冒険者ギルドへ
朝食を終えた俺たちは、身なりを整えた後でギルドに向かうことにした。
「わーい、お出かけ、お出かけー」
「皆と一緒は本当に久しぶりなのです」
ノアとナナは余程嬉しいのか、手を繋いでとてもはしゃいでいる。ストレイキャッツの名前が売れる前は、毎日のように皆と冒険に出掛けていたのを覚えているのだろう。この二人は本当に冒険が大好きだ。アレクやエリス、スタンは俺と共に、食うに食われず、毎日必死に迷宮で取り残された手負いモンスターや価値が低く捨てられた素材や魔石などを拾う、モッパーやハイエナと蔑まさる冒険者最底辺の仕事に従事していた日々を覚えているためか、そんな二人を見ながら仕方ないとばかりに苦笑している。あの頃はよく他の冒険者パーティーに罵倒されたり石を投げられたりしたものだ。
「戸締りもオッケー、っと」
「防衛の魔術もバッチリなのです」
まあ、ストレイキャッツと知って喧嘩を売ろうとするものはいないだろうが。でも、無知や怖いもの知らずが一定数存在するというのも、今までの経験からわかっている。用心はするにこしたことはない。
俺は、数年前に手に入れた我が家を見上げる。郊外にある緑豊かな高級住宅地に購入したこの我が家。六人全員が住んでも余裕があり、最新のキッチンや浴室も完備されている。まだ幼かった皆をのびのびとした環境で育てたかったので少し背伸びをして買ったのだ。
俺の希望で前世でも大好きだったサウナも取り付けてあった。魔法で水が賄えるこの国では、富裕層は湯の風呂で、庶民からは蒸し風呂というのが伝統だから、最初に注文した際は貧乏くさいからやめた方がいいと大工から諫言されたが、サウナーとしての矜持から俺は敢行した。前世では、月に一度の健康ランドでの豪遊が人生の楽しみであったのだ。おかげで今は毎日捗っている。
家を買った当初は貯金をほとんど吐き出してしまい、大丈夫か心配だったが、幸いにも今は冒険者稼業が好況で、今仕事を辞めても生涯食っていけるだけの蓄えは出来ている。まあ、それを周囲が許してくれそうではないけれど。
「じゃ、行こっか」
皆を促しギルドへと向かう。この家からギルドまで、普通に歩くと40分程かかってしまう。近隣の家では馬車や、それを動かす住み込みの御者などを雇っているものも多いが、遠征も多く家を空けることも多いウチにはいない。提案自体はしたのだが、自分の住まいに今の六人以外を入れるのは抵抗があるのか、皆消極的な態度であった。なので移動は自然、徒歩となる。冒険者は徒歩が基本だからいい鍛錬になるとアレクなどは言うが、体力のあまりない俺としては、あのとき少しばかり強引にプッシュすべきだったとの後悔も少しある。
整備の行き届いた緑多い道を歩いていると、すれ違った人たちが歓声を上げたり、声をかけたりとしてくる。
「あっ、ストレイキャッツだっ‼ 天眼の聖女様だっ‼」
「アレクさーーーーん。スタンさーーーん。こっち向いて―」
「エリスちゃーーーん。ノアちゃーーーーん。応援してるよーー‼」
「おぉ、ナナちゃんは今日もめんこいのぉ」
「リコ様ッ、六人全員とは、今日ももしかして指名依頼ですかッッッ⁉ アストリアの平和をッ、どうかお守りくださいッッッ‼」
老若男女、皆熱い視線を向けてくる。この世界での冒険者は、あちらでいうプロ野球選手みたいなものだ。一流の冒険者は吟遊詩人などに謳われ、それを娯楽とする庶民からの人気を博す。強大なモンスターの脅威が存在する中、優れた冒険者の有無は生活を左右するため、ストレイキャッツの人気はこの国において絶大だ。
更には一年程前、王族をひょんなことから守ってしまったため、この国に俺は一方的に聖女認定を受けている。それ以降、更にストレイキャッツの名声は高まってしまった。それ以来、国にあまりにもこき使われるので、一度その王族の前で息苦しいから他の国に逃げたいと冗談を言ったら、血涙を流して土下座されたため即撤回する羽目となった。人と関わりあいになることが苦手な俺にとってはマジつらたんだ。
