4話 命響式 後編
ローリエ中心街とカンランを繋ぐ橋。その橋上には、子供達を命響式会場へと送る専用の魔道列車が走る。魔道列車はその名の通り魔法を使った列車であり、魔法によって少し浮いているため、線路が要らないのが特徴だ。
その魔道列車の一角で、フードを被った少女は機嫌良く熊のぬいぐるみを抱きしめる。
「マシロ、そんなに気に入ったの?」
少女の横に座っていたイズモが声をかけると、少女は振り向き、向日葵のような笑顔で頷く。
「うん!」
「それなら良かった」
「そう言えば、イズモはどうやって銃の威力を強めたの? 私が使った時と全然違かったんだけど……」
マシロの問いに、イズモはちょっと考え込んだ後に口を開く。
「あの銃はさ、風を集める魔法と、それを発射する魔法の2つで出来てるんだよ」
そういいつつ、イズモは手のひらの上に魔法で風を集める。風たちは緑のエフェクトを伴いながら、小さな弾丸の形へと変化する。
「凄ーい!!」
「これが風を集める魔法ね。んで、発射する魔法はこう」
イズモが弾丸に手をかざすと、風の弾は勢いよくマシロへと飛んでいく。
「うぇっ!?」
マシロは素っ頓狂な声を出しつつ、飛んでくる風の弾丸から身を守ろうと行動する。しかし、それは杞憂で、マシロの体に当たった風の弾は、そよ風がぶつかった程度の威力しか感じなかった。
「射的屋の銃は今のよりもう少し威力高めで、ボールが当たったくらいの威力かな。でも、あの射的屋はインチキしてたから、当てても落とすことは出来なかったね」
「インチキされてたの?」
インチキの推理は店主にこっそりと話していたため、マシロは知らない。そのため、イズモの口からインチキという言葉が出て驚く。
「うん。予想だけど、魔法か命符の力でそのぬいぐるみに磁力を与えてたんだよ。磁力を与える魔法なんて知らないし…… 多分、命符の方かなぁ」
この世界で有名なインチキ手法としては、魔法によるものが多い。射的屋でいえば、ぬいぐるみの質量を増やしたり、材質を金属に変化させたり、風魔法で壁を作ったりと様々だ。今回は、落下時の不自然な動きから、イズモは磁力によって景品の固定を試みていたと予想していた。
「だから、まともにやってたら撃ち落とせないと思って、こうしたの」
イズモはもう一度風を集めると、イズモお得意の魔法圧縮によって風の弾を圧縮する。
「えっ!? すごい!?」
「やってる事は、花火を作った時と同じことしてるんだけどね。圧縮することで威力あげてたの」
マシロに説明しつつ、圧縮した魔法の形を変え、子猫を創る。その子猫はまるで意思があるかのようで、毛繕いをするとぴょんぴょんと跳ねてイズモの頭の上へ座る。
「わぁぁ…… かわ…」
「あっ、あっ、あなた!? それっ、ど、どうやってるんですの!?」
風の子猫に心を揺り動かされるマシロの声は、女性の声でかき消される。その声の方向を見ると、通行路を挟んで一つ左後ろの席の少女が、こちらに身を乗り出し、顔をのぞかせていた。少女の目は風の子猫を捉え、呼吸も荒く、興奮しているのがひと目でわかる。
「……え?」
「いや、え? じゃなく! その魔法と思えないほど自然で、伸びやかさを感じれる、可愛くて愛らしい子猫をどうやって作るんですのって聞いてるんですわ!!」
イズモとマシロの2人が呆気に取られていると、興奮する少女の隣に座っていた少年が少女を止めに入る。
「おじょー、二人共困ってるじゃんか。まずは自己紹介が先だろ? あと、通行路で騒いじゃダメ」
「そ、そうですわね、私とした事が失礼しましたわ。
あの、ご一緒させてもらっても構わないかしら?」
「ど、どうぞ……」
思考の整理のつかない状態で、押しに負けてイズモは2人の要求に応じる。少女と少年は礼を言って席を立ち、マシロの前の席には少女が、イズモの前の席には少年が移動する。そして、少女は咳払いをして、改まって話し出す。
