絶対魔王と氷結姫2
崩れ落ちた瓦礫、立ち昇る黒煙と炎。その傍らで魔王ミラディウスは地面に伏せながらもその紅い瞳に復讐の炎を滾らせていた。 自慢の白銀の鎧はヒビが入り、足の防具は完全に破損しており素足が露わになっていた。 普段の綺麗な金髪も砂埃でその輝きを失っていた。
「朧……氷雨! 許さない、絶対に許さない……!! よくもお姉様を……その罪は必ず償わせるッ!!」
握り拳を作り、全身に力を込めて何とか立ち上がる。今のミラディウスの原動力は憎悪と復讐心だ。 歯軋りを起こし、爆発的な加速でその場を離れ、自分を窮地に追いやった元凶の下へ急ぐ。 やがて崩れ去った魔王の居城が目に入り大穴の空いた王の部屋だった場所に入る。 その玉座には1人の少女が足を組んで座っていた。 白のポロシャツにホットパンツの出立ちに黒髪のツインテールの少女、朧 氷雨だ。 氷雨はミラディウスに気付くと氷柱のように目を細めながら口を開いた。
「ちっ、トドメを刺しておくべきだったわね。まぁ、あんたにしては頑張ったんじゃないの? ミラディウス」
そう上から目線で告げられた魔王の怒りは頂点に達し、魔力を解放しながら氷雨に突っ込んだ。 その過程で剣を生成すると遠心力を利用して思い切り左から右へと振り抜いた。 しかし氷雨も馬鹿では無いようでそれを自らの剣でいなす。 発生した衝撃波は魔王城を完全に吹き飛ばし、氷雨が座っている玉座だけが残った。 氷雨は片手だけでミラディウスの攻撃を抑え込んでおり渡り合っていた。 そこからスッと立ち上がると抑え込んでいる手を引いたかと思えば即座に返しミラディウスの剣を弾き飛ばし顔面に蹴りを入れた。
「がっ……」
数メートルは吹き飛ばされたが何とか体勢を立て直し手を横に伸ばすと吹き飛ばされた剣がその手中に戻ってきた。キッと氷雨を睨むが氷雨は鼻で笑い飛ばした。
「あんたの姉を殺してから一年、私はこの魔界を見て回ったわ。宇宙を悠々と内包するこの魔界……それなりに楽しかったけど、どこか物足りなさもあった。 でも、ふふふ、魔王の実妹……いや、現魔王のあんたとの戦いは悪くないわ。 魔族の王ねぇ……もう魔族なんてあんた1人しか居ないのに魔王なんて名乗れる訳? ミラディウス」
その氷雨の言葉にミラディウスは歯軋りをし剣の柄を強く握りしめる。
「それでも……魔王として在らなければならない! ただ、今だけは……氷雨! 私はあんたを倒す復讐の鬼となる!!」
その言葉と共に駆けると、火花を散らし床に引きずっている剣を振り上げた。 左足の太腿から右肩を斬り上げる攻撃は何なく氷雨に受け止められるがそれだけでミラディウスは止まらない。 勢いで氷雨をよろめかすと鬼神の如き勢いで苛烈に攻めた。 魔王城の残骸を後にし、猛烈な速度で剣を振るい、氷雨を後退させ続ける。 金属音がぶつかり合うだけで魔界の空間が歪み、街並みや山が消滅する。 ミラディウスは氷雨の鼻の頭を突いたが氷雨は首を振って躱すが僅かに頬が切れる。すかさず横薙ぎに振るうが身を屈めて躱されガラ空きになった腹部に蹴りを、続けて顔面に拳を1発入れられた。
「くっ……」
「はは、笑わせてくれるじゃないミラディウス。魔王たるあんたが鬼になってどうするのよ。 馬鹿じゃないの? けどまぁ、あんたにはそれがお似合いよ。 "滅炎球"」
氷雨が指を鳴らすと万物を焼き尽くす紅炎がミラディウスの身を包む。 しかし紅炎から脱出したミラディウスは魔力を解放し、その白銀の姿を禍々しい闇の魔力で覆う。あまりにも膨大な魔力は大きな球体となるが、その臨界点を迎えたのか弾け飛んだ。
「 "具現しろ、クラディウス"」
魔剣を手にした白銀の魔王、ミラディウスは身に纏う膨大な魔力を糧に氷雨と対峙した。氷雨はミラディウスを一瞥し肩を竦めた。
「ようやく本気って訳? 舐められたものね」
