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星雨の誓い  作者: yappoi
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3話 命響式 前編

学園国家オリーブは、二重丸型の島国である。近隣諸国には冒険者の国である独立国家リベルタや、【鉄壁】の異名を持つ城塞都市国家ウルツァイトがあり、それらの国との交流はとても深い。また、学園国家であるため、領地の9割は教育のために使われている。その教育水準の高さを見込まれ、各国の10~15歳の子供達は、オリーブにある世界最大最高の学園であるオレア・コラン学園へ入学することが決められている。その特異性から、全ての国と和平条約と不可侵条約を結んでいる国である。


そんな学園国家オリーブであるが、外側の丸の部分と内側の丸の部分、そして、内側の丸の内側の部分の、大きくわけて3つの部分に分けられる。外側の丸の部分は「ローリエ」と呼ばれ、市場や宿屋、貿易場など、主に観光客向けの施設が混在している。それに対し、内側の丸の部分は「カンラン」と呼ばれ、図書館やショッピングモール、魔道具屋など、学園に入学した学生たち向けの施設が多く混在する。最後に残った丸の内側、つまり領海として認められている部分であるが、この部分にオレア・コラン学園が存在している。一般の観光客はオレア・コラン学園内に入ることは出来ない。


さて、そんな学園国家オリーブのローリエの中心街。今日が命響式ということもあり、道の両端を埋め尽くすほど露天商が立ち並び、道行く人を呼び込む。子供が多いこともあり、商品は食べ物系が多いが、遊戯系のものやお杖や剣を売っている店など、様々である。通行人も一年に一度ということもあってか財布の紐が緩く、あちこちで興奮した声や笑い声が飛び交う。