「私はミラノ・C・サフィール。オリーブ学園国家の隣国、城塞都市国家ウルツァイト出身ですわ」
ミラノは自己紹介を終えると、丁寧にお辞儀をする。イズモはその優雅な所作を見つつも、「サフィール」という言葉にどこか聞き覚えがあり、記憶を巡らす。
「あ、俺はルー・コランダム、よろしくね~」
ルーはそういって握手を求めたので、イズモとマシロはそれに応じる。
「独立国家リベルタ出身、イズモ・ヘルメースだよ。よろしく」
普段は略式で自己紹介するイズモだが、相手に合わせてフルネームで自己紹介をする。マシロもイズモのファミリーネームを初めて聞いたため、「そうなんだ……」と驚きながら呟く。
「イ、イズモと同じく、リ、リベルタ?出身のヒメ…」
名字から名乗ろうとしたのを察知したイズモが、即座にマシロの脇腹を肘でつつく。それで自分の失態に気がついたマシロは、焦りながらも言い直す。
「マ、マシロ・ヒメミヤです…」
ルーとミラノは言い直したことに少し不思議がってはいたが、特に気にかけるわけでもなかった。
「おじょーはこうみえて貴族様でさ、ちょっと世間知らずな所があるけど、2人とも仲良くしてあげてよ」
「貴族……? あっ!」
ルーの発言で、イズモの中で「サフィール」という言葉の正体にピンと来た。
「サフィールって、あの!?」
「あのがどれを指してるかは分かりませんが、イズモの想像通りだとは思いますわ」
「えぇ…… 敬語とか使った方いいかな?」
「おじょーはそーいうの気にする人じゃないから大丈夫だよ」
ミラノの正体を知ったイズモは目を白黒させて驚く。しかし、マシロは話についていけず、蚊帳の外になってしまっていた。
「イ、イズモ、その、どういう事……?」
「あっ、ごめんマシロ。サフィールっていうのはミラノの出身国にある4つの名門貴族の1つなんだよ。4大貴族、なんて呼ばれ方もするね」
「ええっ!? じゃ、じゃあ、かなり偉い人!? あわわわわ……」
現状を把握したマシロは、頭が真っ白になり、壊れたゼンマイ人形のように同じ動作を繰り返す。
「い、いえその、私が偉いわけじゃないですのよ?」
「まぁ、お貴族様の中でも、おじょーはまともな方だよ」
ルーの言葉に、ミラノは反応する。
「……ルー、さっきから仰ってる貴族様って言い方は好きじゃありませんから、やめてください」
「そりゃ屋敷じゃそうしますがね、ここにゃ他にもお貴族様がいらっしゃるかもしれません。そういった人達に万が一聞かれて、いちゃもんなんかつけられちゃ嫌でしょう?」
ルーに反論され、ほっぺたをプクーっと膨らませて不貞腐れるミラノ。
「そんな顔してもダメなものはダメです。面倒事を避けるためですから」
「ルーの言い分は分かります、分かりますが!! それでも、貴族であるだけで偉いかのような風潮は嫌いなんですの!!」
2人のやり取りを聞いていたイズモは、ミラノの姿勢に驚きを隠せなかった。貴族制度のないリベラタに住んでいるイズモだが、それでも貴族という存在は知っており、実際に他国の貴族を見かけたこともある。それらの経験から分かったことは、身分にあぐらをかいてる自己中心的な奴らが多いことである。勿論、そういった貴族達ばかりでないことや、人によって程度の差があることは理解している。しかし、それでも貴族意識が高いものが多いことも事実であり、特に貴族の令息・令嬢は甘やかされて育てられてきたことも相まって、わがままな子が多い。そのため、ミラノのように自分を律し、現状を疑うことが出来る貴族令嬢は珍しいのだ。
「……あっ、ごめんなさい、つい白熱してしまって」
ミラノはハッとした様子で落ち着く。
「その、つまり言いたかったのは、私は別に偉いわけじゃないので、その…… 友達、として、仲良くしていただけると嬉しいですわ」
そう言って、ミラノは顔を赤くし照れながらも、マシロに手を差し出す。マシロはどうしていいか分からずイズモの顔と差し出された手を何回か交互に見て、そして意を決してその手を取る。