その氷雨の一言で魔界は氷結世界へと改変された。 世界を易々と改変する魔力がどこにあるのかという問いをミラディウスは飲み込む。 しかし魔王たる彼女に環境変化は敵では無かった。 次の瞬間、鎧で固めている腹部に衝撃が走る。
「っ!?」
「ふふ、やっぱりサラディウスと同じで頑丈ね」
認識を超える攻撃。 氷雨が得意とする攻撃方法だった。 対象の認識を超えて攻撃を叩き込む回避不能の一撃な為、厄介極まりないものだ。しかし存外に威力は無く、相手の牽制に使えるくらいの代物だが殺し合いに於いてはそれが致命打となり得るのでそれが氷雨の凶悪性を物語っていた。 氷雨はほくそ笑むとゆらりと構える。
「さぁ、もっと楽しみましょう」
無数に放たれる認識を超える攻撃、その全てがミラディウスに命中するがそれを意に介さずに氷雨の背後に回り込んで背中に蹴りを入れてバランスを崩すと氷雨に剣を突き刺した。
が、ソレは氷像に変わり果て、ミラディウスの背後から氷雨が姿を現すと片手剣を突き出すが、氷の大地に突き刺さっただけだった。
「瞬間移動……やるじゃない。 けど、動きが分かり易すぎる」
片手剣を振り抜き、そのまま背後のミラディウスを力付くで弾き飛ばす。
「ぐっ……!!」
埒外の衝撃に思わず声が出る。 骨が軋み、宇宙を易々と滅ぼせるそのエネルギーをまともに受けた。 無惨にも地面に倒れ伏すが復讐心と憎悪が糧となり諦めきれずに立ち上がるミラディウス。 それが益々ミラディウスを曇らせた。
「はぁ……はぁ……お姉様を殺したあんたは絶対に許さない! 確実に殺してやる!!」
激昂するミラディウスに氷雨は嘆息を零すと全身の魔力を練り上げる。
「ならちょっとだけギアを上げさせてもらうわ。 "適応因子" 」
駆ける氷雨の加速はミラディウスの認識を超えた。 無意識に受け止めた一撃は余波で魔界が両断され、様々な場所をミラディウスと氷雨は一瞬で駆け巡った。
「ぐぅぅ……っ!! 氷雨ええええ!!」
森の木々を背中でへし折りながらもミラディウスは憎悪に任せて吠える。 氷雨はそれに剣戟で返した。 神速で繰り出される剣技は人間の領域を超越していた。 しかし執念でそれら全てを弾き返し、吹き飛ばされている身体を地に付け捻りを加えた一撃を繰り出す。 しかし空を切り、発生した斬撃は遥か彼方まで飛んでいった。 ひたと首筋に刀身が当てられる。
「……チェックメイト。じゃあね魔王様」
その言葉と共に冷酷にもミラディウスの首は刎ねられた。憎悪に涙を濡らした顔が逆さに氷雨を睨むがそれまでだった。
ミラディウスの首を刎ねた氷雨はしばらく一瞥していたが復活する兆しも無い為踵を返し歩き出した。
「はぁ……この程度とは情けなかったわねミラディウス……」
落胆を隠せない氷雨はボヤく。 その瞬間、集約された魔力が天を衝いた。 突如発生した轟音と異常事態に氷雨は振り返り瞠目した。 今しがた首を刎ねたはずのミラディウスが宙に浮いた形で復活していたのだから。しかし、今までのミラディウスとは少し容姿に変化があった。 ミラディウスの背中に魔力で形成された蝶のような翅があった。それだけだったのだが、その変化が氷雨に最大限の警鐘を鳴らした。
「憎悪じゃなかった。 本来の私を曇らせていたのはあんただったのね氷雨」
氷雨の認識をすり抜ける形で氷雨の眼前に現れたミラディウスはそう呟いて通り過ぎた。 その瞬間、氷雨の全身から血が噴き出した。
「なっ……!?」
「私は魔王……『座する者』。 魔族の王として座するものの責務によりあなたを殲滅する」
通り過ぎた筈のミラディウスが眼前におり、氷雨の胸を優しく人差し指で突いた。 それだけでさらに血に塗れ、膝から崩れ落ちた。 しかし氷雨も諦めない。剣を支えとして立ち上がると吼えた。
「ふざけるんじゃ無いわよ!! こんなの認めない!!