そんな、喧騒冷めやらぬローリエ中心街。群衆にもまれながらも、ご多分にもれず色めき立つ少女が一人。


「イズモ、イズモっ! 凄いよ、わたあめに、チョコバナナも売ってる! こっちの世界でも売ってるんだね!」

「あぁ。昔、異世界のお菓子や食べ物を売り出した露天商がいたんだよ。それがかなり好評で、みんな真似するようになったんだ」

「そうなんだ…… あっ、あれは射的かな? 私やってみたい!」

「ちょっ、待ってよマシロ!」


少女にグイグイと手を引かれ、引きずられるようにして連れて行かれるイズモ。


「まぁ、泣き止んでくれただけマシか……」


引きずられながら、イズモはオリーブ到着直後に置きた事件を振り返る。


□□□


転移魔法によって入国した3人。しかし、転移してまもなく警備兵が押し寄せる。


「なんだいなんだい騒がしいね」

「マシロ、大丈夫だから後ろに隠れてて」


怯えるマシロを気遣い、イズモは自分の後ろに隠す。そうこうしているうちに、警備兵の中から一人が代表して前に出る。


「突然すまない。私はここの警備隊長をしている、アレンというものだ」

「ふん、そうかい。それで、その警備隊長とやらが、なんの用さ?」


転移そうそうに出鼻をくじかれ、見るからに不機嫌そうなマギア。


「ここ最近、《怪盗》クロックによる被害が増えていましてね。警備を厳しくしてるんです」

「か、怪盗?」


マシロは疑問を口に出す。


「ん、お嬢ちゃんは《怪盗》クロック知らないか。厄介なやつでな、転移魔法や変装魔法の使い手なのさ」

「ふーん。それで、転移魔法を使ってたあたしゃ達を疑ったってことかい」

「えぇ、その通りですご婦人。出来れば検査させて頂きたいのですが、よろしいですか?」


マギアはため息を吐きつつも、アレンの提案を受け入れる。


「分かったから、早くしておくれ。今日はこの子達の晴れ舞台なんだからねぇ」

「分かりました。クラン、準備を」


隊長に呼ばれて、若い女性が前に出る。


「クランは、今年入ったばかりの新人なんですが、真偽判定が出来るんです。なので、クランの質問に答えて頂いてもよろしいですか?」

「あぁ、構わないよ。ほら、さっさとしておくれ」

「で、では!? させていただきまふ!」


クランに視線が集まる。クランは顔を真っ赤にしながらも、咳払いをして仕切り直す。


「す、すみません…… き、気を取り直して、させていただきます! えーっと、その…… 今日の体調はいかがですか!?」

「クラン、それを聞いてどうするんだ。 《怪盗》について聞きなさい……」

「うぁぁぁ!? ご、ごめんなさい!!」


クランはテンパりながら、ペコペコと謝る。


「すみません、こいつあがり症で」

「いや、いいけどさ…… 早くしておく……」


そうマギアが言おうとした時、マシロとイズモが立っている地面に紫の魔法陣が広がる。


「へ? イ、イズモ、これって……」

「転移魔法……?」


呆気にとられる2人。それとは別に、マギアとアレンの2人はすぐに状況を理解し、目の色を変える。


「敵襲だ! 総員、警戒態勢をとれ!」


声を荒らげて指示を飛ばす。マギアはイズモとマシロを掴もうとするが、その手は届かず魔法陣が起動する。


「イズモ、マシロから離れるんじゃないよ!」


せめてもの警告を最後に、2人はその場から消えた。



2人が転移した場所は変わらずローリエ中心街。オリーブへ何回か来た事があるイズモは、その場所が先程までいた場所からかなり離れていることが分かったが、周りに敵がいる訳でも、国外へ飛ばされた訳でもないので一先ず落ち着く。が、しかし。すぐ後ろにマシロがいることを確認するも、そこにマシロはいなかった。


「そんな…… 一緒の魔法陣で飛んだはずなのに……」


辺りを見回すが、人だかりの中にマシロらしき人物を見つけることは出来ない。


「マシロー! マシロー!」


大声で叫びながら探すも、お祭り騒ぎのローリエ中心街で、その声は儚くかき消される。


「どうしよう…… マギアさんの所へ戻る? いや、敵がいる可能性もある。それに、一緒の魔法陣で飛んできたってことは、俺の近くに飛ばされてる可能性が高いよね……?」


イズモは考える。近くにいる可能性は高いが、この人だかりの中見つけるのは困難。大声で叫ぶも、命響式に熱気を帯びるこの状況ではあまり効果は見込めない。そうこうしているうちに、時間はどんどんと流れる。


「人を探せる魔法も知らないし…… 」


30分ほど探すが、見つけられずに悩むイズモ。焦りや不安でいっぱいになる中、あるものが目に付く。それは、炎や水でジャグリングを行ったり、風魔法を使って空中でブレイクダンスを披露したりと、多種多様な技で人目を集める大道芸人。


「俺が見つけられなくても、マシロが俺を見つけてくれればいいのか……!」


そのことに気づいたイズモは、すぐに行動に移す。


「【生活魔法】ウォーター!」



魔法によって大きな水球を出し、その一部を鳥の形へと造形し次々に空へと飛ばす。半透明の小鳥たちが空を舞うその光景に、イズモの周りにいた人たちも思わず空を見上げ、あちこちで驚嘆の声が上がる。


「もういっちょ! 【遊戯魔法】スパーク!」


魔法を唱え、赤い火花の塊を生み出す。昨日、マシロに見せたサイズの花火では気づいてもらいにくいと考えたイズモは、得意の圧縮をして小さくし、そこに魔力を注いで大きくする。それを繰り返し、圧縮した状態で元の火花の塊のサイズにまでなった所で、空へと打ち上げる。季節外れの青空に火の花は大きな破裂音を伴い、咲き誇る。その周りを、花と戯れるかのように半透明な小鳥たちが舞い遊ぶ。いつしか道行く人は歩みを止め、ある人は少年に称賛を、ある女の子は拍手を送る。