「その、こちらこそ、よろしく、お願いします!」
「えぇ、よろしくお願いいたしますわ、マシロ」
2人は笑顔で手を握りしめあった。その様子に感動を覚え、少し涙ぐむ男衆。
「マシロ…… いっつも怯えてたから、友達できるか不安で……」
「あぁ、分かるぞイズモ。俺もおじょーが学園で受け入れられるか心配だったんだ」
話してる内容が同級生というより保護者のそれだが、男衆は男衆なりに仲を深める。その会話の内容が少し聞こえたのだろう、「受け入れられるか心配ってどういう意味ですの?」と怪訝な表情でミラノがルーを問い詰め、ルーは失敗したなぁとボヤいていた。
「はっ! そ、そんな事より、イズモ。その、あの可愛らしい魔法はどうやったんですの!?」
ルーからイズモへと矛先が変わり、ミラノは興奮した様子でイズモへと詰め寄る。
「そ、その、ミラノちゃん。私、そんなに魔法詳しくないんだけど、イズモの魔法ってそんなに凄いの?」
「凄いですわ。魔法自体の独創性も高いですし、魔力制御も神がかってますわ」
「や、やっぱり凄いんだねイズモ!」
褒められるのがこそばゆいのか、イズモは右手で頭を掻く。
「いやいや、褒めすぎだよ」
「褒めすぎじゃありませんわ! だって、私が見てきた中でも、ここまで魔力制御が上手い方はいらっしゃらなかったですわ」
ウルツァイト国、四大貴族の一角であるサフィール家の生まれであるミラノは、当然子供の頃から魔法を習い、多くの優秀なお抱え魔術師達を見てきているのである。そのミラノをして、魔力制御に関して右に出るものはいないと言わしめるイズモの魔法制御が、どれだけ卓出したものなのかは想像にかたくないだろう。
「それに加えて、最初にもいいましたが、魔法とは思えないほどあの魔法は自然な動作をしていましたわ。どうやってるのか想像もつきません……!」
ミラノはそこで、更に目を見開き、イズモに頭を下げる
「お願いですわ! 私にあの魔法を教えてくださいまし!!」
「うぇぇ…… 教えるっていっても……」
「あんなに素晴らしい魔法ですもの、教えたくな「」気持ちは分かりますわ! ですが、そこをなんとか……!」
「いや、教えたくない訳じゃなく……」
「お願いですわぁぁぁ~!」
ミラノは泣きながら懇願すると、声が大きいために周りの目もちらほらと集まってしまう。少女が泣かされている、ともとれるその状況に注目が集まってしまうのは非常にバツが悪い。
「やっ、やめ、泣くのはやめてくれよ! ちょ、ルー!助けて!」
「はいはい、おじょー。イズモが困ってるから落ち着いて」
ルーは流石に扱い慣れているのか、落ち着いた様子でミラノをなだめる。
「ごめんねイズモ。おじょーは猫が大好きで、屋敷では猫に囲まれながら暮らしてたんだけど、流石に猫達を連れてくる事は許可されなくてね。丁度、猫ちゃんロスの時にイズモの魔法を見て……」
「興奮してこうなったって訳か」
「そういうこと。だからさ、もし嫌じゃなかったら教えてあげてくれない?」
「あぁ、嫌じゃないんだけど……」
イズモは教えることに拒否感はないものの、なんとも歯切れが悪い。というのも、イズモはなんとなくの感覚でこの魔法を扱っているが、この子猫を作る魔法自体は複雑で緻密なため、どういう風に教えたらいいのか分からないのだ。
「その、どうやって教えたらいいのかわからなくて……」
「それなら、まずはゆっくりやって見せてもらってもいいかな?」
「いいけど……」
イズモは魔法を唱えて風を集め風の玉を作ると、その風の玉は緑のエフェクトを放ちながらゆっくりと中央に向けて凝縮する。
「ちょっと待ってくださいなイズモ。貴方、魔法の凝縮出来るんですの?」
「うん。師匠にあたる人が、魔法凝縮大好きだったらしくて、魔法覚えた次の日には教えこまれたんだー」
「いやいやいやいや…… 大人でも使える方は少ないんですのよ……?」
「師匠のおかげだよ」
