供たちを食ってしまったのだと噂していました。そこで、村人たちは怪獣退治をしようと決めました。
しかし、その夜から村は豪雨にみまわれ、村人の三分の二が溺れ死んでしまったのです。
森は村よりもずっと高い高台にあったので、生き残った村人たちは沼まで避難してきました。その中にはレスターもいます。
村人たちの集まった沼にウィルとギルの兄弟がやってきました。
すると、突然村人たちは、二人をさんざん罵り始めました。
「この疫病神め!」
「さっさとこの森を出ておいき!」
「子供を返せ!」
目を吊り上げながらわめく村人たち。
「…………」
「…………」
しかし、二人はいつもの怯えた顔ではなく、とても恐い顔をしていました。
とそのとき───
──キェエエエエエ───!!
──ガォオオオオオ───!!
──グェエエエエエ───!!
沼から恐ろしい咆哮が上がり、三頭の怪獣が水飛沫を上げて沼から顔を出してきたのです。
「うわぁ───!!」
「きゃああああ───助けてぇ───!!」
村人はびっくりして逃げ回ったのですが、怪獣は逃がそうとしません。一人一人踏み潰されていきます。
レスターは、恐怖に打ち震えながらも、沼の淵で不気味に微笑むウィルとギルを見つけ、
「ウィル──ギル──!! 助けてよー、どうしてこんなことするの? ねえ、僕たち友達だろー。みんなを助けてよぉ。君らをいじめるのをやめさせるからあ───」
彼はボロボロと涙を流しながら叫びます。
「ぼ…僕の母さんも父さんも洪水で死んじゃったんだぁ───!!」
「………」
「………」
レスターのその言葉を聞き、兄弟は突然表情を変えました。
ふたりは何かと必死に戦っているといった感じです。
「あっ!!」
レスターは叫びました。
二人が、館へ向かって、まるで狂ったように走り出したからです。
しばらくすると、館から火の手が上がりました。
「か…怪獣が……」
見ると、三頭の怪物がその火に向かって突進し出したのです。
館から出た炎は、三頭の怪物を容赦なく焼き始めます。
レスターと村人たちは崩れていく館を見つめていました。
「あのウィルとギルは何者だったんだ……?」
村人の一人がそう言うと、レスターは涙をこぼしながら呟きました。
「ただのかわいそうな兄弟だよ」