「えっ、あっ、いやその……」


周囲の人の反応を予想しておらず、どもってしまうイズモ。しかし、同時にこれはチャンスだと気づき、緊張しながらも口を開く。


「そのっ、ひ、人を探してるんです! 俺と同じくらいの、髪が白っぽくて、フードを被った小さな女の子。人探しの魔法が使える人や、その子を見た人はいますか?」


イズモの発言に、少しどよめきたつ。少し経ってから、一人の男性が手を挙げながらイズモに近づく。


「確認したいのだが、その子の名前はマシロか?」

「は、はい! そうです!」

「ふむ。どうやら私の連れが保護した子に間違いないようだな。少年、ついてきなさい」


男性の言葉に安堵したイズモは、二つ返事で了承する。

周りに集まった人たちに一礼し、その場を離れて男性の後を追う。


「少年、名は?」

「イ、イズモです」

「そうか。私はメトル・アーサー。オレア・コラン学園で教師をやらせてもらっている」

「えっ!?」


メトルの発言に、驚きを隠せないイズモ。


「な、ならアルコを知ってますか? 今年最高学年で、弓が得意な」

「あぁ、知っている。というか、あの学園でアルコを知らん方がおかしかろう」

「アルコって有名なんですか!?」

「悪い方でな」


メトルはイズモの発言に、眉をひそめ、ため息混じりにそう付け足した。


「オレア・コラン学園きっての悪童。遅刻、サボりは日常茶飯事。好戦的で、相手が誰であろうとすぐに喧嘩をする狂人……」


聞くに耐えず、イズモは耳を塞ぐ。


「と、まぁ。これがよく言われるアルコについての悪評だな。ただ、それを差し引いても彼は優秀だよ」

「え?」

「座学、魔法に関しては壊滅的だが、実践練習では学年随一の成績。学園内でも彼に匹敵する力を持つものは少ない」


アルコを兄のように慕ってきたイズモにとって、アルコが褒められることは素直に嬉しく、照れくさい。メトルはそんなイズモの方をちらりと見ると。


「イズモ、君にも期待している。先程の魔法を見させてもらったが、緻密な魔力コントロールには目を見張るものがあった」

「そ、そんな事ないですよ!」

「謙遜しなくていい。あれは日常的に魔法を扱っていないと難しい芸当だ」


褒められ慣れてないイズモは、メトルの混じり気のない褒め言葉に動揺してしまう。


「私の連れは魔法教師だから、君の事を伝えたら喜ぶだろう。……さて、では急ごうか。悪いんだが、背負わせてもらってもいいか?」

「え?」

「君達は命響式を受けに来たのだろう? このままのペースでは、連れの元へ着く前に命響式が始まってしまいそうでな」


2人は押し寄せる群衆にもまれながら歩いているが、先程からあまり進めていない。その事を理解したイズモはメトルの提案を受け入れ、メトルに背負ってもらう。


「では、行こう。舌を噛まぬよう気をつけろ」


メトルがそう警告した後。メトルは地面を踏みしめ跳躍する。砲撃音にも似た重く鈍い音が辺りに広がり、代わりに2人は空を舞う。


「ちょっ、えっ、ど、どうなってるんですかコレ!?」

「案ずるな。私はオレア・コラン学園教師として、今日は巡回任務を請け負っているから、多少の融通は効く。空くらい飛んでも誰にも文句を言われんさ」


イズモの問いに淡々と返答し、当たり前のように空中を蹴って空を駆ける。その奇異な光景に、通行人たちの視線が刺さる。


「いや、そういう事じゃなくて…… メトルさん、魔法使わずに空飛んでますよね!? 魔法無しになんで空飛べてるんですか!?」

「いや、足元の空気を固形化する魔法を使っている。扱いこそ難しいが、取得は簡単な魔法の為、武芸主体で戦う者でも身につけてる奴は多い。学園でも、一年の時には教える魔法だな」