言わずもがな、イズモの師匠とはマギアのことを指す。マギアは魔法凝縮を教え込むために、コンロから洗面所まで、家のありとあらゆるものを魔法凝縮を教えるための訓練設備へと改造していた。その甲斐あって…… というか、甲斐がありすぎてか、イズモは魔法凝縮を身につけ、今や魔法凝縮だけでいえばマギアをも超える実力を手に入れていた。
「でも、魔法を覚えたりするのは苦手なんだよ。だから、他のところでカバーしてかないとって思ってるんだ」
そんな事を話しているうちに、風の玉は新たな風の収集と凝縮を繰り返しつつも、両手で持てる大きさまで成長していた。今度はそれを、魔力制御によって粘土のように捏ね、子猫の形を創っていく。
「……ルー、どうやったら風の玉を粘土のようにあつかえるんですの?」
「……あれだけ動かしても崩れない、人並外れた魔力制御の賜物じゃないですかね」
魔法について素人であるマシロを除いた2人は、イズモの手のひらの上で起こっている事象に呆気に取られる。
「ミ、ミラノちゃん、イズモが今してることって、凄いの?」
「凄いですわよ。普通なら崩れて、魔法が壊れますもの」
「そ、そうなんだ…… イズモが普通にやってるから、皆できるんだと思ってた……」
「できる人も勿論いますわ。ですが、少なくともあの芸当が出来るのは、並の魔術師じゃできませんわ」
そんな嘆きのような呟きを顧みず、イズモは仕上げへとかかる。子猫の形へと変貌させた風の玉の中心を一部切り離し凝縮させる。極限まで凝縮させビー玉程の小さい玉を創り、その部分に魔法を重ねがける。緑の光が子猫を一瞬包むと、そこには意志を持ったかのように動く風の子猫が存在していた。
「はい、出来たよ?」
風の子猫はイズモの腕を渡り、肩に腰掛け毛繕いをする。その様子に、マシロはメロメロになり、風の子猫の頭を撫でる。そんな可愛らしく、猫好きにはたまらない光景を前にしているというのに、ミラノとルーの2人は愕然としていた。
「おじょー、最後のあれ、何ですか……?」
「私にも、見当がつかないですわ…… イズモ、何をしたか教えてくださる……?」
呆然とする2人に、イズモは口を開く。
「核を作ってたんだよ。核を作ると、まるで生きてるみたいに動き出すんだ。けど、なんであの手順で核が出来るのかはよく分かってない」
イズモの説明を聞いても理解が追いつかない2人。
「核……? 魔法で、意志を創ったのか……?」
「これ、命符並ですわ…… こんなの、私、身につけられるのかしら……」
諦めの境地にいる2人。だが、2人はすぐに気を持ち直すと、イズモに色々と聞きながら練習を始めた。丁度いい機会だったので、イズモは目的地に着くまでの間、マシロに魔法のいろはを教えつつ、2人の練習に熱心に付き合った―――
□□□
「ほら、3人とも。そんな暗い顔しないでいこう?」
ローリエ、カンラン、オレア・コラン学園を繋ぐ魔道列車、そのカンラン駅にて。イズモ含む、マシロ、ミラノ、ルーの4人はかの地へと降り立った。が、イズモ以外の3人は浮かない顔をしていた。
「魔法……ぜ、全然覚えられなかった……」
「マシロは他の子より覚えるの早いですわよ。それより、魔法凝縮出来る気がしないですわ」
「おじょーはまだいいですよ、凝縮自体は出来てるんですから。俺なんかピクリとも動かなかったですよ」
マシロは魔法の取得について、ミラノとルーの2人は魔法凝縮について、それぞれ壁にぶつかり、暗くなってしまっていた。
「マシロは…… ミラノの言う通り、他の子より魔法技術の成長速度は早いよ。それに、学園に通う前の時点で魔法を覚えてる子は少ないから、気にしなくても大丈夫」
「で、でも……」
「忘れたの? マシロの魔法適性は高いって、マギアさんにもお墨付きをもらったじゃない。それに、これからもできる限りサポートするよ」