"拒絶の炎" !!」
万物を拒絶する炎を身に纏い、ミラディウスの存在という因果律を拒絶した。 しかし存在の因果律を拒絶された筈のミラディウスは只々そこに『在った』。 瞠目する氷雨を尻目にミラディウスがゆっくりと歩を進める。
「 "私" はお姉様を殺された絶望と、氷雨……あんたを許さないという復讐心で塗りつぶされて居た。それこそがあんたの思惑とも知らずに。 氷雨、あんたの存在は万物を曇らせる。 だからこそ私は殺された。でもそれは間違いだと気付いたわ」
「ーーっ!!」
「お姉様の復讐も勿論大事だけど、それ以上に……あなたは傲慢過ぎた」
ミラディウスが存在するという事実だけで万物が平伏す。無造作に伸ばした指先が氷雨の拒絶の炎を掠めた。 ただそれだけで万物を拒絶する筈の炎が霧散した。
「っ!?!?」
理解の追い付かない氷雨にミラディウスは氷のような微笑を浮かべる。
「この『座している私』は本来の性質の派生。 ふふふ、精々足掻いてみなさい」
「っ、この!!」
氷雨の繰り出した拳を悠々と躱し、軽く放った右ストレートが氷雨の頬を穿った。 穿たれた状態で世界が静止する。ミラディウスがパチンと指を鳴らせば動き出し氷雨は全身を地面に強く叩き付けられた衝撃で咳き込んでいた。
「ゲホゲホッ!! 何なのよ……その力は!!」
血が混じっているのもお構い無しにそれを踏みにじりながら立ち上がる。魔力を練り上げると詠唱を開始した。
「『天焼け 地焼け 身を焦がせ 王の墓前に火を捧げ 煉獄超えて夜に立つ 暗黒喰らう漆黒の焰を纏いし黒の王
『万象飲み込む黒の焰燁』」
現れたのは万象を無に返す絶対の王。黒き王は眼前の小さな羽虫を踏み潰すかのようにミラディウスを踏み潰した。が、次の瞬間には黒の王は消滅しておりその残骸諸共ミラディウスの指した指先に小さな黒点として圧縮された。
「その程度?」
嘲笑と共に吐き出されたそれは魔王としての余裕だった。氷雨もそれで倒せるとは思っておらずさらに詠唱を発動させる。
「『破壊の放流 怒りの豪火 大地に刃向かう愚かさをその身を以って無駄と知れ 砕けろ 『天地熔災の流焰』」
氷の大地を突き破りながら現れた溶岩は天を衝きながらミラディウスに降り注いだが、ミラディウスの指先の小さな黒点が急激に膨張しミラディウスの身体を覆うと全ての溶岩がそこに入り込んでいった。
「さっきの勢いはどうしたの。 こんなチマチマ魔法を撃ったって私は倒せない」
「ぐっ……」
確かに事実だった。先程とは明らかに違い過ぎるミラディウスに氷雨は焦っていた。 この魔王は確実に自分よりも強い領域にいると認識してしまった。 しかしだからと言ってそれで諦める氷雨では無かった。
「なら……世界ごと拒絶する!!"拒絶世界・煉獄" 」
世界が拒絶の炎に包まれた。 万象、一切合切の全てを拒絶する氷雨が放てる最大の切り札。 あらゆるものが概念ごと消滅する筈だった。氷雨の表情が絶望に染まった。
「なん……で、何で滅びないのよ!! 〜〜っ!! ぐっ、滅びなさいよぉ!!」
拒絶の炎を何度ミラディウスにぶつけてもミラディウスはどこ吹く風と言わんばかりにそこに立っていた。ミラディウスが辟易とした表情を出しただけで拒絶で包まれた世界は呆気なく崩壊した。自分の最大の切り札が簡単に破られたという事実に今度こそ氷雨は膝から崩れ落ちた。
「これが格の差。 本来の私を取り戻した私はあなたの敵じゃない。そろそろ終わらせてあげる」
何もない空間から取り出した魔剣『無空』を手に氷雨の心臓に狙いを定めると一突きにせんと剣を引いた。 その瞬間氷雨の胸から剣が生えた。
「え……っ、?」