「あれ? アルコが使ってる所なんて見た事ないですよ?」


イズモの脳裏には、弓を口にくわえて木をよじ登る姿のアルコが思い出される。そんな便利な代物があるのなら、そんな手間をする必要はないはずである。


「取得しやすいとはいえ、魔法は魔法だ。魔法適正が芳しくないアルコは、覚えたくとも覚えられなかったのだろう。」

「あぁ……」


昔からの付き合いであるイズモは、メトルの言っていることにすぐにピンと来た。アルコは魔力が無い訳では無いのだが、魔法を一切覚えることが出来ないのだ。命符のおかげで【弓術魔法】を使えるようにはなったものの、それ以外の魔法は【遊戯魔法】ですら使うことが出来ない。


「それ程悲観することでもない。本人も気にしていないし、彼は十二分に強いからな」

「そうですね。手合わせしても勝てたことないですし」

「命響式前の子供が、我が学園のトップクラスに勝てたら前代未聞だよ」


メトルは少し頬を緩めてそう語る。それから何歩か空を蹴ったあたりで、2人はローリエの中心街を抜け、下を見ると緑が増える。


「この辺だ。今どき珍しい、絵本に出てくる魔女みたいな真っ黒い三角帽子を被ってる奴がいたら、そいつが私の連れだ」

「その人も先生なんですか?」

「あぁ。腕は確かだが、頭は残念な奴でな」


悪態をつくメトル。その下、森林公園らしき所から、時代錯誤な真っ黒な三角帽子を被った女性が半べそになりながらメトルの名を連呼する。その声に気づいたイズモは、メトルの背中を叩いて指をさす。


「メトルさん、あれじゃないんですか?」

「……あれだな」


成人女性がぴょんぴょんと跳ねながら半べそで叫ぶ光景を見たメトルは、蔑むような視線を女性に送る。


「あっ! あれ、マシロですよ!」


その女性の傍らに、見覚えのあるフードを被った少女の姿が見え、イズモはすぐにマシロだと気づく。


「ふむ。では、降りるぞ。落とされないようちゃんと掴まっておけ」


女性とマシロのちょうど正面に向かって、メトルは高度を落とす。


「せ゛ぇ ん゛は゛ぁ ~ い゛! せ゛ぇ ん゛は゛ぁ ~ い゛!!」


近づくにつれ、女性の泣き声がありありと聞こえる。

そして、着地してすぐにメトルは女性に近づくと、思いっきり頭をぶった。


「いっだぁ!!」


特徴的な黒い三角帽子は凹み、女性は殴られた箇所を押さえ、さらに涙を流す。その間に、マシロはイズモに駆け寄り、泣きながら抱きつく。


「イズモ!」

「マシロ! 大丈夫だった? ごめんね遅れちゃって」


誰にはばかることなく号泣するマシロの頭を撫で、落ち着かせる。マシロは落ち着くと、抱きついてしまっていることに気づき、顔を赤くしてイズモの胸元から離れる。そんな甘くも微笑ましい雰囲気を醸し出す2人の横では、メトルと女性が騒がしく言い争っていた。


「なにずるんですがぁ!? この鬼畜! あくまぁ! 」

「黙れシオン。いい歳した大人が泣き喚くな」

「まだ18歳ですよ!?」

「18歳でも十分大人だ。それに、お前も教師なのなら、子供達の手本となるよう心がけろ」


冷淡な口調でメトルは詰める。


「まるで私が手本じゃないみたいな言い方ですね!?」

「反面教師としては優秀なんだがな」

「酷いですよ先輩!? 私は素で優秀ですよ!」


怒りからか、女性は涙が引っ込み、怒れる猫のように騒ぎ立てる。


「うるさい。そもそも、なんで泣いてたんだ? お前、保護してただけだろう?」

「ふんだ! 先輩なんかに教えませんよーっだ!!」


女性は侮蔑するように舌を出してメトルの質問を無視するが、それが癇に障ったのか、メトルにすぐさま拳骨を二発食らわされる。


「……その、大丈夫ですか」


頭をおさえて地面を転げ回るようにして悶絶する女性にをイズモは心配するが、女性からは反応がない。しかし、そんな事には目もくれず、メトルはイズモとマシロに話しかける。


