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想定外

 過酷な戦いの中、ついに俺は力尽きようとしていた。アレク、エリス、スタン、ノア、ナナ……あとは頼む。俺はお前らのことを実の――


 そんなことを思ったとき、飛竜船が突風に煽られたのかグラリと大きく揺れた。すでにグロッキーだった俺の三半規管は再び悲鳴を上げる。既に出し切ったと思った胃の内容物が痙攣し、一瞬で食道を駆け抜け、解放を求めて俺の喉元を通り過ぎた。俺は飛竜船から顔を再度乗り出す。


「うっ」


 オロロロロ。


 地上より遠く離れたこの大空で、俺のゲロが風に舞い、あっという間に大気に溶けきる。不思議と面白い光景だと思いながらも、あまりにも離れた地面を視ていると、ついてないはずのタマが縮み上がるような感覚が俺を襲い、嘔気が蘇ってくるためギュッと目を瞑る。


「大丈夫ですか、姉様。マノアはもうすぐですよっ」


 エリスが必死に背中を擦りながら、常時癒しの奇跡を使ってくれる。しかし、焼け石に水で俺の酔いが良くなることはなかった。残念なことに乗り物酔いに効く奇跡はないとのことだ。こんなことなら朝お腹いっぱい食べなければよかった。当初の予定としては久しぶりにピクニック気分で冒険しようという話だったのに。


 飛竜船ならアストリアの地ならどこでも一日以内で行けると聞き、長く苦しむより短く苦しむ方がいいから速いに越したことはないと思ったが、大間違いであった。苦しいものは苦しい。


「相変わらずだな、オイ」

「俺は乗り物に酔ったことがないのでわかりませんが、お辛いのでしょうね。出来れば変わってあげたいですが」


 今俺たちがいるのは人気の少ない船の中腹だ。フラフラする俺を介抱するために、ここまで連れてきてくれたのだ。側にはアレクとスタンもいる。アレクは心底心配してくれているようだが、スタンは少し呆れている様子だ。でも、確かに俺の乗り物酔いは酷過ぎる気がする。今朝、馬車が欲しいと思ったが、案外皆これを危惧して購入をためらったのかもしれない。皆に迷惑をかけてすまない。


「エ、エリス。ノアとナナは」


 チラリと見たところ、側にはいないようだ。


「ノアならマストの上で遊んでいます。ナナはクラーク将軍の許可を取って、風龍石を見させてもらいに、機関室へと行っていますよ」


 マストって⁉ こんな上空でマストの上になんか行ったら、吹き飛ばされるんじゃないか。俺がそう危惧すると、頭上より「高ーい。風、強ーい」と元気なノアの声が聞こえてくる。マジかよ、俺なら一秒で吐く自信があるね。


 だが、ナナは風龍石を見に行ったか。今だ、原理があまり解明されていないらしいが、もしかしたらナナなら解明することが出来るかもしれないな。軍事秘密に近いだろうに、簡単に見せてくれるのはあの王女殿下の差し金か。なら用心を――


 再び船が揺れる。どうやら速度を急速に落としたらしい。その衝撃でまた少し中身がでたが、もはやサラサラの胃液しかでなかった。


「大丈夫ですか、聖女殿」


 いつの間に来たのだろうか。現場で部下を指示していたクラーク将軍が心配そうな様子で声をかけてきた。


「……ええ、何とか」

「もう少しゆっくりと行けるのならばよかったのですが、何分緊急事態でして、いける限りの速さで飛ばしてしまいました。聖女殿にはさぞお辛い旅になったでしょう」

「ま、まあ自分で決めたことですから」


 外堀は埋められていたけどね。でも、なんだかクラーク将軍の声が暗いな。どうしたんだろう。


「お辛いでしょうが、船首まで来ていただけないでしょうか。実は緊急事態でして」


 その危機感を孕んだ声を聴いて、俺の体に緊張感が戻る。すると、少しばかり酔いや気持ち悪さが引いてきた。俺も冒険者として何年も活動しているため、流石に緊急事態では意思の力が勝ったのだろう。


「わかりました」

「では、こちらへ」


 エリスに手を繋がれながら、俺は体を起こし、クラーク将軍の案内で船首へと歩いていく。そして、そこで目にした光景に思わず俺は絶句した。


 既に都市マノアが見える位置まで来ていたらしい。山々に囲まれた中で、渓谷の間に巨大な壁に囲まれた要塞のような建物が見える。だが、今はその堅牢な都市の周囲にびっしりと黒いものが漂うようにまとわりついているが見える。


