指名依頼
この天眼には二つの力がある。一つは相手の能力値を数値として見ることが出来る力、そして、二つめはその能力値の成長率をあげること。今俺がガンツに行ったように、俺が強く祈ると、特定のステータス欄が二、三個光り、ステータスの伸びが良くなるのだ。言ってみれば、ステータス成長率向上バフという奴だ。一日5、6回しか使えないし、効力は一日程度しかもたない。これはアレク達におまじないと称し行い、実証済みだから確かなことだ。この力に気付いてからそれを毎日行使した結果、凄まじいこととなってしまった。それは俺の家族たちを見ればわかるだろう。
「これが、祝福……。俺が……」
ガンツは呆然自失とした様子で、自信の両の掌を視ている。冒険者の間では、俺に啓示され、祝福されると一流の冒険者になれるというジンクスがあるらしい。それを知ってか、ガンツも感極まったように震えている。
「いいなー」
「お、俺もやって欲しい」
目の前で、俺のおまじないを見た周囲の冒険者たちは未だ騒然としている。まずいことになるかもと危惧したところで、初老の男が一人の少女を連れて割り込んできた。
「何をざわついて……おお、リコ殿、来ていたのか⁉」
現れたのは、この王都のギルドマスターであるジェフさんだ。現役時代は中堅といった実力だったそうだが、調整の才に長けていたらしく、引退後はギルドの要職につき、いまでは王都のギルドマスターにまで上り詰めた人物だ。
好々爺といった風貌から、さりげなく人をこき使うのに長けているところは、俺の前世での副社長に似ている。甘い言葉で若者を鼓舞し、気付かぬうちに苦しい最前線に立たせているこの男を俺は苦手としている。とにかく抜け目のない爺さんだ。
「リコさん、よかったあ。ちょうど今お宅に伺おうと思ってたんですよぉ」
その後ろにいた少女が屈託のない笑顔をこちらに向けている。彼女は名をリリィと言い、このギルドの人気の受付嬢だ。明るい性格に美人と可愛いを兼ねている18歳の美少女で、しかも受付嬢としても的確に仕事を捌き、数字を明確にし、適切な助言が出来る有能さも持っている。
当然、彼女に心寄せる若い冒険者も多いが、アプローチした瞬間に祖父である隣のジェフの冷遇リストに載ってしまうため、皆自重しているのだ。そのためか、本人は自分が全然モテないと思ってしまっているしい。よく俺に「私って全然モテないですよー」と全然悔しさのかけらもない笑顔で言ってくる。
「ちょうどよかったって」
しかし、俺はむしろその言葉に嫌な感じを覚えた。わざわざウチに来ようとしていたというのは、用件は一つしかないだろう。リリィは俺に懐いてくれているとはいえ、別段友達ではない。
「はいっ、実はプルナ峡谷の側にある都市、二日ほどまえにマノアがワイバーンの群れに襲われまして、たった今救援を求める文書が、この王都のギルドに届きました。そこでストレイキャッツの皆さまにご助力願いたいのです」
まじかよ、あのマノアか。マノアはアストリアの北部にある峡谷の合間に作られた都市で、周囲を険しい山に囲まれている。貴重な鉱山や魔石を産出する迷宮が多くあり、急峻な山が多く、他に道がないため貴重な陸の輸送路として多くの富を産出している。アストリアの北部と南部を繋ぐ大動脈である。そのため、領主を置くことなく王家の直轄地とされていた筈だ。
そのため、そこにいる兵は屈強であり、富を目当てに集まった優れた冒険者も多いはず。俺たちも以前行ったことがあるが、要衝であるため、街自体が要塞のように堅牢に作られていた。それでも俺たちが行かなくてはならないのだろう。
「だがよう、あのガチガチな要塞都市のマノアだろ。ワイバーンは厄介だけど、あそこの兵も冒険者も腕利きばかりだ。そいつらが何とかできないってのは相当だぜ」
ボルトさんも俺が思っているのと同じことを言ってくれた。今日は久しぶりにのんびりと皆とピクニックを兼ねてお手軽なクエストを選ぼうと思ってた俺は、リリィが発言を撤回してくれることを望んだ。穿った見方をするならば、兵の損耗を減らそうとするために、俺たちを体よく扱き使おうとしているのではないかとさえ、思っている。