他の皆はその能力に裏打ちされた自信からか、天性の朗らかさからか、皆に手を振ったり、微笑みかけたりと、その人気に臆する様子は見られない。今の俺は即引き返したいというのに、羨ましすぎる。
「そろそろギルドにつきますわね」
人々の声援は、街の中心に行くにつれますます盛んとなる。グロッキーとなりかけている俺の耳に、そんなエリスの言葉が響き渡る。そうか、あともう少しか。フラフラしている俺を気にかけてかアレクが隣によって肩を支えてくれる。
「姉さん、大丈夫ですか?」
「うん、リーダーだし、家長だから大丈夫」
でも、もう少ししたら過呼吸で倒れるかもしれないから、そのときは頼んだぞアレク。
そんな決死の想いを胸の奥に秘めつつ、俺たちは何とかギルドに到達する。ギルドの扉を開け開いた瞬間、再び歓声が沸き上がる。
「おおっ、ストレイキャッツがそろい踏みだっ⁉」
「リコ様がいるぞっ」
「お、俺、啓示してもらおうかなっ」
「馬鹿ッ、恐れ多いぞ」
ストレイキャッツは同業者からも崇拝の対象として見られていた。俺の眼のこともかなりの部分で知れ渡ってしまっている。それだけならいいが、なぜか尾ひれがついて、未来視が出来る、呪いをかけた相手を呪殺できるなどといった眉唾な話まで結構信じられているのは困りものだ。多くの視線を集め、俺の胃はキリキリと痛む。
俺たちが前へ進むと、モーセを前にした海のように人混みが割れる。その道を進もうとした俺たちの前に一人の厳つい男が話しかけてきた。
「よう、リコ。珍しいじゃねえか。お前がギルドに来るなんてよお。昔は必死こいた面で、毎日来てたのになあ」
その冒険者の声を聴き、俺は少しばかり己の緊張がほぐれるのを感じた。何故なら、その男は顔見知りだったからだ。顔は黒飴マンのように厳ついタイプだが、性格的に気配りが出来、極力トラブルを避けようとする良識をもった男だ。俺たちが冒険者を始めてから、一番付き合いの長い相手である。
「少しばかりギルマスの催促が激しかったんだよ、ボルトさん」
「ハハッ、あいつは小心者だからよぉ! オメエが来ねえ、不興を買ったんじゃないかって右往左往してやがったぜ」
ボルトさんはそういって豪快に笑った。出会った当初は頭ごなしな偉そうな態度に腹が立つこともあったが、それも全て仲間や相手を思ってとのことを知ってから、同業者の中で一番好感度の高い人だ。ボルトさん自身もただの気のいいおっちゃんである。久しぶりに会ったことだし、一応視ておくかな。
【ボルト】
種族 :人間
性別 :男性
年齢 :39歳
HP :270
MP : 45
力 :205
防御 :198
魔力 : 22
早さ :115
器用さ: 98
知力 :122
魅力 :242
武器適正
剣 :C
槍 :D
斧 :A
弓 :D
格闘:B
杖 :F
魔力適正
火 :F
水 :F
土 :E
風 :F
普段皆のステータスを見慣れている俺にとっては、少しばかり低く感じてしまう。だが、ボルトさんはこのアストリア王国ではストレイキャッツに次ぐ冒険者パーティー、ウォーリアーズのリーダーだ。斧を使った単体での戦闘も一流で、かつリーダーとしての資質も優れており自身パーティーを諍い一つ起こさずに運営している。
「お久しぶりです」
「おっちゃんは相変わらず元気そうだな。まだ、ちゃんとやってんの?」
アレクやスタンも、そんなボルトに気の置けない友のように挨拶をする。ボルトも相も変わらずお人好しそうな笑顔で、嬉しそうにそれに応えた。
「まあな、ぼちぼちやってるぜ。まあ、お前らとは大分離されちまったけどな。それと俺がここにいるのは偶然じゃねえんだ。今日はリコにお願いしたいことがあってな」
ボルトの言葉に俺は首を傾げる。ボルトはあまり人に甘えず、何でも自分で解決しようとする男だ。その男がお願いとは意表をつかれた思いだ。