第二話【AR ARMS】(2/2)
「お、クロちゃん。今日もきたね」
「あら店長、こんばんは」
四十歳くらいだろうか。口ひげを生やし恰幅のよい、人のよさそうな彼が店長らしい。
「そっちのは彼氏かい?」
店長の言葉を笑顔で即否定して、優は部屋の入り口から一番遠い戦場へと向かった。彼女の歩みに合わせ、人だかりが自然と掻き分けられていく。その美貌がゆえ……というだけではないようだ。
彼女が向かう先では、ちょうど対戦が終わったところだった。敗北したプレイヤーは戦場を去り、残された勝者が満足そうな顔で次の挑戦者を待っている。
「次、いいですか?」
「げ、クロちゃんかよ」
挑戦を受けた男が苦笑いを浮かべた。優は硬貨を入れる代わりに携帯を筐体にかざし、スポーツバッグからスーツなどの装備を取り出す。空のバッグとスマホを備え付けの箱に入れ、蓋に鍵をかけた。随分と慣れた手つきだ。
残された仁は、隣に立ったままの店長に疑問をぶつける。
「黒須はよくここに来るんですか?」
「えっ、彼氏なのに知らないのかい?」
「ち、違いますって!」
店長はニコニコ笑いながら抗議を受け流す。からかわれているのは仁にも分かったが、別に不快ではない。彼の温和な人柄がなせる業だろう。他の客と接する様を見ても、この壮年が好かれていることが伝わってくる。
「……先週ことだよ、彼女がうちにやってきたのは…………」
それまでの柔和な表情から一変し、真顔になった店長。彼はなぜか怪談話を話すような口調で、ポツポツと語り出した。
「この店はね、初心者からガチ客まで幅広く歓迎してるんだけどね、住み分けの為にカジュアルとガチで地下のフィールドを分けることにしていたそうなんだ……」
店長が恐る恐る戦場を二つずつ指差す。唇を戦慄かせ目を見開いてホラーを演出するが、説明の邪魔で仕方がない。そもそも、『していたそうなんだ』と言うが、この人こそが責任者であろう。
「そしたらね、女子高生くらいの子がガチフィールドの方にやってきたんだ……。見かけない顔だったから、常連さんが『初心者ならそっちがオススメだよぉ』って教えてあげたんだ……。
そしたらその子、平然と言ってのけたんだよ……『こっちで大丈夫ですぅ』って! ……やだなぁー怖いなぁー…………」
別に嫌でもないし、微塵も怖くない。そして、仁には話の落ちが完全に見えてしまった。
自分から尋ねておいて申し訳なくも思ったが、彼はエセ怪談を手っ取り早く打ち切らせることに決めた。
「そしたらその子……すごくつy」
「すごく強かったんですね」
「……あ、うん。」
お預けをくらった犬のような表情でしょんぼりする髭男。仁の良心がほんの少しだけ痛んだ。
次第に群集がざわめきだしたのは、優の戦闘準備が整ったからなのだろう。
「彼女、その日のうちに、この店のトッププレイヤーたちを全員倒しちゃってね。今はもう挑戦する人も少なくなった……そう、その人物こそが……」
店長は怪談モードのときとは打って変わって、力強くモニターを指差した。そこに映るのは、さっきまで仁と話していた女の子のはずだ。その姿に、違和感を抱く。原因はふたつ。
先ほどTシャツに着替えたはずの彼女が、モニター内では再び星高の制服を身に纏っていること。
そして、その制服にはあまりにも不釣り合いな凶器を携えていたこと。
「彼女こそが……」
アラームズは仁のような例外を除けば、ほぼ全ての若者が夢中になっている大人気コンテンツである。ここにも多くの星高生が通っているはずだ。にもかかわらず、まだ転校して一週間とはいえ、彼女の武勇が学校で全く広まっていないのはなぜか。仁は理由を察した。彼女の戦う様が、普段のイメージとあまりに合致しないからだ。今の少女を見て、あの清楚な転校生と同一人物だと、誰が気づけるだろうか。
「アラセン星ヶ谷、最強のプレイヤー……」
優が武器を構えたのを合図に、歓声が沸きあがった。その刃部と柄の後端は、何故か橙色に光っている。同時に、さっきまではリアルなデザインだった対戦相手の西洋剣も、紫色を呈し始めた。優が未成年である故に、あえて描写に違和感を持たせているのだろうか。
他フィールドのプレイヤーたちすらも戦う手を止め、彼女の映るモニターに釘付けになった。地下の空気を、たった一人の女子高生が完全に支配していた。
(店長……すみませんでした)
仁は、心の中で謝罪する。
店長の言ったとおり、これは確かに怖い話だった。本能が仁に忠告する。これ以上見てはいけない。戻れなくなるぞ、と。さもないと、あれが再び、青崎仁に取り憑くことになるのだ。
「薙刀使いの……黒須優だ!」
あの夏に置き去りにした、鼓動が。