「恥ずかしい所を見せてしまったね。彼女は、シオン・メディア。オレア・コラン学園の新任魔術講師だ。私にぶたれるのは日常茶飯事だから、気にしなくていい」

「いやいやいやいや、それを聞いても全然安心できないんですが……」


マシロも怯えてしまい、いつも通りイズモの後ろへと隠れる。そんなマシロにメトルは目線を移す。


「君がマシロだね? 私の連れが迷惑をかけたね」

「い、いえ! むしろ、わ、私の方が、迷惑をかけてしまって……」


マシロはイズモの陰から、ビクビクしながら答える。


「そうか。まぁ、彼女には迷惑をかけても大丈夫さ。それより、2人は命響式に来たのだろう? 教会前まで送っていこう」

「あ、その、ローリエの、カンランに続く道の辺りに送ってもらうことは出来ますか? そこで、はぐれた人がいるんです」


メトルはその要望に首を縦に振り、未だに転げ回っているシオンの元へ行くと、悪びれない態度で口を開く。


「ほら、早く立て。この2人を送り届けるぞ」

「誰のせいでっ! こんな事になってると思ってんですかっ!」


シオンは泣きながら叫ぶが、その言葉はメトルの心には響かない。


「お前が悪い。ほら、早くしろ」


「あとで学長先生に言いつけますからねっ!」


そう吐き捨てると、シオンは魔法を使う。転移魔法独自の紫の魔法陣が広がり4人を包むと、光と共にその場から消える。そして、気づいた時には賑わい栄えるローリエ中心街に立っていた。


「さて、あとは君たち2人だけで大丈夫か?」

「は、はい! ありがとうございますメトルさん!」

「あ、あ、ありがとう、ございます!」


メトルは口元を弛めて2人を撫でる。


「先輩ばっかりずるいですよー! 誰のおかげで帰って来れたと思ってるんですかーっ!? 私ですよ私、私が優秀だから……」


メトルはシオンに無言で腹パンすると、シオンはその場に崩れ落ちる。


「すまんな、うちの馬鹿が。では、私達は職務があるのでここらでお暇させてもらおう」


そう言い残し、メトルはシオンを担いで群衆の中へと消えていった。


「じゃあ、マギアさん探そうか?」

「そ、そうだね…… 」


2人はマギアを探し始めるが、さして時間もかからず見つけることに成功する。というのも、最初に来た場所へ向かうと、そこにはより一層の人だかりができており、その中心には魔法によって縛られている男性とマギア達が立っていたのだ。マギアはその男性を烈火のごとく問い詰め、時には魔法でもっていたぶっていた。


「てめぇ、うちの子供達を何処へやったんだい! 早く吐きな!」

「けっ、誰が……」


強がろうとする男性だが、マギアが魔法でもって火で出来た槍を複数生成したのを見るや、意気消沈して言葉を失う。


「マ、マギアさん! そ、それはやりすぎだよ!」


イズモがそう話しかけると、マギアをはじめとしたその場にいる多くの人がイズモの方を向く。マギアはイズモとマシロの姿を見つけるや否や、涙を流しながら2人をらハグする。