イズモの励ましにより、マシロは暗い顔を辞め、元気が出てきた。実際、マシロの成長速度は高く、魔法という概念に触れてきていない世界に住んでいたにも関わらず、イズモが少し教えただけで魔力を感じ取り、操作する事に成功していたほどだ。ちなみに、この世界の子供であったら、この段階になるまで早いもので数時間、遅いものでは5日以上はかかるのだから、マシロの成長速度の高さがありありと分かる。次にイズモはまだ元気がない2人の方を向くと。
「2人も、魔法凝縮は慣れないと難しいからさ、これから時間かけて覚えてこうよ」
「それはそうなんですけど、他にも魔力制御に核?の作成もあるって思うと先が遠すぎますわ……」
「俺は魔法凝縮だけ覚えられればいいけど、おじょーより魔法下手だから、いつになったら覚えられるか……」
「大丈夫だよ、できるまで付き合うから。それに、学園には俺より上手く教えられる人もいると思うからさ」
「そんな事はないと思いますわ……」
イズモの「もっと上手く教えられる人がいる」という発言には否定したものの、イズモの言葉によって2人とも元気が出たようだ。
「ちなみにイズモは、魔法凝縮覚えるのにどれくらいかかったんだ?」
「俺は10日くらいかなぁ」
「10日!? 大人でも使える者が少ないこの技術を、10日で覚えたのか!?」
「うん、師匠が教えるの上手かったからね」
勿論、マギアが教えるのは上手だったというのは正しい。とはいえ、そのマギアが教えても覚えられないものは多いのだ。つまり、ここまで魔力制御が上手く、魔法凝縮が得意になったのは、マギアの教えの部分以上に、イズモの資質が高かったからだといえる。
「ま、根気よくやってこうよ! それよりほら、見えてきたよ!」
4人の眼前に広がる人の群れ。その先には、雲をつくようににそびえ立つオレア・コラン学園。そして、それを囲む城壁のように立ち並ぶ大聖堂の姿があった。
「あれが…… かの有名なカタルーニャ大聖堂ですわね」
「カタルーニャ大聖堂……?」
ミラノの発言に、例のごとく小首を傾げるマシロ。
「命響式の会場ですわよ。……マシロは知らずについ来たんですの?」
「あはは…… イズモに付いていけば何とかなるから」
「おじょーも中々だと思ってたが、マシロも意外と抜けてるんだなぁ……」
「ルー? あなたにだけは言われたくありませんわ」
ルーの言葉によって、ミラノから物々しい空気が流れ出す。一触即発のその状況をイズモとマシロの2人で宥めつつ、カタルーニャ大聖堂へと4人は向かう。大聖堂へと繋がる道は、命響式へ参加する子供達によって大渋滞しているもののゆっくりながらも動き、そして4人はカタルーニャ大聖堂の麓までたどり着く。
「うえぇ…… だっるーいだっるーい!! こんっっっな仕事早く終わらせたァァい!!」
そこには、子供のように悪態をつく成人女性。
「あの鬼畜先輩!! ぜんっぜん帰ってこないし! あんっの野郎、仕事押し付けたなぁ!?」
その女性は、絵本に出てくる魔女のように特徴的な真っ黒な三角帽子を被り、その帽子からは艶やかな紫苑色の髪がのぞかせている。イズモとマシロの2人は、その色んな意味で個性的な女性を見たことがあった。
「……何してるんですか、シオンさん」
「あのアホっ! ……って、その声は……イズモくん! それにマシロちゃんも!」
「ご、ご無沙汰してます……」
「そーんなよそよそしくしなくていいんだよマシロちゃん! ……あれ? そっちの2人は? もう友達出来たの?」
シオンはルーとミラノの2人に向けてそう尋ねると、シオンはスカートの裾を掴み、一礼をする。
「城塞都市国家ウルツァイト出身、ミラノ・C・サフィールですわ。何卒、お見知り置きを」
「同じく、ルー・コランダムです」
2人の自己紹介を聞くや否や、シオンは目を輝かせる。
「あっ、貴方がサフィール嬢!? ってことはルーくんはかの有名な英雄コランダム!? いやーっ! 私達の間でも話題になってたんですよーっ!」
「話題? わ、私達がですか?」
自分の名も名乗らず興奮するシオンの姿に、困惑するミラノとルー。