自分の置かれた状態に目をやる氷雨。 心臓を貫かれる形で胸から生えた剣はミラディウスが放ったものでは無かった。
「全く、手間が掛かるわねミラ、そして……氷雨」
酷く聞き覚えのある声に2人は困惑した。 氷雨は首を動かしその主を見て目を見開いた。
「何で、あんたが生きてるのよ……サラディウス……」
そう、氷雨が確かに殺した筈のサラディウスの持つ剣が氷雨の心臓を的確に貫いていた。 サラディウスは氷雨を貫いた剣を抜き、氷雨はその影響で地面に倒れた。
「何でお姉様が……!?」
ミラディウスも今の状況を理解出来ず実の姉のサラディウスの肩を掴んで問いただした。
「私は確かに氷雨に喉を刺された。 けどそれくらいで死ぬ訳ないでしょう? これでも魔王よ?」
胸を張るサラディウスにミラディウスは酷く困惑した。でもでもと狼狽えるミラディウスを尻目に氷雨の顔に手を当てるサラディウス。
「ねぇ氷雨……あなたこれからどうなると思う?」
意地悪い笑みを浮かべるサラディウスに氷雨は息も絶え絶えになりながらも言葉を返した。
「……分からないわよ。 ふふ、殺すの?」
自嘲気味に鼻で笑う氷雨にサラディウスは破顔する。
「ふふふ……私達と契約してもらうわ。 いや、と言うよりも、既に契約は成立したわね」
「はぁ……?」
訳の分からないという氷雨にサラディウスは屈託のない笑みを浮かべて喋り出した。
「私があんたに突き刺した剣は契約の剣。 魔王の血を媒介とし、対象の心臓にそれを突き刺す事で契約させる剣よ。言ったでしょう? あんたは私の友達だって。 関係は対等。 あとはあんたの血を貰うわね」
サラディウスは氷雨の血を指で掠めとると地面に血で魔法陣を描いた。 一瞬だけ強い光を発すると魔法陣は消滅し、それを見届けたサラディウスはさらに顔を破顔させた。
「よしっと。これで契約成立ね。 この魔界とあんたの存在をリンクさせたわ。魔界はあんたに内包されるようになったわ」
「ちょっと……なんて事してくれたのよ!」
怒る氷雨にサラディウスは落ち着きなさいと宥める。
「もう傷は塞がったでしょう?」
「え……? あ、なんで」
理解の追い付かない氷雨の頭にポンと手を置いて撫でるサラディウス。
「友達を殺す訳ないでしょうに。ミラディウスとあんたが殺し合いしてる所を見た時は心臓止まるかと思ったわ」
そう嘆息しミラディウスをジト目で見るサラディウス。黒の鎧に黒髪の魔王様の威圧感は凄まじかったので慌てて目を逸らすミラディウス。しかし姉が本物だと分かったミラディウスはサラディウスに抱き着いた。
「お姉様〜!! 会いたかった!!」
「私もよミラ。寂しい思いをさせてごめんなさい。そして、ミラはあんたに復讐する最大の意味も失った今、もう水に流しなさい。さて氷雨、私の手を取って」
氷雨に手を差し伸べるサラディウス。 氷雨は一瞬だけ逡巡したが手を取って立ち上がった。 3人は魔界の月を見上げる。
「ふふふ、これからは世界を巡る旅をしましょう。 魔界では無く本物の世界……無数にある世界を」
サラディウスは言った。 それに続いてミラディウスが口を開いた。
「無数にある世界……楽しそう。色んな所を巡るんでしょう?」
ミラディウスの問いにサラディウスは首肯する。氷雨も胸を躍らせていた。
「良いじゃない。面白そうね」
氷雨が空間を突くと大穴が空いた。
「この穴は異世界に繋がってるわ。 3人で楽しく旅をしましょう。 飽きる事ない旅を」
氷雨の言葉に2人が頷くと氷雨とサラディウスは大穴へと踏み入った。 ミラディウスは背後に振り返る。
「次はあなた達の番かもね」
そう言って大穴へと飛び込んでいった。3人が入ると魔界に空いた大穴は閉じ、その余韻に浸るように空間だけが揺らいでいた。