「イズモ、マシロ! 良かった、大丈夫だったかい!?」

「う、うん大丈夫だったよ。マシロは泣いてたけど」

「いや、だ、だってそれは、イズモともはぐれちゃって……」


マギアは魔法で炎を出すと、縛り上げている男性に向けて魔法を放つ。


「てめぇ、何うちのマシロに不安な思いさせてんだぁ?」

「ちょっ、マギアさん落ち着いて! その人、もう白目だよ!?」

「いいんだよぉ、そいつはお前達に転移魔法を使った犯人なんだから」

「え、じゃ、じゃあ、その人が《怪盗》さんですか?」


マシロがマギアに聞くが、マギアは首を横に振る。


「こいつは《怪盗》クロックの名を騙った偽物だよ。本物はこんな程度じゃ捕まらないからねぇ」

「そ、そうなんだ……」

「さて、悪いがイズモ、マシロを頼んだよ。あたしゃ、これからあいつを連行することになってるんだ」


□□□


そんなことがあった後、マシロとイズモはローリエ観光を楽しんでいる。


「ほら、イズモ。 射的しよーよ!」

「いいけど…… マシロ、お金もってるの?」

「あっ……!」


イズモの指摘に、マシロはハッとする。そのことを予想していたイズモは、マジックバックから財布を出し、射的屋に二人分のお金を渡す。


「ご、ごめんイズモ……」

「いいっていいって。この日のためにお小遣い貯めてきてるからさ。ほら、やろ?」


イズモは射的用の銃をマシロに渡す。


「あ、ありがと……!」

「この銃は魔法銃で、引き金を引くと風で出来た弾が飛んでいく仕掛けだよ。ほら、やってみ?」

「う、うん! やってみる!」


マシロは正面に3つある景品棚の中から、1番低い棚の中央、熊のぬいぐるみを狙って引き金を引く。しかし、風の弾は見当違いのところへと飛んでいく。それにめげずに、続けて何回も撃つが、全く当たらない。


「むぅ~ まだまだ!」


さらに続けて撃つと、風の弾は熊のぬいぐるみに当たる。


「やった!」

「あー、お嬢ちゃん残念! 落ちてないからGETならず!」

「えっ!」


風の弾はたしかに当たってはいたが、熊のぬいぐるみは微動だにしていなかった。その後も何回か当たるが、一向に落ちる気配はなく、弾をうち尽してしまう。


「何度も当たってるのに……」

「残念だったなお嬢ちゃん! また遊んでくれな」


悲しむマシロと対照的に、射的屋は明るく陽気にそう語る。しかし、その顛末になにか思う事があるのか、イズモは渋い顔をしていた。


「イズモ、どうしたの?」

「ん、いやちょっとね。えっと、マシロはあの熊のぬいぐるみが欲しいんだよね?」

「う、うん」

「そっか。じゃ、俺もそれを狙おうかな」


イズモがそう言うと、射的屋は声に出して豪快に笑う。


「はっはっは! お嬢ちゃんもお兄ちゃんもお目が高いね。このぬいぐるみはうちの目玉、見る人が見ればかなりの値打ちものでな。あれ一つで3ヶ月は食うに困らん程さ!」

「ふーん…… そんな高価なものを、射的の景品なんかにしちゃっていいの?」

「今のご時世、露天商するにも目玉がなくっちゃ儲からねぇからな」


射的屋は笑顔でそう語る。


「でも、景品取られちゃったら赤字じゃない?」

「ははっ、まぁ、そんときゃそん時さ」


イズモはそれとなく射的屋に探りをいれるが、少しきな臭さを覚えた。本当にあのぬいぐるみが店主が言うほど価値のあるものだとしたら、射的の景品にするのはおかしい。さらに不自然な点として、マシロがあの景品に当てた時、少しも動かなかったのは疑問が残る。


「まぁ、やって見ればわかるか」


イズモは熊のぬいぐるみに狙いを定め、引き金を引く。放たれた風の弾丸は一直線に熊のぬいぐるみへと飛んでいき、狙いたがわず熊の額のど真ん中へと着弾する。しかし、撃ち落とすのにこれ以上ない、完璧な場所に当たったにもかかわらず、熊のぬいぐるみはほんの僅かに動いただけで落とせる気はしない。