「そう! 学園内でも、あのサフィール家のお嬢様に、英雄コランダムが入学するって聞いて話題だったんですよっ!」
「あっ、学園……の、関係者の方、ですの?」
「シオンさん、シオンさん。まずは自分の名を名乗んないと、ただの変質者ですよ」
「あっ、そうか! これは失礼しましたっ!」
シオンはミラノに頭を下げ、謝罪の意を伝えると、咳払いをして仕切り直す。
「私はオレア・コラン学園、新任魔法教師のシオン・メディアです!」
シオンはミラノに頭を下げ、謝罪の意を伝えると、咳払いをして仕切り直す。
「私はオレア・コラン学園、新任魔法教師のシオン・メディアです!」
「そ、そうでしたか。これからよろしくお願い致しますわね」
「ええ、こちらこそっ! いやぁ、四大貴族に英雄と会えるなんてっ! 今日は幸先いいなぁ!」
「シオンさん、その、英雄ってのやめてください。それは俺じゃなくて爺ちゃんの事ですから……」
シオンに英雄と呼ばれることを嫌がり、ルーはそう請う。
「ややっ! これは失礼っ!」
「シオンさん、ルーが英雄ってどういうことですか?」
「イズモくんは知らなかったんですねー。ルーくんのお爺さんは城塞都市国家ウルツァイトで英雄とされているお方なんですよっ! いやーっ、いつかお手合わせしたいものです!」
シオンは恍惚な表情でそう語るが、ルーの顔は引きつり、ひと目で困っているのが分かるほどだった。
「シオンさん、ルーが困ってるからその辺で。それより、シオンさんは何でここにいたんです?」
「あっ! そう、それですよそれっ!! あの後、先輩に仕事を押し付けられて、こうして警備をしてるんですよっ! 酷いと思いません!?」
鼻息荒く、自分がいかに酷い仕打ちをされているのかを熱弁するシオン。しかし、森での顛末を知っているイズモとマシロからしてみれば、どうせ何か怒らせるような余計な一言を言ったのだろうと推察する事は簡単な事だった。
「イズモ、イズモっ。そろそろ行かないと命響式に遅れてしまいますわよ!」
シオンと話し込むイズモの肩を叩き、少し焦った様子でミラノはそう注意する。
「えっ…… あぁ、そうか。ごめんシオンさん、そろそろ行かなくちゃ」
「いえいえっ! むしろ私の方が時間を取らせてしまいましたねぇ…… お詫びに、私が特等席へと送ってさしあげましょうっ! 」
そう言うと、シオンは紫の魔法陣を展開する。
「えっ、えっ、なんですの……!?」
「おじょー、これは……」
困惑する2人に対し、転移魔法を何回も見ているイズモとマシロは落ち着いた様子で魔法の起動を待つ。
「それでは4人っ! カタルーニャ大聖堂 最上階へとご案内~!」
5人は浮遊感を感じると、すぐに光に包まれその場から消える。次に5人が居たのは、城壁のように広がるカタルーニャ大聖堂が見えた入口ではなく、天井から色とりどりの光が降り注ぐ、多重階層のホールだった。その場所は吹き抜けとなっていて、最上階以外の各階層には各国から集められた子供達でぎゅうぎゅう詰めになっていた。
「こっ…… ここは……?」
マシロは辺りを見回しながらそう尋ねる。
「ここはカタルーニャ大聖堂 最上階っ! 職員や各国のお偉いさんしか入れないと……」
「お前は馬鹿かっ!!」
「いでぇっっ!!」
誇らしげに解説するとんがり帽子の女性は、鈍い効果音が聞こえるほどの威力でぶん殴られる。
「あっ、メトルさん」
「イズモ、マシロまた会ったな。そちらは…… サフィール家の令嬢と、コルダイン家のご子息ですね。私はメトル・アーサー、このアホと同じくオレア・コラン学園で教師をしている」
シオンを殴り倒した人物は、メトルだった。メトルは前に会ったイズモとマシロは勿論、初めて会うだろうミラノとルーに対しても知っているようだった。
「こ、これはご丁寧にどうもですわ……」
ミラノは何とか受け答えするも、その視線はメトルの足元、特徴的なとんがり帽子を凹ませられた上にメトルに踏みにじられているシオンに釘付けになっていた。
