とある転生者の日常
月が二つ存在し、魔物もおり魔法もあるこの異世界。俺が生まれた国は、大陸の西方に位置するアストリア王国という国だった。それほど強大ではないが、侵略される程弱いわけでもない。確かな歴史があり、ここしばらくは戦争にも巻き込まれていない比較的平和な国だ。といってもモンスターの脅威というのはかなりのもので、戦争などしたら力をもたない人々は蹂躙され国力があっという間に減少するため、俺のいた世界ほど気軽に戦争というものは出来ないらしい。
モンスターを狩る商業として冒険者という存在がいる。ゲームなどでよくあるアレだ。一応俺も冒険者稼業をして今まで生きてきた。幼いころより前世のアラフォー日本人としての分別をフル稼働し、転生のメリットを活かすべく鍛錬に励んだのだ。その甲斐あってかすぐに魔法を習得でき、幼女の頃は魔法を使いまくり生き抜いて、スラム街の銀髪鬼との異名を取ったほどだ。だが、悲しいことに成長率はあまりよろしくなかったらしく、今の俺の実力は一人前とされるCランクに届くか届かないかというぐらい。昔神童、今なんとやら。前世でも小学校までは俺も神童と噂されたが今世でも同じタイプだったようだ。だが、初期のアドバンテージとしては十分であり、スラムで出会い家族となった皆の先頭にたち、迷宮などによく潜った。今はもう見る影もない光景ではあるが。
「さて、始めるか」
エプロンを着用し、キッチンで朝食作りを開始する。前世でも料理を趣味にしていた。婚活を兼ねて料理教室に通った際は、口の悪い主婦連中の「山田さんって、絶対出会い目的よね。キモッ」という陰口を聞いてしまい、即退会したが料理自体は本当に好きだ。休日は手間暇かけて一緒に暮らしている老親や遊びに来た甥姪に自信作をよく振る舞っていた。
「ふんふんふーん」
鼻歌交じりに冷蔵庫から野菜を取り出しカットしながらサラダを作る。この世界の文明は中世ヨーロッパクラスのもの(あくまで俺の拙い知識で知るイメージ)であった。魔法や魔道具などはあり、一部は近代文明に近いところはある。魔石などを使った通信技術などは限定的ながら現代に近い。冷蔵庫などは流石に存在はしていなかったが、最近では貴族や上流階級を中心に普及が始まっている。何故かって? 当然、現世の知識を持った俺という存在がいたからっスよ。まあ、厳密には俺にそんな知識などなく、実際に作ったのはこの世界の天才たちだが。俺はこういうものを作れないかと掲示しただけ。そして、作ってくれた天才たちの中にはこの世界での俺の妹もいる。
開け放した窓から吹く、心地よい朝の風を受けながら料理を作っているとき、庭先から一人の男が入ってきた。白いシャツは汗で濡れており、ほのかに汗の匂いを漂わせている。
「おはようございます、姉さん」
「うん、おはようアレク。今日も鍛錬?」
「はい。日課ですから」
挨拶をしてきたのは身長が190㎝程もある美丈夫。黒髪黒目の涼やかな瞳に整った美貌、そして鍛え上げられた肉体を持つパーフェクトマン。リアルで三国志の趙雲がいたらこんな感じなんじゃないかっていうのが俺のイメージだ。この世界で最初に出来た初めての家族でもある。
毎日の恒例とばかりに、俺はこの世界にて授かった特別な瞳で弟を【視る】ことにした。体内に流れるマナと呼ばれるこの世界の者ならば大半が宿している魔力というものを己の眼に集めるイメージをしながら、俺はアレクを見つめる。すると俺の脳裏に、ディスプレイのように数字の羅列が映写される。
【アレク】
種族 :人間
性別 :男性
年齢 :17歳
HP :858
MP :250
力 :552
防御 :528
魔力 :167
早さ :298
器用さ:278
知力 :225
魅力 :682
加護:剣神の加護
生まれながらに授かったこの眼。この世界での師匠が天眼と名付けてくれたコレは一種の魔眼とのことだ。前世を思い出す前は、この数値の意味をいまいち理解できていなかった。だが、理解してからはこの破格の性能に身震いするほどだ。そういえば、この眼の真の力に気付いたのもアレクが素振りをし過ぎて手を血まみれにしていたときに、それを手当てしてやったのが最初だったなあ。俺はアレクの顔を見て、その時のことを思い出す。