そういう考えの奴に俺は二人ばかり心当たりがある。その一人は、緊張しているのか孫の隣で流れる冷や汗をハンカチでしきりに拭っている。そして、リリィの次の発言で俺の望みは容易く折られてしまった。
「はい、確かにマノアの守りは固いです。以前、国が試算した際にはワイバーン30体程なら防ぎきることが出来るという予測がありました」
その言葉に、周囲の冒険者が苦笑とも嘲笑ともとれる笑い声をあげる。確かにワイバーンが30体も群れを成して襲ってくることなど考えにくい。竜種は基本群れないし、空という広い生活域があるためか、ワイバーンが異常繁殖するという例はいまだなかった筈だ。
「ですが、今回出てきたワイバーンの数は報告によると百を下らないとか」
その数に、今度は周囲から悲鳴や驚愕の声があがる。ワイバーンなら一匹でも小さな村落なら壊滅間違いないモンスターだ。討伐ランクはBランク。B冒険者のパーティーが準備を万端にして、一匹をようやく倒す。それが百以上。それが本当なら確かにあのゴツゴツした要塞都市も落ちるかもしれない。
ギルドはどんよりと重い空気に包まれる。しかし、そんな中から「それじゃあ、ストレイキャッツに頼むしかねえや」と誰かが言った瞬間、視線が俺たちに一斉に集まる。
「マノアが落ちれば、皆の生活にも被害が出ます。これを迅速に解決できるのはリコさん達だけなんです。先日の遠征から帰ってまだ日もたっていないのに、再びお願いするのは心苦しいのですけど」
リリィは縋るような眼で俺を見てくる。それを見ただけで俺はもうNOと言えなくなってしまった。昔から職場の女の子に頼まれると、淡い期待をしながら仕事を肩代わりして残業する羽目になっていた。しかし、今は俺の一存だけでは決められない。後ろを振り向き、家族たちを見ると、皆頼もしい笑顔で俺を見ていた。
「当然姉さんはいくつもりだったんでしょう。俺たちも当然ついていきます」
「困っていた人がいたら、出来るだけ助けるというのが姉様の教えですものね」
「ま、姉貴ならそうだろうな。チャッチャと行って、片付けてこよーぜ」
「正義の味方ってやつだよね。このインローが目に入らぬかー」
「強くなければ生きていけないのです。でも優しくなければ生きる資格がないのです」
小さいころから人に優しく、と教えてきた家族たち。時に調子にのってクサイこともたくさん言ってきた。その成果もあってか皆いい子に育ってくれたようだ。でも、この子達はいいが、俺の実力はCランク未満だ。正直、そんなワイバーンの大量発生している場所になど行きたくはないというのが本音だ。だが、皆は当然俺がいくものだと思っている。その過大な評価が重く俺にのしかかる。
「行ってくれますな」
ジェフが豊かに蓄えた白髭カールをキザったらしく撫でる。うるせー、なんで行くのが決まってるかのように言うんだよっ! でも、俺の答えは決まっていた。家族だけを死地に行かせることなどできはしない。なんたって、俺は家長なのだから。
「行きます。でも、移動手段はそちらで用意してくれるんですよね」
「おお、流石はリコ殿。当然飛竜船を用意しております」
手際がいいな。断らせるつもりなど微塵もなかったに違いない。
「リコさんっ、ありがとうございますっ」
リリィが感極まって涙ながらに俺に駆け寄り、ギュッと抱き着いてくる。
「まあ、お前たちが出ればあっという間に解決だなあ」
ボルトさんが豪快に笑いながら、リリィに抱き着かれている俺の背中をバンバンと叩く。痛いと叫ぼうと思ったがリリィの抱擁が強すぎ、呻くだけしかできない。
「「「ストレイキャッツッ‼ ストレイキャッツッッッ‼」」」
いつの間にか皆がストイレキャッツコールを連呼し始めていた。あまりの人の密度と熱量に酸欠気味になりそうだ。
こうして、俺たちのクエストは飛竜船に乗って、ワイバーン百体を狩るという指名依頼となったのだった。