「そ、その…… シオンさんは大丈夫なんですの?」
「あぁ、大丈夫だ。こんな程度の事は日常茶飯事なのでな」
日常茶飯事という言葉で済ましているが、なんの躊躇いもなく女性を踏みにじっている光景は、そう簡単に見過ごせるものではない。
「っ! そんな事より、ルーやミラノはともかく、イズモとマシロはここから早く降りた方がいい」
「えっ、な、な、なんで、ですか……?」
メトルの警告に、不安げに尋ねるマシロ。
「シオンの馬鹿が連れてきたが、例年、カタルーニャ大聖堂の最上階は貴族のご子息が多く集まる。そういった方々の中には平民差別をするような阿呆もいるから、面倒ないざこざを避けるためにも早く……」
メトルが話終わる前に、カタルーニャ大聖堂内がざわめき立つ。その歓声は吹き抜けのホールの中央へ向けられていた。
「チッ、もう始まったか……」
そこには、白と金を基調とするドレスを纏った女の子が、白銀の杖を携え、ゆっくりとホールの中央に設置された祭壇へと向かって歩いていた。
「仕方ない、ここで命響式を受けるしかないか……」
「貴族絡みで何かあったら私達がマシロ達を助けますわよ。幸い、私は、そうそう舐められるような家柄でもありませんし」
「ミ、ミラノちゃん、かっこいい……!」
ミラノの発言に感激したマシロは、ぴょんぴょん飛び跳ねながら喜ぶ。
「まぁ、目立ちさえしなければ大丈夫だろう」
「メトルさん、今のこの状況的に既に注目を集めてんですけど。せめて早くシオンさんを踏むのをやめてくださいよ」
メトルに突っ込むイズモ。実際、突然転移魔法で現れた上に、メトルがシオンをしばいているせいで、イズモ達一行はある程度、既に周囲から注目を浴びていた。
「あぁ、悪い。忘れてた」
足をどけると、シオンは血管を浮き上がらせながら、ゆっくりと立ち上がる。
「先輩ぃ…… 今回ばかりは頭にきましたよ…… ちょっとツラ貸せやぁ……」
「ふむ。どうやらかなり頭にきてるようだ。悪いな、ご指名なんでちょっとばかし戦ってくる。くれぐれも、貴族達には気をつけろ」
そう言い残すと、2人はシオンの転移魔法によって姿を消した。
「イズモ…… 学園の先生は全員癖が強い人ばかりか…?」
「いや、俺に聞かれても困るよルー……」
「とりあえず、命響式に集中することにしましょう。
……ほら、キャロル様が魂呼びの詩を歌ってくださいますわよ」
「キャロル様……って、あの中央にいる女の子ですか?」
ミラノは頷く。
「キャロル様は去年から命響式を担当して下さってる、聖女様ですわよ。あの御方が歌ってくださる魂呼びの詩を聞くことで、命符を手に入れられるんですの」
「同じくらいの歳に見えるけど、凄いんだなぁあの人」
「キャロル様は私達と2つしか年は違いませんわよ。あと、キャロル様をあの人呼ばわりしてはバチが当たりますわよイズモ」
そうこうしているうちに、キャロルと呼ばれる少女は祭壇へと辿り着き、各方向へと一礼する。
「命響式を迎える皆様、おめでとうございます」
キャロルの声は魔法によって拡声され、囁くように話しているというのに、巨大なカタルーニャ大聖堂に心地よく響く。
「神の御加護を。命の御加護を。秘めたる己の才能を。そして――― 己の運命を、夢を、可能性を切り拓く力を」
少女は凛とした態度で言葉を紡ぐ。
「さぁ、目覚めなさい。無数の力を秘めたる若人達よ」
少女はそう言うと、手を組み詩を歌いはじめる。
すると、カタルーニャ大聖堂の天井。太陽を象ったステンドグラスに光が差し込まれ、色とりどりの光の雫が大聖堂内に輝き降る。
「わぁぁ……!」
「綺麗!」
大聖堂内のあちらこちらから感嘆の声が漏れ、ゆっくりと降り注ぐ光の雨に参加者達は目を奪われる。
「~♪」
キャロルの歌はハミングのようでいて、オーケストラの演奏のようにも感じられるキャロルの歌に呼応するように、光り輝く雫達はキャロルの周りへと集まり出す。
