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第一話【夏の終わりと寒い秋】(2/2)

「いや、黒須ってお前……」


 すぐに立ち直って話題を切り替える姿は、さすがというほかない。

 ふたりはひっそりと、教室の前方に陣取る女子グループに目を向ける。楽しげに会話する一団の中に、一際目を引く美人がいた。

 彼女、黒須(ゆう)は先週、京都から神奈川県の星ヶ谷(ほしがや)高校に転校してきた。黒髪ストレートの正統派美人は、すぐに学校中で話題となった。星高一の美女とされてきた工藤先輩以上だと噂するものも多い。


「あいつさ、みるてぃにそっくりだと思わないか?」


 同意を求められたところで、仁はみるてぃとやらをよく知らない。ただ、親友のニヤけた顔を見る限り、彼が何が言いたいかは明白だ。

 彼女はこのクラスに来て、まだ日が浅い。山下のように拒絶反応を起こされる前に、仲良くなってしまおうという算段だろう。

 だが、さすがに相手が悪いというもの。既に何人かの気の早い男子が言い寄ったらしいが、その全員が玉砕に終わったと聞く。それどころか、放課後や休日の誘いは、男女含めてすべて断っているとのことだ。部活動もやっていない彼女は、授業が終わるなり手早く荷物をまとめて下校してしまうのだ。学外に彼氏がいるのではと勘ぐる連中も少なくない。

 いずれにせよ、哲夫などには付け入る隙は皆無。いわゆる高嶺の花だった。


「……まさか、狙っているのか? お前ごときが?」

「べ、別にいいだろ! たぶん黒須は次元を超えて俺に会いに来たみるてぃなんだ!」


 仁へと向き直った彼のまなざしには、一点の曇りもない。

 頼むから冗談であってくれ、と。仁は心の底からそう願った。


「いや、お前……」

「そうに違いない! 俺には分かる。黒須のパンツだってきっとイチゴ柄なんだ!」

「……私が、どうかした?」


 突然の声に、彼らは慌てて振り返る。

 仁の目に飛び込んできたのは、星高指定の女子制服と、その背後で揺れる黒髪。つややかなロングヘアーを辿って首をそらせると、今話題にあがったまさにその人が形のいい眉をひそめているではないか。


「く、黒須! いや、違うんだ、今のは……」


 まさかのご本人登場にうろたえる哲夫。高波に揺られるカエルがごとく、両手をバタバタさせている。彼女は哲夫を一瞥こそすれ、特段の反応を示さない。ただ、唇の端が引き攣っているのを見るに、彼の必死の弁解も徒爾に終わるのだろう。

 優は哲夫の存在には一切興味がないとばかりに、仁の方へと向き直る。そして、哲夫に向けていたそれとは一転して、やわらかな笑顔をみせた。

 その瞳は、彼女の名が示すとおりの、吸い込まれそうな漆黒。


「青崎くん」

「お、俺に、何か……?」

「放課後、時間あるかな? 付き合って欲しいところがあるんだけど……」

「……え、いや、あるっちゃ、ある……けど…………」


 噂の美少女転校生からの誘い。仁は混乱しきった頭で、何とか言葉を搾り出す。が、そこから先が続かない。その隙を突いて割り込んだのがメンタルの申し子、哲夫だ。


「あります! バリバリ時間ありますよイエーイ!」


 さっきまで溺れかけていたカエルが立ち上がり、嬉しそうにピョンピョン飛び跳ねている。そのまま野鳥にでも食われてしまえと、仁は呆れるばかり。

 そんな哲夫を横目に捉えた優は、微笑みを無表情に戻し、一言だけ。


「は? ……来るの?」


 抑揚のない声でそう告げた。

 そして、彼女の目である。あれこそが『ゴミを見るような目』だ。決して始まることのない哲夫の青春を、仁は少しだけ哀れんだ。

 優の容赦ない一撃には、さすがの哲夫も口をあんぐり開けたままで硬直するしかない。


 チャイムが鳴り、昼休みの終わりが告げられる。数分経ってから、眼鏡をかけた女教師が教室に入ってきた。無気力を全身に纏わせながら。化学担当の灰原(はいばら)先生は、とにかくやる気がない。覇気もない。めんどくさそうに教科書を開いて、適当に授業をこなす。

 優は「放課後、校門に集合ね」と言い残して自分の席に戻る。哲夫は仁の隣に立ったまま十五分ほど固まっていたが、やる気のない灰原は特に注意することなく授業を進めた。仁もつられて気だるさを感じ、ノートもとらずに窓の外を眺めて過ごした。

 木枯らしが吹きつけ、立て付けの悪い窓がカタカタと揺れる。隙間から吹き込んだ風が、仁の首筋から体温を奪った。

 やはり今年の秋は、少し寒い。

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