しかしながら、相変わらず化け物じみたステータスだ。この世界200を超えれば一線級という中で、このステータス。当然ながら、アレクは剣聖としてその名を世界に轟かせている。この男を真面に正面から相手にできるのも俺が知る限りでは二人しかいない。まあ、その二人も俺の家族なのではあるが。
ついでに適正なども見てみることにする。
武器適正
剣 :S
槍 :B
斧 :B
弓 :C
格闘:A
杖 :D
魔力適正
火 :E
水 :E
土 :C
風 :E
今まで見た中で、これらの適正はそうそう変わることはなかった。中には後天的な努力でそれを覆す例外もあるが、やはり生まれたときより人はなにかしらの才能を有するのだろう。俺は幼き頃より、これを参考にしながら家族たちに助言を与えている。おかげで皆超一流といわれるまでに育ってくれた。それが自分には適用できない俺以外は。
「もうすぐ朝食ができるからね。アレクもお風呂場で汗を流してきなよ」
「では、お言葉に甘えますね。いつもありがとうございます、姉さん」
朝食が出来上がるまでには時間がかかる。アレクに風呂を勧めると律儀に頭を下げ、浴室へと向かっていった。イケメンといえど汗は臭いのだ。食卓には持ち込んでほしくない。
そうして、引き続き朝食を作っていると、二階から誰か降りてくる足音がする。現れた少女は初めて見る人ならば放心してしまうのではないかという程に美しい。豊かに波打つ輝くブロンドの髪を腰まで伸ばしている。豊かに膨らんだ胸に、腰回りも細くくびれておりバランスもいい。
「おはよう、エリス」
「おはようございます、姉様。すいませんいつも。本来なら妹の私が姉様より早く起き、家事をするべきなのですが」
「いいよ、いいよ。私が好きでやってることだから」
エリスは朝が弱いのだ。しかし、それでもいつも家事を手伝おうと俺やアレクの次に起きてくる。
「お手伝いしますね」
「うん、じゃあサラダを盛り付けてくれる?」
「わかりました、姉様」
エリスは俺の隣に並んで手伝いを始める。エリスはアレクの実妹である。二人は双子の兄妹で俺が最初に共に暮らし始めた家族である。当然ながら、付き合いは一番長い。それ故何も言わずとも阿吽の呼吸で互いの動きを把握できる。そうやって二人で、手際よく朝食を作っていく。その合間、俺は何とはなしにエリスを【視る】ことにした。家族の健康チェックも家長の務めだしね。
【エリス】
種族 :人間
性別 :女性
年齢 :17歳
HP :383
MP :641
力 :140
防御 :288
魔力 :380
早さ :281
器用さ:317
知力 :315
魅力 :714
加護:大地母神の加護
武器適正
剣 :D
槍 :E
斧 :E
弓 :C
格闘:C
杖 :B
魔力適正
火 :C
水 :B
土 :C
風 :C
この世界には神々がいる。創世に関わったとされるその存在は、今も知覚することが難しい上位存在として人々を見守っている。エリスはこの世界で最も信仰されている大地母神の加護を受けている神官だ。故に様々な奇跡を行使できる優れたヒーラーとして戦闘に貢献してくれている。出会った頃から加護を持っていたが、そういうのは珍しいらしい。大抵は神殿に入り、厳しい修行のうちに神に認められ加護を授かるという。先天的に授かっているものは神の強い寵愛を受けているらしく、行使する奇跡もまさに奇跡と呼ぶにふさわしい威力を持つ。そんなエリスは巷では光の聖女と呼ばれていた。
エリスも手伝ってくれたおかげで、朝食も六人分出来上がる。焼いたパンにベーコンエッグ、豆のスープにサラダ、そしてフルーツジュースといった簡単なものだが、その素材は一級のものが使用されており、贅をこらしたものと言える。ご機嫌な朝食だ。
「さて、と。朝食も出来たし、寝坊助たちを起こしにいくか」
「では、私が……あら、どうやら今日は自分で起きれたようですね」
そう言ってエリスがフフッと微笑む。階段を下りてくる音がして、俺たちの目の前に二人の少女が姿を現した。