「あれら全てが恐らくワイバーンでしょうな」


 わお。マジか。どう見ても100では済まない数に見える。その倍、いや300はいるかもしれない。


「ヒュー、やるねえ」


 スタンがニヤニヤと事態を茶化す様に口笛を吹く。その隣で、アレクは前方をただ無表情に見つめていた。


「わあ、すっごーい。たくさんいるねえ」


 マストから降りてきたのだろう、ノアが額に手をかざしながら俺の隣に駆け寄り、感嘆の声をあげる。


「軽く300はいるのです」


 ナナもいつの間にか現れ、ノアの隣に並び淡々とそう告げる。


 周囲の船員たちはやにわにざわつき始めていた。中にはヒステリックに「無理だっ、帰らせてくれっ」「あんな数は無理だっ」と叫んでいるものもいる。想像以上の敵の規模に、周囲は恐慌状態のようだ。


「聖女殿」


 気付くとクラーク将軍がすぐ側で、真剣に俺を見つめている。俺も背筋を正そうとしたが、乗り物酔いのため、あやうく後ろに倒れ込みそうになる。エリスがそれを咄嗟に支えてくれ、なんとか転倒は免れた。


「大丈夫ですか、姉様」

「うん、何とか」


 俺はエリスに支えられたまま、クラーク将軍と視線を合わせる。将軍の眼は、いまだない程緊迫を宿らせていたが、それでもなお温厚さを失うことなく、俺たちを気遣う素振りを見せていた。


「どうやら、情報に齟齬があったようです。ワイバーンはおそらく300を下らないでしょう。この時点で冒険者たる身分の聖女殿一行に、契約履行の義務はなくなりました。今、この船を降りても咎められることなど一切ないでしょう。これから、某はマノアの救援に向かいまするが、それに付き従う義務も道理も一切聖女殿たちにはありませぬ」


 まあ、それはこっちも踏まえている。世間や吟遊詩人がどういうかはわからないが、命あっての物種だ。ゴブリン3匹だよ、と言われて100匹でたから逃げたって誰も非難したりなどしない。だが、俺はクラーク将軍の包み隠さず事実を伝えるその態度に感銘を受けた。今までには国家の権力をかさに着て、あることないことまくしたて、恫喝してくる偉い人の相手をしたことも何度もある。だが、クラーク将軍は将軍職にありながら、そのような卑劣な手段を取る人物ではなかったようだ。


「ですが」


 クラーク将軍はそこで地面に両膝をつき、俺に懇願する。


「聖女殿たちを除いたこの一行で救援に向かったとして、救える命はごくわずか。故に、伏してお願い申し立てる。どうか、聖女殿‼ 今、そのお力をもって、アストリアの民をお救い下され」


 平服し、必死の思いを吐露するクラーク将軍。俺は他人のために自身の立場すらかなぐり捨てるクラーク将軍の誠実な態度に感動した。それと共に、申し訳ない気持ちにも襲われる。なぜなら――


「面を上げてください、将軍」

「アレク殿……」


 アレクが、そんなクラーク将軍を優しく支え、立たせる。


「ですが、相手は300以上のワイバーン」

「別に問題ねえよ。俺らにとっちゃ、イージーだ」


 クラーク将軍の言葉を遮り、スタンが不敵に微笑みながら、その鋭利な犬歯を覗かせる。その言葉に信じ難い表情を浮かべるクラーク将軍。エリスやノア、ナナが俺の側に寄り添いながら、そのスタンの言葉を肯定する。


「そうですわ。この場に姉様がいる限り、見捨てるなどという選択肢はありえないのです」

「そうだよっ、リコ姉は正義の味方なんだからッ‼」

「あのくらいの規模、僕たちなら訳もないのです」


 クラーク将軍は驚愕に目を見開くと、傍らに悠然と佇むアレクへと視線を向ける。


「それは……まことか?」


 アレクはそれに、ただ静かに微笑んで頷く。


「……かたじけない」


 そう言って、男泣きするクラーク将軍。俺が一言も語ることなく、全て決着がついてしまったようだ。しかし、喋る気力はまだない俺にとっても都合がよかった。まだ、フラフラする頭で目的地であるマノアを見る。


「姉さん、今のがストレイキャッツの総意ですよね」

「……ん、そうだね」


 正直、俺の準備は出来てないが、今それを言う勇気など到底ない。マノアは段々と近づいてくる。本当の意味での戦いが、今始まろうとしていた。




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