「はっはっは! まだまだ諦めるにゃ早いぜ兄ちゃん!」


射的屋の野次を適当にいなしつつ、今度はその横に置いてあった、小ぶりの兎のぬいぐるみを狙うイズモ。しかし、そのぬいぐるみも脳天へ直撃しても全くと言っていいほど動かない。その時点でイズモは、「あ、これインチキされてるわぁ」と確証に至る。


「ねぇねぇ、これ、いくらなんでも動かなすぎない?」

「さぁな? とってくやつはとってくからなぁー」


イズモはダメ元で聞いてみるが、店主ははぐらかす。


「イ、イズモ、その、無理そうならやめても……」

「大丈夫大丈夫。任せてよ。」


マシロは申し訳なさそうに話すが、イズモは笑って返し、狙いを熊のぬいぐるみへと戻す。そして、今度は引き金をゆっくり(・・・・)と引く。


イズモ達が使っている射的用の銃の仕組みは単純である。引き金を引くと、内部に刻印されている魔術式が2つ起動する。初めに起動するのは、風魔法で風を集めて弾丸を形成する魔法で、その後にその弾丸を発射する魔法が起動する。この機構により、魔法が使えるものはもちろん、魔法どころか魔力の無いものでさえ遊べることが可能となっている。


さて、では、この銃の引き金をゆっくりと引いた場合どうなるのか? 正解は、弾丸を形成する魔法が長引き、風の弾を完成させるまでに時間がかかるだけである。

しかし、イズモはあえてゆっくりと引き金を引いた。

まるで、力を込めるようにゆっくりと―――


引き金を引ききると、風の弾は勢いよく熊のぬいぐるみ、その足下の台へと飛んでいく。そして、着弾するや破裂音と共に圧縮された(・・・・・)空気が膨張する。膨張した空気は熊のぬいぐるみの下へと潜り込み、熊のぬいぐるみを浮かび上がらせる。しかし、熊のぬいぐるみは、台に吸い寄せられる(・・・・・・・)ように、不自然な程早く台へと戻ろうとする。


「……ほいっと」


イズモはそれを予想していたのか、浮かび上がった熊のぬいぐるみの胴を狙って瞬時に銃を撃つ。今度は、着弾する前に風の弾が膨張し、広範囲に熊のぬいぐるみを捉え、そして、地面へと落とす。


「なっ、なっ、なっ!!」


その一部始終を呆気に取られながら見ていた店主は、顔を白くしながらたじろぐ。


「撃ち落としましたよ? ほら、頂戴?」

「いやっ、そんなっ、あ、あんなの無効だ!!」


店主は怒鳴るように主張するが、イズモは冷静に対応する。


「何がです? ちゃんと銃を使って落としましたよ?」

「こ、この銃はあんな威力が出るよう設定されていない!」

「そちらが想定してなかったから無効って事ですか?」


その一言に、店主は苦虫を噛み潰したような顔になる。


「そ、そうだ! め、命符だな!? 命符でなにかしたんだろ!? この店じゃ命符の使用は厳禁なんだ!」

「俺、今日が命響式ですし。俺、使う素振りもなかったじゃないですか」

「ぐ、ぐぅ……!」


あきらめが悪く抵抗する店主だが、そのどれもが苦し紛れの論法と言わざるを得なかった。しかし、そんな煮え切らない態度に面倒くさくなったのか、イズモは店主の近くへ寄り、店主にだけ聴こえるよう囁く。


「あなたこそ、魔法や命符でインチキしてますよね。浮かび上がらせたあと、不自然な動き方で台に戻ろうとしてましたよ?」

「うっ……」

「動き的に、磁力ですかね。ともあれ、インチキがバレたら困るのはあなたですよ?」


その言葉が決定打となり、店主は熊のぬいぐるみを渡し、そそくさと店じまいをしてその場を去っていった。その逃げ足の早さに驚嘆しつつも、イズモはマシロにぬいぐるみを渡す。


「……はい、あげる」

「あ、ありがとう!」


マシロは受け取ると、満面の笑みでぬいぐるみを抱きしめた。

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