「~♪」
少女の美しく、神秘的で、畏怖さえも感じさせる詩がより一層の盛り上がりをみせる。それに共鳴し、キャロルの元に集まった光の雫達は少女を中心にして円を描き、様々な色で輝いていた光の雫たちの色が統一し、
半透明に白く輝く。
「――皆様に、大いなる幸せがもたらせられんことを!」
そして、それらはさらに輝き、大小様々な光の球となって360度全方向へと飛び散る。
「わぁっ!」
「光が…… こっちに来るよ!」
光の雫達は、命響式に参加している子供達一人一人の元へと飛んでいく。それはイズモ達も例外ではなく、白く淡く輝く光の球が、まずはルーの目の前にあらわれる。
「この光が命符となるんですわ。ルー、お取りになって」
「はい、おじょー……」
ルーが光の球に触ると、たちまちに光の球は半透明な一枚の札の形へと変貌する。その札はさらに強く輝くと、石を投げる男性のアイコンを一瞬だけ表示し、ルーの身体の中へと入る。
「俺の命符の格は、《ダビデ》らしいです。聞いた事ないですが、偉人系だとは思います」
そうこうしているうちに、今度はミラノとイズモの前に光の球があらわれる。ミラノの光の球はルーのものより幾分か大きく、逆にイズモの光の球はルーのものより小さい代わりに透明度が小さい。2人は光の球に触れると、ミラノは跪いて祈りを捧げる女性の絵、イズモは大きなメガネを帽子に括り付け、コンパスを片手に歩いている男の子の絵が、それぞれ表示される。
「私は、《信奉者》ですわね」
「……おじょーは十中八九、猫に対しての信奉者でしょうね」
「うるさいですわ」
ルーの野次はほぼその通りであろうと自分でも感じているのか、ミラノも内容自体は否定しない。
「俺は、《探求者》だった」
「……あっ! だから魔法の応用が得意だったんじゃない? 魔法の活用法を探求してたってことで……」
「あぁ、そうかもなぁ……」
イズモは魔法の応用に関しては神がかっている。その理由は、魔法の活用法へほ飽くなき探求心の結果ともいえるだろう。そう考え、マシロは言ったのだ。
「イズモの魔法は、才能というより練習の積み重ねという部分が多いですものね。《探求者》というのも納得ですわ」
「……命符のおかげってことにでもしないと、俺は才能の差に耐えきれないぜ」
「まぁまぁ。あとは、マシロのだけ来てないのか」
イズモ、ミラノ、ルーの3人は命符を手に入れたので、残るはマシロだけである。しかし、マシロが異世界人であることが関係しているのか、周りの子供達が続々と命符を手にしているというのに、マシロの元には未だ光の球は訪れない。
「……やっぱり、私なんかじゃ、ダメなのかなぁ」
そう、マシロが弱音を呟いた時。それまでのどの光の球よりも一回りも二回りも大きい光の球がゆっくりと飛んでくる。そのあまりの大きさに、その場にいる全ての子供達、関係者達はその光の球に目線が移る。
「一説には、光の球の大きさは、その命符の価値・能力の高さに比例するとも言われる……」
「これは…… 一体誰の元へ向かうんだ……?」
全員がその光の球の行く末を見守り、緊張感からか先程までのざわめきは消え、全員が息を飲んでその瞬間を待ち構える。巨大な光の球は、その場にいる全ての者たちの注目を一身に浴びながら、ゆっくりと、ゆっくりと飛び上がる。
そして、その時は来た。
その光の球はカタルーニャ大聖堂最上階へと浮かび上がり、フードから白くも青みがかった髪をのぞかせる、小さな少女の前で停止する。
「……へ?」
至極当然に、その場の視線は光の球からその少女へと降り注ぐ。少女は周りの反応に怯えつつも、恐る恐る手を伸ばし、光の球へと触れる。光の球は煌めき、一枚の半透明の札を形作る。そこには、動物と自然に囲まれる女性の姿が描かれていた。
「イ、イズモどうしよう……? わ、私の命符の格、
《豊穣神》…… だって……」
少女の戸惑いに溢れた小さな声は、静まり返るカタルーニャ大聖堂に、いやに響いた。